| ロチェスは、五日前に、飛び込みの仕事をジョウたちに依頼して来た男だ。 如何にもやり手のビジネスマンらしい、細面の冴えた風貌の男で、態度も如才がない。何より資産家らしく、金離れが非常にいい。 仕事の内容も、惑星国家オドンまで商談に行く彼の護衛というものだった。 運悪くというか、ジョウたちはちょうど休暇に入る直前だった。つまりスケジュールが空いていた訳だ。 ジョウは引受けた。仕事の内容はつまらないものだったが、如何せん、先月壊れたガレオンの修理代がまだ半分残っている現状では、贅沢は言えなかった。 「‥‥‥まあ飛び込みなんだし、こんなもんだろ。さっさと片付けて休暇にしようぜ」 ところが、この依頼人がいざ出発という段になって、自分のボディガードにクラッシャーを一人自分の船(クルーザー)に寄こして欲しいと言い出して、それにアルフィンを指名したことから話はおかしくなった。 「君たちはトップクラスのクラッシャーだという話だから、各メンバーの能力に遜色はないはずだ。だったら私の一存で選ばせてもらっても問題はないだろう」 と言って、彼はアルフィンをほとんどかっさらうようにして自分の船に乗せてしまったのだ。 ロチェスの強引なやり方にジョウは怒ったが、契約を楯に問題はないと言われると文句もつけにくい。 それに何より当のアルフィンがヤル気になっていて、船から降りようとしなかったのだ。何しろわざわざの御指名である。彼女が張り切るのも無理はなかった。 でまあ結局ジョウが渋々折れて、一行はオドンへ向けて出立したのだが――― 「ちょっとジョウ! ロチェスに何とか言ってよ! どうしてあたしがあいつのディナーやらホイストやらに付き合わなくっちゃなんないのよ!」 「仕事だ、我慢しろ」ジョウは、呻るしかない。 「アルフィン、何でそんなカッコしてんのさ? クラッシュジャケットは?」 ミネルバのメインスクリーンに大写しになったアルフィンは、いつもの赤いクラッシュジャケットではなく、ブルーグレーを基調にしたシックなイブニングドレスを身に着けていた。長い金髪も綺麗に結い上げて、その為か、普段の彼女とは随分と印象が違う。 「だってディナーの時はフォーマルじゃなきゃ駄目だってきかないんだもん。この船にいる間は私のスタイルに合わせて貰いたいとか例外はないとか言って、二言目にはクライアント、クライアントってえっらそうに!」 アルフィンは珊瑚色の口唇をとがらかして、矢継ぎ早に文句を言う。 「大体なんであたしに専用のメイドロイドを付けるわけ? いらないって言ってるのに、もう訳わかんないわよ、あのロチェスって!」 「アルフィン」タロスがなだめるように、口を挟んだ。 「そうカッカするな。札束を相手にしてると思うんだ。そうすりゃ気も紛れる」 「あんな気障ったらしい札束なんてお断りよ!」 ジョウは文句の尽きないアルフィンをなだめすかし、改めてロチェスを呼び出した。 「アルフィンは素晴らしい」 開口一番、ロチェスはこう言った。聞いたジョウの片眉が跳ねた。 「‥‥‥アルフィンには、仕事の合間にほんの少し、私の我が儘に付き合って貰っているだけだよ。それがどうかしたのか?」 ロチェスは組んだ膝の上に軽く指を組み置くと、続けた。 「何もそんなに目くじらを立てることもあるまい。私としてもディナーに同席を願う女性が、あんな無粋なスペースジャケット姿では興醒めだからね」 「だったらあんた一人でメシ食えばいいだろう!」激したジョウが、吼えた。 「興醒めだろうが何だろうが、クラッシュジャケットは俺たちクラッシャーにとっては、身を守り、武器ともなる大事なジャケットだ。護衛の仕事は危険が伴う。その仕事に就いているアルフィンにクラッシュジャケットを脱がせるなどもっての他だッ チームリーダーはこの俺だ、その俺を差し置いてアルフィンに勝手なことをするのは止めろ、仕事の効率にもかかわる」 「君は女性に独りで食事をさせろと云うのか?」 ロチェスは、ジョウの剣幕を悠然と聞き流すと、首を振って嘆いて見せた。 「彼女は私の護衛だが、同時にこの船ではゲストでもある。だから船主の私が彼女をもてなすのはごく自然なことだし、またその事に関していちいち君に承諾を得る必要もないだろう。それに彼女だって喜びこそすれ、不満に思うことはないと思うがね。何といっても若くて美しい女性なんだし」 それに、とロチェスは付け加えた。 「私もホストとして、ピザンの元王女ならもてなし甲斐もあるというものだ。では失礼するよ、アルフィンを待たせているんでね」 ブチ。 一方的に通信は断ち切られ、メインスクリーンはブラックアウトした。 取り付く島がないとはこのことだ。 ジョウは、力任せにコンソールパネルをぶっ叩いた。 「‥‥‥短気はいけませんぜ」 操縦席のタロスが、溜息混じりに声を投げた。 「‥‥‥‥‥‥」 ―――それからの五日間というもの、ミネルバの船内はアルフィンから通信が入る度に気圧が下がり続け、おかげでリッキーはオドンに着くまで生きた心地がしなかった。 (‥‥‥兄貴の場合、無自覚なのが余計に怖いんだよなー‥‥‥) ふと視線を感じて目線を上げると、ジョウが睨んでいる。 「ひえっ」 「―――何だよ」 「あー‥‥‥その何と言うか」 リッキーの口調は、甚だ歯切れが悪い。 大体タロスは放っておけばいいと言って取り合わないが、そうは言ってもジョウの機嫌はダイレクトにアルフィンに影響する。 不機嫌なジョウも恐ろしいが、荒れたアルフィンはもっと怖い。その最大の被害者であるリッキーとしては、何としてもその事態だけは避けたい。 「あのさ、余計なことかもしんないけど‥‥‥」 「?」 「兄貴、アルフィンがミネルバに戻ってきてから、ほとんどまともに話してないだろ?」 「‥‥‥‥‥‥」 「せっかくいつものように四人揃ったんだし、それにこれから休暇なんだしさあ、兄貴もここいらで機嫌直して―――」 ジョウはむっつりと押し黙る。 オドン宇宙港のターミナルビルのロビーで、ロチェスがアルフィンの金髪を一房手に取ってキスしたのを見た瞬間、ジョウはロチェスを殴り倒していた。 タロスとリッキーが揃って天を仰いでいたが、そんなこと知ったことではない。 ジョウは内心、かなり面白くなかった。他の誰でもない、アルフィンに、だ。 何故ロチェスなんかに気安く触らせたりするんだ? 大体厭だ、何だと言いながら、ロチェスの言いなりに彼に付き合っていたのも気に入らない。通信の度にロチェスの事ばかり話していたのも気に障る。 無論アルフィンは仕事の報告をしていただけで、他に他意などない事は解っている。わかるがしかし――― 「‥‥‥‥‥‥」 思い出して、知らずジョウは拳を握りしめる。 駄目だこりゃ。 リッキーは、がっくりと肩を落とした。 その時だ。 「ちょっと、あたしが先だって言ってるでしょ! 割り込まないでよっ」 小気味のいい台詞が、雨音を突いてジョウとリッキーの耳を衝いた。 「アルフィン?」 リッキーが振り向いた時、既にジョウは飛び出している。 思わず、リッキーは呆れた。
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