| Our precious princess
絶叫にも近いナレーションが流れる。それと同時に愛娘の顔が3Dモニタにいっぱいに広がった。 目がチカチカしてくる。 自身の目を閉じるのと同時に手元のコントローラで3Dモニタの電源もオフにした。 部屋に静寂が戻った。 ハルマンV世は右手で両の目を覆い、しばしの間押し黙る。 なんてことだ。あれは本当にアルフィンか?ほんの少し前まで、お父様、お父様と無邪気に 駆け寄り、愛くるしい笑顔を振りまいていた王女アルフィンなのか? これは夢なのだと思いたかった。 が。 眩暈を感じる。頭の一部がじんと痺れる。鈍い頭痛もしてきたのは気のせいか。 ───気のせいではない。…これは紛れもなく現実だ。 うつむいていた顔をあげ、宙をきっと睨みつけた。ハルマンV世は声を張り上げた。 「エリアナ!エリアナはどこだ?」
事の始まりは、王室執務室長からの一報だった。 執務室にて煩雑な公務についていたハルマンV世は、一瞬手を止めた。 「それは急を要する用件かな?」 スクリーンに映る執務室長は、顔色が青ざめているようにも見えたが、あえて指摘はしなかった。 「いえ、急いでいる訳ではございませんが…その…」 執務室長が口ごもる。 「アルフィン王女に関することなのですが…。いえ、もちろん安否に関わることでは全くございません。…ですが」 ハルマンV世の眉がピクリと動いた。 しかし、それも一瞬のことで、彼は再び机上の書類に目を落とした。 「ならば、公務を終えてからにしよう。アルフィンは既に王室を出た人間だ。」 かしこまりました。それではご公務後、改めましてご報告に参ります、と 執務室長は、困惑顔で小さく返事をした。 妙だな、とは思ったが、娘アルフィンに関することとはいえ、急を要する件ではない。 そして今は執務中だ。公私の区別をつけるためにも、ハルマンV世は奇妙な予感を頭の中から 追い出すことにした。
公務を終えると、ハルマンV世は執務室長から渡された記録済みのディスクを携えて、王宮内の 私室に戻った。ハルマンV世の心中は複雑だった。とにもかくにも、内容を見てみないことには 分からない。執務室長の言葉が彼の脳裏で繰り返されていた。
「銀河標準時間で40時間程前に、太陽系国家ルビーサスの第四惑星ドミナンにてミス・ギャラクシー コンテストという催事が行われました。これは毎年開催されるものでして、銀河系規模の大きな コンテストであります。実は…そのコンテストにアルフィン王女様が出場されたとの情報を得まして …出すぎたこととは重々承知の上ですが、その模様を録画したものを取り寄せました。」
ミス・ギャラクシーコンテストという名前だけは、以前にどこかで聞いた覚えがあった。 内容もよく分からないし、自分には全く関係のない次元の話だ。 そして早朝、起床後のルーティンとして行っている、各メディアの発行物に一通り目を通した際 『ミスコン会場にてテロ未遂 犯人逮捕なるも事件全容の解明急ぐ』 という見出しを斜め読みしたのを思い出した。自国にはとりあえず関係のない事柄だったので、 そのまま素通りしてしまったのだが。
額に汗を浮かべながら執務室長は言葉を続ける。どうしてそんなに青くなっているのだろうか。
「テロリストの逮捕に貢献したのは、クラッシャージョウとクラッシャーダーナの2チーム だった模様です。犯人サイドには死傷者が出ましたが、主催者、観客、出場者サイドには 直接の被害はなかったようです。避難する際に、軽傷を負った者が多数出た模様ですが。 王女様は、コンテスト出場者としてクラッシャーの任務を担っていたと思われます。 コンテストの様子は全銀河に生中継されまして、テロが起こり、会場が混乱する様子も 一部始終放送されました。…ご覧になりますでしょうか、陛下」
ハルマンV世は、自室のソファに身体を沈めると、目の前のテーブルと一体化している 3Dモニタにディスクを挿入した。自動的に映像の再生が始まった。 コンテスト会場の全景が立体的にモニタ上に投影される。 激しい色彩の乱舞の中、オープニングショーが始まった。騒々しい音楽が耳をつんざく。 執務室長の報告が正しければ、アルフィンはコンテスト出場者として出てくるはずだ。 よって、主催者の挨拶やらオープニングショーは早送りにした。 間もなく、舞台上手から下手から、水着姿の美女たちがイオノクラフトに乗って登場し始めた。 再生のスピードを慌てて通常に戻す。 彼女たちはフワリと舞台上を回り、得意のポージングで自身の魅力を目一杯アピールする。 気になるのは、肌の露出度の高さだ。 ワンピースタイプの水着を着用している者はほとんど皆無。 セパレートタイプでも、多くはマイクロビキニ、中には小さな布切れを恥部に貼り付けただけ という、目のやりどころに困る出場者ばかりだ。 一体なんという破廉恥なイベントだろう、とハルマンV世は小さくため息をついた。 こんな痴態を全銀河に中継だなんて、本当にどうかしている。全く、この娘たちの親の顔が 見たいものだと思って、はたと気がついた。
執務室長の言葉が繰り返される。 「王女様は、コンテスト出場者としてクラッシャーの任務を担っていたと思われます。」
ハルマンV世の血の気が引いた。見る見る顔が青ざめていく。まさか。まさか。
舞台上手から、見覚えのある、いや、決して忘れることのない、懐かしい黄金色の髪を持つ少女が現れた。 イオノクラフトを巧みに操り、彼女の魅力を最大限に引き出すポージングを行っている。
彼女がいきなりズームインして、ハルマンV世の眼前に大写しになる。 彼の心臓はさらに早まった。脂汗がじとりと流れる。
華奢で雪のように純白の長い手足、程よく豊かな胸、引き締まったウェスト、そして何よりも その肢体をほんの少ししか隠していない真紅のウルトラマイクロビキニがアップになる。
これが、全銀河に放送されたというのか。 ハルマンV世は目を剥いた。 嘘だろう。 私のアルフィンは常につつましく、恥ずかしそうに下を向き、その頬を赤く染めるような子だった はずだ。少なくとも、こんなことを公衆の面前で行える度胸を持つ子ではなかった。 そうだ、この娘は別人だ。アルフィンにそっくりだが別人に違いない。
そこに追い討ちをかけるかのように、絶叫に近いナレーターの言葉が重なった。 「ピザンの元王女だ!」 観客席からどよめきが聞こえてくる。 それと同時に、アルフィンの顔がアップになった。まるで天使が微笑んだような笑みだった。 この、愛らしい子悪魔的な微笑みに負け、娘の我がままをいつも叶えてしまっていた自分。 そしてこの無敵の微笑みに完敗し、ついに彼女を宇宙に手放したのは1年前のことだったか。 目の前が真っ暗になり、ハルマンV世は3Dモニタの電源をオフにした。
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