| 「おい、大丈夫かジョウ」 ローマノ教授が、俺の顔を覗きこんだ。 何だかぼうっとして、目の焦点が合わない。俺は、何度か瞬きし、慌てて起き上がった。 「一体何があったんだ?」 ロマーノ教授が、そっと俺に手鏡を差し出した。 訝しく思いながらも、それを受け取ろうと、手を出した。 ふと、違和感を覚えた。なんだか、クラッシュジャケットが緩い。 鏡を受け取り、自分の顔を映して愕然とした。 声もでない! 俺は、ロマーノ教授を見た。 「そうじゃよ、ジョウ。おまえさんは、<チルドー>を飲んでしまったんじゃ・・・」 申し訳なさそうに、教授が言った。 <チルドー>だって!!体から、力が抜けた。
俺達は、銀河連合生物化学アカデミーの研究論文発表会の会場である、惑星ジェイテスに来ていた。 そして、俺を心配そうに見つめる人物が、今回の仕事の依頼人。プロフェッサー・ロマーノ。 因みに、俺達は、ロマーノ教授と呼んでる。 教授の年は62歳。白いもじゃもじゃ頭に、ひげも白く、黒ぶちの眼鏡をかけている。なんだかサンタクロースを連想させる風貌だ。 俺は、初めて会ってすぐ、教授に好意を持った。瞳には少年ぽい好奇心が宿り、なんだか憎めない、そういう人だった。 ロマーノ教授は、多くの研究機関を要する惑星アラガスで、細胞の老化を研究テーマにしている。 そして、今回、大発見となる研究成果を携え、この惑星へとやってきた。 その大発見とは、細胞を若返らせる効果をもつ、<チルドー>という秘薬だ。 それは、実験の最中に、偶然生成された薬だった。
実験用の年老いたネズミに、<チルドー>を服用させたところ、みるみる元気を取り戻し、細胞が青年期レベルまで回復したのだ。 この、世紀の大発見に目をつけた、何物かが教授の周りをうろつき出した。 身の危険を感じた教授は、アラミスのクラッシャー評議会に護衛の依頼をした。そして、それは俺のチームへと振り当てられた。 俺達は、1週間に渡る研究論文発表会の間、ロマーノ教授の護衛を始めた。
だが、仕事が始まってから、一騒動持ち上がった。 仕事開始2日目。昨日の火曜日のことだ。教授が大事な実験データを忘れてきたと、騒ぎ出した。 そいつは、研究論文発表で使う大切なデータだった。しかたなく、助手のひとり、ビリーが惑星アラガスに取りに戻ることになった。 ロマーノ教授は、自分の安全より、データの安全が最重要だと言い張った。 結局、タロスとリッキーが<ミネルバ>でついて行くことになった。アラガスから、ジェイテスまで往復4日。 昨日出発したから、帰ってくるのは3日後、金曜日の朝だ。因みに、教授の発表は、金曜日の午後で、ぎりぎり間に合う計算だ。 そして、ここに残った、俺とアルフィンで教授の護衛を続けている。
それは、今朝の出来事だった。 滞在している、ホテルの一室。教授の部屋で、スケジュールの打ち合わせをしている時だ。 教授が俺達にと、アラガス産の栄養ドリンクを差し出した。 これを飲めば、精力もりもり、今日もスカッと研究に励もう!と怪しい宣伝文が載っていた。 それをみたアルフィンは、きっぱり拒絶した。だが、アルフィンに断られ、がっかりしている教授を不憫に思い、俺は一本もらった。 俺は、それをグッと飲んだ。 なんとも、苦い味が口に広がって、吐き出しそうになったが、我慢して飲み込んだ。そんな様子の俺に、教授は嬉しそうに笑っていた。
「すまん、ジョウ。本当の栄養ドリンクとラベルを差し替えておいた<チルドー>と間違えてしまった。すまん、この通りだ」 教授が、俺に深々と頭を下げた。 謝られたって、もう遅い!俺は飲んじまった。世紀の秘薬、そう<チルドー>という、若返りの薬を! さっき鏡に映っていたのは、俺だ・・・そうガキの俺。年は、いいとこスクールに入りたてってとこだ。 「どうしたら、元に戻る?何か薬があるのか?」 勢い込んで俺は訊いた。 「・・・残念ながら、それは無い」 教授の言葉に、俺は真っ青になった。それを見た教授が慌てて言葉を継ぎ足した。 「そんなに心配せんでも、大丈夫だジョウ。<チルドー>は、まだ未完成の薬。若返りの効果は一時的じゃ」 「じゃあ、一生このままじゃないんだな?」 「そうじゃ。少しは安心したかな?」 「ああ」 俺は、胸をなでおろした。こんな、ガキの姿じゃ、皆に会えやしない。 会えないといえば、アルフィンは教授の用事で、銀河連合生物化学アカデミーが用意したインフォメーションセンターに、昨日発表された分の論文の コピーをもらいに行っている。
「どれくらいで、元の姿に戻れるんだ?」 「そうじゃな」教授は腕を組み、うーんと唸った。 「人間に試したことがないから、はっきりとは言えんが・・・量からして、いいとこ3日というとこじゃな」 「3日?」 俺はショックを受けた。3日も、こんな姿をしてなきゃならないのか。 「それはそうと、その格好をどうにかせんとな」 そう言うと、教授は部屋に備え付けられたクローゼットを引っ掻き回し、なにやら紙袋を取り出した。 「あったぞ。発表会が終わったら、孫に渡そうと思って買っておいたもんじゃ」 俺は、その袋を受け取り、中身をみた。服が入っていた。 教授に急かされ、俺はその服に着替えた。 チェックのシャツに、ジーンズに青いスニーカー。 「おっ、ぴったりじゃないか、良かった良かった」 全然、よくない!俺は、心の中で叫んだ。
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