| ジョウはミネルバのリビングのテーブルで、仕事の後処理をしていた。 アラミスに送信する報告書のチェックと、一緒に仕事をしたフランキーへのギャラや必要経費の清算である。 今回の仕事で、「モーダバイト」という専門的な知識を必要とする危険物を扱うことになり、ジョウは特殊危険物輸送を得意としているクラッシャーの応援を、アラミスに要請した。だが、アラミスが紹介してきたのは、ジョウチームの腐れ縁、銀河系にその名を轟かせるオカマ・クラッシャー、お騒がせ屋のフランキーであった。ジョウは最初この紹介を断ろうとしたが、他に適任のクラッシャーを早急に派遣できないとアラミスから返答されて、渋々フランキーの手を借りることにしたのだった。 ジョウチームとフランキーは5年ぶりに手を組み、クライアントにモーダバイトを無事に届け終えた。ミネルバは今、サンダ宇宙港に繋留している。
アラミスへ報告書を送信し、メールをチェックすると、仕事の依頼やスケジュールの調整依頼などに混じって、送信元が「ピザン王室執務室長」とあるメールが届いている。アルフィンの個人アドレスではなく、チームのアドレスに送られてきた為、ミネルバのメインコンピュータで受信されていた。 「・・・ピザンから?」 ジョウは少し考えたが、アルフィン個人に宛てられたメールならば彼女専用のアドレスで届くはずなので、読んでみることにした。 内容は、ピザンの次期国王が決定し、現在のハルマン三世は5年後に勇退する予定になったことが、極めて事務的に書かれていた。アルフィンへの個人的な内容の文章は、一つもない。おそらくピザン王室の関係者に、同一に送信されたものだろう。クーデターからピザンを救ったジョウチームは、王室の恩人もと云えるし、ましてやアルフィンは現在の国王の娘でもある。送信リストに入っていて当然の存在だ。 「・・・へぇ」 ジョウは他人事のようにつぶやいた。 あのクーデター事件以来、ミネルバは一度もピザンを訪れていない。アルフィンが今まで一度も里帰りを希望しなかったのもあるが、ジョウにとっては、あまり訪れたくない所だ。自分の銅像なんぞ見たくもなかったし、クーデターからピザンを救った恩人を称える式典の数々を思い出すだけで、頭が痛くなってくる。 そこへリッキーがリビングへ入ってきた。 「あれ? 兄貴、まだ仕事してんの?」 「いや、もう終る」 「ん? これピザンからのメール?」 ジョウが向かっていたディスプレイを覗き込む。 「あぁ。ピザンのハルマン3世の勇退と、次期国王が決まったそうだ」 「ふ〜ん。じゃ、そのうちアルフィンは、ホントに王女さまじゃなくなっちゃうワケ?」 リッキーはジョウの顔とディスプレイを交互に見ながら、ざっと文章を読んだ。 「・・・さぁ」 ジョウは曖昧に答えた。 「そういえば、ピザンでは在位中に次期国王を決めて、ある程度の年齢が来たら勇退するって、いつかアルフィンが言ってたな」 ディスプレイを眺めながら、ジョウは腕を組んだ。 ピザンの国王は世襲制ではなく、国民から適性検査で選ばれるので、そのようなシステムになっているのだろう。アルフィンがクラッシャーに身を転じることができたのも、理解できるシステムだった。 「あたしはもうピザンの王女じゃない、クラッシャーよっ!」 リッキーがおどけてアルフィンの口調を真似て言った。 彼女がミネルバに乗り込んで間もない頃、口癖のように叫んでいた言葉だ。クラッシャー評議会議長の息子であるジョウのチームに、ピザン王室ゆかりの人物が加わったと聞き、 「お育ちのいいお姫様が、荒っぽいクラッシャーなんぞつとまるのかよ?」 と、クラッシャー仲間は笑った。勝気なアルフィンが、この噂を聞いて黙っているハズもない。今に見てなさいよ!と、鼻息もあらくコブシを握り締める彼女を、まぁまぁ…と、なだめていたのは、おおむねリッキーだったのだ。 下手糞なリッキーの物まねにジョウは苦笑した。 「そういやアルフィンの姿が見えないが、どこかへ出かけたのか?」 「あれ? 兄貴知らなかった? フランキーと映画見に行ったよ」 「映画? フランキーと?」 「うん。ほら、今話題の、けっこうエッチな映画らしい」 ニヤニヤしながら、リッキーはジョウの顔を覗き込んだ。仕事は午前中に終了しているから、今はもう、オフに入っている。 2週間前にフランキーがミネルバに乗り込んでからというもの、ジョウとアルフィンの間は、言い争いが絶えなかった。今イチ煮え切らない二人を面白がったフランキーが、ちょっかいをかけて楽しんでいたからなのだが、ジョウのイライラの原因はそのことだけではなかった。フランキーとアルフィンの仲が、やたらにいい。当直でない時は、夜中までリビングでスナック菓子をつまみに話し込んだり、テレビを見ながら二人で、きゃぁきゃぁと歓声を上げたり。なにやらひそひそ話しをしながら、自分の方を見て笑っていることもある。「オカマ相手に俺は何をムカついているんだ」と思うのだが、どうにも虫の居所が悪い。しかし、やっと仕事も片付いて、ようやくフランキーも居なくなるし、いつものミネルバの雰囲気に戻るとほっとしていたのだが…。 「なんかさぁ、よくつるんでるよね、あのふたり」 「・・・・」 リッキーの問いかけにジョウは何も答えず、小さく肩をそびやかした。
仕事を片付けたジョウは自室に戻り、テレビを見ながらソファでくつろいでいた。 「ピザンか・・・」 テーブルに長い脚を投げ出し、両手を天に突き出し深呼吸する。 アルフィンがクラッシャーになって、もうすぐ2年。いつの頃からかジョウ達は、アルフィンが何年も前からミネルバに乗り込んでいるような感覚になっており、彼女がかつて「王女」であったことを、日常的には殆ど意識しなくなっていた。 勝気で奔放な性格のアルフィンが、ピザンに居た頃は猫を被って過ごしていたことは想像がつくし、王女時代の様子を知らなくても、クラッシャーになってからのほうが、水を得た魚にように生き生きしているのではないか、と思う。それは確信できる。 もしピザンで生活していたとしても、アルフィンのことだ、王室の人間として決められたレールの上を歩くような人生より、きっと自分で生きる道を決めただろう。彼女はそうゆう娘(こ)だ。でなきゃ、クラッシャーなんぞやってられない。 「クラッシャーになって良かった。あの時、ジョウに出会って良かった。ピザンを飛び出して来たことは、後悔してないわ」 ―――――何時だったか、アルフィンが言った言葉。 今では俺もそう思っている。 ジョウの頭の中で普段はいちばん隅に追いやっていた思考が、いつのまにか回り始めていた。
なんの気なしに見つめる画面の中で、映画の予告編が始まった。どうやらフランキーとアルフィンはこの映画を見に行ったらしいと、すぐに見当がついた。最近売れっ子のブロンドの美人女優が主演しているセクシーなサスペンスもので、ふとしたきっかけで知り合った男と逢瀬を楽しむのだが、男は手に入れた女は必ず殺してしまう殺人鬼だったというストーリィ。ラブシーンも多く、新人女優の体当たりの演技が話題を呼んでいる。思わせぶりな予告編を見て、ジョウは自分でも知らずに呟いた。 「・・・俺と見に行きゃいいのに」
その後見ていたサッカーの試合も、贔屓のチームが負けてしまい、おまけに例の映画の予告編を偶然見てしまって、なんだか胸くそが悪くなってきたジョウは、キッチンへビールを取りに行こうと部屋を出た。標準時間で午前1時近い。現在宇宙港に繋留しているミネルバの船内は計器の作動も最小限で、通路も静まりかえっていた。 キッチンの冷蔵庫を空けて、ビールを取り出すと、靴音が聞こえてきた。 コツ、コツ、コツ・・・。 女物の、踵のある靴の音が近づいてくる。アルフィンだ。 手に持った小さなバックをくるくる回しながら、ほろ酔い気分で彼女はキッチンに入ってきた。 「・・・ジョウ! びっくりした」 こんな時間だし、キッチンには誰もいないと思っていたのだろう。 「おかえり」 ジョウが振り返って言った。不機嫌な声なのが自分でもわかった。 「ん。ただいま」 ジョウの横をすり抜けて、アルフィンは冷蔵庫からペリエを取り出した。 「フランキーと映画見に行ってたんだって?」 「・・・うん。面白かったわ」 ペリエの封を切って、一気に飲み干す。 アルフィンは、薄いピンクのスエードのジャケットの下に黒いビスチェ着て、股がみの浅いローライズのジーンズに、シルバーのサンダルを履いている。カジュアルだが、いつもより少し大人っぽいファッションだ。普段は殆どメイクをしない彼女だが、流行りのブルーのマスカラをして、唇は薄いピンクのグロスで彩られていた。 アルフィンがペリエを飲み終えるのを待って、ジョウは言った。 「ピザンからチームあてにメールが来てたぜ」 「ピザンから?」 予想もしなかったジョウの言葉に、アルフィンは少し驚いた様子だった。 「ハルマン三世の勇退と、次期国王が決まったって」 「・・・そっか。そんな話が出る頃ね」 私のアドレスにもメールが来ているかも…と、アルフィンが思いをめぐらせていると、ふいにジョウが言った。 「そのうち一度、ピザンに里帰りしたらどうだ?」 「・・・ん。今はいいわ」 気のない返事がかえってくる。 ミネルバに乗り込んで以来、アルフィンは、ほとんどピザンの両親と連絡を取っていなかった。 「両親も心配してるだろう。こんな商売だし」 「大丈夫よ。便りがないのは元気な証拠っていうじゃない」 アルフィンは俯いたままで、空のペリエのボトルをもてあそびながら答えた。 無理をして「帰らなくてもいい」と言っている訳じゃないのは、ジョウもわかっている。 クラッシャーは危険と隣り合わせの商売だ。今までにチームがこなしてきた仕事の数々を、彼女の両親が知ったらどうするだろう。いや、すでに国王夫妻の耳には入っているのかも知れない。一国の元首なのだから、そのくらいの情報網は持っているはずだ。自分で生きて行く場所をみつけたアルフィンを愛しているからこそ、夫妻からも連絡をしてこないんじゃないだろうか…。 ジョウはしばらくアルフィンの手元を見つめていた。 「・・・国王が退位したら、アルフィンはどうなるんだ?」 「どうなるって…、どうもしないわ。「もと国王の娘」がクラッシャーやってるっていうだけよ」 何を今さら言ってるのよと、アルフィンはジョウを少し睨みながら、不満そうに口を尖らせた。 「・・・・・・・・」 互いに次の言葉を繰り出す事ができず、ミネルバの計器が作動する音だけが小さく響く。真夜中のキッチンは、二人には静か過ぎた。
「あんな映画、フランキーと観に行くなよ」 突然、少し不機嫌そうな声で、ぼそぼそとジョウが言った。 「・・・べ、別に何を観ようと構わないじゃない。あたしの勝手だわ」 ムッとして、アルフィンは大きく目を開いた。 「あのおっさん、女もOKなんだぞ。気をつけろよ」 「もしかして妬いてんの?」 アルフィンの問いかけを無視して、ジョウはさらに言った。 「訳わかんねぇヤツだからさ」 「訳わかんないのは、ジョウじゃない」 「なんで、俺が訳わかんないんだよ?」 「わかんないわよ!」 上目遣いにジョウを睨みつけ、放り投げたハンドバックがブーンと孤を描いて、ジョウの右肩にヒットした。 「いってぇっ!」 この2週間、幾度となく小さな喧嘩をくりかえし、フランキーの冷やかしや、からかいのターゲットになっていたのはジョウだったのだ。何故かフランキーは、いつもアルフィンの味方についている。 ピリピリと空気が震え、一発触発となったその時、鼻歌混じりのフランキーがステップを踏みながら、キッチンへ入ってきた。二人の間に漂う空気を察知して、少しだけ眉をひそめる。 「あら、どうしたの?」 やたら陽気なハスキーボイスに、ジョウもアルフィンも出鼻をくじかれてしまい、二の句が続かなくなってしまった。 「おやおや、なんだかつんけんした雰囲気ねぇ」 ボードから勝手にブランデーを取り出しながら、フランキーは二人の顔を交互に見た。ジョウは憮然とした表情だ。アルフィンは涙ぐんで頬を膨らませている。 「・・・あたし、部屋に帰る!」 突然言い捨てると、アルフィンはくるりと身を翻し、サンダルのヒールを大きく響かせながら、リビング飛び出して行ってしまった。 「ちょ、ちょっとアルフィン、どうしたの! 待ちなさいよ!」 慌てて止めようとするフランキーを無視して、アルフィンは振り返らなかった。 フランキーは呆れたように小さくため息をついた。腕を組んで、じろじろと冷たい視線をジョウに向ける。 「・・・ったくねぇ」 「・・・あんだよ」 ジョウは天井を見るふりをして、視線を泳がせた。 やれやれと肩をすくめたフランキーは、いきなりジョウの腕をつかむと、隣のリビングへ向かって歩き出した。 「ちょっと、付き合いなさいよ」 「・・・は・・はぁ?」 「いいからつきあうのよ! あんたも飲みたいんでしょ!」 「お、おい」 冷蔵庫から取り出したきりでまだ封を切っていないビールを持ったまま、ジョウはずるずるリビングへ連行された。 「な、なんだよ」 フランキーは無理やりジョウを座らせると、すぐにキッチンへ取って返り、何本かボトル持ってきた。どれもこれもタロスが愛飲している、アルコール度の高い酒だ。ジョウの持っていたビールを取り上げる。 「こんなもん飲んでんじゃないわよ」 グラスになみなみと注ぐと、ドスンとテーブルにボトルを置いた。 「さぁ、吐くまで飲むわよ」
|