| 寝る前に一杯、と思ってジョウが部屋を出て、部屋に設えのミニバーで酒をグラスに注いでいると、急にアルフィンが部屋から出てきた。 もう日付が変わろうかという時刻なのに、アルフィンはコートを着て、外出する格好だった。 「アルフィン?」 アルフィンははっと振り向いてジョウに気がつくと、 「あら、起きてたのジョウ」 とやや急いだ調子で言った。 「どこか行くのか」 「うん、ミネルバまで」 「ミネルバ?」 「そうよ。なにかまずい?」 まずい、と言えばまずいだろう、とジョウは思う。 このスノーリゾートのホテルから宇宙港までは、エアカーを飛ばして一時間はかかる。ましてこの雪の中だ。ハイウェイにはカバーチューブがついているが、ホテルからインターチェンジまでは林の中の一般道だ。 運転をオートにしておけばまず安全だが、それだと時間が大幅にかかる。 しかし一番まずいのは、 こんな深夜にアルフィンを一人で外出させることだ。 「何の用なんだ?」 「サンスクリーンが無くなっちゃってね、ストックを持ってくるの忘れてたから、取りに行くの。アレがないと明日滑れないわ」 「…」 サンスクリーンくらいホテルにだって売ってるだろう、と言いかけてジョウは口をつぐんだ。その辺で売ってるようなサンスクリーンじゃ駄目!あたしがいつも使ってるのじゃないと、駄目なの!雪の紫外線反射率はすごく高いのよ!と言われてもいないのにアルフィンの台詞が頭に浮かんできた。 おそらくピザン時代から使っている、王室御用達で目の玉が飛び出るような値段の、アレのことだろう。 「もう行かなくちゃ。今フロントにエアカー用意してもらったの。じゃあね」 バタバタと急いで出て行こうとするアルフィンに、ジョウは歩き出しながら言った。 「1分待て」 「?」 ジョウは部屋に戻り、着替えてすぐに出てきた。 「俺も行く」 「…ありがと」 アルフィンは白い頬をぱっと染め、嬉しそうに微笑んだ。 その顔を見て、ジョウの顔もつい赤くなる。 可愛い、以外に何て言えってんだ、と何故か胸の中でぼやきが出た。
雪の日の深夜だというのに、ハイウェイは意外にも混んでいた。 「混んでるな」 「そうね。何かあるのかしら?」 アルフィンが小首をかしげる。さらりと音をたてて、金髪が流れた。 運転しながらも、視界の隅にその仕草が入ってくる。身体に何かが湧き上がってくるのを必死に抑え込み、ジョウは思わず一瞬目を閉じた。 「どうかした?」 「い、いや…目にゴミが入った」 「?」
ようやくミネルバに着くと、ついジョウは留守の間の通信をチェックしたり、補給や修理の進捗状況を確認したりで熱中してしまい、ふと気がつくとアルフィンはどこにも見えなくなってしまっていた。 まずい。 へそを曲げている可能性大だ。 部屋に行ってみたが、いない。 「アルフィン見たか?」 すれ違ったドンゴに訊いてみる。 「キャハ、サッキはっちカラソトニデテイッタ。タブンヤネノウエ」 「屋根の上え?」 ジョウは思わず、上を見上げた。
ハッチから船外へ出て、梯子を上ると、本当にアルフィンはいた。 夜風が強い。アルフィンは座って、自分のパソコンを開いている。後ろからちらりと見えたディスプレイの中には――男の写真だ。 「…」 ジョウは眉根を寄せた。 「アルフィン」 つい、声がとがる。 「あ、ジョウ」 アルフィンは慌ててパソコンを閉じた。 「何やってんだ、んなトコで」 「窓の外にね、光が見えたの。―――アレ。見える?青いの」 「ああ」 「すごく綺麗だから、写真とってピザンに送ろうと思って。窓越しじゃうまく撮れないのよね。で、上がってきたの。そしたら、ピザンからメールきてて、今読んでたとこ」 アルフィンが言った「光」とは、この海上にある宇宙港のある湾の北側に明滅している、美しい青い光の事だった。 「何かしら、あの光。人工の光じゃないみたい」 「そうか…あれは…」 ジョウの頭の中に、ヒットする情報があった。そうだ、さっき、ゴロ寝しながらぼんやりと見ていたニュースで言っていた。 「知ってるの?」 「『ユキマチガイ』だ」 「ユキマ、チガイ?」 聴きなれない響きに、鸚鵡返しにアルフィンが訊く。 「ハイウェイが混んでるはずだ」 「何なのよ??」 「見に行くか?」 「う、うん」 アルフィンは訳がわからないが、とにかく慌てて立ち上がった。 が、ここはミネルバの屋根の上だ。 細いヒールのブーツは、ぐらりと重心を失った。 「あ…!」 アルフィンの体が、大きく揺れる。 「おっと」 ジョウがアルフィンの腕を掴み、引き寄せた。 「気を付けろ」 「うん…」 アルフィンは胸の中で、頬を染めて俯いている。 そのアルフィンの顔を見て、何故か先刻の、ちらりと見えた男の写真を思い出した。 まさかな、とは思いつつも、不快な気持ちが抑えきれない。思わず、抱き寄せた腕に力が入る。 「…ジョウ、どうしたの?」 「…何でもない」 そう言うとジョウはふいと手を離し、先にミネルバの中に入っていってしまった。
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