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■1238 / inTopicNo.1)  ユキマチガイ
  
□投稿者/ 舞妓 -(2006/10/01(Sun) 00:55:21)
    寝る前に一杯、と思ってジョウが部屋を出て、部屋に設えのミニバーで酒をグラスに注いでいると、急にアルフィンが部屋から出てきた。
    もう日付が変わろうかという時刻なのに、アルフィンはコートを着て、外出する格好だった。
    「アルフィン?」
    アルフィンははっと振り向いてジョウに気がつくと、
    「あら、起きてたのジョウ」
    とやや急いだ調子で言った。
    「どこか行くのか」
    「うん、ミネルバまで」
    「ミネルバ?」
    「そうよ。なにかまずい?」
    まずい、と言えばまずいだろう、とジョウは思う。
    このスノーリゾートのホテルから宇宙港までは、エアカーを飛ばして一時間はかかる。ましてこの雪の中だ。ハイウェイにはカバーチューブがついているが、ホテルからインターチェンジまでは林の中の一般道だ。
    運転をオートにしておけばまず安全だが、それだと時間が大幅にかかる。
    しかし一番まずいのは、
    こんな深夜にアルフィンを一人で外出させることだ。
    「何の用なんだ?」
    「サンスクリーンが無くなっちゃってね、ストックを持ってくるの忘れてたから、取りに行くの。アレがないと明日滑れないわ」
    「…」
    サンスクリーンくらいホテルにだって売ってるだろう、と言いかけてジョウは口をつぐんだ。その辺で売ってるようなサンスクリーンじゃ駄目!あたしがいつも使ってるのじゃないと、駄目なの!雪の紫外線反射率はすごく高いのよ!と言われてもいないのにアルフィンの台詞が頭に浮かんできた。
    おそらくピザン時代から使っている、王室御用達で目の玉が飛び出るような値段の、アレのことだろう。
    「もう行かなくちゃ。今フロントにエアカー用意してもらったの。じゃあね」
    バタバタと急いで出て行こうとするアルフィンに、ジョウは歩き出しながら言った。
    「1分待て」
    「?」
    ジョウは部屋に戻り、着替えてすぐに出てきた。
    「俺も行く」
    「…ありがと」
    アルフィンは白い頬をぱっと染め、嬉しそうに微笑んだ。
    その顔を見て、ジョウの顔もつい赤くなる。
    可愛い、以外に何て言えってんだ、と何故か胸の中でぼやきが出た。


    雪の日の深夜だというのに、ハイウェイは意外にも混んでいた。
    「混んでるな」
    「そうね。何かあるのかしら?」
    アルフィンが小首をかしげる。さらりと音をたてて、金髪が流れた。
    運転しながらも、視界の隅にその仕草が入ってくる。身体に何かが湧き上がってくるのを必死に抑え込み、ジョウは思わず一瞬目を閉じた。
    「どうかした?」
    「い、いや…目にゴミが入った」
    「?」


    ようやくミネルバに着くと、ついジョウは留守の間の通信をチェックしたり、補給や修理の進捗状況を確認したりで熱中してしまい、ふと気がつくとアルフィンはどこにも見えなくなってしまっていた。
    まずい。
    へそを曲げている可能性大だ。
    部屋に行ってみたが、いない。
    「アルフィン見たか?」
    すれ違ったドンゴに訊いてみる。
    「キャハ、サッキはっちカラソトニデテイッタ。タブンヤネノウエ」
    「屋根の上え?」
    ジョウは思わず、上を見上げた。

    ハッチから船外へ出て、梯子を上ると、本当にアルフィンはいた。
    夜風が強い。アルフィンは座って、自分のパソコンを開いている。後ろからちらりと見えたディスプレイの中には――男の写真だ。
    「…」
    ジョウは眉根を寄せた。
    「アルフィン」
    つい、声がとがる。
    「あ、ジョウ」
    アルフィンは慌ててパソコンを閉じた。
    「何やってんだ、んなトコで」
    「窓の外にね、光が見えたの。―――アレ。見える?青いの」
    「ああ」
    「すごく綺麗だから、写真とってピザンに送ろうと思って。窓越しじゃうまく撮れないのよね。で、上がってきたの。そしたら、ピザンからメールきてて、今読んでたとこ」
    アルフィンが言った「光」とは、この海上にある宇宙港のある湾の北側に明滅している、美しい青い光の事だった。
    「何かしら、あの光。人工の光じゃないみたい」
    「そうか…あれは…」
    ジョウの頭の中に、ヒットする情報があった。そうだ、さっき、ゴロ寝しながらぼんやりと見ていたニュースで言っていた。
    「知ってるの?」
    「『ユキマチガイ』だ」
    「ユキマ、チガイ?」
    聴きなれない響きに、鸚鵡返しにアルフィンが訊く。
    「ハイウェイが混んでるはずだ」
    「何なのよ??」
    「見に行くか?」
    「う、うん」
    アルフィンは訳がわからないが、とにかく慌てて立ち上がった。
    が、ここはミネルバの屋根の上だ。
    細いヒールのブーツは、ぐらりと重心を失った。
    「あ…!」
    アルフィンの体が、大きく揺れる。
    「おっと」
    ジョウがアルフィンの腕を掴み、引き寄せた。
    「気を付けろ」
    「うん…」
    アルフィンは胸の中で、頬を染めて俯いている。
    そのアルフィンの顔を見て、何故か先刻の、ちらりと見えた男の写真を思い出した。
    まさかな、とは思いつつも、不快な気持ちが抑えきれない。思わず、抱き寄せた腕に力が入る。
    「…ジョウ、どうしたの?」
    「…何でもない」
    そう言うとジョウはふいと手を離し、先にミネルバの中に入っていってしまった。


引用投稿 削除キー/
■1239 / inTopicNo.2)  Re[1]: ユキマチガイ
□投稿者/ 舞妓 -(2006/10/01(Sun) 00:57:27)
    エアカーは、青い光が見える湾岸道路を走っている。
    メーターが、外の気温がすでにマイナスであることを示している。
    「綺麗…」
    アルフィンは海の方を向いて、青い光に見とれていた。

    ジョウはずっと、さっきの男の写真のことに気を取られていた。訊きたいが、訊けない。それを訊く、ということが何を意味するかを考えると、もうジョウには黙り込むしか道がない。
    アルフィンは、ジョウの沈黙をやや不気味に思っている。
    お出かけに誘ったり、急に抱きしめたり、今度は黙り込んだり。
    …あたし、何か怒らせちゃったかな。

    やがて、最も青が明るく光る砂浜に着いて、ジョウはエアカーを止めてライトを消した。そうやって駐車しているエアカーが沢山ある。
    アルフィンが沈黙に困ったように、あのね、と口を開きかけたとき、ジョウが口を開いた。
    「ユキマチガイって名前は、昔テラのアジア地方の一部で使われてた言葉だそうだ。発見した学者がそっち系の人間だったんだな。チャイニーズ・キャラクターで、『雪を、待つ、貝』と書く」
    「貝なの?」
    「そう。全銀河系で、この湾にしか生息してない。そしてその名の通り、今この貝は雪を待ってんのさ」
    「…雪が、降ってくるのを?」
    ジョウは肯いた。
    「この青い光は、雪待貝の雄。この時期の、大潮の、満月の、満潮で、気温が水温より下がると、雄が青い光を発して雌を呼ぶ」
    「…すごく、イロイロ条件があるのね」
    「それで、雪が降ってくると、雌が産卵をする」
    「つまりその日に雪が降らなければ、雌は産卵しないってこと?」
    「そうだ。それから、このユキマチガイってのはダブル・ミーニングで、『行先を間違う』とも書くらしい」
    「どういう事?」
    「あの青い光は、全部が雪待貝の雄って訳じゃない。同じ光を出す、甲殻類の光も混ざってる。雄だと思って近づいてくる雪待貝の雌を、餌にしている奴等がいるのさ」
    アルフィンははっと表情を変え、正面の海をその大きな瞳でじっと見詰めた。
    「…すごい、確率」

    でも、きっと、あたしの方が。

    「アルフィン」
    「何?」
    「さっき、パソコンに―――」
    ジョウはアルフィンを見ずに、正面の海を見つめたまま耐えかねたように口にした。
    狭い2シーターの二人の距離は、とても、近い。
    「…パソコンに?…」
    アルフィンは、見られたのだ、とやっと悟った。
    「アレは―――!」
    慌てて説明しようとしたその時。
    ひらり、と白いものがエアカーのフロントガラスに舞い降りてきた。
    ジョウとアルフィンは同時に、その雪に、気が付いた。
    「雪…!」
    「降ってきた!」
    二人は上着を着てすぐに外に出た。砂浜に、ヒールが沈んで歩きにくい。ジョウがアルフィンに手を貸した。海から冷たい風が吹きつけ、髪を乱す。

    目の前の、夜の色の暗い海と空の間に、雪待貝の青い光の帯が輝いている。
    そこに、雪が舞い降りる。
    音もなく、静かに、海に白い雪が吸い込まれ、溶け込んでいく。
    と――。

    「ジョウ…!」
    アルフィンがぎゅっと、ジョウの袖を握った。

    海は、青い光から徐々に、輝くようなエメラルドグリーンの光を放ち始め、その緑の光は波と共にゆらりゆらりと広がり、真夜中の黒いはずの海を、淡くエメラルドグリーンの光で埋め尽くして行くのだった。

    「すげえ…」
    ジョウも言葉を無くしていた。

    雌は雄の光に集められ、共に雪を待った。
    雪が海に舞い降りたその時、雌は緑色の卵を一斉に産卵し、雄は白い精子を卵にかける。混じりあった色は、青い光に照らされて、輝くようなエメラルドグリーンになる。―――

    それは、ほんの数分の間だった。
    波に受精卵が運ばれ、海のエメラルドグリーンの輝きは大海に散り散りになって、
    やがて何事もなかったような静かな夜の海に、戻った。

    「…」
    アルフィンは、感動の余り、泣いていた。
    その体が寒さに震えているのに気づき、ジョウは後ろからアルフィンをコートで包んだ。
    「…すごいわね」
    「ああ」
    「すごい確率で、雪待貝は生きてるのね」
    「そうだな」
    「でも、あたしの方がすごいわ」
    アルフィンはジョウのコートの中でくるりと回り、ジョウに向き直った。
    真っ直ぐに、ジョウを見る。雪待貝の光よりも蒼い、濡れた瞳が。
    「は?」
    「あの時、あたしをジョウが見つけてくれた確率の方が、ずっとずっと低いはずよ。この宇宙のなかで」

    ピザンのエマージェンシー・シップ。救助したジョウ。
    アルフィンが目覚めた、あの時。
    一瞬で心の奥を握ってしまった、この、蒼。

    「もし、あれが、ジョウじゃなかったら」

    何の前触れもなく、ジョウの中で何かがぷつんと切れた。
    今までチーム、仕事、立場、将来、父親、様々なことを考えて必死に抑えてきた事が一体何だったのかと思うほど、呆気なく。

    冬の冷たい風が吹き付ける中で、二人の唇が重なっていた。

引用投稿 削除キー/
■1240 / inTopicNo.3)  Re[2]: ユキマチガイ
□投稿者/ 舞妓 -(2006/10/01(Sun) 00:58:50)
    長い間重ねていた唇をやっと離すと、アルフィンは顔をジョウの胸に埋め、震える身体をどうしていいか解らない様子できつく抱きついてきた。
    やがて、微かな涙声が聞こえてくる。
    「…ジョウの馬鹿」
    「バカだな、確かに」
    ジョウは、くすりと笑った。
    「長いこと、悪かった」
    「…いつからなの?」
    甘えるような、咎めるような。あの愛らしい上目使いが、ジョウを見る。
    「最初からさ」
    肩をすくめて答えるジョウの頬を、アルフィンが軽くつねった。
    「ホントに馬鹿ね」
    ジョウは愛おしさに、アルフィンを抱く腕に力をこめた。
    そして先程、自分が吸い取ってしまったアルフィンの言いかけの言葉を、思い出す。

    「…もし、あれが俺じゃなかったら?」
    金髪を優しく撫でながら、ジョウは低く訊いた。
    「そうね。あたしは死んでて、ピザンもないか…さっきのパソコンの写真の人と、結婚してたかも」
    アルフィンは胸の中でちょっと笑った。
    「何?」
    ジョウが不機嫌な声を出した。
    「お父様が送ってきたのよ。あたしに求婚してくる人がいるんですって。ピザンの救国の英雄クラッシャージョウのチームでクラッシャーをしてるって返事しても、激務だからそう長く続くはずはない、退職してピザンに帰ってきたら是非、って。結構いるらしいのよ、そういう人。それで一応、情報として送ってくるの」
    「国王は、クラッシャー辞めろって言ってんのか?」
    ややビビりつつジョウは言った。
    「まさか。あくまで、情報としてよ。そういう人がクライアントになったら、困るでしょ?」
    「…そう、だな」

    絶対に手は届かないはずだった、姫君。
    それが今、ここにいる。この腕の中で、自分だけをその美しい瞳に写して笑っている。

    「ちなみに、さっきの男は何者なんだ?」
    「ふふーーーん」
    アルフィンはいたずらっぽく笑った。
    「何だよ」
    「気になる?」
    「…」
    ジョウはぐっと言葉に詰まる。
    「ねえ、気になる?」
    「…ああ、なるね」
    観念したように答えるジョウを見て、アルフィンは満足げに微笑んだ。
    「銀河連合の、幹部」
    ピュー、とジョウは口笛を吹いた。
    「すげえな」
    「そうね。この前は、某大統領の息子とか」
    「…そっちが、いいか?」
    やや真剣に、ジョウは訊いた。
    「命の危険もない。何もしなくても左団扇だ。安定した生活で一生困らない」
    「ふふ」
    アルフィンはジョウを見上げて、微笑んだ。
    「悪くないわね。でも、あたしは、ジョウじゃなきゃ、駄目」
    ジョウの胸に頬を寄せる。ジョウの匂いがする。目を閉じる。
    「…あたしは、行先を間違ったり、しない」
    「そうだな…」
    ジョウは金髪を撫でながら、白い雪が舞い続ける夜の空を見上げて、思った。

    自分が待っていたのは、この蒼なのだろうと。
    銀河の中では泡粒の一つに過ぎない自分が、たった一つ自らよりも大切に想うもの。
    その想いの果てしなく広がる大きさを受け止めるように。
    この壊れもののように儚い奇跡が、壊れてしまわないように。

    この奇跡を、腕の中の蒼を、抱き締めた。


    二人の上にも、
    雪待貝の小さな生命を抱いた海にも、雪はまだ、降り続いている。

                                        FIN
fin.
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