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■1245 / inTopicNo.1)  オヤスミ
  
□投稿者/ 舞妓 -(2006/10/26(Thu) 10:17:10)
    雪待貝の海岸を後にして、深夜、随分遅くなってホテルに戻り、
    もうタロスもリッキーも当然眠っている時間なので起こさないように、そっと。
    くすくすと、楽しげに忍び笑いを洩らしながら、薄暗いスウィートルームの中を、二人は歩いた。

    アルフィンのベッドルームの前に来ると、小さな灯りの下で、二人はどちらからともなく、もう先程から何度目なのかも分からないキスをした。
    繰り返し、繰り返し、深く、時には啄む様に。
    アルフィンがちょっと身を引こうとすると、ジョウは唇を重ねたまま、逃がすまいと彼女の腕を掴んでぐいと引き寄せる。
    そんなことを、随分長い間続けて。
    アルフィンは、ぴったりとジョウの背中に絡ませていた自分の腕を解くと、
    「おやすみ、ジョウ」
    と言った。

    これ以上ないほどの、幸せそうな、満面の、笑顔で。
    輝いていると言えばこういう表情かと、ジョウは思った。
    この顔を彼女にもたらしたのは自分なのだと、誇らしくもあり。
    どうしようもなく愛しくもあり。
    だから、言った。

    「…おやすみ、アルフィン」

    そう言うジョウの前で、最後まで扉の隙間から華やいだ笑顔を覗かせながら、名残惜しそうに。
    しかし、確実に、扉は閉まった。  


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■1246 / inTopicNo.2)  Re[1]: オヤスミ
□投稿者/ 舞妓 -(2006/10/26(Thu) 10:18:28)
    その夜から数日。

    ジョウは酒をあおって、ベッドにひっくり返った。

    「おやすみ」と、今日も言って、自分の部屋に戻ってきた。
    すぐ目の前のベッドルームで、アルフィンは眠っている。

    彼女がミネルバに乗ってから、入院や仕事の都合を除けば、「おやすみ」と言わなかった日は一日も無いだろう。
    そう、いつも、「お疲れ、おやすみ」と。
    彼女に言ってきたのだ。
    同じようにアルフィンは、優しい笑顔で、「おやすみ、ジョウ」と言う。そして扉は閉まる。
    それをどこかで苦しく思っている自分を、ジョウは知っていた。
    苦しさが日々、募っていたことも。

    オヤスミじゃない、
    俺の側で眠って欲しい、
    この腕に君を抱いて眠りたい。

    が、そう思うと同時に湧き上がる感情がある。ジョウはそれが何なのか、はっきりと認識していた。

    恐怖。

    他に当てはまる言葉はなかった。

    想いと言葉を堰きとめていたのは、あれこれと数え上げればキリが無かったが、結局のところその大元は、「恐怖」だ。
    AAAのチームリーダー。この腕で生きてきた。怖いものなど何も無かった。はずだった。
    それが、「あの日」、変わる。
    あの日、アルフィンがミネルバで蒼い目を開けた日。
    あの日から数年、一日も胸を離れない、恐怖。
    彼女が欲しい、と思うと同時に、すっと背中を冷やす底知れぬ恐怖。


    「…巡洋艦とやりあってる方がマシだ…」
    ジョウは深々とため息をついた。
    その時。

    コンコン。
    ノックの音が聞こえた。

    「!!」
    心臓が跳ね上がった。
    がばっと身を起こしたまま、一瞬ジョウは固まって、ドアを凝視した。

    もしかして、もしかして、もしかして。
    いや、そんなことはありえない。
    でも、ひょっとしたら、ひょっとして。
    『そんなこと』が――

    「あーにーきいー」
    間延びした声が、ドアの向こうから聞こえてきた。
    「…」
    ジョウはがっくりと、ベッドに突っ伏した。
    「入っていいかい?」
    「…ああ…」
    部屋に入ってきたリッキーが見たものは、ベッドにうつ伏せて長く伸びきっている、ジョウの力ない姿だった。
    (こ、こりゃみっともねえ…)
    思わず噴出しそうになるのを必死にこらえる。
    「ね、寝てたのかい、兄貴」
    「…いや…」
    一瞬にしてピークに達した緊張の糸が切れたジョウは、もはや返事をするのも億劫だった。
    「これ、新しいオンラインゲームなんだ。今エントリーできるんだけど、兄貴やらないかなーって思ってさ…」
    リッキーが広げたディスプレイをちらり、と横目で見ると、簡単に言うと戦闘機のシューティングゲームだった。母船もあり敵方もあり戦略も複雑で、なかなかよく出来ている。
    「…やる」
    ジョウはむくりと起き上がった。
    どうせ長い夜なのだ。こんなものでもないと、やってられない。
    「そうこなくちゃ」
    リッキーは内心うまい事行ったと思いながら、ジョウにコントローラーを渡した。

    ジョウは結構熱中し、ゲームを楽しんでいる、ように見える。
    十機ほどのエントリーがあり、勿論ダントツにトップの点数をはじき出しているのはジョウだ。
    しかし、いつもなら「ああ」「くそっ」「畜生」「どけこの野郎」「邪魔だ下手くそ」などと罵りながら熱くなるはずのジョウは、全くの無言だった。
    目を据わらせ、ベッドの上に胡坐をかいて無言でディスプレイに向かい、次々敵機を落としていくジョウの姿には空恐ろしいものすら感じる。
    (キまくってんな、兄貴…)

    「兄貴い」
    「なんだ」
    「アルフィンに、好きだって言ったのかい?」

    派手な音を立てて、ジョウの機がやられた。間の抜けた、プップルルルルーーーとかなんとか言う音が聞こえて、ゲームオーバーの文字がしつこいくらいに明るく点滅した。

    ゆっくりと、ジョウがリッキーを、見た。
    「今、何か言ったか」

    (こ、怖え…)
    リッキーは怯みそうになる気持ちを奮い立たせて、必死に言葉を出した。
    「兄貴とアルフィンのことに口を挟む気はないよ。ただ、アルフィンが最近やたら綺麗だから、そうなんだろうと思って。おいらもタロスも、嬉しいと思ってる。それだけは言っておきたいんだ」
    「…」
    コントローラーを握り締めたままのジョウは無言だ。
    「おいらはチームリーダーじゃないから、兄貴ほど難しい事色々考えないけど、兄貴には多分、考えなきゃいけなかったことがいっぱいあったんだろうと思う。今も考えてんだろ?でも別にさあ、難しく考えなくてもいいじゃないか。
    兄貴が一番強くなるのは、アルフィンを守る時なんだからさ。
    つまりクラッシャージョウのチームは、これから益々腕っこきになるってことさ。アルフィンを守るのは、兄貴だけじゃないんだ。大事な姫の命を守るために、絶対に強くならざるを得ないんだからさ。それに」
    リッキーはふいに、何だか大人びた笑顔で笑った。
    「大事な人に、大事だって伝えることは、もしそれが出来なくなったとき、何より一番後悔することだ。そうだろ、兄貴」

    ジョウは、リッキーの目を見た。
    失ってきたたくさんの仲間たち。会いたくてももう会えない人たち。

    「まあそういうことさ。あんまり一人で力まないでおくれよ、兄貴。おやすみ。邪魔してごめんよ」
    出て行こうとするリッキーを、ジョウが呼び止めた。
    「リッキー」
    「なんだい?」
    「俺はお前を大事に思ってるぞ、知ってるか」
    にやり、とジョウが笑う。
    「兄貴は両刀だったのかい?おいらはそっちの趣味はないよ、悪いけど」
    明るい笑顔でVサインをつくり、軽く返してリッキーは出て行った。


    『兄貴が一番強くなるのは、アルフィンを守るときなんだからさ』
    『大事な人に、大事だって伝えることは』

    コントローラーを意味もなく弄びながら、ジョウはふっと苦笑いを浮かべた。
    背中を押されたんだな、俺は。あのリッキーに。

    自分を覆っていた重い鎖が、ゆっくりと落ちていく、音がする。その心地よさ。


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■1247 / inTopicNo.3)  Re[2]: オヤスミ
□投稿者/ 舞妓 -(2006/10/26(Thu) 10:20:50)
    「じゃあ、おやすみ、ジョウ」
    その日もアルフィンは、何一つ疑う事もない澄んだ目でジョウを見つめ、
    背伸びをし、軽く唇にキスをして、
    なかなか離せない指先をやっと離し、ドアを、閉めようとした。

    その澄んだ瞳は、
    ジョウにとっては、今自分が欲している事の浅ましさを無言のうちに突きつける、強靭な楯だった。
    この清らかさの前で、自分の想いが恐ろしく薄汚いもののように思えて。
    そして底知れぬあの恐怖が。

    恐れるのはただ一つの事。
    この美しいものを手に入れた後も、自分を失わずその命を本当に守っていけるのかと。


    だから、口をついて出る言葉は、いつも「おやすみ、アルフィン」。
    そう、言いかけて。
    突然怒りにも似た感情がジョウの胸に湧き起こった。

    『大事な人に、大事だって』
    俺は、何をやっている?

    次の瞬間、ジョウの右足が閉まる寸前のドアの隙間に、蹴り込まれた。

    はっ、とアルフィンが息を呑んで、僅かな隙間から覗くジョウの顔を見つめた。
    その隙間に、ジョウは左手をかける。ゆっくりと、ドアを押し開ける。
    アルフィンは、押し返そうとはしなかった。ただ呆然と、ドアを開けて入ってくるジョウを見つめていた。

    ジョウが後ろ手に扉を閉め、鍵を掛ける。
    その音がやけに、大きく響いた。
    ジョウとアルフィンは、灯りもない暗い部屋で、無言で向き合った。

    「アルフィン」
    アルフィンは、呆然とジョウを見つめたまま、無意識なのかほんの一歩、身体を後ろに引いた。

    ジョウの頭に中に、リッキーの言葉が蘇った。
    『好きだって言ったのかい?』
    言ってねえよ、だから今言うんだ。

    「…愛してる」

    アルフィンの目が大きく見開かれ、次に泣きそうに歪んだ。

    「俺に、くれ」

    出逢った日を、
    蒼い瞳がゆっくりと開かれた瞬間を、
    ピザンを離れる時の気持ちを、
    彼女を船の中に見つけた時の想いを、
    どうやって君に伝えよう。

    アレナクイーンが襲撃に遭った時、
    円盤機に君が攫われた時、
    カインの洞窟で君の声を聞いた時、
    インファーノで離れ離れになった時、
    ウーラの爪が君の喉に食い込んだ時、
    背中を焼かれてもう死んだと思ったあの瞬間、
    クリスに攫われた時、
    ラダ・シンに捕まった時、
    アバドンと対峙した時、
    いつも気が狂いそうに君を、その命を、その心と身体を想ったことを、どうやって。

    「…俺はずっと怖かった。俺がブレたら、アルフィンを、失う」

    簡潔な言葉の中に、重すぎるほどの事実。

    「だから」
    「知ってたわ」

    ふいにアルフィンが、静かに言った。
    「ジョウがあたしを受け入れないのは、あたしを大事に思ってくれてるからだって。あたしの命も、タロスとリッキーの命も、大事にしてくれてるからだって。」

    『大事な人に、大事だって伝えることは』

    「見守るだけより、この手に抱いているほうがいい」

    『兄貴が一番強くなるのは、アルフィンを守るときなんだからさ』

    「俺はアルフィンを何より大切に思ってる。だから、絶対に失わないように、すればいい。…それだけの事だったんだ」

    ジョウはもう何のためらいもなく歩を進め、その腕にアルフィンを抱き締めた。

    「嫌か」
    「…嫌じゃない…」
    アルフィンはうつむいて答えた。
    「…怖いだけ…」

    ジョウはアルフィンの顔を上げさせ、奪うように唇を重ねた。
    アルフィンは少しだけ身を引くが、ジョウの腕はそれを許さない。
    それまでとは違う、有無を言わさぬキスにくたりと力の抜けたアルフィンを抱きかかえると、ベッドまで運んだ。

    横たえると、月明かりの中、白いシーツに長い金髪が水面の波紋のように美しくゆらりと光った。

    ジョウはアルフィンの肌に唇を寄せる。

    「…待って…」
    切ない声で微かな抵抗が聞こえた。
    「待たない」
    キスしたままの白い首筋に、ジョウの吐息がかかる。
    「もう充分、待った」

    アルフィンはそれ以上何も言わなかった。
    ただ、縋り付くようにぎゅっと背中に手を回してきた。
    アルフィンの顔を見ると、閉じた目蓋に真珠のような一粒の涙がきらりと光っていた。
    ジョウはその真珠を、唇で吸い取った。
    そして今度こそ、彼女の全てを手に入れようと。

    ここが水面なら、その波に溺れていくように。

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■1248 / inTopicNo.4)  Re[3]: オヤスミ
□投稿者/ 舞妓 -(2006/10/26(Thu) 10:22:15)
    ベッドサイドの小さな灯りが、眠るアルフィンの美しい横顔を照らしている。

    乱れた髪を、そっと直して、
    何度もこうやって彼女の髪を直してきたことを思い出した。
    それが精一杯だった。が、全ての想いが、この指にあった。

    うん、と小さく言ってアルフィンがジョウのほうに寝返りを打った。
    寒そうな白い細い肩を抱いて、ジョウは横になった。
    胸にことりと小さな頭を置いて、無意識に足を絡ませて、手をジョウの身体に回して、愛らしく抱きつくようにアルフィンは眠っている。

    恐怖も、
    焦燥感も、
    苦しさも、
    もうどこにも、無かった。
    見失いそうな自分はいなかった。いるのは、ただ、揺ぎ無い自分だけだった。

    喪いはしない、絶対に。必ず守ると。
    この先もずっと、この奇跡を抱いて生きるのだと。


    ジョウは言った。

    あの夜と同じ、奇跡を抱いて。
    金髪の、美しい、蒼い目の、酒乱で、気の強い、泣き虫の、天使のような彼女を胸に抱いて。


    「…おやすみ、アルフィン…」

    出逢ってから初めて、
    心から。

                        FIN
                                       
fin.
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