| 右のシートで、アルフィンは眠っている。 フォックスのコートにくるまれ、気持ち良さそうに安心しきって寝息を立てている。 パーティの後なので運転はオートに設定し、タキシードのブラックタイをほどいたジョウは、アルフィンの寝顔を飽くことなく見つめていた。
日付はとうに変わっていて、ハイウェイは空いていた。 4年前、この道を通った。 あの日はちょうど雪待貝の日だった。今でもあの光景をよく思い出す。 左に、その海岸が見えてきた。 ジョウはちらりとアルフィンを見た。起こそうかどうするか少し迷い、そして止めた。 ほんのりと頬を赤くして眠るアルフィンの顔を見て、ジョウは優しくふっと笑った。
今夜も雪が、降っている。
「アルフィン、起きろ」 「んー…まだ寝たい…」 エアカーを止めたホテルのエントランスで、ジョウがアルフィンを揺り起こす。 「着いたぞ。ほら」 「うーん…」 アルフィンは目を開けずに、腕だけをジョウに向かって伸ばして広げた。 「抱っこ…」 「エレベーターまで、歩け」 ボソリと低く耳元で囁く。 アルフィンは目を閉じたまま、ふふ、と笑った。 「はあい」 ようやく目を開けて、アルフィンはエアカーから降りた。 胸元と背中の大きく開いた鮮やかなブルーのドレスに、フォックスのコートをルーズにはおる。 ゆるめに結い上げた金髪には、ダイヤモンドの輝きが光っている。 タイをほどいてカフスボタンすら取ってしまった、着崩したタキシード姿のジョウがアルフィンの細い腰に手を添えてロビーを横切ると、深夜のロビーの少ない人数の中からもはっきりとため息が一斉に聞こえた。 もちろん本人たちは、そんなことは全く意識の外だ。 エレベーターに乗ると、アルフィンはふう、と目を閉じてジョウにもたれかかった。 「眠い…」 ジョウは苦笑いを洩らし、無言で、アルフィンを横抱きに抱えあげた。 当然のようにアルフィンが、ジョウの首に手を回す。 「だって、約束よ。エレベーターまでって、言った」 「そうだったな」 「そうよ」 アルフィンの吐息が、首筋をくすぐる。 と思っていたら、吐息だけでなく唇が首筋に触れた。 「眠いんじゃなかったのか」 「眠い」 アルフィンは目を閉じたまま、半分寝ぼけているようにふわふわと笑う。 「んな事するなら寝かさねえぞ」 「うそうそ。眠いの。ちょっといたずらしたくなっただけ。だって目の前に首があるんだもん…」 「そうか」 チン、と音がして目的階に到着した。 降りるとそこはもうスウィートルームだ。 迷うことなくベッドルームの一つに入り、ベッドにアルフィンを横たえた。
ベッドサイドの灯りだけを点けて、ジョウはベッドに腰掛けると、剥ぎ取るようにタキシードを脱いで床に放り投げた。 白いシャツだけになると、横たわって寝息を立てるアルフィンの髪飾りを慣れた手つきで外す。 ぱらり、と長い金髪がシーツに流れた。 同じ誂えのイヤリング、ネックレスを手早く外す。サイドテーブルに置くと、ライトの下でダイヤモンドはうるさいくらいに虹色に光ったので、ジョウはそれらをポイと床のタキシードの上に投げ捨てた。
それから、アルフィンのハイヒールを脱がせて、やはり床に捨てる。 それが刺激になったのか、アルフィンは小さくうん…と言って横向きに寝返りを打った。 白い背中に、金髪の一筋が誘うようにまとわり付いている。
寝かせてやりたかったんだがな。
ジョウは自嘲するように小さく笑い、白い背中に口付けた。
「ん…」 背中がピクリと、跳ねるように動く。 シルクのリボンを解くと、はらりと簡単にドレスは身体から離れて行った。この瞬間のために作られたようなドレスだな、とジョウは思った。 「眠いんだってば…」 アルフィンの小さな抗議が聞こえた。切なく、甘く。 ジョウの低い返事が、薄闇に響いた。
「俺は、眠れないんだ」
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