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■1288 / inTopicNo.1)  Blue Snow
  
□投稿者/ 舞妓 -(2006/11/18(Sat) 22:36:10)
    右のシートで、アルフィンは眠っている。
    フォックスのコートにくるまれ、気持ち良さそうに安心しきって寝息を立てている。
    パーティの後なので運転はオートに設定し、タキシードのブラックタイをほどいたジョウは、アルフィンの寝顔を飽くことなく見つめていた。

    日付はとうに変わっていて、ハイウェイは空いていた。
    4年前、この道を通った。
    あの日はちょうど雪待貝の日だった。今でもあの光景をよく思い出す。
    左に、その海岸が見えてきた。
    ジョウはちらりとアルフィンを見た。起こそうかどうするか少し迷い、そして止めた。
    ほんのりと頬を赤くして眠るアルフィンの顔を見て、ジョウは優しくふっと笑った。

    今夜も雪が、降っている。



    「アルフィン、起きろ」
    「んー…まだ寝たい…」
    エアカーを止めたホテルのエントランスで、ジョウがアルフィンを揺り起こす。
    「着いたぞ。ほら」
    「うーん…」
    アルフィンは目を開けずに、腕だけをジョウに向かって伸ばして広げた。
    「抱っこ…」
    「エレベーターまで、歩け」
    ボソリと低く耳元で囁く。
    アルフィンは目を閉じたまま、ふふ、と笑った。
    「はあい」
    ようやく目を開けて、アルフィンはエアカーから降りた。
    胸元と背中の大きく開いた鮮やかなブルーのドレスに、フォックスのコートをルーズにはおる。
    ゆるめに結い上げた金髪には、ダイヤモンドの輝きが光っている。
    タイをほどいてカフスボタンすら取ってしまった、着崩したタキシード姿のジョウがアルフィンの細い腰に手を添えてロビーを横切ると、深夜のロビーの少ない人数の中からもはっきりとため息が一斉に聞こえた。
    もちろん本人たちは、そんなことは全く意識の外だ。
    エレベーターに乗ると、アルフィンはふう、と目を閉じてジョウにもたれかかった。
    「眠い…」
    ジョウは苦笑いを洩らし、無言で、アルフィンを横抱きに抱えあげた。
    当然のようにアルフィンが、ジョウの首に手を回す。
    「だって、約束よ。エレベーターまでって、言った」
    「そうだったな」
    「そうよ」
    アルフィンの吐息が、首筋をくすぐる。
    と思っていたら、吐息だけでなく唇が首筋に触れた。
    「眠いんじゃなかったのか」
    「眠い」
    アルフィンは目を閉じたまま、半分寝ぼけているようにふわふわと笑う。
    「んな事するなら寝かさねえぞ」
    「うそうそ。眠いの。ちょっといたずらしたくなっただけ。だって目の前に首があるんだもん…」
    「そうか」
    チン、と音がして目的階に到着した。
    降りるとそこはもうスウィートルームだ。
    迷うことなくベッドルームの一つに入り、ベッドにアルフィンを横たえた。

    ベッドサイドの灯りだけを点けて、ジョウはベッドに腰掛けると、剥ぎ取るようにタキシードを脱いで床に放り投げた。
    白いシャツだけになると、横たわって寝息を立てるアルフィンの髪飾りを慣れた手つきで外す。
    ぱらり、と長い金髪がシーツに流れた。
    同じ誂えのイヤリング、ネックレスを手早く外す。サイドテーブルに置くと、ライトの下でダイヤモンドはうるさいくらいに虹色に光ったので、ジョウはそれらをポイと床のタキシードの上に投げ捨てた。

    それから、アルフィンのハイヒールを脱がせて、やはり床に捨てる。
    それが刺激になったのか、アルフィンは小さくうん…と言って横向きに寝返りを打った。
    白い背中に、金髪の一筋が誘うようにまとわり付いている。

    寝かせてやりたかったんだがな。

    ジョウは自嘲するように小さく笑い、白い背中に口付けた。

    「ん…」
    背中がピクリと、跳ねるように動く。
    シルクのリボンを解くと、はらりと簡単にドレスは身体から離れて行った。この瞬間のために作られたようなドレスだな、とジョウは思った。
    「眠いんだってば…」
    アルフィンの小さな抗議が聞こえた。切なく、甘く。
    ジョウの低い返事が、薄闇に響いた。

    「俺は、眠れないんだ」

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■1289 / inTopicNo.2)  Re[1]: Blue Snow
□投稿者/ 舞妓 -(2006/11/18(Sat) 22:37:49)
    1ヶ月前。
    「ジョウ、パーティの招待状が来てるわ」
    アルフィンが一通のメールを見て、配線と格闘しているジョウに声をかけた。
    「誰からだ」
    「アニー・リットンよ」
    「…あの婆さんか」
    厳重に暗号化されたインヴィテーション・メール。差出人は『グランマ・アニー』となっている。
    アニー・リットン。ホテルグループの会長だ。3年前、3ヶ月に亘って、護衛の仕事をやった。

    仕事上、クライアントやその関係先からパーティや催しの案内が来るのは決して珍しいことではなかった。
    ただそれに出席できるかというと、よほどの偶然でもないかぎりほとんど無理と言ってよく、今までジョウたちは片手の指で数えられるほどしかそういった類のものには出席していない。別に、望んで出席したいという気持ちがあるわけでもなかった。
    「いつどこでだ」
    ジョウはほとんど興味も無く、そう訊いたのは何となく条件反射のようなものだった。
    「標準時で1ヵ月後。場所がねえ…」
    アルフィンはそこで、意味ありげに言葉を切った。
    仕事の手元ばかりを見ていたジョウは、ようやく顔を上げる。
    「何だ」
    アルフィンは困ったように笑っていた。
    そして口にした惑星の名は、
    あの雪待貝の惑星の名だったのだ。

    まるで呼び寄せられてでもいるように、どういうわけかそこにはほんの3日の空き日程があり、どういうわけか次の仕事先はそのすぐ隣の太陽系だった。
    そしてどういうわけかアルフィンは既にネットでドレス選びを始めているし、
    どういうわけかジョウの知らぬ間に、リッキーが勝手に出席の返事を出してしまっていた。
    「俺らとタロスは行かないよ。兄貴とアルフィンだけで行ってきなよ。爺さんは船でゆっくり休養するってさ。我が家が一番なんだってよ、全くジジイはなあ。まあ、フランキーの次にあの婆さんはタロスの天敵だから仕方ないかも。俺らはシルヴァヘッドのライブがあってさあ、3日ありゃ行って帰ってこれるんだ。だからそっちに行かせていただきたいなあ、なんて…」


    そういうわけで、今ジョウは会場のホテルまでエアカーを走らせている。
    ホテルグループの会長なのだから、当然宿泊は用意すると申し出があったのだが、アルフィンが拒否したのだ。4年前に泊まったあのホテルじゃなきゃイヤ、それに絶対にあの部屋なの、と。
    残念ながら月も潮も、雪待貝の産卵条件には合わなかったが、それでも思い出のある星に同じ季節にまた来られるということは滅多にあるわけではないので、アルフィンの機嫌は上々だった。

    会場のホテルに到着し、バンケットルームに向かう途中で、ホテル内の宝石店の前を通った。
    アルフィンの足がふと、止まる。
    「どうした?」
    あまりにアルフィンが動かないので、ジョウがショウケースを覗き込むと。
    そこには、美しい真珠。
    それも、テラ産には見た事がない、透き通るような青の真珠だった。

    ジョウはふと、あの日の海を思い出した。そんな青さだった。

    「…きれい…」
    アルフィンはうっとりと見とれている。

    そこへ。
    「失礼、ジョウさんですか?!クラッシャーの」
    「あ、ああ、そうですが」
    「その節はお世話になりました…」
    パーティに招待されているのであろう、ジョウの苦手な人種たちが寄ってきて、苦手な類の会話を始めた。
    アルフィンが察して、自然に会話の輪に入り、和やかに場を移動する。

    ジョウは歩を進めながら、振り返った。
    彼女が見とれていたその青い真珠の、指輪を。



    歳を取ってだいぶ慣れてきたとは言うものの、やはりこういう場では息が詰まる。
    蝶のように軽やかに会場の中を移動しつつ、大変な人数と会話を重ねるアルフィンの姿を遠くから見て、素直に感嘆する。
    俺にはムリだ。できねえ。
    と思っていると、パーティの主催者であるアニー・リットンがやってきた。
    太った女傑だ。誰かのクラッシュジャケットを髣髴とさせるショッキングピンクのドレスがはちきれそうになっている。年齢は65。その年齢でしかも女性で、大ホテルグループの会長を務めているという事実が、この女性の凄いのは外見以上に中身だということを如実に表す。
    近寄ってくるなり、バン、とジョウの背中を叩いてガハハと大声で笑った。
    「あんたねえ、こういう場でそんな顔してたらだめなのよ。見てごらんよ、あんたに声かけたい女どももそんな仏頂面にかける言葉ないじゃないの」
    ジョウはその大女傑に、ぼそりと仏頂面のまま言った。
    「女には不自由してない」
    「言うじゃない、たった3年でおおきくなったわねええーー」
    「あんたもな。あんまり動くと、ドレスがはじけるぜ」
    そのジョウの言葉に、アニーはまたガハハと笑った。そして、誰かと同じような台詞を言った。
    「あたしの愛しのダーリンはどこ?タロちゃんは来てないの?」
    「…ああ。残念だったな婆さん。若造の俺だけで」
    ジョウはため息を飲み込むために酒を飲んだ。
    「あんた一人…のわけないね」
    アニーはちらりとアルフィンを探して、小声で言った。
    「男っぷりは上がったけど、あの子は相変わらず『彼女』なんだろ?」
    「…うっせえ、余計な世話だ」
    痛いところをつかれたジョウは、苦虫を噛み潰したような顔になった。
    本当にこの婆さんは、誰かとよく似てやがる。
    「ふふん…そうだねえ、確かに余計な世話だ」
    アニーはにやにやと笑った。
    「ところで、あんた達よく来られたね。招待状送っておいて言うのもナンだけど、来るわけないって思ってたよ」
    「どういうわけか、空いてたんだ」
    「空いてたって、来たがるあんた達じゃないでしょ」
    ジョウは無言で、アルフィンの方に顎をしゃくった。
    「あの子が来たがったの?」
    「前、この星に来たことがある」
    どうでもいいようなジョウの言葉を、アニーは聞き逃さなかった。
    「…ふうん」
    にやりと笑う。
    「あんた達、その時雪待貝の産卵を見たかい?」
    「…ああ、見た」
    「二人で、だね?」
    「…悪いか」
    俺はどうも引っかかってるな、とジョウは思った。が、もう遅い。思わず苦笑いが出る。
    「じゃあ、『Blue Snow』を知ってる?」
    アニーが思いがけない質問をした。
    「『Blue Snow』?」
    「知らないんだね」
    「ああ、初めて聞く」
    アニーは指を鳴らして執事を呼ぶと、こう言った。
    「スミスを呼びな。下に案内して。」
    そしてジョウの肩を叩いて、微笑んだ。
    それは何だか、今までジョウが見てきた彼女のどの笑顔よりも、温かいものだったように思えた。

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■1290 / inTopicNo.3)  Re[2]: Blue Snow
□投稿者/ 舞妓 -(2006/11/18(Sat) 22:39:05)
    既に閉店していた宝石店に、自分ひとりのために次々と灯りが点る。
    アニーが遣した、スミスという名のジュエラーの初老の男性は、穏やかな物腰でジョウを案内した。

    「こちらが『Blue Snow』でございます」

    それは、先程アルフィンが見とれていた、青い真珠だった。

    「雪待貝の産卵を、ご覧になった事は?」
    「ああ、ある」
    ジョウは吸い込まれるようにその真珠を見つめた。
    濃くもなく、薄くもなく、明るくも暗くもない、ただ透き通るように静謐な青。

    「雪待貝は性質上、個体数は決して多くありません。その多くはない個体の中に稀に、真珠を抱いたものが、あります。その真珠が『Blue Snow』と呼ばれています。
    海に落ちる雪が、雄が雌を呼び寄せる際に発する青い光に染められて、貝に抱かれた真珠…とでも申しましょうか」

    ジョウの脳裏に、ありありと浮かぶ。4年前のあの日の海、青い光、舞い降りる雪。

    ふと、さっきアルフィンはこの指輪を見つめていた時、自分と同じ事を思い出していたのだと思った。確信だった。

    「こちらの『Blue Snow』ですと」
    スミスは、アルフィンが見ていた指輪を出して、言った。
    「この大きさになるまでには、おおよそ4年、貝と海に抱かれております。テラ産に代表されるアコヤ真珠よりも、成長が遅うございますので」

    4年前の、あの海の。
    その言葉を聞いたとき、確信は。
    何の抵抗もなく決心に変わった。

    「この指輪を」
    「承りました。お連れ様の、指のサイズをご存知でございますか?」
    うっ、と言葉に詰まる。
    「では、失礼ですが私がお連れ様の指を見させていただいても?」
    「構わないが――」
    「もちろん、お連れ様には察せられぬように」
    スミスは楽しそうだった。
    「お指にこれが合わないようでございましたら、すぐに加工いたします。お帰りまでには、お客様にお渡しできますよう」
    「頼む」


    バンケットルームに戻ると、アニーがジョウを見つけてにこやかに手を振った。
    取り敢えずは座って一杯。
    何せ、一生に一度の買い物をしてきたばかりなのだ。
    アルフィンを目で探すと、スミスが招待客を装って近付き、アルフィンの手を取って挨拶のキスをしていた。
    何気ない会話をした後、すっと離れてバンケットルームから消える。

    しばらく後、アニーがやってきた。
    「ほらよ、色男」
    するり、とポケットに小さな箱を落としてきた。
    「この真珠は高いんだよ」
    「そうらしいな」
    「あんただからね、特別に値引きしてあげるよ。本当はあげたっていいんだけどね」
    ジョウは笑った。
    「人から貰ったモノを女に贈る趣味は無いな」
    「んじゃ、こんだけ。あたしの口座に振り込んどきな」
    「了ー解」
    きつい香水をぷんぷんさせて去っていくアニーが一言、囁いた。

    「頑張んなよ。さっきのジュエラーのスミスがよく言うんだ。宝石は身を飾るのみならず、人生を飾るものです…ってねえ」

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■1291 / inTopicNo.4)  Re[3]: Blue Snow
□投稿者/ 舞妓 -(2006/11/18(Sat) 22:40:36)
    激しい行為の跡を、雲間から出てきた月が照らしている。
    乱れた金髪もそのまま、アルフィンはうつぶせで枕に手を乗せ、顔だけを月に向けて眠っていた。
    剥き出しの白い背中に、ジョウがそっとブランケットをかける。

    出逢ってから何年も経って、あの日、やっと動き出した時間。
    あの奇跡の海で初めてキスをした。
    この部屋で初めて、君を抱いた。
    そして、いつしか4年が過ぎていた。

    「いつしか」と思っていたのは、多分、俺だけだ。

    ジョウはベッドを降りると、床に落ちている服のポケットから、箱を出した。
    少し迷って、リボンを解く。
    月明かりの中に、『Blue Snow』が鈍く光った。


    ジョウは、眠るアルフィンの左手の薬指に、指輪を嵌めた。




    目が覚めたとき、彼女は何と言うだろう。
    俺は何を、言うだろう。




                      FIN

fin.
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