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■13 / inTopicNo.1)  流れ星
  
□投稿者/ なつ -(2002/01/25(Fri) 23:17:49)
    リッキーがはっとしてメーターから顔を上げた。
    メインスクリーンを見つめる副操縦席のジョウを凝視する。
    メインスクリーンは彼の指示どおり2分割されて、左にジョウの護衛する小型宇宙船、右には船籍不明の小型宇宙船が映し出された。
    その操作をしたのは航宙士のシートに収まったロボットのドンゴである。ドンゴにしても、ジョウの指示に対する音声での復唱や応答はしなかった。
    リッキーは続いてパイロットのタロスを見た。
    タロスも何事もなかったかのようにスクリーンを見つめていた。
    タロスとドンゴの意図を悟り、リッキーもスクリーンとメーターに注意を戻す。
    彼らが見つめる中、右半分のスクリーンから不明宇宙船はゆっくりと去っていった。

    1週間前、ジョウはタロスとリッキーに予約を受けていた仕事を正式に受けた旨を告げた。
    太陽系国家ミュラの大統領候補・キーツの選挙期間中の護衛である。
    ジョウが言い終えると、リッキーがジョウに強い視線を向けた。
    「なんでなんだよ、ジョウ。こんなときに」
    「おまえが入ってくる前は俺とタロスとガンビーノとドンゴでやってたんだ。できないはずがない。いる人間でやる以外ないだろ?」
    「そりゃ、仕方ないのかもしれないけどさ…」
    リッキーは口篭もった。
    ミーティングといっても、今回は夕食の後のミネルバのリビングルームでジョウの決定をチームメイトに伝達するという形式のものだった。仕事を受けるか否かについて、チームメイトに決定の権限はない。
    ジョウは静かに続けた。
    「…チームリーダーが欠けたわけでも、船がないわけでもないんだ。こっちから契約を拒む正当な理由はない。今回の仕事なら、ドンゴにアルフィンの代わりは充分務まるさ」
    「今回はいいよ。でも今回受けたらその次の仕事だって…」
    「…アルフィンが戻ってこなければ、航宙士かその候補をスカウトする必要はあるだろうな」
    「兄貴。兄貴はそれでいいのか」
    平然とコーヒーを飲むジョウに焦れたのか、リッキーが声を荒げた。
    掴みかかりそうなその勢いにタロスが首根っこを抑えて留めようとする。
    しかし、リッキーはタロスにクラッシュジャケットの襟を掴まれたまま叫ぶように言った。
    「ついてろなんて言わないさ、でもなんで、わざわざピザンに帰しちまうんだよ!」
    「リッキー」
    「兄貴、後悔しても知らないぜ!アルフィンがそんなこと望んでると思うのかよ!?」
    「止めろ、こっちこい」
    「兄貴っ!」
    タロスがリッキーを吊り上げて騒々しくドアの外に消えて行く。
    彼らをちらりと見て、ジョウはドンゴに聞いた。
    「…どうも味が違うような気がするんだがな?」
    「嗜好品ノ味ハ微妙ナモノラシイデス。あるふぃんガ言ウニハ」
    「……諦めるか」
    「あるふぃんノ入レル味ニナルヨウニ正確ニ計量スレバイイノデス。キャハ」
    「…」
    ジョウはドンゴの言葉には応えずにコーヒーカップを置いた。
    ゴトリと無粋な音がした。
引用投稿 削除キー/
■15 / inTopicNo.2)  流れ星<2>
□投稿者/ なつ -(2002/01/29(Tue) 22:15:35)
    「タロス離せっ、離せってばーっ!!」
     襟を掴みあげられたままのリッキーが連れてこられたのはミネルバ最下層の備品倉庫だった。
    「ケツの青いガキの出る幕じゃねえんだよ」
     タロスはそう言うとリッキーを放り出し、言葉を継ぐ。
    「一番責任を感じてるのはチームリーダーのジョウなんだぜ」
    「…わあってるよ」
     放り出されたリッキーは床にあぐらをかいて座り込んでいる。傍らに立つタロスから目線をそらし、苛立ちを抑えた声で言った。
    「わかってるさ。ジョウがアルフィンを一人で残しておけなかったのも、俺らたちが仕事しないわけにいかないのも」
    「そんだけわかってりゃ十分だ」
    「でもさ、ピザンにアルフィンを帰したら、もうミネルバに帰ってこれないかもしれないじゃんか。ピザンにいんのはアルフィンの、本当の親なんだぜ…」
     リッキーは頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
     リッキーは、物心ついたときにはすでに浮浪児だった。親子に行き交う感情はよくはわからない。しかし、王女時代のアルフィンやククル事件のミミーなどを見てきて、リッキーにも親子はお互いがかけがえのない存在であるということがわかってくる。
     アルフィンの両親は久しぶりに会えた娘を手放したくないと思うんじゃないか。
     リッキーはそう思っていた。
     タロスが手を伸ばし、リッキーの髪をさらにぐしゃぐしゃと掻きまわす。
     リッキーが不満の声を上げる前にタロスが口を開いた。
     まるで諭すような、静かな口調で。
    「だがな、ピザン以外に安心してアルフィンを預けられるところがあるか?」 
    「…」
    「心配すんな。縁がありゃ、アルフィンはまたここに戻ってくるさ」
    「…普通なら、俺らたちみたいな人間とは縁なんてなかったんだぜ?」
    「戻ってこなきゃそこまでの縁だったってこったな」
    「タロス!」
     リッキーが強い口調で名前を呼んだそのとき、タロスはふと真顔になった。そして遠い目をしてつぶやくように言った。
    「逃げちまったら縁は切れる。信じていりゃあ、ない縁もつながるだろうぜ」
    「タロス…」
     リッキーは言うべき言葉も見つからず黙りこむ。
     タロスはおとなしくなったリッキーを見てにやりと笑った。
    「仕事にかかるのは3日後だ。リッキー、ここの在庫チェックはおまえに任したからな」
    「りょ、了解」
     リッキーを残し、タロスはブリッジへ向かった。
     ジョウはそこで次の仕事の準備にかかっているはずだ。
     床を蹴って階層を上がり、ブリッジに入る。
     副操縦席のシート越しに青いクラッシュジャケットが見えた。
     声も聞こえてくる。交信中のようだった。
引用投稿 削除キー/
■16 / inTopicNo.3)  流れ星<3>
□投稿者/ なつ -(2002/02/02(Sat) 23:26:57)
    「あたしにその船の護衛を、ね」
     通信用の小さいスクリーンの中で赤いタンクトップ姿の女が腕組みをした。
     整った美しい顔と鍛えられ引き締まった身体はアクション女優を思わせる風貌だが、彼女は名前をシンシアといいチームを率いるクラッシャーである。アラミスのデータベースでは、年齢は35歳。大学を卒業した後、銀河連合の事務職員を経てクラッシャーになった変り種だ。
     プールサイドで通信を受けたらしく、シンシアの背後にその水面が広がっている。ふわりと肩にかかる明るいブラウンの髪は陽光と風に揺れ、彼女の肩越しにスクリーンを覗き込む少女はセパレートの水着姿。おそらくシンシアのチームメイトだろう。南国の楽園のような風景の中でシンシアの黒い瞳だけが場違いに鋭い。
     ジョウはアラミスに休暇中のチームを問い合わせ、近い宙域で休暇を取っていた面識のないシンシアに無理を承知で連絡したのだ。
    「ああ。休暇に入ったところで済まないが、他に間に合うチームがないんだ」
    「で、その女って何者なんだい?護衛がいるような人物?」
    「…俺のチームの航宙士、アルフィン。元ピザンの王女、現国王の実の娘だ」
    「ふうん、あんたんとこの噂の姫か。まあ確かに、現最高権力者の娘じゃあね。狙われる可能性はゼロとは言い切れないってことだね」
     シンシアの右の目がすうっと細くなった。
     そのまま片目を閉じ、にやりと笑った。いかにもクラッシャーらしい不敵な笑顔だ。 
    「調べりゃわかることだろうけど、護衛についたほうが早いわ」
    「シンシア」
    「やったげる。その代わり高いよ」
    「…金額は?」
     ジョウの言葉にシンシアは笑い、金は実費にちょっと上乗せした程度でいい、と言った。
     合点の行かない顔をするジョウにシンシアは楽しげに提案した。
    「そうだねえ、どっかで会ったら呑みに行こう。話してみたかったんだよ、クラッシャージョウとさ。アルフィンも連れといで」
    「…アルフィンは」
    「クラッシャーを辞めるって言いたいのかい?アルフィンが噂通りのクラッシャーなら、辞めるとは思えないね。あたしには」
     口篭もるジョウにシンシアは言い切って、人差し指を画面に突きつけた。
    「グズグスしてんじゃないの、後悔しても知らないよ。あ、仕事に必要なデータはあたしの船のコンピュータに送っといて、じゃ」
     シンシアは一方的に通信を切った。
     ブラックアウトしたスクリーンをジョウは唖然として見つめていた。
     そんなジョウにタロスの声が彼の背後からかけられた。
    「ジョウ、今の通信は?」
    「…あ、タロスか」
     ジョウははっと我に返ったような顔をして首を左右に振る。
     そして苦々しげな表情をした。
    「アルフィンを乗せる船の護衛を頼んだのさ。休暇中のクラッシャーシンシアのチームにな」
    「アルフィンを乗せる船?護衛?なんですか、それは」
     ジョウはタロスとリッキーが備品倉庫にいる間にキーツの秘書・ロイジから連絡があったことを告げた。ジョウがミネルバでピザンへアルフィンを連れて行く予定だと聞き、その代わりとして搬送専門業者の予約をしたというのだ。
    「クラッシャーの船は負担がかかりすぎるんだとさ」
    「言いたかないが、ごもっともですな。どんなに気を配っても専門業者の船にはかないませんわ」
     タロスの口調はまるで人事だ。
     余計なことを、という思いはタロスも同じらしかった。しかも理はその『余計なこと』にある。
     アルフィンと過ごす最後の日になるかもしれない、タロスなりの感傷めいたものがあった予定がひとつ消えた。
引用投稿 削除キー/
■23 / inTopicNo.4)  流れ星<5>
□投稿者/ なつ -(2002/02/09(Sat) 02:16:21)
     5日目の朝、ジョウはいつものようにキーツの秘書・ロイジの元へ護衛の打ち合わせに行っていた。 
     タロスとリッキーはリビングでコーヒーを飲みながら、簡単な朝食をかきこんで出かけたジョウの帰りを待っていた。待機時間というその時間の性質上、ふたりは何もする気にならずリビングで時間を潰すことになってしまったのだ。
     リッキーが欠伸を噛み殺し、タロスに話し掛ける。
    「ジョウ、まだかな」
    「さあな」
     見るからに話に乗り気でないタロスにリッキーは諦める様子もなく、話しつづける。
    「次行く惑星って何処だい?」
    「第5惑星ギマナだろ」
    「ギマナの首都に行くんだっけ?」
    「ああ」
    「…そっけねえなあ、タロス」
    「ちゃんと答えてやってるだろうが。それよりキーツのスケジュールぐらい頭に入れとけ、ひよっこ」
    「なんだとお?」
     ソファの上に立ち上がり、リッキーはタロスを睨みつける。
     しかし、いつもなら煽りに乗ってくるタロスが今朝は乗ろうとしなかった。リッキーの挑発はあっさりといなされた。
     じゃれあう気分になれない上に、チームリーダーのジョウは不在、ロボットのドンゴは止めに入るはずもない。タロスとしてはいつものゲームを始めるわけにはいかなかったのだ。
    「そうやって、毎度毎度すぐ熱くなるんじゃねえ」
    「…」
     タロスに静かに言われてリッキーは膨れっ面のままソファに座る。
     リッキーはカップを掴み、コーヒーを飲んだ。すっかり冷めて苦味が強くなっている。
     淹れなおす気にもなれず、テーブルを見る。
     何も映っていないモニタ。
     見慣れた色の壁。
     そしてその壁にかかったジョウの父親で評議会議長、ダンの写真。
     泳ぐ視線がドンゴに止まる。
     ドンゴが顔のメータを明滅させた。
    「?」
    「…にゅーすぱっくデモ見マス?」
    「…見るかあ。なんか気になるニュースでもあった?」
    「イエ、ワタクシハ内容ハ見テマセンカラ〜、キャハハ」
    「あっそ」
     つまらなそうに応えるリッキーに構わず、ドンゴは端末を叩きデータを呼び出した。
     ぼんやりと眺めるモニタに、にこやかに微笑む女性キャスターが映る。
     金色に輝くキャスターの髪。
     アルフィンの髪の色と同じだなあ。
     リッキーはなんとなく思う。ミネルバからアルフィンがいなくなってから、アルフィンを思わせるものについ目を留めてしまう。
     内容なんて耳にも目にも入ってこないや。
     タロスがふいにそんなリッキーの肩を掴んだ。
    「ちょっと待て、おい」
    「…?」
    「今のとこ、もう一回」
     タロスが少し焦ったように言う。
     訳がわからず目を白黒させるリッキーを尻目にタロスはドンゴに命じた。
     もう一度、モニタに流れるブロンドのキャスター。
     彼女の唇が動く。
    『太陽系国家ピザンの国王であるハルマンV世の宮殿で爆発事故が起きました。宮殿内の異常に大きい震動を計測したギャラクシータイムズの問い合わせに対し宮殿は、次期国王候補である特別教育生の化学実験中に起きた誤爆発による震動であると回答…』
    「宮殿で爆発?」
     リッキーが大きな声を上げた。
     アルフィンがいるピザンの宮殿。そこにいないはずのアルフィンに何かあったとしても、宮殿の公式発表には上げられないだろう。しかし、ジョウに連絡が入ってもおかしくはない。
     タロスは首をひねり、通信記録をモニタに呼び出すがピザンからの連絡はない。
    「…連絡は入ってないな」
    「アルフィンとは関係…ないよ。あるはずがないさ」
    「…そうだな」
     顔を見合わせてタロスとリッキーが頷いたとき、リビングのドアが開いてジョウが入ってきた。仕事に入って5日目、毎日変わらないジョウの行動だったのだが、気になるニュースを聞いたタロスとリッキーは知らず知らず動きがぎこちなくなる。そんな二人を訝しむようにジョウがタロスとリッキーを交互に見た。
    「どうした、ふたりとも」
    「…」
     再び顔を見合わせた。
     タロスが意を決し、できるだけさらりと聞き流せるように意識して言う。
    「いえ、ピザンの宮殿で爆発事故があったらしいんで」
    「え?」
    「ピザン宮殿の発表では次期国王特別教育生の実験のミスらしいですが」
    「…だったらそうなんだろう。それ以上聞いたところで俺たちに何ができる」
    「たったそれだけかい?」
    「…リッキー?」
    「ジョウ、冷たいよ。心配じゃないのかよ!」
     冷静な表情を崩さないジョウの胸倉にリッキーが飛びついた。
     驚いた表情を一瞬だけ見せ、また元の表情に戻るジョウにリッキーは苛立ちをぶつける。
    「そんな言い方ないだろ!なんでそうも変わっちゃうんだよ!?」
    「俺たちは、アルフィンについてることができないだろう。だからピザンに預けたんだ。そういう俺たちに何が言えるんだ?」
     ジョウのこめかみがぴくりと動く。
     ジョウを見上げるリッキーは気付かない。気付かずになおも叫んだ。
    「それだって、仕方なかったんじゃないか!仕方なくて、どうしようもなくてピザンに預けたんじゃないか!」
    「だから、どうもできない俺たちが…」
    「違うよ、違うっ!!アルフィンは仲間なんだぜ!クラッシャーが仲間を心配するのは当たり前だろ!兄貴だって今でもアルフィンのこと心配なんだろ!?」
    「うるさい!黙れ!俺には何もできなかったんだっ!!」
     ジョウが怒鳴った。怒鳴って唇を噛んだ。
     リッキーはジョウの剣幕に気圧されて掴んでいたジョウのジャケットを離した。
     ジョウが拳を固め、テーブルを殴りつける。
     置かれていたカップがはねあがり、転がった。
     リッキーが残していたコーヒーが流れ、敷かれていたクリーム色のラグに染みを作っっていく。
    「アルフィンは、俺の手が届くところにいたんだ…」
    「兄貴…」
     リッキーはそう呟くと、それきり黙ってジョウのその姿を見つめていた。
     入れ替わるように、それまで黙っていたタロスが口を開く。
    「ジョウ、おやっさんが昔よく言ってたんですがね」
     のろのろとジョウは顔を上げ、タロスを見た。
     タロスは壁にかかったダンのポートレートを見つめ、昔を懐かしむような表情をしていた。口の端がかすかに上がり、笑っているようにも見える。
    「クラッシャーがクラッシャーを辞めるのは、本人が辞めたいときか命が尽きたときだと言ってました。クラッシャーはたとえ死ぬときであっても本人の希望が最優先だと。…アルフィンはそのどっちにも当てはまりません。船を下ろされて『はいさようなら』ってのはとても納得できないでしょうな」
    「…」
     ジョウはむっつりと押し黙ったままタロスを見つめている。
     タロスはジョウを見た。
    「アルフィンが心配なのは、仲間なら当然でしょう。気にしない振りをするのは、かえっておかしかないですかね?まあ、それ以上の特別な感情があったとしても、程度の違いしかありやせんぜ」
    「…余計なことを言うな」
     タロスの言葉にジョウは真っ赤になった。
     悔しいが、否定できない。ジョウの視界の端ににやにやと笑うリッキーが映る。
     兄貴は変わったわけじゃないんだな。
     リッキーはほっとした。
    「…じゃ、仕事に行きますかい」
     そろそろキーツの宇宙船とともにステーションを離脱する時間だった。
     タロスが笑って言ったのに応え、リッキーは握りこぶしに親指を立てて言った。
    「今日もクラッシャージョウ・チームは完璧だぜっ!」
    「……行くか」
     リッキーの明るい声とは対照的にジョウの表情は固く、まだ笑みは戻ってこない。
     リッキーは肩を竦めたが、今朝、少しこのミネルバの状況に光が見えた気がして足取りも軽くリビングを出た。
引用投稿 削除キー/
■35 / inTopicNo.5)  流れ星<6>
□投稿者/ なつ -(2002/02/27(Wed) 23:48:14)
     不快な気が流れるのをジョウは感じた。
     クラッシャージョウチームに護衛されている者を10日近く狙いつづけるその根性はたいしたものだが、その殺意はすでに強い意思をもつ鋭い気ではない。実行者はすでに暗殺はあきらめているようだ。例えていうなら、あわよくばという程度であろう。
     ジョウが立っているのは、キーツの街頭演説会兼支持者の決起集会の仮設ステージの裏側である。
     そしてその反対側にある雑居ビルの開け放たれた窓に向かって、ジョウは愛用の無反動ライフルの銃口を向けた。ヒットマンを殺害することは、イメージ戦略上キーツ側より禁じられていた。撃つなら凶器そのもの、もしくは利き手。少なくとも現場より立ち去れる状態にしなければならない。ジョウは自らの気配を消してライフルを構え、暗殺者が行動を起こすのを待った。
     しかし、彼がトリガーを引くより早く、ステージの左側からレイガンの光が走った。
     物陰に隠れた男が小さく呻き、その手から溶けた金属塊が落ちていく。
     リッキーか。
     ジョウはリッキーに視線を向けた。
     おそらくリッキーの位置からは男が見えていたのだろう。
     だが、リッキーはレイガンのような小型火器は普段扱うことが無い。よくやっている。
     タロスがちらりとリッキーに視線を走らせると、リッキーは親指を突き立ててにやりと笑った。
     調子に乗るな。
     視線で牽制すると不服そうな表情を見せたが、すぐにリッキーは壇上のキーツに注意を戻す。
     勿論、聴衆は自らの背後で起きていることに気づいていない。
     死角がないように配置についたジョウ、タロス、リッキーはそれぞれ何事も無かったように油断なく周囲を窺っている。
     メンバーを欠いているとは言え、彼らが雇うチンピラとクラッシャーとでは格が違っていた。

     キーツとその選挙スタッフ達は投票日を翌日に控え、選挙事務所で眠りについた。キーツ自らが作った党の事務所がそのまま選挙事務所である。ジョウ達はその一室に部屋をあてがわれていた。
     リッキーはその部屋で膨れっ面だった。
     もちろん本気ではない。ただ、クラッシャーにとってみればストレスが溜まる静かな闘いに飽き飽きしていたのだ。
     リッキーは口を尖らせて言った。
    「俺らたちがいる限りキーツを殺るなんて無理なんだから、さっさと諦めりゃいいんだよ」
    「…確かにそうだがな。なんなら直接、連中に言ってきたらどうだ?」
     皮肉っぽい表情を作り、いかにも応えてあげましたという風情でタロスが応える。
     しかし、その皮肉は今のリッキーにはどうでもいいらしい。
    「できるもんならそうしてるよ。せっかく殺さないでやってるのに、わっかんない奴らだなぁ」
     ジョウはライフルの手入れをしながらタロスとリッキーの会話を聞いていた。
     リッキーの気楽さに苦笑しながら口を挟む。 
    「あと1日なんだ、もうちょっと我慢しろ」 
    「まだ1日もあるんだからなあ。兄貴もさ、仕事選ぼうぜ」
    「ああ、今度はそうするよ」
     レイガンのエネルギーチューブをチェックするリッキーの横顔を見てジョウは苦笑いした。
     そのリッキーが顔を上げてジョウに言った。
    「投票日って明日だよね。その後の仕事は?」
    「報酬の支払いが就任式の後だが、その後10日ぐらい間があるはずだ。そうだったな、タロス」
    「へい」
     身体の大きさに見合わない小型のレイガンを外したホルスターに収めたタロスが応える。つまらなそうにリッキーが言った。
    「足止めかい」
     ミュラは建国して間もない国だ。開発計画もまだ確定していないような状態ではリゾート施設など期待するべくもない。開票は即日だが、就任式はさらに2日後と聞いている。その2日間は拘束期間に含まれているが、護衛はしないことになっていた。もっともキーツが大統領に当選していて、そのことが公表されればおそらくクラッシャーの護衛は必要はない。そして、次期大統領が確定した時点でその者にはその時点から国家予算でシークレット・サービスが護衛につくことになるので、どちらにしろ護衛は不要になるのだが。
     ジョウはリッキーを振り返ることなく冷静に言った。
    「仕方ないだろう。その間、ミネルバの細かいチェックや装備の再点検ができるぜ。悪いことばかりじゃない」
    「ちぇっ」
     確かにジョウにはリッキーの遊びたい気持ちもわかる。しかし、前の事件後3ヶ月仕事はしていなかった。たまたま仕事が受けられる状態になって初めて入った依頼が今回の護衛だっただけだ。これとは比較にならないほど剣呑な依頼も後に控えている。余裕があるなら、完璧な状態で仕事に臨めるよう時間を使いたいとジョウは考えていた。
    「とにかく、選管の発表まで気を抜くなよ」
    「わかってらぁ」
     リッキーがさも当然と言うように胸を張る。ジョウはタロスに言った。
    「センサー類は正常に働いてるか」
    「オッケイです」
     グリーンのランプがいくつか点灯している端末を前にタロスが頷く。
    「じゃ、最初は俺だ。タロスと3時間後に交代、リッキーはその後朝までだ」
     ジョウは手首のクロノメータを見遣った。ミネルバ内であれば、ドンゴが不寝番を引き受けてくれる。しかし、時期が時期だけに他星域の惑星に船籍のあるミネルバからロボットであるドンゴを搬出することは許可されなかった。今夜は3人が交代で不寝番をするのである。
    「了解。じゃ俺ら先に寝かしてもらうね」
    「ジョウ、お先します」
     ジョウが軽く右手を上げて応えると、ふたりはそれぞれ簡易ベッドにごろりと横になった。程なく彼らの規則正しい息遣いが聞こえてくる以外、部屋の中が静まり返る。
     ジョウはグリーンのランプを見つめながら、集音マイクのレシーバを耳にセットした。
引用投稿 削除キー/
■40 / inTopicNo.6)  流れ星<7>
□投稿者/ なつ -(2002/03/07(Thu) 02:51:03)
     暗闇の中で光るグリーンのパイロットランプ。
     耳元のレシーバから聞こえるかすかな作動音。
     窓から差し込む薄い明かり。
     この音と風景は、あの日の夜とほとんど同じだ。
     3ヶ月前。はるか昔のように思えるが、昨日のことのようにも思い出せる。
     ジョウはアルフィンが病院に担ぎ込まれたあの日を思い出していた。
     
     アルフィンがあの位置に立っていなかったら。
     その位置にミサイルが撃ちこまれていなければ。
     もう少し自分がアルフィンの近くにいれば。
     仮定ばかりがジョウの頭を駆け巡った。
     自分やアルフィンがクラッシャーである以上は仕方ないことと頭では判っている。
     しかし、目の前のガラス越しに見える目を開かないアルフィンにジョウは自分を責めた。
     人員配置ミス。装備の指示ミス。チームメイトの負傷はチームリーダーの責任。
     いや、自分で判断して行動するのがクラッシャー。
     ならば…何故、アルフィンがミネルバに密航してきたときに無理にでもピザンに帰さなかったのか。
     アルフィンがクラッシャーになるのを許したのかと。
     考えることは堂堂巡りで後悔ばかりが頭を占めた。
     病院のエントランス・ロビーでそうしてジョウは一晩を過ごした。
     タロスもリッキーも何も言わず、ジョウを残してミネルバに戻った。
     そのままアルフィンは3ヶ月以上眠りつづけている。
     
     アルフィンをピザンに預けたことについては今でも正しい判断だとジョウは思う。
     ただ、その判断がアルフィンにクラッシャーを辞めさせることになったとしたら。
     アルフィンにクビを切ったと解釈されていたら。
     初めはそれで構わないと思っていた。
     それで、アルフィンが命の危険にさらされることもなく、穏やかな一生を送ることができれば。
     しかし、アルフィンもジョウやタロスやリッキーと同じクラッシャーだ。
     ピザンでの不自由のない暮らしを捨ててまでクラッシャーになったアルフィン。
     自分を愛する国王、王妃、ピザンの国民。侍女、召使たちを振り切って命にかかわると承知でこの世界に飛び込んできたのだ。生まれたときから地面に縛られない生活をしてきたジョウ以上に、クラッシャーという職業を選んだアルフィンの決意は固いはずだった。
     
     センサーは黙したまま。
     レシーバが伝えるのは安息をむさぼる人の気配。
     相変わらず異状はない。
     もう少しでこの仕事も終わる。
     その後、拘束時間に次の仕事のための点検作業してしまえば丸々10日間の猶予ができるはずだ。
     次の契約地へ行く途中で、少し寄り道をすればピザンはすぐ近い。
     やはり一度はピザンへ行っておこうとジョウは思った。
     何もせず逃げることや待ち続けることは自分やクラッシャーの性に合わない。
引用投稿 削除キー/
■41 / inTopicNo.7)  流れ星<8>
□投稿者/ なつ -(2002/03/07(Thu) 04:59:21)
     選挙の結果はキーツの圧勝だった。
     キーツの政治手腕はジョウにはわからないが、ミュラの国民がキーツに希望を見出しているのは確かだった。
     キーツはロイジと連れ立ってジョウの前にやってきた。
     にこやかに礼を述べるキーツの後ろにはシークレット・サーヴィスの警護官が付き従っている。
     ジョウの仕事はこれで終わったのだ。 

     ジョウたちはミネルバに戻った。
     キーツは彼らにホテルの部屋を用意すると言ったが、ジョウは断った。
     居心地のいいミネルバに戻り、一息つく間もなくタロスとリッキーに点検を指示した。するとよほどでなければ不平を述べるリッキーがにやにやと笑い足早にリビングルームを出て行った。
     タロスも笑って言う。
    「行くんですな」
    「ああ」
     ジョウは一呼吸おいて言った。
    「うちのスタッフをよろしく頼むと言っておかなきゃならん」
    「駆け出しは誰だって頼りにならないもんですよ。長いこと宇宙船に乗り組んで、経験を積んでやっと一人前になっていくんです」
     タロスが笑ってそういうと、ジョウはさらりと言い返した。
    「…ミネルバに今まで頼りにならなかったメンバーはいないぜ」
    「…そうでしたね」
     タロスを見るジョウを優しげな目で見返すとタロスも腰を上げようとした。
     そこへチャラチャラと音を立ててミネルバのメンバーがまた姿を現した。
     ロボットのドンゴである。
     操縦室へ通じるドアから早めの移動スピードで現れたドンゴは派手に頭部のランプを明滅させて言った。
    「くらっしゃーしんしあカラ通信デス。待ッテモラッテイマスガ、キャハッ」
    「今行く。俺でいいんだろ?」
    「ハイ。じょうヲト言ッテマシタ」
     ドンゴを従え、操縦室の自分のシートに腰を下ろす。宇宙へ続く気配にジョウはほっとする。
     見下ろした手元の通信用の小さいスクリーンにシンシアが映っていた。
     前に見たリゾートウェアではない、クラッシャーの制服であるクラッシュジャケット姿だ。
     プールサイドで通信に出ていたときとは違い、薄くメイクを施している。シンシアのワインレッドのクラッシュジャケットは違和感なく彼女のふんわりとしたブラウンの髪に調和していた。
     色気のない仕事着でシンシアは艶やかに笑った。
    「ちょっと久しぶりだね。元気?」
    「まあな。ようやく例の仕事が終わったところさ」
    「ああ、あれかい。あんたが請け負うほどの仕事じゃないって聞いたよ。退屈だったんだろ?」
    「…世間話か、シンシア?」
     ジョウがじろりとスクリーンを見据えると、シンシアは肩を竦めた。
    「まあ、怒んないで。うちのチームね、今度の仕事先へはミュラの近くを通って行くことになってんだよ。でさ」
    「…呑みにでも行きたいのか?いつ頃だ?」
     気が急いているジョウは、拘束期間内でなければシンシアに付き合う気はなかった。ジョウのそういう様子を読み取ったのか、シンシアは苦笑いのような笑みをその口元に浮かべる。
    「明後日。まだミュラにいるんだろ?あんたと、あんたんとこのタロスと新入りの坊やで、どう?」
    「…アルフィンはまだ戻ってないぜ」
    「構わないよ」
     シンシアはまた笑った。
    「うちの娘たちがあんたたちに会えるのを楽しみにしてんのよ。あんたんとこのメンバーは全員が名物クラッシャーだからね。一番の変り種はアルフィンかもしれないけどさ」
    「…わかった。で、いつ頃つくんだ?」
     ため息交じりでジョウは言った。気は急くが、シンシアには急な仕事を依頼した借りもある。
    「明後日の…」
     シンシアはミュラの標準時間で夕方を指定した。
    「あたしの宇宙船は『ダイアナ』。入港予定がはっきりしたらまた連絡するよ」 
    「わかった」
    「じゃあ、また」
     シンシアは手を振ってスクリーンから消えた。
     ジョウはシートから立った。作業に早くめどをつける必要ができた。
     ドンゴを手招いて呼ぶ。
    「ナンデスカ?」
    「武器・備品の点検と在庫チェックだ。リッキーを手伝ってやってくれ」
    「ワタシニハ飲用あるこーるハ不用デス。ナニクレマス?」
    「…ガルド社の最高級オイルでどうだ?」
    「モットイイおいる、アリマス。キャハ」
    「チームリーダーを強請るなっ!」
    「…仕方アリマセン。手ヲウチマショウ」
     ドンゴはマニピュレータを踊るようにひらひらと動かし、逃げるようにブリッジを出て行った。
     うわさの名物クラッシャーの中におそらくドンゴが入っていないだろうことがジョウは少し腹立たしく、残念に思った。
     そのジョウも通信機のモードを船内呼び出しにして武器庫に移動した。不足品のリストアップは急がなくてはならないし、その調達には一定以上の時間が必要だ。
     
     一通りの点検作業を終え、リストアップされたものに至急用意しなければならないものはなかった。契約期間中のほとんどをミネルバで過ごさなかったために、船内消耗品は消費されていない。今回の仕事で使った武器・弾薬類に関しても、ほとんど余剰ストック品で賄えていて次の仕事に影響がある在庫数ではなかった。
     あとは報酬の受け取りを待って現地へ向かうだけということだ。
     そこでジョウはタロスとリッキーにシンシアの誘いを告げた。
    「ふうん。呑みにいくの?でも俺ら、クラッシャーシンシアには一度も会ったことないよ」
     リッキーは鼻の下に端末入力用のペンをはさんだままソファにひっくり返った。
    「俺だって実際会うのははじめてだ。それもシンシアのチームは女だけで編成されてるって話だぜ」
    「へえ。それって珍しくないかい?」
     リッキーがひっくり返ったまま目を丸くする。彼が知っている女性といえばアルフィンとミミーくらいだ。彼女達が4,5人でチームを作っているイメージが浮かぶが、そのチームに仕事ができるとはとても思えない。チームリーダーのシンシアと直接話をしていたジョウは、リッキーほどではないがさして違わない感想を持ったようだ。
    「俺も初めて聞いた。タロスは聞いたことあるか?」
     タロスが水を向けられ、口を開く。
    「いえ、女だけってことでは多分唯一のチームでしょうね。最近、男だけや男がメインのチームには依頼しづらいってクライアントもいるようで、結構忙しくしているらしいです」
    「そうか」
     言ってみればクラッシャーは宇宙の何でも屋だ。そういう需要もあるのだろう。
     そういえばアルフィンが荒くれ男の集団のようだったこのクラッシャーの世界へ身を投じて数年は経っている。少女クラッシャー・女性クラッシャーももう決して珍しいものではないのかも知れない。
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■48 / inTopicNo.8)  流れ星<9>
□投稿者/ なつ -(2002/03/12(Tue) 08:44:11)
     キーツの大統領就任式に出席しないかとの招きを断り、ジョウは出発の準備を進めていた。
     ピザンへよるためにはどんなに急いでも5日間の余裕が必要だった。ワープ機関やエンジン類のインターバルも最小限に考慮した日数である。もし、何らかのトラブルがあれば当然さらに日数がかかる。例の事件後、初めて立ち寄るピザンだ。何が待ち受けているかわかったものではない。
     そして、ジョウは手や身体を動かし、絶えず何かを考えていないとピザンへ行くことそのものに迷いが出てきてしまう。
     自分がピザンへ行って何ができるのか。
     アルフィンの両親に、目を覚まさないアルフィンに、いったい何を言うのか。
     ジョウは結局、シンシアが入港予定をその1時間前に連絡してくるまで再チェックを繰り返していた。

     太陽系国家・ミュラの首都、ヴァルナポリスのヴァルナ宇宙港のロビーに新たなクラッシャーの一行が姿を現した。女性ばかり3人、クラッシャーシンシアのチームである。
     ロビーに立つジョウの姿を認めてシンシアが彼に近づいた。
    「会うのは初めてだね。あたしがクラッシャーシンシア、よろしく」
    「クラッシャージョウだ。急に仕事を頼んですまなかったな」
     ジョウは差し出されたシンシアの手を握り、握手を交わした。
    「なんてことないさ、あのくらい」
     シンシアはにこりと笑って見せた。同じ高さに立つと、女性としてはかなり背が高い。ジョウより少し低いくらいの身長に女優ばりの美貌を持つ彼女は宇宙港ではかなり目立っている。彼女の連れているクラッシュジャケットの女性2人もかなりの容姿の持ち主だ。
     シンシアは彼女たちを指して言った。
    「紹介するよ。うちのチームの航宙士のアンジュ。もうひとりのパイロット、ティアナ」
    「アンジュよ、よろしく」
    「ティアナです」
     アンジュは赤茶色のセミロングの髪に濃いブラウンの瞳、ちょっときつめの目元が印象的だ。紺色のクラッシュジャケットを身に付けている。年齢は20代後半といったところだろうか。一方ティアナはエメラルドグリーンの短めの髪と瞳を持つエキゾチックな美少女だった。クラッシュジャケットのカラーはラヴェンダー。ティアナを同年代と見たリッキーが満面の笑みで彼女に手を差し出した。
    「俺ら、リッキー。ミネルバの機関士だ」
    「ミネルバのパイロット、タロスだ」
     それぞれ握手を交わすと、連れ立って宇宙港のロビーを出た。
     陽の傾きかけたヴァルナポリスを家路につく住民たちが通り過ぎていく。彼らの間をすり抜けて6人のクラッシャーが小さなバーに入っていった。
     店に足を踏み入れたシンシアを見て、あちこちからざわめきが上がる。口笛を吹く者もいる。彼女に近づこうと腰を浮かした男たちは、一緒に店に入ってきたジョウたちを見てようやく彼女の職業に気づいた。
    「ありゃクラッシャーだぜ、もったいねえ」
     ため息をつきながら浮かせた腰をそのまま下ろす。
     当のシンシアはこの手合いには慣れているのか、彼らに視線を向けることすらしない。バーテンにウィスキーをダブルのロックで注文すると、手首の通信機を見て言った。
    「もうひとり機関士のマリアってのがいるんだけど、機関部にちょっとトラブルがあってね。チェックが済み次第合流する予定になってる」
     そういえばアルフィンの護衛を依頼したとき、シンシアといっしょにスクリーンに映っていた少女が見えない。
     童顔のリッキーよりも幼く見えたあの少女が、か。
     ひとりでチェック作業をしていると聞いて、ジョウはシンシアに言った。
    「そのチェックはひとりでやれるのか?」
    「マリアがそう言うんだからいいんだろ。あの子はクラッシャーになってまだ3年だけど、結構腕のいい機関士だよ」
    「あの子?あの子って、いったいいくつなんだい?」
     リッキーが口を出した。持って生まれた童顔も手伝ってかいつも子供扱いされるリッキーは、同年代の機関士らしいと興味を持ったようだ。
     シンシアはリッキーに笑顔を向けた。
    「13、かな。あたしの子供とそう変わらない年齢なんだけどね」
    「子供?シンシア、子供いるの?」
     リッキーは目を丸くした。
     シンシアは彼の驚いた表情を見ながら平然と答えている。
    「いるよ。テラで、旦那といっしょに暮らしてる」
    「旦那ってのは、仕事してるのか?」
     ジョウも口を出す。クラッシャーの家族はアラミスで暮らすのが普通だ。だが、職を持っていれば他の星系で生活していても不思議ではない。
    「してるよ。銀河連合の職員さ。あたしは性に合わなくて辞めちまったけど」
     シンシアはテーブルに置かれたウィスキーを一口含んだ。シンシアと同じものを注文したジョウもグラスに手を伸ばす。
     ワインクーラーを手にしたリッキーが訊いた。
    「じゃ、銀河連合の本部で会ったわけ?」
    「そういうことだね」
    「へえ。ジョウ、離れてても大丈夫じゃんか」
     ジョウはリッキーの言葉にウィスキーを噴き出しそうになった。咳き込みそうになるのを抑え、飲みこむ。飲み込んでリッキーの顔を睨み付けた。
    「どういう意味だ」
    「離れて暮らしててもさあ、別れちゃうとは限んないだって。俺らもなんか自信持てそうだよ」
     けらけらとリッキーが笑う。軽めのアルコールで気分がよくなったのか、ジョウの不機嫌な声も意に介していない。
     シンシアがご機嫌な様子のリッキーに突っ込む。
    「どこかにいい娘がいるのかい、リッキー?」
    「うん。ちょっと生意気なんだけどさ、なかなか可愛いんだよなぁ」
     リッキーがにやにやと笑う。
     酒場のざわめきに混じってくっくっと抑えた笑い声が聞こえる。大方、タロスあたりだろう。それでもリッキーはやはり気にならないようだ。
    「そういえばさ、ジョウ」
     シンシアがジョウに向き直った。 
    「今回、誘っても乗り気じゃなかったようだね。もしかして出発を急いでたのかい?」
    「多少な。寄りたいところがあるのさ」
    「へえ。それ、どこ?」
     ロックグラスを目の高さに掲げて、グラス越しにシンシアがジョウを見た。
     シンシアの目はジョウがどう答えるか想像はついてると言いたげだ。
     ジョウの頬がアルコールの為か、質問の内容のためか店の暗めの照明でも判るほど赤い。
     シンシアの目を見返していたジョウの視線がテーブル上のグラスに向かう。
     グラスの中で氷が溶けかけて崩れた。そのグラスを手にとり、琥珀色の液体をのどに流し込んだ。空になったグラスをテーブルに置く。
    「ピザンだよ。あんたと業者任せにしてるだけじゃ済ませられない」
    「ふうん?」
     シンシアが意味ありげににやりと笑った。
    「離れるつもりじゃなかったのか」
    「離れるつもりはねえよ」
     ジョウはきっぱりと言った。
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■63 / inTopicNo.9)  流れ星<10>
□投稿者/ なつ -(2002/04/02(Tue) 16:11:15)
    「…ふん。言ってくれるじゃないの」
     シンシアがにやにや笑いながらジョウを見た。
     シンシアのからかいたげな目に自分が何を口走ったかようやく気づいたジョウはますます真っ赤になってまくし立て始める。
    「いや、俺はアルフィンがクラッシャーを辞める気がないんだったらいつでも迎えに行くっていう意味で…」
    「まあいいからお黙りよ。100億歩譲っても、あたしにはそういう意味には聞こえなかったさ。もう、何言ってもムダ」 
     シンシアはあくまで楽しげだ。ジョウの慌てぶりが可笑しいらしい。しかし、からかわれるほうはたまったものではない。
    「シ、シンシア!」
    「ここまで気持ちよく言い切ってくれちまったから、ここの勘定はあたしが持つよ。あ、意識無くすまでは飲むんじゃないよ。あとでいいもん見せてあげるから、それまではね」
    「何、いいもんって」
     不機嫌そうに黙るジョウの代わりとばかりにリッキーが割り込んだ。
    「まだ、秘密。でもいいもんなのはあたしが保証するよ」
    「ちぇ、教えてくれたっていいじゃんか。ジョウといいシンシアといい、チームリーダーってもったいぶんの好きだよなあ」
    「もったいぶる理由があんのさ。リッキー、あんたもそのうち独立してチーム持つんだろ?どうせそんとき判るから焦んなくていいよ」
    「え?俺らが?」
    「おいおい、うちのひよっこをからかってくれるなよ。そんな日は一生こねえんだから」
    「一生こねえってなあどういう意味だよ!?」
     いつかはチームリーダー。気持ちのいいことを言われた直後、冷や水をぶっ掛けるようなことを言ったタロスを睨みつけリッキーが椅子の上に立ち上がる。リッキーの目線にあわせるようにタロスも腰を浮かせた。いつもならジョウかアルフィンが止めに入るが、あいにく今日はアルフィン不在・ジョウはシンシアにからかわれてむくれながらウィスキーを飲んでいる。誰も止めてくれないのか、二人がそう思ったところで。
     今日、それを止めたのはティアナだった。
    「ダメよォ、リッキー。タロス、あなたもよ。ここ、お店の中なんだから」
    「……」
    「……」
     ティアナがくいっとリッキーの腕を取り椅子に腰掛けさせた。
     ティアナののんびりとした口調は二人の戦意を見事にそいだ。いつも怒鳴られてケンカを止めていたためかどうも調子が狂う。3人の様子をちらりと見たジョウも意外な展開にそのまま見入ってしまっている。シンシアとアンジュは平然としてティアナを見ていた。おそらくティアナはいつもこうしてケンカの仲裁に入るのだろう。
     二人の考えていることを知ってか知らずか、ティアナはタロスとリッキーににっこりと笑いかけた。
    「どぉしてもやりたいなら、お勘定済ませて外に出てからにしてね」
    「……」
    「……」
     オレンジジュースをストローで飲むティアナの様子はまるで何事もなかったかのようだ。彼女の笑顔の愛らしさにすっかり毒気を抜かれてしまった二人は顔を見合わせてばつが悪そうにしている。
    「そろそろ出るか?」
     ジョウが助け舟を出した。
    「おや、もういいのかい?もっといけるんでしょ?」
     シンシアの言葉にジョウは首を振った。
    「明日は二日酔いになるわけにいかないんだ」
    「ふうん、そうかい。仕方ないね。でも時間はまだ大丈夫なんだろ?うちのもうひとりのチームメイト、あんたたちに会いたいって言ってたんだよ」
    「機関士の子か?」
    「そ。帰るのはいいけど、その前に少しだけ時間もらえないかい?」
    「わかった」
    「サンキュ。ちょっと呼ぶから待ってて」
     シンシアは立ち上がり、少し静かそうな場所に移動した。
     どうやら手首の通信機でダイアナに残ったメンバー、マリアを呼ぶつもりらしい。
引用投稿 削除キー/
■64 / inTopicNo.10)  流れ星<11>
□投稿者/ なつ -(2002/04/09(Tue) 16:57:04)
     シンシアはすぐ戻ってきた。
     席につくとクロノメータを見ながら首を捻った。マリアが到着する時間をはかっているらしい。
    「宇宙港からここまで10分ぐらいだったかねえ?」
    「…船はもういいのか?」
     ジョウは独り言のようなシンシアの言葉には応えず、違うことを聞いた。
     シンシアは肩を竦めて笑って見せる。
    「さあ、どうだろ。どっちにしろここでお開きならまだまだ時間はあるからね。爆発さえしなきゃ、ちょっとほっといても構わないだろう?」
    「まあな」
     少し物騒なクラッシャー流の表現にジョウもにやっと笑って返す。
    「じゃ、行こうか」
     シンシアは席を立ってジョウたちを促した。

     レジでプレートを差し出し、キャッシュで会計を済ませるとクラッシャーの6人は店から外に出た。
    「まだ来てないみたいね」
     ティアナがきょろきょろとあたりを見回してチームメイトを探すが、闇の中で蠢く人影にクラッシュジャケットは見当たらない。
     タロスがティアナに聞いた。
    「マリアのジャケットカラーは?」
     ティアナがタロスを振り返り、言った。相変わらずのんびりとした口調だ。
    「…ピンク色。あと、髪はウェーブのかかったブロンドのロングヘアよ。背はそんなに高くないの。いればすぐ見つかるはずなのよねえ」
    「確かにかなり目立つ子みてえだな」
     長身のタロスが辺りを見る。
     そう遠くないところにストリートを歩く人の流れを乱すブロンドがいた。タロスがティアナに確認を求めようと口を開いたとき。
    「ティアナ、あれじゃねえか?」
    「おい、だめだったらっ!!」
     涼やかな少女の鋭い声がした。

     場違いな声に6人が声のしたほうを見ると。
     人の波から少女が飛び出してきた。
    「ジョウ!」
     赤いクラッシュジャケット。ストレートロングのブロンド。
     ジョウは彼女に向かって駆け出していた。
    「アルフィン!」
     手を差し伸べるジョウの目の前でアルフィンは崩れ落ち、ジョウは慌てて彼女を抱きとめた。

     腕の中のアルフィンを見る。店頭の暗い明かりということもあり、顔色がかなり悪い。長い髪にも艶がなく、病院にいた頃よりも痩せたようだ。
     ジョウは事情を知る人物を求めて顔をあげた。
    「あーあ、だから走るなって言ったのにな」
     呆れたような声を出し、ジョウの前に少女が姿を見せた。緩やかなウェーブの長い金髪をサイドトップに上げ、細い三つ編みにしてたらしている。白い肌に黒目がちな碧い瞳。ピンク色のクラッシュジャケットさえ着ていなかったらどこかの名家のご令嬢と言われても信じてしまいそうな美少女だった。
    「あんたがクラッシャージョウだね?初めまして、ボクがダイアナの機関士・マリアだよ」
    「ああ、俺がジョウだ。君はシンシアのチームの機関士なんだな?なんでここにアルフィンがいるんだ?君が連れてきたのか?」
    「せっかちだなあ」
     焦ってまくし立てるジョウにマリアは笑った。
     いつのまにか近づいてきていたシンシアがそのマリアの頭を小突く。
    「ジョウはアルフィンを心配してんだよ。彼にとっちゃ笑い事じゃないんだ」
    「はあい、チームリーダー」
     マリアは口を少しだけ尖らせて、それでも大人しくなった。
     シンシアは跪いてアルフィンの顔を覗き込む。
    「確かに連れてきたのはあたし達さ。アルフィン、ひどいワープ酔いを起こしててねえ。えらく弱ってたから無理するなって言っといたのに」
    「ワープ酔い?」
    「ええと…あたし達の状況、最初から話すかい?」
     シンシアはダイアナかミネルバに行くことを提案した。食事をしていないマリアを除いた全員が賛成し、意識のないアルフィンをあまり動かしたくないという理由からミネルバに向かうことになった。
     ジョウはそれを受けてアルフィンを抱き上げ、立ち上がった。
    「ジョウ、手を貸しましょうか?」
     ジョウはタロスの言葉に首を振るとアルフィンの身体をしっかりと抱きなおした。
     そのまま歩き出したジョウの背後で、マリアとティアナがすかさずタロスに文句を言っている。
    「タロス、ヤボなことしちゃだめよお」
    「もうちょっと気使ってやんなよ、可哀想じゃん」
     距離をおいたリッキーは笑いを必死で噛み殺し、シンシアとアンジュは苦笑いを浮かべていた。
引用投稿 削除キー/
■89 / inTopicNo.11)  流れ星<12>
□投稿者/ なつ -(2002/05/31(Fri) 00:30:08)
     宇宙港のターミナルへ食事をしに行ったマリアとメディカルルームに収容されたアルフィン、彼女に付き添うロボットのドンゴを除いた6人はミネルバのリビングルームに集まった。
     シンシアは冷えた水を一口飲むとアルフィンの護衛でピザンについた後の話をはじめた。
    「アルフィンが目覚めたのは例の爆発事故の時らしいよ」
    「何で」
    「そんなこと知るかい」
     目を剥いて聞くジョウをシンシアが受け流した。
    「あたしの話以上のことは後でアルフィンにお聞きよ。ジョウ、多分あんたかなり責められると思うけどね」
    「うるさい」
     眉間にしわを寄せるジョウ。リッキーがそんなジョウの表情に噴出しかけながら話の先を催促した。
     シンシアはジョウの表情をちらっと見て小さく笑い、リッキーの求めに応じた。
     ピザンの復興した海洋型リゾート惑星、ジル・ピザンに滞在して休暇の続きを楽しもうとしていたシンシアのチームは、ピザンの宮殿にいるアルフィンから『自分を太陽系国家ミュラにいるクラッシャージョウチームの元に送り届けること』という仕事の打診を受けた。事情を知らぬでもないシンシアは彼女をピザンの宮殿から人目につかぬよう連れ出し、彼女の宇宙船『ダイアナ』に乗せてここまで来た。ダイアナの中でのアルフィンの振舞いはジョウたちの想像どおりで彼らは一斉にため息を漏らした。器物の破損等がなかったのは、アルフィンの体調の悪さが逆に幸いしたと言えそうだった。
     しかし、そんなことを気にする風もなくシンシアは話を締めくくった。
    「とにかく無事に引き渡せてよかったよ」
    「だったら、飲みに行こうなんて変な誘い方しないでさ、アルフィンを連れてきたって言えばいいじゃないか」
     リッキーが口を尖らせて不平を述べるとシンシアは珍しく頭を掻いて見せた。
    「ジョウがアルフィンをピザンに帰したがってると思っちまってたからねえ。あたしは最初、有無を言わさずアルフィンをミネルバに放り込もうと思ってたんだ。でもね…」
    「でも?」
     次の言葉を促すジョウをちらっと見てシンシアは苦笑いをした。
    「ダイアナでのアルフィンを見ててさ、もしジョウにアルフィンを戻す気がないんだったら、うちにスカウトしようかと思うようになって…」
    「はあ!?」
     アルフィンが自分のチーム以外でクラッシャーを続けるという選択肢をまったく考えていなかったジョウは思わず大声をあげた。シンシアは真面目な表情でそんなジョウに向き直り、じっとジョウの顔を見つめた。
    「何、間抜けた声を上げてんだい。あの娘、この仕事に向いてるよ。なんたってあの性格、行動パターンだろう?身のこなしもいい。もう気づいてんだろうけど、航宙士としてもいい素質持ってる。うちの船でさ、復帰のリハビリで仕事手伝わせてくれって言われてちょっとやってもらったんだけどかなり筋がいい」
    「…でもダイアナには欠員ないだろう?」
     わずかにうろたえながらジョウは切り返す。自分の決心、言い方次第でアルフィンがこのチームで仕事をしていたかも知れないというと、ジョウは複雑な思いだった。実際、ジョウを見返すシンシアの目は冷やかしではなかった。
    「できる予定だったの。実はさ、アンジュを独立させようかと思ってたんだよ。年齢的にもいい頃だし、チームリーダー試験受けりゃ通るぐらいの力量は充分あるしね。そしたら、うちの航宙士のポジションは空くだろ?」
    「確かになあ…」
     アンジュが他業種からの転職組だったとしても、チームを率いるのに決して早い年齢ではない。腕組みしたタロスもアンジュを見て納得したように言った。
     アンジュはタロスの目を見て困ったように笑い、シンシアが勝手に言ったことだよと付け加えた。
     しかし、シンシアはどこまでも本気だったらしい。
    「アルフィンはチームリーダーには向いてるとはまだ思えないけど、そんなのこれからのことだしさ」
    「……」
     黙りこんだジョウにシンシアは笑顔を作って言った。
    「でも、誘ってもどうだったんだかと今は思うよ。アルフィン、胃液まで吐くほどのワープ酔いしててさ、それでももっと急げって言うんだよ。あんたに置いていかれまいと必死だったんだろうね」
    「……」
    「で、とどめがあれ。歩くのも辛かったろうに、走るんだからさ」
    「…そうだな」
    「あたしはますます欲しくなったけどね。ま、今回は諦めておいてあげるよ」
     シンシアの恩着せがましい言い方にジョウは苦笑いで応え、軽く手を上げる。シンシアも無言で手を上げにやりと笑って見せた。
    「急ぎって、ピザンへ行くつもりだったんだろう?」
    「当然だ」
     つい目線がリビングのドアに向く。その向こうで手当てを受けているだろうアルフィンを思い浮かべて。
     もうシンシアたちが初めて見たジョウの何かを思いつめていた顔ではなかった。
     ここまで黙って聞いていたティアナがシンシアに水を向けた。
    「シンシア、そろそろお暇しましょうよ。面白いのはわかるけど、そんなに意地悪してたら馬に蹴られるわ」
    「馬?ここに馬なんか…」
     リッキーの言葉にティアナはにっこりと笑った。
    「人の恋路を邪魔するとって、ね。リッキーは聞いたことない?」
    「ねえなあ。馬なんか見たこともないしさ」
     困ったようにティアナは首を傾げてリッキーに説明する言葉を探す。視線を漂わせて考えるが思いつかないらしい。綺麗な緑の瞳がリッキーを再び映すと肩を竦めて言った。
    「…ええっとね。ええと、あのう…リッキーは好きな女の子と会うときにお邪魔はされたくないでしょ?」
    「う、うん。そりゃまあ」
    「そういうことなのよ。ね。ねえ、アンジュ?」
    「そうね。そろそろマリアの食事も終わる頃よ」
     ティアナばかりではなくアンジュまでもが口を揃えるとシンシアはようやく腰を浮かせる。
    「そうだね。ジョウの目がさ、もうこっち見てないし」
    「え?」
     不意に自分の名前を出されて慌てたジョウが振り返る。するとティアナを除くそこにいた全員が笑いをかみ殺していた。ティアナだけが嬉しそうににこにこと笑っている。
    「じゃ、そろそろ帰ろっか。アルフィンにお大事にって伝えて」
    「今回はどうも、な。ネエちゃんたち」
     シンシアら3人の女が立ち上がるのにあわせてジョウたちもソファから立ち上がる。まずシンシアがリビングのドアに向かう。アンジュが続いて歩き出す。タロスは手近にいたティアナの細い肩に大きな手を乗せて礼を言うと当のティアナが巨漢のタロスを見上げて言った。
    「どういたしまして、おじさま」
     小柄な美少女が見せる邪気を感じさせない笑顔。しかし。
    「でも、お仕事なの。あたしたちの」
     最後尾についた女性だけで構成されたチームのひよっこはそれでも一言付け加えるのを忘れなかった。
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■106 / inTopicNo.12)  流れ星<13>
□投稿者/ なつ -(2002/06/07(Fri) 17:09:08)
    「噂どおりの女傑でしたな」
     別れの挨拶に手を軽く上げただけで一度も振り返らないシンシア達を見送ってタロスがつぶやいた。
    「未だにクラッシャーはならず者だと信じる御仁がいるんだぜ。ああいう気性じゃなきゃ務まらんさ」
    「そうなんでしょうな」
     ジョウの返答にタロスが頷く。タロスがジョウの父ダンとともにクラッシャーという仕事を始めた当時に比べればかなりクラッシャーに対する理解も進んでいるが、荒事の多いクラッシャーという仕事を生業にしようとする女性はまだまだ少数だ。ダンの活躍と尽力で今のクラッシャーがあるように、シンシアやアルフィンら今の女性クラッシャーが未来の女性クラッシャーの力になっていくのだろう。
     タロスが若かりし頃に思いをはせる横でジョウは居住エリア方向に視線を遣っていた。ミネルバでは予備の船室をひとつつぶしてメディカルカプセルを置き、そこをメディカルルームとしていた。ドンゴからの連絡はまだない。ということはアルフィンはまだメディカルルームにいるのだろう。
    「アルフィンはまだメディカルルームだな?」
    「はい」
     ジョウの問いにタロスが答えるとジョウはリッキーに言った。
    「リッキー、アルフィンの様子を見てきてくれ。タロスは俺とブリッジで計器チェックだ」
    「異議ありーっ!」
     間髪いれず大きな声で言うとリッキーは手を上げた。視線をジョウから逸らし頬が緩んでいるのはよからぬことを考えている証拠だ。
     よからぬこと。この状況では簡単にその内容に察しがつく。
    「なんだ」
    「ジョウ。そりゃ、チームリーダーのやる事だろ?体調を崩していた仲間がようやく戻ってきたんだぜ?」
    「あ、ああ」
    「それに俺ら機関士として動力機関のチェックしなくちゃいけないし。計器チェックはパイロットのタロスがすりゃいいことだし」
     リッキーはトラブルがない限りしたこともない、動力機関のチェックを自ら申し出た。しかもタロスの仕事までにも口を出す。
    「…わかった。俺がアルフィンの様子を見に行く」
     気のせいか赤い顔でそう言うジョウの口調は決して嫌そうではない。居住区画へ向かって足を踏み出したジョウの背後でリッキーとタロスは握りこぶしに親指を立ててにやりと笑いあった。

     ジョウの意思はすっかり固まっていた。しかし、現在のその意思が固まる以前に考えていたことはまったく正反対のこと。今思うとそんなことをしてアルフィンが納得するはずもないし、自分もおそらく迷いつづけていたことだろう。
     今アルフィンの顔を見て、どういう顔をしたらいいか。
     考え込みながらメディカルルームに近づくとドンゴとアルフィンの言い合う声が聞こえてきた。何を言っているのかまでは聞こえないが、どちらも声のボリュームはかなり大きい。
     ジョウはメディカルルームのドアの前で息を吸い込むとドアを開けた。
     ジョウの耳に飛び込んできたのはやはり、何ヶ月も聞きたいと願っていた女の声。
     その声の主はメディカルカプセルの中で手足と腰を拘束用のベルトで身体を固定されてもがいていた。精一杯大きな声を出してベルトを外すようロボットのドンゴに訴えている。
    「ドンゴっ、これ外してよっ!」
     一方ドンゴはメータを明滅させて不機嫌を表明している。彼女の命令は無視できるものではないが、彼には彼女の命令以上に優先順位の高い命令が下されているのだった。
    「ダメデス。たろすニ言ワレテイマス…」
    「だったらタロス呼んできてよっ!あたしはもう元気なんだからっ!!」
     困ったドンゴが入ってきたジョウを見つける。ドンゴにとってはミネルバの責任者であるジョウの命令の優先順位が一番高い。ジョウの言葉次第でジョウにアルフィンを任せ部屋を出て行ってしまうという、ドンゴにとって最上の解決策も取れる。
     期待を込めてドンゴはジョウに言った。
    「じょう。あるふぃんガべるとヲ外スヨウニト言ッテマス。ドウシマショウ、キャハハ」
    「えっ?」
     ドンゴの言葉にアルフィンはドアを見た。ジョウがあっけに取られた様子で、アルフィンとドンゴのやり取りを見つめていた。
    「…ジョウ!」
    「アルフィン、もう大丈夫なのか?気分は?」
    「平気よ、もう。仕事だって出来るわ。なのにドンゴがあたしを病人扱いするのよ」
     横になったままアルフィンは頬を膨らませる。その頬は今まで見てきた彼女の顔色からして決していいものではない。ジョウはアルフィンから目線をドンゴに移して訊ねた。
    「ドンゴ、アルフィンはどうなんだ?」
    「マダ寝テイタホウガイイデス。各種数値ハ未ダ衰弱シタ状態ヲ示シテイマス」
     ドンゴのメータの明滅が穏やかになった。ジョウが自分に訊いてきたことで機嫌を少し直したらしい。
    「…アルフィン、もう少し寝てなきゃダメだ。チームリーダー命令だぞ」
    「う…ん。わかった。わかった…わ。おとなしく寝てるからこれ外して」
    「本当におとなしく寝てろよ」
    「うん!」
     カプセルのボタンを操作して彼女を拘束していたベルトを外しスツールに腰を下ろす。よほど暴れたのだろう、乱れた髪がアルフィンの顔にかかっていた。しかしアルフィンはそれを直そうともせず、黙ったままジョウを見つめていた。
     ジョウが手を伸ばしてアルフィンの髪を整える。
     グローブ越しに伝わる温もり。自分を見つめる碧い双眸。少し赤みを帯びた白い肌。
     乱れを直した後もジョウは髪を撫でていた。
     そのジョウの耳に彼の名前を呼ぶ声が流れ込んでくる。
    「ジョウ…」
    「ん?」
    「あたしね、あたし…」
    「なんだ?」
    「…ジョウに二度と逢えないんじゃないかと思ってた」
    「そんな…」
     アルフィンの潤んだ瞳にジョウは言葉に詰まる。周囲の出方によってはそうなってしまう可能性もあったし、そういう可能性を作ったのはほかならぬジョウ自身。重い空気を読んだのか背後で機械音とタイヤが床をこする音がし、ドアが開いた。ドンゴなのだろうが出て行くのを止める理由もない。ドアが閉まるとかすかな機械音はアルフィンの横たわるカプセル以外からは聞こえなくなった。
     メディカル・カプセルの機械音はごく小さいものだ。静かになった部屋にアルフィンの消え入りそうな声が響く。
    「そんなの絶対に嫌だったけど」
    「アルフィン」
    「でも、またここに戻ってこれたわ」
     アルフィンは儚げな微笑みを見せると手を伸ばした。指先で自分の髪を撫でるジョウの指を絡め取る。
    「アルフィン、俺は…」
    「なあに?」
    「これからピザンに行くつもりだったんだ」
     アルフィンの目が大きく見開かれた。ジョウの顔がかっと赤くなり、アルフィンから思わず目線を逸らす。つないだ指を解こうとするがアルフィンは離そうとしない。それどころか引っ張ってジョウの顔を自分に向けようとしているようだ。
    「ほんとに?」
    「ほんとに」
    「ジョウっ!」
     アルフィンに飛びつかれ、不意をつかれたジョウはスツールから落ちそうになった。なんとか持ちこたえてアルフィンの身体を受け止める。
     しっかりとした重みと温もりがジョウの腕の中にあった。
    「大変だったのよ、ピザンを出てくるの」
    「ああ…」
    「おとうさまもおかあさまも、『できるなら行かせたくない』なんておっしゃるし…宮殿の皆も…」
     涙を堪えているのかアルフィンの身体が震えていた。髪を撫でていた手を彼女の身体に回して力を込める。彼らのアルフィンを行かせたくない気持ちはジョウにも痛いほどわかった。
    「わかるな、その気持ちは」
    「…ジョウまで何よ」
    「こういう稼業だ。守ってやるなんて言えないんだぜ」
    「そんなのわかってるわよ」
    「自分の身は自分で守るしかない」
    「わかってるったら、もう」
    「それでも…」
     アルフィンは身体を離し、ジョウの顔を見た。アルフィンの見たジョウの頬が真っ赤に染まっている。何を言うつもりなのか、わかるような気がしたがアルフィンは黙って彼の言葉を待った。
    「……俺達と一緒にミネルバにいて欲しい」
    「…俺達、なの?」
    「…いや、その…あ…と」
    「…嬉しいことは嬉しいわ。けど…」
     言葉と裏腹にアルフィンの声が冷ややかだった。
     ごまかさないで。今、ここで言って。
     ジョウを見つめるその瞳が言っている。
    「…そうじゃなくて、その…俺も。…じゃなくて…俺と」

    「…ずっと、その…」
     ジョウは言わないだろう。そう決め付けていた彼の言葉を聞いてアルフィンは真っ赤になる。
     ようやく出せた小さな声でアルフィンが応えた。
    「…うん」
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■107 / inTopicNo.13)  流れ星<あとがき>
□投稿者/ なつ -(2002/06/07(Fri) 17:23:42)
    やっと終わらせることが出来ましたっ…。
    ↑本音(爆)

    新しいお客様や作家様が増える中、だらだらとやって済みませんでした。
    終わってみればシンシアたちがジョウたちを喰うほどのキャラになってるし、
    ジョウとアルフィンはしょーねん・しょーじょのままだし(^^;
    あらすじを作ってから書き出したものの連載は結構大変なものだと
    言うこともわかりました。

    最初考えていたラストはジョウが心の中で「アルフィンと離れられない」と
    自覚する程度で終わってたんですけど…あれっ(^^;?
    原作よりの19歳の女に免疫のないジョウくんなら、言えてこの程度ですよね。
    まあ、なつの書く二人もそのうち成長するかもしれませんが(笑)。
    気長に見てやってくださいまし。

    有難うございました。
fin.
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