| 「あそこに座ってください」 黒ずくめの一人が、中央の玉座を指し示した。奇妙な空電ノイズが空気を震わす。 アルフィンは息を飲み、口元を強く引き締めた。 不安で胸がはちきれそうだったが、アルフィンの挙措からはその素振りさえ伺えず、元ピザンの王女らしく堂々とした動作で玉座に着いた。玉座がしつらえてある祭壇は、床よりも数段高くなっているため、玉座に座ると全体を見渡すことが出来た。 何十人という黒ずくめの集団が祭壇の周りを、自分の周りを囲んでいる。
これから何が始まるんだろう。
好奇心と恐怖心の波が交互にアルフィンを襲う。今まで何とか気丈に振舞ってきたが、長時間の緊張を強いられて、アルフィンの疲労はピークに達していた。だが、これから起こることへの好奇心も湧き上がっているのも事実だった。
何よりも彼女を支えているのは、ただ一つ。
ジョウは必ず助けに来てくれる。
信頼でもあり、確信でもあった。その一念で、彼女の恐怖は暴走せずに、制御の範囲内にある。
黒ずくめの集団が位置につき、どうやら儀式の準備が整ったようだった。
何人いるのかしら?本当にみんな真っ黒なんだわ。…あたしの顔も含めて。
こんな時だというのに、自分の奇妙な様相を心に浮かべて、アルフィンはマスクの下で苦笑した。 黒ずくめに手渡された黒マスク。着けろというので、渋々装着したが、マスクを通して見ると、これから行われようとしている儀式が何だか荘厳に見えてくる。怖いはずなのに、この場違いな思いは何だろうと思った。
緊張に身を硬くしていると、アルフィンの視界に突然「青」が横切った。
あれは?
アルフィンは、必死で目を凝らす。「青」は壁の横から突然降ってきて、黒ずくめの上に落下した。落ちた地点を探す。 黒ずくめの中の「青」は非常に鮮明だった。見間違うわけがない。 「ジョウ」 信じてた!絶対に助けに来てくれるって! アルフィンは玉座から立ち上がり、更に声を大きくした。 「ジョウ!」 「アルフィン!」 ジョウが玉座のアルフィンを認識した。黒ずくめの集団を掻き分けて、走り出した。 アルフィンは装着しているマスクを外すのももどかしく、祭壇から駆け下りた。 ジョウが腕を広げた。 「無事だったのか?アルフィン」 アルフィンがジョウの胸に飛び込むのと同時に、ジョウはアルフィンを強く抱き締めた。アルフィンはその力強さに一瞬息が詰まりそうになったが、それよりも、今、自分たちが触れあっている部分を通じて、ジョウの思いが激流のように自分の中に流れ込んでいく、そんな錯覚に陥った。
だがその錯覚は数瞬の後に消え去った。力強い抱擁はいきなり力を緩め、代わりにジョウの全体重がアルフィンに圧(の)し掛かる。ジョウの頭が、グラリとアルフィンの肩にもたれかかった。 アルフィンは倒れないように、足を踏ん張り、ジョウを支えた。だが、咄嗟のことだったので、踏ん張りが足りず、ずるずると二人とも床に倒れこんだ。
ジョウは意識を失っているのか、うつ伏せのまま全く動かない。アルフィンは狼狽した。ジョウの身体を両手でゆすり、彼の名前を連呼する。 「ジョウ!ジョウ!しっかりして!ジョウ!」 それでもジョウは目を覚まさなかった。アルフィンは顔を上げ、回りを見渡した。知らぬ間に、自分たちを中心に、黒ずくめの輪が出来ていた。ジョウとアルフィンを無言で見下ろしている。その輪の中に、棍棒のような細長い武器らしきものを握っている者がいるのに、アルフィンは気付いた。 碧い瞳に怒りの炎がともった。黒ずくめを睨みつける。 「二度とそんな真似はさせない。…ジョウには指一本触れさせない!」 アルフィンは叫ぶように言い放った。
棍棒が振り上げられ、空気を切る音が耳元で聞こえた。アルフィンは咄嗟にジョウに覆いかぶさり、彼をかばおうとした。ギュッと目を閉じて、振り下ろされる瞬間を待つ。だが、いつまで経っても棍棒は振り下ろされる気配がない。 背後で、アルフィンには理解できない言語での会話が交わされているのに気付いた。そろそろと目を開く。一人の黒ずくめが、他の黒ずくめに向かって必死に何かを説いている。彼らの回りに流れる雰囲気が重いことは、アルフィンにも分かった。だが、何を話しているのかは全く検討がつかない。 アルフィンは上半身を起こして、黒ずくめの様子を伺った。
しばらくすると会話が止んだ。どうやら、仲間内での会話は終わったらしい。黒ずくめの輪が次々と崩れていく。その中の数人が、床に倒れるジョウを持ち上げようとした。 「待って!ジョウをどうするつもりなの?」 アルフィンは声を荒げた。 黒ずくめの一人が空電ノイズで答えた。先ほど、仲間に懇々と何かを説い続けた人物だ。 「ジョウは大丈夫です。手当てのために、別室に運びます。あなたは、あちらに」 黒ずくめは、大広間の出口を指差した。出口の外には、アルフィンが白絹のローブに着替えた小部屋がある。 「あちらの部屋に、着用していたジャケットが置いてあります。どうぞ着替えてきて下さい。その後、ジョウの待つ部屋に案内します」 黒ずくめの声は相変わらず無機質なノイズ音だったが、何となく緊張しているような、硬い感情が隠微に含まれていた。 アルフィンは、黙って立ち上がった。
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