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■1337 / inTopicNo.1)  決断の根拠
  
□投稿者/ ヒロコ(仮) -(2007/02/08(Thu) 05:14:19)
    「あそこに座ってください」
     黒ずくめの一人が、中央の玉座を指し示した。奇妙な空電ノイズが空気を震わす。
     アルフィンは息を飲み、口元を強く引き締めた。
     不安で胸がはちきれそうだったが、アルフィンの挙措からはその素振りさえ伺えず、元ピザンの王女らしく堂々とした動作で玉座に着いた。玉座がしつらえてある祭壇は、床よりも数段高くなっているため、玉座に座ると全体を見渡すことが出来た。
     何十人という黒ずくめの集団が祭壇の周りを、自分の周りを囲んでいる。

     これから何が始まるんだろう。

     好奇心と恐怖心の波が交互にアルフィンを襲う。今まで何とか気丈に振舞ってきたが、長時間の緊張を強いられて、アルフィンの疲労はピークに達していた。だが、これから起こることへの好奇心も湧き上がっているのも事実だった。

     何よりも彼女を支えているのは、ただ一つ。

     ジョウは必ず助けに来てくれる。

     信頼でもあり、確信でもあった。その一念で、彼女の恐怖は暴走せずに、制御の範囲内にある。

     黒ずくめの集団が位置につき、どうやら儀式の準備が整ったようだった。

     何人いるのかしら?本当にみんな真っ黒なんだわ。…あたしの顔も含めて。

     こんな時だというのに、自分の奇妙な様相を心に浮かべて、アルフィンはマスクの下で苦笑した。
     黒ずくめに手渡された黒マスク。着けろというので、渋々装着したが、マスクを通して見ると、これから行われようとしている儀式が何だか荘厳に見えてくる。怖いはずなのに、この場違いな思いは何だろうと思った。

     緊張に身を硬くしていると、アルフィンの視界に突然「青」が横切った。

     あれは?

     アルフィンは、必死で目を凝らす。「青」は壁の横から突然降ってきて、黒ずくめの上に落下した。落ちた地点を探す。
     黒ずくめの中の「青」は非常に鮮明だった。見間違うわけがない。
    「ジョウ」
     信じてた!絶対に助けに来てくれるって!
     アルフィンは玉座から立ち上がり、更に声を大きくした。
    「ジョウ!」
    「アルフィン!」
     ジョウが玉座のアルフィンを認識した。黒ずくめの集団を掻き分けて、走り出した。
     アルフィンは装着しているマスクを外すのももどかしく、祭壇から駆け下りた。
     ジョウが腕を広げた。
    「無事だったのか?アルフィン」
     アルフィンがジョウの胸に飛び込むのと同時に、ジョウはアルフィンを強く抱き締めた。アルフィンはその力強さに一瞬息が詰まりそうになったが、それよりも、今、自分たちが触れあっている部分を通じて、ジョウの思いが激流のように自分の中に流れ込んでいく、そんな錯覚に陥った。

     だがその錯覚は数瞬の後に消え去った。力強い抱擁はいきなり力を緩め、代わりにジョウの全体重がアルフィンに圧(の)し掛かる。ジョウの頭が、グラリとアルフィンの肩にもたれかかった。
     アルフィンは倒れないように、足を踏ん張り、ジョウを支えた。だが、咄嗟のことだったので、踏ん張りが足りず、ずるずると二人とも床に倒れこんだ。

     ジョウは意識を失っているのか、うつ伏せのまま全く動かない。アルフィンは狼狽した。ジョウの身体を両手でゆすり、彼の名前を連呼する。
    「ジョウ!ジョウ!しっかりして!ジョウ!」
     それでもジョウは目を覚まさなかった。アルフィンは顔を上げ、回りを見渡した。知らぬ間に、自分たちを中心に、黒ずくめの輪が出来ていた。ジョウとアルフィンを無言で見下ろしている。その輪の中に、棍棒のような細長い武器らしきものを握っている者がいるのに、アルフィンは気付いた。
     碧い瞳に怒りの炎がともった。黒ずくめを睨みつける。
    「二度とそんな真似はさせない。…ジョウには指一本触れさせない!」
     アルフィンは叫ぶように言い放った。

     棍棒が振り上げられ、空気を切る音が耳元で聞こえた。アルフィンは咄嗟にジョウに覆いかぶさり、彼をかばおうとした。ギュッと目を閉じて、振り下ろされる瞬間を待つ。だが、いつまで経っても棍棒は振り下ろされる気配がない。
     背後で、アルフィンには理解できない言語での会話が交わされているのに気付いた。そろそろと目を開く。一人の黒ずくめが、他の黒ずくめに向かって必死に何かを説いている。彼らの回りに流れる雰囲気が重いことは、アルフィンにも分かった。だが、何を話しているのかは全く検討がつかない。
     アルフィンは上半身を起こして、黒ずくめの様子を伺った。

     しばらくすると会話が止んだ。どうやら、仲間内での会話は終わったらしい。黒ずくめの輪が次々と崩れていく。その中の数人が、床に倒れるジョウを持ち上げようとした。
    「待って!ジョウをどうするつもりなの?」
     アルフィンは声を荒げた。
     黒ずくめの一人が空電ノイズで答えた。先ほど、仲間に懇々と何かを説い続けた人物だ。
    「ジョウは大丈夫です。手当てのために、別室に運びます。あなたは、あちらに」
     黒ずくめは、大広間の出口を指差した。出口の外には、アルフィンが白絹のローブに着替えた小部屋がある。
    「あちらの部屋に、着用していたジャケットが置いてあります。どうぞ着替えてきて下さい。その後、ジョウの待つ部屋に案内します」
     黒ずくめの声は相変わらず無機質なノイズ音だったが、何となく緊張しているような、硬い感情が隠微に含まれていた。
     アルフィンは、黙って立ち上がった。
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■1338 / inTopicNo.2)  Re[1]: 決断の根拠
□投稿者/ ヒロコ(仮) -(2007/02/08(Thu) 05:15:21)
     クラッシュジャケットに着替えたアルフィンを、黒ずくめがジョウの待つ小部屋に案内した。金属扉が横にスライドすると、床に横たわるジョウの姿が目に入った。
    「ジョウ!」
     アルフィンは慌てて、ジョウに駆け寄る。
     黒ずくめは、彼女が部屋に入ったのを確認すると、ボタンを押して金属扉を閉めた。扉の上部に小窓が設けられているので、室内を覗くことができる。小部屋は非常に狭いため、椅子などの類は一切置いていない。黒ずくめは小窓から中をチラリと覗くと、そこから立ち去った。アルフィンがジョウの上体を起こそうとしているところだった。

     黒ずくめは、少し廊下を進み、先ほどの小部屋よりはずっと広い部屋に入った。室内には机と椅子が一体成型で壁に配置されている。彼は、椅子に着席すると、自身の顔を覆っているマスクをそっと外した。青白い肌を持つ男の顔が現れた。小さく溜息をつく。

     メ・ルォンは自分の判断は正しいと信じていた。そうでなければ、今の状況を打開することは出来ない。

     ドン・グレーブルに自分たちの生活を踏みにじる権利は全くない。そうされる理由もない。何よりも、奴は銀河系最後の秘宝を狙い、奪おうとしている。穏やかな生活を守るため、そして、銀河系最後の秘宝を守るため、必ず追い払わねばならない男であった。
     だがドン・グレーブルは、昨年の襲撃に学習したのか、凄腕のクラッシャーを引き連れて再びこの地に足を踏み入れた。

     懲りない奴め。

     メ・ルォンの奥歯がぎりりと鳴った。

     今回は前回と全く違う。何度仕掛けても、クラッシャーは攻撃部隊を蹴散らしてしまう。送り出した攻撃部隊はほぼ全滅に近い。最初はこちらの手落ちだと思ったが、実際にチームリーダーと正対し、彼の漆黒の瞳を見た瞬間、現実を悟った。ジョウの瞳に宿る不屈の精神は、戦いの帰趨を物語っていた。
     だが、あの瞳はドン・グレーブルの臆病で狡猾なそれとは確実に違う。メ・ルォンは気付いていた。

     生半可な攻撃では、いつかはこちらがやられてしまうだろう。最後の切り札として「オオルル要塞」を使用することが決定した。だが、使用するには「キー」が必要だ。その「キー」は、倒さねばならない敵側にあった。敵の手を借りなければ、敵を倒すことが出来ない何たる皮肉。オオルル人たちは、苦々しい思いで“ドウットントロウパの子”を誘拐したわけだが。

     結局は、儀式に至ってまで、ことごとくジョウというクラッシャーに阻止された。

     ジョウの姿を見て、脇目もふらずに駆け寄るアルフィン。
     大きく腕を広げ、アルフィンを抱き締めるジョウ。
     ほんの少し前の二人の様子が目に浮かんだ。
     そして。

     そして、意識を失ったジョウを前に、今にも涙を零す勢いで、何度も彼の名前を呼び続けるアルフィンの姿に、メ・ルォンの漠然とした思いは決意に変わった。

     殺し合いは無力だ。
     攻撃し、反撃される。その繰り返し。だが、それでは永遠に決着はつかない。

     仲間の一人が、ジョウにとどめを刺そうと棍棒を振り上げた時、思わず声を上げた。
    「止めろ!この男を殺しても、何の利益はない。殺しても秘宝は守れない」
     メ・ルォンの言葉に、棍棒の男が動作を止めた。メ・ルォンの方を見る。
    「…気でも違ったのか?メ・ルォン。こいつは…こいつは、我々の仲間を何十人と殺した奴なんだぞ」
    「しかも、こいつはドン・グレーブルに雇われている。俺たちの敵だ」
     他のオオルル人も声を荒げて、棍棒の男に同意した。
    「分かっている…。…だが、それでも、この男を殺しても何の解決にもならない」
    「それは…なぜだ?」
     居合わせたオオルル人の視線が、メ・ルォンを一斉に射抜く。爆発寸前の怒りと恨みが空気を満たす。

    「恐らく…」
     メ・ルォンは硬い声で彼らの問いに答えた。
    「恐らく、今ここでこの男を殺したら、この“ドウットントロウパの子”は二度と我々に協力しないだろう。つまりそれは、オオルル要塞を使用出来ないどころか、秘宝を死守出来ないことを意味する」
     オオルル人の間に、苦い沈黙が広がった。
    「…どうしてそれが分かる?」
     一人が尋ねた。
    メ・ルォンはしばらく沈黙し、やがて、慎重に言葉を選ぶようにしながら口を開いた。
    「この“ドウットントロウパの子”は、この男に特別な感情を抱いている…と思う。…我々が、恋人や妻を愛し、子供を愛するように」
     一旦、言葉を切る。
    「恐らく、この“ドウットントロウパの子”は、この男を愛している。そう思う」
     メ・ルォンの答えに、オオルル人は息を飲んだ。棍棒を振り上げていた男は、ゆっくりとその棒を下ろした。
     アルフィンが不安な表情で、オオルル人たちを見ていた。彼女には、自分たちが何を話しているのか、検討もつかないだろう。
    「だから…この男を生かし、一切を説明して、彼らの協力を得る方が得策だと私は思う」
     メ・ルォン以外のオオルル人の顔色が変わった。
    「こいつらに、全てを話すというのか?全てを話して、協力どころか秘宝を奪われることにでもなったら…!」
    「その心配は理解できる。だが…この、ジョウというクラッシャーは…ドン・グレーブルとは違う瞳を持っていた。あの陰気で狡猾な瞳とは全く異質ものだ。だから恐らく…きっとこの男は我々の状況を理解してくれるに違いない」
     沈黙が続いた。
    「根拠は瞳か。それだけか」
     仲間の一人が吐き捨てるように言った。
    「…そうだ。彼はきっと理解してくれる。私が必ず説得する。だから…この男を殺さないでくれ。銀河系最後の秘宝と我々の平和な生活を守るために」
     メ・ルォンが話し終わっても、しばらくは誰も動こうとしなかった。
     重苦しい雰囲気が場の空気を支配する。
     やがて、輪の一人が呟いた。
    「…勝手にしろ」
     その言葉をきっかけに、オオルル人の輪が崩れた。
     メ・ルォンは、手近の数人に声を掛け、ジョウを小部屋に運び込むよう指示した。
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■1339 / inTopicNo.3)  Re[2]: 決断の根拠
□投稿者/ ヒロコ(仮) -(2007/02/08(Thu) 05:16:20)
     メ・ルォンはしばらく沈思すると、やがて思いついたように、机横にあるボタンを押した。何もなかった机上がコンソールに変化する。あらわれたボードをいくつか操作して、モニタ画面に画像を入れた。赤いジャケットを着た、金の髪を持つ少女が床に座り込んでいる様子が映し出される。先ほど、自分が案内した小部屋の内部映像だった。小部屋には、超小型カメラが設置されているため、どのような角度からでも室内の様子を見て取ることが出来る。

     仲間には、あのように言って説得したものの、自信はなかった。どのように、彼らに協力を仰ぐのか。全てを話してもなお、彼らが協力を拒んだら?…最悪の事態もありえるのかもしれない。メ・ルォンは、頭を小さく振り、悲観的な予想を頭から追い出した。しかし、憂いと緊張は身体にしつこく居座った。何よりも、2万年もの間ずっと、誰にも語られることのなかった、自分たちの境遇を自らさらけ出すことになるのだから。

     メ・ルォンに自信はなかったが、それでも何とかいくのではないかという漠然とした希望はあった。それは、仲間にも話したように、クラッシャージョウの真っ直ぐな瞳の輝きだった。

     我ながら、随分と心もとない希望だな。

     思わず苦笑が漏れ、メ・ルォンの口元が僅かに緩んだ。
     だが、モニタ画面に目をやった瞬間、口元の苦笑は消え、彼の目がすっと細くなった。画面を凝らすように見入る。

     あの“ドウットントロウパの子”は…

     画面には、アルフィンとジョウの二人が映し出されていた。
     ジョウはまだ、意識を取り戻していない。
     アルフィンは、ジョウの頭を自分の膝に乗せていた。
     左手はジョウの胸の上に置き、右手は彼の黒みがかったセピアの髪を何度も何度も、慈しむように優しく梳いていた。
     アルフィンの長い金髪が時折、ジョウの顔の上でさらさらと揺れる。
     ジョウの髪をそっと愛撫するアルフィンの表情は、どこまでも温かく、唇にはかすかな微笑を浮かべ、自分が置かれている状況さえもひょっとしたら忘れているように見えた。

     母の顔?それとも恋人の顔?

     メ・ルォンは、柔和で聖母のような表情を浮かべているアルフィンに茫然とする。そして、思った。

     …どちらだっていい。彼女はやはり…あの男、ジョウを愛しているのだ。

     心理的訓練を積み、人類のメンタリティを研究していたメ・ルォンだったが、それはあくまでも机上のことであったり、人類との数少ない接触の機会を通してのことだった。人類にも「愛」という感情が存在しているのは分かっていたが、実際の姿をこの目で見たのは初めてだった。あれが、人類の「愛」か。

     そして、不安は自信に変わった。

     大丈夫だ。
     最初は恐らく激怒するだろう。協力などとは勝手な言い草なのだから。
     だが、きっとあの男は、我々の状況を理解し、協力してくれる。
     なぜなら…。なぜなら、あの男は、彼女からの愛を浴びるほどに受けているから。愛を知っているはずだから。

     メ・ルォンはそこまで考えると、自分の思考が少々感傷的過ぎることに気付き、自身に失笑した。「愛」と、自分たちへの協力は別次元の問題だ。
     だが、そうでも考えないと、自分の判断が再び揺らぐように感じてしまうのだった。ほんの小さなことにでも縋(すが)ろうとするのは、結局のところ、自分はやはり不安なのだろう。

     画面を見ると、どうやらジョウは意識を取り戻したようだった。アルフィンがそっと、ジョウの後頭部にそっと触れている。

     いよいよだ。

     メ・ルォンは、机の上に置いてあったマスクを手に取り、再び装着した。青白い顔が隠れ、頭からつま先までが闇の色に覆われた。表情は見て取れないが、マスクの下で、彼は口元を引き締める。自分の説得次第で彼らの行動が決まり、それは銀河系最後の秘宝の行く末にも繋がるという責任の重さ。
     数瞬の間、瞑目した。そして、静かに席を立った。

     小部屋の扉前に立った。小窓から、二人の姿を確認する。
     重責がメ・ルォンの肩にのしかかる。自然と、顔が強張った。自分はきっと無表情な顔をしているのだろう。
     口を開いた。

    「わたしが全てをお話ししましょう」

     二対の視線が、メ・ルォンに注がれた。


    <了>
fin.
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