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■1348 / inTopicNo.1)  感謝の気持ち
  
□投稿者/ 紫音 -(2007/02/20(Tue) 23:27:24)
    「そろそろ、気温も上がってるころかなぁ。」
    リッキーが言った。
    スクリーンには、惑星がだんだん小さくなっていく様子が映し出されている。
    「どうかな・・・ひとまず契約通りのことは済ませた。あとのコントロールは、彼ら次第だな。」
    シートに体を預け、ジョウもスクリーンを見上げた。
    「そいじゃ、オイラは少し休もっかなー」
    立ち上がったリッキーは言葉を止めた。
    (あれ?)
    視界が大きく歪む。
    「リッキー!!」
    甲高いアルフィンの声が聞こえたような気がした。
    そのままふっと意識がなくなって、彼の小さな体は、そのまま床に崩れ落ちた。



    ふと目が覚めた。
    しかし、頭の中がはっきりしない。
    寒気もする。
    自室のベッドにいることはなんとなく分かった。
    「気がついた?」
    ちょうど赤いクラッシュジャケットが室内に入ってくる。
    アルフィンはそのまま歩み寄り、トレーをベッドのサイドデスクに置いた。
    「オイラ・・・」
    「どう?気分は。」
    そう言ってリッキーの額に手のひらを当てた。
    「わ・わぁ!!」
    逃げる場所などあるはずもない。思わず声を上げた。
    こんなこと慣れていない。
    「何情けない声出してんのよ。」
    呆れたように言いながら、もう片方の手を自分の額に当てる。
    そしてわずかに首をかしげた。
    「ま、いいわ・・・さっきよりはマシかもね。アンタ、すっごい高熱出してたのよ。」
    だんだん事態が飲み込めてきた。
    先日までの仕事は、惑星ヴィーデにおける気象コントロール装置の破壊だった。
    一ヶ月ほど前に装置が故障し、暴走を始めたのである。
    クラッシャージョウのチームがヴィーデに到着した時には、惑星は氷点下40℃以下にもなり、吹雪や竜巻が起こる状況であった。
    人々は外に出ることも出来ない。惑星の生活機能は全て麻痺していた。
    ジョウのチームは、この装置を見事に8時間で沈静化させた。
    大きな爆破もさせないことで、地上への被害は皆無といってよい。
    この後、惑星ヴィーデは、地上10℃の自然な状態に徐々に戻っていくだろう。
    再び、気象コントロール装置を普及させるかどうかは、ヴィーデに住む人々次第だった。
    長時間、あの極寒の下での作業が続いたのである。
    たとえクラッシュジャケットを着ていようが、その寒さは確実に体力も奪っていき、リッキーは仕事が完了したとたん、その安心感からか高熱を出していた。

    「シチュー作ったの。栄養満点よ。食べれる?」
    にっこり微笑むアルフィン。
    なんだか、アルフィンじゃないみたいだ・・・と、ボーッとしながら思う。
    すっごいキレイな天使みたいだし。
    いつもと全然違う口調だし。
    ああ。そういえば、兄貴にはたまにこんな感じかもー。
    どーして、いつもこうじゃないのかな。
    なんて、いろいろ思いながら、体を起こし、器を受け取ってゆっくりとシチューを口に運ぶ。
    「・・・・おいしいかも。」
    自然と言葉が出た。
    「かも・・・ってどーいうことよ。ちゃんとおいしいって言いなさい。」
    いつもなら本気で怒り出すところだが、さすがに病人相手にそれはない。
    それに、この熱ではそんなに味覚はないだろうと思う。
    「そだね。」
    少しだけ笑顔を見せたリッキーは、再びシチューを口に運んでいた。
    昔のことがかすかに蘇る。
    あの頃は、熱を出しても、こうして看病してくれる人はいなかった。
    こうして温かいシチューを作ってもらうことも。
    寒空の下で小さくうずくまっていたこともあったっけ。
    あれ。
    熱のせいかな。
    なんか、目頭も熱くなってきたのかな。
    「それじゃ、後で薬持ってくるからね。」
    室内の温度を確認し、アルフィンはドアを開けた。
    「ちゃんと残さず食べるのよ。」
    片目を閉じ、金髪をなびかせ、その姿はドアの向こうへ消えた。



    再びドアが開いた。
    大きい黒い影。
    意外にも姿を現したのはタロスである。
    「ちゃんと食べたようだな。」
    サイドテーブルに置かれた空のお皿を見て、ベッドに歩み寄った。
    そして、薬と水の入ったコップが乗ったトレイを置く。
    「アルフィンは?」
    さっき、『薬持ってくるからね』と言って去ったばかりである。
    さらに、タロスがこんな役をするのは似つかわしくない。
    思考能力が低下しながらも、何か変だと思った。
    「ああ。お前さんと一緒だ。」
    「え?」
    「ちょっと熱が高くてな。ジョウが無理矢理休ませてるはずだ。」
    「何だって?!」
    あわてて飛び起きる。
    しかし、その頭を片手で掴まれ、再びベッドに押さえつけられた。
    「黙って寝てろ!チビ!」
    手足をばたつかせたものの、タロスにかなうはずはない。
    あきらめたリッキーは、おとなしくなった。




    その頃、アルフィンの部屋では。

    「だーいじょうぶだってば。」
    「タイオン、サンジュウクドロクブ。ダイジョウブジャアリマセン。キャハ。」
    部屋の中を右に左に動き回るドンゴ。おそらく、アルフィンからの攻撃を回避するためだろう。
    案の定、枕元にあった小さなクッションが、その顔面にヒットした。
    「そーいうのは言わなくていーの!」
    アルフィンとて自覚していなかったわけではなかった。
    リッキーの額に当てた手と、自分の額に当てた手に、それほどの差を感じなかったからである。
    そういえば、体もだるかった。
    「ボウリョクハンタイ! ビョウニンハ、アンセイニ、アンセイニ!」
    「うっさい!」
    もう一つクッションを投げつけようとしたが、先にそれを素早く奪い取られた。
    「ドンゴに八つ当たりするな。医療カプセルに放り込むぞ。」
    肩をすくめるジョウ。
    この熱で、何故まだこれだけ言い返すことが出来るのか。
    リッキーのほうが、まさに病人っぽい。
    「いやっ!それじゃ、おとなしくしてるわ。」
    毛布をかぶりなおし、アルフィンは瞼を閉じた。
    ただの発熱であれば、薬と睡眠で十分である。カプセルには入りたくない。自分のベッドのほうが、何十倍も心地よいと思う。
    ベッドサイドに立ち、その姿を見下ろしていたジョウに思わず笑みが浮かんだ。
    この単純さが面白い。
    おとなしくなったアルフィンには、もう何も言わないほうがいいとドンゴも察しているようだった。ピタリと動きが止まる。
    「冷凍のシチューもあったんじゃないのか?」
    「・・・・・」
    ジョウの問いに、毛布をわずかに下げ、ゆっくりと目を開ける。
    誰もが惹き込まれる碧眼。
    「作りたてのほうがおいしいじゃない?」
    今回の仕事で、一番野外での作業が多かったのはリッキーである。
    もちろん、技術的に一番様々なことをやってのけたのはジョウだったが、体が軋むほどの寒さの中で、軽口を言いながら、
    リッキーはアルフィンの作業のフォローにも入った。
    だからこそ、アルフィンは倒れたリッキーに作りたてのシチューを届けた。
    たとえ自分の足元がふらついていたとしても。
    お礼の意も込めて。
    「そっか。」
    わずかに乱れた金髪を直し、ジョウはそのまま右手を病人の頭に置いた。
    少し眠れという意思表示。
    「ん。」
    短い返事をし、再びアルフィンは瞼を閉じた。




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■1357 / inTopicNo.2)  感謝の気持ち
□投稿者/ 紫音 -(2007/02/21(Wed) 07:48:18)
    ゆっくりとキッチンを覗き込んだ。
    すでにコーヒーの香りが立ち込め、準備が万全であることが伺える。
    赤いクラッシュジャケットに、オレンジ色のエプロンをしたアルフィンが、手早くサラダを盛り付けているところだった。
    「---。」
    口を開きかけたが言葉が出ない。
    何と言うつもりだったっけ。
    さっき練習したばっかりじゃないか。

    美しい金髪がさらりと音を立てる。
    「あら、リッキー。」
    振り返ったアルフィンは、その碧眼を見開いた。
    「おはよう。もう大丈夫そうね。」
    「あの・・えっと・・」
    そっちこそ、 と言おうと思った。
    そして、シチューのお礼も。
    しかし。
    「やだ、リッキー! 寝癖がひどいわよ!」
    「ええっ!?」
    食器棚のガラスに映る自分を慌てて見た。
    確かに。
    いつもよりはかなりひどい。
    しょうがないじゃないか。
    そこまで見ている余裕なんてなかったんだから。
    「もうー。レディに対する身だしなみがなってないわね。」
    そう言って楽しそうに笑った。
    こっちの気も知らないで。
    それに誰がレディだよ。
    レディは、あんなに酒乱じゃないぞ。
    そんなことを思いながら、手ぐしで髪を少しだけ直す。
    次の言葉を探しているうちに、再び先手を打たれた。
    「これ、運んでくれる?」
    サラダボールを差し出される。そして、インターホンに向かって言った。
    「ジョウ、タロス、朝食の用意が出来たわよー!」

    憎まれ口ならいくらでも言える。
    しかし、改めて感謝の言葉を告げようとすると、その難しさを痛感したリッキーだった。
    アルフィンのペースに一旦巻き込まれると、それを崩すのは困難である。
    さらに、彼女の笑顔の前には言葉を失う。
    ちょっとだけアニキの気持ちが分かった気がする。
    人のことばかり言ってられないかも。
    「リッキー、コーヒーが冷めちゃうわよ。早くしてよね。」
    「分かってるよぉ!」
    いつものように返すことにした。
    オイラにはそれが精一杯だったんだ。

fin.
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