| 「そろそろ、気温も上がってるころかなぁ。」 リッキーが言った。 スクリーンには、惑星がだんだん小さくなっていく様子が映し出されている。 「どうかな・・・ひとまず契約通りのことは済ませた。あとのコントロールは、彼ら次第だな。」 シートに体を預け、ジョウもスクリーンを見上げた。 「そいじゃ、オイラは少し休もっかなー」 立ち上がったリッキーは言葉を止めた。 (あれ?) 視界が大きく歪む。 「リッキー!!」 甲高いアルフィンの声が聞こえたような気がした。 そのままふっと意識がなくなって、彼の小さな体は、そのまま床に崩れ落ちた。
ふと目が覚めた。 しかし、頭の中がはっきりしない。 寒気もする。 自室のベッドにいることはなんとなく分かった。 「気がついた?」 ちょうど赤いクラッシュジャケットが室内に入ってくる。 アルフィンはそのまま歩み寄り、トレーをベッドのサイドデスクに置いた。 「オイラ・・・」 「どう?気分は。」 そう言ってリッキーの額に手のひらを当てた。 「わ・わぁ!!」 逃げる場所などあるはずもない。思わず声を上げた。 こんなこと慣れていない。 「何情けない声出してんのよ。」 呆れたように言いながら、もう片方の手を自分の額に当てる。 そしてわずかに首をかしげた。 「ま、いいわ・・・さっきよりはマシかもね。アンタ、すっごい高熱出してたのよ。」 だんだん事態が飲み込めてきた。 先日までの仕事は、惑星ヴィーデにおける気象コントロール装置の破壊だった。 一ヶ月ほど前に装置が故障し、暴走を始めたのである。 クラッシャージョウのチームがヴィーデに到着した時には、惑星は氷点下40℃以下にもなり、吹雪や竜巻が起こる状況であった。 人々は外に出ることも出来ない。惑星の生活機能は全て麻痺していた。 ジョウのチームは、この装置を見事に8時間で沈静化させた。 大きな爆破もさせないことで、地上への被害は皆無といってよい。 この後、惑星ヴィーデは、地上10℃の自然な状態に徐々に戻っていくだろう。 再び、気象コントロール装置を普及させるかどうかは、ヴィーデに住む人々次第だった。 長時間、あの極寒の下での作業が続いたのである。 たとえクラッシュジャケットを着ていようが、その寒さは確実に体力も奪っていき、リッキーは仕事が完了したとたん、その安心感からか高熱を出していた。
「シチュー作ったの。栄養満点よ。食べれる?」 にっこり微笑むアルフィン。 なんだか、アルフィンじゃないみたいだ・・・と、ボーッとしながら思う。 すっごいキレイな天使みたいだし。 いつもと全然違う口調だし。 ああ。そういえば、兄貴にはたまにこんな感じかもー。 どーして、いつもこうじゃないのかな。 なんて、いろいろ思いながら、体を起こし、器を受け取ってゆっくりとシチューを口に運ぶ。 「・・・・おいしいかも。」 自然と言葉が出た。 「かも・・・ってどーいうことよ。ちゃんとおいしいって言いなさい。」 いつもなら本気で怒り出すところだが、さすがに病人相手にそれはない。 それに、この熱ではそんなに味覚はないだろうと思う。 「そだね。」 少しだけ笑顔を見せたリッキーは、再びシチューを口に運んでいた。 昔のことがかすかに蘇る。 あの頃は、熱を出しても、こうして看病してくれる人はいなかった。 こうして温かいシチューを作ってもらうことも。 寒空の下で小さくうずくまっていたこともあったっけ。 あれ。 熱のせいかな。 なんか、目頭も熱くなってきたのかな。 「それじゃ、後で薬持ってくるからね。」 室内の温度を確認し、アルフィンはドアを開けた。 「ちゃんと残さず食べるのよ。」 片目を閉じ、金髪をなびかせ、その姿はドアの向こうへ消えた。
再びドアが開いた。 大きい黒い影。 意外にも姿を現したのはタロスである。 「ちゃんと食べたようだな。」 サイドテーブルに置かれた空のお皿を見て、ベッドに歩み寄った。 そして、薬と水の入ったコップが乗ったトレイを置く。 「アルフィンは?」 さっき、『薬持ってくるからね』と言って去ったばかりである。 さらに、タロスがこんな役をするのは似つかわしくない。 思考能力が低下しながらも、何か変だと思った。 「ああ。お前さんと一緒だ。」 「え?」 「ちょっと熱が高くてな。ジョウが無理矢理休ませてるはずだ。」 「何だって?!」 あわてて飛び起きる。 しかし、その頭を片手で掴まれ、再びベッドに押さえつけられた。 「黙って寝てろ!チビ!」 手足をばたつかせたものの、タロスにかなうはずはない。 あきらめたリッキーは、おとなしくなった。
その頃、アルフィンの部屋では。
「だーいじょうぶだってば。」 「タイオン、サンジュウクドロクブ。ダイジョウブジャアリマセン。キャハ。」 部屋の中を右に左に動き回るドンゴ。おそらく、アルフィンからの攻撃を回避するためだろう。 案の定、枕元にあった小さなクッションが、その顔面にヒットした。 「そーいうのは言わなくていーの!」 アルフィンとて自覚していなかったわけではなかった。 リッキーの額に当てた手と、自分の額に当てた手に、それほどの差を感じなかったからである。 そういえば、体もだるかった。 「ボウリョクハンタイ! ビョウニンハ、アンセイニ、アンセイニ!」 「うっさい!」 もう一つクッションを投げつけようとしたが、先にそれを素早く奪い取られた。 「ドンゴに八つ当たりするな。医療カプセルに放り込むぞ。」 肩をすくめるジョウ。 この熱で、何故まだこれだけ言い返すことが出来るのか。 リッキーのほうが、まさに病人っぽい。 「いやっ!それじゃ、おとなしくしてるわ。」 毛布をかぶりなおし、アルフィンは瞼を閉じた。 ただの発熱であれば、薬と睡眠で十分である。カプセルには入りたくない。自分のベッドのほうが、何十倍も心地よいと思う。 ベッドサイドに立ち、その姿を見下ろしていたジョウに思わず笑みが浮かんだ。 この単純さが面白い。 おとなしくなったアルフィンには、もう何も言わないほうがいいとドンゴも察しているようだった。ピタリと動きが止まる。 「冷凍のシチューもあったんじゃないのか?」 「・・・・・」 ジョウの問いに、毛布をわずかに下げ、ゆっくりと目を開ける。 誰もが惹き込まれる碧眼。 「作りたてのほうがおいしいじゃない?」 今回の仕事で、一番野外での作業が多かったのはリッキーである。 もちろん、技術的に一番様々なことをやってのけたのはジョウだったが、体が軋むほどの寒さの中で、軽口を言いながら、 リッキーはアルフィンの作業のフォローにも入った。 だからこそ、アルフィンは倒れたリッキーに作りたてのシチューを届けた。 たとえ自分の足元がふらついていたとしても。 お礼の意も込めて。 「そっか。」 わずかに乱れた金髪を直し、ジョウはそのまま右手を病人の頭に置いた。 少し眠れという意思表示。 「ん。」 短い返事をし、再びアルフィンは瞼を閉じた。
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