| 「あたしがやるわ」 アルフィンがさらりと口にした言葉に、タロスとリッキーは驚いて彼女を見た。 それまでその作戦を一人強硬に推し、押し通したジョウも同様だった。
太陽系国家タラオの大統領から極秘裏に依頼された銀河系の至宝ベラサンテラ獣の輸送。 宇宙海賊の狙いをそらすため、豪華客船アレナクイーンにタラオの親善使節に仕立てた人物を乗せる。そしてその親善使節が数万カラットの財宝をもってドミンバに向かうといううわさを流すのだ。 このクラスの豪華客船となると連合宇宙軍の巡洋艦が護衛につくのでまず襲撃の危険はない。危険はないが宇宙海賊達の注意はそちらに釘付けのはず。 それによりベラサンテラ獣を輸送中のミネルバへの襲撃の確率は格段に下がるだろう・・・。 当然、民間の客船をおとりに使うというこの案にはタラオの産業大臣ダブラスは勿論、タロス、リッキー、アルフィンの三人も反対した。 しかしジョウはこの案を推した。 そしてチームリーダーのこの案に、三人は最終的に首を縦に振り、最後まで不満気ではあったがダブラスもようやく頷いたのだった。
ダブラスは自身に与えられた客室で、親善使節になる人物とその護衛等の手配をすべく通信中、チーム四人は作戦の打ち合わせ中だった。そのさなか、アルフィンが言い出したのだ。 親善使節の役目は自分がする。と。 「駄目だよ!何かあったらどうするんだよ。アルフィンが行くくらいなら俺らが行くよ!」 リッキーが悲鳴のような声をあげた。 「何いってんのよ!万が一にもそんなことないと思うからジョウはこの案を通したのよ。 それにあたし以上に親善大使にふさわしいような人間がタラオの機動隊員やシークレットサービスの中にいると思う?・・・・大体、あんたが行ってどうすんのよ」 「そういわれるとミもフタもないんですけど」 リッキーが引き下がるとタロスが続けた。 「まぁ、安全の問題はさておき、もしもの時に仲間が乗っていたほうが好都合ってこともありますが・・・、どうします?ジョウ」
一度決定した作戦には従うが、民間の客船を囮にするというその案にリッキーもタロスも未だ諸手をあげて賛成というわけではないのだ。不安材料は多い。 その点、アルフィンが乗り込むならそのいくつかをクリアできる。 三人がジョウを振り仰ぐと、彼はしごく厳しい顔をして隣に座るアルフィンを凝視していた。 自分に注がれる三人の視線に気がついて向き直る。 「ね、ジョウもあたしの案、いいと思うでしょ?」 ジョウが何かいおうとする前にアルフィンがにっこり笑って、いつものように彼の腕にするっと自分のそれをからませた。
ちょうどその時、通信機から電子音が響いた。ダブラスの船室からだ。 『親善使節とその護衛の手配が整いました。あとは・・・』 その言葉をジョウがさえぎった。 「ダブラスさん、すぐ連絡しますのでもうちょっと待ってください」
いつもの赤いクラッシュジャケットではなく、衆目を集める華麗なドレス姿のアルフィンを乗せたアレナクイーンが順調に航海を始めた頃、ミネルバはベラサンテラ獣を無事搬入してタラオを出発した。 海賊や反対勢力の襲撃という懸念事項さえなければ、ベラサンテラ獣の世話は専用コンテナがしているし、とにかくゆっくりとワープを繰り返しつつ進むことが一番しち面倒臭いという今回の依頼だ。 ミネルバは加速60パーセントでタラオの太陽圏内を航行している。一般の宇宙船にはついてこられないこの加速中、太陽圏内航行での襲撃はありえないと考えられた。 副操縦席のジョウは、アルフィンがアレナクイーンに乗り込むと言い出したときのことを、その時の自分自身を、思い返していた。
おとり作戦など今まで何度となくやってきた。 それも今回はご立派な護衛付で、おとりという言い方さえ当てはまらないほどだ。 『アレナクイーンに危険はないに等しい』とこの作戦を推したのは他でもない彼であり、ミネルバ以上にアレナクイーンは安全なのだと考えていたのも彼だった。 なのに、アルフィンがそれに乗り込むと言い出した途端、海賊に襲われて怯える彼女の姿や、戦闘の上怪我をする・・最悪の場合死に至る・・・そんな否定的な映像が浮かんでは消え、また浮かんだのだった。 そして今も。 胸につかえる小さな何か。 これがリッキーだったら?タロスだったら?俺はこんな想像をしただろうか。 一体。
「じゃ、行ってくるわ。皆も気をつけて」 彼女がそう言って踵を返した、その翻るブロンドの残像が彼の胸を掠ったとき、ジョウははっとして面をあげ・・・ しかし、ようやく実を結ぼうとしていた彼の思考はドンゴの甲高い合成音声で破られ、その答えは形にならなかった。 「キャハ、緊急警報!<みねるば>ノ進路ヲとれーすシテ、小型宇宙機が接近シテキテイル。数、十四機。加速六十二ぱーせんと」
−多分。 紆余曲折を経て、アレナクイーンの動力ジェネレータを目指してジョウは走っていた。 銃撃戦が続いてるということは、すなわちアルフィンが無事であるということだ。 「やってるな」 一歩遅れて走るリッキーが笑った。 「やってるね」 目的地の海賊を殲滅する。彼らは不意をつかれて逃げまどった。動力ジェネレータの制圧は容易かった。管制室に入るなりジョウはアルフィンの名を叫んだ。 「ジョウ!」 顔を涙でくしゃくしゃにしたアルフィンがジョウに飛びつき、抱きついた。 しがみつく。
腕に飛び込んだ彼女を見下ろして、ジョウはふっと笑う。 −そういうことだ 「え?」 アルフィンが泣き濡れた顔をあげた。 「どうして、ここへ?ベラサンテラ獣は?」 「その話は、あとにしよう」 ジョウは支えるように受け止めていたアルフィンの体を一度強く抱きしめてからすっと離れ、言った。 「まず、海賊を撃退する。クラッシュパックはあるか?」
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