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■1608 / inTopicNo.1)  Shooting Stars
  
□投稿者/ 舞妓 -(2007/10/31(Wed) 08:29:30)

    アルフィンは、朝目覚めると、いつものように隣で眠る夫を起こした。
    朝食を作り、夫のエアカーを見送り、静けさの中で、やれやれと椅子に腰掛ける。
    にぎやかに子供たちを送り出す嵐のような朝は、もう何年も前に終わっていた。子供たちは独立し、それぞれの生活を営んでいる。
    エプロンを取り、鳥のさえずりと朝の美しい光を愛でながら、自分のために淹れた紅茶を飲む。

    そして、思う。静かに。
    今日は、11月8日だわ。

    紅茶を飲み干すと、アルフィンはつばの広い帽子をかぶって庭に出た。
    草花に水をやって、それから、いくつかの青い花を切って、部屋に戻った。
    花瓶に生ける。そしてその花瓶を、キッチンの、自分にしか目に付かない場所に、そっと飾る。

    また、あなたの誕生日が来たわね、ジョウ。
    一年って早いんだから。また年をとっちゃったわ。

    心の中で話しかけながら、アルフィンは、その青い花々を、静かに見つめた。

    静かな住宅街の、二階建ての瀟洒な家。花と緑に溢れていた。
    夫と、自分と、独立してもう家を出た子供二人。
    光に溢れるキッチンに佇む、その家の初老の主婦の想いは、空を越え、星を越え、遥か。
    宇宙の彼方へと。


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■1609 / inTopicNo.2)  Re[1]: Shooting Stars
□投稿者/ 舞妓 -(2007/10/31(Wed) 08:30:31)
    25歳になっていた。
    ジョウは、クラッシャーとして乗りに乗っていた。チームはうまく行っていた。アルフィンも、リッキーも、経験を重ね自信もつけていた。タロスは未だ何の問題もなく現役、オファーはひっきりなしにあった。
    もう、それがいつの頃からかすら、はっきり思い出せないが、ジョウとアルフィンは当然のように、男女の関係になっていた。
    想いを重ね、身体を重ね、その分だけ絆は強くなるようだった。

    このままずっと、一生、ジョウのそばにいたい。
    アルフィンは、抱かれるたびにそう思った。結婚や、子供、家庭、という言葉が胸をふとよぎっていくことはあったけれど、それを得ることはつまりはジョウの側にはいられない、ということだった。
    見ないことにした。クラッシャーの生活も仕事も気に入っていた。愛する人の側に一生いられるのなら、普通の幸せなんか捨ててもいいと、そこまでアルフィンは、覚悟していた。

    が、ある日、アルフィンは、気づく。
    妊娠していることに。

    頭が、真っ白になった。
    どうしていいのか、まったく分からなかった。嬉しいのか嬉しくないのかも分からないまま、真っ先に中絶を考えた。
    この先半年以上、休暇もないほど仕事は詰まっている。どれも呑気な仕事ではない。
    妊娠に気がつくと同時に、自分ではどうすることもできない体調の変化が襲ってきた。
    体のだるさ、嘔吐、眠気。
    ジョウに言うことすらできずに次の仕事に入り、妊娠のため注意力を欠いた状態のアルフィンは被弾した。
    ハンドジェットで森の上を飛んでいるとき、下に潜む敵に気づけなかった。ハンドジェットを打ち抜かれ、6メートルの上空から落下した。

    怪我は、軽症だった。
    しかし、お腹の子供は、流れた。



    アルフィンは、結局その流産から立ち直ることができないまま、数ヵ月後にはミネルバを降りた。

    救助に来たジョウが、アルフィンの下腹部から流れ出る大量の血液を見たときの顔を、アルフィンは今でも忘れることができない。
    痛みも、抑えようとしても抑えようとしてもどうしようもなく血液が流れ出ていくあの感触も。
    アルフィンは、落下した地面に転がったまま、泣いた。そこが敵のすぐ近くだということも忘れて、泣き続けた。
    真っ先に中絶なんか考えたはずの、妊娠だったのに。

    ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
    アルフィンは、繰り返し途切れることなくその言葉を呟きながら、泣き続けた。
    それがお腹の子に対してなのか、ジョウに対してなのか、理解もできないまま。

    ただ。
    あたしが悪かったんだ、と。
    アルフィンが想っていたのは、ただそれだけだった。



    ジョウは、何故言ってくれなかったんだ、と憔悴した顔で言った。
    クラッシャーという仕事のハードさ、そして子供のことを考えるなら、すぐにでも休職するのが当然だった。アルフィンがそうしなかったのは、自分の意思だ。「ジョウのそばに一生いたい」という、自らの欲求だ。
    単なる自分の欲求のために、子供が犠牲になった。
    アルフィンは自分を許すことができなかった。
    本当に覚悟を決めていたのなら、妊娠が分かった次の日にだって「処置」はできた。ちょっと病院に行かせて、半日で戻れるから、と言えばよかったのだ。
    全部、あたしが中途半端だったから。
    あたしには、泣く資格すらない。
    一生、あなたのそばにいたかったから、ほんの一時も、離れたくなかったから、などと、そんな言葉をとてもジョウに告げることはできなかった。
    代わりに、アルフィンはこう、ジョウに言った。

    「言ってたら、ジョウは、喜んでくれたの?」

    ジョウは、うなだれていた顔を上げ、目を見開いて、信じられないものを見るようにアルフィンを見た。
    そして、長いこと言葉を失った後、絞り出す様に。

    「…当たり前だろう…!!」

    そう言って、ジョウは泣いた。
    ベッドに横たわるアルフィンの横で。
    両手で顔を覆い、声を殺して、ジョウが泣いていた。アルフィンが見た、ジョウの初めての涙だった。

    「…ごめんなさい…」
    アルフィンは呟いた。そう言うのが精一杯だった。
    「…謝るのは俺だ」
    ジョウが低く言った。
    「アルフィンは何も悪くない。…悪いのは俺だ」
    そしてジョウは、言った。未来を決めた、その言葉を。

    「俺が、悪いんだ。…俺が、クラッシャーだから」

    アルフィンは、何も言うことができなかった。
    クラッシャーだから。彼が、クラッシャーだから

    ただ、黙って目を閉じた。なぜか、目を閉じると涙が溢れ出てきた。
    ジョウはそのアルフィンの涙をそっと拭い、身体をかがめてキスをした。きみをずっと愛してる、一生。部屋を出て行くジョウの低い呟きが、ドアの音にかき消される。



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■1610 / inTopicNo.3)  Re[2]: Shooting Stars
□投稿者/ 舞妓 -(2007/10/31(Wed) 08:31:22)
    その後、結局二人の傷も溝も埋まることなく、精神的に不安定に陥ったアルフィンは一時休職ということでミネルバから降りた。
    休職期間が過ぎても、ついにアルフィンがミネルバに戻ることはなかった。

    アルフィンはいったんピザンに戻り数ヶ月静養した後、ピザンを離れデボーヌの大学で学位を取った。卒業後、商社に職を得て、転勤を重ねながらアルフィンは数々の惑星に移り住んだ。

    アルフィンの携帯に、ジョウから初めて電話があったのは、デボーヌの大学に入学して一年が過ぎようとしていた頃だった。
    「アルフィン…」
    ためらうような、かすかに震えた声。
    「会いたい。…会ってくれ」
    切らなければ、と思った。でも、できなかった。震えるような喜びが、湧き上がってきた。胸が高鳴って、涙すら出てきた。
    「デボーヌにいるわ。…休暇なの?」
    「すぐに行く」
    切羽詰った声が聞こえた。そしてその夜のうちに、ミネルバはデボーヌに降り立った。
    二人きりになった、その夜。
    ジョウはみっともないくらいにぎこちなかった。キスも、服を脱がせる手も、震えていた。
    「本当にこれでいいのか」と。
    二人ともが、思っていた。
    迷い、怯え、その想いも、愛している、という激流に他愛も無く流される。

    そしてその後、どこの惑星にいても。
    あれから何年経っていても。
    年に一、二回、携帯に必ずかかってくる、電話。

    「アルフィン」
    あの懐かしい声で、彼は言う。
    「今どこにいる?」
    まるで待ち合わせの場所を間違えただけの恋人のように。
    「シュネルの第三惑星、レムリアの首都よ」
    アルフィンは思わず、笑ってしまう。広い大宇宙、惑星間の旅行は決して簡単なものではない。でも、彼にとってはどうということはない距離なのだ。隣の町へ行くほどの。
    「明後日、行く」
    「うん」

    アルフィンは、携帯の番号を変えなかった。いや、変えることができなかった。これがただ一本の、ジョウと自分を繋ぐものだと思えばこそだ。そしてジョウは必ず、年に一、二回のわずかな休暇の間に、アルフィンに会いに来るのだった。
    アルフィンは拒むことができなかった。会いたいという想いと、終わりにしたいという想いの両方が、アルフィンを苛んだ。
    それはアルフィンが結婚した後も、続いた。
    僅かな逢瀬の間、二人はただひたすら抱き合った。愛してる、のほかの言葉を口にしないくらいだった。
    傷つけあい、恨み、憎みすらした。それでも逃れられない、愛している、という想い。

    クラッシャーだから。
    ジョウが口にしたその言葉。
    年を経た今なら、それが間違いだと分かる。リッキーとミミーは結婚した。子供も授かり、ミミーはアラミスには住まずローデスの厚生省で働いている。クラッシャー同士で結婚し、いったんは別居し、子供がスクールに入った後再び仕事を共にしている夫婦もいる。
    若かった。そして子供だった。つくづくとそう思う。
    宮殿を出て、彼のチームに入った。それから十年、あたしは彼という世界しか知らなかった。…だから、降りるしかなかった。他に、どうすることもできなかった。
    葛藤の中で何年も経ち、アルフィンはようやく、すべてを認める気になることができた。
    自分が、自分の全身全霊で今でもジョウを愛しているということ。
    そばにいても、そばにいなくても、それは絶対に変わらない、ということを。
    降りなくてもよかった。
    或いは、降りてもよかった。
    愛しているという想いさえあれば、先のことはどうとでも変えていけたのだ。

    けれども、それを理解したときには既にアルフィンは、結婚していた。
    「愛している」しかわからないジョウとの関係に疲れ果て、アルフィンは逃げるように職場の男性と結婚していたのだった。

    結婚したのよ、と一年ぶりにかかってきた電話で告げたとき、ジョウはしばらく、黙った。
    「おめでとう」
    声は、落ち着いていた。
    「でも俺は変わらない。アルフィンを愛してる。君が許してくれるなら、今までどおり会いに行く。…会えるだけでいい。顔を見て、声を聞けるだけでいい」

    結婚後も、身体を重ねた。
    夫を裏切っているという後ろめたさは、正直あまり感じなかった。
    家族への思いと、ジョウへの愛情は、矛盾することなくアルフィンの中にあった。
    すべてを認めてからは、もう、罪悪感の一切を全く感じなかった。

    これがあたしたちの形。
    あたしたちは、いろんな道を辿って、こうにしかなれなかった。
    それがたとえどんなに歪んだ形でも、他人の誰が認めなくても、謗っても、糾弾しても。

    あたしはジョウを愛してる。
    ジョウはあたしを愛してる。
    一生をかけて。

    あたしという生の、誇りをかけて。




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■1611 / inTopicNo.4)  Re[3]: Shooting Stars
□投稿者/ 舞妓 -(2007/10/31(Wed) 08:32:21)
    アルフィンは、眠っていた。
    中学生になった子供たちは、それぞれの部屋で眠っている。アルフィンは、夫と同じベッドで、安らかに眠っていた。

    それが、突然。

    ドン、というものすごい衝撃を心臓に受けたような気がして、アルフィンはがばっとベッドに起き上がった。
    胸が痛い。おかしいくらい、激しい動悸。冷や汗が出る。
    身体が冷たくなって。
    それから、ふわり、と誰かの手が頬を撫でていった、ような気がした。

    その瞬間、アルフィンは悟った。

    ジョウは、死んだのだ。あの宇宙のどこかで。



    涙が、溢れ出てきた。

    「どうしたんだい?」
    隣で夫が、ぼんやりと目を覚ました。
    「何でもないわ…ちょっと悪い夢をみたの。キッチンで、何か飲んでくる」
    「そう。大丈夫?」
    「ええ、起こしちゃってごめんなさい」

    アルフィンは気づかれないように携帯電話を持って、キッチンに下りた。

    誰もいない、暗いキッチン。
    アルフィンは崩れるように座り込んだ。そして、声を殺して泣いた。

    「ジョウ…ジョウ…!!」

    想うことはたった一つだった。後悔だけ。
    あなたのそばにいたかった、ということだけ。
    いつか、こんな別れの日が必ず来るのなら、
    あなたのそばにいたかった。最後の最後の一瞬まで、あなたと一緒に生きたかった。
    あたしは間違っていた。何一つ成長なんかしていなかった。こんなに愛しているなら、誰を傷つけても、総てを捨ててでも、あなたのそばに行くべきだった。

    呆然と、キッチンの窓から見える夜空を見上げた。
    遠い。宇宙は遠い。
    もう届かない。どんなに願っても。
    あの声も、あの腕も、あの抱擁も、キスも。もう二度と。

    携帯が鳴った。
    黙って取ると、リッキーの声がした。

    「アルフィン、俺だよ。その…夜中にごめんよ」
    「…ジョウは、死んだのね?」
    アルフィンはポツリと言った。リッキーが、息を呑んだ気配が伝わった。
    「…なんで…」
    「あたしのところに来てくれたのよ。…頬を…撫でてくれたわ」
    涙は止まらない。窓から見える星々が揺れる。
    「そうか…」
    リッキーは、しばらく黙ってから、静かに言った。
    「アルフィン、兄貴が、最後に言ったんだ。アルフィンは、幸せだろうか、って…。伝えてくれ、総ての事を、決して後悔するなって…。」
    「――――!!」

    アルフィンは今度こそ、床に崩れ落ちた。
    ジョウ。ジョウ、ジョウ、ジョウ、ジョウ、――――!!

    逢えただけで、愛し合えただけで。
    結ばれなかったけれど、それでもいいだろう?それ以上に愛し合った。お互いがちぎれるほど深く。
    俺は十分幸せだった。…アルフィン、きみは?


    「…旦那さんにちょっと、当たり障り無いように話して、来れないかい?まだ、宇宙葬にするか、アラミスに葬るか、決まってないんだけど」
    「…何とか…するわ…。連絡、ちょうだい…」
    「分かったよ。決まったらまた連絡する」


    キッチンの小さな窓に、星々が輝いていた。
    ジョウは、あそこにいる。
    アルフィンは、流れる涙を拭おうともせず、その星のゆらめきを見据えた。

    幸せだったわ。
    あなたに逢えて。あなたと愛し合えて。
    結ばれなくても、きっとそれ以上に、深く。

    だから、後悔しない。あなたの言うとおり、後悔しないで、ちゃんと生きていく。
    あなたを愛したことを、あたしの誇りに。
    遠い星の海であなたとまた会えるまで、一生、あなたを愛し抜く。
    見ててね、ジョウ。…



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■1612 / inTopicNo.5)  Re[4]: Shooting Stars
□投稿者/ 舞妓 -(2007/10/31(Wed) 08:33:39)
    あれからもう、やがて二十年が経とうとしている。

    花を生ける自分の手には深い皴が刻まれ、髪は白くなり、キッチンの小さな鏡に映る自分の顔は、もう正直あまり見たくない。
    子供たち二人は独立し、それぞれ子供も生まれている。夫の定年はもう少し先だから、まだ自分の果たすべき責務は残っている。

    ねえ、ジョウ。あたし、もう「おばあちゃん」なのよ。
    孫が三人いるの。可愛いわよ。
    子供たち、なんとかまっとうに育ったわ。夫も、元気よ。健康に、定年まで勤められそう。仲良く暮らしてるわ。
    あたし、きちんと生きたでしょう?
    まだ先は長そうだけどね…

    アルフィンは、花瓶に生けた花を見ながら、ハッピーバースデーのメロディーをハミングした。
    お誕生日おめでとう、ジョウ。
    ミネルバを降りてからずっと、一年だって忘れたこと無いわ。長い間会えなくても、あなたが逝ってしまった後も、今日は11月8日だって。不思議だけど、あなたの命日じゃなくて、誕生日。あたしがあなたをこんなにも想うのは。
    あたしをあんなに愛してくれた、あなたが生まれた日。


    もう少ししたら。もう少しして、神様が「もういいよ」って言ってくれたら。
    あたしも、宇宙に行くわね。
    もう夫と子供には話してあるの。あたしは宇宙葬にしてって遺言もしてあるから大丈夫。

    ミネルバに乗って、宇宙に還ってくあなたをちゃんと見送ったのよ。
    だからあたしも、宇宙に還る。


    その時は、迎えに来てくれる?
    こんなおばあちゃんになっちゃったけど、わかるかしら。
    わかるわよね。
    あなただもの。


    宇宙でまた逢えたら、次も同じ時代に産まれよう。
    そしてきっと。

    また、愛し合えるよね…。



    アルフィンは、キッチンの椅子に座り、花瓶の前で夢見るように目を閉じた。
    その皺深い頬には微笑が浮かんでいる。
    秋晴れの平日、静かな住宅街の瀟洒な二階建て、小さな庭には、花が風に揺れている。
    一番多い、小さな青い花。
    彼女が一番好きな、秋咲きのその花の名前は、「シューティングスター」と言った。

    ふいに強く風が吹いて、花瓶に生けたシューティングスターを揺らした。
    その花々は、目を閉じるアルフィンの頬を撫でるように揺れ、
    アルフィンは驚いたように目を開けた。
    まじまじと、青い花を見る。
    それから、ふと笑い。

    青い花に、キスをした。その顔は、まるで。


    あの頃の、17歳の少女のように。



                 Happy Birthday、 Joe 
                                  
                              FIN          


fin.
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