| それは、一本の衛星通信から始まった。
『ちょっと、なんなのよ、あんた!』 画面が切り替わるなり現れたのは、まぎれもなくクラッシャールーだった。 スクリーンいっぱいにその顔が広がるほど身を乗り出しているのだろう。 <ミネルバ>のリビングでこれを受けた4人は、誰も回答が出来ずにただ彼女を見つめていた。 「・・何が?」 彼女からの通信だというだけで、眉がつり上がる。アルフィンは低い声で答えた。 ルーとて、いつもの甘い声ではない。チームリーダーにかけてくるときとは全く違う声。 そして視線はまっすぐに<ミネルバ>の航法士を見据えていた。 『何がじゃないわよ、何よ、これは!?』 ルーは、スクリーンに一冊の雑誌を広げて見せた。 「ああ、それ?」 『ああ、それ? じゃないわよっ! いよいよクラッシャー辞める気になったわけ?』 「!!」 タロスとリッキーがギョッとして、チームリーダーを見る。ジョウはわずかに肩をすくめた。 「残念ね、ちょっと頼まれたのよ。」 そこまで言って、アルフィンは少し面白そうな表情を見せる。腕を組んで、その体の向きを変え、わずかに目を細めた。 「・・・ふーん・・クラッシャールーともあろう者が、わ・ざ・わ・ざ、聞きにきたわけ?」 『ば、ばっかじゃないっ!?違うったら!』 慌ててルーは、声を荒げた。 彼女が広げた雑誌は、若い女性が良く見るファッション雑誌。それも多くの星で一番の売上を誇るもの。 カジュアルなものから、フォーマルなドレスまで。流行の最先端をいくものだった。ここに載るデザイナーの衣装は、多くの女性がチェックする。 もちろん、ルーとてその読者の一人だった。 いつものように最新号をチェックしていた彼女は、数ページめくったところで顔色を変え、わなわなと肩を震わせ、<ミネルバ>に通信を開いたのである。 「ま。仕方ないわね。あんたじゃ、テリー・ヤンのモデルにはならないもの。」 アルフィンはわざとらしく肩にかかった髪を振り払った。 『な、なぁんですってぇ!』 はじまった・・と3人は無言で目を合わせた。 これから何時間続くのか。 皆がこのリビングから上手く抜け出す口実を考え始めていた。
この通信から23時間前。 一通のメールが届いた。差出人はテリー・ヤン。 ジョウは<ミネルバ>の自室でそれを開けた。
『やあ、ジョウ。元気か?』 画面に映るテリー・ヤンは、にっこり微笑んだ。 赤毛にグレーの瞳。もうすぐ33歳になる彼は、自分のオフィスからこのメールを送っているようだった。 背後にはいくつものデザイン画が所狭しと張られており、彼がデザイナーであることを示している。 『今日、例の雑誌が発売されたんだ。評判良くってね。まだ数時間だってのに、電話が鳴りっぱなしだよ。』 困ったように頭を掻く。 予想してたことだろ、と思ったジョウは苦笑した。 『君らのことだから、どうせ宇宙にいて見てくれてないんだろ? まずは、見てくれよ、俺の作品。』 テリーは片目を閉じて、画面を切り替えた。 「!!」 映ったのは2枚の写真。 流れるような金髪に、その瞳と同じ色のドレス姿の女性。 その碧眼を魅せるためにか、モデルとしては化粧は薄いほうだろう。白い肌をイヤラしくないくらい程度に出したシンプルなドレス。 一般の人たちもちょっとしたパーティに使えるものだが、おそらくセレブたちの目に止まるだろう。 涼しげに凛と立つ姿と、花束を持ち少女のように微笑む姿。好対照の2枚であるが、思わず息を呑む。 とてもクラッシャーとは思えない。 『言葉が出ないくらい綺麗だろ?』 再びテリーが画面に映り、思わずジョウは「ああ。」と返事をしていた。 『ずっと姫にこのドレスを着て欲しかったんだ。そのためにデザインして、作り上げたものだったしな。感謝してるよ。』
テリー・ヤン。 デザイナー兼カメラマン。 10代から30代までの女性に絶大なる人気を得ており、自分のデザインしたものは、必ず自分で撮影する。そのこだわりは半端ではなかった。 若い頃にカメラマンのアシスタントも行っていたらしく、その腕も上級のものである。 その彼に、ジョウとアルフィンは2ヶ月前に出会った。 昼下がりのオープンカフェにいた二人。 この惑星での出会いは全くの偶然に過ぎない。しかし、この偶然をテリーは待ち望んでいたのである。 服飾の勉強をしながらも、カメラマンのアシスタントを勤めていた12年前。 テリーは、ピザンに降り立ったことがあり、王家とも面識があった。
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