| 男の名前は、ジェレミー・ディアズと言う。 真っ黒のクセ毛、太い眉、真っ黒の瞳、濃い髭。長身で声は太い。 ククルで産まれ、ククルで育った。両親の顔はもちろん知らない。物心ついたときにはかっぱらいをやっていた。ククルのごみの中で寝起きし、廃品利用のスペースジャケットを着て、13の歳にギャングの下っ端になり、20になる頃には立派なギャングの構成員になっていた。 そして今彼は22歳になっていて、ククルはずいぶん昔に崩壊していた。 あのククルが崩壊した「ゾンビ事件」後、モズポリスの端にできたスラム街を拠点として、数え切れないギャング団が今もローデスの裏経済を支えている。 元来頭のよかったジェレミーは、ギャング団の中で頭脳派としてのしてきた。時代も変わり、ギャングも銃を振り回すだけでは生き残れない。ジェレミーはパソコンと情報を武器に、いまや所属するギャング団にはなくてはならない存在である。
そのジェレミーに、一本の電話がかかる。 その時、よもやジェレミーはその電話が、ギャングとして立派に正しく生きてきた彼の人生を大きく変えてしまうものだとは、もちろん思っていない。
「よお、ジェレミー。俺わかる?」 画面に映っているのは赤毛、そばかす、痩せていて前歯がちょっと出っ歯の、見慣れない派手なグリーンのスペースジャケットを着ている男だった。 「…誰だよ、てめえ」 何となく、見たことはあるような気がする。それも随分と遠い昔だ。 それにしても胡散臭い。自分のこの自宅の電話番号を知っている人間は数少ない。それなのに、どうやってこの番号を知り得たのか、そもそもそこから怪しい。 「ずいぶん立派になったんだなあ。ネオ・ディンガーズの幹部だって?出世したじゃないか」 「だからてめえは誰だってんだよ」 怖い顔で凄んで見せた。ところが、画面の相手は全くひるむ様子もなく、余裕綽々と笑っている。 「俺だよ、俺。リッキーさ。昔、ククルでつるんでた事あったろ?」 「リッキー…?」 ジェレミーは遠い記憶を探ってみた。 12歳。いや、それよりも前。10歳くらいか。 一緒に寝起きした時期もあった。その後、リッキーがどこかのギャング団の調達員に捕まってしまって二人は離れてしまった。 ククルといってもそれなりに広かった。消息だけは、たまに聞こえた。組織を逃げ出して、自分たちでスパーク団という小組織を作ったらしい。その後、リッキーはククルから消えたという。 「あのリッキーかよ…」 ジェレミーの顔に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。 「何だよ、どうした突然。大体てめえはどうやって俺の電話調べ上げたんだよ」 言葉の割には、ジェレミーの顔は満面の笑みだ。 「そんなの、ちょちょちょいってね…簡単さ。色々知ってるぜ。住所も、独身なのも、この前メリンダって女と別れたことも…」 「なんでそんなことまで知ってんだよ畜生」 ジェレミーは爆笑した。 「お前は何やってんだ。人のこと調べ上げておいて、ちったあ自分のことしゃべりやがれ」 「俺かい?俺は、クラッシャーやってんだ」 「クラッシャー?」 「12歳のとき、かっぱらいやろうとしたら捕まっちまったんだ。こてんぱんにやられて、すげえ長げえ間説教くらって、その後腹いっぱい飯食わしてくれた人が、今のチームリーダーさ」 「どどどどうやって潜り込んだんだ?お前みたいなガキでチビの痩せがクラッシャーに採用されたのか?!」 「決まってるさ。密航したんだよ」 「み」 ジェレミーは絶句した。 簡単に言うが、やばい貨物も人間も多く流通するローデスの宇宙港のチェックを逃れることは、簡単なことではない。 それから、納得したように息を吐いて、ふと笑った。 そうだった。リッキーという少年は、なんとなくそうだったのだ。 体も一番小さく、一番痩せていた。しかし、ここぞというときの決断力と判断力は、抜きん出ていた。 12歳のリッキーは、そのクラッシャーに逢って、きっと大切な何かをその時、決断したのだろう。
「…で、そのクラッシャーリッキーが10年以上たって俺に何の用なんだ?昔話するためだけに電話してきたわけじゃないだろ?やばい用件なら、ここじゃなくてオフィスに電話してくれよ。まずは美人秘書が出て、俺につなぐからよ」 「メリンダの後のクラリスだろ?美人秘書はいいよ。美人なら見慣れてる」 リッキーはなんとなくそこで、肩をすくめた。 「それより、お前に頼みたいことがあるんだ」 「だから、仕事ならオフィスにかけろって。この電話はセキュリティが甘いんだよ」 「いやそういう仕事じゃないんだ。ネオ・ディンガーズの幹部じゃなくて、ジェレミー・ディアズに頼みたいんだ。すごく簡単なこと。時間は…そうだな、4,5時間ちょっと動いてくれればいい」 「個人的な頼みか」 「そう。友達として」 「…報酬は?」 「相変わらず渋いな。友達の頼みに金取るのかよ。まあいいや、じゃあ、一杯奢る」 「一杯奢る、か」 ジェレミーはにやりと笑った。 「いいぜ。頼まれてやる。で、何なんだその頼みってのは?」
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