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■1630 / inTopicNo.1)  サンタさんたちのお話
  
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/08(Sat) 18:07:55)
    男の名前は、ジェレミー・ディアズと言う。
    真っ黒のクセ毛、太い眉、真っ黒の瞳、濃い髭。長身で声は太い。
    ククルで産まれ、ククルで育った。両親の顔はもちろん知らない。物心ついたときにはかっぱらいをやっていた。ククルのごみの中で寝起きし、廃品利用のスペースジャケットを着て、13の歳にギャングの下っ端になり、20になる頃には立派なギャングの構成員になっていた。
    そして今彼は22歳になっていて、ククルはずいぶん昔に崩壊していた。
    あのククルが崩壊した「ゾンビ事件」後、モズポリスの端にできたスラム街を拠点として、数え切れないギャング団が今もローデスの裏経済を支えている。
    元来頭のよかったジェレミーは、ギャング団の中で頭脳派としてのしてきた。時代も変わり、ギャングも銃を振り回すだけでは生き残れない。ジェレミーはパソコンと情報を武器に、いまや所属するギャング団にはなくてはならない存在である。

    そのジェレミーに、一本の電話がかかる。
    その時、よもやジェレミーはその電話が、ギャングとして立派に正しく生きてきた彼の人生を大きく変えてしまうものだとは、もちろん思っていない。


    「よお、ジェレミー。俺わかる?」
    画面に映っているのは赤毛、そばかす、痩せていて前歯がちょっと出っ歯の、見慣れない派手なグリーンのスペースジャケットを着ている男だった。
    「…誰だよ、てめえ」
    何となく、見たことはあるような気がする。それも随分と遠い昔だ。
    それにしても胡散臭い。自分のこの自宅の電話番号を知っている人間は数少ない。それなのに、どうやってこの番号を知り得たのか、そもそもそこから怪しい。
    「ずいぶん立派になったんだなあ。ネオ・ディンガーズの幹部だって?出世したじゃないか」
    「だからてめえは誰だってんだよ」
    怖い顔で凄んで見せた。ところが、画面の相手は全くひるむ様子もなく、余裕綽々と笑っている。
    「俺だよ、俺。リッキーさ。昔、ククルでつるんでた事あったろ?」
    「リッキー…?」
    ジェレミーは遠い記憶を探ってみた。
    12歳。いや、それよりも前。10歳くらいか。
    一緒に寝起きした時期もあった。その後、リッキーがどこかのギャング団の調達員に捕まってしまって二人は離れてしまった。
    ククルといってもそれなりに広かった。消息だけは、たまに聞こえた。組織を逃げ出して、自分たちでスパーク団という小組織を作ったらしい。その後、リッキーはククルから消えたという。
    「あのリッキーかよ…」
    ジェレミーの顔に、嬉しそうな笑みが浮かんだ。
    「何だよ、どうした突然。大体てめえはどうやって俺の電話調べ上げたんだよ」
    言葉の割には、ジェレミーの顔は満面の笑みだ。
    「そんなの、ちょちょちょいってね…簡単さ。色々知ってるぜ。住所も、独身なのも、この前メリンダって女と別れたことも…」
    「なんでそんなことまで知ってんだよ畜生」
    ジェレミーは爆笑した。
    「お前は何やってんだ。人のこと調べ上げておいて、ちったあ自分のことしゃべりやがれ」
    「俺かい?俺は、クラッシャーやってんだ」
    「クラッシャー?」
    「12歳のとき、かっぱらいやろうとしたら捕まっちまったんだ。こてんぱんにやられて、すげえ長げえ間説教くらって、その後腹いっぱい飯食わしてくれた人が、今のチームリーダーさ」
    「どどどどうやって潜り込んだんだ?お前みたいなガキでチビの痩せがクラッシャーに採用されたのか?!」
    「決まってるさ。密航したんだよ」
    「み」
    ジェレミーは絶句した。
    簡単に言うが、やばい貨物も人間も多く流通するローデスの宇宙港のチェックを逃れることは、簡単なことではない。
    それから、納得したように息を吐いて、ふと笑った。
    そうだった。リッキーという少年は、なんとなくそうだったのだ。
    体も一番小さく、一番痩せていた。しかし、ここぞというときの決断力と判断力は、抜きん出ていた。
    12歳のリッキーは、そのクラッシャーに逢って、きっと大切な何かをその時、決断したのだろう。

    「…で、そのクラッシャーリッキーが10年以上たって俺に何の用なんだ?昔話するためだけに電話してきたわけじゃないだろ?やばい用件なら、ここじゃなくてオフィスに電話してくれよ。まずは美人秘書が出て、俺につなぐからよ」
    「メリンダの後のクラリスだろ?美人秘書はいいよ。美人なら見慣れてる」
    リッキーはなんとなくそこで、肩をすくめた。
    「それより、お前に頼みたいことがあるんだ」
    「だから、仕事ならオフィスにかけろって。この電話はセキュリティが甘いんだよ」
    「いやそういう仕事じゃないんだ。ネオ・ディンガーズの幹部じゃなくて、ジェレミー・ディアズに頼みたいんだ。すごく簡単なこと。時間は…そうだな、4,5時間ちょっと動いてくれればいい」
    「個人的な頼みか」
    「そう。友達として」
    「…報酬は?」
    「相変わらず渋いな。友達の頼みに金取るのかよ。まあいいや、じゃあ、一杯奢る」
    「一杯奢る、か」
    ジェレミーはにやりと笑った。
    「いいぜ。頼まれてやる。で、何なんだその頼みってのは?」



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■1631 / inTopicNo.2)  Re[1]: サンタさんたちのお話
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/08(Sat) 18:08:53)
    アルフィンは不機嫌の極みにいた。
    ミネルバの通路を、足音も荒く大股で歩く。
    彼女が不機嫌なのは別に珍しいことでもなんでもないのだが、今回は不機嫌指数で言うと100、最大値をさらに振り切った状態まで行っている。
    理由は、アレだ。
    飛び込みの仕事、というヤツだ。
    飛び込みは、日常と言ってもよかった。ただ、今回は、「クリスマス休暇」が潰れた、というおまけ付だったのだ。
    ずいぶん前から仕事を調整し、クリスマス前後の一週間をオフにしておいた。最高に素敵なリゾートホテルも予約した。そしてそして、アルフィンにとってははじめての、「ジョウと二人きり」という休暇だったのだ。リッキーはミミーと過ごすためにローデスに行く予定だったし、タロスはアラミスで旧友たちとのんびり過ごす予定だった。
    二人きりの、クリスマス休暇。
    これが無くなって怒らない女はいない。
    しーかーもー、仕事内容は最近お騒がせの「ホテル王のセレブ令嬢姉妹のクリスマスパーティ警護」。何でも、彼女らの余りの傍若無人ぶりに頭にきた善意の人から爆破予告が届いたらしい。管轄の警察は、パーティの中止を要請した。しかし彼女らは絶対に譲らない。挙句の果てには、とんでもない金額の報酬を提示して、最高ランクのクラッシャーのスケジュールを無理やり空けさせた。これで文句あるか、と警察に食って掛かったとかなんとか。
    やってられるか、という話である。


    アルフィンはリッキーの部屋に向かっていた。
    リッキーだって、ミミーと会えなくなって怒っているに違いない。
    同志を求めて、早く言えば愚痴を言うために、リッキーの部屋のドアを開けた。
    「リッキー!聞いてよもう!!」
    「うわあああああ!!」
    ノックもせずに入ったのが悪かったのか、リッキーはものすごく慌てて、デスクの上の物を隠すようにかき集めて上体をかぶせた。
    「…?どうしたの?」
    「ア、アルフィン…ノックぐらいしてくれよ」
    リッキーは明らかに動揺した顔で、顔だけ振り返る。
    「何隠してるの?わかった、エッチな本でしょ」
    「違う!!」
    「じゃあ、何?」
    「なんでもないよ。何か用?」
    「ふうん…じゃあ、ミミーへのプレゼントね」
    「違うって…」
    「でもそれ、明らかにクリスマスラッピングじゃない?」
    「分かってんならエッチ本とか言うなよ。…いやだから何の用だって…」
    「それにしちゃ、数多いわね。…まさかあんた」
    すうっとアルフィンの目が細くなる。
    「ミミーのほかにも女の子にプレゼント配ってんじゃないでしょうね?!あんたは意外とマメ男だから、やりかねないわ!」
    「違うよ!」
    「見せなさい!こら!あたしが許さないわよ!!」
    「うわあああ!!」
    アルフィンはリッキーのデスクに突進した。必死に隠そうとするリッキーと、すべてを暴こうとするアルフィンの二人でもみ合いが続いた。
    「見せなさい!」
    「いやだああああああああ!!!」


    バタンバタンという格闘の音と、いやとかやめろとか、痛いとか、色んな音がリッキーの部屋から聞こえてくる。
    先ほどからアルフィンを探していたジョウは、騒がしいリッキーの部屋のドアを開けた。
    「おい、何やってんだ」
    何気なく開けたドアの先、部屋の中では。

    床に組み伏せられているアルフィンと、息も荒く彼女の両手首をがっちり押さえて組み伏せているリッキー。

    三人、全員が、凍った。

    「…」
    「ちちちち違うって兄貴!!!これは、アルフィンが、その、あの、…」
    「ジョウ!違うのそんなんじゃないの!!た、た、ただ喧嘩してただけなのよ!」
    「…」
    ジョウは恐ろしいほどに無表情だ。
    「せ、せ、説明するわ」
    アルフィンは慌てて起き上がり、髪を撫で付ける。
    「そう、説明するよ。する、するったらする」
    「そうよ!!大体あんたが隠すからいけないのよ!!早く見せなさいよ!」
    「うるさいよアルフィンは!!人がいやだって言ってんのに無理やり見ようとするからだ!」
    「うっさいわねえ!!一緒に暮らしてるのに隠す必要ないでしょ!!」
    「こんな恥ずかしいもの見せられるか!!」

    隠す?見せる?恥ずかしいもの?

    いったい何のことだ…。
    ジョウの機嫌がますます悪くなる。
    「…早く説明しろ」

    再び喧嘩を始めた二人を、ジョウの恐ろしい目が睨んだ。

    「はい…」
    しゅん、とふたり同時に返事が聞こえた。


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■1632 / inTopicNo.3)  Re[2]: サンタさんたちのお話
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/08(Sat) 18:09:44)
    クリスマスラッピングの数々の中身は、子供のおもちゃばかりだった。
    金額はどれもたいしたものではない。ミニカーとか、小さいゲーム機とか、カードゲーム、プラモデルとか。女の子用のものもあった。着せ替えのできる人形、ミニチュアの家、ビーズアクセサリーメーカー。

    「ミミーとさ、モズポリスのスラムに行ってクリスマスパーティやろうって話してたんだ」
    リッキーは頬を赤くして、話し始めた。
    「昔、ククルではクリスマスなんて縁のないものだったから…。ミミーがそういう活動やってるって、前話しただろ?
    ネットでさ、ほとんど無料に近い値段で中古のおもちゃとか売りに出てんだよ。そんなの集めたり、休暇のときフリーマーケットで買ったり、リサイクルショップで買ったりして…それで、ミミーが集めてる募金で料理とか作ってさ、クリスマスに浮浪児に食べさせてあげようって…」
    リッキーは、顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
    ジョウは、微笑んで、リッキーを見て。
    そしてアルフィンは、目に涙をためて、感極まった表情をしていた。
    「すごいわ、リッキー!!すばらしいわ!!」
    ちょっと危ない宗教の教えを受けた人のようにアルフィンの目はキラキラと輝いていた。
    「あたし、自分のことばっかりで恥ずかしいわ!クリスマス休暇が駄目になったとか、二人きりの天蓋つきベッドが駄目になったとか、プレゼントに何がほしいかも聞いてくれないとか、そんなことばっかりで!!」
    「…」
    「…」
    男ふたりは、暴走するアルフィンの感動についていけず、しかもその台詞に顔を赤くして俯く。
    アルフィンは、がし、とリッキーの手を握った。
    「ピザンにいたとき、施設の訪問したわ。ピザンでは、親をなくして身寄りのない子供たちはみんな国で保護して、きちんとした施設で、国の責任で成人まで育てるの。公務でなくても、よく行ったわ。ただ遊びに行くときのほうが、ずっとずっと喜んでくれた」
    少しずつ、アルフィンの興奮がおさまってくる。同時に、言葉がしん、と胸にしみる。
    「あたしは、望んで王女に生まれたわけじゃないけど、よくそこの子供たちに聞かれたの。どうしたら王女さま、王子さまになれるの?って。だからその時はこうやって答えたの。
    王女さま王子さまは、たまたま親が国王だからそうなっただけ。何の価値もない。その時の王の子供に生まれない限り、王子王女にはにはなれない。
    でも、王にならなれる。
    ここはピザンだから、すべての人に王になるチャンスが与えられる。一生懸命勉強して、たくさん本を読んで、人のためになるに正しい行いをして下さいね、って。
    たとえ王になれなくても、学んだことは全部あなたたちの身についていく。だから、あなたたちは、あなたたちの望む何にでもなれる。夢を持って忘れずに努力していけば、今のあなたたちは何にでもなれる可能性を持っているのよ、って。」

    彼女の頭にティアラの幻が見えたような気がするのは、気のせいか。
    リッキーは、思わず何度も瞬きをした。

    「忘れてたわ。すっかりクラッシャーの生活になじんじゃって」
    どういう意味だよ、と突っ込みたくなるのを苦笑いしてジョウは我慢した。
    アルフィンは微笑んでリッキーに言った。
    「あたしも協力するわ。ネットでプレゼント探してみる。でも、クリスマスは休暇無くなっちゃったのよ。リッキーは行けないわ。どうするの?」
    「ああ、昔のダチに頼んでおいた。ミミーは女の子だから、サンタにはなれないだろ?」
    「そう。じゃあ、大丈夫ね。さて、ちょっと服売ってプレゼント買ってくる」
    軽やかに立ち上がると、アルフィンはさっきまでの不機嫌はどこへやら、鼻歌を歌いながら出て行った。

    「…はあ…ばれちまったよ…」
    ため息をつくリッキーの背を、ジョウがぽんと叩く。
    「恥ずかしいことでもなんでもないだろ。まあ、吹聴して歩くものでもないけどな」
    ジョウは笑った。
    「…俺も協力するよ」
    「…ありがとう、兄貴。ところで、そのポケットの小さい箱の件はもういいのかい?」
    リッキーがにやりと笑った。
    「ああ、これか」
    ジョウはわずかに照れて、ポケットからリボンがかかった小さな箱を出して、ぽんぽんと手の上で軽く投げた。
    それは、どう見ても。
    指輪の箱。

    「それどころじゃないそうだ、われらが姫は」
    ジョウはやれやれと肩をすくめた。
    「これから食事に行って、渡すつもりだったんだけどな。まあ、楽しみが先に伸びただけさ」

    ジョウは苦笑いして、リッキーの部屋を出た。
    途中、アルフィンの部屋を覗くと、楽しそうにパソコンにかじりついているアルフィンの横顔が見えた。

    まったくなあ。
    ジョウは笑う。きみのこんなとこも、大好きなんだぜ、俺は。



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■1633 / inTopicNo.4)  Re[3]: サンタさんたちのお話
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/08(Sat) 18:10:34)
    「リッキー!!おいテメエどういうことだ!!」
    画面の向こうでジェレミーが喚いている。
    リッキーはわざとらしく耳に指を突っ込んで、舌を出した。
    「何だよ、お前にぴったりの役だったろ?」
    「冗談じゃねえぞ!こんな濃いサンタがいるか!ガキにプレゼント配ってるギャングの幹部がどこにいる!!」
    「そこにいるだろ、ジェレミーサンタ。何だよ、ミミーから聞いてるぜ。最後には目が潤んでたってなあ」
    「言うなバカ!!」
    ジェレミーは、画面の向こうで頭をかきむしり、苦悶の表情で悶絶した。
    「それを言うなああああああ!!」
    リッキーは面白くてたまらない、という表情でそのジェレミーの苦悶する顔を堪能した。
    「どうしてくれんだよテメエ。俺はネオ・ディンガーズの幹部だぞ?浮浪児を立派なギャングに育てるのも組織にとって大事な仕事だぞ?ガキどものあんな顔見ちまったら、俺はよお…」
    ジェレミーは放心したように、半ば助けを求めるようにしてリッキーを見た。
    リッキーはにやにやと笑う。
    そう、この男は、昔から本当は優しくて、人情に厚い繊細な男だった。リッキーと寝起きしていたときも、自分たちより幼い子供たちが飢えていれば必ず食べ物を分け与え、一人きりの子供を見れば必ず面倒を見ていた。寒い夜中、ふとリッキーが目を覚ますと、時々ジェレミーが一人で泣いていたことがあった。けれど、そんなところは決して仲間には見せない。リッキーは、何度寝ている振りをしながら自分も目が潤んでくるのをこらえたかわからない。
    だから、リッキーはこのジェレミー・ディアズにピンチヒッターを頼んだのだった。
    「だけどよ、あいつらな、プレゼントも喜んだがなあ、もっと食い物を喜ぶんだ」
    ジェレミーはふと、真顔になって言った。
    「そうだろうな。出来立ての温かい食い物なんか、食ったことないやつもいっぱいいるだろうな」
    「来年はよお…」
    と言いかけて、ジェレミーははっと口をつぐんだ。
    画面の向こうで、リッキーがわが意を得たりとばかりに勝ち誇った表情で笑っている。
    「そうだなあ、来年は、もっと食い物を増やそうな、ジェレミーサンタ」
    「くっそこの極悪クラッシャーが!!」
    「俺は宇宙一忙しい売れっ子クラッシャーなんだ。この先、クリスマスに休暇なんか取れるかどうかなあ…」
    「取れよ!!来年はお前がやれ!!それに早く俺に一杯奢れ!!」
    「ハイハイ分かったよ。努力するさ。まあとにかく、来年も頼むよジェレミー」
    「知らねえぞ!!俺はもう一切関わらねえぞ!!」
    わめくジェレミーの声を一方的に切って、リッキーは一人で笑った。


    ミミーからの報告によると、スラムでのささやかなクリスマスは大成功だったらしい。
    最初、何事かと遠巻きに見ていた子供たちは徐々に集まり始め、恐らく初めて見るサンタクロースというものをしげしげと眺め、小さなプレゼントを小さな手で開けては歓声を上げた。
    ミミーがつくった小さなボランティアグループのメンバーが、募金で作った温かい食事を、貪るように食べた。中には「クリスマス」というものが何なのかも知らない子がいたので、お話をしてあげた、等等。

    そして、
    昔、ククルには空がなかった。モズポリスのスラムは、空がある分寒かったけれど、
    「サンタはどこから来たの?」という幼い子の質問に、ジェレミーは「宇宙からさ」と答えた、という。
    だから、みんなで空を見上げた。
    そうしたら、星が見えた。
    きらきらと、星が輝いていて、とても綺麗だった、と。

    リッキーは胸が熱くなった。「宇宙からさ」と答えたというジェレミーの気持ちが、とても嬉しかった。
    いつか自分も、行けるだろうか、と思った。
    クリスマスの夜に、ジェレミーと共に、ローデスのスラムにサンタになって行ける日が来るだろうか。
    いつか。行くよ、必ず。リッキーはミミーに誓った。

    そして、
    「サンタクロースは、宇宙じゃなくて、本当はそこにいたんだ。サンタは本当はミミーなんだけどな」
    と言った。
    「え?」
    ミミーが不思議そうな顔をする。
    「俺に夢をくれた。俺のサンタはミミーだよ」
    「…馬鹿ね、逆よ。リッキーがあたしに夢をくれたの」
    画面を通して、見詰め合う。
    「…行けなくて…会えなくてごめんよ」
    「いいの。休暇になったら、来てね。そんなに、寂しがったりしてないわ」
    「…少しは寂しがってくれよ」
    ミミーは微笑んだ。
    「遅くなったけど、メリークリスマス、リッキー。お仕事お疲れさま」
    「メリークリスマス、ミミー。帰ったら、プレゼント届いてるよきっと。気に入ってくれるといいけど」
    「本当?ありがとう、急いで帰るわ!」
    ミミーの顔がぱあっと輝いた。
    「じゃあね、またね、リッキー」
    「あ、ミミーちょっと待ってくれ」
    「ん?」
    「あのさ…ええと…その…」
    「何よ」
    「大好きだよ。俺は、会えなくて寂しいよ」
    「――――」
    ミミーは不意をつかれて、言葉を失った。見る見る、耳まで赤くなる。
    「…えと…あ、あたしも。大好きよ!本当は寂しくて死にそうよ!じゃ、じゃあね!」
    可愛いとしか表現できない顔で、慌てて通信を切った。
    画面の前でデレデレしているリッキーは、背後で、「熱ちいなあ、空調が壊れてんのか?」とタロスの声がするのも、気付かない。
    タロスは、満足げに笑った。
    先ほど三日間の仕事を終えて、ジョウはアルフィンを連れて食事に出て行った。
    ポケットには小さな箱が入っているらしく、微妙に膨らんでいた。

    メリークリスマスですぜ、おやっさん。俺は、祝杯でも飲みまさあ。



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■1634 / inTopicNo.5)  Re[4]: サンタさんたちのお話
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/08(Sat) 18:11:30)
    リッキーがモズポリスのスラムに初めてサンタとして行けたのはその5年後になった。
    5年の間にミミーは大学を修了しローデスに戻って、厚生労働省の職員になった。ボランティア活動も続けている。
    ジョウとアルフィンは結婚した。
    そして、ジェレミー・ディアズはというと。
    何とギャングから足を洗い、堅気になってしまった。(足を洗う際、5杯の酒の代わりに格安でジョウのチームがジェレミーのガードを引き受けた。)
    まずは株で大金を稼ぎ出し、その資金を元に浮浪児のための施設の設立に力を尽くした。
    尽力の甲斐あって、政府もその方向で動き出し、近年にも施設が設立されることが決まった。
    今やジェレミー・ディアズは、ローデスの福祉の顔である。

    リッキーが初めて訪れたその年のクリスマスは、雪景色になった。
    その年、子供たちはサンタが4人もいて、うち一人はすごく怖いので驚いた。そして、とても喜んだ。ジェレミー、リッキー、ジョウ、タロスである。
    ミミーとアルフィンは料理を作り、アルフィンはキーボードでクリスマスナンバーを弾いて、音程のそろわない幼い歌声がローデスの夜空に響いた。

    「おら、ガキども。静かにしろ。クイズ出すぞ。俺の名前は何だ?」
    ジェレミーが言った。
    「サンタクロース!!」
    と口々に子供たちが答える中、十代に入ったと思われる少年たちの声が「ジェレミーおっさんだろー」と笑いながら聞こえる。
    「今日は、俺をサンタにスカウトした、本当のサンタクロースが来てんだ。俺はいつも、サンタは宇宙に住んでいる、と言ってるな。その、宇宙に住んでるサンタだ。忙しくて、滅多に地上には降りてこない。だが、今日はやっと来てくれた。おい、少しガキどもに話しろや」
    堅気になっても少しも変わらない柄の悪さに苦笑しながら、リッキーはどういうわけか子供たちが車座に座る真ん中に押し出されてしまった。
    「え、ええと…」
    「サンタさんがんばれー!」(子供)
    「ええと…」
    「しっかりしろサンタ!」(タロス)
    「ええと…俺は…」
    いったい何を話せばいいんだ、と途方にくれて、上を見た。
    すると、その時。

    雪雲が切れて、不意に雲間から、とんでもなく美しい星空が覗いた。

    俺は今あそこに暮らしてる。空すらほとんど見たことのなかった自分が。

    「…昔、俺はローデスに住んでた」
    子供たちが、思いがけないサンタの言葉に、ふっと静かになった。
    「ククル、って知ってるかい?」
    少し年かさの子供たちの中には頷く者もいたが、大半が首を横に振った。
    「昔、このモズポリスの地下に、ククルって街があった。俺が15歳のときに、大事件が起こって壊れたけどな。かっぱらいとギャングと悪いやつしかいない、スラム街だった。俺はそこで生まれて、12歳までかっぱらいで生きてた。…多分、今の君たちと、同じだ。親もいなかった。助けてくれる大人もいなかった。このジェレミーサンタは」
    そう言って、リッキーはジェレミーを振り返った。
    「その頃のダチさ。悪いことばっかりやってたなあ」
    子供たちが笑った。
    「ククルは地下だから、空がなかった。俺は生まれてからずっと、空ってもんをほとんど拝んだことがなかった。…でも、12歳のときに、ある人たちに出逢って、決心したんだ。俺はククルを出る、この生活におさらばする。そして、そうした。その人たちの宇宙船に、密航したんだ。それも悪いことには、変わり無いけど」
    リッキーは頭を掻いて自嘲した。
    「俺が、そこでそう決心できたのは」
    そこで、リッキーは空を見上げた。
    「俺は空が見たい、空を飛びたい、いつか宇宙に行きたいって。ずっと、そういう夢を持っていたからなんだ」

    星が輝く。きらきらと。子供たちが、つられるようにゆっくりと、空を見上げた。

    「今、夢もクソもねえよ、と思った子もいるだろ?毎日どうやって生きていくってだけで精一杯だろうと思うよ。でも、忘れないでほしいんだ。あの時俺は、自分がそういう強い願いを持っていたから、決断できた。行動できた。もし願いすら持っていなかったら、俺は今もけちなチンピラさ。もっと悪けりゃ、ククルで野たれ死んでる。だから」
    リッキーは、子供たち一人一人の顔を、暖かく見つめた。
    「夢を持ってくれ。願いを持ってくれ。
    きみたちはまだ、何にでもなれる。何にだってなれる可能性を持ってるんだよ。
    俺は…本当はこんなプレゼントや食べ物じゃなくて、それを言いたくて…。
    悪い大人ばっかりじゃないことを知ってくれ。こうやって、君たちのために何かをしたいと思っている人間がいるってことを…忘れないでほしいんだ…」

    堪えきれないように、嗚咽が聞こえた。しかも、太い嗚咽が。
    ジェレミーが、太い腕を目に当てて、号泣していた。

    「おいおいジェレミー、元ギャングの幹部の看板が泣くぜ」
    呆れるリッキーの声につられるように、子供たちが笑った。またおじさん泣いてるよ。

    ふわりふわりと雪が舞いだした。
    小さい子供の中には、大きい子供の腕の中で眠ってしまう子も出てきた。

    「今年は、そろそろお開きね」

    ミミーが、少し目を赤くして、言った。

    メリークリスマス、
    そしてハッピーニューイヤー…
    ありがとう、サンタさん…

    子供たちの声が、名残惜しげに雪空に響いた。
    その年のクリスマスは、彼らにとって一生忘れられないクリスマスとなった。


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■1635 / inTopicNo.6)  Re[5]: サンタさんたちのお話
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/08(Sat) 18:12:48)
    それから、十余年の月日が流れた。
    モズポリスに設立されたストリートチルドレンのための施設は、「空の家」という名前になったらしい。
    今やローデス全土に広がり、たくさんの子供たちがそこで暖かい食事と寝床と愛情を得て成長している。
    ミミーと結婚したリッキーは二人の子供に恵まれ、久しぶりの休暇でローデスを訪れた。
    宇宙港には、ミミーと子供たちが首を長くして待っているはずだ。
    今日、ミネルバには久しぶりに、アラミスに住むアルフィンと子供たちが乗っている。
    家族そろってローデスで休暇を過ごそうと、やってきたのだった。
    タロスはすっかり目じりを下げて「孫」の世話で楽しそうだ。
    ジョウとアルフィンの子供たちもだが、特に本当の祖父母のいないミミーとリッキーの子供たちが、タロスになついている。
    久しぶりに会えるので、タロスも嬉しそうだ。

    「入国査証のナンバーを申告してください」
    タロスが孫にべったり、ジョウはアルフィンとべったりでブリッジにすらいないので、仕方なくリッキーが応答した。
    「登録船名ミネルバでーす。ナンバーは…えーとちょっと待って」
    アンドロイドだと思いいい加減に対応していたリッキーに、突然その入国審査官が声をかけた。
    「失礼ですが、ミネルバといえば、リッキーさんですか?クラッシャーの」
    「え?そうだけど、何だい?つか、人間だったのか」
    「そうです。入国審査官の、ビル・コナーといいます。唐突ですが、私は、貴方を知っています」
    「ああ?俺は知らないよ。どっかで会った?」
    リッキーは、入国査証ナンバーを探しながらどこかで仕事で会っただろうか、などと考えていた。
    「十年以上前、モズポリスのスラムで。クリスマスの夜に。」
    リッキーは、はっと顔を上げた。

    「…あの時、私は、あの場にいました。12歳でした。クリスマスなんて、気恥ずかしく思いながらも、温かい食事と小さなプレゼントが欲しくて、妹とそこにいました。そこであなたの話を聞きました。…
    あれから2年後に施設ができました。ジェレミーさんの世話で、入所しました。奨学金を受けて学校に入り、今の職につくことができました。
    ジェレミーさんとミミーさんと一緒に、今も活動しています。あなたが、本当に忙しくてクリスマスに来られることは無いけれど、毎年たくさんのプレゼントを贈ってくださっていることも知ってます。施設に多額の寄付をしてくださっていることも。
    あなたのことを、ジェレミーさんから聞きました。クラッシャーリッキーって、ピカ一のクラッシャーだって。リッキーさん、私は宇宙へは行けませんでしたが、今こうして宇宙と関わる仕事を得ました。
    あの時、あなたは、夢を持て、と教えてくれました。自分はまだ何にでもなれるんだと。
    だからがんばれたんです。この生活から抜け出そう、妹のポン引きになるような真似だけは、絶対にすまいと。
    いつも、空を見ました。
    どこかを飛んでいるだろうあなたを思って、歯を食いしばりました。
    あの時、私はあなたに何も言えなかった。だから、今、お礼を言います。それと…ものすごく時期はずれですが。
    メリークリスマス。」
    「…」
    リッキーは、胸が詰まって、何も言えなかった。
    今も、ローデスのどこかで、あのクリスマスが生きている。

    「ところで、査証ナンバーはまだですか?」
    ビルが笑うのに、助けられるように笑う。
    いつのまにか、タロスが後ろにいて、査証ナンバーを申告した。ありがとう、がんばれよ、と声を詰まらせて俯くリッキーの肩を、タロスがポン、と叩いた。







    時が流れて、時代は変わる。
    遠く、彼らの時代が過去になり、タロスも、ジョウも、アルフィンも、リッキーも、ジェレミーも、ミミーも、皆宇宙に還ってしまった後も。
    ローデスの、モズポリスでは、こう言われている。




    サンタさんの名前はなんていうの?
    アリスのお兄ちゃんが、ほんとはセント・クラウスって人だって言ってたよ。


    違うよ。ここではね。モズポリスのこの地域ではね、サンタは二人いる。
    セント・ジェレミー、セント・リッキー。それからね、もう一人、忘れちゃいけない人がいる。セント・リッキーの奥さん。
    セント・ミミーって言うんだよ…。



                                              FIN


fin.
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