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■1639 / inTopicNo.1)  永遠のクリスマス
  
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/20(Thu) 23:06:02)
    「ちょっと出ないか」
    と、そう言った彼の顔。

    あたしは、あの顔を忘れない。
    照れくさそうにほんの少しだけ頬を赤くして、それなのに、
    あの濃い琥珀色の獣みたいな瞳に、危うい熱っぽさをたたえて。

    あたしは、その瞳に打ち抜かれた。
    彼の熱が感染ったように、ぼんやりと無言で頷いた。


    あなたになら、どこに連れて行かれてもいいと、そんなことを思いながら。





    ミネルバは足止めを食っていた。
    大型貨物船の着陸失敗による大事故で、宇宙港が閉鎖された。臨時の離着床、滑走路からでも、出発できそうな目処は約6時間後だという。仕事を終え、次の仕事に向かおうとしていたジョウのチームは、そこで思いがけず足止めを食らうことになってしまった。
    幸い、次の仕事までには少し余裕があった。6時間後に出発したとしても、次の仕事には間に合う。これ幸いと、タロスとリッキーはさっさと自室で寝てしまった。

    アルフィンは、あまり寝る気分ではなかった。
    簡単に言うと、眠くなかったのだ。
    そこで、キッチンに行き、今年は忙しくて無理かな、と思いながらも一応準備しておいたチキンを冷凍室から出し、とりあえずローストチキンくらいは作ろうと、オーブンの余熱を始めた。
    そう、世の中は、クリスマスなのだ。
    キッチンにも、毎年アルフィンが飾る小さなクリスマスツリーが輝いている。キッチンだけでなく、アルフィンは全員の部屋とリビングにも必ず飾った。高さ20センチほどの、本当にささやかなツリーだ。
    しかし、ジョウのチームはクリスマスや新年どころではなかった。忙しくて目が回りそうだった。6時間の休養ができるなんて、まさに神様からのプレゼントである。
    プレゼントといえば、毎年恒例のプレゼントも用意できなかったけれど、それでもチキンが無駄にならずに済みそうなので、アルフィンは上機嫌だった。寝るどころじゃないわ、といった具合だ。
    そこへ、ふらりとジョウが現れた。みんな眠ったとばかり思っていたアルフィンは驚いて、
    「あら、寝てなかったの?」
    と振り返って言った。そして、そのジョウの姿を見てますます怪訝に思う。
    「…出かけるの?」
    ジョウは、クラッシュジャケットでなはく、ジーンズにダウンという格好だった。
    「ああ」
    ジョウは冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、飲んだ。
    アルフィンの目は、その咽喉の動きについ、見とれてしまう。太い首に、セクシーな咽喉仏。
    「…」
    咽喉が乾いていたのか、結構な勢いでごくごく飲んだ後、ジョウはふう、と息を吐いた。
    そして、アルフィンに向き直った。
    なんとなく、改めて、という感じだった。
    「どうしたの?」
    ジョウの様子がいつもと少し違うので、アルフィンは少しどきどきしていた。
    すると、ジョウは、じっとアルフィンを見つめた。
    眩しいような、なんともいえない熱っぽい目で。

    「…ちょっと出ないか」
    ジョウは、そう言った。

    頬を少し赤くして、照れくさそうに。
    アルフィンが何十年経っても繰り返し繰り返し思い出す、あの琥珀色の危うい瞳で。

    アルフィンは、ぼんやりと頷いた。
    頷く以外のことが、できただろうか。あの時、あの瞳で、あの人に、あんなふうに見つめられて、断れる女がどこにいるというのだろう。

    甘く疼く胸に思う。あなたになら、どこに連れて行かれたっていいよ。


引用投稿 削除キー/
■1640 / inTopicNo.2)  Re[1]: 永遠のクリスマス
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/20(Thu) 23:07:05)
    時間は結構遅い時間だった。6時間後、というと現地の時間では深夜になる。
    宇宙港でレンタカーを借りようとすると、人間の店員が「私が言うのもなんですが、今日はメトロライナーの方がいいですよ。ひどい渋滞で」と言った。
    ジョウとアルフィンは顔を見合わせ、その言に従うことにした。なるほど、道は渋滞している。クリスマスと、宇宙港での事故が重なって、宇宙港と市街地を結ぶハイウェイが上下ともひどい渋滞だった。
    ジョウとアルフィンは、メトロに乗った。メトロも乗客がいっぱいで、何とか立っている場所を確保できる、という感じだった。
    それでも悪い雰囲気ではないのは、乗っている人々が大体クリスマスプレゼントを抱え、幸せそうにしているからか。駅に到着するたびに鳴る音楽も、ジングルベルなどのクリスマスソングばかりだった。
    抱きかかえるようにアルフィンの立っている場所を守りながら、ジョウは黙ってアルフィンを見下ろしていた。駅に着いてクリスマスソングが流れ、アルフィンが歌詞を小さく口ずさむと、ジョウはふっと優しく笑った。見詰め合って微笑む二人は、クリスマスデート中の若い、ほほえましい一組のカップルにしか見えなかった。

    やがて市の中心部に着き、たくさんの人がそこでメトロから降りた。ジョウとアルフィンもそこで降りた。地上に出ると、気温はかなり下がっていて、それでも雪が降る気配はなく空には星が煌々と輝いている。

    「結構寒いわね」
    アルフィンが、はあ、と手に息を吹きかけながら言った。
    「こんなに寒いと思わなかったわ。手袋してくるんだった」
    すると、ジョウは前を見たまま、黙ってアルフィンの手を握った。
    「…!」
    アルフィンの顔が、ぼっと赤くなる。ジョウがこういうことをするのはかなり珍しい。仕事中ならともかく、普段ならこちらから握ったって振りほどかれる。
    なんだろう、今日のジョウは。
    アルフィンは、胸の動悸を抑えながら、人ごみの中を前を見たまま黙々と歩を進めるジョウの顔を見上げた。
    恋焦がれる人の横顔を、見上げた。

    ジョウの手は、暖かい。
    アルフィンはありがと、と小声で言った。
    聞こえたのか聞こえていないのか、ジョウの反応は無い。


    市の中心部には大きな公園があって、そこにとても大きなクリスマスツリーが飾られていた。公園の木々も、噴水も、すべてが色とりどりのイルミネーションで光り輝いている。
    人も多く、公園にはたくさんの人が、プレゼントを持って行き交い、ツリーの前で待ち合わせをしたりしていた。みんなで手をつなぐ家族連れも、寄り添って歩くカップルも、クリスマスの夜を幸せいっぱいに楽しんでいる。
    アルフィンはその光景を、うっとりと眺めた。夢のような光景だ。

    「腹減ってるか?」
    ふいに、ジョウが口を開いた。何とも現実的な言葉に、アルフィンはちょっと笑った。
    「ううん、さっき食べたばっかりじゃない」
    「じゃあ、何か飲むか。アレでも」
    ジョウが示す先には、有名なシャンパンメーカーのスタンドが出ていた。
    「…飲む!」
    「ちょっとだけだぞ。後が怖いからな」
    「分かってるわよ」
    二人で、フルートグラスに一杯ずつシャンパンを頼んだ。スタンドの前で、立ったまま、大きなクリスマスツリーを見上げて、
    「メリークリスマス」
    と、乾杯をした。

    アルフィンは思う。
    この人を追いかけて、宇宙に出てもう何年も経つ。
    こんなクリスマスは、初めてだった。いつも、仕事で忙しいか、そうでなければ4人で大騒ぎだった。それが、別に嫌だったわけではない。ものすごく楽しかった。けれど、こんなクリスマスを迎えたい、という気持ちも確かにあった。
    二人きりで。
    ツリーを見上げて。
    シャンパンを飲んで。
    たった6時間しかなくても、プレゼントなんか無くても。

    「…」
    アルフィンは目を閉じて、そっと、頬をジョウの腕にすりよせた。
    大丈夫、許してくれる。そんな確信があった。
    ジョウは拒まなかった。それどころか、アルフィンの肩をぎゅっと抱いて、抱き寄せた。
    「酔ったのか?」
    優しい、低い声が聞こえる。
    「ううん、大丈夫…」
    アルフィンは、首を横に振った。
    閉じた目に、ツリーの明かりの残像がにじむ。
    幸せで。
    大好きな人と、こうやって初めてクリスマスの夜を過ごせることが。
    恋人とは言えなくても、
    多分、きっと、少なからず大切には思ってくれているという、それだけで。

    ジョウはシャンパンを飲み干すと、行こうか、と言って歩き出した。
    どこへ行くつもりなんだろう。
    アルフィンは、少し飲んだからか、ぼおっと考えた。どこでもいいよ、あなたの行くところなら。どこへでも、一緒に行ける。宇宙の果てにだって。
    イルミネーションと、音楽と、人込みと、ざわめきが、ジョウに手を引かれて歩くアルフィンの周囲を流れていく。流れて、去る。現実感が無く、まるで、夢の中にいるようだった。
    ふと、抱き合ってキスするカップルが、アルフィンの目に入った。
    周りは、みんな幸せ。
    パパに抱かれる女の子も、ママの頬にキスする男の子も、今夜プロポーズされる女性も。
    みんな幸せ。


    あたし以外は。



    アルフィンは、歩く足を止めた。
    つないだ手が急に引っ張られて、ジョウは振り返った。

    「アルフィン…?」
    人ごみの中で、二人は足を止めて向かい合った。
    見詰め合う。
    「ジョウ…」
    アルフィンの蒼い、宝石のような瞳が、潤んでいた。つないでいた手を解き、ジョウの左腕のダウンジャケットを縋るように握り締めている。艶のある、美しいピンクの唇から、切なく名前がこぼれる。

    「ジョウ…」

    本当は、幸せなんかじゃない。
    あたしは、
    あなたに。


    「…!」
    ジョウは、一瞬、ものすごく苦しそうな顔をした。
    しかし、どうした、とすぐに普通の声で、いつもの顔で、アルフィンを促して歩を進めてしまった。

    また、ジョウに手を引かれ、ジョウの背中を見ながら歩くアルフィンは思う。

    どうして苦しそうな顔をするの?
    あたしは、もしかしてその理由を知っているの?
    あたしたちは、いつまでこの距離なの?
    こんなに愛しているのに。
    大好きなのに。
    あたしは、
    あなたに、

    愛されたいのに。



引用投稿 削除キー/
■1641 / inTopicNo.3)  Re[2]: 永遠のクリスマス
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/20(Thu) 23:07:57)
    ジョウの足は、もうメトロの駅に向かっているようだった。
    もう、終わりなんだ…とアルフィンは思う。
    ツリーが背後に、だんだん遠ざかっていく。夢のような光景から離れていくにつれて、思考も現実に戻ってくるようだった。
    6時間の、仕事の隙間。初めて、二人で過ごしたクリスマス。大きなツリー、綺麗なシャンパン。上出来じゃないの。
    「ジョウ、ありがと、誘ってくれて。楽しかったわ」
    にこりと笑った。
    ジョウは、少し傷ついたように微笑むだけだった。

    そこに。
    一層にぎやかな音楽が、前方から聞こえてきた。
    「メリークリスマス!!」
    先頭でサンタクロースがトナカイのそりに乗って、その後ろには音楽隊と小さな天使たちやダンサーが続いている。
    公園の時計が、12時を打った。
    クリスマス・イヴからクリスマスに変わる、お祝いのパレードだった。

    パレードのすぐ近くにいたジョウとアルフィンは、人の流れとパレードに挟まれ、身動きができなくなってしまった。
    それどころか、アルフィンは、パレードに流されていく。

    「ジョウ…!」
    「アルフィン!」
    手を伸ばす。届かない。どんどん離れていく。光と音に流されていく。

    アルフィンは、また、自分の思考がぼんやりとしてきたことに気付く。気付いても、止められない。
    あたしは、いつかこうやって彼から離れていかなければいけないのだろうか。
    想っていても、結ばれなくて。
    クラッシャーだから。仕事が危険だから。チームだから。チームは家族だから。あたしは女だから。産む性だから。
    いつか、離れていくんだろうか。
    こんなに愛してても。

    離れたくない。たとえ一瞬でも。
    あなたの温もりのそばにいたい。
    愛していたい。愛されたい。
    愛されていると、胸を震わせたい――――。


    アルフィンは、両手で顔を覆って、立ち止まってしまった。
    パレードは進んでいく。音楽と、パレードが去った後には。

    顔を隠して必死に涙をこらえて立ちすくむアルフィンと、
    ほんの数歩の距離をおいて、そのアルフィンを呆然と見つめる、ジョウ。



    「アルフィン」
    ジョウが、口を開いた。
    アルフィンは、やっとのことで顔を上げる。
    潤んだ蒼い瞳でジョウを、見る。
    おかしくなりそうなほど、愛する人を。

    「俺は…」
    ジョウは、何かを言いかけた。
    俺は、と言っただけで、口を閉じた。苦しそうに、アルフィンを見つめて。
    そして、一歩を踏み出した。
    強く、その腕の中に、アルフィンを抱いて。

    抱いて、抱いて、抱いて、息もできないほど、抱きしめて唇を重ねた。

    アルフィンは聞いた。眩暈の中で、ジョウの腕の中で、苦しくなるほどの抱擁の中で、
    「愛している」と、キスの合間にジョウがため息のように囁く声を。

    何度も。





    イルミネーションが輝く公園の片隅で、二人は、
    どこにでもいる若い二人が、どこにでもいるように、抱き合っていた。
    誰も、二人を気にする人などいなかった。当たり前のように微笑ましく見つめ、当たり前のように通り過ぎて行った。



引用投稿 削除キー/
■1642 / inTopicNo.4)  Re[3]: 永遠のクリスマス
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/20(Thu) 23:08:46)
    出発まであと3時間、という時間にミネルバに帰り着いた。
    二人は殆ど無言だった。メトロの中でも、寄り添って座り、お互いの温もりを感じているだけだった。
    この夜が、もう終わろうとしているから、言葉にはならない。

    しかし、ミネルバに入ってしまうと、もうそう余韻に浸っている余裕はなさそうだった。
    アルフィンは、通路を歩きながら、ジョウに言った。
    「あの…ジョウ、あたし、チェックやっておくわ。ジョウは、少しでも休んでて」
    「…」
    ジョウはアルフィンの手を離そうとせずに黙々と通路を歩いていく。まるで、少し怒ったときのような顔だ。
    「ジョウ?」
    ジョウが立ち止まって振り返った。そこは、ジョウの部屋の前。

    ぐい、と強く腕を引っ張られたかと思うと、暗いジョウの部屋の中に連れ込まれていた。
    扉が閉まる音。いつもはしない、ロックをかける音。
    ジョウ、と言おうとした。それが声になる前に、閉まった扉に背中を押し付けられて、唇を奪われた。深い、激しいキス。
    熱い、というならこんなキスなのかもしれない、とアルフィンはうつろな頭で考えた。まるで焼印でも押されているように、唇が熱い。
    気がつくと、自分が着ていたコートは脱がされて床に落ちていて、そのうちにもうジョウの激しいキスに足が立たなくなり、二人は崩れ落ちるようにそのコートの上に横たわって抱き合い、それでもキスをやめることが出来なかった。

    「…あっ…!」
    焼印のように熱いキスが、首筋に下りてくる。
    ジョウの背中にすがりつく自分の手が、自分の手ではないようだった。

    「…」
    ジョウが、長い、熱いため息を吐いて、唇を離した。たったそれだけの事に、大変な努力を要したように、ジョウは辛そうにしている。
    じっと、自分が床に組み敷いている、愛しい女を見つめた。

    そして、言った。

    「…もう無理だ」

    その時のジョウの顔。狂おしく、切なく、ほとんど悲しげですらあった。
    濃い琥珀色の、熱を湛えた危うい瞳。
    ちょっと出ないか、と言ったあの瞳を、アルフィンは理解した。
    多分、彼は。
    堪えながら、もう堪えられそうに無い自分を自覚して、
    それでもこの距離を縮めることが、二人にとって本当にいい事なのかどうかを、さんざん逡巡して。
    でもあの時、彼はもう知っていたんだ。自分が、きっと、壁を超えてしまうだろう、ということ。

    もう無理だ、ということを。


    「…いいよ…」

    アルフィンは、言った。
    自分を捕らえた、しなやかで美しい獣の琥珀色の目の奥まで、深く見つめて。

    ジョウは、何も言わず、アルフィンを抱き上げてベッドに運んだ。
    天井と、服を脱ぐジョウを見つめる、ぼんやりとした視界の端に、小さなクリスマスツリーのささやかな白い灯りが映った。
    それから、視界が遮られる。彼の逞しい胸で。キスと、熱に流される。
    それからアルフィンは自分の生きてきた総てを、
    愛する人に委ねた。


    あなたになら、どこへ連れて行かれてもいいよ。宇宙の果てにだって…



引用投稿 削除キー/
■1643 / inTopicNo.5)  Re[4]: 永遠のクリスマス
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/20(Thu) 23:09:46)
    乱れたベッドの上を、クリスマスツリーの小さな明かりが控えめに照らしている。
    ジョウはアルフィンの身体を背中から、まるで大切な宝物を抱きしめているかのように、慈しむように抱いて、髪を撫でている。
    アルフィンは、そのジョウの熱と愛撫を、黙って目を閉じて感じていた。
    愛されている、という、あれほど渇望した思いに満たされて、涙が出そうだった。
    身体には、はっきりと痛みがある。それから、ジョウの手と舌が愛撫した余韻が、小波のように残っていた。
    幸せ、とアルフィンは無意識に囁いた。
    俺もだ、と耳元で声が聞こえた。
    その耳元に、小さなキスが何度も降ってくる。もっと言ってくれ。幸せよ、大好きよ、ジョウ。

    ぎゅっと、強く背中から抱きしめられたかと思うと、不意にジョウの熱が身体から離れた。突然の喪失感に、アルフィンが寂しげな顔で身を起こすと、心配するな、と言った感じでジョウは笑い、それからデスクの中をごそごそと探り始めた。
    やがてベッドに戻ってきたジョウは、またアルフィンの横にもぐりこんでアルフィンの身体を抱いた。
    それから、
    「プレゼント」
    いきなりジョウは、彼女の手にその小さな箱を乗せた。
    「え…?!」
    アルフィンは、心から驚いた。
    まさか、ジョウが、この忙しさの中で、プレゼントを用意してくれているとは夢にも思っていなかった。
    「開けてくれ」
    アルフィンは、その箱のリボンを解いた。するり、と赤いリボンは彼女の裸の白い腕を飾るように、落ちていく。
    箱を、開けた。
    「…ジョウ、これ…!」
    きらりとアルフィンの手に光ったのは、ダイヤモンドの一粒ネックレスだった。ツリーの小さな明かりを受けて、きらきらと部屋中に光を撒き散らした。
    さほど大きくはないが、クラリティはおそらく最高だ。ピザン時代、数々の宝石に身を飾ってきたアルフィンには分かる。何よりも、その石は希少なテラ産だった。テラは、母なる星として人類には特別な星だった。永遠を象徴する星の、永遠を意味する石。だからこそ、テラ産のダイヤモンドは、今でも恋人たちには特別な意味を持つ。
    「すごいわ…これ、だって、ものすごく高かったんじゃ…」
    「おいおい」
    ジョウは苦笑した。
    「俺は10歳のガキの頃からクラッシャーやってんだ。何心配してんだよ」
    「それは、そうだけど…」
    アルフィンは、吸い込まれるようにその光を見つめた。
    思えば、ジョウがプレゼントに、アクセサリーをくれたことは一度も無かったように思う。ジョウのプレゼントはいつも、実用優先で色気からは程遠いものばかりだった。手袋、マフラー、一緒に買いにいったブーツ。
    去年は、音に反応して歌いながら腰を振って踊るサンタ人形だったりした。それを見たとき、アルフィンはそのセンスに思わず爆笑したものだ。あまりおかしかったので、アルフィンはその人形をブリッジに置いた。戦闘中の大声や被弾したときまで反応して腰を振って踊るので、全員笑いをこらえるのにどうしようもなくなり、リビングへと引越しすることになった。
    そんなことを思い出して微笑みながら、アルフィンは思った。

    ジョウが、「身を飾るもの」をプレゼントしてくれた、ということ。
    そして、
    この石が意味するもの。
    永遠。…



    「つけてみてくれ」
    ジョウが低く言った。
    アルフィンは頷き、うなじの髪をかきあげてそのネックレスをつけた。
    裸の胸に、ツリーの光を受けてダイヤモンドはきらきらと輝いた。
    「きれいだ。…よく似合う」
    ジョウは眩しそうに目を細め、アルフィンを抱き寄せてその胸に、ネックレスに口付けを落す。何度もキスを繰り返しながら、彼女の身体をベッドにそっと押し倒した。
    「きみがこれ以上綺麗になるのが嫌で、今までプレゼントできなかった」
    「…もういいの?」
    アルフィンは、微笑む。ジョウが、休暇のときに彼女が露出の多い衣服を着るのを好まないこと、腕を組んだり手をつないだりは照れていやがるくせに、彼女を決して一人で歩かせないことを、思い出しながら。
    「もういい。もう、俺のものにした。俺が守るから、…だから、もういいんだ」
    「ありがとう、すごく嬉しい…」
    アルフィンは、その口付けの感触に酔いながら、ジョウの背中に手を回した。

    幸せよ、と声に出さずに唇だけで言う。ジョウの肩越しに。



引用投稿 削除キー/
■1644 / inTopicNo.6)  Re[5]: 永遠のクリスマス
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/20(Thu) 23:10:41)
    「実は、もう一つある」
    「え?」
    アルフィンは、驚いて目を見開いた。
    ジョウは床に落ちている自分のダウンのポケットを探った。
    そしてまた出てくる、同じ店の同じ小さな箱。赤いリボン。
    アルフィンが開けると、中には。
    ネックレスと同じデザインの、ダイヤモンドのピアス。

    「ジョウ、これ、…あたし…」
    ジョウは、照れくさそうに言った。
    「ネックレスは、去年のだ」
    「え?!」
    「ピアスは今年買った。ネックレスは、去年買っておいたんだが…渡せなかった」
    ジョウはふっと、自嘲するように笑った。
    「渡す自信が、まだ無かった」
    「…」
    アルフィンは、そのジョウの笑う顔をじっと見た。
    あたしたちは、
    間にいろんな、大切なものがありすぎて、
    とても薄くて透明なのに、向こう側は透けて見えるほどなのに、どうしても壊せない壁をずっと越えられずにいた。
    でも、もう。

    「この一年は、正直辛かった。抑えているのが」
    ジョウはアルフィンを抱きしめて、全てを吐き出すように、切ない声で言った。
    アルフィンは、胸を締め付けられる想いに、ジョウを抱きしめて目を閉じる。こんなに幸せで、いいんだろうか、と。
    想いは。
    同じだった。ずっと。

    「去年、そのネックレスを買ったんだが…やっぱり渡せなくて、他に何も用意してなかったから、宇宙港の売店で急いで『ソレをくれ』って買ったんだ。俺は、腰振りサンタの横のスノーマンのスタンドライトを指差したのに、売店のアンドロイドが間違えやがって」
    「それであの腰振りサンタになったのね」
    二人は笑った。
    「あたし、今年何も用意できてないの…ごめんね」
    「そんな事」
    ジョウは、アルフィンを腕の中にすっぽりと抱きしめて包み込み、しばらく黙った後、ポツリと言った。腹の底から、ため息を吐き出すように。

    「…叶うなら、俺は時間が欲しい。きみをもう一度抱ける時間をくれ」

    髪を撫でる大きな手。背中を支える力強い腕。唇と、首筋を濡らす熱い唇。
    アルフィンは、ジョウの全てに身体を震わせながら、言葉にならない切ないため息を漏らした。
    時間は、迫っている。もうやがて、出発の時間だ。

    「無理よ…今は、もう」
    「分かってるって」
    それでもジョウは、アルフィンの身体から唇を離そうとしなかった。
    「あ…」
    遠く、意識が運ばれていきそうなその時、切り裂くようにピー、ピー、と部屋のインターフォンの呼び出し音が、鳴った。
    「ジョウ、鳴ってるわ…」
    「分かってる…」
    ジョウはしばらく、名残惜しげにダイヤが輝く胸元に唇を寄せたあと、ようやく身を起こして呼び出しに応答した。

    「何だ」
    「起こしてすいやせん。管制から通信ですぜ。滑走路が空くそうです。出発準備と出国手続きを」
    「分かった。すぐ行く」
    インターフォンを切ると、ジョウはアルフィンに、深く、深く、口付けをした。

    「悪いな、一人で残して」
    「いいのよ。早く着替えて。あたし向こう向いてるから」
    「パンツ履くとこ見ててもいいぜ」
    「馬鹿!」
    ジョウはベッドから降りて、そのままクラッシュジャケットを着た。シャワーも浴びない。
    「シャワー、行かないの?」
    ジョウはにやりと笑った。
    「もったいない」
    「…ほんっとに馬鹿!」
    アルフィンは赤くなって、ジョウの背中に枕を投げた。
    着替え終わったジョウのクラッシュジャケット姿を、アルフィンは惚れ惚れと眺めた。
    あたしの恋人。
    宇宙一の人。

    もう一度、ベッドの上のアルフィンに長いキスをしてから、ジョウは言った。
    「本当は…」
    「?」
    「本当は、こんなに慌しく抱くつもりじゃなかった…休暇で、たっぷり時間がある時に、いいホテルで…と思ってたんだ。…それなのに、こんな時に、こんなとこで、すまない」
    「いいのよ、ジョウ。早く行って。あたしもすぐ行くわ」
    「…」
    ジョウはまた、離れるのが辛いといった感じで何度も何度もキスをして、ようやくドアの向こうに消えた。


引用投稿 削除キー/
■1645 / inTopicNo.7)  Re[6]: 永遠のクリスマス
□投稿者/ 舞妓 -(2007/12/20(Thu) 23:11:47)
    残された部屋は、急にシンと静かになった。
    小さなツリーの灯りが、ふわふわと、交わした愛情と言葉の残像を写しているようだった。

    いいのよ、ジョウ。
    時間が無くても、休暇中でなくても、高級ホテルの部屋でなくても、
    そんな時でもあなたが堪えきれずにミネルバの中であたしを抱いたってことが、
    あたしにとってどんなに嬉しいことか、
    幸せな事か、
    あなたに分かる?

    アルフィンは、幸せが逃げていかないように、両手で自分を抱きしめた。
    そして、寝乱れたベッドの上でしばらくジョウの残り香を辿ってから、ゆっくりと身を起こした。
    ジョウと同じく、シャワーも浴びずにそのまま床に落ちた服を着た。髪を直す。部屋の中に立つ。

    ドアの前で、振り返って部屋を見渡した。
    暗い部屋、小さなツリーの灯りが寝乱れたベッドと、輝くピアス、床のジョウのジーンズとダウンを照らす。

    アルフィンは、首のネックレスを外した。
    戻ってツリーに近づく。そして、そのツリーに、そっとネックレスをかけた。
    ベッドの上のピアスを、一つずつ、ツリーに飾る。
    見渡すと、光はダイヤモンドを通してきらきらと、愛し合った部屋中に反射した。

    数時間前の出来事が、体中に蘇ってくる。
    うっとりと、目を閉じる。「ちょっと出ないか」と言ったジョウの目から、ジョウの唇、ジョウの腕、ジョウの背中、ジョウの声。すべてを、何度でも、思い出してここにこうやってまどろんでいたい。
    ピアス、ネックレス。
    いつか、ここにないものが、あたしの指を飾る日が来る。
    ジョウもそれを想っていると、今は確信できる。その日が来た時、あたしはきっと、あのジョウの目と、今日この日の、この輝きを思い出す。

    だから。

    メリークリスマス。

    アルフィンは心の中で呟くと、背筋を伸ばして、ジョウの部屋を出た。

    この先もずっと一緒にいるために、
    万に一つの油断もミスも許されない。
    あたしを愛したことを、決して後悔させないために。あなたを苦しめないために。

    ともすれば、この6時間の出来事を追想していたがる自分を、
    甘く身体の奥で疼く、消えない傷が叱咤する。
    自室でクラッシュジャケットに着替え、カチリ、とベルトを締めた。

    力強いヒールの足音とともに、金髪がなびいてブリッジへと、ドアの向こうに消えた。







    誰もいないジョウの部屋では、
    ツリーの灯りが乱れたベッドを照らす。
    飾られたダイヤモンドが、揺らめく光で、
    ひっそりと、奏でている。

    永遠を。



                    Happy Lovers’ Christmas

                                         FIN

fin.
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