| 「ちょっと出ないか」 と、そう言った彼の顔。
あたしは、あの顔を忘れない。 照れくさそうにほんの少しだけ頬を赤くして、それなのに、 あの濃い琥珀色の獣みたいな瞳に、危うい熱っぽさをたたえて。
あたしは、その瞳に打ち抜かれた。 彼の熱が感染ったように、ぼんやりと無言で頷いた。
あなたになら、どこに連れて行かれてもいいと、そんなことを思いながら。
ミネルバは足止めを食っていた。 大型貨物船の着陸失敗による大事故で、宇宙港が閉鎖された。臨時の離着床、滑走路からでも、出発できそうな目処は約6時間後だという。仕事を終え、次の仕事に向かおうとしていたジョウのチームは、そこで思いがけず足止めを食らうことになってしまった。 幸い、次の仕事までには少し余裕があった。6時間後に出発したとしても、次の仕事には間に合う。これ幸いと、タロスとリッキーはさっさと自室で寝てしまった。
アルフィンは、あまり寝る気分ではなかった。 簡単に言うと、眠くなかったのだ。 そこで、キッチンに行き、今年は忙しくて無理かな、と思いながらも一応準備しておいたチキンを冷凍室から出し、とりあえずローストチキンくらいは作ろうと、オーブンの余熱を始めた。 そう、世の中は、クリスマスなのだ。 キッチンにも、毎年アルフィンが飾る小さなクリスマスツリーが輝いている。キッチンだけでなく、アルフィンは全員の部屋とリビングにも必ず飾った。高さ20センチほどの、本当にささやかなツリーだ。 しかし、ジョウのチームはクリスマスや新年どころではなかった。忙しくて目が回りそうだった。6時間の休養ができるなんて、まさに神様からのプレゼントである。 プレゼントといえば、毎年恒例のプレゼントも用意できなかったけれど、それでもチキンが無駄にならずに済みそうなので、アルフィンは上機嫌だった。寝るどころじゃないわ、といった具合だ。 そこへ、ふらりとジョウが現れた。みんな眠ったとばかり思っていたアルフィンは驚いて、 「あら、寝てなかったの?」 と振り返って言った。そして、そのジョウの姿を見てますます怪訝に思う。 「…出かけるの?」 ジョウは、クラッシュジャケットでなはく、ジーンズにダウンという格好だった。 「ああ」 ジョウは冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、飲んだ。 アルフィンの目は、その咽喉の動きについ、見とれてしまう。太い首に、セクシーな咽喉仏。 「…」 咽喉が乾いていたのか、結構な勢いでごくごく飲んだ後、ジョウはふう、と息を吐いた。 そして、アルフィンに向き直った。 なんとなく、改めて、という感じだった。 「どうしたの?」 ジョウの様子がいつもと少し違うので、アルフィンは少しどきどきしていた。 すると、ジョウは、じっとアルフィンを見つめた。 眩しいような、なんともいえない熱っぽい目で。
「…ちょっと出ないか」 ジョウは、そう言った。
頬を少し赤くして、照れくさそうに。 アルフィンが何十年経っても繰り返し繰り返し思い出す、あの琥珀色の危うい瞳で。
アルフィンは、ぼんやりと頷いた。 頷く以外のことが、できただろうか。あの時、あの瞳で、あの人に、あんなふうに見つめられて、断れる女がどこにいるというのだろう。
甘く疼く胸に思う。あなたになら、どこに連れて行かれたっていいよ。
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