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■1723 / inTopicNo.1)  Boy meets a lion
  
□投稿者/ MIO -(2008/09/24(Wed) 23:00:30)
     ドアの向こうから、くすくすと淫らな女の忍び笑いが聞こえて来た。
     ふんと口許を歪めて、ノックも無しに勢いよく開け放す。
    「きゃっ!」
     半裸の女が慌てて胸元を両手で隠した。新顔だった。
     女の下でだらしなくソファに寝そべっていた男が、ドアの方を見もせずに闖入者に対して文句を垂れた。
    「…邪魔すんじゃねえよ」
     しかし、招かれざる客は、全く動じる事なく長い足で豪奢なサイドボードに歩み寄り、しまわれていた車のキーを取り出した。
    「こいつに用があるだけさ。好きに続けてくれよ」
     そう言い残し、悠然とした態度で部屋を出て行った。
    「今のが…?」
     女が、信じられぬ様子で跨がっている男に尋ねた。
    「そう。息子のタロスだ。驚くだろ? あれで、12歳なんだぜ」




     真っ赤なエアカーを巧みに操り、その青年は夜の闇を縫うように街中を飛ばしていた。
     実際の年齢はまだ12歳で、ジュニアスクールを卒業したばかりなのだが、既に180cmを越える身長としっかりと筋肉のついた体躯の為、およそそうは見えない。
     いや、例えもっと小柄であったとしても、その身に纏う雰囲気故に、少年と認識されることは皆無であったことだろう。
     甘いマスクにニヒルな表情を貼り付けた彼は、まるで人生に倦んだ遊び人のようであった。退廃的とさえ言えた。
     どこを取っても子供のイノセントさなど、カケラも見当たらない。

     けれども彼は、それでも確かに12歳の少年であったのだ――。




    「ハァイ、タロス」
    「今日は早いッスね、キング」
     馴染みのクラブで仲間達に出迎えられ、タロスは店の一番奥にある指定席へと向かった。
     黒革のソファにどっかりと沈む。ウエイターが持って来た酒の入ったグラスを、露出の多い娘がすかさず取り上げ、タロスにしなだれ掛かってその口許に持って行く。手慣れた儀式のような流れである。
     礼も無しに、タロスは娘をからかった。
    「今日親父に跨がってたビッチ、お前に似てたぜ」
     痛烈な物言いだったが、娘は気にした風も無かった。ふふっと笑い、タロスにくちづける。
    「親子だから、趣味も似てるんじゃない?」
    「すぐにヤらせる女が好み、てとこは似てるかもな」
     ひどぉいと文句を言いながらも、娘はなぜか嬉しげにその身体をタロスに擦り寄せる。周囲に集まった若者達が、お追従のようにヘラヘラと笑った。
    (けっ。下らねえ)
     若者達の王は、小さな王国の玉座で、早くも倦怠感に埋もれていた――。




     キング・タロス。
     界隈で彼は、そう呼ばれていた。
     幼少期より他者を圧倒する体格に恵まれ、運動神経の良さも群を抜いていた。
     10歳を過ぎた頃からその名が知られ始め、今では夜の街の大人達でさえ一目置く存在である。
     肉弾戦では敵う者無しと、不良少年達から『キング』の称号が授けられた。
     しかし、当人としては甚だ不服なことに、その名の由来には、タロス個人の力量だけではない、別の理由も存在していた。
     すなわち、
    「二代揃ってキングなんだよ。知らないのか? タロスは、キング・レオの息子なんだぜ」――。

     キング・レオとは、地球のみならず、アメフト好きなら全宇宙で知らぬ者のいないスター選手のことである。但し、数年前まではの話だ。
     恐れを知らぬ闘志と巨体に似合わぬ機敏さでチームを勝利に導き、巨額の契約金とファンの期待を裏切らぬ、超弩級の有名選手であった。
     女性関係が派手なことでも知られ、様々な美女と浮き名を流し、その中でも飛び切り美しいモデルと結婚をし、子供を儲けた。
     キング・レオは、その名に相応しい栄光と幸福を手中に収めた。誰もが羨む人生を、驀進していた。
     しかし。
     好事魔多し、とはよく言ったものだ。
     その人生に陰りが見え始めたのは、それから間も無くのこと。
     友人である有名俳優宅でのパーティからの帰り道、レオは飲酒運転で事故を起こし、大事な膝に怪我を負ってしまった。
     本来なら丁寧なリハビリをしなければならないところ、自分の体と神の子たる運命を過信していたレオは、周囲の意見を一蹴し、程なく現役復帰を果たした。
     暫くは何事も無く、完全復活、さすがはキング・レオとファンやオーナーを安堵させたが、無理を重ねていた膝は、無名選手からの渾身のタックルで完璧に壊されてしまった。
     アメフトの世界では、サイボーグ化は認められていない。幹細胞による再生までが認められた範囲である。
     しかし、幹細胞による再生は長期間を要し、苦しいリハビリがセットであった。しかも一般人ならともかく、一流のスポーツ選手として再び第一線で活躍出来るかどうかは、難しいところであった。
     レオは、人生初の挫折にすっかり打ちのめされてしまった。
     輝かしい人生が去ってしまったことがどうしても受け入れられず、再起に向けた地道な治療を諦め、酒と薬に溺れた。
     引退後も、その体で稼いだ莫大な財産で生活に困るようなことは一切無かったので、群がる女達にも相変わらず事欠かなかった。
     そんな体たらくでは夫婦仲も当然のように上手く行かなくなり、やがて妻は子供を置いて屋敷を去って行った。
     その子供が、タロスである。
     光り輝いていた父と美しい母が自分の世界から完全に消えてしまったのだと悟った時、タロスは八歳になっていた。
     高性能ハミングバードと、次から次へと変わる若いメイド達のおかげで、家庭生活は何とか形だけは滞らずに済んだ。
     そんな生活の中、入れ代わり立ち代わり父親のベッドに潜り込む、香水のキツい女達の存在にも挫けず、幼い少年は(その頃既に160cmを越える背丈であったが)、父の体を心配し、酒や薬を止めてくれるよう必死に懇願した。
     復活してくれとまでは言わないから、ただ自分の体を大事にして欲しいと、至極真っ当な望みを訴え続けた。
     しかし、かつてキングの異名を取った男は、濁った瞳で息子を見つめ、こう言ったのだった。
    「俺はもう死んだ。死人が体を気にして、今更何になるってんだ?」
     そして息子は、父の蘇生を完全に諦めた――。



    (クソったれが)
     纏わりつく娘や仲間達の慰留を振り払い、早々にクラブから一人出たタロスは、オープンタイプのエアカーを飛ばしながら、誰にともなく悪態をついていた。
     何もかもが面白くなかった。
     喧嘩をしても女と寝ても、タロスの胸に巣喰う憂悶を晴らしてはくれなかった。
     こうしてエアカーを駆っている時だけは、ほんの少し憂さが晴れるような気がするが、車を停めた瞬間壮快感もどこかへ消え去ってしまうのが常だった。
     学校の教師などはスポーツをやれと熱心に口説いてくるが、試したどれもが子供騙しに思え、タロスの血を沸かせてくれはしなかった。
    (いずれ、ギャングになるしかねえよ。あいつは)
     自分がそう言われていることは知っていた。
     命のやり取りも少なくない稼業はスリリングで、正直魅力を感じなくもなかったが、タロスの知る裏社会の男達は皆一様に目が澱んでおり、その心を惹き付ける力を持ち合わせてはいなかった。

    (タッチ・ダウーーン! キングが逆転勝利をもぎ取ったぁぁぁ!)
     ヒーローインタビューで、太陽のように晴れ晴れとした笑顔で意気揚々と答えていた父のまなざしが蘇る。
     あれほど輝いていた瞳を、未だタロスは見た事が無い。
     勿論、自分自身の顔にも――。




     出し抜けに幾つもの銃声が響いたのは、そんな回想に耽っていた時である。
    (抗争か!?)
     持ち前の好奇心が、車の速度を落とさせた。
     何が起こっていると、辺りの様子を窺った時、いきなり何かが後部座席に落下してきた。
     ダシャンと、その衝撃にエアカーの腹が地面にぶつかる。目の端に火の粉が散った。
    「何だァッ!?」
     思わず大声を上げたタロスの背に、太くきっぱりとした声が掛かった。
    「スピードを上げてくれ」
    「…! 勝手に乗ってんじゃねーよ! 降りろ!」
     タロスは力一杯怒鳴った。大抵の人間はこれで大人しくなる筈だった。
     ぱかん。
     タロスの後頭部に衝撃が走った。はたかれたのだ。
    「てめえッ!? 何しやがる!」
     タロスは吠えた。
     突然人の車に降って来て、運転手の頭を殴るなど、理不尽極まりない。
     カッと、頭に血が上った。
     畜生、絶対許さねぇ。強盗だってんならそれでもいい。上等だ。運が悪いのはどっちか、その体に教えてやるぜ。
     意気込み、車を停めて後ろの男を引き摺り降ろそうとしたタロスであったが、再び聞こえた声に唖然と口を開けてしまった。
    「ぎゃーぎゃー喚くな。煩くてかなわん。ガキの癖に生意気な車を走らせてんだから、少しは大人のフリをしろ」
    (ガキだと!?)
     突然飛び込んで来た人間が自分の年齢を見破れる訳もなく、それは他人を見下す為の常套句に過ぎないと頭では理解しても、タロスの腹はぐらりと煮えた。
    「随分じゃねえか。人に迷惑かけて殴っておいて、あげくにガキ呼ばわりかよ!」
    「親の車を転がしてるうちはガキだ。違うか?」
    「……!」
     多少、そのことについては忸怩たるものがあったので、タロスは言葉に詰まってしまった。
     数千万もするエアカーなど、12歳のタロス個人で買える筈も無い。無論、父親の持ち物である。
     沸騰した頭が、少しだけ冷めるのを感じた。
     タロスにしては、非常に珍しい体験である。
     すると、怒りが完全に静まった訳ではないものの、それを凌駕するほどの強い興味が湧いてきた。
     ここまで無茶苦茶で偉そうな人間とは、どんな奴なのだろう。
     その顔が見たくて、バックミラーを覗き込んだ。
    「!!」
     そこに、獅子がいた。
     と、錯覚した。

     どこもかしこも厳しい線で象られたその男は、年の頃は三十前後、一目で『堅気ではない』と知れる独特の空気を放っていた。
     かと言って、裏社会の人間とも断じ難い。特有の、すえたような匂いがしないからだ。
     炯々と光る双眸が、ミラー越しに真っ直ぐタロスを見つめ返して来る。

    (何だよ、この眼…!)
     タロスは混乱した。
     それまで知っている誰にも似ていないこの男に、すっかり気圧されてしまっている。
    (刑事? それとも軍人か?)
     よくは知らないがその手の人間かと、タロスはあたりを付けた。しかし…。




    「その辺で降ろしてくれ」
     暫く走った後、発せられた男の指示に、タロスは複雑な思いを抱きながらも素直に従った。
     フワリと、エアカーが停まる。
     ドアも開けず、男はヒラリと車から降りた。猫科の動物のように、しなやかな身のこなしだった。
    (でけぇ)
     すっくと地面に降り立った男が、運転席に座るタロスを遥か上空から見下ろしていた。
     横幅はさほどでないが、その全身を鋼のような筋肉が覆っていることは、服の上からでも容易に判った。
     そして何か、目に見えないオーラのようなものが漂っているような…。

    (こいつは)
     戦う男だ。
     タロスは、そう直感した。

     今目の前にいる男が、決して飼い慣らすことの出来ない、荒々しい野性の獣のような男なのだと、タロスはその本能で嗅ぎ分けた。


    「助かった。荒っぽいヒッチハイカーで悪かったな」
     それだけ言い、男は去って行こうとした。
    「待てよ」
     タロスは呼び止めた。
    「俺はタロス。あんたの名は?」
     男が振り返った。
     ほんの少しだけ、その口許が和らぐ。
    「ダンだ。お前の運転、悪くなかったぜ、タロス」

     そして今度こそ、男は闇に紛れて消えた――。




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■1724 / inTopicNo.2)  Re[1]: Boy meets a lion
□投稿者/ MIO -(2008/09/25(Thu) 18:30:29)
    (誰だったんだ、あれは)
     印象的なその出会いが、それ以降タロスの頭から離れなくなってしまった。
     ダンを乗せた辺りの情報を訊き回り、あの夜の騒ぎがどうやら単純なギャングの抗争では無いらしいと突き止めた。
    「何人かの黒服が一人の男を追っかけてた。追っかけてた方、あいつら多分軍人あがりだな。ビシッと統制が取れてやがった。けどよ、逃げてる方が一枚上手だった。すばしっこく逃げ回ったかと思えば待ち伏せして、アッサリ追手を何人ものしちまった」 
     騒ぎを目撃したというホームレスに酒と飯を奢りながら、タロスはその光景を想像した。
     あの男ならやるだろうと、すんなり納得出来た。豹のように俊敏に動き、敵を叩きのめす。その様が目に見えるようだった。
     格闘技をやっているのかも知れないし、自己流の喧嘩殺法かも知れない。何をやっているかは判らないが、あの男はきっと、とてつもなく強い筈だ。それだけは確信出来る。
     でなければ、あんな眼である訳がないからだ。でなければ、獅子の眼を持てる筈がないからだ――。

    (畜生、これ以上は無理か)
     何が起きたのかというより、あの男のことが知りたかった。
    (この辺りの人間でないのは確かだ)
     もしあんな男が近隣にいたとしたら、それと知られぬ筈がない。必ず、自分の耳にも噂が入ってくる。
     年上の女達にも訊いてみたが、皆知らないという。男に関してはハイエナのように鼻が利く彼女達が知らないのだから、やはり界隈の人間ではないのだろう。
     それでもまだ何か情報が掴めないかと、珍しく昼の街を歩きながら、タロスは自分の行動に首を捻っていた。
    (何でこんなに気になるんだよ、あのオッさんが)
     自分でもサッパリ判らない。判らないが、気になって仕方がないことだけは判っている。自分が、二日も手掛かりを求めて探し回っている事が何よりの証拠だ。
     タロスに恋をした経験は無かったが、もしあったとすれば自分の今の心情が、恋に酷似していることに気がついたことだろう。
    (あの眼)
     他人に追っかけられるような人生を送っているくせに、それでもあんな瞳を持っていた謎の男。
    (何者なんだ、あいつ…)
    「よう」
    「わっ!」
     オープンカフェの横を通り掛かった時、タロスはいきなり探し求める相手に声をかけられ、仰天した。
    「な、何やってんだよ、こんな所で!」
    「何って。見ての通りだ。飯を食ってる」
     平然と答えた男のテーブルには、確かに食べかけのハンバーガーとグレイビーソース付きの皮付きポテトが乗っていた。
    「タロスだったな。どうした、学校じゃないのか」
    「…サボった」
     無愛想ではあったが、しかしタロスは正直に答えていた。ダンが完全に自分を子供扱いしているので、諦めにも似た心境になる。
    「大した不良息子だな。夜はエアカーをかっ飛ばして、昼は学校にも行かず街をうろつき回るのか」
    「るせぇな、俺のことはほっとけ。…あんた、追われてんだろ? 昼間っからこんなとこにいて、平気なのかよ」
     後半は、声を潜めた。ダンが片眉を上げる。
    「聞いたぜ、こないだのアレ。ギャングじゃねえ、プロ崩れみてえな奴等と一戦交えたんだってな。あんた、何やったんだよ」
     くくっと、ダンが苦笑した。
    「ガキのくせに一端の口利きやがる。まあ、そんだけのガタイで僕ちゃんのままっつうのも、気色悪い話だがな」
    「ガキガキ言うな」
     タロスは憮然と抗議したが、サバサバしたダンの物言いに、不思議と腹は立たなかった。
    「幾つだ。15位か」
     出し抜けにダンが尋ねた。ので、タロスは素直に白状してしまう。
    「12」
     ひゅっと、ダンが口笛を吹く。
    「ホントかよ。さすがにそこまでとは思わなかったぜ」
    「…18以下に見られたことはねえ。だから、あんたにいきなりガキ呼ばわりされて驚いた」
     何で俺はこんなに素直なんだと訝りながら、それでも何故だかタロスは、胸の内を隠さずに喋っていた。
    「そりゃ、大人の匂いがしなかったからさ。どんなに図体がデカくても、子供は子供だ。お前はまだ、背中に何も背負ってないだろう。だからガキと言ったまでだ」
     ドキリと、タロスの心臓が跳ねた。
     何も、背負ってない。 一瞬だけいつもの反発心が湧いたが、何故かあっと言う間に鎮火してしまった。
     父の事、母の事。様々な経験を経てはいるが、それは多分全て受け身で、その重さを放り出して自分は街を徘徊している。
     いわば、逃げているに等しい。
     それをズバリと指摘されたようで、タロスは目から鱗が落ちたような気がした。
    (俺はまだ、何も背負ってない)
    (それをガキと言うのなら、頷くしかねえよな…)

     勧められもせぬのに、タロスはダンの前の席に座った。子供の無遠慮というより、不思議なほどそのような細かい手続きを必要と感じなかったのだ。この男相手には。
    「俺がガキかどうかなんて、今はどうでもいいよ。それよりあんただ。さっきも言ったけど、大丈夫なのか? カタが着いたのか?」
     タロスの言葉に、ダンは率直に答えた。
    「カタは着いちゃいない。まだ、最後の大仕事が残ってる」
    「大仕事?」
    「ああ。詳しくは言えないが、その仕事を終わらせない限り、今までの苦労が全て水の泡だ。だから、まだここにいるのさ」
     ニヤリとダンは不敵に笑った。
     ビリっと、タロスの背中に電気が走る。
     その電流に熱せられたかのように、頭より先に口が勝手に動いていた。
    「なあ。その仕事って奴、俺にも手伝わせてくれねえか? 役に立つぜ」
     真摯な瞳でそう訴えるタロスに、一秒だけダンの返答に間が開いた。
    「…ガキは家に帰って、大人しくママのおっぱいでも吸ってろ。大人の事情に首を突っ込むな」
     けんもほろろな言い様に、それでもタロスは食い下がった。
    「今頃はどっかの男が吸い付いてるさ。俺の取り分なんてとっくに無えんだよ」
    「………だからと言って、ガキを大人のいざこざに巻き込む訳には」
     ギラリ。ふいに、ダンの眼が光った。
     いきなり様子の変わったダンの視線の先をタロスが窺うと、そこに怪しげな男達の姿があった。目立たない色のスーツを着て昼間の街に馴染んだつもりだろうが、よほどの間抜けでない限り、堅気ではないとハッキリ判る雰囲気を醸し出していた。妙に背筋の伸びた姿勢が、ホームレスの証言は的を射ていると感じさせた。
     そんな男達が数人、ダンを建物の陰から見据えていた。
    「…お喋りはお終いだ。達者でな」
     それだけ言うと、ダンは徐に立上がり、タロスに背を向けて去って行った。

     タロスは、ダンのあとを追わなかった。
     ダンとは反対方向にゆっくりと歩き出す。
     ダンを追う男達の死角に入った途端、タロスは走り出した。
     駐車していた自分の車に飛び乗り、猛スピードで発進する。
     知り尽くした街並みを滑走し、ダンが逃げ込みそうだとあたりをつけた裏道に先回りした。
    (ビンゴ!)
     こちらに向かって走って来るダンを見つけた。
     しかし、その道幅が狭い。両脇に様々なガラクタや荷物が詰まれており、タロスの車幅間隔が突っ込むのは無理だと判断した。
     ダンを待つか。けれど、追手が近い。
     ならば。
     ハンドルを勢いよく切り、片輪走行の要領で車体を斜めにした。
     殆ど壁を這うような角度で走らせる。
     少しだけスピードを落とし、吠えた。
    「乗れッ!」
     一瞬たりとも、ダンは躊躇しなかった。
     アクロバットのように鮮やかに、片手をドアに引っ掛けて車に飛び乗る。
     追手の男達は驚愕した。
     エアカーが急上昇し、あんぐりと口を開けた男達の頭上を悠々と飛び越して行く。突き当たりの、三階建ての雑居ビルまで飛び越した。
    「いーーやっほうぅーーー!!!」
     タロスは雄叫びを上げた。
     こんな壮快感は感じたことが無かった。
     血が熱い。自分は今、生きている。
     男達に発砲されても、恐怖心など全く湧かない。そんなことは、瑣末な事だ。

     蒼弓に向かって、このままどこまでも飛んで行けそうだ。
     気が遠くなるような喜びに、タロスは全身を震わせていた――。


     ダンの要望で、宇宙港近くに車を停めた。
    「二度もガキに助けられるなんて、俺も落ちぶれたもんだぜ」
     頭をかきながらぶつぶつそう零すダンを、タロスは笑った。年相応にも見える、素直な笑い方だった。

     世話になった礼だと、ダンはタロスに事情を話して聞かせた。
     自分は宇宙生活者なのだと。
     これまで、相棒と共に宇宙で様々な仕事をこなし生きてきたが、残念ながら先立っての仕事でその相棒が死んでしまったという。
     地球にいる相棒の遺族に、香典代わりとして自分達の宇宙船を売り払った代金を渡した。
     暫くは地上で色々な仕事をこなし、再び宇宙へ出るチャンスを窺っていたのだが、ひょんなことである闇仕事にありつき、その報酬として一機の宇宙船を貰う約束を交わした。
     依頼されたその仕事は無事完遂したのだが、依頼人が掌を返したのだという。
    「ある有力な政治家が依頼人なんだ。事が無事済んで、子飼いでない俺の口を封じて全てを闇に葬るつもりだったんだろう」
     だから命を狙われた。それが一連の騒ぎの真相だと、説明された。
     証拠は無い。追われていた事実と、ダンの言葉だけである。
     しかし。
     タロスは信じた。
     この男の言葉は信じられると、直感する自分を信じた。

     これから、宇宙港に停泊している自分の物になる筈だった船を強奪し、宇宙へ飛び立つのだというダンに向かって、タロスは尋ねた。
    「あんた、宇宙で何がしたいんだ?」
     確かめたかった。
     最後のピースが欲しかったのだ。
     ダンは、親指をくっと空に向けて突き上げた。
    「星を、造るのさ」

     最後のピースがぴたりと治まり、タロスはゆっくりと歯車が動き出すのを感じた。
     運命という名の歯車が、今。
     乗るか反るか。
     選ぶのは、自分。

     じゃあなと背を向けたダンに、タロスは言った。
    「なあ、新しい相棒も乗っけてってくれよ」
     断られても、諦めるつもりなど全くなかった――。



     その日、珍しく父は独りでリビングにいた。
     相変わらず酒だか薬だかで酩酊はしているものの、ドアを静かに開けたタロスに何がしかの異変を嗅ぎ取ったのかもしれない。
     うっそりと大儀そうに巨体を起こし、昔の自分を彷彿とさせる、若さと力が漲る息子を真っ直ぐに見つめた。
     往年の張りなど微塵も見当たらぬ、だらしなく弛緩した体に辛うじて命をつなぎ止めている父親に向かって、12歳の少年は告げた。
     今生の別れの言葉を。
    「親父。俺はこの家を出る。宇宙に行くことに決めた。信じられる大人に出会ったんだ。この人に認めて貰える男になりてえって、強く思ってる。だから俺は行くよ。墓守りで一生を終わらす事は出来ない。したくない。…だから、俺はあんたを捨てる」
     ゆらりと、タロスの視界が歪んだ。
     しかし、タロスはギリリと歯を食いしばり、必死に堪えた。涙を源に押し返す。
    「あんたの事は忘れる。だから、あんたも俺を忘れてくれ。出来の悪い息子は幻だったと、諦めてくれ」
     それだけ言うと、タロスは踵を返した。
     その背に、言葉が投げ掛けられる。
    「…どんな男だ。お前の信じた奴は」
     振り返らず、タロスは答えた。
    「信じた道を突き進む、自分自身の王様だよ」
     そうして、親子は二度と相見えることは無かった。

     ポーチに停めた車の横に立つダンに向かって歩きながら、タロスは自分が初めて背中に重たい荷物を背負った事を痛切に感じていた。
     親を捨てたという、取り返しのつかない大荷物を背負ったことを。
     その重さを噛み締めながら、確かな足取りで進むタロスの瞳は燃えていた。

     まるで、獅子のように、爛々と――。


引用投稿 削除キー/
■1725 / inTopicNo.3)  Re[2]: Boy meets a lion
□投稿者/ MIO -(2008/09/25(Thu) 18:47:07)



    ほんの触りだけですが、憬れの『バディもの』をタロスの嘘歴史に託して書いてみました。

    「ねえねえ、いくらなんでもタロスが大人過ぎやしない? 12なんでしょ? それに、ダンの関わってた事件て何? その詳細を素っ飛ばすのってアリな訳?」
    そう突っ込む理性に耳を塞ぎ、夢中で書き上げました。
    出来はさておき(おくのか)満足です。むふー(鼻息)。


    ☆おまけ☆
    M「追手が掛かっているにも拘わらず真っ昼間にオープンカフェで食事をするという、不審な行動を取っているダンさんにその訳を伺いたいと思います。何故なんですか?」
    D「何故ってそりゃあ、あそこの飯が美味そうだったからに決まってる。外にいたのは、見つかった場合逃げ出し易いからだ。店ん中にいて囲まれたらアウトだからな」

    …だ、そうです☆


    ちなみに、タロスはダンを三十前後と踏んでますが、本当はこの頃のダンは二十歳ちょい過ぎ(原作でのタロスとの年齢差により計算)。
    現行Jさんと、さして変わらない年なんですよう(えぇーーー)


fin.
引用投稿 削除キー/



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