| 「ジョウ、これあげる」 ミネルバのリビングで唐突にアルフィンが差し出した。 飾り気のないオフホワイトの包みだ。 申し訳程度にしか思えない小さな赤いリボンがついている。 「・・・なんだ?」 ソファに深々と腰を埋めてしまっているジョウは面倒くさそうにアルフィンを見た。 よく状況が飲み込めない。 ジョウは仕事の完了をアラミスに報告しラフな格好に着替えてきたところだった。 そしてソファでゆっくりまどろんでいたところに、アルフィンが飛び込んできたのだ。 夢心地を破られて、ジョウの前には小さな包みが押し付けられている。 「何って・・・」 何と言われると思わなかった当人は二の句が告げられないのかしどろもどろになった。 いきなり目の前に現れて、落ち着かない表情をちらりと覗かせるアルフィンにジョウも少し戸惑いを隠せない顔をしている。 「何って・・・、見てわかんないの?」 数秒経過。 ジョウはアルフィンと包みを見比べる。 「・・・・分からない」 ジョウは呆けた顔をした。 アルフィンの片方の眉がピクと動いた。あきらかに。 ジョウは身震いした。 危険信号を受け取り、慌てて身体を起こした。 ジョウはごほんとわざとらしく咳払いする。 「ご、ごめん。アルフィンさん、それはなんでしょう?」 ジョウは畏まり、仁王立ちで自分に包みを突きつけているアルフィンを見上げた。 アルフィンとジョウの視線がかちあった。 お互いに相手をまじまじと見ているうちにアルフィンの頬は急激に赤みを増した。 「あ、あげるって言ってるんだから、プレゼントに決まってんでしょ!馬鹿!鈍感!」 アルフィンは早口で捲くし立て、ぐりぐりとジョウの顔に包みを押し当てた。 「あう!」その勢いでジョウはしたたかに壁に頭を打ち付けた。 めりめりっと音がする。小さくうめき声が響く。 「いい?ジョウひとりで食べてね。絶対よ」 更に強い力が加わったようだ。めりめりぃ。 凄腕クラッシャーの顔が激しく歪んだ。 「い、痛い〜〜」 「いいわね?ひとりで食べるのよ」 「ひゃい」 「良し!」 アルフィンは手の力を緩めてジョウに包みを渡すと、くるっと背をむけてリビングを出て行った。 振り向き様に念押しをして。 「リッキーをタロスに見せてもいいけど、ずえ〜〜ったいジョウだけが食べるのよ!残したら承知しない!」
「・・・・・なんなんだあ???」 そうして訳のわからないジョウの手のひらにオフホワイトの包みが取り残された。
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その頃自室に戻ったアルフィンははげしい自己嫌悪に陥っていた。 当たり前だ。 彼女はジョウに手作りのチョコをプレゼントしようとしただけなのだ。 それなのに彼をへこませ、なおかつ脅迫してきたのだ。 どこをどうしたら、愛の告白が恐怖の恐喝になるのだ。 ベットに突っ伏して、アルフィンは自分を呪った。 そして思い返す。 ───愛の告白。 ほんの数日前、アルフィンが地球(テラ)発のニュースパックを見ていた時のことだ。 ただなにげにぼーっと見ていた。 いくつめのニュースだっただろう。 もう100年以上まえテラの小さな国で一年で一日だけ女性から男性に愛を告白するという日があった、というニュース。 女性がチョコやプレゼントに思いを託し、男性に渡すのだという。 今現在はすっかり廃れてしまったイベントを復活させようとテラのトキオ・シティが計画している。 ───バレンタイン・デー それがそのイベントの名前。 すくなからず、アルフィンはこのニュースに心惹かれた。 女性から男性へ。 アルフィンはジョウに告白などしたことはない。行動はいつも大胆だけど。 それにその逆はもっとない。 ジョウが自分のことをどう思っているか考えてみると非常に微妙。 愛だの、恋だの自分に感じたことがあるのだろうか? なんだかアルフィンの不安は募るばかりとなった。 だから自分から。 バレンタイン・デーに乗っかってみよう。 アルフィンはそう思ったのだった。 告白なんておおげさなものでなくていい。 自分はジョウが好きだ、ということを示したかったのかもしれない。 それに出来るならさりげなく好きだと伝えてみるのもいいかも知れない。 そう心に秘めて誰にも内緒でアルフィンはキッチンに篭り、チョコ作りに専念した。 標準暦、二月十四日、バレンタイン・デー。 今日だ。 そんなことを思い返していると涙が込み上げてきた。 「ごめんね、ジョウ」 今から謝りに行けばいい。簡単なことだ。 でもアルフィンが舞い上がってしまった理由はチョコにある。 チョコに自分が託した思い。小さなおまじない。 それを思うとアルフィンはどうしようもなく恥ずかしくなり、一歩も動けそうになかった。
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ミネルバのリビングは薄暗い。誰も照明を調整しようとしない。 リビングの薄暗さは一同の心の重さか。 テーブルを囲んでジョウ、リッキー、タロスの3人が座っている。 3人の視線はテーブルの上の小さなチョコに注がれていた。 「で、ジョウ。どうするんです?」 タロスが長い沈黙を破り、ジョウに問いかけた。 「どうするって・・・・」 ジョウはタロスを見た。そしてもう一度チョコを見る。 もう数十分見続けているチョコだ。 チョコは幾粒かの小さなキューブ。 どう見てもなんの変哲もないチョコだ。 たぶん、アルフィンの手作りであろうと思わせる痕がいくつか残されている。 リッキーとタロスは普段ならすぐ食べていただろう、無理やり奪ってでも。 彼らは甘いものが大好きだ。 でも今日は違った。 ジョウからアルフィンの様子を聞いて、皆このチョコから不穏なものを感じるらしい。 「食べるしかないだろう?俺が」 引き攣った顔でジョウがつぶやいた。 「まさか、下剤入りとか・・・?」 リッキーが弱々しく言う。 「だってさあ、兄貴しか食っちゃいけないんだろ?これはまさしく復讐なんじゃ・・・」 「なんで俺が復讐されるんだよ!!」 ムキになったジョウは喚いた。 「だってこの間のステーションで入国管理にすんごい美人がいて、ばったり後で再会して 兄貴、すごい盛り上がってたじゃないかあ。それだよ!」 「な、盛り上がり?話しただけだ!そりゃちっと話し込んではいたけど・・・」 どん!とテーブルを叩いてみたものの最後はごにょごにょとごまかす。 「いやあ、アルフィンはそうとってなかった!うん!」 「う〜〜」 ジョウは頭を抱えた。 「復讐なら、あれじゃないっすかね。ほら、この前のショッピングを途中ですっぽかしたやつ。あれですぜ」 タロスがしたり顔で意見し、リッキーも賛同した。 「そうそう、あれもまずいよね」 「だってもう限界だったんだ、俺だって。3時間も歩いてどうにかなりそうだったんだ!」 ジョウの反論は相変わらず鈍い。 「で、近くでやってたモーター・ショーに逃げ込んで、また美人コンパニオンに逆ナンされたんだろ?そこをアルフィンに捕まったんだよね」 リッキーは意地悪な笑みを浮かべた。 ジョウはきっ!とリッキーを睨みつけたがあんまり効果はなかった。 「まあったく、もてるって大変だよね」 「ほんとになあ。それに下剤じゃなくてもっとすごいもんが入ってるのかも知れやせんねえ」 うっひひひ〜っと下品な笑いがタロスとリッキーから漏れた。 「黙って聞いてりゃ〜、お前達!」 ジョウは二人に掴みかからんばかりの勢いで立ち上がり、そしてリッキーの首根っこを引っ張って凄んだ。 「痛いよお。何もおいらに八つ当たりすることないんじゃないのかい?」 「そうですぜ、ジョウ。ここいらで腹ぁくくってですねえ・・・」 「そうそう。それに捨てたりしたらまずいんじゃない?兄貴嘘下手だから」 「うう〜」 ジョウはリッキーを乱暴に離し、どすんとソファに座った。 ううぅ、ううぅと何度も唸ってジョウは叫んだ。 「ああ、食ってやる!食ってやるぅ!」 チョコ全部を握り締め、深呼吸。何度も何度も。そして観念した。
「い、いくぞ!」 ジョウが口にチョコを放りこもうとした時、リッキーがつぶやいた。 「そのチョコ惚れ薬入ってたりして〜、アルフィン狂いになっちゃう♪」 ジョウの動きが止まり、手からチョコがぽとぽとと落ちた。 そうして。 かなりの間彼は固まっていた、らしい。
〜もちろん、バレンタイン・デーなど、彼らは知らない。
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