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■18 / inTopicNo.1)  願い〜キスまでの距離2〜
  
□投稿者/ ごんた -(2002/02/04(Mon) 10:33:35)
    「ジョウ、これあげる」
    ミネルバのリビングで唐突にアルフィンが差し出した。
    飾り気のないオフホワイトの包みだ。
    申し訳程度にしか思えない小さな赤いリボンがついている。
    「・・・なんだ?」
    ソファに深々と腰を埋めてしまっているジョウは面倒くさそうにアルフィンを見た。
    よく状況が飲み込めない。
    ジョウは仕事の完了をアラミスに報告しラフな格好に着替えてきたところだった。
    そしてソファでゆっくりまどろんでいたところに、アルフィンが飛び込んできたのだ。
    夢心地を破られて、ジョウの前には小さな包みが押し付けられている。
    「何って・・・」
    何と言われると思わなかった当人は二の句が告げられないのかしどろもどろになった。
    いきなり目の前に現れて、落ち着かない表情をちらりと覗かせるアルフィンにジョウも少し戸惑いを隠せない顔をしている。
    「何って・・・、見てわかんないの?」
    数秒経過。
    ジョウはアルフィンと包みを見比べる。
    「・・・・分からない」
    ジョウは呆けた顔をした。
    アルフィンの片方の眉がピクと動いた。あきらかに。
    ジョウは身震いした。
    危険信号を受け取り、慌てて身体を起こした。
    ジョウはごほんとわざとらしく咳払いする。
    「ご、ごめん。アルフィンさん、それはなんでしょう?」
    ジョウは畏まり、仁王立ちで自分に包みを突きつけているアルフィンを見上げた。
    アルフィンとジョウの視線がかちあった。
    お互いに相手をまじまじと見ているうちにアルフィンの頬は急激に赤みを増した。
    「あ、あげるって言ってるんだから、プレゼントに決まってんでしょ!馬鹿!鈍感!」
    アルフィンは早口で捲くし立て、ぐりぐりとジョウの顔に包みを押し当てた。
    「あう!」その勢いでジョウはしたたかに壁に頭を打ち付けた。
    めりめりっと音がする。小さくうめき声が響く。
    「いい?ジョウひとりで食べてね。絶対よ」
    更に強い力が加わったようだ。めりめりぃ。
    凄腕クラッシャーの顔が激しく歪んだ。
    「い、痛い〜〜」
    「いいわね?ひとりで食べるのよ」
    「ひゃい」
    「良し!」
    アルフィンは手の力を緩めてジョウに包みを渡すと、くるっと背をむけてリビングを出て行った。
    振り向き様に念押しをして。
    「リッキーをタロスに見せてもいいけど、ずえ〜〜ったいジョウだけが食べるのよ!残したら承知しない!」

    「・・・・・なんなんだあ???」
    そうして訳のわからないジョウの手のひらにオフホワイトの包みが取り残された。

    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

    その頃自室に戻ったアルフィンははげしい自己嫌悪に陥っていた。
    当たり前だ。
    彼女はジョウに手作りのチョコをプレゼントしようとしただけなのだ。
    それなのに彼をへこませ、なおかつ脅迫してきたのだ。
    どこをどうしたら、愛の告白が恐怖の恐喝になるのだ。
    ベットに突っ伏して、アルフィンは自分を呪った。
    そして思い返す。
    ───愛の告白。
    ほんの数日前、アルフィンが地球(テラ)発のニュースパックを見ていた時のことだ。
    ただなにげにぼーっと見ていた。
    いくつめのニュースだっただろう。
    もう100年以上まえテラの小さな国で一年で一日だけ女性から男性に愛を告白するという日があった、というニュース。
    女性がチョコやプレゼントに思いを託し、男性に渡すのだという。
    今現在はすっかり廃れてしまったイベントを復活させようとテラのトキオ・シティが計画している。
    ───バレンタイン・デー
    それがそのイベントの名前。
    すくなからず、アルフィンはこのニュースに心惹かれた。
    女性から男性へ。
    アルフィンはジョウに告白などしたことはない。行動はいつも大胆だけど。
    それにその逆はもっとない。
    ジョウが自分のことをどう思っているか考えてみると非常に微妙。
    愛だの、恋だの自分に感じたことがあるのだろうか?
    なんだかアルフィンの不安は募るばかりとなった。
    だから自分から。
    バレンタイン・デーに乗っかってみよう。
    アルフィンはそう思ったのだった。
    告白なんておおげさなものでなくていい。
    自分はジョウが好きだ、ということを示したかったのかもしれない。
    それに出来るならさりげなく好きだと伝えてみるのもいいかも知れない。
    そう心に秘めて誰にも内緒でアルフィンはキッチンに篭り、チョコ作りに専念した。
    標準暦、二月十四日、バレンタイン・デー。
    今日だ。
    そんなことを思い返していると涙が込み上げてきた。
    「ごめんね、ジョウ」
    今から謝りに行けばいい。簡単なことだ。
    でもアルフィンが舞い上がってしまった理由はチョコにある。
    チョコに自分が託した思い。小さなおまじない。
    それを思うとアルフィンはどうしようもなく恥ずかしくなり、一歩も動けそうになかった。

    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

    ミネルバのリビングは薄暗い。誰も照明を調整しようとしない。
    リビングの薄暗さは一同の心の重さか。
    テーブルを囲んでジョウ、リッキー、タロスの3人が座っている。
    3人の視線はテーブルの上の小さなチョコに注がれていた。
    「で、ジョウ。どうするんです?」
    タロスが長い沈黙を破り、ジョウに問いかけた。
    「どうするって・・・・」
    ジョウはタロスを見た。そしてもう一度チョコを見る。
    もう数十分見続けているチョコだ。
    チョコは幾粒かの小さなキューブ。
    どう見てもなんの変哲もないチョコだ。
    たぶん、アルフィンの手作りであろうと思わせる痕がいくつか残されている。
    リッキーとタロスは普段ならすぐ食べていただろう、無理やり奪ってでも。
    彼らは甘いものが大好きだ。
    でも今日は違った。
    ジョウからアルフィンの様子を聞いて、皆このチョコから不穏なものを感じるらしい。
    「食べるしかないだろう?俺が」
    引き攣った顔でジョウがつぶやいた。
    「まさか、下剤入りとか・・・?」
    リッキーが弱々しく言う。
    「だってさあ、兄貴しか食っちゃいけないんだろ?これはまさしく復讐なんじゃ・・・」
    「なんで俺が復讐されるんだよ!!」
    ムキになったジョウは喚いた。
    「だってこの間のステーションで入国管理にすんごい美人がいて、ばったり後で再会して
    兄貴、すごい盛り上がってたじゃないかあ。それだよ!」
    「な、盛り上がり?話しただけだ!そりゃちっと話し込んではいたけど・・・」
    どん!とテーブルを叩いてみたものの最後はごにょごにょとごまかす。
    「いやあ、アルフィンはそうとってなかった!うん!」
    「う〜〜」
    ジョウは頭を抱えた。
    「復讐なら、あれじゃないっすかね。ほら、この前のショッピングを途中ですっぽかしたやつ。あれですぜ」
    タロスがしたり顔で意見し、リッキーも賛同した。
    「そうそう、あれもまずいよね」
    「だってもう限界だったんだ、俺だって。3時間も歩いてどうにかなりそうだったんだ!」
    ジョウの反論は相変わらず鈍い。
    「で、近くでやってたモーター・ショーに逃げ込んで、また美人コンパニオンに逆ナンされたんだろ?そこをアルフィンに捕まったんだよね」
    リッキーは意地悪な笑みを浮かべた。
    ジョウはきっ!とリッキーを睨みつけたがあんまり効果はなかった。
    「まあったく、もてるって大変だよね」
    「ほんとになあ。それに下剤じゃなくてもっとすごいもんが入ってるのかも知れやせんねえ」
    うっひひひ〜っと下品な笑いがタロスとリッキーから漏れた。
    「黙って聞いてりゃ〜、お前達!」
    ジョウは二人に掴みかからんばかりの勢いで立ち上がり、そしてリッキーの首根っこを引っ張って凄んだ。
    「痛いよお。何もおいらに八つ当たりすることないんじゃないのかい?」
    「そうですぜ、ジョウ。ここいらで腹ぁくくってですねえ・・・」
    「そうそう。それに捨てたりしたらまずいんじゃない?兄貴嘘下手だから」
    「うう〜」
    ジョウはリッキーを乱暴に離し、どすんとソファに座った。
    ううぅ、ううぅと何度も唸ってジョウは叫んだ。
    「ああ、食ってやる!食ってやるぅ!」
    チョコ全部を握り締め、深呼吸。何度も何度も。そして観念した。

    「い、いくぞ!」
    ジョウが口にチョコを放りこもうとした時、リッキーがつぶやいた。
    「そのチョコ惚れ薬入ってたりして〜、アルフィン狂いになっちゃう♪」
    ジョウの動きが止まり、手からチョコがぽとぽとと落ちた。
    そうして。
    かなりの間彼は固まっていた、らしい。

    〜もちろん、バレンタイン・デーなど、彼らは知らない。

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■22 / inTopicNo.2)  Re[1]: 願い〜キスまでの距離2〜
□投稿者/ ごんた -(2002/02/06(Wed) 20:24:02)
        ※            ※           ※

    誰もいなくなったリビングでジョウはまたチョコを眺めていた。リッキーとタロスがいなくなってゆうに1時間は経つ。
    彼らはチョコ事件に飽きたのだろう。
    「んじゃ、がんばって」
    などと無責任な激励の言葉を残し、ひらひらと手を振ってリビングを出て行った。
    ジョウはひとり残された。
    3人で大騒ぎをした後なので妙にわびしい。
    ジョウはふうっとため息をつきチョコを指でころころと転がした。チョコが濃厚な香りを放ち、その香りはけだるい体に沁みるようだ。このチョコに妙な細工がしてあるかどうか。そんなことはよく考えてみれば分かることだ。
    あるはずない。
    だいたい女性がらみの問題ならその場で鉄拳を喰らっているのだ。
    ジョウは体よく彼等にからかわれたのだ。追いかけて文句のひとつでも言ってやりたいところだが、今あの2人には何をしても勝ち目はなさそうだ。苦笑いするしかない。
    ふとアルフィンの顔がジョウの頭の中を過ぎった。
    大事なのはこっちのほうだ。
    音沙汰がないのも気にかかる。
    包みにチョコを戻し、ジョウは軽く体を伸ばすとリビングを出た。

    ジョウはリビングからまっすぐアルフィンの部屋へ向かった。彼女の部屋はジョウのそれと同じ階層にあったが、いくつかの部屋を隔てたところに位置していた。

    扉に付随するインターフォンを鳴らす。ピーッ。いつ聞いても愛想のない音だ。
    「誰?」
    沈んだ声。アルフィンの調子がいつもと違う。
    「アルフィン、俺だ。入ってもいいか?」
    いくらか間があいた。
    「いいわよ。どうぞ」
    シュンっと扉が開いた。その途端いつも通りのかすかな甘い香りが流れてくる。
    ジョウが部屋に入るとアルフィンはベッドに浅く腰掛けて彼を待っていた。彼女が横になっていたのか、シーツがほんの少し乱れているように見える。ジョウは部屋の隅にある小さめの赤いソファに座ろうかと一瞬迷ったのだが、結局アルフィンの隣に腰を下ろした。
    なぜか横に座る彼女は元気がない。うつむき加減だ。何時間か前のアルフィンの勢いはなんだったのだろうとジョウは思った。
    ひとことふたこと何気ない会話を交わしてみる。ジョウは普段と同じ様子で振舞っているつもりだが、アルフィンはいつまで経っても本来の明るさを取り戻せないでいる。ジョウはそれが気になっていた。まさか、リビングでのやりとりを後悔してるんだろうか。これ以上場の空気が重くなると困ると思いなんとか話を本題に移そうと思ったとき、さすがにまずいと感じたアルフィンがジョウの機嫌を窺う様に口を開いた。
    「ごめんね、ジョウ。もしかしてさっきのプレ・・」
    ジョウはその言葉を慌てて遮った。
    「アルフィンにもらったチョコレートを一緒に食べようと思って持って来たんだ」
    驚いた顔のアルフィンがジョウをまっすぐに見つめる。
    「ずいぶんからかわれたんだぜ、リッキー達に。突然のプレゼントだったから。何の意味があるんだろうって。ものすごいこっぴどく」
    にっとジョウは笑った。
    「そ、そんなこと言ってたの?」
    「そう、言ってたんだ」
    笑いながらオウム返しに言う。
    ジョウの目が柔らかさを増した。その瞳にアルフィンは体が熱くなるのを感じた。ジョウになんてひどいことをしたんだろう。いまさらながらひどい自己嫌悪の嵐が渦巻く。でも今ならきちんと謝ることができるかもしれない。アルフィンの瞳に光が宿った。そして勇気を出し事の顛末を告げることにした。
    「あのね、そのチョコ意味があるの。ほんとに」
    「まじで意味があるのか?!」
    ジョウは本気で驚いた。
    「だから、あたし舞い上がっちゃって、訳わかんなくなって。さっきジョウにひどいことしたの、ごめんなさい」
    「?」
    これにはジョウが怪訝な顔をした。アルフィンの顔もくしゃくしゃになる寸前だ。
    「えっとね、古い昔の話なんだけど、今日はバレンタイン・デーっていう日なんだって。ニュースで言ってたの」
    アルフィンは大きく息を吸い込んだ。その胸は緊張で張り裂けそうになっている。言葉が心で萎んでしまいそうだ。でもちゃんと伝えないといけない。でなければこの嫌悪感をぬぐう事はできない。もう一度深く息を吸い込んで続けた。
    「バレンタインっていう・・・その日はね、女のひとから思いを込めたチョコを、その人にとって大切な人に渡すんだって。だから、あたしジョウに」
    そこまで言うとアルフィンの全身はまるでピンクの薔薇のように染まった。もうまともにジョウを見ることはできそうもない。この場から走り去ってしまいたい衝動にかられる。
    バレンタイン・デー?チョコ?
    ジョウはアルフィンの言葉を頭に刻み込むようにひとことひとこと繰り返していた、何度も何度も。

    「あ〜っははははは・・・、そっか」
    ややあって不自然な笑いがジョウから漏れた。動きもまた不自然になった。落ち着かない素振りであたふたと体を動かす。そしてギクシャクした操り人形のような手つきで包みからチョコを取り出そうとする。がさがさと無粋な音が部屋に響いた。
    ようやくチョコが姿を見せた時、ジョウが神妙は面持ちで言った。
    「全部俺が食べるからな、アルフィン。絶対」
    黒い艶のある小さなチョコをひとつ口に入れて噛みしめる。ジョウの口一杯に苦味のきいた甘さが広がっていく。
    「あ」とアルフィンが声をあげた。
    「うまい」
    アルフィンに聞き取れないほどのつぶやきだった。
    ジョウは時間をかけてひとつひとつ口に運んだ。まるで大事な物を無くさないように慈しむように。その間アルフィンは泣き出しそうな表情でそれを見つめていた。残りひとつになったところでジョウの手が止まった。
    「こっち向いて、アルフィン」
    アルフィンが不思議に思いながら顔を向けると、ジョウは最後のチョコを彼女の目の前にすっとかざした。それからゆっくりと形のいいアルフィンの唇にそっとを押し当てた。次に自分の唇に同じように押し当てる。アルフィンの瞳が大きく見開かれた。
    「これも俺が食べてもいいか?」
    照れ隠しなのかぶっきらぼうな口調でジョウが言った。アルフィンは慌てて首を縦に振った。その様子に安堵してジョウが最後のひとつを口に放り込んだ。

    「うまかった。サンキュ」
    チョコが溶けてしまうとジョウが微笑んだ。まだ照れくさそうな顔をしている。
    アルフィンはどうかすると自分の大きな瞳から流れ出そうなものを堪えて微笑み返した。
    「どういたしまして。おまじないが効いておいしかったでしょ?」

    ジョウとアルフィンは顔を見合わせてちいさく笑った。とても幸せな瞬間だった。

                                  
    チョコの中身は下剤でもすごいものでも、もちろん惚れ薬でもなかった。

    チョコに入っているのはアルフィンの小さなおまじない。
    彼女は願った。
    ジョウが自分に振り返ってくれることを、好きだと言ってくれることを。
    そしてひとつひとつのチョコにキスをした。
    それがまだ触れたことのないジョウの唇にかわる瞬間を夢見て。

      〜いつか、いつかきっとね、ジョウ

    その願いはほんの少しずつ前へ歩き出した。








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