| ぞく。 背筋に悪寒が走る。 やっぱりおかしい、とアルフィンは思った。 昨日あたりからどうも体調が良くない。 頭痛がするし体中がだるい。時々吐き気もする。 でも、今は大事な仕事中、こんな事くらいで休んでなんかいられない。 ―それでなくても、今日は朝からぼーっとしてるってジョウに怒られてるんだもん。しっかりしなきゃ! こめかみに手をあて何かを振り払うように頭を振る。 そして「す〜、はぁ」と深呼吸を一つした。 アルフィンは気を取り直してブリッジに向かった。
チームの今回の仕事は宇宙船シーターの護衛だ。 船の主は、引退して息子にその実権を譲り、隠居生活を送るために居所を移すという、老人。引退したとはいえ銀河系でも十指に入る名門財閥グーチ家の前当主である。 狙われる理由にも、相手にも事欠かない。屈強な護衛が必要だった。 目指す隠居先は、リディアの第3惑星サルデス。温暖で気候条件のよい星である。 これといった産業はないが、銀河系で1、2を争う保養地として有名だ。 グーチ老のように引退した富豪達が、余生を楽しむ隠居先として選ぶことも多い。 ジョウたちが護衛する期間は約1ヶ月の予定だった。 グーチ老は九十歳という高齢の為、あまり無理が出来ない。ワープ距離は短くなり、その間隔も置かなくてはならない。必然的に旅程はかなりゆっくりなものになった。 「ベラサンテラ獣運んだときにくらべりゃあっという間さ」 などとリッキーは言っていたが、さすがに3週間も経つと 「あと5日もあるんだよなぁ。長いな〜」 とぼやきが出てきていた。
「ケホッ」 リビングの所まで戻ってきたところで、アルフィンは咳き込んだ。 「ケホッ、ケホッ」 口の中にぬるっと生暖かいものが流れ出てきた。 ―この味は・・・。 アルフィンは口を押さえていた手を外し、恐る恐る開いて見た。 ―やっぱり・・・ アルフィンの掌には血がついていた。 ―でも、なんで?病気? すっと頭から血の気が引いていく。 ―ダメダメ。あと5日は頑張らなきゃ。病気になんてなってらんないの。皆の足を引っ張っちゃう。 アルフィンはかぶりを振った。。 契約期間はあと5日。ここまで順調にやってきた。サルデスはもう目の前。2、3度宇宙海賊に襲われたが一蹴した。グーチ老はすでにべた褒めで、また機会があれば契約すると毎日のように言ってきている。 その後には久々の休暇が待っている。 ―この仕事が終わったら、病院でゆっくり調べてもらおう。 アルフィンは自分の掌を眺めながらそんなことを考え、ぼんやりとしていた。 血を吐くということが、どいうことなのか良くわかっていなかった。 思考回路が上手く働いていない、という感じだった。 と、その時 「アルフィン!何をしている。三百秒後にワープだぞ!早くブリッジに帰って来い!」 船内インターホンからジョウの声が響いた。 ―うわっ、ヤバイ。もうそんな時間なんだ。 アルフィンは我に返った。
「ごめんなさい」 言いながらブリッジに駆け込む。 「どこ行ってたんだ。」 ジョウは振り向きもせずに言った。 少し機嫌が悪い。声にトゲがある。 ―何よぉ!ちょっとおトイレに行ってただけなのに。そんなに怒らなくてもいいじゃない。いーだ。 アルフィンは心の中で歯をむき出して文句を言いながら、空間表示立体スクリーンのシートに飛び込んだ。 急いでコンソールのキーを叩きワープの準備をする。 「アルフィン、なんだか顔色が悪いけど、具合悪いの?」 通路を挟んで隣の動力コントロールボックスに座るリッキーが訊いてきた。 「え?」 リッキーはこういうところには敏い。 「昨日も咳き込んだりしてただろ?風邪でもひいたのかい?」 「そんなことないわ。気のせいよ」 アルフィンは努めて明るく言った。 「なら、良いんだけど」 まだ、少し心配気であったが、それ以上は訊いてこなかった。
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