| 「……む……う」 船室のベッドに腰掛け、タロスは胸を押さえ脂汗を浮かべている。ここ数日不整脈が出ていた。しかしこんな痛みめいたものは、初めてである。 全身の8割をサイボーグ化したとはいえ、主要な内臓は自前のままだ。齢52才、あちこちにガタが来たとしてもおかしくはない。なにせ過酷なクラッシャー生活。同期の仲間の多くは50代を境に引退し、アラミスで農耕民族として第二の人生を送っている。 そういう年齢だった。 「……ふう」 ようやく痛みが引いていく。タロスは額の汗を拳で拭った。 「……ったく冗談じゃねえ」 そう己の身体に叱咤した。 タロスはクラッシャーとして、まだまだ最前線に身を投じていたい。そしてジョウの補佐役という大任もある。かつてのチームリーダー、そして現クラッシャー評議会議長、ダンの一粒種を預かっているだけに。 すでに特Aクラスの評価を受けたジョウではある。しかしまだ若い。その若さが功を奏することもあれば、仇となることも。ダンという凄腕クラッシャーが現場から退いて9年、ジョウがその後釜を埋められるまで、タロスには責任があるのだ。 だがタロス自身、内心それはそう遠い日ではない気はしていた。 すると船室にインターコムのチャイムが響いた。すぐに出る。アルフィンだった。 「タロス、そろそろルベンスに降りるわ」 「……お、グッドタイミングだ」 わし座宙域、恒星タンザスの第六惑星、双生惑星ルベンス。ラ・ルベンス、レ・ルベンスと、二つの惑星で均衡が保たれている。ラ・ルベンスは、次のクライアントがいる惑星だ。 惑星外縁に入った頃、タロスは胸の痛みを察し衛星軌道上まで、休憩に船室へと戻った。ジョウ達には明かしていない。野暮用と偽って、一人で痛みを癒していた。 ベッドから立ち上がると、タロスは軽く上体のストレッチをする。胸の痛みは完全に消えた。この任務が終わったら、一度メディカルチェックを受けることも心に決める。 「ねえ、何かあったの?」 アルフィンが訊く。 タロスが移動中に中座することは珍しいからだ。 「いえね、バードに急ぎで送るメッセージがあったんで。うっかりしてたんでさあ。さんざ催促をくらってたんで、仕事前に片しとかねえと」 「ああ、そういうこと」 「じゃ、行きますかい」 「待ってるわ」 通信が切れた。 そしてタロスはいつも通り、悠然とした歩調でブリッジへと向かう。
大気圏を突入し、<ミネルバ>は降下しながら着陸地点を目指す。ラ・ルベンス最大の陸地にある、キャラウェイ・シティだ。普段は宇宙港へ降り立つものだが、今回はクライアント私有のエアポートへ直行。入国審査もそれでパスしている。 なにせクライアントが銀河系十指に入る、パブフロード家。スコーラン家と同格の名門である。その当主直々からの依頼だった。 しかも飛び込みでの依頼。クラッシャー評議会本部からの特令だった。 「着いたらすぐ打ち合わせだ」 ジョウが主操縦席から、副操縦席に移る際、タロスに伝える。 「ちゃんとデータが集まったんでしょうかねえ」 主操縦席に戻るや否や、タロスは皮肉ってみせた。 「パブフロード家の緊急事態だからな。ぬかりはないだろう」 「じゃねえと、こっちも動きに無駄が出る」 大まかな依頼内容は本部から届いていた。人命救助。しかも20時間以内という制限つきだ。 パブフロード家で一大事が発生。当主の孫に当たる12才の少年が重病を患った。体力面そして病原菌を消滅できる期間から算出し、もうすでに猶予は少ない。 少年が患っている病名は、キューリック血死病と言った。血液が生成されなくなる病気。現在は、人工血液によって少年は生きながらえている。 少年は当主の孫に当たるが、当主の子、つまり少年の父親は事故で他界している。よって少年には次期当主の座が準備されていた。二代続けて跡継ぎが危うくなる。安泰と言われ続けてきた名門パブフロード家は、ここ数年、危機に見舞われていることになる。 発症したのはラ・ルベンス時間で4日前。突発性の病だった。過去の研究から治療薬はあるのだが、少年の場合、キューリック病原菌は進化を遂げていた。新たに治療薬をつくる必要がある。治療薬製造までの3時間を除き、許された猶予は20時間。その間に治療薬の素を入手しなければならない。 病原菌を調査した結果、現時点で最も有効とされる素材がプロリスという物質。これはベラという昆虫が、樹液や花粉などの餌を元に、唾液で練り上げたもの。プロリスはベラの幼虫の栄養源でもあった。しかも雄雌どちらもプロリスを生成でき、雄はプラス性質、雌はマイナス性質を持つ。 このブレンド具合によって、少年に最適な治療薬が生成される。だがプロリスは隔離されると、鮮度が3時間と持たない。薬の完成度を考えると、採取し迅速な運搬が最も大きな鍵となる。 そして。 ベラという昆虫はジョウ達は初めて耳にする。ギャラクティカ・ネットワークで検索をかけても、得意なアルフィンでさえなかなかヒットできずにいた。よほどの稀少昆虫であることだけは、判明したが。 「ベラってさ、蜂みたいなもんをイメージするな、俺ら」 動力コントロールのボックスシートで、リッキーが問いかける。 「あたしは蟻の方がいいわ。だって、飛んでくるって考えただけで怖いもん」 「クラッシャーが蟻退治かい? だっせえなあそれって」 「なら蜂も同じでしょ」 リッキーもアルフィンも、勝手な想像を膨らませている。昆虫というのがネックにあるらしい。予め覚悟を決める意味でも、二人にとっては必要な会話ではあった。 「……それで。情報はヒットしたのか、アルフィン」 ジョウの抑揚のない口調。これは暗に、つまらん無駄話は止めろ、ということだ。リッキーとアルフィンは顔を見合わせ、肩をそびやかす。 そしてアルフィンはまた検索をかけた。つい指が滑りミスタイプをしたのだが、気づかなかった。だがそれが運を引き寄せる。 「……あ!」 「引いたか」 ジョウは耳だけアルフィンに傾けた。 「ひっかからなかった訳だわ。……正式名はレ・ベラ。この昆虫、レ・ルベンスだけに生息するみたい」 「他の情報は」 「いま送るわ」 アルフィンはメインスクリーンを分割した画面に、ベラの情報を映し出した。 「なんだあ?」 その映像に、リッキーから頓狂な声が上がった。蛾を思わせる形を成し、羽には蛇の目玉のような模様がある。雄雌の2体が表示された。色は保護色に統一され、見て気持ちのいいものではない。 スクリーンに文字が走り、タロスがそれを読み上げる。 「全長50センチ、羽を広げると左右100センチ。その鱗粉を吸い込むと、3、4日高熱は出るものの、後遺症はなし……か。どのみち、モスラよりは小物ですぜ」 そしてジョウも言を継ぐ。 「一般公開データが随分と少ないな。……しかもぱっと見、雌雄の判別がつけにくい」 「昆虫採集みたいだなあ、今回の仕事。俺らピリっと来ないや」 リッキーが口を挟んだ。 「よく言うわ。さっきまでちょっと怖がってたくせに」 アルフィンは追い打ちをかけると、空間表示立体スクリーンに視線を移す。そしてパブフロード家の私有エアポートまで、あと僅かであることを報告した。
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