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漆黒の宇宙を思わせる程の夜の暗闇。まるで宇宙空間に放り出された様な気分になる。リゾート地スターコーラル内のホテルを出たときは確かにそう思った。 星が遠くで瞬いているのみで、エアカーのライトが付くまでは真っ暗闇に近かった。自然を重んじるこのリゾートはホテル内の光も外に漏れない様工夫されている。この星には月が無い。だからより暗く感じるのかもしれない。 ジョウは急に約束を申し着けてきたクライアントに会うため一人リゾートからメインシティのデアトロスへ向かっていた。デアトロスまではハイウェイで100分。結構な時間だ。本当なら空から行った方が効率的なのだがジョウには時間があり余っていた。 それ故に態々陸上での移動を選んだのだ。 走り始めて30分程すると、デアトロスの明かりと思われる都市の光が遠くに浮かび上がってくる。こんな時間に好んでリゾート方面から走る車両などジョウのエアカーただ一台。孤独感を煽る。その為かあの明かりがなんだかとてもありがたく感じ、つい知らずにスピードが上がる。 徐々に摩天楼の光に包まれて行くころになると、ハイウェイの道が極端にカーブが多くなって来た。ご丁寧にエアカーのコンピューターがオートパイロットに切り替える様に警告を与える。シティ内に入ればより道が複雑に入り乱れる。事故を起こさせない様に配慮がしてあるのだ。まあ、当たり前といえばそれまでだが。 しかしジョウは眠気を覚ますには丁度よさそうだとほく叟笑み、更にアクセルを踏み込んだ。警告音がけたたましく鳴り響く。流石に五月蝿い。微かに舌打ちしてスピーカースイッチを切った。
ふいにエアカーの左サイドに銀色のエアバイクが張り付いた。 新型らしい。流線型の艶やかなボディ。 決して遅くは無いスピードの中でライダーが腕を伸ばしコンコンとエアカーの窓を叩いた。 ジョウは驚いてライダーを見入やる。女だ。スーツのラインから分かる。女がメットカバーを微かに上げて笑みを零していた。 やけに紅い唇。なんとも艶かしい。ゾクリとする。 手で何やら合図をしている。レースをしようと誘っている様だ。 ジョウも笑った。 こんな所でこんな誘いを受けるなんて。いいさ。シティ内一周だけ。まだ時間はある。 そう思った。珍しく相手の誘いに乗った。
その頃リゾートではリッキーが悲鳴を挙げていた。 日焼けのし過ぎで、背中一面水ぶくれを作っている。 「おまえの馬鹿は本物だな」 介抱役になったタロスが呆れた声を漏らした。 「なんでぇ!タロスが変なクリーム塗った繰るからこんな事になっちゃったんじゃないか!」 半場泣き声でリッキーは訴えた。 「お前が早く真っ黒になりてえって言うからしてやったのに」 ニヤニヤ笑いながら、薬を塗りたくる。 「ひでえ。俺ら死ぬとこだったんだぜ。医者が言ってたじゃないかぁ」 このリゾートの日差しは本当に強かった。日焼け用クリームなど必要なかったのだ。 知っていてタロスはリッキーに強力日焼けクリームを塗った。ヒリヒリさせる位のつもりだったが度が過ぎた。結局医者の面倒になるはめになってしまったのだ。 「おてんとう様の下で爆睡するからだろう。」タロスは呆れている。 確かに自分も悪いかもしれないが生身の人間がパラソルの下にも入らず直射日光下で寝る奴の方が悪いと思っている。 「気がついたら日陰が無くなってたんだい!」 「だから馬鹿だっていうんだ」 「馬鹿馬鹿っていうなよ!」 「うるせえ。このとんちきが。ジョウに言われなけりゃお前なんぞここに転がしたまま死なせとくところだぜ」わざと残念そうにタロスが言う。 「ひでえよ。タロス……。マジに……」リッキーは本気で泣いていた。 タロスは鼻でフンと笑い、ふと真面目な顔になった。窓に目をやり夜の帳が降りた空を眺めている。 「でもよ。アルフィンは毎日何処に行ってるんだかな」 ティッシュで鼻をかみながらリッキーが大きく頷く。 「そうだよ。アルフィンさえ居れば、俺らこんな事にならなかったかも知れないのに…」 「ド阿保う。どうしたら自分にいい方にそう物事が考えられるんだ?」 リッキーの頭を軽くガツンと一発殴り付けてタロスは言い捨てた。 「だってアルフィンだったら『パラソルから出てるわよ』とか言ってくれたかもしんないじゃないかぁ」 「甘えんな。タコスケ……」 タロスはアルフィンの行動を心配しているのだ。このリゾートについて3日。アルフィンはまだ一度も自分達とビーチに出た事もない。朝早くから一人でどこかに出掛けて夜遅く戻って来る。 ジョウと喧嘩をした風でも無い。だからといってジョウが何か言う訳でも無い。 休暇中チームがつるんでいなければならない訳はないのだ。個々好きな様に休暇を満喫すればいい。詮索は必要ない。 だがジョウとて気にならないという訳はないはずだ。その証拠にジョウの機嫌は日を追う事に悪くなっている。そんな事はリッキーでも気づいている。 「俺ら、アルフィンに聞いてみようかなぁ。兄貴の変わりにさ」 タロスを伺いながらぼそっとリッキーが言った。ジロリと視線を落とされるが、その口元は右上がりに笑っている。 「ほうっ。おめえもたまには気が利く事を言うじゃねえか」 「たまには余計だい!」 「だがな、お子様はこれからお熱を出す時間らしいぜ。さっきの医者が言ってただろう。ガキは役には立たねえんだ。いいからさっさと寝ちまえ!」 タロスはひらひらと掌を泳がすようにしてリッキーを残し部屋から出て行った。 「ちくしょう!!」ベッドの上でリッキーが怒鳴った。
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