| 「俺に?」 宇宙港の制服を着た女性が、カウンター越しに小さな包みを差し出した。ジョウは危険物資の輸送任務を終え、出国許可を取りに宇宙港へと単身で出向いていた。そこで許可書と一緒に、長方形の薄型ケースが添えられたのである。 「こちらにサインをお願いします」 受領を確認する用紙だ。ジョウはそれを流し読みすると、差出人がアラミスの本部であることに気づく。だが個人名は分からない。 飛び込みの仕事のメモリーチップでも入っているのだろうか。それにしては大きすぎる。ケースは、ジョウにとって中身の想像がつかない形状をしていた。 だが言われた通りにサインする。入出国センターは人でごった返していた。ジョウの背後にいる男から、さっさと手続きを終えろと言わんばかりに、苛立った舌打ちが聞こえたせいでもある。 ジョウは受け取ったケースに視線を落としながら、ひとまずカウンターから離れた。そして人混みから離れた場所につっ立ったまま、裏返しにしてみた。へこみがある。掌紋を読みとるセンサーだ。 つまりジョウでなければ開けられない、いわゆる親展扱いの小包である。 チタニウム繊維の手袋を外し、ジョウは親指を押し当てる。ケースの中で、かちりと音が鳴りロックが外れた。 コンパクトのようにケースは開かれた。その中には、一枚の黄ばんだ封筒が入っている。ジョウの眉が不可思議に上がった。 封筒を手にすると、結構な厚みがある。しかもデジタルな時代に封筒。 すると左腕の通信機が鳴った。ジョウの意識は一旦そちらに向く。 「ジョウ」 タロスからだ。 「今しがた着陸事故がありやしてね、宇宙港は閉鎖だそうです」 「復旧の見込みは」 「まだアナウンスがないんで分かりませんが、<ミネルバ>からでも黒煙が見える。結構でかそうな事故ですぜ」 「そうなのか」 するとジョウの頭上で、インフォメーションアナウンスが流れた。宇宙港閉鎖による、入出国センターでの対応について説明がなされる。一方的な業務中断のアナウンス。この類の事故に対し、宇宙港には適宜マニュアルがある。しかし営業再開の目処がたっていないとなると。 タロスが目測するように事故はかなりの規模なのだろう。 「……半日は潰れそうな勢いだな」 ジョウもタロスに同意する。 「次の任務には支障ねえが、<ミネルバ>で缶詰ってのもどうでしょう」 いま飛び立てないのであれば、もう1日この惑星に滞在するか。そういう提案だった。 「しかし今、出国許可を受けとっちまった」 「タッチの差でしたかい。……となると宇宙港から出られませんなあ」 「<ミネルバ>の中よりは、何かあるだろうけどな。……いいぞ、自由行動でも」 「そうですかい? ちなみにジョウは」 「俺は<ミネルバ>に戻る。アラミスから妙なもんが送りつけられた」 「アラミス?」 飛び込みかと、それを探る口調。となれば、タロスとしても自由行動といった呑気な提案はしていられない。しかしジョウはすぐに返答する。 「仕事じゃなさそうな雰囲気だが」 「例え緊急指令でも、どのみち動けませんしねえ。まあ、無茶しろってことなら、できなくはないですが……」 「飛び込みだったら連絡する」 一通り会話が終わると、タロスはリッキーと共に宇宙港のショッピングモールに出向くと行き先を告げた。 ジョウの留守中に、タロスとリッキーは賭けカードをしていた。案の定リッキーが負け、その代償としてタロスが欲しい品物を1つリクエストできるのである。 正直、タロスはリッキーの小遣いからせびるほど物に困っている訳ではない。だが負けは負けである。<ミネルバ>の調整も終わった段階ゆえに、何もすることがなかった。リッキーの懐を寂しくしてやる以外、面白そうな暇つぶしは思い当たらない。 ジョウはそれを了承すると、タロスとの通信を切った。 突然、ジョウにも持て余す時間が生まれた。しかしレンタルのエアカーでぶらつける自由はない。出国許可を取ったら、速やかに宇宙港に待機することが義務づけられている。 だが今は。 謎の封筒が手元にある。少しは時間潰しになるかもしれないと、ジョウはあえて封を切ることを止めた。 この時のジョウはまだ。 封筒の中身の事柄で、待機時間がまるまる潰れることなど、知るよしもなかった。
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