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■354 / inTopicNo.1)  Double Trouble
  
□投稿者/ まめこ -(2002/12/10(Tue) 10:44:34)
    「おい、待てってば」
    ジョウの声が室内に響いた。
    リビングでのんびりと寛いでいたタロスとリッキーが何事かと振り向くと、ジョウとアルフィンが外出先から帰ってきたところだった。アルフィンは顔を紅潮させて足早に自分に割り当てられた部屋へと向う。無言だった。表情から相当機嫌が悪い事が窺がえる。ジョウが後を追う。懸命になにかを説明しているようだった。
    「いやっ!ジョウなんて大っ嫌い!」
    振り向いてそう叫ぶとアルフィンは自室に飛び込みさっさとドアを閉めた。
    鼻先でドアを閉められたジョウは、腰に手をおき盛大なため息を一つつきうなだれた。そして、バツが悪そうにタロスとリッキーに向き直った。
    「邪魔して悪かったな」
    後手で頭を掻きながら謝罪した。
    「いや、あっしらは別に」
    「気にする事ないよ、いつものことだろ?」
    こういう状況に慣れっこの二人の返答に、ジョウは苦笑するしかなかった。

    アルフィンのご機嫌取りを後回しにして、ジョウはリビングのソファにどっかりと腰をおろした。
    久々の長期休暇の少し早めの夕食後。ウィンドショッピングに連れまわされた挙句のアルフィンの大噴火だった。いちど損ねたアルフィンの機嫌を元に戻すにはもう少し時間が必要であったし、さすがのジョウも慣れぬこと(ウィンドショッピング)の疲れが一気に噴出した。腕組をしてソファに深く沈み込み目を閉じ気力の回復をはかった。
    だが、瞑想は長く続かなかった。
    「で、今日は何が原因だんだい?」
    リッキーが訊いた。
    ジョウは鬱陶しそうに薄目を開け、瞑想の邪魔をした張本人にちろりと視線を向けた。ポテトチップスを口に放り込みながらどんぐり眼をくりくりとさせてこちらを見ている。目が合ったがジョウは再び目を閉じ、その視線を無視した。
    「ガキはだまってろ」
    見かねて横からタロスが口をはさんだ。二人の事だ詮索するなと眼で威嚇する。タロスの相貌で睨まれるのだ。大概の人間はそれだけで震え上がる。だが、リッキーはそんな視線を意に介さず口を尖らせて反抗した。
    「だって訊いておかないと俺らも巻き添え食うんだぜ」
    アルフィンの噴火に慣ているとはいえ、そのとばっちりを受けることは何度経験しても慣れない。毎度のことながら恐ろしい。原因のリサーチをしておかないと不用意な一言で自分も被害を被ることになるのだ。
    「訊く権利があるってもんだい」
    ジョウは頭を抱えた。リッキーの言っている事は屁理屈だが反論は出来ない。機嫌の悪いアルフィンは毛を逆立て暴れるハリネズミのようなものだ。触れるものすべてに危害を与える。リッキーに絡むアルフィンの姿が容易に想像できた。
    だが、原因と訊かれると答える気が失せる。
    「原因、ねえ」
    ぼそりと呟くと、ジョウは再び重い瞼を上げ、宙を眺めた。
引用投稿 削除キー/
■355 / inTopicNo.2)  Re[1]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/10(Tue) 15:58:58)
    食後のウィンドショッピング。あまり気乗りはしなかったが、アルフィンに強引に連れ出された。
    案の定、3軒目でジョウは限界をきたした。ウィンドショッピングを始めてから既に1時間近く過ぎていた。このペースであとどれくらい連れまわされるのか、想像しただけでため息が出た。
    「なぁ、アルフィン。そろそろ帰らないか?」
    何度目かの提案をする。
    「やーよぉ。せっかくジョウと二人っきりでゆっくりできるのに」
    と言いながらもアルフィンの視線は既に壁際に並べられたバックへと向けられていた。二人きりでゆっくりといった雰囲気ではまるでない。
    だめだ、これは。腹をくくって諦めるしかなさそうだった。アルフィンは嬉々として新作のバックを手に取り、鏡の前であれこれポーズをとっている。ジョウはため息をつき、アクセサリーの飾られているショーケースに寄りかかった。

    「可愛らしいお連れ様ですね」
    背後から声をかけられた。ジョウが振り向くとそこには店員がにっこりと微笑んでたっていた。客より目立たない様にという配慮が窺がえるシックなスーツ姿で髪はきっちりと纏め上げられている。はっとするような美人ではないが、整った顔立ちで優しい雰囲気の女性だった。急に声をかけられジョウは多少うろたえた。そして答えなくても良い言葉を返してしまう。
    「そ、そうですか」
    些か間抜けな返答だったが店員は気にも留めず、話を進めた。
    「えぇ、とても。お陰様で店内が一気に華やぎましたわ」
    さすが客商売、上手い言い方をするもんだとジョウは感心した。
    「あれだけ可愛らしいお連れさまでしたら、こちらなど如何でしょう?とてもお似合いになると思いますわ」
    おまけに、商売上手だった。早速ショーケースのジュエリーを指し示していた。
    苦笑しながらもジョウは寄りかかっていた体を離し、ショーケースを覗き込んだ。普段なら店員とのやりとりすら面倒で敬遠するのだが、この店員の雰囲気のせいだろうか、ジョウとしては珍しく話しに乗った。
    店員がジョウに薦めたのはガーネットのネックレスだった。たしかに派手さは無いが少し凝ったデザインで、女性が気好きそうなネックレスだった。
    「ネックレスか。そういや、やってるの見たことないな…」
    思わずそう呟いた。それを聞き逃す店員ではない。
    「まあ。それでは、これを機会にプレゼントなさってはいかがですか?」
    そういってショーケースからネックレスを取り出す。
    勧められるままにジョウはそれを手に取った。しばらく眺めて見るがどうもピンと来ない。元々こういったものに疎いジョウなのだが、それでもこのネックレスはアルフィンのイメージには合わないような気がした。
    「うーん。なんかイメージと違うんだよな」
    悪い、そう言ってネックレスを返した。
    「お気になさらないで下さい」
    優しく微笑んで手をだす店員にジョウはネックレスを手渡した。その時視界の端にブレスレットのようなものが映った。細い鎖にペンダントトップのようなものが付いている。なんとなく惹かれた。
    「これは?」
    「アンクレットですわ」
    「アンクレット?」
    ジョウが初めてきく言葉であった。
    「簡単に言ってしまえば、足首につけるブレスレットですね」
    そう言いながら、店員は早速ケースからアンクレットを取り出していた。
    細い金の鎖は一連ではなく数本の細い鎖が縒ってあった。先端にアクアマリンがゆらゆらとぶら下がるようについている。淡い金の光とアクアマリンの輝きがアルフィンの金髪と碧眼を連想させた。
    「こちらのアンクレットに使われているアクアマリンはサンタマリアアフリカーナといってアクアマリンのなかでも最高級のものなのです。それにこれはとても貴重なテラのモザンビーク産で…」
    「ふーん」
    石のことを説明されたが、ジョウには良くわからない。曖昧な返事を返した。だが、なんとなくジョウはこのアンクレットが気に入り、手に取り暫くの間眺めていた。

    そんなジョウに店員が声を掛けた。
    「お連れ様をお呼びしておためしになってはいかがですか?」
    「え?」
    店員の提案にジョウは面をあげた。
    「あ、いや、別にためすとか…」しどろもどろになり、返答に困っているジョウに店員が追い討ちをかけた。
    「それとも秘密でプレゼントなさりたいとか…」
    ジョウはかっと顔が赤くなるのが自分でもわかった。それを隠すように頭を振り、ぶっきらぼうに言った。
    「いやいいよ。プレゼントとか柄じゃないし」
    「まぁ、それでは今までプレゼントなさった事が無いとか」
    「…ないさ。欲しいといわれたことも無いし…」
    俺はなんでこんなことをこの人に言わなきゃいけないんだ、と思いつつもジョウは店員の話術にしっかりはまっていた。言わなくて良いことがつい口をついて出てくる。
    「お客様、それはいけませんわ」
    もごもごと言い訳をするように言ったジョウに、やんわりと店員が否定の言葉をかけた。
    「差し出がましいことを言うようですが、お連れ様はきっと寂しく思っていらっしゃいますわ」
    努めて優しい口調で店員は言った。ジョウは何を言われているのか良くわかっていないようで、きょとんとした目で店員をみていた。
    「お客様、女性というのは誰も大切な男性からのプレゼントは嬉しいものなのです。そのご様子では、今まで一度も贈り物をされたことないのではありませんか?」
    「あ、あぁ。ないさ」
    今までとは違う店員の雰囲気に少し気おされながらジョウは答えた。
    「まぁ、それは大変。それではお連れ様がお可哀想ですわ」
    「可哀想?」
    「えぇ、とっても」
    店員はきっぱりと言った。
    「お連れ様が何も仰らないのは、きっとお客様の性格を考えられてのことなのでしょうね。お優しい方なのですね」
    ずいぶんプライベートな部分に話が及んでいるのだが、アルフィンのことをこう誉められては悪い気はしない。ジョウは自分のことを言われたように照れ、こめかみをぽりぽりと掻いた。
    「お客様、クリスマス、せめてお誕生日には何か差し上げてくださいませ。私がお連れ様でしたら寂しくて余所に目が向いてしまいますわ」
    そこまで言って、店員は
    「あ、私ずいぶんと失礼なことをいろいろ言ってしまいました。申し訳ございません。お気を悪くなさらないでください」
    そう謝罪した。その謙虚さにジョウは少し驚き
    「いや、別に。気にしてないから」そう答えた。そして
    「誕生日ねェ」ジョウは顎に手をやり、少し考えた。
    「そういや、来月だったような気がするけど」
    店員にちらりと視線を向けると、今度は何も言わずにニコリと微笑むだけだった。
    「何か、考えてみるか」
    ジョウが独り言のように言うと
    「きっとお喜びになりますよ」
    自分のことのように嬉しそうに店員は答えた。
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■356 / inTopicNo.3)  Re[2]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/10(Tue) 16:32:48)
    不意にジョウの背中に殺気が走った。ジョウが恐る恐る首を廻らせると、バッグを見ているはずのアルフィンがそこに立っていた。
    「ジョォー」
    「げっ」
    ジョウはがばっとショーケースから体を離し、とっさにアンクレットを掴んだ手を後手にまわした。まずい。この状況は非常によろしくなかった。アルフィンの角度からではショーケースをはさんで店員とジョウが仲良く話しているように見える。
    「そこで何してんの?」
    声にトゲがある。ジョウの予想通りアルフィンはしっかり誤解していた。
    「あ、いや、べつに」
    アルフィンの怒気に気圧され、ジョウはしどろもどろの返事をした。
    「なによ!せっかくジョウと二人っきりでゆっくりしようと思ってたのに!あたしのことほっぽりだしておいて、そんな女と楽しそうにくっちゃべって!ジョウのバカっ!!」
    一方的に捲くし立てられた。ほっぽりだされたのは俺のほうだと言いたかったが、そんなことを言える訳は無かった。
    店員は何事かわからずに唖然としていたが、やがてアルフィンが自分とジョウの事を誤解しているということに気付いた。そして、その誤解を解くべく説明しようとしたが、言葉が見つからない。それはそうである。些かプライベートなところまで話が及んでいたとはいえジョウとは店員と客としての会話をしていたのである。何をどう説明すればこの目の前の大噴火を納めることが出来るのか、店員には皆目見当がつかなかった。

    アルフィンは何も言わない二人のがまた気にくわない。反論しないということは二人仲良くおしゃべりに興じていたとしか思えない。アルフィンの怒りのボルテージがさらに上がった。
    「ジョウなんて大っ嫌い!!」
    そう言い、手にしていたバッグをジョウめがけて勢い良く投げつけた。
    「きゃあっ」店内から別の店員の悲鳴が上がった。
    アルフィンの投げたバッグは、今年一番人気の新作で他店との取り合いが激しく、先日ようやく入荷したという代物だった。
    「うぉっと」
    ジョウは飛んできたバッグを抱きとめるように受け止めた。店内にほぅっとため息が漏れた。
    「あたし、帰る」
    アルフィンはそう言い、靴音を響かせて出口へ向かった。
    「おい、待てよ」
    ジョウはアルフィンに声をかけたが、アルフィンの足は止まらなかった。肩をいからせ腕を大きく振り大またでずんずんと歩いていった。
    しかたなく、ジョウは店員の耳元で何かささやき、アンクレットとアルフィンが投げつけたバッグを返した。そしてアルフィンを追いかけようと体を入り口に向けた時、アルフィンと目が合った。運が悪いときは重なるものである。ジョウが店員に耳打ちしたちょうどその時、アルフィンが振り向いたのだ。アルフィンの双眸から怒りが噴出していた。
    「ジョウのバカッ!!」
    アルフィンはもう一度大声でそう叫び、踵を返して走り出した。長い金髪が宙を舞う。それにあわせてキラキラと光るものがあった。アルフィンの涙が店内の照明を受けて輝いていた。
    状況が状況であれば、宝石よりも美しいと思えるアルフィンの涙だったが、そんなことを考える余裕は今のジョウにはあるわけが無かった。
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■357 / inTopicNo.4)  Re[3]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/10(Tue) 17:19:00)
    「俺ら当ててみようか?」
    原因ねェと言ったきり口を閉ざし先を続けないジョウにしびれを切らしたようにリッキーが言った。
    「どーせ兄貴が綺麗なオネーサンに声掛けられてしゃべってたとかだろ?」
    「うっ」
    鋭い。ジョウは返事に窮してしまった。だが、リッキーにしてみれば別に鋭いとかそういったレベルの問題ではなく「いつものこと」だった。
    「やっぱりそんなところか」
    ポテトチップスの袋を抱えたまま、リッキーはソファの背にもたれた。
    「だいたいさぁ、アルフィンは嫉妬深すぎなんだよ」
    そしてさらりと恐ろしいことを口にした。タロスの背中に冷や汗が一筋垂れた。リッキーは隣の部屋にアルフィンがいるということを忘れて呑気にポテトチップスをほおばっている。自分で巻き添えをくうのは嫌だと言っておきながら、なんてこと言い出すガキだと最年少のチームメイトの無防備さにあきれた。そしてちらりとアルフィンの部屋のドアの方に視線をやった。今のところ何の反応も無い。防音がなされているとはいえドアに耳をつけていればこの距離の会話くらい聞き取れる。タロスは聞いていてくれるなよ、と心の中で祈るしかなかった。
    「兄貴よく我慢してるよなぁ」
    チーム最年長者の心配を余所に、リッキーはなおも続けた。
    「俺らだったら絶対耐えらんないぜ」
    「ははは・・・」
    ジョウはもう笑うしかなかった。

    「おい、そのへんにしときな」
    再びタロスが口を挟んだ。返事に窮するジョウを見かねたのと、隣の部屋のアルフィンが気になって落ち着かなかったからだった。
    「なんでい、自分が仲間に入れないからって」
    再び、釘をさされたリッキーは不満げに言い返した。
    「おまえさんが勝手に口挟んでるだけじゃねぇか。ガキにはわからないことなんだよ」
    あきれたような口調でタロスが返す。
    その一言でリッキーの頭に血が昇った。
    「またそうやって人を子供扱いして!」
    持っていたポテトチップスの袋を投げ捨てて、ソファーの上に立ちあがった。
    「ガキにガキと言ってなにが悪い。お、やるか?」
    今にも飛びかかりそうなリッキーにタロスがファイティングポーズをとってみせた。そして意味深にやり、と笑ってみせた。
    「けど、こんなところで油売ってていいのかね」
    そう言って顎をしゃくり壁に取り付けてある、アンティーク調の時計をさした。
    「お前さん、そろそろ待ち合わせの時間じゃねぇのか?」
    リッキーは時計に目をやり、文字通り飛びあがった。タロスに対する怒りなど一気に吹き飛んだようだった。
    「いっけね、もうこんな時間だ。俺ら、出かけてくる」
    そう言って自室に駆け込んだ。ものの数秒で出てくるとたった今とってきたアウターを羽織ながらジョウに向って言った。
    「ビーチ沿いのScorpioってディスコにいるから、兄貴、アルフィンの機嫌が直ったら一緒に来てよ。会いたいって言ってたんだ」

    言うことだけ言い、バタバタと目の前を通りすぎるリッキーのタロスが掴んだ。
    「手前ぇの小遣いだけじゃ足りないだろ」
    そう言って一握りの札をリッキーに押しつけるように渡した。
    「サンキュー、タロス」
    リッキーは足を止めずにアウターのポケットにくしゃくしゃとそれを押し込んだ。
    「けど、これとさっきの話しは別だぜ!帰ってきたら覚えとけよ」
    そう言ったときには既にリッキーの体の半分はドアの外に出ていた。
    「おまえのトリ頭で覚えていられたら相手してやらぁ」
    タロスが怒鳴り返した。だが、既にリッキーの姿は見えなかった。
    「うるせぇ」
    声だけが聞えた。そして勢いよくドアが閉まる音がリビングに響いた。

    「さわがしいガキだ。まったく」
    タロスはやれやれといったふうにソファにどかりと据わりなおした。そして飲みかけのウィスキーのグラスを手に取り、続きを始めた。なにも話さない。
    ジョウも再び目を閉じ、瞑想に耽った。
    リビングにはテレビから流れるフットボールの実況の叫び声とホイッスルと観客の歓声が響いていた。
    しばらくしておもむろにタロスが腰を上げた。
    「じゃ、あっしもバーで一杯ひっかけてからカジノにでも行くとしますわ」
    ジョウの肩を軽く2回ほど叩いて席を立った。
    「タロス」
    入り口に向うタロスの大きな背中にジョウは声を掛けた。
    「すまねぇな」
    タロスはゆっくりと振り向き拳に親指を立て、にやりと笑ってそれに答えた。相変わらず言葉は無い。
    そしてドアの向こうに消えて行った。
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■364 / inTopicNo.5)  Re[4]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/12(Thu) 12:31:24)
    リッキーは部屋を出るとドアがしまるのを確かめもせずに走り出し、エレベーターに飛び乗った。ミミーとの待ち合わせの時間は五分も前だ。
    「やっばいなぁ」
    リッキーはエレベーターの中で走るわけにもいかず、落ち着かない様子でクロノメーターと通過階の表示を交互に見ていた。
    一階に着くと扉をこじ開けるようにしてロビーに出た。一気に走り抜けホテルから転がるようにして外に飛び出る。ジョウたちが逗留しているホテルはビーチの中心に位置していた。ホテルの前の大通りには他の有名ホテルやショッピングモールなどが建ち並び、人通りも多い。普通に歩くだけでも、他の通行人と肩が触れ合いそうになる。だが、リッキーはその天性の身の軽さととククルで鍛えられた身のこなしで人がごった返す歩道を、誰とも肩を触れることなく疾走した。
    だが、目指すディスコは2ブロックも先だった。どんなに全力で駆け抜けても2〜3分はかかる。
    待ち合わせ時間からきっちり10分後、ようやくリッキーはディスコの前にたどり着いた。
    ディスコの入り口には、少し怒ったような呆れたような顔をして腕組をしている少女と背の高い強面の男が並んで立っていた。
    「ご、ごめん…まった…よね…」
    息があがって上手く言葉が出てこなかった。
    「まったく、久しぶりのデートだってのに遅刻してくるなんて」
    桜色の頬をぷくっと膨らませてミミーが言った。
    「ごめんごめん」
    「ま、いいわ。行きましょ!」
    そう言ってミミーはまだ両膝に手をついて肩で息をしているリッキーの腕に自分の腕を絡ませた。そして半ば引っ張るようにして入り口に向かった。
    「それでは、リッキーさんお嬢さんを頼みましたよ」
    背後から、強面の男が声をかけた。
    「ありがと、ウォーレン。今日は遅くなるから先に休んでおいてね」
    ミミーは振り向いてそれだけ言うと、ディスコの中にずんずんと入っていった。
    ウォーレンと呼ばれた男はミミーが見えなくなるのを見届けてから、踵を返し人込みの中に消えていった。
    「あいかわらずの迫力だね。ウォーレンって。ジョウシンっていうんだっけ?」
    ようやくまともな息遣いになったリッキーが言った。
    「うん、杖身。ボディーガードとか言えばいいのにね。あたしも最初なんのことだか分からなかったもん。古いのよおじさまは。今時そんな言葉遣う人いないっておばさまは笑ってたもの」
    リッキーはウォーレンの顔を思い出していた。タロスが時々見ている古い任侠映画の中に出てくるヤクザのようだった。チンピラとは違う凄みを感じる。

    ジョウのチームの休暇に合わせてミミーは休暇先に遊びにやってくる。お互いの都合があるので毎回というわけにはいかなかったが、それでもリッキーとミミーは年に2、3回は顔を合わせることが出来た。
    「でも、おじさまって堅いのよねぇ。あたしは一人で大丈夫って言ってるんだけど大事な娘を一人で旅行になんか出せるものかって、いっつもこうやって杖身を付けるんだから。ククルにいたころの方がよっぽど危ないことしてたのにね。ローデスの現ボスの言うこととは思えないわ」
    初めてジョウチームに合流したときにミミーが言った。
    ウォーレンは初めのうちはジョウのチームと合流する以外はミミーが行くところどこにでも付いて来ていた。ようするにジョウかタロスがいなくては信用ならない、ということだった。もしくは、シュガー・ロイにそう言われていたのか。最近になってようやくリッキーに会ったところで退散するようになったのだった。
    「リッキーもようやくウォーレンに認められたってことかしら?」
    うふふ、と笑いながらミミーは言った。認められるのは喜ばしいことだが、初めからでなかったことに不満を消せないリッキーだった。
    「どーせ俺は兄貴やタロスと違って頼りないさ」
    そう内心むくれていた。

    「そんなことよりさ、ジョウとアルフィンはどうしたの?」
    リッキーの腕に絡みついたままミミーが訊いた。
    「うーん。今はちょっと。でもここに来るようにいってきたから後で会えるよ」
    そう言いながら、先ほどのアルフィンのすこぶる機嫌の悪い顔を思い出していた。
    「兄貴、大丈夫かなぁ…」
    お姫様の大爆発を想像してチームリーダーの心配をするリッキーだった。

引用投稿 削除キー/
■365 / inTopicNo.6)  Re[5]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/12(Thu) 12:32:15)
    「さぁてと、そろそろお姫様のご機嫌伺いといきますか」
    タロスが出ていった後もしばらくそのまま瞑想をきめ込んでいたジョウだったが、ようやくのったりとした動作でソファから起き上がった。
    アルフィンの部屋の前に立ち、ドアをノックする。
    二度ほどノックしたが何の返事も無い。
    「アルフィン?まだ怒ってるのか?」
    声を掛けてみたが相変わらず静かなままだった。不信に思いすぐ脇にあるコンソールを叩くとカチャリと音をたててドアが数センチ開いた。ロックはされていなかった。
    そっと中を覗いて見ると、アルフィンはベットの上にうつぶせになっていた。
    「アルフィン?」
    部屋の外から声をかけてみるが、アルフィンが動く気配は無かった。
    ジョウは足音を立てないようにベットに近づいた。数歩近づくとアルフィンの背中が規則正しく上下しているのが見て取れた。どうやら不て寝してしまったようだ。帰ってきて直ぐにベットに飛び込んだのだろう、持っていたバックと靴が足元に捨てられたように落ちていた。
    ジョウはベット脇に立ち、アルフィンの顔を覗きこんだ。ジョウがこれだけ近寄ってもアルフィンは一向に起きる気配を見せなかった。しかたなくジョウはアルフィンをそっと抱きかかえ、仰向けに寝かせブランケットを1枚掛けてやった。そしてベットの脇に腰掛けた。乱れた髪を撫で付けるようにして整えてやる。アルフィンは先ほどの剣幕が嘘のようにあどけない表情ですやすやと寝息を立てていた。
    「こうやってると、可愛いんだけどな」
    ため息混じりに小さく笑い、ジョウは身をかがめた。そしてアルフィンのおでこに優しくキスをした。

    さらに一時間、ジョウはアルフィンが起きるのを待った。だが、アルフィンは相変わらず気持ちよさそうに寝息を立てていた。
    「そろそろ、俺のほうが限界だ」
    テレビのフットボール中継はとっくに終っていた。何を見るというわけはなしにチャンネルをせわしなく切り替えたが、どのチャンネルも同じようなドラマかニュースが流れているだけで、ジョウの興味をそそるようなものは何もなかった。飲んでいたビールも空になていた。暇を持て余したジョウはアルフィンを起こすことに決めた。
    ジョウは再びアルフィンのベットの端に腰を下ろし、アルフィンの柔らかい金髪を一房握った。そしてそれをアルフィンの鼻先に近づけ、触るか触らないかの距離でちょろちょろと小さく動かした。
    「うぅん」
    アルフィンが小さな呻き声をあげた。眉間にわずかに皺がよる。ジョウはお構いなしに手を動かした。アルフィンは目を閉じたまま顔中に不快を現し、髪を払いのけようとしたが手は宙を泳ぐだけでジョウの手を止めることは出来なかった。アルフィンは髪の毛の攻撃を避けるためにしかたなく体をよじってうつぶせになった。そしてようやく瞼を少しだけ上げた。
    「お姫様、お目覚めの時間です」
    おちゃらけた口調でジョウが声をかけた。
    アルフィンは恨めしそうにジョウを仰ぎ見た。
    「お姫様はこんな起こされ方しないわよ」
    そう言い、うつ伏せのままジョウとは反対のほうに顔を向けた。
    「じゃあ、こういう起こし方でよろしいですか?」
    そう言うとジョウはベットに上がり、強引にアルフィンを仰向けにした。そしておでこにかかる前髪をそっと押し上げキスをした。
    「ん、もう。強引なんだから」
    ぷい、とアルフィンは顔を横に向けた。まだ機嫌が悪いらしい。
    「強引?」
    そう言ってジョウはにやり、と口の端を吊り上げて笑った。
    「強引っていうのはこういうのを言うんだぜ」
    ジョウは体をずらし、アルフィンの上に覆い被さった。アルフィンの両手を自分のそれで押さえ、組み敷くような格好になった。
    「痛いってば」
    アルフィンは身をよじって抜け出そうとしたが、ジョウに力で適うわけは無かった。
    ジョウはそんなアルフィンの反応を楽しむようにゆっくりと顔を近づけた。そして
    「痛い!」とか「離せ!」などとわめくアルフィン口を唇で塞いだ。
    口を塞がれたアルフィンは足をばたつかせ、尚ももごもごと何か叫んでいたがやがてそれも納まりおとなしくなった。アルフィンは目を閉じジョウの攻撃を受け入れた。

    「こんなことで誤魔化されないんだからね!」
    少し長いキスの後、ゆっくりと体を離したジョウに向かっていきなりアルフィンが叫んだ。
    そして自由になった手を動かし頭の上にある枕を掴みその枕でジョウの頭を叩いた。ぼすん、と鈍い音がして上等の羽枕の空気が抜けジョウの頭にめり込んだ。
    「痛っ」
    さすがのジョウも不意を討たれて、頭を抱えた。
    「ジョウのバカ!エッチ!おたんこなす!」
    アルフィンは最初の一撃に頭を押さえてひるんだジョウに連続技で枕を叩きつけた。
    「止めろってば」
    ようやく体制を立てなおし、ジョウはアルフィンの枕攻撃を掻い潜り、枕を降りまわす細い腕を掴んだ。そして再びアルフィンを組み敷いた。
    「さっきのことだったら、俺は謝らないぜ」
    「なんでよ!そんなにあの店員とのおしゃべりが楽しかったの!?」
    「なんでそうなるんだよ。だいたいあの店員としゃべるようになったのだってアルフィンが原因なんだぜ」
    「なによ、それ」
    「せっかく二人っきりだって言ってたくせに、俺のことをほっぽりだしてバッグなんか見てるからだろ?」
    「でもすごく楽しそうにしゃべってたじゃない」
    「楽しそう?俺が?アルフィンにほったらかしにされてか?楽しいわけがないだろ」
    そう言ってニッと歯を見せて笑った。
    「俺は案外寂しがりやなんだぜ?知らなかったのか?」
    「ぷっ」
    それまで目を吊り上げてわめいていたアルフィンだったが、ジョウの思わぬ一言に噴出した。
    「初めて訊いたわ。そんなこと。知らなかった」
    「そうだろう。俺も今日はじめて気づいた」
    笑いながら、ジョウは答えた。つられてアルフィンも笑う。
    一気に二人の間の空気が和んだ。

    笑いが収まると、ジョウはベットから降りアルフィンに手を差し出して言った。
    「起きてディスコに行こうぜ」
    「今から?」
    「ああ、ミミーが会いたいって言ってたらしいぜ」
    「オッケイ」
    アルフィンはそう言ってジョウの手を取った。ぐい、と強い力で引っ張られアルフィンはベットから降り床に立った。
    そして、スカートの裾の乱れを直しながら言った。
    「あと、十分ほど待ってくれる?」
    とたんにジョウの顔が渋る。
    「また待たされるのかい?」
    「あら、レディがお出かけするのにこのしわくちゃのワンピースでってわけにはいかないでしょ」
    アルフィンは小さく腕を広げてみせた。不て寝をしていたおかげでアルフィンのワンピースには大小さまざまなしわがついていた。ジョウは仕方なさそうに小さくため息をつき
    「では外でお待ちしておりますお姫様」
    そう言って肩をすくめて部屋の外に出ていった。
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■366 / inTopicNo.7)  Re[6]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/13(Fri) 06:42:41)

    「おかしいなあ。たしかにScorpioってディスコだって言ってたんだが」
    首をめぐらせながらジョウが言った。
    ジョウとアルフィンはディスコの広いメインホールに立っていた。先ほどからリッキーとミミーの姿を探すのだが二人は見当たらない。
    「ジョウ、あれ」
    不意にアルフィンがジョウのTシャツの裾を引っ張った。アルフィンはホールの奥の方を指差した。ジョウがアルフィンが指すほうへに目をやるとホールの奥に、併設されているゲームセンターのエントランスらしきものが見えた。
    「どうやら、待たせすぎたみたいだな」

    案の定、リッキーとミミーはゲームセンターにいた。
    しばらくの間二人はディスコでで踊っていたのだが、ジョウ達がディスコに着く少し前に休憩がてらにゲームセンターに移動したらしい。ジョウとアルフィンはゲームセンターを半周したところでミミーを見つけた。
    「ミミー」
    アルフィンが大きく手を振ってミミーを呼んだ。ミミーはすぐ二人に気付き手を振りながら小走りで二人の元へやってきた。
    「久しぶり、二人とも元気にしてた?」
    「ええ、ミミーは?」
    「この通り、元気、元気」
    そう言ってガッツポーズを作ってみせた。いつもと変わらないミミーの姿だったがアルフィンはなんとなく違和感を感じた。
    「ねぇ、ミミー。あなたもしかしてまた背がのびた?」
    少し声のトーンを落としミミーの顔を覗きこむようにしてアルフィンが訊いた。その言葉でミミーの表情が幾分暗いものに変わった。
    「そうなの。また差が開いちゃったみたいなの」
    アルフィンよりも少し高い位置にあった頭をかくんと垂れて、小さな声で言った。
    ミミーは女の子中ではどちらかというと背が高い方に入る。それに比べてリッキーはというと、最近ようやく伸び始めたものの、まだ160センチに僅かに満たない。二人の身長差は10センチ近いものがある。
    「背が高く見えるから、あの髪型も止めたし、ぺったんこ靴ばっかり履くようにしてるんだけど、どうやってもダメなの」
    そう言って恨めしそうに自分体を見まわした。
    「あーあ、早くリッキーもジョウ位に大きくなってくれないかしら」
    ミミーは大きなため息と一緒に切なる願いを吐き出した。
    「大丈夫さ。あいつ最近膝が痛いとかいってたから。順調に伸びてる証拠さ」
    そう言いながら、ジョウは自分と同じ目線にいるリッキーを想像しようとしたが、なぜか出来なかった。
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■367 / inTopicNo.8)  Re[7]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/13(Fri) 11:08:20)
    「あ、いたいた。急にいなくなるからどうしたかと思ったよ」
    しばらく3人でしゃべっているとミミーの後の方からリッキーの声がした。手にジュースの入った紙コップを持っていた。
    「兄貴たちもこっちに来たんだ」
    手にしたジュースの一つをミミーに渡しながら言った。
    「あぁ、遅くなって悪かったな」
    「そんなの気にしなくていいよ。俺らたちだって勝手にこっちに来ちゃったし」
    リッキーはもう片方の手に残る紙コップに一瞬近づけた口を慌てて離し、それをアルフィンに渡した。アルフィンは「悪いわね」と言ってジュースを受け取った。

    「それより兄貴、ゲームしないかい?」
    リッキーはジョウをゲームに誘った。リッキーが引っ張っていった先はシューティングゲームのコーナーだった。いろいろな種類のゲーム機が並んでいたが、リッキーは迷わず直径1.5mほどの黒い丸いカプセルの前に立った。
    「これこれ」
    そう言ってカプセルの側面にあるコントロールパネルを叩いた。プシュッっという空圧の抜ける音がして球体の一部がせり上がった。ジョウは中を覗いた。カプセルの中は単座の戦闘機のコックピットになっていた。すぐ隣に同じ形状の銀色のカプセルが並んでいた。単独でも遊ぶことが出来きるがどうやら2つの台が連動していて、対戦出来るようになっているようだった。
    「さっきちょっとやってみたけど、結構よく出来てるんだ。これ。ちなみに俺ら今日の撃墜王だぜ」
    そう言って自慢気に胸を張り、反り返ってみせた。
    「どう?やってみない?」
    リッキーが誘った。
    「俺は良いが…」
    そう言ってジョウは少し後ろを付いてきていた2人を振り返った。アルフィンとミミーは仕方ないわね、といった顔で
    「どうぞごゆっくり」と言い、二人そろってジュースに口をつけた。

    そうと決まれば2人の行動は早い。ジョウが黒、リッキーが銀のカプセルを選んび、さっさとそれぞれのゲーム機に潜り込んだ。カプセルの中は連合宇宙軍の制式単座戦闘機をモデルにしたコクピットになっていた。ジョウが一通り計器類を確かめ操縦桿に手を掛けたところでモニターにリッキーの姿が映し出され声が響いた。
    「兄貴、いつでもいいぜ」
    「こっちもOKだ」
    「それじゃ、いくぜ」
    モニターがブラックアウトした。リッキーの姿が消えると少しの間を置いて<Wait a moment>の文字が点滅する。コンソールのLEDが次々と点灯し、続いてウィーンというハム音が小さく響きシートが僅かに沈んだ。照明が落とされコックピットの中はLEDの光だけになった。まるで宇宙空間にいるようだった。モニターの表示が変わった。カウントダウンが始まる。
    <3><2><1><GAME START!!>
    モニターには切り立った崖が眼下に見える荒涼とした風景が映し出された。ジョウはてっきり宇宙空間での戦闘が始まるものと思っていたので、これには少し驚いた。
    「なんだ、大気圏内飛行なのか」
    そう言って呑気に周囲を観察した。ちらちらと窓外に視線を走らせていると出し抜けに警報が鳴った。ミサイルの飛来をけたたましい音でジョウに知らせた。

    先手をとったのはリッキーだった。実力の差は歴然としている。まともにやりあったのでは勝機はないとふんだリッキーが奇襲戦法にでた。ゲームスタートとともにミサイルをジョウの機体に向けて放った。
    リッキーよりゲームになれていないジョウは平常より反応が鈍い。予測していなかったミサイルを叩き落とすので手一杯になっていた。
    リッキーはミサイルを放つと同時に猛加速でジョウの機体に迫り、弾幕にまぎれてビーム砲で攻撃を仕掛るという戦法にでた。ミサイルの弾幕でモニターの映像はほとんど役に立たない。レーダーと勘だけが頼りだ。リッキーはミサイルの煙で出来た壁の中に機体を突っ込ませ一気にジョウの目の前に踊り出た。絶妙のポジションだった。すれ違いざまにビームでジョウの機体を撃つ。リッキーの思い通りの展開だった。
    ジョウはミサイルを叩き落しながらもリッキーの作戦を読んでいた。必ずこの弾幕の中から飛び出てくる。レーダーもリッキーの機体が迫ってきていることを示しているが広範囲に向けられたものだけに、目視出来る距離の位置の割り出しには使えなかった。ジョウもリッキーと同じく勘だけが頼りだった。だが、攻撃をする方と受ける方では前者のほうが圧倒的に有利だ。
    弾幕の中からリッキーの機体が飛び出てきた。慌てて操縦桿を捻り攻撃をかわそうとしたが間に合わなかった。ジョウの機体にレーザービームがヒットした。ガクンという強いショックがジョウを襲う。コンソールを見ると右翼に被弾したという表示がなされていた。そのあおりで機体が揺る。だが致命傷ではない。逆にその攻撃がジョウの本気に火を付けた。
    「ちっ、やるじゃねぇか」
    そう言うと、ジョウの手がコンソールの上を走り、操縦桿をグイと持ち上げる。機首があがり、ジョウの機体が弧を描いて急上昇した。
    絶妙の攻撃を紙一重でかわされて、リッキーは憤慨した。
    「ちっ、ミスった!」
    モニターを見るとジョウの機体は大きなループを描くようにして急上昇している。リッキーは一瞬の遅れをとったものの後を追うように機首を上げた。

    「ゲームじゃコレが限界か」
    ジョウは急上昇を続けながら、思ったより加速が出来ないことにいらついていた。これではジョウの計算通りに有利なポジション取りが出来ない。当たり前のことだが、これはゲームでGが軽減されている。本当の戦闘ならば猛烈な加速によるGの中で機体を操ることによって敵を振り払うことが出来る。だが、この程度の加速とGではそれは望めないとジョウは思っていた。しかし、リッキーはジョウの予想に反してその猛加速についていけなかった。初動で遅れを取り、そのままジョウの機体を見失っていたのだ。首を廻らせジョウの機体を探すが見つからない。その時不意に後方警戒レーダーが警報を鳴らした。
    「しまったぁ!」
    真後ろを取られた。ポジションが変わった。ジョウの照準レーダーにリッキーの機体は完全にロックされている。照準を外そうときりもみ飛行させたりしたがジョウの執拗な追跡を振りきることは出来なかった。一定の距離を置いてピタリとついてくる。
    「ちくしょう」
    リッキーがいらだちの声をあげた。
    その時、ジョウの声がスピーカーから響いた。
    「これでジ・エンドだ」
    だめだ、やられる。リッキーがそう思った時には既にジョウの機体から発せられたレーザービームがリッキーの機体を貫いていた。リッキーの機体は大破。一撃で勝負はついた。
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■370 / inTopicNo.9)  Re[8]: Double Trouble
□投稿者/ まめこ -(2002/12/14(Sat) 08:21:00)
    最初にカプセルから出てきたのはジョウだった。
    「ゲームにしちゃ良く出来てるぜ、コレ」
    そう言いながらアルフィンとミミーの元へ戻ってきた。だが、リッキーがなかなか出てこなかい。
    この手のゲームでリッキーがジョウに勝てるわけが無い。そうわかっていて始めたゲームだったが、こうも簡単にやられると悔しくて仕方が無い。それもミミーの前で。一撃必殺の奇襲戦法でジョウをやっつけピースサインでミミーのところに戻る自分の姿を想像していただけに、ショックが大きい。直ぐには立ち直れず、しばらくシートにぼけっと座っていた。
    コンコンと頭上から音がした。
    「おい、リッキーどうした?」
    続いてジョウの声が降ってきた。
    「あ、直ぐ出るよ」
    リッキーは慌ててコンソールのスイッチを一つ押した。少しの間を置いてカプセルの側面がせりあがる。ハッチ風になった入り口から覗きこむジョウと目が合った。
    「俺に勝つなんて十年はやいんだよ」
    意地の悪い笑みを口の端に浮かべてジョウが言った。
    「ちえっ」
    リッキーはさらに面白く無い。頬を膨らませてむくれた。重い腰が更に重くなる。
    リッキーの顔はそのおしゃべりな口と同じ位よくしゃべる。ジョウにはリッキーが直ぐに出てこなかった理由が直ぐにわかった。ジョウは笑いをかみ殺しながらリッキーの腕を掴み、ぐいと外に引っ張り出してやった。そしてミミーに聞こえるように少し大きな声を出した。
    「けど、あの攻撃にはあせった。やられたと思ったぜ。お前腕をあげたな!」
    リッキーの肩を叩きながらそう言った。
    リッキーはおもわずジョウを仰ぎ見た。普段のジョウはこんな風に自分のことを持ち上げたりしない。どうしたんだい急に、そんな視線をジョウに投げかけた。リッキーの視線を感じたジョウは薄く笑っただけで何も言わなかった。けれど、その笑いはリッキーの考えは全部お見通し、という笑いだった。リッキーにはそんなジョウの配慮が嬉しくともこそばゆくともあった。
    「やっぱ、兄貴にはかなわないや」
    いろいろな意味を含めて、リッキーは笑って言った。

    しかし、リッキーの悔しさが完全に消えたわけではなかった。何か飲みにいこうというジョウの誘いを断って、リッキーは先ほどのゲーム機に向かった。
    ジョウ、アルフィン、ミミーの3人はゲームセンター内に設けられているバーコーナーへ向かった。3人はカウンターではなく、小さな丸テーブルを選んで腰をおろし、ジョウはビールをアルフィンとミミーはカクテル風のソフトドリンクをそれぞれ注文した。

    しばらくは他愛もない話をしていた3人だったが、おもむろにミミーが話題を変えた。
    「ねぇ、アルフィン」
    「なあに?」
    「アルフィンはピザンのお姫様だったって本当?」
    「え?えぇ、本当よ」
    突然の質問にアルフィンは少し驚いた。ソフトドリンクのグラスを弄んでいた手が止まる。
    「密航してクラッシャーになったってのは?」
    「それも本当よ」
    何でそんなことを訊かれるのかよくわからなかったが、アルフィンは素直に答えた。
    けれど、ミミーは
    「ふぅーん」
    と言っただけで、今度はジョウに質問の矛先を向けた。
    「ねえ、ジョウ。ジョウのチームにはもう空きはないの?」
    ビールの缶に口をつけていたジョウの動きが止まった。先ほどからミミーの質問の意図が良くわからない。ミミーは即答できずにいるジョウにはかまわずさらに言った。
    「あたしがチームに入れてもらいたいって言ったらどうする?」
    ぶっ。ジョウは思わず飲んでいたビールを噴き出した。小さな丸テーブルの上にビールの飛沫が散った。
    「なによ、汚いわねェ」
    そう言いながらもアルフィンはすかさずハンカチを差し出した。ジョウは無言でそのハンカチを受け取り口元を拭った。そして備え付けのペーパータオルで机に飛び散ったビールを拭いているアルフィンにハンカチを返した。
    「いいなぁ。そーゆーの」
    テーブルの上に両肘を付き頬杖をつき、そんな2人の様子を眺めながらミミーがため息混じりに呟いた。
    「?」
    「スキが無いっていうのかな、夫婦みたい」
    ジョウとアルフィンは思わず顔を見合わせた。二人とも心なしか顔が赤くなっていた。
    そんな二人にはお構いなくミミーは
    「いつも一緒にいるからなのかなぁ」
    独り言のように言った。

    「ミミー?それって、もしかしてリッキーの事?」
    先ほどとは違うミミーの様子を敏感に感じ取ったアルフィンが訊いた。
    ミミーはこくり、と小さく頷いた。
    「それで、クラッシャーになりたいなんて言ったのね」
    「うん」
    ミミーは力なく答え、遠くを見つめるた。
    毎日でも一緒に遊びたい盛りの二人が、宇宙のあっちとこっちでの遠距離恋愛。寂しくないわけがない。けれど、ジョウ達にはジョウ達の、ミミーにはミミーのどうしようもない<事情>があり、そのどうしようもなさがミミーを苦しめていた。
    ミミーは<王女を捨て密航した>アルフィンを羨ましく思っていた。けれど自分にはそれが出来ないということも良く分かっていた。自分にはアルフィンのようにすべてを捨てる勇気が無い。両親無き後、育ててくれてたおじさまを裏切るようなことは出来ない。そして、それ以上にアルフィンを受け止めるジョウが羨ましくもあった。
    リッキーとジョウでは立場が違う。ミミーがアルフィンになれないようにリッキーもジョウとは違うのだ。
    頭では今こうやってたまにだけれどリッキーに会うことが出来る、それだけでも凄いことなのだということを理解できるのだが、感情がどうしてもそれについて来ない。一度会うとずっと一緒にいたい、という普段自分の心の一番奥にしまってある感情が噴出してくる。別れの日が近づくにつれて、その感情は膨れ上がってどうしようもなくミミーを苦しめる。今回は特にそれがひどい。今日、休暇は始まったばかりなのにもう別れの日々を考えてしまう。だから、ジョウに答えられない質問を投げかけてしまった。
    「あ、本気で言ったわけじゃないのよ。ただ、ちょっと訊いてみただけだから」
    そう言ってミミーは両手を振った。無理に作った笑顔が痛々しかった。

    ちょうどそのとき、リッキーが満足げな笑みを浮かべて3人のところへ帰って来た。その後のゲームの結果が相当良いものだったことが直ぐにわかった。
    「何の話しをしてるの?」
    どんぐり眼をくりくりとさせて皆の顔を見回す。3人の間で沈みかけていた空気が元に戻った。
    リッキーのあの顔をみるとミミーの顔も自然にほころぶ。今あれこれ考えても栓の無いこと、それよりも一緒にいることの出来るこの貴重な時間を楽しまなきゃ。そういうポジティブな考えへと自然に切り替わる。不思議な魅力をもった人だとミミーは少しまぶしくリッキーを見た。
    「ナイショの話」
    ミミーが笑って答えた。先ほどの張り付いたような笑顔ではなく、本当の笑顔だった。
    そんなミミーの笑顔を見て、ジョウとアルフィンもほっと胸をなでおろした。2人ともミミーの気持ちが痛いほど分かっていたが、どうしてやることも出来なかった。どんな言葉をかけても、所詮は2人の問題なのだ。今の関係を続けるには2人は若すぎる、ということも良く分かっていたし年長者の意見として何か言うことも出来たのだが、ジョウとアルフィンはあえてそれをしなかった。リッキーとミミーは必ず2人で乗り越えるだろうとそう感じていたのだった。

    バーで飲みながら他愛の無い話を続けていた四人だったが、暫くしてジョウとアルフィンが2人でディスコに戻っていった。
    「わっかんねぇよな」
    腕を組んで仲つむまじくディスコに消えて行く二人の後姿を見ながら、リッキーは思わず呟いた。
    「なにが?」
    ミミーが訊いた。
    「あの二人、さっきまで大喧嘩してたんだぜ。アルフィンがまた噴火してさ」
    先ほどのアルフィンの大噴火を思い出し肩をすくめてリッキーは言った。
    「兄貴ご機嫌取りばっかりしてて、全然カッコよくないんだよなぁ」
    「あら、そうかしら?」
    「ああそうさ」
    訊きかえすミミーに、リッキーはきっぱりと言った。
    「私にはそうは見えないけどなぁ」
    けれどミミーはそれには賛同しなかった。ジョウとアルフィンの消えていったディスコのエントランスを眺めながら言った。
    「アルフィンは、ああみえてしっかりジョウをたててるもの」
    「そうかなぁ。完全に尻に引かれてるって感じだけど」
    「そう見えるけど、実際の主導権は絶対ジョウが握ってるって感じよ!」
    ミミーはリッキーに向き直り、リッキーの鼻先を指でピンと弾いた。
    「わかってないのね」
    そう言い、リッキーに背を向けて歩き始めた。
    「ちぇっ」
    リッキーはなんとなく納得がいかない風であったが、それ以上は何も言わずにミミーの後を追いかけた。
    ミミーの横に並び、一瞬ためらった後ミミーの手をぎゅっと握った。
    ミミーがリッキーを見た。今日一番の笑顔を浮かべて。
    リッキーは少し照れたように
    「次はなにをする?」そう言った。
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