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■3819 / inTopicNo.1)  そんな夜
  
□投稿者/ とむ -(2011/03/10(Thu) 15:40:05)
    思えばーーー。
    3年もの長い間、亀のように本音を殻の奥に隠しながら待った結果がこれだった。
    あわよくばとか、機会がきたらとか、耐え難き年月をひたすら耐え、「忍耐」という一文字を意識の真ん中に無理やり鎮座させ、「良きチームメイト」を装ってきたこの年月……。

    正直、いい加減やってられるかと思った。
    この男には一生女心など分からないと脱力したこともあった。
    匙を投げたり、怒り狂ったり、いっそすっぱり諦めようかと思ったり。
    その度に「いやいや、でもきっといつかは神様が」と思い返し。


    きっといつかは、
    いつか、−−−きっと、と。

    …我ながら、なんといじらしい乙女心だろう。
    殊、自分に関することだけは即決が出来ず、堂々巡りを繰り返す男をもうずっと長いこと思い続けてきた。
    ずっと仮面をつけて。
    さも「あたしはクラッシャー航宙士の天辺を目指しています」という顔で。
    ひたすら良きチームメイトでいることが、この恋心を抱き続けられる方法だとばかりに、修道院のシスターのごとき慎ましやかな少女を演じてきた「つもり」だ。

    唯一、本心を明かせることができた機会のひとつが、誰でも知っている「あの」イベントだった、のだが。



    そう。全宇宙で認知されていると信じていた「あの」イベント。

    毎年2月にやってくる、

    全宇宙の恋人たちが参加する、

    チョコレートを交換し合ったりする、

    あの、
    イベント、だ。



    『バレンタイン』



    しかしアルフィンは、この<ミネルバ>では、そういう常識は通用しないのだということを、この3年で痛感した。
    1年目は恐ろしくも当の本人に、「バレンタイン?バレンタインって何だ?」と真顔で問われ。
    2年目は「せっかくのオフだってのに作ったのか?わざわざそんなことする必要ないぜ」と気遣わしげな口調で言われ。
    3年目は手作りのチョコレートを渡したら、多少は照れた素振りを見せつつも、「ああ、サンキュー」という一言だけで、そそくさとガレオンに乗り込んでいく彼を見送った。
    めでたくもクラッシャー生活4年目に投入した本年は、「アラミスからの依頼が来ちまったんだからしょうがないだろ」と、クールすぎる顔の彼にこの一大イベントを宇宙の彼方に遠く蹴り飛ばされた。
    流石に、この世界では隋一と称されるチームらしく、仕事「だけ」は切れ目がない。後から後から舞い込む滝のような量の仕事に、沸きあがる癇癪を抑えるので精一杯のアルフィンは肝心のチョコレートを作る時間さえ確保できず、カラコロと音を立てながら過ぎていく時間を焦れる思いで見送るしかなかった。


    ………ありえない…。


    メインスクリーン前で、ジョウの副操縦席に軽く腰を引っ掛けながらアルフィンは頭を抱える。
    去年の反応を見る限り、あの鈍すぎるジョウにも遂にこのイベントの重要性がわかってきたかと思っていた。それなのにチョコレートを作る暇すらなかった、この忙しすぎる状況ったら何だ。

    「ねえジョウー?次の休暇はいつぐらいに取るつもりなの?」
    今朝ほど、格納庫で共に銃器類の整備をしていた時、上目遣いになりながら投げた問いに、
    「さあてなぁ。でも確か仕事は半年先まで一杯だったな。皆には悪いと思うが、こうやって仕事が絶え間なく降って来るうちが華だろ」
    とバズーガ砲を分解し、こびり付いた煤を払いつつもさらりと答える彼に眩暈を覚えた。
    トドメは「あ、そう言えば。次の仕事はダーナんとこと一緒にやるからな。またルーと馬鹿話をして回線を独り占めすんなよ」との全然嬉しくない情報まで仕入れてしまい、つくづく己の馬鹿さ加減を呪うのであった。


    ………あーあ。
    あたしは一体あのトウヘンボク男のどこがいいんだろう。
    そろそろ己の感性にも自信が持てなくなってきて、長い長い溜息を吐く。
    もう時間は深夜の12時をとうに過ぎ。
    これから明日の早朝までたった一人きりで、ありがたくもない当直に突入する−−−。




    だいたい今、自分が不機嫌でここに座っているには理由がある。
    さっき自分に「馬鹿話をするな」と言ったその当人が、つい先程までこの場所で件のルーと話をしているのを目撃してしまっていたからだ。
    その様子は、以前互いにいがみ合っていたのが嘘のような楽しげな雰囲気で。子供の頃からの幼馴染と言うだけあって、二人が纏う空気は他が入り込めないほど親密で和やかだった。

    あのジョウが笑って話をしている。
    あの色気過剰女と。
    しどろもどろになることもなく。
    うろたえることもなく。
    リラックスをして、その長い脚を組んで冗談を言いながら。
    たまに自分に見せる戸惑いなど微塵も感じさせる様子もなく、話している。



    「………」
    ああ、もうなんだか。



    心のどこかで分かってはいる。
    あの二人の間には恋愛感情など存在していないということ。少なくともジョウは、ただの幼馴染としか思っていない(はず、よ)。話していた内容も、ほぼ間違いなく次の仕事のことだということも知っていた。

    でもそれでも。
    自分の知らない頃のジョウを知っていて、決して好意的ではなかったにしろ、家族ぐるみでも付き合いのあったルーがジョウと一緒にいる光景はアルフィンの胸をジリジリと焦がす。
    元ピザンの王女だった自分とはまったく違う二人の世界。
    クラッシャー同士であった幼馴染にとっては、その境遇も話題もぴったり嵌りすぎるくらい嵌るに違いなく、そこから生まれる二人の親密さがアルフィンがその場に加わろうとするのを拒む。
    今の自分が過去に戻ってジョウとルーの間に割って入るなど絶対に出来るわけがない。それはジョウとて同じことなのだが、だからといってジョウが自分と同じような感情でいるという想像は到底出来ず、益々アルフィンは深い溜息をつくしかなかった。



    こんなに焦れるのは、自分がこの先、ジョウの恋愛対象になりえるか否かの確信が全く持てないからだ。だから、あんななんでもない場面なのに、見てしまうことがキツイ。今の自分は文句を言ったり悲しんだりできる権利はこれっぽっちも持っておらず、実質的にはルーと同じ立ち位置か、下手をすればそれ以下にいる。
    だいたいにしてジョウの自分に対する態度と言ったら、寸分の迷いもなくものを言ってくるのは仕事の時だけで、あとは皆と一緒に冗談を言うくらい。
    例え二人きりになれたとしても
    「好き」
    と言えば
    「…どの酒だ?」
    などとトンチンカンな返事を返してくるジョウと、恋の駆け引きとは掛け離れた問答に陥るのだ−−−。

    「…はー……。一体、どうすりゃいいんだかなー…」
    遂にチョコレートも作れなかった今年のバレンタイン。
    また来年もこんな風に一年を過ごすのだろうか。
    その時、自分は一体何を考えているのか。

    まさか、この手のイベントをスルーすることが慢性化して、既に悟りを開いていたらどうしよう。
    うっかり思いついてしまったイヤーな考えに頭を抱えながら、アルフィンは思わずコンソールに突っ伏した。
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■3820 / inTopicNo.2)  Re[1]: そんな夜
□投稿者/ とむ -(2011/04/17(Sun) 12:34:21)
    ふと。
    つま先にコツンと当たって、その存在をアルフィンに示してくるものがあった。
    副操縦席の足元ーーーその奥の奥の、身をかがめなければすぐには見つけられないコンソールの下に、小さな袋のようなものが置いてある。
    「………?」
    眉間に皺を寄せながら手繰り寄せると、そこにカサコソという微かな音と共に姿を見せる花柄の紙袋があった。手元に引き寄せてみれば、薄ピンクのリボンで丁寧にラッピングされた箱がその中に顔を覗かせる。
    「………」
    その右手に小花の散った紙袋を持ったアルフィンは、今まで座っていた副操縦席をゆっくりと見下ろした。そして、わずかに混乱した頭を空いた左手で押さえながら、「…えぇと」と呟いた。

    えーと、?ここは誰の席だっけ?
    ………。
    いや、だからジョウだから。うちのチームリーダーで、あの優柔不断の、
    あたしがチョコを贈ったら、怯えたみたいにうろうろと眼を泳がせていたジョウの席だって。


    しかる後、再び紙袋を眺め、
    (え、でも待って)
    と頭の中を飛び交うクエスチョンマークを叩き落しながら考える。
    (なんでジョウが、こんなもん持ってるの?)
    こんなどこか上品で、ちょっと女心を擽る可愛らしいラッピングのもの。
    あのジョウ、が。
    「鈍い」、「気が利かない」、「決断できない」
    決して本人には言えないが、女に対しては絶望的に三重苦のジョウが。
    こんなコジャレたものを用意するなんて、いったいどういう天変地異。


    ………。
    まさか、バレンタインのお返し……?
    ふと思いついたものの、すぐにその線は無いと思い直した。
    (だってあたしはジョウにチョコを渡してないもん)
    それもそのはず、今年のバレンタインは、ジョウがギュウギュウに仕事を詰め込んだお蔭で、なんにも出来なかった。
    そろそろバレンタインだというのにジョウが漂流船の捜索なんて馬鹿げた仕事を請けたために、こっちは釈然としない思いを抱えながら約2週間の仕事に旅立つ羽目になったのだ。ようやく今朝がたになって<ミネルバ>に戻り、一息つけるかと思ったのも束の間、明後日からは次の仕事だとあの男は言った。
    「…どんだけ仕事命なのよ。まったく」
    忌々しい思いで呟く言葉は、吐き出す溜息と共にブリッジ内に撒き散らされる。次第に体の中で膨張し始めた癇癪が、後から後から毒を孕んだ言葉となり、勝手に口から飛び出してくるのを止められないのも致し方ない。


    「…もぉ、なんだっての……!」
    「こんなもん、一体いつ買ったわけ」
    「そんな暇があったんなら、ちょっとあたしとお茶するくらい、どうしてできないの?」
    「大体なんでこんなところに隠してあんのよ、まるでーーー」
    「…まるでーーー?!」
    は、と思わずアルフィンは息を呑む。
    そしてそのままその場に棒立ちになり、持っていた可愛らしい紙袋をばさりとフロアーに取り落とした。


    (………!)
    (………あた、し?)
    (あたしーーーから隠そう、とーーー?!?!)


    ざわりと髪が逆立つアルフィンを、チームメイトの赤毛の彼が見たなら、間違いなくかの有名なムンクの『叫び』の如く、「キャーーーーー」と甲高い雄叫びを上げながらダッシュで自室に駆け込んで行っただろう。それほど、急激な勢いで湧き上がった怒りに身を包んだアルフィンの発する怒気は凄まじかった。
    アルフィンから放たれた怒りのマイナスエネルギーは、無軌道なイナズマを描きながらブリッジ中を駆けめぐり、恐ろしいことにコンソールに置いてあった彼女のマグカップに亀裂を生じさせた。更にはブリッジから数十メートル離れたリビングでカーペットの掃除をしていたドンゴの計器にも微妙な乱れを生じさせた。


    ゆらり。
    口で荒い息をしたまま髪を逆立たせて仁王立ちになったアルフィンは、ブリキのオモチャのような動きのまま、数時間前に目撃したジョウとルーの楽しげな姿を脳内再生した。
    かちゃかちゃとコマ送りのように、先程目撃した一つ一つの場面が脳内に展開する。


    そもそも。
    ーーーそもそも、ジョウは一体誰の為にこのプレゼントを用意したのかーーー
    ガンガンと痛む頭を押さえながら、アルフィンは本件の肝が一体どこにあるのかを分析する。


    …あの楽しそうな会話。
    冗談を言いながら笑顔を交わすジョウとルー。
    あの、昔から馴染みきっている幼馴染特有の穏やかな空気。
    だが、もともと女性と話すだけでも耳の付け根まで真っ赤にするような彼が、何かの記念日だからと洒落たプレゼントを用意するとは思えない。今回もせいぜい、貰ったプレゼントへのお返しをショップの店員に見立ててもらったというのが正解だろう。

    ーーーと、言うことは。
    「…ぁんの女(アマ)ぁあ…!」
    恩を仇で返すとはこのことだ。
    いつも一緒にいるあたしを差し置いて、一体全体いつの間に。
    あの心底こちらを羨んでいるような、それでもエールを贈って寄越す女の潔さのようなものに、うっかりほだされてしまった。出合った当初は、ライバル心バリバリだったから余計に、もしかしたら友情のようなものが芽生えるかもしれない、などと勘違いした自分は大バカだ。こうも鮮やかに出し抜かれるとは。


    いや、それよりも問題はジョウだ。
    あたしには気の利いた台詞一つ言えないくせに、あの女とは冗談を言い合ったりじゃれ合ったりできるじゃないか。
    あたしには無駄話は止めろって言ったくせに、さっきの和みきった雰囲気はなんだ。
    あたしの3年分の想いはすっぱりと無視して、ずっと疎遠だったルーへのお返しの方を優先するとは、人を小馬鹿にするにも程がある!


    …怒り爆発!
    どっかーん!!!



    自分でも叫び出すかと思った。

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■3821 / inTopicNo.3)  Re[2]: そんな夜
□投稿者/ とむ -(2011/04/19(Tue) 13:29:16)
    しかし、丁度そんな時だった。
    ふざけんじゃねえとけたたましい雄叫びを上げそうになったアルフィンが、バタバタと音を立ててブリッジに駆け込んできた問題の容疑者を視界の隅で確認したのは。



    「………!」
    「………!!」
    ジョウは駆けてきたままの荒い息で、半ば呆然とした表情でアルフィンを凝視している。
    察するに自室からダッシュの勢いで駆けてきたのだろう。髪はボサボサ、膝近くまでたくし上げられていたスエットは、力尽きたようにつっかけてきたサンダルの上にずるりと落ちる。
    あまりの惨状にアルフィンは一瞬侘びしい溜息を零し、頭に押し当てていた手をゆっくりと下ろしては転がっていた紙袋を拾い上げた。そのまま右腕に袋の持ち手を通すと、恐ろしく平坦な表情のままジョウに向き直る。取りあえずアンバーの瞳を見つめ、その様子を伺ってみたが、その瞳の中になんとも言い難い複雑な色を見つけて彼女は再び憤慨した。
    マズイ、ナンデ、タスカッタ、イヤシカシ、ドウスル、ヤッパマズイ
    まぁ言ってしまえばこういった感じの色だったが、最早、当のアルフィンにもそんなことに頓着できるほどの余裕はない。うっかりすると殴りかかりそうになる自分を踏みとどまらせるだけで精一杯だった。
    一方、努めて冷静になろうとしているチームリーダーは、アルフィンとその手に翳された袋を交互の見比べていた。一見するだけでゾッとしそうな冷気を出しているアルフィンに、厄介なことになったと小さな溜息を洩らす。しかし、下手な弁解はかえって不利と踏んだのか、むしろ開き直った風でこちらを見返してきた。
    「………」
    「………」
    永遠とも思える無言の睨み合いの果てに。
    いつもの如く、ジョウが最初に口火を切った。
    「………ソレ、な」
    「…なあに?」
    「きみがその手に持ってるヤツ」
    「ああ!どうしたの、これ可愛いじゃない。ジョウの忘れ物?」
    もう、こうなりゃやけっぱちだ。
    パンパンに膨らんだ怒りに強引にセメントを流しつつ、にこやかな笑顔を正面に貼り付けたアルフィンは悠然とその包みを目の前に翳す。
    「ダメじゃない。こういう大事なものはこんなところに置いとかないで、きちんと自室に 隠 し て お か な く ち ゃ あ 。いつ、 誰 に 見つかるとも限らないでしょ?」
    雄弁な口調ではあるものの、その言葉が孕む毒は隠しようが無い。ピンクの紙袋をジョウに差し出すアルフィンの射るような視線は、容赦なく目の前のジョウに向けられた。
    「……別に、隠していた訳じゃない」
    ジョウはそんな視線には気づかないのか(もしくは馴れきってしまったのか)、かなり気まずそうな素振りは見せるものの、「さんきゅ」と言いながらソレを受け取った。そうして、しばしアルフィンと紙袋の間に視線を行き来させた後、無言のまま中身の確認を始める。ガサゴソと小花の散る紙袋からピンクリボンの付いた箱を取り出しては、揺すってみたりラッピングにズレが無いかを確認してみる。そうしているうちに、中身の小箱に刺してあったメッセージカードが彼女に見られずに済んだことを悟ると、明らかにホッとした表情で息を吐いた。
    そんな姿を無神経に見せ付けられているアルフィンは瞬時に頭に血が上る。
    …なんちゅう男だ…!
    「…へええええ!!そーなんだ!でも、こんな大事なものを忘れるなんてデリカシーが無いって言われても仕方ないわよ。それって、女の子へのお返しなんでしょ?」
    知らず、声が裏返ってしまったのが情けない。
    「…え、?」
    が、そこで初めて、ジョウは豆鉄砲をくらった鳩のような瞳でアルフィンを見返してきた。
    何を言っているのかと言いたげなその瞳は、明らかな戸惑いを帯び、−−−僅かではあったが呆れのような色も含んでおり−−−結果、彼女の怒りの更なる高みへと押し上げることになったのだが。
    イラっとする思いを堪えて尚もアルフィンは微笑む。
    「だから、それって女の子へのプレゼントでしょ?バレンタインのお返しの」
    「………いや、こいつは…」
    と言いかけて、何かに思い当たったようなジョウだったが、悲しいことに口を挟む暇などもちろん与えられず。
    「…誰にあげるの?もしかしてルー?」
    「………は?!」
    今度は何を言い出すか、とでも言いたげにジョウが目を見開く。
    「さっき、ルーと楽しそうに話してたじゃない。あたしが気付かない内にルーからチョコでも貰ってたんじゃないの?」
    「…ば、っか!なんでそうなるんだ!」
    「だって、さっきだって凄く仲良さそうに話してたじゃない?あたしには無駄話すんなって言ってたくせに」
    「あ、あれは…!し、仕事の話なんだから仕方ないだろ」
    「あっそー。その割にはとっても楽しそうでしたこと。でも、可哀相に。せっかくのお返しもこんなぞんざいに扱われちゃってさ」
    落っことしたのはきみだ、というジョウの視線は、またもすっぱりと無視である。


    それくらいなんだと言うのだ。
    この数年に渡るあたしへの度重なる無礼に比べたら。


    確かに片想いを勝手に始めたのはこっちだが、かれこれもう3年も放置されっぱなしだ。
    告白しようとすればはぐらかされ、脈が出てきたかと思ってソコを確かめようとしても何気なくスルーされる。言葉には出さなくとも、何か心に通うものはあるはずだとここまでついてきたけれど。
    こんなのヘビの生殺しだ。忘れることも出来ず、諦めることもできず、でも追いかけることも出来ない。
    ずるずると引き摺るだけで終われない恋なんて、このうら若き乙女には荷が重過ぎる。

    考えてる内になんだか視界が白くぼやけて来たような気がして、アルフィンは慌てて頭を振った。



    −−−すると。
    「………なんでルーだよ。そんな訳あるか」
    下の方からくぐもった地を這うような声が聞こえる。
    「…は?」
    声の先に視線を流せば、いつの間にしゃがみ込んだのだろう。蹲ったジョウが恨めしそうな顔でこちらを見上げていた。しばらくは膝で右肘を支えるようにして、鳥の巣のようになった頭を抱えていたが、やがていつになく真剣で迷いの無い顔でアルフィンに「貰ってない」と言った。
    「…じゃあ誰よ。…この前のクライアントのローザ?」
    その真剣な表情に怯んだアルフィンが、どこかの誰かさんと同じようなトンチンカンな答えを返す。
    途端にその本人が叫んだ。
    「………!なんでだ!」
    「だって!あの女、ジョウのことばっか追いかけてたじゃない!知らなかったの?」
    するとジョウはつくづくウンザリという風に「…知るか。俺は仕事に集中してただけだ」と溜息を付きながら項垂れる。
    「…じゃあ、誰よ。誰か他の女に貰ったわけ?」
    「………、」
    「誰?あたしの知らない女?」
    「………」
    「アラミスの管制官の女共?」
    「……………!」
    「誰よ。さっさと言えば」
    「…だから!」
    「誰!もうさっさと言いなさい!」

    そう言って、アルフィンがジョウを見返した瞬間−−−。



    「…にぶすぎる」
    思いがけない一言が耳に飛び込んできた。




    (−−−、は?)



    アルフィンはジョウの口から発せられた一言を、珍獣発見のニュースでも知らされたような心持ちで聞いていた。

    (…に、にぶい?)

    一瞬、空白の時間が辺りを包む。
    アルフィンの表情がいつになく鉄面皮だったのは、予想外にジョウから反撃を受けたことが衝撃的であったためと、その発せられた単語が脳内で言葉として構築されるまでに多少の時間を有したためだ。往々にしてこういう場合、アルフィンはポケラと口を開けたまま棒立ちになるのが常であったが、今回のダメージは今まで経験したものの中で最強であった。



    (にぶいって言った…!)


     
    (ジョウが、あたしのこと、にぶいって…!!)



    (あのジョウが、あの、ジョウが、あの、あ、あのあのあのあのあの……………!!!!!!)





    「あ、…あ、あなあなななな、ぁぁあああああああなたにだけは、言われたくないわよーーーーー!!!!」




    <ミネルバ>にアルフィンの悲鳴のような絶叫が響き渡った。
引用投稿 削除キー/
■3823 / inTopicNo.4)  Re[4]: そんな夜
□投稿者/ とむ -(2011/04/21(Thu) 20:35:25)
    「あ、あああ、!あなた…!あなたね、ジョウ!!何をどうしたらそういうことが言えるわけ?!?!?!このあたしに!!」

    ビシィ!とアンバーの瞳を指差しながら、アルフィンは震えを押さえるように頭を抱えた。怒りで軽い貧血を起こしたのか、よろよろと2、3歩後ずさってから必死の形相でジョウを睨みつける。
    あまりの興奮のため、その煌めく碧眼は充血し程良く潤んで、その原因を作った彼はうっかり見惚れそうになるが、今回ばかりは言われっぱなしになるわけにはいかぬと口を開いた。

    「…仕方ないだろ。あんまりきみが馬鹿馬鹿しいこと言うから」
    「…!バ!馬鹿馬鹿しいぃぃぃ?!」
    「馬鹿馬鹿しいだろ。なんで俺がルーや他の女に物をやらなきゃならないんだ。そいつはきみが勝手に作った話だろ」
    「だって!さっきルーとあんなに楽しそうに話してたじゃない!」
    「だから、ありゃあ仕事の話だっつーんだよ。その後にちょいと世間話したくらいで」
    「世間話?!そーいうのを無駄話って言うんでしょ!あたしには、いっつも煩いくらい通信回線を独占するなって言うくせに!」
    一瞬、ジョウの眉がひくりと動いた。
    「大体ジョウは、いっつも自分を棚に上げて!ルーとか管制官の女が、あなたにどんなに色目を使ってるか知らないの?!ルーなんてわざわざデカイ胸を強調する服着て、要らん入電を寄越してさ!話してる中身なんか”屁”みたいなくだらない話ばっかじゃない!でも言っとくけど、あたしのバストだってソコソコいい形してるんだからね!!」
    「バ…!バカ!何言ってんだ!!」
    真っ赤な顔で上擦りながらジョウが言い返すが、アルフィンの勢いは一向に納まらない。
    「アラミス管制塔とのやり取りだって、いっつも決まってミランダとばっかり何分も…!なのに、この前なんかほんの数分回線を開いてただけで、すんごい顔で『無駄話はやめろ!』なんて言っちゃってさ!自分のやってることなんてすっかり忘れたみたいに!あん時のヴァルの顔見た?!」
    ついうっかり、アルフィンがその友人であるピアニスト、ヴァルター・アヴェンロートの名前を口に出した瞬間−−−。


    なんと次はジョウがキレた。


    「…あいつが見てたからだ!!!」


    想定外のキレっぷりに、今度はアルフィンが呆気に取られた顔でジョウを見つめ返す。
    ぐしゃりと持っていた紙袋を握りつぶし、吊り上った目で立ち上がったジョウは、メインスクリーンを指差しながら吐き捨てた。怒りのためかスクリーンを指し示す彼の親指は微かに震えている。
    「…ヴァル、ヴァル、ヴァルって何なんだ!あの気障野郎はいつもいつも、一体何の権利があって俺の<ミネルバ>に入電してくんだ!!」
    「…は………?」
    「アルフィンこそ、ヤツからの入電にヘラヘラと嬉しそうに愛想笑いなんかしやがって!自分家の専用回線みたいにクラッシャーの業務用回線をずうずうしく使ってくるバカと話すのがそんなに楽しいか!!」
    「…ジ、ジョウ…?」
    「知ってるか?ヤツは俺やリッキーがスクリーンに出ると、いきなり回線をぶった切るんだぞ?!元クライアントだからとこっちが我慢してりゃあいい気になりやがって!この前なんか、珍しく俺と話すのかと思ったら、きみを自分のコンサートに招待しただの、きみをどこぞのレストランに連れて行こうと思ってるだの、きみとの会話が生活の中で唯一の癒しだの、自慢げにべらべらと…!俺がどれほどムカついてると思ってんだ!!!」
    「………」
    「きみをどこにも連れ出さないのはどうしてだとか、そんなことじゃ可愛そうじゃないかとか、勝ち誇ったみたいな偉そうな顔で!”銀河の至宝”だか何だか知らんが、そんなもんくそ食らえだちくしょう!!!」
    「………」
    「仕方ないだろう!どこかに連れ出したくたってオフなんかちょこっとしか取れなくて、休みたいのにアラミスのじじぃ共はドカドカ仕事を放り込んで来るんだぞ!それでも長期のオフの時には、それなりにきみ好みの場所を選んだりしてるんだ!俺は!!」
    「………!」
    「なのに、きみはあの気障野郎と何十分もヘラヘラと…!あんなチャラ男が人間国宝候補だなんて世も末だぜ!!」
    「…ジョウ…。あのー…。それって、もしかして、もしかしなくても………『ヤキモチ』?」
    「ああ!ヤキモチ、ジェラシー、嫉妬、もうどうとでも言え!!!」
    「………!!」



    アルフィンが呆気に取られたまま口を開けてジョウを見つめていると、言いたいことを吐き出して多少は気が晴れたのか、ジョウはタロスの操縦席に全体重を乗せるかの様にドッカ、と身体を寄せた。
    途端、何を口走ったのだ俺はと口に手を当てる。


    −−−が、一旦吐き出してしまった言葉は、もう取り返しようもなく。


    アルフィンは呆気に取られた顔のまま。
    ジョウはやっちまった、と途方に暮れた顔のまま。
    固まること数十秒。



    やがて「…はー………、」と、何度吐き出しても足りないような溜息を付き、ジョウは思い出したように、先程握りつぶした紙袋を持ち上げた。
    もう覚悟を決めた。
    そう言いたげな顔つきで。
    じっと手の中の小さな袋を見つめながら、−−−ぐっしゃりと折り目が付いてしまった袋の皺を丁寧に伸ばしながら−−−その後、彼は噛み締めるようにゆっくりと言葉を紡いでいった。


    「…だから、こいつはルーへやろうと思って買ったもんじゃない」
    「………」
    「ルーへのプレゼントじゃなくて」
    「………」
    「きみ、へ。…アルフィンへ渡したいと思って、…ずっと前に買っといたヤツだ」
    「………」
    「機会がなかったというか…。いや、渡そうとはしたんだが、いろいろと邪魔が入ったりして、だな…」


    ジョウが邪魔だという相手は、仕事とかタロスとかリッキーとかであるのは、今更言うに及ばず。
    何よりもここ数ヶ月間の最大の敵は、アルフィンに連日連夜しつこく入電を入れてきた若きピアニスト、ヴァルター・アヴェンロートであったわけだ。
    付け加えるならば、悲しいかな一番肝心な彼女がその事実に全く、−−−100パーセント−−−気付いていなかったという事実。


    あーしょうがねえな、と肩で息を吐きやれやれと諦めたように微笑むジョウを見ながら、アルフィンはじわりと目頭が熱くなるのを止められなかった。


    −−−これは嘘だ。
    嘘だ、あのジョウが。
    あの「鈍い」「気が利かない」「決断できない」
    三重苦のジョウが。


    ヴァルにヤキモチを焼いてただなんて。
    あたしにプレゼントを用意してくれてただなんて。
    そんな都合のいい夢みたいなことが起こるはずが無い。


    「…どうして………?」
    「…は?」
    「どうして、あたしに…?」
    「どうしてって………、」
    「………、」
    「…分かんないのか?」
    「………」

    この期に及んで何を言うか、と言いたげなジョウにアルフィンは尚も食い下がる。
    そりゃそうだ。
    だって、この3年間、ずっと我慢していたのだ。
    自分の気持ちを押し付けるのも、
    返事が欲しいとせがむことも、
    これ以上、好きという想いを持ち続けることも、
    すっぱり諦めようかとさえ思っていた。


    ここで聞かなければ報われない。
    絶対に、絶対にここで聞かなければ。


    鼻の頭を真っ赤にして、潤んだ瞳をこちらに向けているアルフィンに、ジョウは僅かに口を上げて苦笑う。そうして、紙袋の中にあった小さな箱を取り出して、そこに刺してあったカードを外しては、アルフィンに見てみろと指し示した。

    小さな真っ白いカードには

    『好きだ』

    とだけ書かれたシンプルなメッセージ。
    ひゅ、と息を呑んでアルフィンはそれを食い入るように見つめた。
    ああ、もう駄目。
    目の前が霞んじゃってジョウの字がうまく見えないよ。

    「…3年前のクリスマスに書いてたヤツだ。それから部屋の奥にずっと押し込んであったから、あったかいだろ」
    そう言うジョウに、もう涙でぼろぼろのアルフィンは
    「…ジョウ。……、そんなに、前から、あたしのこと好きだった、の…?」
    とやっとのことで言う。そうして、ぐすぐすとしゃくりあげながら泣き出すアルフィンに、ジョウはほとほと困ったという顔で苦笑した。


    「…だからきみは、にぶいって言うんだよ」

    低く甘い囁きでアルフィンに向かってゆっくりと歩み寄り、彼女の耳朶に口を近づける。
    「        」
    ジョウの呟いた囁きでアルフィンの耳はしっとりと湿り気を帯び、やがて<ミネルバ>のブリッジにあった二つの影は、ゆっくりと一つに変わっていった。




    ジョウはボサボサ頭によれよれのスエットで。
    アルフィンは顔中を涙と鼻水でグシャグシャにして。






    −−−−−−−−そんな夜。

引用投稿 削除キー/
■3824 / inTopicNo.5)  Re[5]: そんな夜
□投稿者/ とむ -(2011/04/21(Thu) 22:45:52)
    後日談。

    <ミネルバ>のブリッジにて、今日も二人は仕事のチェックに余念がない。

    「はー…!もーやだ。一体いつまで続くのよ」
    「深夜」
    「冷静に返さないでくれる。そういう答えが聞きたいんじゃない」
    「じゃあさっさと片付けろ。そうしたら楽しいオフが待っている」
    「もー!アラミスのおやじ共、面倒な仕事は全部あたし達に押し付けてんじゃないの?どんだけあんのよ。この膨大なデータ!」
    「さあて。爺さんたちもそろそろ年だしな。頼んだ瞬間に忘れてるんじゃないか?」
    「冗談じゃないわよ。そこんところをきちんと上に意見して、チーム内のモチベーションを高く保つのがリーダーの仕事でしょ」
    「やってんだろ、だから。次のオフはケンタウルス星系のレグルスだぜ」
    「うそ!あの高級リゾートの」
    「そう。だからさっさとやれ」
    「わあお。どこ行こっかなー」
    「さっさと仕事をやれっての」
    「はあーい」


    その後、二人はどうなったかと言えば、別段どう変わったということはなかった。
    相変わらず、アルフィンはキレやすいしルーに対してもライバル心バリバリだ。
    一方のジョウは相変わらず仕事が一番でオフは二の次、キレるアルフィンに辟易しては溜息を洩らす。
    あの告白は、仕事に疲れた頭が見せた白昼夢だったのではないかと思うこともしばしばだった。
    けれども。


    アルフィンは目の前でキーボードを叩くジョウにちらりと視線を流し、その腕に触れる。
    そーっと。ほんの少しだけ。


    すると。
    「どうした」
    「べつに」
    「退屈か」
    「退屈じゃないけど。ただ早くシャワー浴びて寝たい」
    ジョウは小さく笑って
    「もう少し我慢しろ」
    と言う。
    「あたしにいて欲しい?」
    と冗談で聞いたアルフィンに
    「もちろん」
    と呟いて「いてくれるとホッとする」とジョウは言う。

    これには少々驚いた顔をしてアルフィンは「そうなの?」と言った。
    「ああ。俺は昔からそうだぜ」
    なんてことなく言ったジョウに、
    アルフィンは「昔から?知らなかった」と答えた。

    「…どれくらい昔?」
    「だから、アルフィンがここに密航してきた時から」
    「…、そんな前からあたしって特別だったの?」
    「そう。…すごい特別」
    「そんなにあたしって大切だった?」
    「大切。…だから、きみはにぶいって散々俺、言ったろ」
    「…だからジョウにだけは、言われたくないんだってバ」





    多少、長年慣れ親しんだ疲れを感じながらアルフィンは膨れる。
    そうして、そんなアルフィンを見て、ジョウも静かに笑った。







    いつもの<ミネルバ>のいつもの光景。







    アルフィンの薬指に光る小さな宝石のように、ささやかな幸せが眩しい夜だった。










    「そんな夜」


fin.
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