| ジョウ、来年はあなたの誕生日はあけておいてね。
爆風の中、木陰に身をひそめて、バズーカを組み立てながらアルフィンがそう言ったのは、昨年のジョウの誕生日の話だった。
ジョウは「??」という顔でアルフィンを見て、そして、ふと笑った。とんでもなく優しく。
先の事だから、わかんねえな。約束は出来ない。
アルフィンはジョウのその微笑みを見る。その声、その表情。…胸が苦しくなる。
分かってるわよ。だから今から言っておくの。出来る限りでいいの。あたしの誕生日はいつも通り仕事で構わないから。だから、お願いだから、あけておいて。
二人とも、泥だらけ、顔は真っ黒、髪はボサボサ、そして血だらけだった。 泥だらけの顔に、宝石のような青い瞳がまっすぐに自分を見つめる。
この瞳に逆らえる男がこの宇宙のどこにいるというのか。
わかったわかった。誕生日はスケジュールを開けておく。 ライフルを撃ちながら、ジョウは答える。
アルフィンの気持ちは、鈍いジョウにも痛いほど分かった。
もちろん、自分の気持ちも。
あけておくって言ってくれたのに。
アルフィンは信じていた。そして、期待もしていた。
「やっぱり、こんなもんよね、あたしの人生って。えーそうですとも。美人はいじめられる運命にあるんだから」
そのジョウの誕生日は、明後日である。 しかしもちろん今、アルフィンは素敵なコテージにいる訳でもなく、用意していた新しいワンピ―スを着ている訳でもなく、いつものクラッシュジャケットで油臭いミネルバの倉庫の中、めったに使う事のないような特殊な備品を奥から掘り出す作業に悪戦苦闘をしている。
「あんたねえ、無駄に重いのよ!まったく!」
装備に対しての文句と蹴りなど既に意味不明である。
飛び込みの仕事、とは少し違う。 断ろうと思えば断れたはずの仕事だった。 2週間前、打診があった。雇い主は連合の宇宙開発局。『急だが、誰かスケジュールは空いていないか。危険なのでできればAAA。いつも通りたくさん払うよ。』こんなふざけたお上根性丸出しの依頼を、何故かジョウは受けてしまったのだ。
「何でよ。…」
アルフィンは、リゾートを予約していた。コテージで、料理は出来るだけ自分で作ってあげようと思っていた。ついでに素敵なワンピースもサンダルも水着もたくさん買っていた。とにかく、昨年のジョウの誕生日はさんざんだったから、今年はゆっくり休んでたくさん楽しんでもらおうと思っていたのだ。 特別なことがあるわけじゃない。ジョウと何かが起こることも期待していない。それにしたって、去年の誕生日はさんざんだったから。 だから、それだけだったのに。
「ジョウのバカ」
ぽつりと、思わず言葉が出てしまった背後から、
「誰がバカだって」
と、声が聞こえた。
振り返ると、ジョウが苦笑いして倉庫に入ってくる。横から、アルフィンが持ち上げるのに苦労していた重い機材を、易々と持ち上げて外に出した。
「…あなたよ、依頼を受けた人、他に誰がいるの」
アルフィンもむくれて、返事をした。
「そう怒るなよ」
手を止めたアルフィンの背後で、ジョウが備品を次々と運び出す。 ジョウのせいではないけれど、そんなことにも腹が立つ。えー、あたしはどうしたって男に比べれば力のない女ですよ。それが何か?と腹で思う。
「怒るわよ」 「すまん」 「約束してたのに」 「約束はできないって言ってただろ」 「…」 アルフィンは黙る。その通りだったからだ。でも、つい2週間前までは、休めそうだったのに、断ろうと思え断れた仕事を入れるなんて。
「分かったわよ。チームリーダーに従います」
ため息をついて、肩を落とすアルフィン。 がっかりして下を見る蒼い瞳。
背後から抱きしめたい衝動を抑えて、必要な備品を運び出す作業を続けながら、ジョウは思っていた。 こんなとき。 昔はもっと派手に怒って、手がつけられないくらいだった。幼さでもあり、彼女の魅力でもある愛らしさでもあった。 そのアルフィンは、年月を重ねて、クラッシャーとして成長し、そして、大人の女になった。
自分はどうだろうか。
ジョウは、自らに問う。何年も何年も、繰り返し自らに問うた、その問いを。
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