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■3827 / inTopicNo.1)  水月
  
□投稿者/ 舞妓 -(2011/10/25(Tue) 13:57:31)
    ジョウ、来年はあなたの誕生日はあけておいてね。

    爆風の中、木陰に身をひそめて、バズーカを組み立てながらアルフィンがそう言ったのは、昨年のジョウの誕生日の話だった。

    ジョウは「??」という顔でアルフィンを見て、そして、ふと笑った。とんでもなく優しく。

    先の事だから、わかんねえな。約束は出来ない。

    アルフィンはジョウのその微笑みを見る。その声、その表情。…胸が苦しくなる。

    分かってるわよ。だから今から言っておくの。出来る限りでいいの。あたしの誕生日はいつも通り仕事で構わないから。だから、お願いだから、あけておいて。

    二人とも、泥だらけ、顔は真っ黒、髪はボサボサ、そして血だらけだった。
    泥だらけの顔に、宝石のような青い瞳がまっすぐに自分を見つめる。

    この瞳に逆らえる男がこの宇宙のどこにいるというのか。

    わかったわかった。誕生日はスケジュールを開けておく。
    ライフルを撃ちながら、ジョウは答える。

    アルフィンの気持ちは、鈍いジョウにも痛いほど分かった。

    もちろん、自分の気持ちも。






    あけておくって言ってくれたのに。

    アルフィンは信じていた。そして、期待もしていた。

    「やっぱり、こんなもんよね、あたしの人生って。えーそうですとも。美人はいじめられる運命にあるんだから」

    そのジョウの誕生日は、明後日である。
    しかしもちろん今、アルフィンは素敵なコテージにいる訳でもなく、用意していた新しいワンピ―スを着ている訳でもなく、いつものクラッシュジャケットで油臭いミネルバの倉庫の中、めったに使う事のないような特殊な備品を奥から掘り出す作業に悪戦苦闘をしている。

    「あんたねえ、無駄に重いのよ!まったく!」

    装備に対しての文句と蹴りなど既に意味不明である。


    飛び込みの仕事、とは少し違う。
    断ろうと思えば断れたはずの仕事だった。
    2週間前、打診があった。雇い主は連合の宇宙開発局。『急だが、誰かスケジュールは空いていないか。危険なのでできればAAA。いつも通りたくさん払うよ。』こんなふざけたお上根性丸出しの依頼を、何故かジョウは受けてしまったのだ。

    「何でよ。…」

    アルフィンは、リゾートを予約していた。コテージで、料理は出来るだけ自分で作ってあげようと思っていた。ついでに素敵なワンピースもサンダルも水着もたくさん買っていた。とにかく、昨年のジョウの誕生日はさんざんだったから、今年はゆっくり休んでたくさん楽しんでもらおうと思っていたのだ。
    特別なことがあるわけじゃない。ジョウと何かが起こることも期待していない。それにしたって、去年の誕生日はさんざんだったから。
    だから、それだけだったのに。

    「ジョウのバカ」

    ぽつりと、思わず言葉が出てしまった背後から、

    「誰がバカだって」

    と、声が聞こえた。

    振り返ると、ジョウが苦笑いして倉庫に入ってくる。横から、アルフィンが持ち上げるのに苦労していた重い機材を、易々と持ち上げて外に出した。

    「…あなたよ、依頼を受けた人、他に誰がいるの」

    アルフィンもむくれて、返事をした。

    「そう怒るなよ」

    手を止めたアルフィンの背後で、ジョウが備品を次々と運び出す。
    ジョウのせいではないけれど、そんなことにも腹が立つ。えー、あたしはどうしたって男に比べれば力のない女ですよ。それが何か?と腹で思う。

    「怒るわよ」
    「すまん」
    「約束してたのに」
    「約束はできないって言ってただろ」
    「…」
    アルフィンは黙る。その通りだったからだ。でも、つい2週間前までは、休めそうだったのに、断ろうと思え断れた仕事を入れるなんて。

    「分かったわよ。チームリーダーに従います」

    ため息をついて、肩を落とすアルフィン。
    がっかりして下を見る蒼い瞳。

    背後から抱きしめたい衝動を抑えて、必要な備品を運び出す作業を続けながら、ジョウは思っていた。
    こんなとき。
    昔はもっと派手に怒って、手がつけられないくらいだった。幼さでもあり、彼女の魅力でもある愛らしさでもあった。
    そのアルフィンは、年月を重ねて、クラッシャーとして成長し、そして、大人の女になった。

    自分はどうだろうか。

    ジョウは、自らに問う。何年も何年も、繰り返し自らに問うた、その問いを。


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■3828 / inTopicNo.2)  Re[1]: 水月
□投稿者/ 舞妓 -(2011/10/25(Tue) 13:58:27)

    ワープアウトした。
    宇宙局の船から、通信が入る。担当のイザヤ・ザリスキの顔が映った。

    「惑星ルイオンです」

    ザリスキは20代後半と思しい、学者肌の男だ。黒い髪で背が高く、色が白い。
    「地球標準時の8日深夜2時前後が、予測された時間になりますので、それまでに調査と機材のセットをお願い致します。」

    「了解」

    ジョウはぶっきらぼうに言った。

    「というわけで、頼む」
    「了解」

    タロスが惑星に向かって降下を始めた。
    アルフィンとリッキーは、準備のためブリッジから出て行った。

    「面倒くせえなあ…」
    つい口から出たぼやきに、タロスが聞いた。
    「この仕事ですかい」
    「いや」
    ジョウは苦笑した。
    「つい出た。気にするな」
    「あの学者の兄ちゃんですな」
    「…まあな」

    珍しいことではない。クライアントの若い男がアルフィンにそれらしい気持ちを持つのは。

    「どうってことはないが、面倒くせえと思っただけだ」

    ジョウは自嘲するように、少し照れたように笑った。

    タロスは思う。昔ならもっとムキになった。そういうクライアントに、あからさまにいやな顔もしたし態度も取った。大人になったジョウを、横で見ていても、もう何も危なっかしいところもない。親よりも近い友人としての気持ちで、タロスはそれ以上何も言わなかった。


    ルイオンは、辺境にある発見されたばかりの惑星で、恒星ジンを中心に回る恒星系の第4惑星で、大きさのかなり違う衛星を3つ持っている。もっとも遠い衛星が、もっとも巨大だった。
    まだ開発はされておらず、調査段階である。

    今、ジョウ達がその畔に立っている、赤道上にある、大きな湖。
    これが「依頼」だった。

    「うへえ…これ全部…硫酸?」

    リッキーが絶句する。

    「そうらしい」
    「この惑星の水は、全部硫酸なの?」
    「まだ調査段階だ。今回はこの湖だけの調査だから関係ない」

    酸にも溶けない特殊素材のスーツを着て、まずは湖に潜って生態の調査だ。

    「硫酸を泳ぐなんて、クラッシャーでなきゃできねえよなあ」
    と、笑いながらリッキーがざぶざぶと湖に入って行った。

    サンプル採取、水質調査、湖の水深と面積。仕事は粛々と進む。
    そして、湖の周囲に高感度カメラのセット。

    「なんでカメラ?」
    アルフィンが聞いた。
    ジョウはにやりと笑って答えない。
    「何よ」
    「秘密だ」
    「どーして。あたしにだけ秘密?」
    「そうだ」
    「段取り教えておかないで、ミスっても知らないわよ」
    「俺が一緒だから、それはない」
    むーーーーーーーーっと、アルフィンは怖い顔をする、
    「AAAのチームリーダーははさすが結構な自信ね。戦力外通告? いいわよ、じゃあ宇宙開発局職員の奥様に就職しちゃう」
    ジョウは笑った。
    「できるもんなら、やってみろ」
    「そうね、じゃあ、とりあえずザリスキさんのお申し出を受けてみようかしら!」
    アルフィンは、宣戦布告するように腰に手を当てて、ジョウに言った。
    「そうか」
    ジョウは余裕である。
    そこがまたムカつく。

    「交際して下さいって言われたのよ。しちゃうわよ!!」

    怒り半分、いや、怒りは半分以下だ。残りは、悲しみ。

    いったいいつになったら。
    いったいどれだけ時を過ごせば、触れそうで触れない平行線は一本になるのか。

    「…駄目だ」

    ジョウは、アルフィンの潤みかけた蒼い宝石から目をそらし、カメラの調整をしながら、聞きとるのも難しいくらいの低い声で、そう言った。

    「…え…?」

    アルフィンが、気勢をそがれて、宝石の目を丸くする。

    いま、なんて。

    「…あと少し」
    改めて、ジョウはアルフィンを見た。今度ははっきりと。
    「あと少し、待っててくれ」

    そう言うと、ジョウは水中カメラのセットの為に、酸の湖に潜っていった。

    畔には、立ちつくすアルフィン一人。





    「だめだ」、って言った…?








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■3829 / inTopicNo.3)  Re[2]: 水月
□投稿者/ 舞妓 -(2011/10/25(Tue) 13:59:09)
    夕刻になった。
    恒星ジンの赤い光を反射して、ざぶりと湖から上がってきたリッキーが、手に植物を持っている。
    背の高い水草だ。
    ヘルメットを脱いで、その水草を見せた。

    「なんか、繭みたいなのがついてんだよ。ほらここ」
    「本当ね」
    「水深の20メートル以上のところに、こいつがたくさん生えてて、で、この繭みたいなのがいっぱいついてる」
    「そいつが、例のやつですかい」
    「そうだ」
    ジョウが答えた。
    アルフィンはまたむっとする。なによ、「例のやつ」って。

    「アルフィン」
    「…なんでしょうか」
    あからさまに怒っているアルフィンに、ジョウは言う。
    「ザリスキが、深夜2時ごろ予測って言っただろ。深夜二時ごろに、ある現象が起こる。それをカメラに収める。それで今回の調査は終了だ」
    「…分かったわよ」
    何なのよ、あたしにばっかり隠しごとして。アルフィンはそれでも、リーダーの言に従うしかない。

    燃えるような夕日を見送って、夜になった。
    夜でも、調査は続く。生態調査、安全確保が終わって、待機している宇宙開発局の船に連絡を入れた。

    ルイオンには、夜行性の、肉食の獣がいる。
    宇宙開発局の職員が上陸する周辺にはトラップと柵を設置しているが、完全装備でカードだ。
    夜が更けていく中、開発局の職員が専門的に調査を進め、ジョウ達はガードを続けた。
    時折、ザリスキがアルフィンを見つめているのを、横からジョウは眺める。
    ザリスキの意味深い視線を意に介さないアルフィンの凛とした横顔を、息をつめて見つめる。

    美しく、強い、蒼い宝石。

    きみは知っているだろうか。
    きみのすべてを、俺が愛していることを。
    月光のとまるその睫毛の瞬き一つまで、心の底から、愛していることを。


    時が、満ちて行く。

    もういいだろうか。俺も、きみも、大人になっただろうか。俺は、人を愛し、守るに足る男になっただろうか。

    「そろそろです」
    ザリスキの声が聞こえた。

    「アルフィン、空を見ろ」

    「?」

    ルイオンの三つの衛星が、ゆっくりと、ゆっくりと、直列に並んでいく。

    「うわあ…」

    アルフィンは、その三つの眩い月の光を蒼い目に受けて、何度も瞬きをした。


    輝く三つの、大きさの違う月が直列に並んだ時、巨大な眩い月が出来上がった。


    「すごいわ…綺麗。秘密って、これ?」
    アルフィンは、月よりも美しい顔で笑った。
    ジョウはそれに、視線で答えた。
    ジョウの視線は、湖に向かっている。


    硫酸の湖に、巨大な月が丸く、揺らめいていた。

    二つの月。

    まるで幻想のようだった。

    声も出せずに見つめるアルフィンのそばにジョウが来て、低く囁く。

    「あと少しだ」
    「…?」
    「ほら、来た」
    「…何が?…」


    湖面の、揺らめく巨大な月から、ふわり、と光が舞い上がった。

    「え…?」

    見つめていると、舞い上がる光はふわりふわりと数を増した。水面に映る月の中から、妖精が生まれたのかと思うような。その妖精は、天の月に向かって、羽ばたいていく。

    見る間に、湖の上は舞い上がる光で埋め尽くされた。
    輝く鱗粉を撒き散らし、天の月へ向かう、かぐや姫。

    「…蝶なのね…!」
    「そうだ。あの繭が、衛星の直列で羽化するらしいという事での調査だった。他の惑星に似た例があった」


    蝶も、自分も。時が満ちるのを待って、待って。


    アルフィンは陶然と、蝶の舞を見つめている。
    その彼女を、光に舞う蝶よりも、何よりも、美しいと思う。愛しいと思う。


    ジョウは言った。はっきりと。

    「これを、アルフィンに、見せたかった」
    「…え?」
    アルフィンがジョウの顔を見る。
    「まさか、このために?」
    「そう、これをアルフィンに見せるために」

    アルフィンは言葉を失い、ジョウの腕にしがみついた。
    幸せで目がくらみそうだった。
    この想いを、心臓から取り出して、ジョウに見せたい、と思った。

    「ジョウ…」
    潤んでくる瞳で、ジョウを見あげた。

    「アルフィンが笑って、喜んでくれることが最高のプレゼントだ」

    見る間に、泣き笑いの蒼い瞳から真珠の涙がこぼれおちてきた。
    その涙を、ジョウは唇で拭った。
    苦しいほどに、愛しい人を、抱きしめる。

    「ジョウ…」
    抱擁の中でアルフィンが喘ぐように言った。
    「…みんな、見てるわ」
    「構やしない」
    「ジョウったら」
    「ザリスキに、見せてやれ」



    蝶が、きらきらと天に昇っていく。
    水月が揺らめいて、
    二人は唇を重ねた。

    時が満ちて、待って、待って、羽ばたく蝶のように。



                         FIN

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