| 「ねえジョウ、クラッシュジャケットを新調したいんだけど」
〈ミネルバ〉のリビングに現れたアルフィンの第一声。飲み物片手にソファで各々寛いでいた、三人の男の首がぐるんと回る。 真っ赤なクラッシュジャケットに目立った損傷はなく、洗い立てで、彼女の場合使っている洗剤は男連中と異なり、 華やかな香りが空間にふんわりと広がる。 一目で、そんな必要がどこにある? なのだ。 ジョウがそれを口走ろうとする寸前、 「なんだか着心地悪いの」 アルフィンは身体を左右に捻り、まるで仮縫いのドレス試着のような動作をしてみせた。
防弾耐熱のタフな性能で、身体のめりはりにぴたりと貼り付く伸縮性も抜群。肌同然に馴染むおかげで、クラッシャーの激しい動きを 損なわない。 職業柄、危険と隣り合わせの仕事をこなすと一回の着用でおシャカになる。数着はストックしてあるが、ジョウのチームは 他と比べると取り寄せサイクルが短い方と言えた。 よってその都度サイズの微調整は可能であるし、最新の機能が頼まなくても装着されていたりもする。常に最高にして 最新の着心地を得られる境遇にいた。 それなのに──
「インナーも突っ張ったり撓んだりして形状記憶が全然だめ。合わないわ」 つまり、ジャケットは勿論全てまるまる新調して、の要望だった。 銀色のインナーとスラックスはさらに柔軟性が高く、ジャケットよりのびしろも結構あるのだが、それでもカバーできない 大幅な変化がアルフィンの身に起きたということになる。 かつてジョウも成長期には、一ヶ月ごと3Dボディスキャナーで採寸し直した。身長はもちろん、筋肉の付き方が目に見えて分かるほど 鍛えられ、シルエットもしょっちゅう変化した。 19才となり骨格はほぼ完成されたが、筋肉は仕事内容によってまだまだ変化の余地ありだ。酷使した部位は鍛錬となって肉体に返ってくる。 若さからくる反応の良さではあるが、ジョウ自身は時たまそれを面倒に感じてもいた。
「パターンをいちから作り直しか…。それ事態は構わんが、ドルロイに寄る時間は早々ないぜ」 「大丈夫。データと連絡でやりとりするわ」 耳にしたリッキーが、頬杖をついて口を挟む。 「ドルロイのデータ取り、どんどん緻密になってやんの。こないだの取り寄せん時、ちょこっと注文つけたら問い合わせが凄くってさあ。 腕や足の可動範囲は変わったか?メインで使う武器は以前と同じか?汗かきの量、今のヘアスタイルの襟足の長さ、肩こりの有無、 …んじゃあ調べに来いよ!ってぶち切れそうだった」 ソファの端で、記憶に今更ながら難癖つける。
「タロスだと義手の構造や装着も細かくチェックされるだろ?」 長い足を組み替えつつジョウも尋ねる。 「まあ、アルフィンには関係ねえ話ですがね」 一人がけソファに深々と落ち着きこちらはさらりと流す。というのも齢52才。成長期の少年少女と違い、ここ15年ほど同パターンで何ら問題ない。 「けどタロスもぼちぼち、データ取り直した方がいいかもね」 「…なんだと?」 リッキーの呟きに、ぎろり、と鋭い双眸が向く。 「へっ。腹周りの肉ならくれてやる余分もねえや」 それに対しリッキーは立てた人差し指を左右に揺らす。ちっちっち、そっちじゃないよ、と言う顔つきだ。 「尺が縮んでないか、背中の曲がり具合とかさ」 「ほお、てめえ、よっぽど揉まれてえんだ…なっ!」 「あらよっと!」 飛んできた空のコーヒーカップをひらりかわした。壁に直撃したが、割れにくい素材で幸い。 しかしソファの端を分かち合うジョウは場が悪い。ジェネレーションギャップをやんやと埋め合う真ん中に置かれ、やれやれと天を仰ぐ。
ばん!とテーブルを叩く音。 折った身体を起こして、碧眼が睨め付けた。 「ほんっと呆れるわ。何が何でも喧嘩したいのね、あんたたちって」 ばっかみたい、と両手を腰に当てて大きく嘆息をついた。 「休憩はあと2時間しかないないんですからね。暴れるなら他でやって頂戴。ジョウの貴重なリラックスタイムを邪魔しないで」 つん、と顔を背けた。 2時間後には次の仕事に向けて移動開始である。依頼と依頼の隙間に一件、ねじ込まれたせいだ。一日ゆっくりする予定が、 大した仮眠もできない休憩へと縮小されてしまった。 しかしプラスαされた報酬を得るのだ。クラッシャーなら割り切るしかない。
ジョウの了承を得られてアルフィンは、くるっと三人を背にしドアと向き合う。早速パターンのデータでも取るのかと思いきや、 「カトラリーの曇りがずっと気になってたの。磨いて清々してくるわ」 と金髪を揺らし出て行った。 確かにバタバタと採寸したところで失敗のもと。残りわずか数時間、単純作業で頭をしっかり休めカトラリーはピカピカという ダブル成果を上げようとする、そつのないアルフィンだった。 〈ミネルバ〉の生活空間がもうずっと快適なのは彼女のおかげ。男連中は足を向けて寝られないほど感謝すべき存在。 しかしその張り巡らされた女の気配りは、時折窮屈。しかし口が裂けても本人には言えない。
アルフィンがリビングを出て1〜2分、残された連中は誰も声を発しない。 そして3分経過── 「ぷはあ!」 リッキーが沈黙の風穴をあけた。 「アルフィン、やっぱりそっか」 ソファの上で胡座をかき、出て行ったドアを目で追いながらぽつり。 「やっぱり、なんだ?」 すかさずジョウが訊く。 これに対しリッキーは鼻の頭を指先でこりこりと掻き、ここだけの話だかんね、と前置。ジョウが面倒くさそうに、ああ、と答えると即刻吐いた。 本当は喋りたくて仕方なかったらしい。
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