| 三ヶ月ぶりの休暇は、前々からアルフィンが行きたがっていたリゾート惑星ウェルゼルに決めた。 次の仕事にも近くて都合がよかったからだ。 早々に高級リゾートホテルにチェックインをすると四人は予約を入れていたレストランに略装で出かけた。 一応、男性陣はジャケットにスラックス、アルフィンは大きく肩の開いたロングドレスを着て。 食事の後は隣接するバーに移動して、酒を楽しむ。 ジョウは不思議な気持ちだった。 ここにいるのは、ミネルバで一緒のクラッシャーのアルフィンなのに、時折見せる優雅な所作に胸をドキリとさせられる。 風に揺れる長い金髪を今日は上に纏めて、白く透き通る肌が項から腰にかけて艶を帯びて輝く。 ジャズが流れるムーディな雰囲気のバーの間接照明が、アルフィンの金髪を怪しく揺らめかせる。 その一房が、首筋にかかる様は思わず息を呑む程美しかった。 「なあに?ジョウ」 目を逸らそうとするが、気が付けばアルフィンに見とれている自分に、ジョウは思わず苦笑する。 「いや・・・何でもない」 「変なジョウ」 アルフィンはクスリと微笑んだ。 「たまにはいいんじゃない。こんな所でお酒も」 アルフィンはグラスを右手で少し差し上げて、薄いピンクの洒落たカクテルを口にした。 その注ぎ込まれる唇が艶やかにジョウを誘う。 「あっしはこういう雰囲気は大歓迎ですが、なにせお子ちゃまにはこの雰囲気ってもんが分かるかどうか・・・」 タロスはバーボンを片手にリッキーを見る。 「お、おいらだって雰囲気ぐらい分からあ。すぐタロスは子ども扱いして!」 オレンジジュースのコップを握りしめて、リッキーは頬を膨らましタロスを睨む。 今にも飛び掛りそうな勢いに、ジョウが釘を刺す。 「やめろ!喧嘩するなら外に行け」 時が経つにしたがって、ジョウの機嫌もどんどん悪くなるのが分かる。 だが、他の三人にはその不機嫌の理由が分からない。 実をいうとジョウ本人もこの気持ちを持て余していた。 最近身に付ける様になった大人の女性を意識させるドレスは、アルフィンの身体のラインを忠実に再現していた。 胸元は豊かな胸の谷間がくっきりと見える。 細い肩紐だけのデザインは、肩から背中にかけては大きく開いており腰の辺りまで白い陶磁の様な素肌が晒されている。 黒のサテン地のロングドレスは光沢が光に反射して、艶やかさが一層引き立てられる。 申し訳程度に、オーガンジーのショールが肩から掛けられているものの、透ける素材は見る者を欲情させる雰囲気を持っていた。 そんな彼女を他の男達が見逃すはずもなく、彼女が語りかける傍にいるジョウに嫉妬の視線を送りつけた。 中には視線だけでは飽き足らず、図々しくもジョウ達がいるテーブルにアルフィンを誘いにやって来る男達もいた。 だが、アルフィンは意に介さずやんわりと断り続けていた。 「ねえ、ジョウ。もうすぐチークタイムだけど一緒に踊らない?」 アルフィンがジョウの腕に自分の腕を絡ませてねだる。 ――― む、胸が・・・。 柔らかな感触と沸き起こる淫らな気持ちに、ジョウは慌てて腕を引き離す。 「やめろって、踊るなら誰か他の奴を誘えよ。俺はいいから」 「あたしはジョウがいいの」 「俺はいい!」 恥ずかしさと淫らな気持ちの後ろめたさに、アルフィンを冷たくあしらうとジョウはウィスキーを飲み干した。 そんなジョウの態度にアルフィンは碧眼に涙を浮かべた。 「何か悪いことした?そんなにあたしが嫌い?」 「そんなんじゃない・・・」 「じゃあ、なんであたしの方を見てくれないの?」 アルフィンの言葉にジョウはグラスを黙って握り締めた。 酒の酔いも手伝ってか、二人とも感情が高ぶるのが早い。 黙っていても空気が痛い程伝わってくる。 それを見ていたタロスとリッキーは互いに肩を寄せる。 交わす目線は恐怖に怯えていた。 やっと始まった久しぶりの休暇の初日にしてこの状態とは、先が思いやられる。 「あのぉ、もしよろしければ一緒に踊りませんか?」 そんなタロスとリッキーの後ろから、若い女性三人が声を掛けた。 「お、おいら踊りに行くよ。な、タロス」 「ああ、折角のお誘いだ。ジョウ、ちょっとあっちで踊ってきますからしばらく二人で飲んでてくだせえ」 立ち上がるタロスとリッキーに女性達は不服の声を上げる。 「あたし達三人だから、そこの人も一緒にいきましょうよ」 その声にアルフィンの顔がすーっと白くなるのが分かる。 怒りで酔いも飛んでしまったようだ。 ジョウもその場にいたたまれずに顔を背ける。 「ま、ま、この二人は置いといておいら達と踊ろうよ」 「そうそう」 タロスとリッキーは素早くテーブルを離れるべく彼女達の背を押した。 「だめよぉ」 そんな声にジョウが立ち上がった。 「・・・分かった・・・行くよ」 「本当?嬉しい!」 彼女達の一人が立ち上がったジョウの腕に自分の腕を回した。 ギクシャクしたこの場から離れられるならどんな方法でもよかった。 ジョウは見向きもせずアルフィンを置いて二人の後に続いた。 アルフィンはあまりの事に言葉を失った。 暫くその姿を呆然と見ていたアルフィンは小声で一言だけ呟いた。 「ジョウのばかぁ・・・」 涙を零しながら立ち上がるとそのまま黙ってテーブルを離れた。 チークタイムを踊るジョウの目の端にそんなアルフィンの姿が過ぎ去ってゆく。 一曲だけ踊り終え彼女と別れるとすぐにテーブルに戻ってウィスキーを呑み始めた。 そんなジョウにタロスが傍に来て酒を持つその手を止めた。 「自棄酒ですかい?」 「離せ、タロス」 力を込めて逆らおうとするがびくともしない。 「アルフィンに捨てられてこんな所で飲んでるなんて、ジ・エンドにはまだ早い。夜はまだ長いんだ」 「煩い、離せ」 「アルフィンが綺麗で男を魅了するのは、アルフィンのせいじゃありませんぜ」 タロスの言葉にジョウはグラスを持つ手の力を抜いた。 「分かってる。ただ、自分でも何だか分からない気持ちが込み上げてきて、思わず冷たく当たっちまった」 「分かってませんな」 「タロス!」 「ジョウ、その気持ちは焼きもちって言うんですぜ」 「な、そんなこと・・・」 ジョウの顔が真っ赤に染まる。 そんなジョウをタロスは同じ男として、人生の先輩として息子のような愛しさを感じて苦笑した。 女性に対して免疫のないジョウは、自分の気持ちすらも旨くコントロール出来ない。 こちらが見ていて歯がゆくなる程に。 「男なら、綺麗で淫靡な女に欲情するのは当然のことでさあ。まして、好きな女が欲情した男どもの視線を浴び続けるとなると腕の中に閉じ込めて独占したくなる。それが男ってもんです」 「でも・・・俺にはそんなことはできない」 ジョウは小声で答える。 「理性を保ち続けることが、時として女には残酷なこともある。時に女って生き物は男が思ってるより強くて、男は女が思うほど強くないってことです」 「それは、どういうことだ?」 「言葉のとおりでさあ。ジョウは自分の気持ちを一度でも正直にアルフィンにぶつけた事があるんですかい?」 「い、いや・・・ない」 「あの娘は、いつでも正直なほど自分の気持ちにストレートだ。たまにエスカレートして少々問題が起きる時もありますけれど。いいじゃないですか、若さのままに突っ走ってみるのもたまには?」 タロスがニヤリと笑った。 「若さのままにか・・・」 タロスの言葉にジョウは立ち上がった。 「サンキュー、タロス」 「あっし達は今夜ホテルには戻りませんから」 「分かった」 ジョウはタロスに爽やかな笑顔を残してバーを後にした。 「兄貴、行った?」 リッキーが彼女達と別れてテーブルに戻ってきた。 「ああ、今出て行った」 「おいら、見ていて歯がゆくなるよ。あの二人」 「ああ。でも・・・そんな恋があってもかまわねんじゃねえか。とんでもなく遠回りの恋ってやつがさ」 「言うねえ。ご老体に恋を語る口がおありとは・・・」 「ガキが!悔しかったら早く女を口説ける男になってみな」 二人は笑って軽口をたたく。 「今夜の二人の恋の成就を願って・・・」 「そうだね」 バーボンとオレンジジュースのグラスで乾杯した。
|