| こんこん。
・・・・・・・・・。
こんこん。
はいってます。
じゃあ入っていいか?
・・・・・・。
はいるぞ。
ブリッジでは、あれだけの大胆なメッセージに涙したアルフィンに同情票が集まった。 慰めに行け行けと背中を押し出されたのは、めでたく誕生日を迎えたジョウである。 「・・・・そんなもん、いわれなくてもいくって・・・」 誰にも聞こえないことをわかっている場所でしか、本音がいえない彼に対しても、アルフィンに同情が集まることを知らないジョウであった。
確認を取らずアルフィンの自室に足を踏み入れた。 姿を見ることはできないが、ベッドの上にまるまったブランケットのふくらみが見える。 小さく笑ってジョウはベッドの片隅に腰を降ろした。 「まだ任務中だろ?」 「・・・・・・・」 「早くブリッジもどれよ」 「・・・・・・・」 「じゃあな」 「!!!まって!・・・」 慌てて起き上がると、腰をあげずににやにや笑うジョウがいた。 「・・・ずる・・・・」 「なにが?」 「・・・・別に」 「ふーん。で?それは俺にくれるの?」 アルフィンの膝元には、ほどけ掛けてくちゃくちゃになっていた何かがあった。 むすっとしたアルフィンの手を引っ張ると、自然に彼女の上半身はジョウの腕の中に落ちる。 ちょうど胸元にきた頭に軽くキスをして、拗ねてないでいくぞと声を掛けた。 「だって」 「うん?」 「だって、一番最初にいうのは私って決めてたんだもん」 くすりと笑うジョウ。 「あ〜鼻で笑ったわね!」 「笑いました」 「なによ」 「何番目でもいいんじゃないのか」 だめ、と強い口調でその言葉を押しとどめた。 「一番じゃないとだめ。駄目なの」 そういいながら面を上げた碧の瞳には自分が映っていた。 自分の瞳にはまっすぐな瞳の、こちらをしっかりとみつめる少女が映る。 「一番ね」 くすぐったくなったジョウは、少し視線をそらして溜息まじりに復唱した。 そう。強い口調で頷き、過去は過去よ。と再度強い口調で言い切った。
「彼女が過去を知っているのは仕方がないわよ。仕方がないけど、悔しい。悔しいけどだからといって、その記憶をなくしてしまうことはできないし、忘れてもらう事もだめならば、彼女の知らない今があるほうがいい。私だけが知ってる今ね」
いつもの甘えるような口調ではなく、強い意志を感じる物言い。 いつのまにか、しっかりと自分の気持ちをさらけ出してきてくれる彼女に甘えていたかもしれない。 幼馴染という特別な立場にある彼女と、今ここにいて、自分を困らせたり喜ばせたりする彼女とが心に占める割合や、心に響く言葉の重さの違いはだれに言われるよりも自分が知っている。 さっき彼女が泣き出したのは、彼女の知らない過去をさも何でも知ってるかのように言う言葉に反応したのではなく、自分よりも先に‘おめでとう’という言葉をいわれた悔しさだけだったとは、きっとブリッジにいる2人にはわからないだろうとジョウはひとりごちた。
つまらないことで一喜一憂する事は自分にはわからないこともあるが、そういう判らない事をやっている彼女を愛しいと思う自分も嫌いではない。 自分を嫌いじゃない、だなんて思うことをするようになったのは、アルフィンがいるからだと改めて考えた。
いつのまにやら腕の中をするりとぬけて、解かれようとしていたものをまたもや解きだした。 「おいおい」 慌てたのはジョウのほうで、アルフィンは2段ほどするすると糸をのばすと、にっこりと笑顔をみせる。 「ね。いい?私の部屋はまだ7日の仕事中だからね。まるまる一日ずれてるの。時計。だから私はまだこれ仕上がってないのよ」 ぴらんとみせたのは、前々からアルフィンが公言していたサマーセーターになりかけた代物だった。 もう少し解こうとする腕を掴んで、いたずらそうな碧の瞳に吸い込まれたのはいずれそのセーターを着る予定の人間だったことはいうまでもない。
休暇をとるにあったって、アルフィンは時差を一番気にしていた。 丸一日ずれるところ。 まだきょうがおわりかけた8日ではなくて、これから8日になるところ。 目が覚めたら一番におめでとうをいえるところ。 寒くても熱くてもかまわない。 どうせ3日もいられない。 だけど、ジョウのお誕生日をきちんとお祝いする為に、クライアントとの時間調整をして手に入れた3日間
さあ。どう過ごそうかしら?
マグカップになみなみと注がれたコーヒーを飲みながら、ぽんぽんとキーボードに触れる。 検索しながら有効的な時間の使い方も頭の中で検索して、きちんと編みあがってラッピングしたサマーセーターをちらりと見た。 解こうとしていた彼女を見たときのジョウの慌てぶりがおかしかった。 ジョウは最近自分に甘くなったように感じる。最近2人の距離が少しずつ変ってきているように感じる。 だからこそ、しっかり仕事がしたくて、お誕生日のことは仕事が完了するまで口にださないつもりでいた。
思わぬありがたくないプレゼントのおかげで、私が忘れたわけじゃないって判ってもらえたし。
一日遅れのバースデイは、ゆっくり進む私たちにおにあいでしょ?
ことり、とカップをデスクに置いてゆっくりと立ち上がる。 ラッピングしたプレゼントを小脇に抱えて、そろりとドアを開ける。 周りをみまわして、だれもいないのを確認して。
一番最初にお誕生日おめでとうを言うために、こっそりと、とある部屋をノックした。
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