| 銀河標準時、一月十二日。 今日は我らが<ミネルバ>の姫君、アルフィンの誕生日。 年末・年始追われるように仕事をしていたジョウ達だが、なんとかアルフィンの誕生日から一週間だけ休暇を取ることが出来た。 姫君のご機嫌はこの上ない。 休暇の誕生日は取れないかもと諦めていた所へ、なんとか都合が付いたこの休暇。 一週間でも嬉しさが倍増する。 「ただいまーっ。ジョウいる?」 重厚なスウィートルームのエントランスドアを片方だけアルフィンが大きく両手で開いた。 返事がない。 帰ってくるまで何処にも行かないと言っていたのに。 部屋の中は人の気配がまるで感じられない。 「ジョウ、いないのーっ」 もう一度大きな声で奥の方へ叫んだ。 「・・・いるぜ」 思ったよりすぐ近くのリビングのソファに寝転んだジョウがそこに居た。 眠そうに眼を擦りながら呟く。 暖かな日差しについ昼寝をしていたらしい。 日はかなり傾いて冬の夕暮れ時の景色に変わっていた。 部屋の中がくすんだオレンジに染められてゆく。 「ただいま、ジョウ♪」 「・・・おかえり」 「た、ただ・・いま」 上機嫌のアルフィンの後ろから、ヨロメク足取りのリッキーとタロスが中に入ってきた。 二人とも前が見えない程、商品を抱えている。 大小様々な形の箱がどれも丁寧にラッピングされており、遅めのNEWYEARイベントかなにかと間違われそうだ。 これが今日一日で買い物した量とは。 ジョウは一瞬だけつき合わされなくてよかったと思った。 ほんの一瞬だけだが。 「リッキー、その品物全部あたしの部屋に入れておいて」 「はひぃ〜っ」 姫君が下僕に命令をする。 返答するリッキーの声は疲れ切っている。きっと散々引っ張り回されたに違いない。 タロスも顔は見えないが足取りが重い。 ヨロヨロと時々壁にぶつかりながらアルフィンの部屋に物を運んでいた。 「あれ、全部?」 エントランスドアからの三度目の往復が終わり、ジョウはソファから起き上がってその量に口を大きく開けた。 まるで、一件のブランドショップが引っ越してきた勢いだ。 「そうよ。箱があるから嵩が張ってるけど半分も買ってないわよ」 何が半分なのか理解に苦しむが、嬉しそうに微笑むアルフィンのその言葉に、部屋の奥で箱が崩れる音がした。 リッキーかタロスが今の言葉で転んだようだ。 「リッキー、タロス、箱壊さないでよ。買ったものまだ出してないんだからあ」 「す、すんません」 声高に叫んだアルフィンに対して、タロスが奥から返答した。 完全なる下僕状態。 まだお酒を飲んだわけでもないのに、アルフィンの眼にかかる行為だけはするまいとおとなしく言われたことに従っている。 一週間ある休暇の初日からこのテンションでは先が思いやられた。 ことの始まりは昨年のXmasにも関わらず、アルフィンにプレゼントを用意していなかったこと。 いつも仕事中はそんな事などまったく考える余地などないが、今回は思ったよりゆったりとした仕事内容の護衛だったこともあり、<ミネルバ>での護衛ということも手伝って前々から準備をして俺達にXmasプレゼントをくれた。 当然、そんなことはまったく考えていなかった俺達に彼女のプレゼントなんて用意出来るわけがない。 そんな、こんなでアルフィンにプレゼントがないことがバレて、結局新年明けの彼女の誕生日に俺達がなんでも言うことを聞くというので了解された。 後悔ある了解と今更悔やんでもしょうがいないが、あの場合それ以外に何が言えただろう。 やはり、姫君には何があってもプレゼントを用意するべきだった。 「で、アルフィン。その格好のまま出かけるのか?」 トレーナーにジーンズという格好のジョウに対して、オフホワイトのローゲージニットレースにオリーブグリーンのオフタートルネックのカットソー、下は、カラフルな柄の膝上のフレアスカートにロングブーツ姿のアルフィン。 どちらもラフでカジュアルな服装だ。 問われたアルフィンは大きく首を横に振った。 「冗談でしょう?今からシャトーに隣接したレストランに行くのに、こんな服じゃワインに失礼だわ」 ちゃっかりジョウのソファの隣に座り込む。 「じゃあ、何着るんだよ」 読んでいた雑誌をテーブルの上に置いて、ジョウはチラッとアルフィンに眼をやった。 満面の笑みを湛えている。 少し子悪魔的な笑みが怪しい。 「そのためにあたしは今日ちゃんと買ったもの」 ジョウの右腕に自分の腕を廻して、肩に寄りかかった。 煌く金の髪がジョウの視界に入ってくる。 自分の誕生日にジョウと二人だけでデートは、アルフィンにとって何事にも換えがたい嬉しいことらしい。 それが遅めのXmasプレゼントと一緒とくればなおさら嬉しさが倍増している。 自然とジョウに纏わりついて笑顔を振りまいた。 ジョウにとってもそんなアルフィンの笑顔は悪くは感じない。 逆に自分の傍にいることで喜んでくれるなら素直に嬉しく感じる。 しかし・・・この後がなければの話だが。 「自分のだけか?」 少しだけ拗ねてみる。 きっと自分の服も買ったであろう彼女の反応を見る。 「ちゃんとジョウの服も買ったわよ。後で部屋に持って行くから、その頭の寝癖を直しておいてね」 ジョウの腕を引っ張ってその頬に軽くキスをした。 「ア、アルフィン!」 やはり、自分の服を買ってきたとは思ったが、突然のことにジョウは一瞬戸惑いアルフィンを軽く突き放し後図去った。 ソファの後方からはクスクスと笑い声が聞こえる。 タロスとリッキーだ。 どうやら今の場面を見ていたようだ。 あいつらにこんな場面を見られるとは。 不覚だ。 暫くおちょくられるのは目に見えている。 ああ、気苦労がまた一つ増えた。 「熱いねえ」 「ああ、熱いねえ」 「いいよなあ、これから兄貴はご褒美が貰えるんだから」 「まあ、そう言ってやるなリッキー。俺達もこれからバカンスを楽しめるんだ」 二人とも壁に持たれて立ち、ニヤニヤとジョウとアルフィンを見ている。 どう見ても羨むというよりご愁傷様という眼だ。 喜んでいるのはその傍に居るアルフィンだけだ。 もう心は二人だけのデートに飛んでいる。 こちらの嫌味のような会話もまったく気にならないらしい。 「そうだよな、タロス。俺達も出かけようぜ」 「ああ、二人はこれから楽しいディナータイムだしな」 その言葉にジョウがソファから立ち上がった。 テレとからかわれたことで、顔がかなり赤くなっていた。 それでも視線は多少怒りをはらんでいたが。 「一緒に行こうぜ?」 アルフィンと二人だけにするなとばかりにジョウは二人を見た。 だが、ジョウの問いに今度は二人が青ざめて首を振った。 足が早々にエントランスの方に向いている。 「とんでもない。俺達はジャンクフードで十分」 「じゃ、あっしたちはこれで」 「あ、おい!リッキー!タロス!」 ジョウが引き止めるのも聞かず二人は部屋を出て行った。 残されたジョウとアルフィンに落日の光が指して、部屋に濃い影を落とす。 「行っちゃったね」 ポツリとアルフィンが呟いた。 「・・・ああ」 ジョウはその場に立ち尽くしたままだ。 「そろそろ着替えないと間に合わなくなるわ」 「・・・ああ」 アルフィンがゆっくり立ち上がり、そのまま自分の部屋に向かう。 「さっきも言ったけど・・・」 一度だけジョウの方に振り向いた。 「寝癖だろ」 分かってると言わんばかりに、ジョウは寝癖の付いた頭に手をやった。 「よろしくね」 そう言って、アルフィンは自分の部屋に姿を消した。 ここまでくれば諦めるしかない。 一人リビングに取り残されたジョウは大きく溜息をついた。 アルフィンの誕生日を二人で祝えるのはとても嬉しいのだが、それにお酒が付くとなると事情は別だ。 誰が止める荒れ狂う姫君を。 誰が・・・。 ・・・俺しかいない。 そんな愚痴が心の中で堂々巡りをする。 ジョウは頭を掻きながら自分もシャワールームに向かった。 少しでもその姫君のご機嫌を取るために。
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