| 朝方の微睡みの時間がゆっくりと流れてゆく。 アルフィンの身体を暖かなブランケットが優しく包んだ。 しかし、この温もりを誰かが断ち切ろうと肩を掴んで何度か揺らす。 「アルフィン、アルフィン、そろそろ起きて。仕度をしないといけないわ」 耳元で囁く女性の声に聞き覚えを感じた。 誰だったかしら、この声? 優しいピザンのお母様の声によく似てるわ。 待って、もうちょっとだけ寝かせてよ、お母様。 後五分いえ三分でいいから。 頭の中でそう訴えながらアルフィンはゴソゴソとブランケットの中に潜り込もうとしてハタと気が付いた。 え、お母様? 混乱しつつも重い瞼をゆっくりと開いた。 「花嫁が寝坊なんて、聞いたことが無くてよ」 視線の先には溜息を漏らし困った表情のハルマン三世王妃であるエリアナが自分を覗き込むようにして見つめていた。 アルフィンは慌てて飛び起きるように身体を起こした。見慣れぬ部屋に王宮じゃないことは分かる。 ――― 私、何故ここで寝ていたの? 必死に記憶の糸を手繰り寄せる。 ――― 昨日、あたしは何をしていたかしら? 「しっかりしてね、アルフィン。今日の結婚式の主役は貴方なのよ」 思案顔の娘の姿にエリアナは軽く娘の肩に手を置いた。 そうされることによってアルフィンはようやく今日が何の日か理解した。 結婚式。待ちに待ったジョウとの結婚式の朝だ。 ――― なんでこんな大事な日を忘れていたのかしら? 自分に対して情けない気持ちととまだ間に合うという安心した気持ちの両方の感情がアルフィンの心の中で膨れあがり、思わず涙となってこぼれ落ちた。 青い宝石から零れ落ちた雫にエリアナは驚いたようにしゃがんで娘の顔を覗きこんだ。 「アルフィン?」 顔を伏せるようにアルフィンは手で覆い大きく被りを振った。 「なんでもない、なんでもないの」 白く細い指で涙を掬いながら、心配する母親に無理に微笑む。 「大丈夫よ、アルフィン。今は不安でもきっとジョウが貴方を幸せに導いてくれるわ。不安なんて感じる間もないくらいに」 マリッジブルーに囚われた愛娘にエリアナはその腕を大きく背中に回してポンポンと軽く背を叩いた。 「うん、分かってる」 アルフィンも母の優しさにエリアナの背に腕を回した。 互いを気遣う暖かさが体温となって互いに熱を伝える。 朝日を浴びて輝く黄金の髪をエリアナ優しく撫でた。 愛しいたった一人の愛娘。 今日はその娘の結婚式。 なかなか会えないけれど、アルフィン自身が選んだ相手だ。 母親としてこんなに嬉しいことは無い。きっと幸せになれる。 「もう、仕度しなくちゃね」 腕の中に居た娘が顔を上げた。 もう泣いてはいない、眩しいほどの微笑を投げかけてきた。 「そうね。貴方も目覚ましにシャワーを浴びてらっしゃい」 「ええ」 エリアナに薦められて、アルフィンはベッドから脚を下ろして立ち上がろうとした。 「・・・」 鈍い腰の痛みに一瞬立ち上がるのを躊躇う。 「どうしたの?」 「んんっ、なんでもないわ」 クスッと笑った母の顔に思わずこちらが赤面してしまった。 これもそれも全てジョウのせいよ。まだ腰が重くだるい。 まだジョウがアルフィン自身の中にいるような気がする。 ネグリジェで見えないけれどきっと紅い痣があちらこちらにあるに違いない。 結婚前夜にあんなに激しく抱かれる花嫁なんて宇宙中探してもそうそういないはず。 ――― そりゃあ、ジョウに求められて嫌じゃなかったけど時と場合を考えて欲しいわ。 一人で何か考え事をしている娘を見て、嫁に出す日がとうとうやって来てしまったと少し寂しくエリアナは思った。 一人娘いうこともあって夫はアルフィンを大変かわいがった。 娘という存在は父親にとって特別な存在らしい。 でも今度私たちには自慢の娘婿ができる。 ピザンを救ってくれた英雄が私たちの娘の婿になるこんな幸運はそうそうあるものではない。 「早くシャワーを浴びてらっしゃい」 「うん・・・」 アルフィンは立ち上がるとエリアナの腕に自分の腕を回した。 肩を寄せて甘えてみせる。 「なあに、いつもの貴方らしくないわよ」 「いつまでも大好きよお母様」 結婚しても娘には変わりはないのだが、銀河に轟くクラッシャージョウの妻としていつまでも親に甘えているわけにはいかない。 だから今日で最後、こんな風に甘えるのも。 アルフィン自身の中で区切りの時を五時間後に迎える。 「私は先に部屋に戻ってるわ。後でいらっしゃい」 離れて行くエリアナの姿を見送って、一抹の寂しさを抱えアルフィンはシャワールームに姿を消した。
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