| ミネルバは、惑星ブロウィラードのルプル宇宙港に停泊していた。この惑星では船内での宿泊は禁じられてる為、ジョウは宇宙港から程近いホテルのスイートルームを取っていた。今日で三日目を迎える。前回の仕事でのミネルバの修理が、思ったより時間を要したお陰で十日を予定していた休暇が五日となってしまった。しかも、この三日間は次の仕事の下調べで多くの時間を費やしていた。殆ど遊んではいない。もっとも、あらかじめ予想出来た事なので、ジョウはチームの者にその旨を初日に伝えていた。オフに出来るのは後半二日、最終日は出発の準備やミーティングを行うから、出かけられるのは実質四日目だけだろうと。 しかし。 タロスとリッキーが、珍しく静かにソファに腰掛けテレビを見ているとジョウが入ってきた。 「あ、兄貴。お疲れー」リッキーが陽気に手を振る。 「やっと、遊びに行けるね。明日、楽しみだなー」 「お疲れ様です」 タロスも機嫌良く声を掛ける。が、ジョウの表情に何か引っかかるものを感じた。 「―――どうかしましたか?」 すると、ジョウは軽く肩をすくめソファに腰を下ろした。 「ん・・・明日だけどな」彼は腕を組み、背もたれにゆっくりと寄りかかった。 「朝、本部と連絡を取らなきゃならなくなった。アラミスもそっちが寄越した仕事のクセに待ったをかけてきやがった。照会しなきゃいかん事項が出来たとかでな」 「参りましたな」 タロスは顔をしかめる。その横ではリッキーが膝を抱え、不貞腐れていた。その様子を横目で見たジョウは苦笑して言った。 「別に皆で待ってる必要はない。俺だけで十分だ。お前達は行ってきな」 明日は、惑星ブロウィラードの第二衛星スペールブに行く予定になっていた。そこはプロウィラード随一の観光客数を誇っている。ギャンブル・ショッピング・遊園地・マリンスポーツ等、休暇にはもってこいの星だ。プロウィラード自身は風光明媚な星であるが、娯楽施設は主に五個ある衛星が賄っていた。 「でもさあ、良いのかい?」 リッキーは困惑してジョウに聞く。嬉しげに抱えていた膝を離したリッキーではあったが、貴重なオフを自分達だけで過ごすのは多少気が引けた。それに、ジョウが行かないとなるとアルフィンのご機嫌が傾く。リッキーはタロスの方に目を向ける。やはり彼も渋い表情だ。 「俺は、構わないぜ。大して時間も掛からんだろうから、後はノンビリしてるさ」 二人の反応にジョウはさらりと言う。 「ですが、アルフィンはどうなんでしょうな」タロスは他人事のように呟く。 「休暇に入って遊べなくても大人しいってのは、明日があるからに違いねぇ気がするんですがね?」 「そうだよなぁ。兄貴、明日は行きたいトコに連れて行くって、約束させられてたろ?」 リッキーが頭の後ろで腕を組みながら言った。 「だからさー、今になって兄貴が行かないって言ったら、俺ら達じゃ手に負えないぜ?」 「そんな事言ったって、仕方ないだろ?」 ジョウは肩をすくめた。 その時。問題のアルフィンがリビングに現れた。 「げっ」 小さく声をあげ、リッキーが身体を強張らせる。瞬く間にリビングルームに広がる微妙な緊張感。すかさずリッキーはジョウに目で訴えた。上手く言いくるめてくれ、そう願っている。ジョウも話がややこしくなるのは避けたい。彼は静かな声でアルフィンに声を掛けた。 「アルフィン、ちょっといいか」 ぼんやりした表情の彼女は、ビクッとしてジョウに目を向けた。 「―――え、なぁに?」 「どうした?」 ジョウはそんな彼女の様子に気付き首を傾げる。機嫌が悪そうには見えないが、何かあったのだろうか。ここ数日、静かな事からしても。しかし、ジョウの心配気な視線に気付くと、アルフィンの顔にどことなく作ったような笑みが浮かぶ。 「ううん、なんでもないわ」 「そうか?ならいいが・・・」 ジョウの瞳に探るような色が現れたが、アルフィンは彼の疑念を振り払うように、つんと顎を上げて見せ逆に問い返した。 「そんな事より、どうかしたの?」 「あ、ああ。明日の事なんだが」ジョウは多少引っ掛るものの本題に入ることにした。 「少し予定が変わった」 「明日?」アルフィンはぼんやり繰り返したが、慌てて思い出したように明るい声になる。 「そうね、出かけるのよね。集合時間でも変わったの?」 「いや・・・」ジョウは言いよどんだが、慎重な口調で先を続けた。 「アラミスとの打ち合わせの都合で、俺は行けなくなった。でも、一人で十分だから皆で行って来てくれ。俺も、それが終わればゆっくりする時間もあるから、君も気にせず行ってきな。買物する所は、いくらでもあるみたいだし。諦めるって言ってた、エステでも行ってこいよ」 「・・・」 無言でジッとジョウを見つめるアルフィン。事の成り行きを、息を潜めて見守るタロスとリッキーは密かに怯えて彼女の言葉を待っていた。二人は、恐る恐るアルフィンの顔を盗み見る。怒りのあまり絶句してるのであれば・・・明日は恐ろしいことになるだろう。いや、この瞬間から。 「仕方ないだろ?」 ジョウは厳しい口調で言い出したが、彼女の沈んだ様子に表情を和らげた。 「そんな訳だ―――悪いな」 「う、ううん。そっか」アルフィンは呟く。 「―――仕方、ないのよね」 「あ、ああ」あっさり引き下がられ拍子抜けする。が、やはり様子が気になり眉を顰めた。 「アルフィン、どうかしたのか?」 「ううん、少し疲れてるだけ。休暇だと思ったら急に気が抜けちゃって」 皆が彼女に視線を向ける。なるほど、少し顔色も悪い。ホッとしたのも束の間、彼らは心配気にアルフィンを見た。その視線に、彼女は元気な声を出してみせた。 「平気よ、別に。やーね、少し休めば大丈夫。ちゃんと遊べるわよ、明日」 ジョウは思案した。体力に劣るアルフィンだが、無理にでもこちらのペースに合わせようとするのはいつものこと。本人が思う以上に、疲労が溜まってるに違いない。しかし、これから仕事が立て続けに続き、短い休暇すらいつ取れるか見通しが立たない現状。それなら、明日は行かせない方が良くはないか。自分と一緒に残らせるべきだろう。 「アルフィン、明日行っても平気か?ハードだぜ?」 ジョウは、チラッとタロスとリッキーの方を見て言った。二人は頷く。そして、リッキーが頭を掻きながら口を挟む。 「うん、六時の便に乗る。で、帰りは着くのが明け方」 「・・・」 アルフィンが怯んだ表情になった。それを見て取ったジョウはさりげなく提案する。 「なんなら、君も残るか?そんなに遠くまで行けないが、何処かに連れて行ってやるよ」 「ホント?」 アルフィンの顔に零れる様な笑みが広がる。リッキーが、素早く会話に加わった。 「あ、決まり。そうしなよ、アルフィン」 「うん、ジョウが時間取れるならこっちにいるわ」 「決まりですな」 タロスも満足気に頷く。これで、全て丸く収まる。密かに、ジョウも『女の子』慣れしてきたな、と微笑ましく思う。一方、ジョウは慣れない誘いをしてしまった事に、今更ながら照れを感じていた。それを押し隠しながら、やや素っ気無く皆に言い渡す。 「じゃ、これで決定だ。明日以降の事は夕飯の時にでも話そう。それまで、自由行動で良い」 だが、タロスとリッキーはお見通しのようだ。二人とも顔が緩んでる。でも、平和を維持するためにも余計な事は言わず、顔を見合わせただけでその場を離れた。
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