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■817 / inTopicNo.1)  天使の運命
  
□投稿者/ 香夏 -(2005/01/25(Tue) 00:27:42)
    鈍い痛みで意識が戻った。
    頭が割れるように痛い。うっすらと瞳を開けて見る。
    まぶしさに目を細めていると、だんだんと空の青さが分かってくる。
    そこへ・・・その空よりも碧く、深い色の瞳がふいに覗き込んできた。

    「大丈夫?」
    花の蕾のような唇から天使の囁く声がする。
    (天使?ってことは・・・ここは天国か?)
    そんなことをぼんやり考えていると、さらに天使が言葉を継いできた。
    「ごめんなさい。あたしが慌てていて、階段から落ちちゃったから、あなたを巻き添えに・・・」

    想い出してきた。

    昼下がりの午後、丘の上にある公園目指し、石階段を数歩上った。
    階段を見上げた時、ひとりの少女が息を切らせながら下りてくるのが目に入った。
    長いまっすぐな金色の髪をたなびかせ、白い頬をわずかに赤く上気させている。
    印象的な碧い瞳は心なしか潤んでおり、その切ない表情に俺は、思わず立ち止まってしまったのだ。
    と、その瞬間。
    少女が履いていた白いブーツのヒールが、階段を踏み外した。

    (天使が落ちてくる・・・!)
    受け止めようと思う間もなく、ふたりは重なって転げ落ち、俺はしたたかに後頭部を打った。

    体を起こそうと試みるが、少女が素早く身をかがめて止めた。
    「動かないほうがいいわ。頭を打っている」
    長い金髪がさらり、と俺の頬をなでた。
    今度は心臓が割れるように鳴っている。

    「君は・・・天使か?」少女が碧い瞳を丸くする。
    「綺麗だなあ。このまま死んでも悔いはない」
    ぼんやりと素直な気持ちを口に出して言ってみる。
    少女が思わず、吹き出した。
    「なあに?新手のナンパ?」
    「ひどいな、そっちが勝手に落っこちてきたんだぜ」
    ふたりは声をあげて笑った。

    わずかに頭を動かしてみると、階段下の石のベンチに寝ているのが分かった。
    後頭部に小さなタオルが濡らして敷いてある。
    「頭の出血はないようだけど、コブになっちゃってるの。気分はどう?」
    「気分は・・・悪くない。頭と、そして胸が痛い」
    現在の状況を正直に言う。
    「胸?」と、少女はベンチに肘を付き、小首を傾げて覗きこんだ。
    その愛らしいしぐさに思わず、質問とは違う言葉を返した。
    「さっき、なんで・・・泣いてた?」

    少女がはっと身を固くするのが分かった。
    「ケンカでもしたの?彼と」
    カマをかけてみた。
    少女がわずかに赤くなった頬を押えて、目を逸らす。
    図星だ。いきなりガックリきた。
    (まあ、これだけ可愛いんだ。男がいても不思議じゃないよな)

    「頬が赤いの、もしかして叩かれた?彼に」
    「え・・・。ううん、ちがうわ。これは落ちたときにあなたの肩にぶつかって・・・」
    少女は頬に手をあてたまま、俯くように言葉を継いだ。
    「それに・・・逆よ。あたしがひっぱたいてきたの」
    「へ?」
    「態度が煮え切らないから、ひっぱたいてきたのよ」
    少女はその状況を想い出したのか、少しむっとしながら答えた。

    「ふうん。そうなんだ・・・。優柔不断なんだ、そいつ」
    俺はまだ痛む頭に手をやりながら、ぼんやり言った。
    「ちがうわ、即断即決よ。仕事はね!」何故だか胸をそらせてぴしゃり、と云う。
    「でも、私のことになると・・・はっきりしないのよね」
    最後の方は呟くように小さくなった。
    「とても優しくて、すごく照れ屋で。でも、肝心なところで・・・あやふやなの」
    長い金色の睫をふせる。
    「はっきり、言ってくれないの」
    「何を?」
    「何をって・・・大事なことよ」
    少女はそんなこと言わせないでよ、という目で俺を軽く睨んだ。
    まずい。慌てて、フォローを入れる。
    「君のこと、好きだって言えないの?男の風上にも置けないヤツだな」

    「そう思う?」少女は上目遣いに俺を見上げ、小さな吐息をついた。
    「あたしの我儘なのかな・・・と思う時もあるんだけど」
    金色の天使が肩を落としてうつむく。可憐な花がしおれてしまったようだ。
    その切ないしぐさに、また胸が痛くなる。

    「そんな・・・ヤツは振っちまって、俺と付き合おうよ。」緊張で声がかすれた。
    「俺、毎日でも君に好きだと云える。泣かせたりしない」
    一気に口から言葉がでる。血が昇って、また頭が痛くなってきた。

    少女は俺の言葉に本当に驚いたように、碧い瞳を見開いている。
    と、みるみる白い肌が薔薇色に染まる。
    「そ、そんなこと。真面目な顔して云われると・・・困るわ」
    少女は両手で頬を包みしばしとまどっていたが、急にくすりと笑った。
    「でもヘンね。本当はその言葉をずっと待っていたのに、いざ云われると困る、なんて」

    「困ることなんて、ない。これからは自然だと思うようになるよ」
    少女は頬を染めながらも、少しあきれたように俺を見下ろした。
    「さっき会ったばかりの人に、よくそんなことスラスラ言えるのね」
    「俺は<運命>を信じてるんだ」
    「運命?」
    「この惑星で出会って、ふたりで階段を落ちたのは<運命>以外のなんでもない。そうだろう?」
    「そうかしら?」少女は含み笑いをする。
    そして、碧い瞳がぼんやりと遠くを見る。

    「ごめんね。もう<運命>は決めちゃったの」
    「?」
    少女は視線を俺に戻し、きっぱりと言った。
    「彼の傍にずっといる・・・って、決めちゃったのよ」

引用投稿 削除キー/
■818 / inTopicNo.2)  Re[1]: 天使の運命
□投稿者/ 香夏 -(2005/01/25(Tue) 00:32:13)

    俺はショックに打ちのめされて、しばし黙っていた。
    やがて、重い口調で訊いてみる。
    「どこが・・・そんなにいいんだよ?」
    「全部よ」
    少女がさらり、と言う。
    「全部?」俺はちょっとむかついて、意地悪く訊く。
    「煮え切らない、その優柔不断なところも?」
    「・・・・・・・」
    少女が綺麗な形の眉を寄せ、口元に手をあてて考える。
    そして初めて気づいたように言った。
    「そうね・・・。そんなところも全部ひっくるめて、好きなのね。あたし」

    むかついていたのに、思わず吹き出してしまった。
    少女もつられて笑った。
    「参ったな。それなのに毎回ひっぱたかれてたら、いい迷惑だな」
    「本当ね。これから手加減するわ」
    ひとしきり笑ったあと、俺は静かに訊いてみた。

    「でも・・・きみが傍にずっと居ても、彼が何も言ってくれなかったら、どうする?」
    少女がふいに動きを止める。
    碧い瞳が一点を見つめ、白い細い指が口元を押える。
    まるで、声が漏れるのを防ぐように。

    「ずっと、ずっと君は待っていて、年をとって、おばあちゃんになっちゃうんだぜ」
    「・・・そんなこと、考えたこともなかったわ」
    「花の命は短いんだ」
    俺がちょっと芝居めいた口調で言葉を継いだ。

    「そうね・・・そうしたら・・・」
    少女は両手で自分の肩を抱くようにして、ベンチに身を伏せた。
    細い金髪が肩から腕へと流れ、渦巻いて広がる。

    「命尽きるまで、彼の傍に居るわ・・・」


    「こんなこと言ったら、男の人って引くのかしら?」
    再び、固まっている俺に向かって少女はいたずらっぽく笑って訊いた。
    「いや・・・まあ、好意を持ってないやつから言われたら、確かに引くけど」
    俺はこんな天使のような少女の唇から出た台詞に、只々驚いていた。
    「でも好きな娘から言われたら、死ぬほど嬉しい」

    「ほんと?」少女は小さく笑う。
    小さくかぶりを振って言葉を続ける。
    「私たち、死ぬの、命尽きるのって、物騒ね」
    「確かに」今度は俺も少し笑った。

    少女が突然、何かがふっきれたかのよう身を起こした。
    俺はすがるように、少女を見た。
    「彼の傍に帰るわ。自分で決めた<運命>の通りに」
    俺の気持ちが聞こえたかのように、少女は静かに言った。

    「でも、本当に病院に行かなくて大丈夫かしら?」
    少女が心配そうに覗き込む。
    「だめだ。今できた心の傷で悪化した」
    俺は死にそうな声を出してみせた。
    「そんな台詞がでるようじゃ、心配ないわね」
    少女が笑って、立ち上がる。片目をつむって言った。
    「救急車、呼んどくわ」
    「つれないなあ」
    思わず、ぼやいた。

    「怪我させて本当にごめんなさい。でも、あなたと話せて良かった。ありがとう」
    少女は少しかしこまり、恥ずかしそうに小さく言った。
    「俺も生きているうちに天使に会えて良かったよ。もう、いつ死んでもいい」
    俺は胸の上に両手を組み、死んだマネをする。
    「ばかな人」
    少女はまた愛らしく小首を傾げて笑い、そして俺に背を向けた。
    「運命が変わったら、また会おう」
    その細い後ろ姿に向かって、俺は声をかけた。
    少女は振り向かないまま、小さく手を振った。


    少女の後姿は、すぐ視界から見えなくなった。
    俺は胸の上で手を組んだまま、しばらく目を瞑って、じっとしていた。
    こうやって神妙に祈っていたら、また天使が現れるだろうか?
    (ないよな・・・。)

    右腕を覆うように目の上に置く。少女の強く光る碧眼が思い浮かんだ。
    知らず、小さく笑って呟く。
    「運命って、自分で決められるもんなんだな・・・」

    <END>

引用投稿 削除キー/
■819 / inTopicNo.3)  Re[2]: 天使の運命
□投稿者/ 香夏 -(2005/01/25(Tue) 00:47:51)
    お読みいただき、ありがとうございました。
    前回の「命懸けの恋」の片割れです。
    第三者の前だと、相手になかなか言えないことや、日頃気づかなかったことが、素直に出せるかな〜と思って書いてみました。
    どう書いてもJ&Aの想いの深さに完敗(ご馳走様?)といったカンジです。

    短編でも大変なのに、長編を続々と書いていらっしゃる皆様には本当に脱帽です。
    これからも皆様のCJワールド楽しみに、遊びにきます。
    読み手として、また時には書き手として参加できれば嬉しいです。
    また、お会いできる日を楽しみに♪

fin.
引用投稿 削除キー/



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