| 小さな電子音が、ゆっくりと意識を覚醒させてゆく。 ジョウは、薄く目を開き、ベッドサイドの時計を見る。18時。現地時間では、そろそろ夕暮れになる頃だろう。ジョウは、ぼんやりとそんな事を思いながらまだまどろんでいた。本当ならこのままもう少し寝ていたい。しかし。 ピピピピ・・・ 容赦無く、再び響く電子音。ジョウの手が伸び、タイマーを解除する。 ・・・ピッ 「うっせぇ、起きるって」 忌々しそうに呟き、ジョウは緩慢な動作で起き上がった。今日で休暇も終わる。 だが、昨夜から次の仕事の打ち合わせで方々と通信していたジョウは徹夜になってしまった。彼としてはそのままミネルバに皆と一緒に行くつもりでいたが、チームの者は自分達が出発前の点検はするからと睡眠を取るように勧めた。結局は押し切られ、ジョウは一人ホテルに残って休んでいた。アルフィンがモーニングコール(?)を買って出てくれたが、一応ジョウはタイマーをセットしておいたのだ。それも、彼女から通信が入る1時間前に。信用してないわけじゃない。ただ、自分が起き抜けにどんな対応をするか心許なかったからだ。彼女の声に起こされるのは悪い気はしないが、その前の呼び出し音に不機嫌になってる可能性が高いのだ。そのままの声で対応したら・・・誤解を招く。その為に、少々早く起きて気持ちを仕事モードにしておく必要があった。 ベッドから渋々這い出したジョウは、Tシャツとジーンズに着替え思いっきり伸びをすると欠伸をしながら部屋を出た。
リビングはひっそりしていた。ここは惑星テラの地中海に浮かぶ小さな島の瀟洒なホテル。今日までジョウのチームは休暇で2週間滞在していた。いつもなら、なんとなく集まって雑談をしているのに、今は自分独りきり。柄でも無いが、少し寂しい気がしてグルッとリビングを見渡したジョウは苦笑を浮かべる。 と、レースのカーテンが揺れているのを目の端に捕らえた。テラスに続くガラスの戸が開け放れているようだ。レースのカーテンが、少し強く吹いた風に室内に引き込まれるようにして舞う。 そして、人の気配も。 ジョウは気配を殺して近づく。カーテンの陰からそっとテラスを窺う。 アルフィンだった。 隅にある背もたれの高い籐の椅子に腰掛け、静かに街を眺めていた。この島は海岸沿いにホテル等を建てるのを禁止している。そして、町並みの景観を守る為に建物の高さ制限をし、基本は純白の壁で、装飾は青と決められていた。その統一された白い家並みに夕日が映え、彼女はすっかり心を奪われてるのか、ジョウが近づいて来るのに気づいていない。町並みの向こうに見える海にも劣らず碧く輝く瞳で見入っていた。 微かな風が吹く。アルフィンの金色の髪がサラサラとなびく。彼女の横顔も夕日に染まって金色に輝いている。ジョウは言葉も無く、時を忘れて見つめていた。しかし、アルフィンが気配を察し振り返る。碧い瞳がジョウを見つけ輝きを増す。微笑む彼女を夕日が彩り、温かい思いがジョウの心を満たす。溢れるほどに。 「綺麗だ・・・」 ジョウは呟く。 「え?」 アルフィンは不思議そうな顔をした。 「―――いや」 ジョウは、小さく首を振るとアルフィンの座る椅子に近づき照れたような笑みを浮かべて彼女を見下ろした。 「どうしたんだ。なんで、こっちへ?」 「起こしてあげるって、言ったでしょ?」 アルフィンは、にっこりと笑って嬉しげにジョウを見上げる。 「起こすって・・・コレでかと思ったぜ」ジョウは腕を上げ、目で通信機を指し示す。 「だって、枕元に置いとけって君が言ってたろ?」 「ふふっ。そうね」アルフィンは悪戯っぽく笑う。 「でも、寂しいんじゃないかと思ったんだもん・・・起きて誰もいないと」 「そりゃ、どうも」 内心ドキリとしながらも、ジョウは素っ気無く言葉を返す。そして、彼はアルフィンの座る椅子のアームレストに腰を持たせかけるようにして座り、腕を膝に乗せ瞳を夕焼けに向けた。 「それより、なんであたしが起こす前に起きてくるのよぉ」 「いて」 腕をつねられた痛みにジョウが視線を戻すと、彼女は不服そうに口を尖らせていた。彼女にしてみれば、どうやって起こそうかと計画を練っていたのだろうから、それが無駄になり少々機嫌を損ねたようだ。ジョウは上手い言葉が見つからず、肩をすくめて見せる。 「もう」 アルフィンは頬を膨らませたものの、ジョウとこうしていられる嬉しさにすぐに機嫌を直す。早く起きたということは、その分時間があるわけだから。アルフィンは微笑み、身体をさりげなくジョウの腰掛けているアームレスとの方へ寄せてみる。 「つまんないけど、良いわ。少し、ゆっくりしてましょうよ」 「ん?あぁ・・・」 ジョウは曖昧に頷く。まっすぐに見つめてくる碧い瞳。心をさらけ出してしまいそうだ。だが、言葉なんて要らない気がした。緩やかに吹く風が、彼女の金色の髪をなびかせる。ジョウは、無意識に手を伸ばし乱れた髪を整えてやる。何気ない仕草だが、髪に触れる彼の指がとても優しくてアルフィンは幸せな思いに包まれる。言葉では言ってくれなくても、大事にされてるのを感じて。しかし、風が少し冷たい。アルフィンは思わず身を震わし腕を抱える。 「寒いか?」 ジョウがそれに気づき、アルフィンの顔を覗き込む。 「ううん、平気」アルフィンは笑みを浮かべて首を振る。 「でも、少し風が冷たくなってきたわね。温かいコーヒーでも飲まない?」 「あぁ、そうだな。部屋に戻るか?」 ジョウがアームレストから腰を上げる。だが、アルフィンは首を振って立ち上がる。 「あたし持ってくるから、テラスで飲みましょうよ。夕日が綺麗なんだもん」 「君が寒くないならいいぜ」 「平気よ。待っててね」 アルフィンは微笑んで急ぎ足で部屋へと向かった。
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