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「だめだ。眠れねぇ」 何度目かの同じ台詞を呟き、ジョウはごろりと寝返りを打った。 額に右手の甲をあて、船室の小さな窓を見遣る。 窓の外にはいつもと同じ漆黒の宇宙が広がっていた。 長い間宇宙で生活しているせいか見慣れたこの星々の瞬きは、ジョウの心を幾分落ち着かせてくれる。 クラッシャーとしてのハードな仕事は必要以上に神経を酷使する。その上、人一倍寝つきのよい彼が眠れないことなど、そうそうあることでは無かった。 そのジョウが。もう3日も熟睡を得られないでいる。 その原因は・・・彼にはよく分かっていない。いや認めたくない、と云うべきか。
彼が眠りにつこうと瞼を閉じると、そのぼんやりとした暗い世界にひとりの少女の姿が浮かんでくる。 俯く白い小さな顔を長い金髪が覆うように隠している。そして、ふと何かに気付いたように顔をあげる。金色の髪の下からのぞく碧眼が自分を見つけて、こぼれるような笑みを浮かべるのだ。 −そう、アルフィンはいつもそうやって俺を見る。 ジョウははっとして、目の上に置いていた右手を外した。 そして深呼吸するように大きく息を吐く。
実は、彼にも分かっていた。原因は3日前の出来事なのだ。 トレーニングルームで格闘術を教えて欲しい、と言い出したのはアルフィンだった。 ジョウは簡単な攻撃パターンと関節技を教えた。飲み込みのよい彼女に教えるのは面白かったが、その後いろいろ事情があって、ふたりで悪ノリしすぎた。 その際アルフィンの身体を組み敷く形となった時、ジョウはふと気付いてしまったのだ。 自分の左手一本で掴める、両手首の細さ。 白い腕、くびれた細い腰。そしてすらりと伸びた脚。 いつも傍らに居る少女のあまりにも華奢で柔らかな身体に今更ながら驚き、とまどった。
それからだった。毎晩目を閉じると何故かアルフィンの姿を浮かぶ。 それは先ほどのようにこぼれるように微笑む姿だったり、組み敷いた時の下から恥ずかしそうに見上げる碧い瞳だったりした。 そしてあろうことか、時折彼女は服さえ身につけていないようで、ぼんやりとした白い肌が浮かぶこともあった。 その都度ジョウは飛び起きて乱れた呼吸と心拍を整え、首筋に滲む汗を拭う。 しかし、掴んだ手首の細さや触れていた柔らかな身体の感触がありありと想い出され、ジョウを眠りにつかせてはくれなかった。
「いったい、どうしちまったんだ・・・」 これも何度目かの台詞を吐き、ジョウはけだるそうに身体を返してうつ伏せになった。 そしてそのままぐったりと枕に顔を埋め、朝が来るのを待った。
「なんだかさあ。最近、兄貴顔色悪くない?」 タロスとリッキーのふたりは格納庫近くの射出装置の点検を行っていた。 低い位置にある装置の前に巨体のタロスが屈み込んでいる。その脇に小柄なリッキーが立ってアシストしていた。 「この前のクライアントとの打ち合わせでも、珍しくうわの空でさあ。何度も訊き返してたじゃん? あんな兄貴、俺らはじめてだよ」 リッキーが納得いかない様子で首を傾げ、両手に持っていたメモリカードのボックスを持ち直した。 その台詞にタロスのカードを交換する手が、止まる。 「そういやあ、そんなことあったな」 ジョウの補佐役としてずっと傍に付いてきた彼も、実はその時の様子がひっかかっていたのだ。 チームリーダーとしての責任感と人一倍負けず嫌いなジョウは自分に対してとても厳しく、常に仕事も完璧を求めていた。 そんなジョウがクライアントを前にその失態。本当に珍しいことだった。
「昨晩もさあ、何度も夜中にキッチンに来て水飲んでたみたいなんだ。俺らライブ中継見てたから、結構遅くまで起きてたんだけど」 「寝てねぇ、ってことか?」 リッキーはかぶりを振って、答える。 「よく分かんないけどさ。何か悩み事でもあんのかな?今回の護衛の仕事は今んとこ、あんまし厄介じゃないと思うけどなあ」 タロスはしばし、今回の仕事の内容を考えてみた。 「仕事・・・のことじゃあ、ねぇな」 仕事じゃない?ジョウから仕事を除くと・・・何が残るんだ? ふたりはチームリーダーに失礼ながらも、同じことを考えて顔を見合わせた。
と、そこへ。ふたりの上にある船内インターコムが鳴った。両手のふさがっているリッキーの代わりに、タロスが腰を浮かせてオンにする。 「どう?そっちはもう終わりそう?」 すずやかな声が間髪入れずに響いた。モニターに映し出されたアルフィンが、覗き込むように首を傾げている。 「ああ。あと10分くらいで完了する。もう護衛プランのチェックは済んだのか?」 タロスが腰を伸ばしながら、答えた。 「それが・・・」 それよ、と言わんばかりにアルフィンが身を乗り出した。こっちのモニターでは当然アップになる。 「ジョウと一緒にチェックしようとしたら何だか慌てて、自分がやるからいいって。部屋に引きこもっちゃったのよ!まるであたしを避けてるみたいで頭きちゃうわ。ねえジョウ、最近おかしくない?」 アルフィンが一気にまくしたてる。 「あ、ああ」 あまりの彼女の剣幕に、ふたりは取りあえず何度もせわしく相槌を打つ。 「ま、いいわ」 ふっと言葉を切り、小さな肩を落とした。 「終わったら早めに食事にするから、帰りにジョウを呼んで来てね」 自分の言いたいことだけを言って、アルフィンはさっさとインターフォンを切った。
しばらくの静寂の後、ふたりのクラッシャーは再び顔を見合わせた。 「原因って・・・」リッキーが上目遣いで、隣の巨体を見上げる。 「アルフィンだな・・・」タロスが天井を向いて、大袈裟にため息をついた。
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