| 「‥‥‥面倒くせえ時に、引っ掛かっちまったな」 タロスはぼやきながら、ドリンクパックからチューブを引き抜いた。中身は愛用のスタミナドリンクだ。 「朝からどのチャンネルもこればっかだぜ、もう飽きちゃたよ」 主操縦席の後ろ、動力コントロールボックスに坐ったリッキーは、頭の後ろで手を組むと、シートにもたれ掛かった。 「建国記念日だってだけで大騒ぎじゃん」 「よそ者にはわからねえ愛国心ってやつだろ」 タロスは目を上げて、メインスクリーンを見遣る。三面に区切られたメインスクリーンは、真ん中が衛星テレビに切り替えられており、盛大な祝賀パレードの様子が延々と映し出されていた。 「―――この分じゃあ、ジョウたちも出国手続きに手間取らされているかもな」 ジョウはアルフィンを連れて、出国許可を取りに出国管理局へ出掛けている。 「でも兄貴たちが帰ってきたってさあ、肝心のコンテナの搬送が済んでないんだから出国したくても出来ないぜ」 「ったく、えらく待たせやがる」 積荷を受け取る為、ミネルバで待機中の二人は、先程から暇を持て余している。 「‥‥‥なあ」 と、リッキーが、欠伸混じりに口を開く。 「何で連中、父の日、父の日言ってんだ? 今日は建国記念日なんだろ?」 画面では、すでに見飽きた感のある壮年の男が群衆に手を振っている姿が大写しになっている。本日の主役、この惑星の国家元首だ。 「さあな。‥‥‥さだめし今日が、あの建国の父とかいう野郎のお誕生日かなんかじゃねーのか」 よくある話だ、と、タロスは投げやりな調子で返す。 「ふーん‥‥‥」 それっきり会話が途切れる。元々タロスもリッキーも政治には全く興味がないから、話の広がりようがない。 と、通信機が鳴った。タロスとリッキーが同時に反応する。 「‥‥‥なんだ。ビデオメールか」 管制塔からの通信でなかったので、リッキーは露骨にがっかりした。 「タロス、鳴ってるぜ」 通信機は、主操縦席と副操縦席の間にある。だがタロスは動こうとしない。取るのが面倒臭いのだ。 「おまえが取んな」 タロスはリッキーに押し付けた。無論、黙って言いなりになるリッキーではない。 「何でさ、タロスの方が近いんだから、タロスが取れよ!」 「こういう時は若輩が気を利かすってもんだぜ」 「け」リッキーは吐き捨てた。「年は取りたくないね、すっかり腰が重くなっちまって、何でもかんでも人に押し付けやがる」 「何だとっ この発育不良児が!」 途端にタロスがシートを蹴って立ち上がる。タロスは二メートル近い大男だ。その上顔は、フランケンシュタインそっくりときてる。 タロスがリッキーを睨みつけるさまは、幼児が見たらひきつけでも起しそうな迫力だが、リッキーは負けじと自分もシートに飛び上がると、どんぐり眼を剥いて正面から受けて立つ。 「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥」 二人は睨み合ったまま動かない。 「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥」 やがて二人は、どちらからともなく視線を外した。何となくお互いきまり悪くなりながら、自分の席へ戻る。二人だけだと、どうも調子が狂う。 タロスは、飲み差しのドリンクパックへ手を伸ばした。 テレビの画面はいつの間にか、お祭り騒ぎに沸く街頭の様子に変っている。 「父の日ねぇ‥‥‥」 リッキーが呟いた。タロスが視線だけ、流す。 リッキーの前身は、ローデスの浮浪児だ。孤児である。それが三年前にミネルバに密航してクラッシャーになった。当然ながら、二親の顔など知る由もない。 リッキーがらしくもなく、父という言葉に感慨でもあるのかと一瞬訝ったタロスだったが、 「アラミスでおんなじように建国記念日とか作るとしたらさ、やっぱ建国の父は評議長になるのかなあ?」 「アホか」 そこへ通信が入った。タロスが揉み手をして、シートから身を起す。 「―――おっと、漸く来やがった」 タロスは管制塔と回線を開いた。同時にメインスクリーンを船外カメラに切り替える。 コンテナを積んだキャリアーが、オート操作でミネルバへ向って来ているのが確認できた。 「リッキー!」 タロスが振り返る。 「わかってらいっ」 すでにリッキーはシートから飛び出している。 「ドンゴの邪魔するんじゃねえぞ」 ひと声投げて、タロスは船内回線でドンゴを呼び出した。 「ドンゴ! コンテナが着いた。カーゴルームへ収納してくれ」 『キャハハ、了解』 「ぶっ」 思わずタロスは噴いた。動揺のあまり、腰が浮く。 「なんだあ‥‥‥?」 ドンゴの声がいつものドンゴのものではない。似ても似つかぬ、錆を含んだ渋い男の声なのだ。 「お、おい、ドンゴか!?」 しかも、この声は――― 『ワッタシニマッカセナサーイ』 「お、おやっさんっ!?」
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