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■888 / inTopicNo.1)  ‥‥‥じっと、手を見る
  
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2005/05/22(Sun) 10:46:21)
     船内回線の呼び出し音が鳴っている。
     リッキーは溶接機のスイッチを切ると、バイザーを額に押し上げた。首を廻らせ、それから身軽くファイター1の翼から飛び降りる。
    『リッキー』
     明るい声とともに、アルフィンが画面に出た。金髪碧眼。薄暗い格納庫の明度に慣れていたリッキーの目に、彼女の姿はやけに眩しく映った。
    『荷物が来てるわよ。ラテラルフットワークですって。ミネルバに直接廻してもらうように頼んどいたから、あんた自分で受け取んなさいよ。今、格納庫なんでしょ?』
    「うん。ファイター1の機体に開いた穴を塞いでるとこ」
    『いっそのこと、ファイター2と一緒に修理に出したら?』
    「おいらもそう思うんだけどさ、兄貴が修理せるものは修理せって言うからさ」
     リッキーが言うと、アルフィンは肩を竦めた。
    『そういうとこ、変に貧乏性なのよね‥‥‥あ、着いたみたいよ、あんたの荷物』
     と、一旦手元へ視線を落としたアルフィンは、目を上げると、
    『なあに? また通販で衝動買いしたの?』
    「いいだろ、別に」
     図星を突かれて、リッキーは口を尖らせた。そりゃあね、とアルフィンは軽く受け流した。
    『あんたが身長が伸びる奇跡のエクササイズマシンを買おうが、十日でイイ男になれるレクチャーセットを買おうが自由だけどね』
    「‥‥‥‥‥‥」
    『あたし今お小遣いピンチなの。だから今回は1クレジットだって貸せないからね!』
    「‥‥‥‥‥‥う」
     そこへ、外から格納庫のハッチを開けるよう、通信が入る。
    「‥‥‥やべえ!」
     支払いのこと、すっかり忘れてた!
     リッキーは、頭を抱えた。



     ミネルバは、銀河標準時間でおよそ20時間前から、クメン星の衛星軌道上の中央ステーションに係留中であった。
     ジョウは、一人リビングにいた。
     ソファセットのテーブルにパソコンを広げて、先程からアラミスへ送る報告書の作成にキーボードと格闘中である。傍に置かれたプリンターからは、オンラインで、溜まった請求書や明細書などがひっきりなしに吐き出されている。
     気乗りのしない事務仕事とあって、ジョウの口はへの字になっている。
    「ジョーウ?」
     と、アルフィンがひょっこりと、リビングへ顔を覗かせた。ジョウが顔を上げると、アルフィンはにっこりと笑った。
    「今、いい?」
    「ああ、いいぜ。なんだい?」
     アルフィンはジョウの隣へ腰を下ろした。それから、ふとパソコンの画面を覗き込むと、
    「これ、クメンの報告書?」
    「ああ、面倒臭いけど、こいつばっかりは期日を守らないとアラミスがうるさいからな」
    「―――で、こっちの方はうるさく言われないからほったらかしなのね」
     アルフィンは、プリンターを指さした。
    「まあな」ジョウは軽く苦笑すると、再びキーボードへ向き直りながら、アルフィンを促した。「‥‥‥それで用ってのは?」
    「うん。それなんだけど‥‥‥」
     アルフィンは、ソファの上で、もじもじと言い淀んでいる。
    「?」
     怪訝な表情で、ジョウが目顔に促すと、アルフィンは上目遣いにジョウの方を見ながら切り出した。
    「あのね、明日一日お休みじゃない? で、あたし、久しぶりにショッピングしたいんだけど、今月のお小遣いピンチなの。だから―――」
    「‥‥‥‥‥‥」
    「お金貸して?」
     顔の前で手を合わせたアルフィンを、ジョウは黙って眺めやった。
    「ダメ?」
    「―――アルフィン、前から何度も言ってるだろ、お金の前貸しは癖になるからダメだって。後五日、我慢しろ」
    「そんなあ」
    「甘えたって、ダメだ」
     ジョウは、アルフィンの額を指先でつついた。むくれたアルフィンは、だがそれっきり黙り込む。
     ジョウの口の端に、苦笑が滲んだ。
     アルフィンがメンバーになって間もない頃、ジョウは彼女にカードを作ったのだが、その時、
    『あら、カードってメタリックゴールドじゃないの?』
     真顔で言われて、ジョウは思わず絶句したものだ。
     あまた有るクレジットカードの中でも、各社メタリックゴールド仕様といえば、天井知らずの限度額無制限カードである。そんなモノ、真っ当に生きる一般人が持つカードではない。
     ピザンの王女として暮らしてきた彼女は、冗談みたいな話だが、その時までほとんど現金を目にしたことがなかったらしい。
     買い物はカードで済ませる。
     それはジョウたちも同じだが、問題は、アルフィンの場合、予算とか残高とかいう肝心の要素が抜け落ちているという点だ。
     初めてアルフィンの買い物に付き合った時、宇宙海賊を前にしても怯まない三人のクラッシャーたちは、一時間と経たないうちにあぶら汗を流していた。
     さすがに最近は、当初のようなケタを二つも間違えるような豪快な買い物はしなくなったが、しかし身に付いた金銭感覚というものは、一朝一夕には修正は難しいらしい。
    (‥‥‥やれやれ)
     ジョウは内心、首を振った。
     すると。
    「あのー、兄貴?」
     リッキーが揉み手をしながらリビングへ入ってきた。ある予感に、ジョウの眉間に縦皺が寄る。
    「ちょっと相談が‥‥‥」
    「小遣いの前借りの話ならナシだ!」ジョウがぴしゃりと言い放つ。
    「え―‥‥‥っ」
     先手を打たれたリッキーが、不満混じりの悲鳴を上げた。助けを求めるようにアルフィンの方を見るが、アルフィンにも、処置なしなの、という表情で首を振られて、リッキーはがっくりとうなだれる。
    「そんなに借りたきゃ、タロスにでも借りろ!」
     そう言ったのは、二人が時折タロスに立て替えてもらっていることを知っているからなのだが、何故かアルフィンもリッキーも顔を見合わせると、リビングの入口の方へ視線を投げた。
     すると、計ったようにドアがスライドした。
    「―――タロス」
     二メートル余りの巨体をいささか縮こめるようにして、うっそりと入ってきたタロスは、頭を掻いた。
    「‥‥‥面目ねえ」
    「‥‥‥お前もか」
     ジョウは呆れて、言葉が出ない。
    「タロスったら、高い模型を買い過ぎなのよ」
     と、アルフィンが自分のことは棚に置いて言いつける。
    「あんなおもちゃの戦艦を組み立てるくらいなら、ミネルバの整備でもしてりゃいいのにさ」
    「模型にはな、お子様にはわからねえ男のロマンが詰まってんだよ」
     タロスはふん、と鼻を鳴らした。ロマンねぇ、とアルフィンが小首を傾げる。
     ジョウはもはや口を挟む気力もなくなって、パソコンに向き直った。
     テーブルの上は、いつの間にかプリントアウトされた請求書や明細書の類で埋め尽くされている。
    「‥‥‥‥‥‥」
     ジョウは、こめかみを指で押えた。
    「キャ、ハ。紅茶ヲオ持チシマシタ、キャハハ」
     そこへ、ドンゴが賑やかにカートを押してリビングへ入ってきた。
     ドンゴは器用にソファの間を廻って、四人に紅茶を配っていたが、
    「?」
     最後にジョウへ茶碗を手渡しても、手を引っ込めようとしない。
     ジョウが見返すと、ドンゴの電子アイが赤く瞬いた。
    「オ駄賃、オネダリ」
    「ぶっ」
    「ロボットのくせにつまんねーこと覚えてんじゃねーよ」
     タロスのごつい拳が、ドンゴの脳天に落ちた。











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■889 / inTopicNo.2)  Re[1]: ‥‥‥じっと、手を見る
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2005/05/22(Sun) 13:34:06)
     しばらく、紅茶の香りと、ジョウが叩くキーボードの音だけがミネルバのリビングに流れた。
    「‥‥‥考えてみたらさ、一番お金を使っているのはジョウなんじゃない?」
    「そう言えばそうかなあ‥‥‥」
     と、テーブル上の紙の山から適当に一枚摘み上げながら、リッキーがアルフィンに相槌を打った。
    「結局クメンで兄貴が使ったファイター2はオーバーホール行きだもんな。アレで今回の収入の半分は飛ぶだろうしなあ‥‥‥」
    「クラッシュパックだって、ジョウ一人で二つもパーよ。アレ高いのに」
    「‥‥‥なんだよ」
     ジョウはパソコンの画面から顔を上げると、さっきから紅茶ばかり飲んで全く手伝おうとしない自分のメンバーたちを眺めやった。
    「何か俺に文句があるって言うのか」
    「文句って言うかさあ、兄貴ももう少し丁寧に使えば、修理代ももっと浮くんじゃないかなーと‥‥‥」
     リッキーが気弱に言うのへ、アルフィンが同調する。
    「そーよ! ジョウは自分は修理代を使い放題なのに、あたしたちのお小遣いは1クレジットも増やしてくれないなんて、酷いわよ」
    「あのなあ! それは仕事で使ってるんだ! 経費だっ経費! お前らの無駄遣いと一緒にすんな!」
     怒ったジョウが、拳でテーブルをぶっ叩いた。白磁のティーセットが、一斉に跳ねて音を立てた。
    「ちょっとジョウ! 割らないでよ! せっかくのマイセンプリントなんだから」
     途端にアルフィンが金切り声を上げる。アルフィンの趣味で、ミネルバの調度品も随分と品がよくなった。まあ、その分、壊れやすくもなった訳だが―――
    「大体、あの切羽詰った状況で、いちいち修理代のことなんか気にして仕事できるかっ そうだろ、タロス!」
    「いや、そりゃあ、まあ―――」
     タロスは困ったように頭を掻いている。
    「ちょっとタロス、どっちの味方よ!」
     アルフィンが、裏切り者、という表情で睨む。
    「‥‥‥おいらたち、一応世間じゃ名の通ったクラッシャーのはずなのにさ、なーんでこうピーピーなんだろ?」
    「出費が多いからでしょ」
     ツンと顎をそびやかして、アルフィンがばっさりと切り捨てた。
    「そのくせ仕事は選り好みが激しいし‥‥‥?」
     チラリ、とジョウの方を横目で見遣る。
    「‥‥‥何だよ」
    「誰かさんは、仕事は金より中身で選ぶ、なんてカッコつけるから」
    「俺はクラッシャーの仕事に誇りを持ってるんだぜ。仕事を選んで何が悪いっ」
    「悪いなんて言ってないわよ!」アルフィンが言い返す。「ただ、選り好みし過ぎだって言ってんの! ジョウが選ぶ仕事って、どれもこれも難しくて派手なのばっかりじゃない」
    「たまにはミサイルが飛んでこないような仕事がしたいなあ‥‥‥」
     請求書の山をつつきながら、ぼそっとリッキーが呟く。
    「‥‥‥‥‥‥」
     ジョウは押し黙った。黙って、紙の山を睨みつける。
     確かに好み優先で選んだ仕事で搭載艇をスクラップに変えるより、気の進まない地味な仕事をこつこつとこなしていく方が、よほど建設的では、ある。
     特に、現在のように、度重なる出費で資金が焦げ付いているような場合は。
     ジョウは、低く呻った。
     賢明なタロスは、石のように沈黙を守って、紅茶をすすっている。
     ややあって―――
    「‥‥‥わかったよ、もう」
     ぶすっとして、ジョウは折れた。不承不承、腕を組んでジョウは言った。
    「今度仕事の依頼が入ったら、つまんなくても引受ける。それでいいだろ」
    「やった! 楽して稼げる!」
     たちまち破顔したリッキーが、飛び上がりそうな勢いで指を弾いた。
    「赤字解消したら、お小遣いアップよ、ジョウ!」
     飛び付くアルフィンに、ジョウは苦笑を浮かべるしかない。
    「そうと決まったら、早く依頼が入らないかなー」
     鼻歌混じりにテーブルの上を引っ掻き回し始めたリッキーに、アルフィンも身を乗り出す。
    「飛び込みで何か入ってない?」
    「んー、請求書、請求書、納品書、明細書―――」
    「何もないわね‥‥‥」
    「納品書、請求書、請求書‥‥‥」
    「リッキー、いちいち声に出すな。気が滅入る」
     目だけで天井を仰いだジョウが、暗い声で呟いた。
    「そうは言ってもさ―‥‥‥ああ――ッ!」
     すると突然、電気にでも打たれたように、リッキーがソファから飛び上がった。
    「うるっさいわね、もう―――」
    「こ、これ‥‥‥」と、リッキーが、手にした紙切れをジョウの方へ突き出した。声が上擦っている。「高速通信使用料の料金滞納通知書だって」
    「なんですって!?」
     思わずアルフィンも立ち上がる。ジョウはリッキーからその紙をひったくった。
     通知書には、口座が空っぽなので早急に入金するよう、滞納期間が銀河標準時間で50日を過ぎた場合、ミネルバのハイパーウェーブ回線接続を拒否するというような内容が素っ気なく印字されている。
    「‥‥‥50日」
     呟くジョウの隣で、アルフィンが素早く日付を計算した。
    「今日で52日目よ」
    「まずいっ」
     ジョウが焦ってソファから立つ。
     その途端だった。
     ピ――‥‥‥
    「げ」
     ジョウのパソコンが唐突に警告音を発したかと思うと、そのまま画面がブラックアウトした。
     リビングを重苦しい空気が流れた。
     やがて四人が注視する中、パソコンは自動的に再起動を始めたが―――
    「通信回線、切れちゃってるわよ‥‥‥」
     アルフィンが指した先に、あるべきはずのアイコンは、なかった。
    「どーすんだよ!? このままじゃ仕事の依頼、何も入ってこないぜ!」
    「依頼どころか、アラミスとも切れちまいましたぜ」
     さすがにタロスも顔色を変えて、腰を浮かせる。
    「ジョウ!」
    「いや、それが‥‥‥」
     言い差して、ジョウは紙面へ目を落とす。どことなく、途方に暮れた態だ。
    「ちょっとジョウ、まさか入金するお金がないなんて言うんじゃないでしょうね?」
     アルフィンが、ジョウと通知書を見比べながら柳眉を釣り上げた。
     ジョウはぎこちなく、アルフィンを見返した。
    「それが‥‥‥半年分の滞納となると、結構な額でさ」
     突き出された紙面へ視線を向けたアルフィンが、碧玉の瞳を丸くする。
    「なにこれ」
    「ねえ、クメンの報酬は? アレを廻せばいいじゃん」
     だがジョウは、力なく首を振る。
    「‥‥‥入金は三日後だ」
    「うそだろー」リッキーは髪をかきむしった。「‥‥‥滞納料金ってローンは組めないのかよ!?」
    「組めるか、あほう」
     タロスがぼやいた。打開策が思いつかなくて、タロスも弱りきっている。
     と。
    「たろす」
     ドンゴが電子アイを瞬かせた。
    「何だ」
    「カクシテルへそくり、出セ、キャハ」
    「は?」
    「へそくり!?」
     首が振り切れそうな勢いで、ジョウが、アルフィンが、リッキーが、タロスを見た。
    「タロス?」
    「‥‥‥‥‥‥え?」


     キャハ。



fin.
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