| 船内回線の呼び出し音が鳴っている。 リッキーは溶接機のスイッチを切ると、バイザーを額に押し上げた。首を廻らせ、それから身軽くファイター1の翼から飛び降りる。 『リッキー』 明るい声とともに、アルフィンが画面に出た。金髪碧眼。薄暗い格納庫の明度に慣れていたリッキーの目に、彼女の姿はやけに眩しく映った。 『荷物が来てるわよ。ラテラルフットワークですって。ミネルバに直接廻してもらうように頼んどいたから、あんた自分で受け取んなさいよ。今、格納庫なんでしょ?』 「うん。ファイター1の機体に開いた穴を塞いでるとこ」 『いっそのこと、ファイター2と一緒に修理に出したら?』 「おいらもそう思うんだけどさ、兄貴が修理せるものは修理せって言うからさ」 リッキーが言うと、アルフィンは肩を竦めた。 『そういうとこ、変に貧乏性なのよね‥‥‥あ、着いたみたいよ、あんたの荷物』 と、一旦手元へ視線を落としたアルフィンは、目を上げると、 『なあに? また通販で衝動買いしたの?』 「いいだろ、別に」 図星を突かれて、リッキーは口を尖らせた。そりゃあね、とアルフィンは軽く受け流した。 『あんたが身長が伸びる奇跡のエクササイズマシンを買おうが、十日でイイ男になれるレクチャーセットを買おうが自由だけどね』 「‥‥‥‥‥‥」 『あたし今お小遣いピンチなの。だから今回は1クレジットだって貸せないからね!』 「‥‥‥‥‥‥う」 そこへ、外から格納庫のハッチを開けるよう、通信が入る。 「‥‥‥やべえ!」 支払いのこと、すっかり忘れてた! リッキーは、頭を抱えた。
ミネルバは、銀河標準時間でおよそ20時間前から、クメン星の衛星軌道上の中央ステーションに係留中であった。 ジョウは、一人リビングにいた。 ソファセットのテーブルにパソコンを広げて、先程からアラミスへ送る報告書の作成にキーボードと格闘中である。傍に置かれたプリンターからは、オンラインで、溜まった請求書や明細書などがひっきりなしに吐き出されている。 気乗りのしない事務仕事とあって、ジョウの口はへの字になっている。 「ジョーウ?」 と、アルフィンがひょっこりと、リビングへ顔を覗かせた。ジョウが顔を上げると、アルフィンはにっこりと笑った。 「今、いい?」 「ああ、いいぜ。なんだい?」 アルフィンはジョウの隣へ腰を下ろした。それから、ふとパソコンの画面を覗き込むと、 「これ、クメンの報告書?」 「ああ、面倒臭いけど、こいつばっかりは期日を守らないとアラミスがうるさいからな」 「―――で、こっちの方はうるさく言われないからほったらかしなのね」 アルフィンは、プリンターを指さした。 「まあな」ジョウは軽く苦笑すると、再びキーボードへ向き直りながら、アルフィンを促した。「‥‥‥それで用ってのは?」 「うん。それなんだけど‥‥‥」 アルフィンは、ソファの上で、もじもじと言い淀んでいる。 「?」 怪訝な表情で、ジョウが目顔に促すと、アルフィンは上目遣いにジョウの方を見ながら切り出した。 「あのね、明日一日お休みじゃない? で、あたし、久しぶりにショッピングしたいんだけど、今月のお小遣いピンチなの。だから―――」 「‥‥‥‥‥‥」 「お金貸して?」 顔の前で手を合わせたアルフィンを、ジョウは黙って眺めやった。 「ダメ?」 「―――アルフィン、前から何度も言ってるだろ、お金の前貸しは癖になるからダメだって。後五日、我慢しろ」 「そんなあ」 「甘えたって、ダメだ」 ジョウは、アルフィンの額を指先でつついた。むくれたアルフィンは、だがそれっきり黙り込む。 ジョウの口の端に、苦笑が滲んだ。 アルフィンがメンバーになって間もない頃、ジョウは彼女にカードを作ったのだが、その時、 『あら、カードってメタリックゴールドじゃないの?』 真顔で言われて、ジョウは思わず絶句したものだ。 あまた有るクレジットカードの中でも、各社メタリックゴールド仕様といえば、天井知らずの限度額無制限カードである。そんなモノ、真っ当に生きる一般人が持つカードではない。 ピザンの王女として暮らしてきた彼女は、冗談みたいな話だが、その時までほとんど現金を目にしたことがなかったらしい。 買い物はカードで済ませる。 それはジョウたちも同じだが、問題は、アルフィンの場合、予算とか残高とかいう肝心の要素が抜け落ちているという点だ。 初めてアルフィンの買い物に付き合った時、宇宙海賊を前にしても怯まない三人のクラッシャーたちは、一時間と経たないうちにあぶら汗を流していた。 さすがに最近は、当初のようなケタを二つも間違えるような豪快な買い物はしなくなったが、しかし身に付いた金銭感覚というものは、一朝一夕には修正は難しいらしい。 (‥‥‥やれやれ) ジョウは内心、首を振った。 すると。 「あのー、兄貴?」 リッキーが揉み手をしながらリビングへ入ってきた。ある予感に、ジョウの眉間に縦皺が寄る。 「ちょっと相談が‥‥‥」 「小遣いの前借りの話ならナシだ!」ジョウがぴしゃりと言い放つ。 「え―‥‥‥っ」 先手を打たれたリッキーが、不満混じりの悲鳴を上げた。助けを求めるようにアルフィンの方を見るが、アルフィンにも、処置なしなの、という表情で首を振られて、リッキーはがっくりとうなだれる。 「そんなに借りたきゃ、タロスにでも借りろ!」 そう言ったのは、二人が時折タロスに立て替えてもらっていることを知っているからなのだが、何故かアルフィンもリッキーも顔を見合わせると、リビングの入口の方へ視線を投げた。 すると、計ったようにドアがスライドした。 「―――タロス」 二メートル余りの巨体をいささか縮こめるようにして、うっそりと入ってきたタロスは、頭を掻いた。 「‥‥‥面目ねえ」 「‥‥‥お前もか」 ジョウは呆れて、言葉が出ない。 「タロスったら、高い模型を買い過ぎなのよ」 と、アルフィンが自分のことは棚に置いて言いつける。 「あんなおもちゃの戦艦を組み立てるくらいなら、ミネルバの整備でもしてりゃいいのにさ」 「模型にはな、お子様にはわからねえ男のロマンが詰まってんだよ」 タロスはふん、と鼻を鳴らした。ロマンねぇ、とアルフィンが小首を傾げる。 ジョウはもはや口を挟む気力もなくなって、パソコンに向き直った。 テーブルの上は、いつの間にかプリントアウトされた請求書や明細書の類で埋め尽くされている。 「‥‥‥‥‥‥」 ジョウは、こめかみを指で押えた。 「キャ、ハ。紅茶ヲオ持チシマシタ、キャハハ」 そこへ、ドンゴが賑やかにカートを押してリビングへ入ってきた。 ドンゴは器用にソファの間を廻って、四人に紅茶を配っていたが、 「?」 最後にジョウへ茶碗を手渡しても、手を引っ込めようとしない。 ジョウが見返すと、ドンゴの電子アイが赤く瞬いた。 「オ駄賃、オネダリ」 「ぶっ」 「ロボットのくせにつまんねーこと覚えてんじゃねーよ」 タロスのごつい拳が、ドンゴの脳天に落ちた。
|