| 『マギー』 その少年の髪と瞳は、いつも彼女にアラミスの晴れた夜空を思い起こさせた。 いや、少年という言い方は語弊があるかもしれない。 彼、ジョウは、十歳ながら、すでに一個のクラッシャーなのだから。 『マギー?』 だが画面の向こうでは、クラッシャー暦二ヶ月のジョウが、子ども特有のせっかちさで呼びかけてくる。 アラミス本部事務職員、窓口担当のマギンティ女史は、不意に連絡してきた最年少のクラッシャーに対して、いつものように平板そのものの対応を行った。 「はい。クラッシャージョウ、ご用件は何ですか」 『うん。俺、マギーに教えて欲しいことがあって』 と、ジョウは、元気一杯という感じで、はきはきと切り出した。 小さな身体に、濃青のクラッシュジャケットがよく似合っている。 マギーの脳裏に、脈略もなく、ドルロイのパク・ソンの穏やかな笑顔がよぎった。 “‥‥‥‥‥‥まさか子ども用のクラッシュジャケットを作らされるとは思わなかったよ‥‥‥参ったよ、ホント” 『―――それで、宇宙塵を爆破する仕事はちゃんと終ったんだ。でもタロスとガンビーノは、報告書を書いてアラミスに出して、そこで初めて仕事は終ったことになるって言うんだ』 「そうですね。きちんと提出していただかないと、ペナルティで減点になります」 マギーは真面目に相槌を打った。 『俺、早くランクを上げて一人前のクラッシャーになりたいんだ。減点なんて絶対いやだ!』 絶対、というところにことさら力を込めて、ジョウが言い切った。ここに至って、マギーは何となく話の筋が読めた。 『だからマギー、報告書の書き方教えてよ』 「出来ません」 『えーっ、なんでだよ!?』 言下に断られて、ジョウが気色ばむ。マギーは答えた。 「私は単なる事務職員ですから、そういうことはお教えできません。―――ジョウ、あなたにはタロスとガンビーノがいるでしょう、私などより、彼らに相談すれば良いと思いますが?」 と、マギーが、ジョウのチームメンバーというより、補佐、目付け役といった方がいい二人のベテランクラッシャーの名を挙げると、何故かジョウはふくれっ面になった。 『俺だって、今まで三回、タロスとガンビーノに手伝ってもらって報告書を書いたんだぜ。それを三回ともダメだって言って突き返したのはマギーじゃないか!』 「―――そうでしたか?」 思わず、マギーは訊き返した。覚えがない。 『そうだよ!』 ジョウが、画面の向うで、今にもシートから飛び出しそうな勢いで言い返した。マギーは黙り込んだ。 そもそも報告書の内容に可不可の許可を下すのは本部であって、事務窓口担当のマギーには全く関係のない話である。 マギーは本部の意向を事務的に処理したに過ぎないのだが、一方のジョウからすれば、対応したマギーに報告書を突き返されたと思い込んでも仕方がない。 (‥‥‥参ったわね) マギーは胸の内で、小さく苦笑をもらした。 「タロスとガンビーノはどうしているんですか?」 ふと、マギーは訊いた。〈ミネルバ〉のブリッジは人気がなかった。ジョウの後ろのシートにドンゴが映っているだけである。どうやら慣性飛行中らしいが。 『え? タロスは〈ファイター1〉の調整をしに格納庫に行ったよ? ガンビーノは昼ご飯の準備をしてるけど‥‥‥?』 「‥‥‥‥‥‥」 二人とも、マギーに押し付けて逃げたことは明らかだったが、無論マギーは、内心などおくびにも出さず、そうですか、とだけ言った。 「―――ではジョウ、今回だけ特別です」 結局、マギーは折れた。こうなったらしようがない。 「何度も言いますが、私は報告書の書き方はお教えできません。ですから代わりに、報告書のお手本をお貸しします」 『お手本?』 ジョウが、怪訝そうに小首を傾げた。マギーの説明は、おのずと普段より丁寧になる。 「そうです。これまでに他のクラッシャーたちが提出した報告書の中から、良い見本と悪い見本と二通り、あなたにお渡しします。あなたはそれを見比べて、参考にして報告書を書くのです―――出来そうですか?」 マギーが問うと、ジョウはしばし腕をこまねいていたが、 『わかった。やってみる』 やがて、神妙な表情でジョウは答えた。それから、ふと、思い付いたような顔をしたジョウは、画面に向って声を潜めた。 『あのさマギー、特別ってことは、いつもはやらないってことだよな?』 「?」 『見つかったら怒られないか?』 マギーの固い口元が、微かにほころんだ。マギーは平板な口調のまま、言った。 「ですから、内緒です」 『ないしょ?』 「ジョウは私が報告書のお手本を貸したことを内緒にしてください。その代わり、私はあなたから報告書の書き方を訊かれたことを他のクラッシャーたちには内緒にしておきます」 『う、うん』 マギーの提案に、ジョウはまるで苦い丸薬でも飲み込んだような表情をした。確かに他のクラッシャーに知れたら、カッコが悪い。 「それでお互い、貸し借りなしの五分(イーブン)です」 と、マギーは、クラッシャーのような言い回しをした。ジョウは画面に向って、いっちょ前に親指を立てた。商談成立、ということらしい。 「では、タロスとガンビーノと一緒に、今度こそアラミスが文句の付けようがないような報告書を作ってください」 『タロスとガンビーノにないしょにしなくていいのか?』 意外そうにジョウが訊き返した。内緒だと言うから、てっきり一人で報告書を書くものだと思っていたのだ。 「私がお手本をお貸しするのは、“クラッシャージョウ”というチームですから」 ジョウが笑顔になった。 『サンキュー、マギー!』 「提出期日は守ってくださいね」 と、一本釘を刺して、マギーは通信を切った。
|