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■890 / inTopicNo.1)  思い出の引き出しU〜ないしょ、ないしょ〜
  
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2005/05/29(Sun) 09:37:35)
    『マギー』
     その少年の髪と瞳は、いつも彼女にアラミスの晴れた夜空を思い起こさせた。
     いや、少年という言い方は語弊があるかもしれない。
     彼、ジョウは、十歳ながら、すでに一個のクラッシャーなのだから。
    『マギー?』
     だが画面の向こうでは、クラッシャー暦二ヶ月のジョウが、子ども特有のせっかちさで呼びかけてくる。
     アラミス本部事務職員、窓口担当のマギンティ女史は、不意に連絡してきた最年少のクラッシャーに対して、いつものように平板そのものの対応を行った。
    「はい。クラッシャージョウ、ご用件は何ですか」
    『うん。俺、マギーに教えて欲しいことがあって』
     と、ジョウは、元気一杯という感じで、はきはきと切り出した。
     小さな身体に、濃青のクラッシュジャケットがよく似合っている。
     マギーの脳裏に、脈略もなく、ドルロイのパク・ソンの穏やかな笑顔がよぎった。
    “‥‥‥‥‥‥まさか子ども用のクラッシュジャケットを作らされるとは思わなかったよ‥‥‥参ったよ、ホント”
    『―――それで、宇宙塵を爆破する仕事はちゃんと終ったんだ。でもタロスとガンビーノは、報告書を書いてアラミスに出して、そこで初めて仕事は終ったことになるって言うんだ』
    「そうですね。きちんと提出していただかないと、ペナルティで減点になります」
     マギーは真面目に相槌を打った。
    『俺、早くランクを上げて一人前のクラッシャーになりたいんだ。減点なんて絶対いやだ!』
     絶対、というところにことさら力を込めて、ジョウが言い切った。ここに至って、マギーは何となく話の筋が読めた。
    『だからマギー、報告書の書き方教えてよ』
    「出来ません」
    『えーっ、なんでだよ!?』
     言下に断られて、ジョウが気色ばむ。マギーは答えた。
    「私は単なる事務職員ですから、そういうことはお教えできません。―――ジョウ、あなたにはタロスとガンビーノがいるでしょう、私などより、彼らに相談すれば良いと思いますが?」
     と、マギーが、ジョウのチームメンバーというより、補佐、目付け役といった方がいい二人のベテランクラッシャーの名を挙げると、何故かジョウはふくれっ面になった。
    『俺だって、今まで三回、タロスとガンビーノに手伝ってもらって報告書を書いたんだぜ。それを三回ともダメだって言って突き返したのはマギーじゃないか!』
    「―――そうでしたか?」
     思わず、マギーは訊き返した。覚えがない。
    『そうだよ!』
     ジョウが、画面の向うで、今にもシートから飛び出しそうな勢いで言い返した。マギーは黙り込んだ。
     そもそも報告書の内容に可不可の許可を下すのは本部であって、事務窓口担当のマギーには全く関係のない話である。
     マギーは本部の意向を事務的に処理したに過ぎないのだが、一方のジョウからすれば、対応したマギーに報告書を突き返されたと思い込んでも仕方がない。
    (‥‥‥参ったわね)
     マギーは胸の内で、小さく苦笑をもらした。
    「タロスとガンビーノはどうしているんですか?」
     ふと、マギーは訊いた。〈ミネルバ〉のブリッジは人気がなかった。ジョウの後ろのシートにドンゴが映っているだけである。どうやら慣性飛行中らしいが。
    『え? タロスは〈ファイター1〉の調整をしに格納庫に行ったよ? ガンビーノは昼ご飯の準備をしてるけど‥‥‥?』
    「‥‥‥‥‥‥」
     二人とも、マギーに押し付けて逃げたことは明らかだったが、無論マギーは、内心などおくびにも出さず、そうですか、とだけ言った。
    「―――ではジョウ、今回だけ特別です」
     結局、マギーは折れた。こうなったらしようがない。
    「何度も言いますが、私は報告書の書き方はお教えできません。ですから代わりに、報告書のお手本をお貸しします」
    『お手本?』
     ジョウが、怪訝そうに小首を傾げた。マギーの説明は、おのずと普段より丁寧になる。
    「そうです。これまでに他のクラッシャーたちが提出した報告書の中から、良い見本と悪い見本と二通り、あなたにお渡しします。あなたはそれを見比べて、参考にして報告書を書くのです―――出来そうですか?」
     マギーが問うと、ジョウはしばし腕をこまねいていたが、
    『わかった。やってみる』
     やがて、神妙な表情でジョウは答えた。それから、ふと、思い付いたような顔をしたジョウは、画面に向って声を潜めた。
    『あのさマギー、特別ってことは、いつもはやらないってことだよな?』
    「?」
    『見つかったら怒られないか?』
     マギーの固い口元が、微かにほころんだ。マギーは平板な口調のまま、言った。
    「ですから、内緒です」
    『ないしょ?』
    「ジョウは私が報告書のお手本を貸したことを内緒にしてください。その代わり、私はあなたから報告書の書き方を訊かれたことを他のクラッシャーたちには内緒にしておきます」
    『う、うん』
     マギーの提案に、ジョウはまるで苦い丸薬でも飲み込んだような表情をした。確かに他のクラッシャーに知れたら、カッコが悪い。
    「それでお互い、貸し借りなしの五分(イーブン)です」
     と、マギーは、クラッシャーのような言い回しをした。ジョウは画面に向って、いっちょ前に親指を立てた。商談成立、ということらしい。
    「では、タロスとガンビーノと一緒に、今度こそアラミスが文句の付けようがないような報告書を作ってください」
    『タロスとガンビーノにないしょにしなくていいのか?』
     意外そうにジョウが訊き返した。内緒だと言うから、てっきり一人で報告書を書くものだと思っていたのだ。
    「私がお手本をお貸しするのは、“クラッシャージョウ”というチームですから」
     ジョウが笑顔になった。
    『サンキュー、マギー!』
    「提出期日は守ってくださいね」
     と、一本釘を刺して、マギーは通信を切った。



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■891 / inTopicNo.2)  Re[1]: 思い出の引き出しU〜ないしょ、ないしょ〜
□投稿者/ 遠州屋小吉 -(2005/05/29(Sun) 10:28:26)
     昼食の後、ジョウが今度の仕事の報告書を書くと言うので、タロスとガンビーノは〈ミネルバ〉のリビングに集まった。
     先にソファの一画を占領していたジョウは、ローテーブルの上に何やら広げて、しきりに呻っている。
     タロスとガンビーノは、顔を見合わせた。
    「あ、二人とも、ちょっとこれを見てくれよ」
     二人はソファに腰を下ろすと、それぞれテーブルを覗き込んだ。
    「こいつぁ、報告書ですかい?」
     怪訝な顔で、タロスが訊いた。ジョウは頷くと、ガンビーノの方を顎でしゃくって、
    「マギーが特別にないしょで貸してくれたんだ。報告書のお手本さ。ガンビーノの持ってる方が良い見本で、それでこっちが悪い見本だって」
    「ほ、ほう」
     と、ガンビーノは、それが癖の鳩のような奇妙な声で相槌を打つと、何気なく報告書をめくりだす。
    「一つずつ読んでるとわからないけど、こうやって二つ並べて見るとスゴいよくわかるぜ。二つとも同じ仕事の報告書なんだけど、マギーが悪い見本だって言ったこっちの方は解りにくいんだ。説明が足りないっていうか、読んでても状況がなかなか思い浮かばない。でも同じところをそっちで読むと良く解るんだよ」
    「へえ‥‥‥」
     タロスは残っていた悪い見本とやらを手に取った。ページをめくる。
    「‥‥‥“ゴウト星域の航路開拓における宇宙塵の撤去作業”‥‥‥?」
     何やら記憶に引っ掛かるものを感じて、知らずタロスは首をひねった。太い指で、さらにページを繰る。
    「こいつぁ‥‥‥」
     読み進むうち、タロスの表情は徐々に強張っていく。タロスはガンビーノの方を盗み見た。果たせるかな、ガンビーノも似たような有様で固まっている。
     まったくマギーの奴、なんてモノを寄越しやがる。
     マギーの冴えた顔を思い出して、タロスは胸の内で毒づいた。
    「―――マギーが、“報告書というものは他人に読んでもらうことを前提に書くものだ”って言ってたけど、その通りだと思うよ。この二つの報告書を見比べてみても、とても同じ仕事をしてるようには思えない、特にこっちの方は」
     と、ジョウはタロスの持っている報告書を指さして、
    「仕事を手を抜いていると受け取られかねないもんな。大ざっぱなんだよ、書き方が。そう考えると、マギーの言うとおり、報告書って大事なんだって思うよな」
     しきりに感心して見せるジョウに、タロスは冷や汗が出る。
     何しろ先程からジョウが悪い悪いと言っているのは、彼の父親のものだからである。
     マギーの配慮で固有名詞は一切消されているが、間違いない。
     このゴウト星域の仕事は、三年ほど前に、クラッシャーダンのチームとクラッシャーエギルのチームが合同で行った仕事で、無論タロスはよく覚えている。
     タロスは、ガンビーノの手元へ目をやった。
     タロスの持っている方がダンの報告書ならば、当然ガンビーノの方はエギルのモノのはずだ。いわゆる、良い見本である。
    「‥‥‥マギーの奴」
     タロスは呻った。呻り声以外、出てこない。すると、その様子に不審を感じたらしいジョウが、慌てて両腕を振り回した。
    「あ、そうだ、二人とも、このことはないしょだからな! バレたらマギーが怒られるんだから!」
    「心配は無用じゃ、ジョウ」
     答えたのはガンビーノだった。ジョウにぎこちなく頷いたタロスへ素早く視線を投げて、白髪の老クラッシャーは、おごそかに、こう誓いを立てた。
    「‥‥‥この内緒事は、わしもタロスも墓場まで持っていくぞい」
fin.
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