| 「よし、……抜かりなし、と」 テーブルの上を見回して、アルフィンは満足げににっこりした。我ながら、今朝もいい出来映えである。 アルフィンはエプロンを首から外しながらキッチンコーナーへ戻ると、壁のインターコムを軽く指で弾いた。 「みんな、朝食が出来たわよ!」 時刻は銀河系標準時間で7:30。漆黒の宇宙で生活するクラッシャーにとっては、一日24時間、せめて朝、昼、夜と時間だけでも区切りたくなるのは人情だ。 「おっはよー」 リッキーが弾むように食堂へ入ってくる。そして、さして間を空けず、ジョウとタロスも前後して現われた。 「へえ、ベーコン・エッグじゃん」 ベーコン・エッグにトマトのソテーとカットチーズ、オートミールに、かりかりの薄切りトースト。カットフルーツとフレッシュジュース、紅茶。 四人は食卓に着いた。それぞれの皿の脇には、お気に入りの調味料が一つずつ添えてある。 すなわち。 りっきーは塩。アルフィンはソース。タロスは地球(ソル)特産ソイソース。そしてジョウの前には、粗びき胡椒。 「じゃ、いただきましょう」 アルフィンが言った。 「うん」 「ああ」 「さて―――」 いつもと変らぬ、賑やかな〈ミネルバ〉の朝の光景が始まる―――
―――実は。 「どうしてソースじゃダメなのよ!」 「ダメだなんて言ってないだろ! 俺はただ、目玉焼きには粗びき胡椒の方がいいって言っただけだ!」 ベーコン・エッグというのが、ジョウたちにとっては少々曰く付きだったりする。 ジョウとアルフィンが最初に喧嘩した、その原因というのが、そもそもベーコン・エッグだったのだ。 まだアルフィンが〈ミネルバ〉に密航して、押しかけクラッシャーになって間もない頃のことである。 〈ミネルバ〉の食事担当を引き受けたアルフィンは、本人が話していた通り、料理の腕はかなりの本格派で、ジョウたちは驚きつつも、喜んでそのおいしい恩恵に与っていたわけだが、ある日、朝食にベーコン・エッグが登場し、結果として些細な、だが当人たちにとっては結構深刻な問題が発生したのである。 発端は、アルフィンが、つい四人全員の皿にソースをかけて出したことによる。 それを見たジョウは、露骨に渋面を作ると、自分の皿を指差して言ったのだ。 俺は、目玉焼きには、粗びき胡椒だ、と。 「ピザンじゃ、こういう卵料理にはソースをかけるものと決まっているのよ! お料理の先生にもそう教わったんだから!」 文句を付けられたアルフィンは、いきり立ってわめいた。どういう訳か、妙に癇に障ったのだ。今や碧玉の瞳が完全につり上がっている。 「ピザンの食い方なんか知ったことか! 大体ソースなんかかけたら、卵がべちゃべちゃで食えないだろうが!」 ジョウが拳をテーブルに打ちつけた。売り言葉に買い言葉で、ジョウも熱くなる。 「何ですって!」 「なんだよ!」 ジョウとアルフィンは、食卓を挟んで真っ向から睨み合った。タロスとリッキーは、息を殺して視線を双方へ泳がせるのみだ。見守る意外、何も出来ない。 ―――そして、 「ジョウのばかっ わからずやの味オンチ!」 やがてアルフィンが涙混じりの罵声を投げつけて食堂から飛び出し、後には三人のクラッシャーと、気まずい空気だけが残った。
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