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第一章 ツイてないよで、ツイちゃうあたし。
どーん。 「ててててて」 尾てい骨をしこたま打った。激痛が脳天を突っ切る。91センチの、自慢の桃 尻がびったんと扁平になったらどーすんのよ。許さない。誰に当たればいいか 分かんないけど、あたしは許さん。 ぎろり、と天を見上げる。落下速度と秒数から推測すると、あたしはこの空洞 の上から落っこちた。 が、ない。 落とし穴がない。 ということは、あたしを落っことしたあと、周辺の瓦礫が塞いじゃったってこ とらしい。でも辺りは真っ暗ではなかった。発光パネルとおぼしき明かりが灯 っているからだ。薄ぼんやりと、数メートル先までなら見渡せる。でも、がら んとしたこの空洞の割りには明かりの数が少ない。しかも位置が不規則。足元 だったり、目線より上だったり。まばらで、ばらばら。本来、照明装置は視界 を保つために、定められたレイアウト・パターンというのがある。 と、いうことは。 多くの機能は、死んでいる、ということ。 つまりは、ほったらかしの場所、ということだ。 助けがなければ、ここが……あたしの墓場になるってこと? こんなつまんないエンディング、世の男どもが納得しないわよ(ていうか、一 番あたしが納得いかない)。大体ねえ、ほんの10時間前に目覚めたばっかな んよ。んならコールドスリープさせたまんまにしてくれりゃよかった。せめて 保存が利く。どこの誰があたしとユリを解凍したのか知んないけど、さっきま での感謝をお返し! あたしはぐるぐると唸った。でもだーれも答えてくんない。しんしんしん。や んなるほどの静寂だけがあたしを取り巻いていた。 はあ。 しゃーない。 腹を立てて余計なエネルギーを使う方がムダだわ。どうせなら建設的なエネル ギーの使い方をしよう。 あたしは通信機でもあるブレスレットに手をかけた。 はてさて相棒であるユリとムギはいま何処。5回目の地震まで、あたしたちは 一緒にいた。でもやっぱ、ここと似たような謎の穴蔵ではあったけど。6回目 のときに地面が抜けて、あたしはユリとムギからはぐれた。 5回目の地震のとき、とろいユリは足首に瓦礫が落っこちて歩行困難になって しまう。だからムギが足代わりを買ってでて、ユリにべったり。6回目の地震 で視界が上下左右に大きく揺れた瞬間、ムギがユリの首根っこをくわえたとこ まではこの目でみた。 ったく、ユリのばか。ユリのうすのろ。 お気楽脳天気女なんだから、たとえ瓦礫の下敷きになってものうのうとしてら れるわよ。あたしとムギだったら、てきぱきと状況を把握して、さっさと脱出 口をみっけて、ユリの恐竜並のとろい神経がようやっと、やばいかなあ、と察 知したころには助け出してあげられたのにさ。 だからムギも、ムギだ。咄嗟の状況判断が悪い。 これはあとで、お仕置きしてから躾なおしてやんなきゃね。 「ユリ、あたしよ。聞こえる?」 「…………」 あら? うんともすんとも言わない。 「ちょっとお」 「…………」 こらこらこら。 せめてピーとかガーとか交信の努力をみせなさいな。じゃないとおしゃかにし ちゃうよ。 あたしはぶんぶんと手首を振り(すごーく原始的)、再度交信を試みた。けれ ども通信機のスピーカは無情。土砂や瓦礫に揉まれに揉まれ、転がり落ちた衝 撃ですでにおしゃかになってたとか? まさか。 あたしはぴんぴんしてるってーのに? どーぉいう意味なのかしらっ! ぷりぷり。 はう。 ……なんかどっと疲れた。一人っきりで腹を立てても空しいし、ヒステリーは お肌のためにもよくない。 あたしはあぐらをかいた。 そしてぽかんと口をあけて、薄暗い空間を見上げるしかなかった。
記憶を辿れば、あたしたちはてんびん座宙域にある惑星国家・オフィーリアに いた。良家のお嬢様だけを集めた超名門女学校・聖エルモ学園で蔓延した、正 体不明の疫病について、学園長からWWWAに提訴があったからだ。 中央コンピュータがなぜ医学トラコンでなく、犯罪トラコンのあたしたちをは じき出したのかは、状況をほじくって、つっ突ついて、引っかき回して、わか った。疫病を広めた犯人は、なななんと先史文明の遺物、高等知的生命体のし わざ。異形の怪物に似たン・ガファッと、そのシステムを担うグ・ジッフスが 復活ののろしをあげた。 そしてあたしたちは謎を解明し、事件は鮮やかに解決したんだけど、最後の最 後で大どんでん返し。全部語ると長いから、詳しくはWWWAのレポートを取 り寄せてちょうだい。で、とどのつまり、<ラブリーエンゼル>からシュータ ーで脱出したあたしとユリは、どことも知れぬ宇宙空間に放り出され、運の悪 いことにシューターの生命維持装置も先行き乏しく、しぶしぶ救難信号を出し てコールドスリープに入ったのだ。 そして目覚めた。 シューターの中でも、解凍カプセルの中でもなかった。 今度は、どことも知れぬ洞穴ん中。 辺りをしきりにうかがっていたムギがそう言うんだから、とりあえず地中であ ることは間違いない。けれどもあたしたちがコールドスリープしてから、どれ だけの時間が経過したかは不明だ。なにせムギは絶対生物のクァールで、寿命 は定かでない。一説には数万年とも言われるから、あたしたちとでは体内時計 がケタ違いにかけ離れている。時間の尺度はかすりもしない。 ユリとだって一緒にいてテンポがずれてんだ。ムギとはお話にならない。せめ て地上でありさえすれば、風景や建造物から推測できるし、歩いている人がい ればとっ捕まえればいい。欲をかけば、うまそーな坊やをゲッチューしたい。 でも地中ではこれまたお話しにならない。 折角目覚めたっていうのに、すべてが訳ワカメな状態だった。 あたしのようないい女は、金銀財宝のごとく大事なお宝として隠しておきたい 気持ちはわからないでもない。でもあたしを発掘してくれんのは、おそらく土 埃にまみれて無精髭ぼーぼー、シャワーを浴びることすら忘れた考古学者か、 一攫千金をたくらむギラギラしたトレジャー・ハンターしかいないだろう。 お宝の立場としてはお断りしたいところ。スリーピング・ビューティーはやっ ぱし王子様が目覚めさせると相場は決まってるわけで、すでに目覚めてしまっ た場合は、妙なのに捕まる前に自分で這い出る方が賢明なのよね。 だからあたしたちは当てもなく地下通路をうろうろとし、ここみたくがらんと したパティオ(といっても空はみえない中庭)にぶち当たり、四方八方広がる 通路をまたほてほてと歩いていたのだった。 一応、ムギが巻きひげ状の耳で、辺りの電磁波を反響させながら出口らしき方 向へと導いてはくれてたみたいだけど。その最中に、突然、突き上げるような 地震に見舞われた。 で、あれよあれよという間に。 あたしだけがぽつねんとここにいる。
さて、どうしたもんかしら。 はぐれたことで、まあムギがあたしを探してくれているだろう。足首をちょこ っと打撲したくらいのユリと、消えたあたしとでは、ムギにとって緊急の度合 いが違う。 違うはず。 違ってよ! となると動いていいものかどうかも判断がつかない。 ぐるるるる。 低い唸りが聞こえた。 「ムギ?」 思わず声が出た。でも勘違いだと即座に気づく。 あたしだ。 あたしの胃袋が悲鳴をあげた。 ひもじいよう。急にお腹が空いた。生体機能を極力抑えてコールドスリープさ れていた訳だから、空腹となると相当の時間が経過していたと推察される。け ど断定はできない。だってスリープする前は小腹が空いていてもおかしくない 時間だったような気もするし。 ぐるるるる。 わーったってば。思い出そうとする気力が散る、萎える。 まるで、動くと余計に腹が減るぞ、と警告されているとも受け取れる。女のカ ンというか、野生のカンというか。 あたしはあぐらをやめて、膝をたてて抱きかかえる。膝頭にちょこんと顎をの っけて、大人しくすべきかなあ、などと思考を巡らせた。 その刹那。 どーん。 爆音とともに、左斜め後方の岩盤が飛び散った。 がらがらと崩れた。
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