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■902 / inTopicNo.1)  トラブルメーカーの大救出
  
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/04(Mon) 03:59:10)


    第一章 ツイてないよで、ツイちゃうあたし。


    どーん。
    「ててててて」
    尾てい骨をしこたま打った。激痛が脳天を突っ切る。91センチの、自慢の桃
    尻がびったんと扁平になったらどーすんのよ。許さない。誰に当たればいいか
    分かんないけど、あたしは許さん。
    ぎろり、と天を見上げる。落下速度と秒数から推測すると、あたしはこの空洞
    の上から落っこちた。
    が、ない。
    落とし穴がない。
    ということは、あたしを落っことしたあと、周辺の瓦礫が塞いじゃったってこ
    とらしい。でも辺りは真っ暗ではなかった。発光パネルとおぼしき明かりが灯
    っているからだ。薄ぼんやりと、数メートル先までなら見渡せる。でも、がら
    んとしたこの空洞の割りには明かりの数が少ない。しかも位置が不規則。足元
    だったり、目線より上だったり。まばらで、ばらばら。本来、照明装置は視界
    を保つために、定められたレイアウト・パターンというのがある。
    と、いうことは。
    多くの機能は、死んでいる、ということ。
    つまりは、ほったらかしの場所、ということだ。
    助けがなければ、ここが……あたしの墓場になるってこと?
    こんなつまんないエンディング、世の男どもが納得しないわよ(ていうか、一
    番あたしが納得いかない)。大体ねえ、ほんの10時間前に目覚めたばっかな
    んよ。んならコールドスリープさせたまんまにしてくれりゃよかった。せめて
    保存が利く。どこの誰があたしとユリを解凍したのか知んないけど、さっきま
    での感謝をお返し!
    あたしはぐるぐると唸った。でもだーれも答えてくんない。しんしんしん。や
    んなるほどの静寂だけがあたしを取り巻いていた。
    はあ。
    しゃーない。
    腹を立てて余計なエネルギーを使う方がムダだわ。どうせなら建設的なエネル
    ギーの使い方をしよう。
    あたしは通信機でもあるブレスレットに手をかけた。
    はてさて相棒であるユリとムギはいま何処。5回目の地震まで、あたしたちは
    一緒にいた。でもやっぱ、ここと似たような謎の穴蔵ではあったけど。6回目
    のときに地面が抜けて、あたしはユリとムギからはぐれた。
    5回目の地震のとき、とろいユリは足首に瓦礫が落っこちて歩行困難になって
    しまう。だからムギが足代わりを買ってでて、ユリにべったり。6回目の地震
    で視界が上下左右に大きく揺れた瞬間、ムギがユリの首根っこをくわえたとこ
    まではこの目でみた。
    ったく、ユリのばか。ユリのうすのろ。
    お気楽脳天気女なんだから、たとえ瓦礫の下敷きになってものうのうとしてら
    れるわよ。あたしとムギだったら、てきぱきと状況を把握して、さっさと脱出
    口をみっけて、ユリの恐竜並のとろい神経がようやっと、やばいかなあ、と察
    知したころには助け出してあげられたのにさ。
    だからムギも、ムギだ。咄嗟の状況判断が悪い。
    これはあとで、お仕置きしてから躾なおしてやんなきゃね。
    「ユリ、あたしよ。聞こえる?」
    「…………」
    あら? うんともすんとも言わない。
    「ちょっとお」
    「…………」
    こらこらこら。
    せめてピーとかガーとか交信の努力をみせなさいな。じゃないとおしゃかにし
    ちゃうよ。
    あたしはぶんぶんと手首を振り(すごーく原始的)、再度交信を試みた。けれ
    ども通信機のスピーカは無情。土砂や瓦礫に揉まれに揉まれ、転がり落ちた衝
    撃ですでにおしゃかになってたとか? まさか。
    あたしはぴんぴんしてるってーのに?
    どーぉいう意味なのかしらっ! ぷりぷり。
    はう。
    ……なんかどっと疲れた。一人っきりで腹を立てても空しいし、ヒステリーは
    お肌のためにもよくない。
    あたしはあぐらをかいた。
    そしてぽかんと口をあけて、薄暗い空間を見上げるしかなかった。

    記憶を辿れば、あたしたちはてんびん座宙域にある惑星国家・オフィーリアに
    いた。良家のお嬢様だけを集めた超名門女学校・聖エルモ学園で蔓延した、正
    体不明の疫病について、学園長からWWWAに提訴があったからだ。
    中央コンピュータがなぜ医学トラコンでなく、犯罪トラコンのあたしたちをは
    じき出したのかは、状況をほじくって、つっ突ついて、引っかき回して、わか
    った。疫病を広めた犯人は、なななんと先史文明の遺物、高等知的生命体のし
    わざ。異形の怪物に似たン・ガファッと、そのシステムを担うグ・ジッフスが
    復活ののろしをあげた。
    そしてあたしたちは謎を解明し、事件は鮮やかに解決したんだけど、最後の最
    後で大どんでん返し。全部語ると長いから、詳しくはWWWAのレポートを取
    り寄せてちょうだい。で、とどのつまり、<ラブリーエンゼル>からシュータ
    ーで脱出したあたしとユリは、どことも知れぬ宇宙空間に放り出され、運の悪
    いことにシューターの生命維持装置も先行き乏しく、しぶしぶ救難信号を出し
    てコールドスリープに入ったのだ。
    そして目覚めた。
    シューターの中でも、解凍カプセルの中でもなかった。
    今度は、どことも知れぬ洞穴ん中。
    辺りをしきりにうかがっていたムギがそう言うんだから、とりあえず地中であ
    ることは間違いない。けれどもあたしたちがコールドスリープしてから、どれ
    だけの時間が経過したかは不明だ。なにせムギは絶対生物のクァールで、寿命
    は定かでない。一説には数万年とも言われるから、あたしたちとでは体内時計
    がケタ違いにかけ離れている。時間の尺度はかすりもしない。
    ユリとだって一緒にいてテンポがずれてんだ。ムギとはお話にならない。せめ
    て地上でありさえすれば、風景や建造物から推測できるし、歩いている人がい
    ればとっ捕まえればいい。欲をかけば、うまそーな坊やをゲッチューしたい。
    でも地中ではこれまたお話しにならない。
    折角目覚めたっていうのに、すべてが訳ワカメな状態だった。
    あたしのようないい女は、金銀財宝のごとく大事なお宝として隠しておきたい
    気持ちはわからないでもない。でもあたしを発掘してくれんのは、おそらく土
    埃にまみれて無精髭ぼーぼー、シャワーを浴びることすら忘れた考古学者か、
    一攫千金をたくらむギラギラしたトレジャー・ハンターしかいないだろう。
    お宝の立場としてはお断りしたいところ。スリーピング・ビューティーはやっ
    ぱし王子様が目覚めさせると相場は決まってるわけで、すでに目覚めてしまっ
    た場合は、妙なのに捕まる前に自分で這い出る方が賢明なのよね。
    だからあたしたちは当てもなく地下通路をうろうろとし、ここみたくがらんと
    したパティオ(といっても空はみえない中庭)にぶち当たり、四方八方広がる
    通路をまたほてほてと歩いていたのだった。
    一応、ムギが巻きひげ状の耳で、辺りの電磁波を反響させながら出口らしき方
    向へと導いてはくれてたみたいだけど。その最中に、突然、突き上げるような
    地震に見舞われた。
    で、あれよあれよという間に。
    あたしだけがぽつねんとここにいる。

    さて、どうしたもんかしら。
    はぐれたことで、まあムギがあたしを探してくれているだろう。足首をちょこ
    っと打撲したくらいのユリと、消えたあたしとでは、ムギにとって緊急の度合
    いが違う。
    違うはず。
    違ってよ!
    となると動いていいものかどうかも判断がつかない。
    ぐるるるる。
    低い唸りが聞こえた。
    「ムギ?」
    思わず声が出た。でも勘違いだと即座に気づく。
    あたしだ。
    あたしの胃袋が悲鳴をあげた。
    ひもじいよう。急にお腹が空いた。生体機能を極力抑えてコールドスリープさ
    れていた訳だから、空腹となると相当の時間が経過していたと推察される。け
    ど断定はできない。だってスリープする前は小腹が空いていてもおかしくない
    時間だったような気もするし。
    ぐるるるる。
    わーったってば。思い出そうとする気力が散る、萎える。
    まるで、動くと余計に腹が減るぞ、と警告されているとも受け取れる。女のカ
    ンというか、野生のカンというか。
    あたしはあぐらをやめて、膝をたてて抱きかかえる。膝頭にちょこんと顎をの
    っけて、大人しくすべきかなあ、などと思考を巡らせた。
    その刹那。
    どーん。
    爆音とともに、左斜め後方の岩盤が飛び散った。
    がらがらと崩れた。


引用投稿 削除キー/
■903 / inTopicNo.2)  Re[2]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/04(Mon) 04:25:33)

    反射的にあたしは地面に身を伏せていた。ぶないじゃない! しかももうもう
    と砂煙が立ちこめる。
    「けほけほけほ」
    あーん、口の中がじゃりじゃりするぅ。
    踏んだり蹴ったりだわ。でもあたしは察知していた。踏みしめるように迫る足
    音。むせこんだままでも右手はしっかり、ホルスターにぶちこんであるヒート
    ガンのグリップを握っていた。
    足音がぴたりと止む。
    同時に、あたしは姿勢をひるがえした。すばやく片膝をたて、背後の気配にぴ
    たりと銃口を向ける。
    「──元気そうだな」
    ターゲットの声だ。低い。男の声だ。
    あたしは瞳を懲らす。薄らいでいく砂煙の向こうに、くっきりとシルエットが
    浮かぶ。体型もしっかり男。それも人間。間違ってもン・ガファッのような異
    形ではない。
    「誰!」
    トリガーボタンに神経を集中させながら訊いた。
    「救助にきた」
    ぱちくり。
    救助?
    今確かに、はっきし救助と言ったわよね。ということは、考古学者でもトレジ
    ャー・ハンターでもない。
    他に当てがあるとしたら……王子様しかいない。
    「行方不明のトラコン2名のうち、あんたはどっちだ?」
    砂煙がすうっと左右に引いていく。声の主があたしの網膜にリアルに映り込ん
    だ。前にいる男は、左手ですっとゴーグルを上げた。
    んまままま!
    驚愕のあまり、あたしはヒートガンの銃口をすとんと下げる。ぺったりとその
    場にへたりこんだ。
    だって。
    だって。
    本当に王子様がきちゃったんだもの!
    きゃあ(喜)。
    その王子様は、高貴な匂いのする繊細なヤサ男というより、勇敢なナイトと表
    現した方がずっと近い。癖の強い黒髪、生気のみなぎった漆黒の瞳(あとで分
    かったけど、陽の下で見たらアンバーだった)、ちょっぴし少年っぽさを残し
    た精悍な二枚目。
    ぱっと見、22、3才の好青年。う、よだれが。
    「どうした」
    あたしが何も返答しないせいで、彼の声に心配そうな響きが混ざった。
    「悪い。バズーカぶっ放したせいで、破片かなんか当たったか?」
    歩み寄って、目の前ですっとひざまずく。スマート。そして惚けたあたしの顔
    を覗き込むのだった。
    ……ごく。
    アップに耐えるわ、この人。
    ムギ、えらい。あんたはえらい。おそらくこーいった展開を予測して、ユリを
    かっさらってくれたのね。あたしに運命の出逢いを導くために。
    お仕置きやめ! カリウムカプセルうんとはずむわ!
    「おい」
    あたしの左頬を、彼がソフトタッチではたく。向けられた瞳は、こりゃまじで
    やばいかな、といった風に一変していた。
    ああもっと、あたしを心配してえ。
    でもいつまでも惚けてちゃ先に進まない。
    「……あ。だ、大丈夫よ」
    あたしはかーいらしく、かよわい乙女まんまの地を出してぽそぽそと答えた。
    彼の目尻がほっと緩む。
    「立てるかい?」
    ええ、と言いそうになったのを、慌ててぐっと呑み込む。
    「ちょっと腰が抜けたかも」
    だって、たおやかな乙女はそうなるもんなのよ。それにこーんなところに一人
    放置された訳じゃない? ちょっと甘い嘘をつくくらいで割りが合うっていう
    もんよ。
    すると彼はバズーカとゴーグルを足元に置き、何も言わず、左手であたしの片
    手をとって、右腕をあたしの腰に回してひょいと吊り上げた。あっという間に
    すとんと直立。うーん、つまんない。
    上腕二頭筋が綺麗なこぶをつくったのを見ると、相当な鍛錬を積んだ肉体だっ
    ていうのが一目瞭然。ひんむいたらきっと、彫刻みたいな身体つきしてるに違
    いない。ぜえったい。
    向き合ってみると、目線がちょこっとだけ彼の方が上だ。あたしは身長171
    センチで、その上7センチヒールの編み上げブーツを履いている。つまり彼は
    180センチくらいってとこね。いーじゃない。キスするには丁度釣り合いが
    取れてるし、デートの時はぺたんこ靴にすれば、あたしはもっと控えめなかー
    いらしい女の子に見える。いいことづくめよ。
    と、ここにきてようやく、あたしは彼の全体像を眺める余裕ができた。
    厚めのスタンダップカラーで、肩から胸にかけて一列に飾りボタンが並んでい
    るジャケット。彼は目をよおく凝らすと、ツートンのブルージャケットをまと
    っていた。そしてブーツと一体化した銀色のスラックス。あたしの格好もお肌
    の露出が相当多くてきわどいけど、彼のはまた違う意味で派手なのだ。宇宙空
    間でもこれ結構目立つわよ。
    あら? でもお。
    このスペースジャケット、見覚えがある。初めて、という驚きも衝撃もあたし
    の中に湧き上がらない。逆に懐かしいくらいだ。
    ……どこでだっけ?
    ……いつだっけ?
    コールドスリープのせいで、オフィーリア以前の記憶は錆びたようにうまく引
    き出せない。
    むずいぃぃぃ。
    ぐにぐにと思考を働かせている真ん前で、彼が言った。
    「名前は?」
    「え……」
    「きみの」
    「あ。ケ、ケイよ」
    「オッケイだ」
    彼が笑顔をみせた。口元からちらりと白い歯がこぼれた。ああ、眩しい、くら
    くらする。
    救助にきた訳だから、彼はあたしの素性を知っている筈だ。でも彼から先に、
    あたしをケイだとは断定しなかった。これってば自己申告と照合するため。警
    察なんかの手口と同じだ。つまりプロ。
    ただ何のプロかをまだわかってない、あたし。
    すると彼は胸の内ポケットから取り出したカードを操作しはじめた。覗き込む
    と、その矩形のパネルに逆さまになったあたしの顔の映像。その隣には、ずら
    ずらと流れるように文字情報がリロードしていく。そして彼の親指が持ってい
    た部分をプッシュすると、映像が切り替わった。
    黒髪でストレートロングヘア。ユリの顔。
    ああ、それ、抹消しちゃって。
    と言い出す前に
    「相棒は?」
    すかさず問われた。ちっ。
    あたしはしばし間を空けたあと、ひょいと両肩をすくめてみせる。
    「わかんないの」
    「はぐれたか?」
    「そう。さっきのデカ……じゃなくて大きい地震で。そっちは感じた?」
    「飽きるほど。なかでもさっきのは、とびきりだった」
    「状況わかってんなら早いわ。そのせいで、どういう訳かあたしだけこんなと
    ころに落下してきたの。それ以前、5回の地震まではユリと一緒だった。ムギ
    も」
    「クァールだな」
    「そう。ユリがヘマ……でなくて、ちょっとダメージ受けたからムギがサポー
    トしてて」
    「──ケガ? ひどいのか」
    彼の眉尻がぴくりと跳ねた。
    あーん、ユリを心配なんかしないで。あたしだけにしてえ。
    「かすり傷。心配するだけ損よ」
    あたしは事実で突っぱねた。そうよ、びっこ引くくらいなら本来ダメージとも
    言えない。
    「さすがに強運だな」
    「どういう意味?」
    「いや、別に」
    彼は含みを浮かべながらはぐらかした。
    むむ。これってば、この反応ってば。なーんか知ってるわよ、この人。
    でも。
    仮にもし仮に、あたしたちにはとっても不名誉な、ほにゃららペアなんて異名
    を知っての反応だとすると、いつもと違う。大体は恐れおののき、慌てふため
    いて、触らぬ神か腫れ物といった様子で、あっという間に1光年くらい遠ざか
    るのが普通。ところが彼はそうじゃない。
    余裕綽々。度胸が据わっているとも言う。
    うーん。
    この感覚。
    またまた懐かしい感じだわ。思考が現実からぶっ飛ぶ。
    「揺れを──」
    「え?」
    「6回感じたと言ってたな」
    「ええ。確かに」
    「てことは、大体10時間前に意識を戻した」
    「当たり。どうして分かるの?」
    あたしは、こっくりと子猫のように首をかしげた。
    「こっちは38時間前から潜入してる」
    つまり不眠不休で、あたし(だけよね、彼はここにいるんだし)を探してくれ
    ていたの? なんてことないって表情だけど、明るいところに出れば疲労の色
    を濃くしているかもしんないのね。いい男が、いい女のために犠牲をいとわな
    いって素敵!
    「さっきので11回目の地震だ」
    「つまり、間隔が短くなってる……」
    「ご名答」
    よーするに、活性化してる、とも言うんじゃない? やばいくない?、それ。
    「ねえ、一体ここどこなの」
    きょろきょろと首を巡らしてあたしは訊いた。
    「ハノバ・アソシエイツが所有する小惑星だ。標準時間で3ヶ月前までは、ジ
    ャンク・ステーションとクリーン・センターが並行営業されていた」
    ジャンク……がらくた、クリーン……廃棄物処理。
    お宝であるあたしを埋蔵した秘境ではなく、いわゆるゴミ捨て場ってことじゃ
    ない。ポイ捨てされてたの? あたしたち? ユリならともかく。
    むっかぁぁぁ!
    犯人出てこーい!!


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■904 / inTopicNo.3)  Re[3]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/05(Tue) 16:18:15)

    「惑星の質量の割りに、どでかいマグマ層があるんだ。焼却炉として活用する
    ために、6階層のうち下3階層はクリーン・センターだった」
    「上3階層はジャンク・ステーション? でもなんもなかったわよ」
    「実際に機能してたのは地表から下、2階層までなんだが、おそらくマニアッ
    クなコレクターが盗んでいったんだろうさ。どうせ廃品だからな。ハノバの連
    中も金暇かけて持ち出す気はなかったらしい」
    彼は両手を広げて、肩をそびやかした。
    人類の宇宙進出によって、環境汚染が問題視されはじめたことはあたしも知っ
    ている。戦艦や機体などの、戦闘による残骸や故障による乗り捨てが主な原因
    だ。そこに目をつけた中小企業が、いわゆる宇宙のお掃除隊という新事業を立
    ち上げ、これがなかなかいい滑り出し。ステーション建設となると莫大な投資
    が必要だけど、この小惑星のように自然の構造をうまく活かすとお手軽に開業
    できるらしい。
    最初にトライしたやつは、ったまいいわね。
    でも、それはさておき。
    彼の話をまんま鵜呑みにすると、非常に許せない経緯がありありとあたしの脳
    裏に浮かんだ。わざわざ解凍までしたのに、うっちゃらかすってどういう訳?
    しかもゴミ捨て場。せめて生かしてやろうなんていう慈悲もないんでしょ。ん
    だったら、はなっから回収すんじゃない! ふみっ!
    ぐるるるる。
    ぎゃあ。
    怒り狂ったはらわたが、なんとまあ勢い余って悲鳴をあげた。緊迫しつつあっ
    たムードに、呑気な水が差された。
    しかも彼の前で。
    いやぁぁぁ。恥ずかしい。
    あたしは両手で顔を覆った。顔面が大火事。耳たぶまで熱いよぅ。
    すると彼が動き出した。両手で覆った視界は真っ暗。だからあたしは、耳朶を
    澄ます。どうやら背中にしょっていたパックの中をあさってるらしい。
    「こいつを。味の保証はできないが」
    ちら。
    指の隙間から、あたしは覗く。
    銀色の手袋、その人差し指と親指に挟まれた、キューブ状のものを彼が差し出
    している。
    なにこれ?
    でも咄嗟に手を伸ばせない。だって状況が状況。救助と嘘こいて、実は彼も何
    らかのマニアックなコレクターかもしんないじゃない。あたしをめっけたこと
    を考えれば、捨てられた人専門。
    死体とかの。
    ぶるぶるっ。
    正義感を絵に描いたような、凛々しいお顔立ちの彼を、本当は疑いたくない。
    顔は男の名刺。この人はそんな変態とはとうてい思えないけど、あたしには苦
    い思い出がある。
    オフィーリアで出逢った、ノーベル医学賞をとり、ハンサムで長身でおまけに
    フェミニスト。学者肌にありがちな青っ白いモヤシ男とは違って、胸板もなか
    なか、腕力もほどほどにある、独身でステディなしのナイスガイ、ドクター・
    ボブスンのことがある(思い入れあった分、前ふりが長い)。
    彼は、同性愛者だった。
    後半までぜーんぜんそんな匂いすらなかった。
    だからあたしは学習した。人は見かけによらないって。
    このキューブ状のものを口にした瞬間、もし息の根が完全に止まってしまった
    ら、抜群のプロポーションと美貌を兼ね備えたあたしなんぞ、ホルマリン漬け
    の標本にされてしまう。それを酒と共に愛でる、彼の肴になってしまう。
    いい女は危険が多いのよ。用心深くないと生き延びられない。
    その点ユリはそんな心配は無用。だからああもお気楽極楽な性格なんだし。
    いくらいい男でも、変態とあらば、たとえ一昨日であっても来て欲しくない。
    「救助は誰からの依頼?」
    覆っていた両手を下ろし、あたしはきりりと表情を引き締めて問いただす。彼
    は手にしていたカードを胸ポケットに納めた。頭の中にインプットしているん
    だろう。
    「WWWAトラブルコンサルタント専任部長、ミスタ・ソラナカだ」
    ぶちょーぉ?
    嘘っぽい。
    そりゃ確かに世間の常識では、上司が部下の捜索手配をするもんである。ただ
    あたしが知ってるソラナカ部長なら、シューターの生体維持装置がぎりぎり働
    く100年ちょいまで、安らかにお休み、と言うだろう。それが大宇宙のどこ
    に放り出されたかも分からない部下を、虱潰しで捜し、どこぞの外部スタッフ
    を雇ってまでとは実感が沸かない。哀しいけど。
    でもそれだけ部長の人となりを知り尽くしてるってことでもある。
    ただし、手がかかる子ほど可愛い。あたしたちの消息がいざ絶たれて、存在の
    大きさを悟ったとしたら話は別。
    ますます、想像できないけど。
    「依頼は連名だ。WWWA顧問弁護士、ニックベイガー」
    「ニックベイガー!」
    あによ。そっちを先にお言い。
    これは、本物の救助依頼だ。
    部長なんかより一気に信憑性が高まる。
    ニックベイガーはWWWAが囲う弁護士団の中で、五指に入るほどの切れ者で
    超エリート。あたしたちの仕事は解決はするものの、毎回どういう訳かビュー
    ティに終わることなく余計なおまけがついてくる。一惑星を死の星に変えると
    か、大型戦艦一個隊をさっぱり消滅させちゃうとか、死者百万人超とか。その
    後始末を、公正かつ法に基づいて丸く収めてくれている、ありがたい存在なの
    がニックベイガーなのだ。
    彼がいなかったら、あたしもユリもとっくにWWWAをクビだろう。銀河系で
    一番、不可抗力というケーススタディに精通している人物とも言えた(ま、そ
    のネタはあたしたちがつくってんだけど)。
    よって彼の存在はWWWAでは甚大で、彼に関するデータのセキュリティはす
    んごく高い。名前はおろか直筆のサインなんか乱用や流出は一切ありえない。
    どういう管理体制なのかは知らないけど、とにかく彼の意志がなければ外部に
    は出ないのだ。
    一見、連名の救助依頼ではあるけれど、内情に通じる者でなければ分からない
    カラクリがしかけられている。部長もニックベイガーの協力をあおるとは、あ
    たしたちの心理を熟知してるってことだわね。
    すっきりした。
    ひと安心。
    つまりは堂々と、王子様の胸に飛び込んでいいってことなのね。
    きゃっほう!
    「いただくわ」
    「え?」
    「それ」
    あたしは右の手のひらを、彼の前に差し出した。
    「ああ」
    すっ、と彼はキューブ状のものを乗せた。あたしはじっと目線を彼から離さな
    いままで、それを口に含む。
    かり。
    これといって美味じゃない。
    でも呑み込んだそばから満腹感が広がり、喉の渇きもたちまちに消えていく。
    非常食なんだわ。それも最小にして最大限に凝縮された逸品。一体どこのメー
    カーのかしら。すごい発明品。
    おかげで胃の緊急事態から脱出できた。
    さて。
    落ち着いたところで、いよいよ核心に触れなきゃ。あたしはまだ把握してない
    ことが多すぎる。コールドスリープからどれだけ時間が経過してるのか。宇宙
    空間を彷徨っていた筈のあたしたちが、ちっぽけな惑星に移動していることを
    どうやって突き止めたのか。あわよくばあたしたちを解凍した輩も目星がつい
    てるかもしんない。
    そして何よりも先に聞き出さなければいけない、重大なことがある。
    あたしはくいっと顎を上げた。
    「名前は?」
    「名前?」
    「あなたのよ。知らないと困るでしょ、いろいろと」
    そう。
    いっちゃん重要なことなのよ。これってば。
    すると彼は右手を腰にかけて、ふっと表情を和らげた。いちいちポーズが絵に
    なる。本人はすごく自然体なのに、女の目線を惹くものがある。
    貧血のふりして、あの胸にしなだれこんじゃおかしら。
    「改まって名乗るほどのもんじゃないが」
    そんな前置きをふる彼は表情をちょっぴし、くしゃっと歪める。はにかんだよ
    うに見えた。
    んま!
    かーいいじゃない。
    クールに見せておいて、案外ナイーブなとこがあるみたいよ。
    ますます興味を駆り立てられるわ。
    そして彼は一拍空けてから口を開いた。
    「アラミスの特別指令できた。俺は、クラッシャー──」
    ずどーん。
    あらん?
    クラッシャーズドーン?
    見かけに寄らず、名前は随分とイケてない。


引用投稿 削除キー/
■905 / inTopicNo.4)  Re[4]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/05(Tue) 16:29:18)


    第二章 にっちもさっちも、四面楚歌。


    なんて冗談はさておき。
    またもや直下型の振動があたしたちを襲ったのだ。
    ぎえ7回目。彼にしてみれば12回目。
    ちょっと立て続きすぎやしない?
    しかも今度は頭上から、どしゃどしゃと瓦礫が降ってきた。
    がば、とあたしは両手で頭を抱えた。身構える。でもそれ以上に、クラッシャ
    ーの動きの方が早かった。
    全身であたしを守るように抱きくるめる。つま先を蹴ったらしく、あたしは彼
    の重みと反動であっさりと後方へとそっくり返った。
    きゃい!
    けど痛くない。後頭部には大きな手のひらがクッションになっている。素晴ら
    しい。パーフェクト。ついでに彼は肘と膝を支えにしてるから、あたしをプレ
    スするなんて失態も犯さない。
    そんな蓑虫状態のあたしたちの上を、大小の瓦礫が容赦なくわらわらと落っこ
    ちてくる(落下音でそれがわかる)。時折、衝撃に耐える彼の呻きが漏れる。
    まぶたを薄く開ければ、超至近距離に彼の喉元。あたしの赤毛の前髪に、彼の
    息がかかる。
    このまま時が止まるか、永遠に続いてほしい。切実に願った。
    彼に完璧にガードされているおかげで、危機的状況下であっても恐怖や焦燥感
    はない。おかげで余計なことを巡らせる余裕すらあったほどだ。
    クラッシャー。
    彼は確かに言った。
    そして思い出した。あたしは以前、クラッシャーのチームと成り行きで手を組
    んだことがある。
    この派手なスペースジャケットは、ドルロイの老技術者が彼らの活躍にあわせ
    て特注で誂えたものだ。早いもんね。もう量産しちゃったらしい。これに着替
    える前までは、荒っぽい働きには到底耐えきれないちゃちなスペースジャケッ
    トだったのよね。
    ああ。走馬燈のように映像が蘇る。
    死ぬわけじゃないけど。
    リーダーの渋いおじさま、威勢のいいお爺ちゃん、そして……身長がやたらと
    馬鹿でかく、それでいて身のこなしは脱兎のごとく軽やか。腕と直感だけで、
    信じられないフライト・テクニックを見せつけてくれたあの男!
    ムービー・スターのように、甘くてちょっと彫りの深いルックスで、地を揺る
    がすような野太いバス。
    クラッシャー……、なんだっけ?
    あらま。一番インパクトあるパイロットだったのに、名前がそっくり抜け落ち
    ている。タコスじゃなくて、エロスでもなし。
    んがー。
    だめだ。
    まあいい。所詮は過去の男。あたしは振り返らない主義なの。
    ただ思い出したことで、クラッシャーの王子様に対する親近感が一層増した。
    あら。そういえば。
    チームは4人だったような。……誰か忘れてる?
    …………。
    …………。
    …………。
    そうだ!
    老技術者がロボット一台プレゼントした。うん、これで4体ぴったんこ。間違
    いない。
    あの顔ぶれに比べれば、あたしを死守してくれてる王子様はうんと若い。クラ
    ッシャーのイメージが良くなった。いかにも荒くれな肉体労働者タイプばっか
    じゃないのね。
    ユリには黙っとくべし。
    「止んだな」
    頭上で彼の声。すると、よっこらせという風に、彼は両腕をぐんと伸ばした。
    あたしたちの間にぽこっと空間が生まれる。遠ざかっちゃいや。
    「大丈夫?」
    まるで、瓦礫のカマクラん中にいるみたく、辺りはすっかりしっちゃかめっち
    ゃかになっていた。デカイ瓦礫なんかは、合掌造りみたく折り重なってる。あ
    んなのにやられたらひとたまりもない。
    彼も相当な強運の持ち主ね。
    「打撲程度だ。どうってことない」
    顎を引き、あたしを見下ろしながら余裕の発言。砂埃にまみれた前髪が、ぱら
    りと目元にかかった。
    わお。この体勢。まるでピロートークみたい。
    どきどきどき。
    すると彼もこの体勢に何かを察したらしく、慌ててあたしから目線を外した。
    照れくさそう。
    しばしまったりとこうしていたいのは山々だけど、彼を脱出させてあげなき
    ゃ、かーいそう。それに本番ならムードあるとこでね。
    「仲間は?」
    「3人だ」
    「呼びましょ。こういう場合ムギが頼りになるけど、あたしの通信機は生憎ア
    ウトなの」
    「そうしたいんだが」
    彼、苦笑い。
    「こっちもアウトだ」
    「はい?」
    あたし、高速まばたき。
    「クリーン・センター内は電磁波をシールドされている」
    シールドぉ? なんでえ?
    「ここの作業はほぼオートメーションで、足りないところは人力だ。地磁場が
    紛れ込むと誤作動の恐れがあるからな」
    「それほど頑強な造りに思えないけど」
    だって地震に脆すぎる。まあ、言い方を変えれば予測を超える地震が多すぎる
    ってことなんでしょーけど。
    「おそらくコーティング処理だろう。地磁場さえシャットアウトできりゃいい
    のさ。なんせマグマ層を活用してるようなクリーン・センターだぜ」
    そうだった。
    自然の構造を活かすナイスアイデアは、設備投資を極力けちりたいという思惑
    もあるのだ。
    貧乏臭くて、あたしの鼻はつまりそう。
    そしてついでに、彼はざっと潜入経緯を明かしてくれた。
    あたしたちの居場所は、地下3階層で確認していたそうだ。マグマ層がでかい
    ため、上空からの熱探知センサーでは体温をうまく拾えない。そこで地上と地
    中をつなぐルートを仲間で手分けし、さっき彼が手にしていたカードで(外気
    と体温の微妙な温度差まで探知できるセンサーだって)地道に足で稼いで捜
    索。そりゃ38時間もかかる訳である。
    そして3階層はあえてデッドスペースに充てられていたらしい。仮に万が一、
    ジャンク品の材質から電磁場が発生するとまずいからだ。3階層にはエレベー
    タなどの電気系統もつながれていない。その代わり、地上へ直通する非常階段
    が設けられているそう。
    きっとムギはそこにあたしたちを引導していた。しかしそーなると、ウン百段
    とかウン千段とか、心臓破りなことをやらせるつもりだったんだな、あいつ。
    だから何処へ行くのか聞いても、ついてこい、と吠えただけだったのか。
    はぐれて正解。
    ふんばれユリ。
    で、6回目の地震で熱探知センサーが減灯。そう、シールドが張られている地
    下4階層にあたしが滑落したからだ。
    彼は意図的に別行動をとったと思っていたらしい。二手に分かれて効率よく脱
    出口を探す、とか。なんせ地震が収まったとたん、ユリとムギの熱源はさっさ
    と移動を再開したそうだ。
    にゃろう、薄情女め!
    ただでさえも4階層での捜索は手探りになるし、あたしがガツガツ移動となる
    と救助は困難を極める。つまり、大人しく落下地点に止まっていたことは、あ
    たしにとってほんとにラッキーだったのだ。
    彼は、あたしが4階層以下にいることを突き止めた訳だから、ユリの救助は他
    の仲間に任せて急行したってわけ。実に読みが冴えてたのね。
    でもこれってば、カンだけじゃないと思う。
    運命の赤い糸も加勢したんだわ、きっと。
    「ともかくここを出よう。次に地震がきたら完全に御陀仏だ」
    そうよね。赤い糸も切れちゃう。
    覆い被さる彼から這い出ると、辺りはぐしゃぐしゃながらも人一人はすり抜け
    られそうな隙間がある。あたしのメリハリのあるボディが通るなら、彼もどう
    にか抜けられる。
    窮屈な空間で彼が、根性で背負っていたパックからペンシルタイプのハンドラ
    イトを取り出し、あたしがそれをくわえて先陣を切る。
    隙間を選び選び進む。
    ずりずりずり。
    かなり情けない格好。後ろから見られていると思うといたたまれないが、そん
    なことは今気にしてらんない。
    しばらくは匍匐前進に専念する。
    感覚的に30分はこんな状態が続いた。
    ずりずりずり。ぜえぜえぜえ。ずりずりずり。はひはひはひ。
    まずい、息が上がってきた。ペースダウンしてるバヤイじゃないのだ。今か今
    かと、地震のやつが次のスイッチを弄んでいるんだから。
    ここはやっぱし、楽しいことを考えて自分にハッパかけるっきゃない。ああそ
    うだ、彼の名前を聞きそびれていた。気になる。すごーおく気になる。けど状
    況を読めるあたしは、こんな場面で振り返るなんて野暮はしない。お気楽女な
    らやりかねないが。仕方ない。気分を盛り上げる意味でも勝手にネーミングし
    ちゃおう。
    ネーミングは大の苦手だけど、実はちょっといいのが浮かんでる。黒髪で、し
    なかやかで、シャープな彼に似合う名前。
    クラッシャーパンサー。
    黒豹のイメージ。
    いーじゃない、力強くって。他人の評価は一切受け付けない。あたしが気に入
    ったんだから、いいの!
    あたしのパンサー。
    すてきなパンサー。
    二人っきりで、ああ楽しい。
    わっくわくしちゃう。
    そのあと結構進んだけれど、感覚的には5分と格段に短かった。

引用投稿 削除キー/
■906 / inTopicNo.5)  Re[5]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/06(Wed) 14:08:12)

    その最中、偶然あたしの右肘が当たった側面が、ぼこんとへっこんだ。あら? 
    もしかして? 積み重なった瓦礫の重みがかかってない。よおし。
    「ストップして」
    彼に告げてから、あたしは思いっきし姿勢を屈めた。えいやー! 右足でキー
    ック!
    案の定、すぽーんと瓦礫の塊がいっこ吹っ飛んだ。ビンゴ! すかさず足から
    そこを這い出ていく。くわえてたハンドライトを手に持ち替えて、うんしょっ
    と脱出。
    辺りを見回した。薄ぼんやりとした明かりが広がる、がらんとした空洞。かろ
    うじて、2つの通路とおぼしき穴が生きていた。
    立てる。
    うーん、とあたしは両手をばんざいして伸びをした。身体中の関節がぎしぎし
    鳴る。軽いストレッチをしはじめたら、パンサーが這い出てきた。立ち上が
    り、一帯をぐるりと見回している。そつがない。
    内ポケットからカードを取り出して見ている。あたしから確認できないけど、
    たぶんマップを表示してる。それに自分の方向感覚を重ね合わせて、現在地を
    割り出そうとしている様子。
    働いているパンサーの傍らで、あたしがぼんやりしてると非協力的みたい。よ
    って、それらしく周辺を調査してみる。空洞は半円状だ。半径でざっと見積も
    ると元は10メートルの丸い空間だったみたい。あたしは手近な外壁に歩み寄
    ると、ほんのりと明かりを灯すそのひとつを見上げた。
    よーく眺めるとカタチがいびつ。
    あら、これってば発光石。発光パネルじゃない。
    テラフォーミングなどでたまにゴロゴロと地盤から出てくるやつだわ。鉱物っ
    ていうのは不思議なもので、同じ原子でできてても、外的な刺激が違うと別物
    になる。サファイヤやルビーもそう。同じ原子だけど、熱処理かなんかの差で
    青と赤の輝きに別れる理屈と同じだ。発光石も惑星の環境で、まったく出ない
    場合と、もーいいってくらいザクザク出てくる場合がある。
    自然発光する石なんてちょっとロマンチックだし、実用化を試みたメーカーも
    かつてはあった。けど天然物は性質が不安定で、10年経っても輝くものがあ
    れば、たった1ヶ月でただの石ころなんてのもしょっちゅう。結局、あんまし
    価値を見出されず、今はいいところで子供のおもちゃの指輪の石にしかならな
    いんじゃないかしら。
    つまりほとんどタダ同然。
    発光が切れた石を交換するのは手間だけど、パネルを導入するよか割安。配線
    もいらない。ここに落ちた時の憶測とはズレたものの、読みは同じだった。手
    入れしてないから、光の配置がまばら。
    しかし、なんだね。
    設備投資のけちり度合いが半端じゃないわよ、これってば。
    ……と、思ったところで、あたしの脳裏に気になることが浮かんだ。とことん
    低コストにこだわり、そこそこ繁盛する事業だというのに、3ヶ月前に閉鎖っ
    てどゆこと? この地震、関係ある? しかも報酬が高額なクラッシャーまで
    雇ったとなれば。
    やな胸騒ぎ。
    あたしはきびすを返してパンサーの元に戻り、急ぎ訊いた。
    「ここ、地震が頻繁だから閉鎖なの?」
    カードから、ちらと目線を外してあたしを見た。
    「正確には、焼却をフル稼働させたツケが地震、てとこかな」
    「じゃあマグマ層が」
    「オーバーブロー寸前。いつ暴発してもおかしくない」
    さらりと言うと、また目線を戻した。
    んまあ、そうなの。
    と、うっかり悠長に聞き入れるとこだった。
    ぶるぶるっ。
    ちがうちがう。
    断じて、ちがーう。
    超ウルトラ非常事態、超ワースト緊急事態なんじゃない!
    「だだ脱出ルートは、わわわかったの?」
    げげげげげ。動揺のあまり呂律がまわらない。
    察したパンサーが再びあたしを見た。よっぽど目を白黒させてたのね。彼は一
    瞬だけ驚いた顔をして、おもむろにカードを内ポケットに片づけた。
    「今は俺が入ったルートと反対側にいるようだ。念のため数カ所、3階層への
    突破口をつくる仕掛けをしてきたんだが、こうなっちまうと意味がない」
    やや自嘲気味な笑いを浮かべる。
    それってば、かなり諦めモード?
    むか。
    パンサー株、大幅に下落。
    「ねえ、やけにたらたらしてない? 依頼の時点で逼迫してることは分かって
    たでしょ。クラッシャーを依頼したってことは、壊し屋らしくやってくれって
    ことなんだし。これじゃ貴重な38時間、無駄にしたも同然よ」
    うわ、出ちゃった辛口。
    でもあたしなら、捨てられた小惑星なんだもん、爆薬ぼこぼこ積んで1時間で
    決着つける。生存者の運は、天に託して。日頃の行いがよけりゃ、神様だって
    見捨てやしまい。
    するとパンサーは片っぽの口端を上げて
    「的確な判断だ。クラッシャーに転職するかい」
    ときたもんだ。
    あに言うだ。あんたは。
    マグマ層より先に、あたしがオーバーブローしそうだ。頭がのぼせる。
    「しかし、厄介な訳ありなんだ」
    苛立ちに震えるあたしに、パンサーは相も変わらず淡々と言葉を継げる。
    「依頼はWWWAだが、ここは他人の庭だ。上陸許可をハノバに取り付けたと
    ころ、注文がついた」
    「注文?」
    「施設の閉鎖はあくまでも一時的。マグマ層が正常回帰した場合、事業を再開
    するそうだ。よって、やみくもにここを破壊することはできない」
    「じゃあ回復措置をとってるのね」
    「いや、まったく。自然沈静化を望む、だそうだ」
    パンサーは肩をそびやかした。
    ならほぼ100パーセント、小惑星は壊滅の道を一直線だ。非常識すぎる。嫌
    がらせじゃない、んなの。
    「WWWAも交えて、そういった条件付きの契約書を交わした。違反した場合
    WWWAとクラッシャー評議会に、法外な請求書が回ってくる。ちなみに俺た
    ちの働きに虚偽の報告がなされないよう、行動データをすべて引き渡すことに
    なっている。こいつも──」
    と言って、パンサーは胸の辺りを指さした。カードのことみたい。
    「センサー兼、データメモリなのさ」
    「……格好のカモじゃない」
    「ああ、目的はそこさ。廃棄物に商品価値を生み出す連中らしい、商魂の極み
    と言っていい。この小惑星をまるごと、最後のどでかいオークションにかけた
    ようなもんさ」
    きー! きー! きーぃぃぃ!
    腹の立つ。
    単に金にいやしいだけじゃない。そんな下らない駆け引きに、あたしの命が利
    用されるなんてたまんない。ざけんじゃないわよ! あたしたちを放置した犯
    人もますます憎たらしい。あんたら全員、末代まで祟ってやろうじゃないの。
    ああでも悔しいことに、それが誰だかあたしはわかんない。
    真っ白くなるほど握る拳が、ぶるぶると震えた。
    けどさ。
    けどね。
    そこまで不利な条件つきつけられても、WWWAが乗り出してくれたなんて。
    あたし、就職してよかったですぅ。最高の上司と、最高の環境に恵まれていた
    んだと、ようやっと気づきました。
    感動の随を知りました。
    ぐっすん。
    えんえんえん。
    今目の前に部長がいたら、あたし、あの胸に飛び込んで泣いちゃう。
    思考がしんみりしちゃったのだ。
    あれよあれよと、カッカしていた脳天がクールダウンしていく。
    どうせなら人生の幕は綺麗に引きたい。美しいあたしのなれの果てが、地縛霊
    や背後霊なんて往生際が悪すぎる。
    それに最期の時が来たとしたら、パンサーも一緒だ。
    一人じゃない(はず)よね。
    うん。
    ひと心地ついたあたしは、ゆっくりと彼の瞳を見つめ返した。
    「知らなかったとはいえ、さっきのは失言だったわ」
    ちょこん、と一礼する。ごみんなさい。
    素直な、あたし。かーいい、あたし。これがホント。だからさっきのヒスは帳
    消ししてね。
    「気にしてない。慣れっこだ」
    これでもか、っていうくらい優しい笑み。ほわん。神様なんかより癒される。
    寛大を造形するとしたら、まさに彼だ。
    さすがは、あたしの最期にふさわしい男。
    「逆境に強いのね」
    「泡食ったところで、事態が転じる訳でもないしな」
    そうね。ごもっとも。
    若いくせしてアッパレ。好きだわ、そーいう開き直り。
    パンサー、あなたってばきっとチームリーダーでしょ。似てる。すごおく相通
    じてる。あの渋いおじさまのチームリーダーに。トップがずば抜けた逸材揃い
    なんだから、クラッシャー稼業は安泰ね。ならず者なんてトーシロ発言なぞ無
    視無視。
    あたしが保証する。
    あ、でも、
    まもなくクラッシャー稼業は、パンサーという大損害を被るんだ。
    なんだか申し訳ない。だけどもれなく、あたしもついてくる。こうなると銀河
    系全土においてケタ違いな損失。事態は深刻。
    だからぜひとも、敵を討ってね。
    残されたみなさんで。


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■907 / inTopicNo.6)  Re[6]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/06(Wed) 14:10:03)

    いつマグマ層が憤怒するか分からない時間との闘い。こっちの脱出を阻む地震
    の魔の手。助けも届かぬ地中。そして、ハノバからのむかつく制約。
    よくもまあ、これだけの悪条件が揃ったもんだわ。
    そして幸か不幸か、あたしたちが今いる空間には、通路につながりそうな2つ
    の抜け穴がある。完全に脱出ルートが閉ざされた場合、火器の使用はやみくも
    とは言わないんだろうけど、道が生きてる場合は避けた方が無難。
    カードが自動的に周辺状況をかき集めてメモリしてるらしい。不正がみっかれ
    ば、ゼロがいっぱいついた請求書が追っ掛けてくる。
    ああ、ややこい。
    思わず赤毛をぐしゃぐしゃぐしゃ。
    自慢のカーリー・ウルフカットがさらに台無しだわ。
    「ひとつ確認したい」
    パンサーに切り出されて、慌てて赤毛を撫でつける。
    「なにかしら」
    「耐熱ポリマーってやつは、強度はどれくらいだ?」
    「ああ、これ」
    あたしは持ち上げた二の腕を、指先までなめるように見た。
    おへそ丸出しの襟付きタンクトップと、太股の付け根いっぱいまで浅いV字型
    カットのホットパンツが、素肌に吸い付くほどピッタリサイズ……といえば分
    かりいいだろうか。これがあたしたちのコスチューム。
    銀河一セクシーなのよ。
    だから剥き出しの素肌に、液状の耐熱ポリマーを全身にスプレーしておかない
    とお嫁にいけない身体になる。
    「あたしたちが使うような火器レベルなら、大概はしのげる代物よ。ただ当た
    ったところが蒸発しちゃうから、集中砲火とか厳しいわね」
    「そうか」
    「だってあたしトラコンだもの。軍人じゃないし」
    まあ過去の活躍ぶりは、かなりトラコンの限度超えてるけど。
    「了解。可能な限り、手荒なことは避けるとするか」
    「よろしく」
    ぱっちん。
    あたしはウインクで返した。
    するとパンサーは、
    「じゃあ、行くぞ」
    と、特にリアクションなく横を素通りする。
    あらら、ハズレ。
    「行くって、どこへ?」
    「脱出の可能性を探しに」
    「なーんだ。見つかったわけじゃないのね」
    「ここにいても暇だしな」
    「言えてる」
    あたしは手にしていたハンドライトを彼に放った。
    パンサーは、2つあるうちの右手の穴を選んだ。縦穴のトンネルといった風で
    高さは2メートルくらい。ジャンプしたら、パンサーの頭にコブができるだろ
    う。
    可能性を探しに、という割りには彼の足取りに迷いがない。トンネルを進んで
    いくうち、右に左にと他へ抜けそうな穴を発見するんだけど、確認することな
    く突き進む。なんか目星ついてるのかしらん?
    気になるけど、どーでもいいわ。パンサーの行くところなら、どこまでもつい
    ていくんだもん。彼にすべてを賭けてるんだもん。
    その気持ちに偽りなく、たぶん1時間くらい延々と歩いた。ここはショッピン
    グモールでもなく、夕日が綺麗なビーチでもない。パックを背負ったパンサー
    の後ろ姿以外、眺めがまるでない。でも楽し。
    しかも20分おきくらいに、大丈夫か? 疲れてないか?、と彼が気遣ってく
    れる。吹き飛ぶ疲労感、補給されるエネルギー。鼻先にニンジンぶら下げられ
    た馬みたいに、あたしは従順に彼がつくった足跡を踏んでいくのだった。
    そんでもってようやく、トンネルが途切れた。
    視界がぱあっと広がる。
    またもやパティオのような空間に抜け出た。
    けどここは、がらんどうじゃない。さっきの2倍はある敷地の一角に、斜面が
    ある。何かが坂道のように積み上げられているのだ。
    発光石が割と数多く生きているおかげで、ハンドライトの明かりが加わればよ
    く視界が利く。なんだろう? 所々キラキラ反射する。
    「手伝ってくれ」
    斜面のふもとに、パンサーは片膝をついてしゃがみこんだ。
    はいはいはい。なあに?
    あたしは子犬のように駆け寄る。そこでブツがはっきりした。たぶん何かのシ
    ャフト部分、たぶん何かのジョイント部分、たぶん何かの外鈑の破片、たぶん
    何かの……ええいめんどい、ようは鋼鉄やら強化プラスチックやらコード類の
    山なのだ。
    クズの山。
    パンサーはそのクズの中から、短いパイプ状のものを手にした。ぐっと握る。
    長さでいえば15センチ程度。
    「できるだけ先端は鋭く、硬質で、自分の手にしっくり馴染むサイズを2本探
    してくれ」
    膝を抱えるように、並びしゃがみこむあたし。
    「用途は?」
    殴る武器とか、ドラムスティックとか、はたまたあたしにこん棒体操を披露し
    て欲しいとか。
    「クライミングだな」
    「こう、がしっと?」
    あたしは握った右手を振りかぶり、下ろす。空をざくっと刺す。
    「結構だ」
    パンサーが顎を引いた。
    「ナックルの方がよくない?」
    あたしは、爪をひっかくように右手のかたちを変えてみせる。
    「できるだけ邪魔にならない方がいい。ベルトにぶら下げるピッケルみたいな
    もんがあればいい」
    「そういうイメージね。じゃあ、フック付きがいいかしら」
    「あればベスト」
    スマイルでパンサーは答えた。
    くうん。わかりました。
    早速あたしたちは、クズ山で散らばった。
    どっこい、これが意外なほど難儀なのだ。拾い上げたクズから想像するだに、
    戦艦クラスの大物な残骸っぽい。やたらかさばるパーツが目立ってごろごろし
    ている。
    四つん這いになってあら探しする。本来、こういう作業はムギにこそふさわし
    い。クズを見極める目もないしね、あたしにゃ。
    けど、がしがしと頑張った。そして発見。たぶんこれ、何かのレバーだろう。
    途中からぼっきり折れてるおかげで、先端がとんがりに変形している。逆に反
    対側は無傷で、球根みたいにふっくらした形状。握ったらズレにくく、ベルト
    に差し込めばうまくホールドできそう。ウエストくびれてるし、かなり腰を曲
    げなければつっかえない。
    うん。決めた。
    あともう一本を探す。
    なんじゃかんじゃと、30分はかかったかも。
    一方のパンサーは、クズ山の脇からフォークリフトを見つけだし、山を崩すの
    かと思いきや、リフト部分に乗って天井を確かめていた。それも数カ所。フォ
    ークリフトはソーラ・パワーで動く量産タイプだ。四輪のしっぽ部分にウイン
    グみたいな黒いパネルがついていたから。最近の性能であれば太陽光でなくて
    も、わずかな光さえあれば充分に軽作業程度をこなせる。パンサーはハンドラ
    イトを利用していた。
    ハノバの連中は、これにも発光石を流用したのね。骨までしゃぶり尽くさんば
    かりの有効利用ぶりは、敵ながら拍手を贈らねばならない。発想も構造システ
    ムも、見事なまでにムダがないんだもん。これで特許とれば、一国築けるほど
    ボロ儲けできると思うけど。
    哀しいかなセコさが染みついて、そういう機転は利かないやね。
    「どうだ?」
    天井チェックのあと、奥の方へ宝探しに行ってたパンサーが戻ってくる。左手
    首から肘までの長さを利用して、黒いロープのようなものを巻きつけて輪にし
    ながら。幅5センチほどで、平べったくなってるそれに、左腕を通して肩から
    引っさげた。
    まるでテレビ局のカメアシさん(カメラアシスタントのことよ)みたい。
    「なかなかいいでしょ?」
    立ち上がって、あたしの収穫を目線に掲げてみせる。彼、無言のまま頷いた。
    やったあ、合格。
    パンサーも腰のベルトに、操縦桿らしきものを短刀のごとく差し込んでいた。
    で、近づいてきた彼。
    あたしはその顔をみて、ロープらしき物体の察しがついた。
    「どうするの? オイルチューブなんか」
    「よく分かるな」
    「だって」
    あたしは笑い出したいのを堪えて、彼に踏み出す。唐突に右手を伸ばした。親
    指のはらで、ぐい、と左頬をこすってあげる。
    すると、ぴくん、とパンサーが固まった。
    目が点、じゃなくて開きっぱなし。マネキンみたい。
    「オイルが飛んでる」
    「あ……、ああ」
    声が掠れた。
    んまままま!
    もしかして、もしかして、動揺? どきまぎ?
    さっきまでのクール一辺倒の彼じゃない。うろたえてる。確実に。
    ウブー!!
    しかも彼ったら、みるみる赤面していく。食べ頃の、完熟トマトみたいよ。
    うっく。おいしそう。
    あたしのテンションすんごく高ぶってるけど、顔ではポーカーフェイス。だけ
    どしっかり、色気をふくませた上目遣いで悩殺ビーム発射!
    覚悟をし。パンサー。
    「……ここら辺、だいぶ暑いな」
    とってつけたような言い訳こいて、彼は拳の甲で頬をごしごしと拭い、目線を
    外した。
    さりげなーくトドメをかわされた気がするけど、チャーミングなギャップに許
    すわ。さっきは例の渋いおじさまチームリーダーと、共通するもんを感じたけ
    れど、こうなると全く別のキャラクターね。
    乙女心はこーいうのに弱い。
    おじさまもいいけど、やはしパンサーに軍配。
    若さの勝利。
    「で、チューブをどうするの?」
    口調をセーブしつつ、あたしは訊いた。
    彼は一端、ごほん、と咳払いして、狂った調子を取り戻す。
    それから端的に答えた。
    「狙いが当たれば使えるが、外れりゃ単なるお荷物だ」
    「こんな窮地で、博打うつなんて素敵」
    場面が場面だもの。ヤケクソでも起こさなきゃ打破できない。
    まあ日頃の行いが良ければ、神様があのロープみたいなもんをちょちょいと味
    方に化かしてくれるでしょ。
    「天井チェックしてたのは?」
    人差し指を顎にあてて、あたしはかーいく訊いた。
    「作業員用の抜け道があるんだが、どれもびくともしない。3階層全部、潰さ
    れたかもしれないな」
    パンサーは顎に手を当て、神妙そうな口調で答えた。おそらく、ぐしゃっと潰
    れたミルフィーユに、ユリとムギがサンドされたイメージがあるんだろう。
    自分もあんま状況芳しくないのに、気が回るとは優しいんだわあ。
    「信じなさいよ、お仲間を」
    「え?」
    「とっくにユリもムギも救出し終わって、コーヒーで一服してそうよ。万一、
    遭遇してなくても、ムギがいれば何とかなる。ただ、そちらのお仲間が心配だ
    けど」
    「それこそどうとでもなる。壊し屋がクラッシュされちまったら、面目丸潰れ
    だしな」
    「じゃ、あたしたちは、あたしたちの心配だけしましょ」
    パンサーは、くっと笑うと顎を引いた。
    そうそう、そーこなくちゃ。今あなたが一番に気遣うのは、このあたし。
    他はポイ!

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■908 / inTopicNo.7)  Re[7]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/07(Thu) 18:31:51)
    振り返ると、さっきの、あたしたちをスクラップにしようとしたメガトン級の
    地震からかれこれ3時間が経とうとしてる。嘘みたいに平穏。小康状態かはた
    またハノバが口からでまかせで言った自然回復が、奇跡的に起こりそうな予感
    すらするほど静か。
    いい傾向。
    そのせいか……なんとなく……楽観……的に、こと……をかま、え……られ、
    ぜいぜい。
    はら? あにこれ。
    呼吸が苦しい。胸の奥が灼けるように熱い。
    恋の病?
    たしかにあたしは冒されてるかもしんないが、恋の病で死ぬとは聞いたためし
    がない。
    がく。ふにゃふにゃ。
    両膝が折れて、あたしは地面にへたりこんだ。
    「おい、大丈夫か」
    パンサーがあたしと目線の高さを同じくする。
    「な……か、急に、息苦し……」
    変な毒ガスとか、まわってないでしょーね。でも彼はぴんぴんしてるし。まさ
    かさっきのキューブ状の非常食?
    まさかパンサー、変態コレクター?
    どっと冷や汗が出た。
    「──そうか。強化ポリマーで気づかなかったんだな」
    へ? どゆ意味?
    あたしはまなざしで問いかける。
    「さっきから急激に気温が上がっているのさ。そうだな、もう100度は軽く
    超えたな」
    ひゃ。
    ひゃくどごええええ? 未知なるサウナ状態ってわけえ?
    「俺のクラッシュジャケットも耐熱仕様で、勝手に体温コントロールするんだ
    が、頭部ばっかりは外気にさらされる。おかげでこっちは顔面ひりひりしっぱ
    なしさ」
    「な……で?」
    なんで、と訊いた。
    「熱探知センサーが働かんから、正確な状況は分からない。が、おそらくさっ
    きの地震で、クリーン・センターの最下層が決壊してマグマがせり上がってき
    ているようだ」
    ぎえええええ!
    今度は下から事件?! つまりマグマの逃げ道ができたおかげで、一時的に勢
    力が間延びして活動を抑えられてるってこと?
    ていうか、そーいう大事なことは早く教えてちょーだい!
    ああでも。
    またちょこっと思い出した。クラッシャーの制服、そうクラッシュジャケット
    は襟元や袖口を密閉すれば簡易宇宙服になる。たしか専用のマスクもあったよ
    ーな。きっとパックに装備されてるんだろうけど、パンサーはレディのあたし
    を差し置いて自分の身を守るのを遠慮してるんだわ。もしくはあたしに、必要
    以上の動揺を与えまいと。
    涙ぐましい、男気。
    うう、許しちゃう。
    「急ぐぞ。こいつを頼む」
    パンサーの動きが慌ただしくなった。パックを下ろすと、あたしに負わせた。
    ずし、ずしずし。結構なめかたがあるのね、これってば。何をするつもりか、
    と聞き出そうとする前に答えが分かった。
    ひょい。
    彼は、あたしを軽々とおぶったのだ。
    あら、いえ、その、すごーく嬉しいんだけど。パンサーの負担が大きくなる。
    トーシロの女の子じゃないんだから、足でまどいは御免よ。下ろしてえ! 歩
    くから!
    「じたばたするな。余計に呼吸がしんどくなるぞ」
    ぴしゃりと言われて、あたしはしゅんと大人しくなる。ふみぃ、黙って荷物に
    なりますぅ。両腕を彼の首に回して、お胸をぴとっと密着。つんと上を向いた
    91センチのバストが、広い背中で押し潰される。
    パンサー、感じてるかしら?
    あ、そうか。
    防弾仕様じゃ、やーらかタッチなんて分からない。
    ちぇっ。
    でもってパンサーは颯爽と歩きだした。らくちん。でもって、癖の強い黒髪に
    すりすりしたいくらい快適。
    しかし、なんだわね、この光景。ほにゃららペアと恐れられてるあたしが、フ
    ツーのかよわい女の子に見えちゃう。仕事柄、例えいい男であってもトーシロ
    相手なわけだし、あたしがカバーに回ることがずっと多い。けどこうして、自
    分より上いく男を前にすると、あっさり守られる側になれるのか。
    いいわあ、彼。
    でもってこんな光景、部長が見たら視力の衰えを疑って、速攻老眼鏡あつらえ
    に行くね。きっと。
    パンサーの背に揺られながら、やはし気になる彼の調子。だって熱風を吸い込
    んでるようなもんだから、喉の奥から気管支まで焼けるような痛みがはしる。
    「いきぐる……し、くな……い?」
    「問題ない。鍛えてる」
    え?
    喉も?
    あらそう。
    いい声してるし、クラッシャー引退したら声優なんてどう?


引用投稿 削除キー/
■909 / inTopicNo.8)  Re[8]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/07(Thu) 18:33:17)
    あたしたちはついぞ、悪運の袋小路にいた。日頃の行いがまったく活かされて
    いない。神様の目は相当の節穴らしいわね。ああ、いけない。これ以上ご機嫌
    を損ねちゃ。
    あたし、誓いますぅ。
    過去の不可抗力を、今後の一日一善で挽回しますから。
    お願いしますぅ。やっぱり、あたしはパンサーと生き残りたい!
    その彼はほんとにタフガイで、首筋から汗の匂いを発するものの、歩調は一向
    にペースダウンする気配なし。クズ山のパティオから、いくつかある出口のひ
    とつを難なく選んでトンネルをくぐり、また別のクズ山に出くわしたら、それ
    すらも休むことなくやりすごして、延々とひた歩く。
    たまげた集中力。そしてプロ根性。
    背中からは少しも疲労感が漂わない。密着してるあたしが言うんだから、ほん
    とよ。
    パンサーの仲間も心配しているわね。連絡が途絶えてから相当経ってるし。ハ
    ノバのあほみたいな条件があるばっかりに、あっちも迂闊に動くことができな
    い。仮に応援を呼べたとしても、じわじわと膨張しつづけるマグマの追っ手が
    ある状況下では、犠牲者を増やす危険をはらんでいる。
    彼は、仲間を巻き込むマネはしないわね。
    孤軍奮闘を選ぶタイプ。
    そう考えると、比べてWWWAサイドはなんとも情けない。WWWAが、そし
    てあたしたちが、全幅の信頼を寄せる天下の弁護士、ニックベイガーが関わり
    ながらも、無茶苦茶な契約書を交わしたことが許せなくなる。
    ばか。
    ニックベイガーのノータリン!
    「ニックベイガー?」
    パンサーが、わずかにこちらへ首を回した。
    あらやだ。声に出ちゃったみたい。
    「彼か。──有能な弁護士だな」
    素直に荷物に徹していたあたし。その間もうどれくらいか分かんないくらい、
    長い時間、無言だったあたしたち。
    ひさかたぶりの会話だ。
    「そ……かしら」
    ずえんずえん。
    相手の思う壺にはまりっぱなしの、ぼんくらよ。
    幻滅。
    「彼が織り込んだ一文が、切り札になると思うぜ」
    一文? 切り札?
    パンサー、あなたまたあたしに、大事なこと黙ってたか。
    「どゆ、こ……と?」
    すると彼は弾みをつけて、一瞬あたしを背負い直す。再び歩き出した時は少し
    だけペースを弛めて、余力を会話に回すのだった。
    「ハイパー・ウェーブ上での契約手続きだったが、ハノバが一方的に要求を固
    持したのさ。こっちには時間的猶予がなく、はなから形勢は不利だった。そこ
    でニックベイガーは要求をすべて呑むと切り出し、先に好き放題言わせて契約
    書をつくった。正直その瞬間はぞっとした。冗談じゃない、てな」
    あたしなら指が滑ったふりして、通信そのものを切るね。
    「ところがそいつはニックベイガーの策略だった。契約書を確認させたところ
    で、人命措置がないことを指摘したんだ。もしこれで裁判になった場合、確実
    にハノバは敗訴となる。そこで一文を追加させた。潜入後クラッシャーの消息
    が完全に絶たれた場合、いかなる手段も許容する、とさ」
    くう!
    きたー!
    それでこそ、正義の味方ニックベイガー!
    WWWAの面目も立ったじゃない!
    あんた最高よ。愛人になったげる!
    ユリが。
    …………。
    ん?
    でもちょいお待ち。
    必殺の一文があるというのに、どうしてパンサーは行動に出ないの?
    仲間が飛び込んでこないの?
    ま、まさか、またかしら。厄介な注文。
    ──案の定。
    話にはまだ続きがあった。
    いかなる手段という大風呂敷に、セコイさに秀でるハノバは渋った。渋りまく
    った末、完全に消息が絶たれてから24時間後という、みみちい要求を繰り出
    したそうだ。即断即決で動くクラッシャーが、24時間も指をくわえていられ
    るわけがないと踏んだのだろう、たぶん。
    これに対し、ニックベイガーはしっかと根拠を後ろ盾にして、時間短縮に持ち
    込んだそうだ。連合宇宙軍の緊急出動を引用し、最短20分から最長6時間ま
    でが人命レスキューの範囲内と平均的前例を突きつけて。ハノバが出した24
    時間をうち砕き、6時間へと大幅に短縮させた。
    快挙だ。
    け、ど。
    6時間って待つ身にゃ長い。
    ニックベイガーの手腕、ややビミョー。
    「実にスピーディーな契約成立だったさ。感謝しとくといい。クラッシャーの
    決断力といい勝負。欲しい逸材だ」
    あたしの代わりに、ありがたいお言葉ね。
    けど、ニックベイガーがクラッシャーになるのは無理。ハイパー・ウェーブな
    らバストショット映像だから、気づかなかったんでしょーけど。彼、スケルト
    ン・ボディよ。がりがりの痩せっぽち。着ぶくれするタイプだからバランスと
    れてるけど、こんなフィットするクラッシュジャケットなんか着せたら、頭で
    っかちで笑いをとっちゃう。
    40代後半だしね。年寄りの冷や水よ。
    でもまあ健闘は称えましょ。

    パンサーの背中で、ややこい一連のあらすじを聞き終えた頃(もう隠し事はや
    ーよ)、あたしの視界に変化が生じた。いつの間にかトンネル内は急勾配の下
    り坂で、彼の歩調も速まる。
    視界の下に、出口らしき明かりがみえた。
    そしてようやくにして、抜ける。トンネルを。
    目がちりちりと痛んだ。耳鳴りのように、ごうごうと音がこだまする。びっく
    りだわ。今度はもっとずば抜けて広い。円形ホールだ。クズ山のパティオの4
    倍はありそう。天井も高くなってる。下りの傾斜の意味はこれだったのね。
    発光石の数もずば抜けて多く、あたしは持たされていたハンドライトの電源を
    切った。
    左側面、その壁面の中腹あたりに矩形にせり出した部分があって、強化ガラス
    らしきもので囲われている。スタジアムとかの放送デッキみたい。いっちゃん
    眺めが良さそう。その真向かいには大型スクリーン。でも今はブラックアウト
    してて、ただの壁でしかない。
    デッキの下には、ざっと数えて20台くらいのフォークリフト。そして隣には
    四角柱をしたボックスが無造作に集められている。20世紀の電話ボックスっ
    ていうのに似てる。
    なにかしら、あれ。
    するとパンサーはあたしを降ろした。長時間ぶらつかせてた足だから、ちょっ
    ちむくんで、着地と共にーんと走る痛み。あいたたた。足元を見下ろした。
    そこで釘付け。
    ここ地面じゃない。つるんとした質感。底の方を見渡せる薄いスモークガラス
    のようなんだけど、透けた向こうは奥行きがある。深そう。サイズはホール外
    縁の70パーセント縮小ってとこかしら。宙に浮いてるような、上げ底にされ
    た気分。
    なんか足の裏がむずむずする。よおく目を凝らすと、コールタールみたいな黒
    い物がどろどろと流動していて、時折、ぱかっと赤い花を咲かせる。
    ……これって、ば。
    「きゃあ」
    思わず、傍らにいるパンサーの腕にしがみついた。
    「まだ臨界点に届かない。大丈夫だ」
    あうあうあう。
    大丈夫の使い方、間違ってるー。
    だってだってだって。
    あたしたちの立ち位置から、わずか2、3メートルほど下にマグマ。どろんと
    した絨毯が一面に広がってるぅ!
    「ここはクリーン・センターBブロックにある、第3コントロールルームだ。
    5つあるうちの中央部に位置する。あのスクリーンは、センター内の稼働状況
    を断面映像で監視できるそうだ」
    「こ……は?」
    これは? とあたしは足元を指さした。
    「マグマ層に直結するマンホールだ。見てきたろう? あちこちに廃品がスト
    ックされている。もっと大物を収容できる場所も別にがあるらしいが、売り物
    にならなかったジャンク品も含めて、最終的にはコントロールルームを経由し
    て処理される。階層の間に、スライダー状の運搬路もあるのさ」
    要するにこの下は、地下ン千メートルにもおよぶ巨大マンホール。スモークガ
    ラスのような部分も、度数を変えられるレンズであり、肉眼でマグマの状態を
    確認できるんだそうだ。
    マグマ層を焼却炉として代用すると、化学物質と異なり、燃焼状態が安定しな
    いデメリットがある。水位のように上がったり下がったり、地上の気象状況に
    よって変化したり、色や粘度などにも注意を払う必要があるとのこと。放り込
    んだ廃品によっちゃ、マグマ層が過剰に活性化したり、死んでしまったりする
    こともあるらしい。微妙な変化はモニタでは掴みにくいらしく、いわば拡大鏡
    で直接現物を監視するという原始的な仕組みなんだそうだ。
    デリケートなのね、案外。
    それと同時に、焼却によるガスの発生もある。状況に応じてレンズ部分を解放
    し、ホール全体を排出ダクトにも代用しているそうだ。一度期にガスを一斉排
    出すると、大気汚染などでこれまたエライ目に遭うらしい。調整しつつ、ガス
    抜きさせるんだってね。
    そんなような内容を、パンサーは手短に教えてくれた。まるで工場見学に来た
    生徒の気分。
    お勉強になりました。
    って、なるわけない。
    どー考えても、いっちゃん危険なところにあたしたちはいる。
    そーよつまり、絶体絶命。
    信じて着いてきた終着駅が、まさかまさかの地獄の一丁目。
    こら、答えろ、パンサー!


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■910 / inTopicNo.9)  Re[9]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/08(Fri) 17:13:41)


    第三章 あわわ、本気で怒らせた。知ーらないっと。


    「俺が作業する。きみはこっちだ」
    ぐいと手首を引かれた。その拍子に彼の方を見ると、……げ。
    日焼けどころか、火傷のように顔面が赤らんでる。ビーチでうたた寝しちゃう
    と、やっちゃうアレだ。彼はたぶん、元は浅く宇宙焼けした肌をしているんだ
    ろう。どす赤。その表現が近い。
    くうっ、痛そう。
    つまりそれだけ、ここら一帯が激しく温度上昇して灼熱地獄だってこと。どー
    りで目がしばしばすると思った。強化ポリマー様々だわ。
    ……はっ!
    あたしったらスプレー携帯してるじゃん。あーん、ばかばかばか! パンサー
    が醜男になったらお婿にもらって責任取らなきゃ。雰囲気からして、彼も切羽
    詰まりだした模様。今さら取り出したところで、拒否されるのがおちだ。
    そんな風に一瞬パニくっていたあたし。
    引きずられた先は、あの四角柱のボックスの群れだった。彼は一番手前にある
    ボックスの取っ手にあるボタンを押してから、ドアを引いて開けた。背負って
    いたパックを引き取ると、あたしだけを押し込み、即座に閉じた。
    あ、冷んやりする。
    目と鼻と喉。
    実際は、地上の常温と近いんだろうけど、クーラーが効いてるように感じた。
    このボックス、安っぽく見えてすごい。完全に外気温をシャットアウトしてる
    んだわ。
    「俺が指示するまで、絶対に開けるなよ」
    ガラスの向こうのパンサーが、人差し指を向けて言う。
    語気がきつい。
    「どうするつもり?」
    あたしは口早に訊く。あ、声がラクにでた。
    すると彼は口元だけで笑った。けど、さっきまでの緊張を解きほぐす種類のと
    は全く違う。
    ……目が、マジ。
    ……目が、きょわい。
    息を殺し、藪にひそむ肉食獣のように炯々と光っている。凛々しい眉が吊り上
    がり、命乞いしたくなるような、熱く冷ややかな不思議な力を宿していた。
    あたしは思わず、ごくりと固唾を飲む。顎を引いた。
    「やっと最高の条件が整った」
    待ってましたと言わんばかりの、噛みしめるような語り口だ。
    「切り札を使う。クラッシャー流の、いかなる手段ってやつを、たっぷり思い
    知らせてやるのさ」
    右の拳を固く握りしめて、左の手のひらに、ぱん、と打った。
    「ハノバの条件はすべてクリアした。くそ条件だったとしても違法行為でなけ
    りゃ、契約しちまった以上完璧に従う。生半可なことでつけいられるのも、た
    まんないからな。こっちも意地だ」
    高圧で押し殺していた感情が、猛烈に突き抜けた。まさに怒髪天。目の奥から
    怒りに震え、癖の強い黒髪が逆立ち波打つ。
    彼から発する熱気が、渦を巻いているのが見える。
    ……終わりだわ。
    もうすべてが木っ端微塵にされる。
    この小惑星も、ハノバの野望も。
    クラッシャーの誇りを、血を、
    嘗めてかかった代償を払わされるぅ!!
    「じき消息を絶ってから6時間が経過する。タイムリミットだ。きみには悪い
    が、クラッシャーの意地につき合ってもらう」
    こくこくこく。
    あたしはなーんも答えず、首が抜けそなほど縦に振った。
    だって仕方なし。
    ハノバは人の不幸を利用して、利益を生もうとした。任務を完全に遂行するク
    ラッシャーのプライドを、逆手にとって悪用した。しかも正当性をまったく欠
    いた条件で、クラッシャーを操れるとタカくくったんだから。
    甘かったわね。
    お仕置きじゃすまない。
    成敗して、腐った商魂を叩き潰してやんないと。
    だってハノバの連中こそ、銀河系の粗大ゴミ。
    ざまをみ!

    いよいよクラッシャー逆転劇の火ぶたが切って落とされた。
    パンサーの動きは早い。なんら淀みがない。
    彼はきっと刻々と変化する状況を敏感に捕らえ、そこからあらゆるケースを推
    測し、脱出にもっとも適した手段をいくつも考え抜いていたんだろう。あの移
    動の最中、ずっと。イメージが完璧に出来上がっているからこそ、ああもスム
    ーズに動けるんだわ。
    もちろん、仕返し100倍分も追加してね。
    あたしは鼻が潰れそうなほどガラスに押し当てて、彼のやることを食い入るよ
    うに追った。
    真っ先に、パックから火器を取り出した。銃身からするとライフル。あっとい
    う間に組み立てる。でも先端のアタッチメントが一風変わっていた。やけに太
    い。するとパックも一緒に手にして、あたしたちが入ってきたトンネルの方向
    へ疾駆した。
    今あたしがいるとこから同一線上であり、もっとも離れている地点だ。すぐさ
    まライフルを斜め上に構える。撃った。弾道を描くように、ロープ状のものが
    伸びていく。あれなに?
    丁度、側面と天井の境目、90度に折れ曲がったとこにロープが吸い付いた。
    どうやら吸盤か粘着物質を飛ばすアタッチメントらしい。瞬く間にパンサーは
    そのロープを取ると、レンジャー部隊のごとく壁面をつま先でえぐりながらす
    るすると登っていく。
    は、早い!
    10メートルはあろうかという絶壁を、普通に歩く速度で登り切った。
    あたしの視界を横に倒せば、綱引きしてるみたい。
    えいえいおー!
    と、茶化してはいけない。あたしったらチョメ!
    おまぬけな想像してる間に、パンサーの動きはロープが吸着してる位置で止ま
    っていた。細かい作業をしている様子。天井部分が重要なのかも。だってほと
    んど、ばんざい姿勢。あたしもトラコンとして様々な訓練や技術を身につけて
    るけど、クラッシャーのそれと比べたら大人と子供かも。
    起点はテラフォーミングを請け負う惑星改造屋なのに、実像はそれがいかに狭
    義であるかを思い知らされちゃう。惑星改造の仕事には到底必要とは思えない
    ほどの操船技術をもつパイロットはいるし、ドルロイの事件を解決しちゃう頭
    脳もあるし、はたまた宇宙海賊すらも吐かせかねない尋問テクニック(ああ!
    思い出したわよ。渋いおじさまチームには、も一人いた! 正しいチーム編成
    は4人と1体!)。
    手を広げ、ジャンルを広げて、クラッシャーってば一体、何屋を目指してるの
    かしらね。あんま器用すぎると、宇宙のなんでも屋にされちゃうんだから。け
    ど、そういう稼業があるとかなり便利。
    現にあたしも今、そのお世話になってるし。
    うかうかしてらんなーい。あたしたちも、WWWAも。
    がんばらなくちゃ(ほどほどに)。
    とか、つらつら思い巡らせているうちに、パンサーがするするとロープを伝っ
    て降りてきた。あらら、作業終わり? スバヤイ!
    でも、この崖っぷちの状況よ。
    たった数分で終わる作業なんかで、脱出できんの?
    ほんとに? ほんとに? ほんとに?
    信用してない訳じゃないけど、早すぎるのも問題。
    残る、一抹の不安。
    パックを背負い、ライフルを肩に引っかけた格好(オイルチューブがやや邪魔
    そう。やっぱお荷物?)で、パンサーは移動する。すぐ戻ってくるかと思いき
    や、ちょっとばかし寄り道。コントロールルームを背にして、ホールの外縁を
    走り出した。
    あたしの目線がそれより先回りする。
    ぴた。
    とある物体に目線が止まった。車輪、もしくは操舵機。ガラガラと回したくな
    るよーなモノが、壁面にはめ込まれていた。直径だいたい1メートルくらい。
    パンサーの身長の約半分。ホールに入った時の死角にあるから、全然気づかな
    かった。
    彼がそこに辿り着く。あたしの狙いは的中。どうやらあれを作動させたいみた
    い。両手で円周をがっちり掴むと、体重をうんせとかけて左回しはじめた。
    相当に重そう。彼の体重移動でそれがわかる。
    コントロールルームに潜入できたなら、オートメーションのボタンをぽちっと
    するだけでいいんだろう。ただ潜入には、ドアを吹っ飛ばすことが前提かと。
    こんな状況でも、ハノバに突っ込まれる証拠を残したくないのか、はたまたそ
    の手間をかける余裕がまったくないのか。
    うーん、どっちもアリかしら。
    それにしても、あの車輪を回すことで一体何が起こるんだろ。パンサーの動き
    が機敏で、的確で、何かが前向きに動き出してる気はするものの、あたしの読
    みがまったく冴えない。
    想像を絶している、とはこのこと。
    断じて、あたしが鈍ちんなわけじゃない。それはユリの専売特許。
    ごっとん。
    んん?
    何かが外れる、というか、何かが落ちる、というか。やけに重々しい響きがあ
    たしの耳朶を震わせた。
    ごごご、ごごご、ごごごごご。
    コンクリを摺り合わせたような音。すごーく開放的な光景を、想像したくなる
    よな音。
    開いた? ついに開けゴマの扉が?
    あたしはガラスにいっそう顔を押しつけて、ホールの天井を見上げた。こっち
    にも丸い切れ目が入ってる。排出ダクトの蓋なんだろね。
    さあ、いよいよだわ。開けー、ゴマ!
    ゴマ! ゴマ! ゴマ!
    ごごご、ごごご、ごごごごご。
    あらん?
    びくともしない。静止画のように光景が変わらない。
    ヘンねえ。
    と、あたしは再びパンサーに視線を戻した。
    すると。
    例えれば、パンケーキからとろりとこぼれ落ちるシロップみたい。でもシロッ
    プは黄金色のハニーじゃないの。ダークチェリーのように黒ずんでて、所々に
    赤い亀裂がちりばめられている。
    表現上は、とってもうまそーな光景。
    あたしの網膜がキャッチした信号が、脳の海馬にある記憶とフィックスし、前
    頭葉が情報を全部ひっくるめて解答を出した。
    ひい!
    顔がこわばる。
    理解に時間がかかったのは、あってはならない光景が、目の前にありありと迫
    っていたからである。
    マグマが
    ──地下から溢れた!
    ホールの床を、とろーり、とろーりと、滑っていく。
    パンサーが解放したのは、下の、スモークガラスの方だった。
    ぎゃあ! あにすんのよぉ?!


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■911 / inTopicNo.10)  Re[10]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/08(Fri) 17:14:57)

    赤い気泡が弾ける様は、赤い花がぱっと咲く感じ。
    でも、ちっともうっとりしない。背中からダーダーとやな汗が流れた。
    ようやくパンサーは車輪から離れる。
    彼の居場所から、あたしのとこまで、どす黒い大河が広がった。天の川を挟ん
    だ、なんとかとなんとかの、恋人同士のお星サマの話しみたい。
    ……だめだわ。
    ロマンチックにことを描いて、現実逃避を試みたけど無意味。ピンチであるこ
    とに変わりはない。
    マグマの流出は結構早い。ホールの外縁に届くまであと数メートル。彼、どう
    するつもり? あたしはボックスのドアの、開閉ボタンに手を伸ばした。
    サポートしなきゃ! ああ、でも、丸腰でどうやって?!
    わたわたと頭ん中がフル回転した。
    けど最善策がひらめく前に、彼は飛び出した。
    一面のマグマに、猛ダッシュ。
    あ、足が!
    溶けちゃうー!
    その瞬間、あたしの指は開閉ボタンを押した。ぷす。空圧が抜ける。
    ばーん、と思いっきりドアを開けた。
    「急いで! 早く!」
    口ん中いっぱいに熱気を吸い込んじゃったわよ。
    あちー!
    彼はまるで、遠浅の海辺をひた走る、青春ドラマの主人公みたいだった。蹴上
    げる飛沫。でもそれはキラキラと反射する海水なんかじゃない。
    マグマよ、マグマ!
    分かってんのかしら、彼。
    ボックスは脚があるおかげで、ドアは地面からわずかに上。でももうすれす
    れ。マグマがゆたゆたと迫り来る。
    は、早くぅぅぅ!
    あたしはその場から、精一杯手を伸ばした。
    ──どっかん!
    彼がボックスに飛び込んだ。華麗なタックル、闘牛の猛追のごとく、減速なく
    あたしに体当たりした。
    がっくん。
    反動で、ボックスが仰向けに大きく揺れた。
    ところが。
    乱立してるおかげで、後ろのボックスがうまい具合につっかい棒となった。ボ
    ックスの中であたし、彼と真正面から対峙。ギリギリんとこで、彼が両腕を支
    えにしたから、あたしはガラスと彼の胸の間にちんまりと収まる。
    はふう……。セーフ。
    そして飛び込むと同時に、彼は器用にもドアを閉めていたのだった。
    パンサーは両腕を左右に広げて、ボックス内壁で身体を支える。そして足を踏
    みつけるようにして揺れを生み、そおれ、といった風にボックスの姿勢を立て
    直した。
    反対側に、がっくん。
    仕上げとして、彼が開閉ボタンを押した。ぷす、すすす。
    ロック完了。
    ほお。
    あたしは豊かな胸を撫で下ろした。
    「指示するまで、開けるなと言ったろ」
    メッ! と怒った風な目線を、彼が至近距離からぶつけた。
    焼けたベールを一枚まとい、さらに野性味を増した彼。軽く弾む息。いやん、
    とろけちゃう。
    あたしは両の拳を、顎下で揃えるように抱え込んだ。目線を伏せ、しっぽりと
    恥じらう。丁度、彼のブーツが視界に入った。銀色がくすんでるけど、損傷は
    なし。頑丈ね、クラッシャーの制服ってば。ああ良かった。
    だけど。
    このカンヅメ状態って、果たしてセーフなのかしら? ボックスがなけりゃ、
    もう脛までマグマに浸かってる状態なんですけど、あたしたち。
    「こいつは待避ボックスだ。オートメーションが行き渡らないところは、作業
    員がうろついてる。万一の非常時に備え、マグマやガスを完全に遮断する保安
    設備のひとつだそうだ。こいつが持ち堪えてくれりゃ、ハノバはクリーン・セ
    ンターの正確な全情報を、俺たちにきちんと提供したことになる」
    ……不安を煽るわねえ。
    でも、たぶん大丈夫。
    なんせニックベイガーが目を光らせてる。だからハノバも警戒してるはず。嘘
    の情報を渡したら、それこそ彼らの命取り。ケチくさい連中であっても、敵に
    塩を渡すくらいの算段は知ってるわよ。
    「惑星のコアって、大体6千度くらいでしょ? こんなで長時間耐えられるか
    しら」
    「外気に触れることで、多少マグマは冷却されるだろう。かといって、4ケタ
    を割るとは考えにくいな」
    「五十歩百歩ね、それ」
    あたしは腰を抱くように、腕を回した。
    「けど、ひとまず急場をしのげたと思っていいのね。保安設備に、投資をけち
    ってなければの話だけど」
    「じき分かるさ。なんせ今が、開業以来初めての実用になるんだからな」
    彼はさらりと答えた。
    もう驚くもんか。クラッシャーの毛の生えた神経なんかに。

    で、具体的にこのあとどーするのか。
    切り札を使う、と彼は言った。クラッシャー流のいかなる手段ってやつを見せ
    つける、とも言った。しかしながら、大見得切った割りには手も足も出せない
    カンヅメ状態。今や太股の辺りまでしずしずと、マグマは順調にせり上がって
    いる。まるで濃いトマトジュースの中にいるみたい。ガラスが崩れたら、あた
    したちはシチューかポトフになるしかない運命。
    確かにまもなく、大手を振って救助できるタイムリミット。あと少し辛抱すれ
    ば、あたしたちは助かる。パンサーの仲間がどう救助してくれんのか、さっぱ
    り見当つかないけど、ほぼ、助かる。
    けど、あたしは腑に落ちない。ただ助かるだけじゃ。
    それに時を待つのが彼のやり方だとは、とぉーていっ、思えない。
    ずっとずっと耐えてきたんだもの、この人は。理不尽な嫌がらせに。それに目
    に物を見せてやらんと、ハノバにお灸を据えられない。
    うずうずしっぱなしよ、きっと。
    あたしもそうだ。
    腸がいかれそーなくらい、煮えたぎってる。ひと泡どころか、百泡くらい食わ
    せてやりたい。クラッシャーだけじゃないわ。美人のトラコンも嘗めたらいか
    んぜよ。パンサーの打つ手だてに、ぜひとも乗っかりたいとこだ。
    だからあたしは、訊いた。
    このあとのことを。
    すると彼は、あたしの目の前に右手をひょいと掲げた。
    人差し指だけを突き出し、それをちょっと曲げたかカタチにしてる。
    「ここがマグマで完全に満たされたとき、こいつを使う」
    「???」
    指鉄砲……ですか?
    たこ。んなわけない。
    一人ボケツッコミ。
    眉間に縦皺をつくるあたしに対し、彼は手首を動かし、右へ左へと半回転させ
    た。きら。きららら。
    はら? テグスみたいなものが指先にからまってるのが見えた。髪の毛よりま
    だ細いかも。
    目線で伝うとそのテグスみたいなものは、ぴたりとシャットアウトされたドア
    の合わせ目まで伸びていた。
    「あっちの天井部分に、有線で爆薬をしかけた」
    パンサーは、にやりと笑う。
    「俺の読みだと、やはりこの上はおしゃかだ。廃品の搬入路になるスライダー
    部分はもちろん3階層、多く見積もれば2階層の底面も崩落している可能性が
    大だ。となると、それら残骸のすべてを吹っ飛ばして脱出口を開けるには、そ
    れなりの爆薬が必要だ」
    「にしては、設置作業が随分早かったわよ」
    そう。
    ものの2、3分。多く見積もっても5分はかかってなかった。
    「潜入の途中で弾薬を仕掛けたと言ったろ? 実は今の手持ちが、4分の1も
    ない。あまり多く持って出るとハノバがうるさくてな」
    「なら、4分の1だと」
    「いいとこ、岩盤の1、2枚割れるんじゃないか」
    がくー。がくがくがく!
    おかげであたしの表情はふてくされだ。
    ところが。
    パンサーは顔色ひとつ変えやしない(いや、もう、充分焼けて変わり果ててる
    けどね)。悪い方に動揺しないというよりも、込み上げてくる笑いをどう堪え
    ようか、といった表情。
    ただし隠しようのない漆黒の瞳から、なんだかニヤニヤ光線出てる。
    気になるわ、その企み。
    これ以上もったいぶらないで欲しい。
    なんせマグマもついに、首まで浸かったことだし。
    「まあ要は、使い多次第だ」
    「どう使うの?」
    「……バックファイアを、起こす」
    パンサーはついにタネを明かした。
    バックファイア、あるいはフラッシュ・オーバーとも言う。
    その単語に、あたしの体内で警戒がはしった。それもそのはず。以前、あたし
    とユリはそれでさんざ痛い目に遭い、以後気をつけよと学習したのである。
    とほほ、思い出しちゃったよ。
    惑星ラメールでのことだ。クライアントである洒落た感じのロマンスグレイか
    ら事件の詳細を聞いている最中、何者かによって火災を引き起こされた。火災
    現場を隔てているドアなり窓を解放すると、一気に新鮮な空気が供給され、ぼ
    かーんと爆発してしまう現象がそれ。5、6メートルくらいの火柱なんて軽い
    軽い。人間なんか木の葉のようにいくらでも舞い散る。おかげでラメールが誇
    る、地上54階、超がつくほどエクセレントなホテルは丸ごと、巨大な炎の塔
    に姿を変えてしまった。
    ……あれを、また体験するのですか。
    火事よりも最悪な、マグマどっぷりの状態でやらかそうと言うのですか。
    となると。
    このボックスの耐熱性能だけでは飽きたらず、強度性能までを、ぶっつけ本番
    で試したいってことですね。あーたは。
    …………。
    …………。
    …………。
    わあーったわよ。つき合うわよ。
    さっさとかましておしまい!


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■912 / inTopicNo.11)  Re[11]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/11(Mon) 02:16:32)
    あたしがちっちゃかった頃。何度も読み返した絵本がある。
    国王と王妃に大事に育てられたお姫様が、隣の国の王子にひったくられて、そ
    れを取り戻す勇敢なナイトの話。挿絵が良かったせいもあるけど、そのナイト
    がめちゃくちゃ格好いかった。あたしの初恋だったかもしんない。
    けど子供心ながらに、ストーリーのラストに不満が残った。
    だってね、命を賭けて助けてくれたナイトにお姫様はありがとうしか言わず、
    のちに別の国の美形王子と結婚しちゃうんだから。
    はあ? そういう読後感だった。
    愛読書だったけど、いつしかラストページは開かずに閉じちゃってたわね。そ
    ういえば。
    あたしがお姫様だったらナイトに惚れて、身分なんか無視して、いっそ結婚し
    て彼を国王に昇格させればいいとか思ってたのよね。単純に。
    けど、大人になって分かったわ。
    育ちのいいお姫様は、ナイトとは一緒になれない。生き様が過激すぎて、つい
    てけない。やはし生涯の伴侶は、同じような境遇でのらりくらりと育てられた
    人物の方が、価値観のギャップが少ないのよね。
    よって美しく優しいお姫様には、美しくちょっとなよっちい王子様じゃなけれ
    ば、釣り合いがとれないのが定説だと納得できた。
    もしナイトを選ぶよーな命知らずのお姫様がいるんなら、お目にかかりたいも
    んだわ。
    ……でね、パンサーのことなんだけど。
    出逢って、あたしはつくづくお姫様じゃなくて良かったと思ったわけ。
    そのうえ医学トラコンやら経済トラコンとか色々ある中で、いっちゃんヤバめ
    な犯罪トラコンに配属されて、一連の訓練なんぞ受けてて、あー良かったあ、
    としみじみ思うのよ。
    じゃなけりゃ、マグマん中でバックファイアなんてさー、お姫様の可憐な神経
    じゃあ秒殺もんよ。
    犯罪トラコン、万々歳。
    「──準備はいいか。そろそろいくぞ」
    その声に、はっと思考を引き戻された。
    ホールいっぱいにマグマが満たされるまでの数十分間。特にやることもなかっ
    たせいで、あたしは別なことを頭に巡らせてた。
    もうすっかり四方八方、深紅に埋め尽くされてる。空気に触れてないから、真
    っ赤っか。まるで血の池地獄にいるみたいで、結構グロイ。
    よってあたしはこの光景を、薔薇色の世界、と例え直す。
    発想の転換って大事。
    「オッケイ。覚悟はできてるわ」
    拳から親指を立てて、前に突き出す。
    彼は微笑み、軽く顎を引くのだった。
    二人揃ってまな板の上の鯉よ。やって頂戴、ずばっとね。
    そしてあらかじめ打ち合わせした姿勢を互いにとる。このボックス、狭いけど
    あともう一組のあたしたちが入れる余裕がある。つまり隙間がある。緩衝剤の
    ないコワレモノと同じで、バックファイアに吹き飛ばされればシェーカーで振
    られるカクテルの気分を存分に味わう。
    何らかの対処を講じないと、粉々の、へべれけになることは決定。
    まず向き合う格好で、背中をガラスにぴたりと押しつける。そして両腕は左右
    に開いて手のひらでガラスをぐっと、片足を相手の脇腹横に置いてぐぐぐっと
    ふんばる。
    かなり片腹痛いポーズ。だけど致し方なし。
    パンサーはカードに表示されたタイムカウンターを目視し、仲間との連絡が完
    全に途絶えて、きっかり6時間が経過したことを確認する。すると例のテグス
    の先端を、袖口の通信機に近づけた。
    爆破のスイッチとなる、点ほどのソケットがあるそうだ。そこに、ちり、と差
    し込めば一気にどかん。
    「カウントダウン5でいく。舌、噛むなよ」
    「そっちこそ」
    あたしはウインクした。
    「カウント5。……4、……3」
    すうっと深呼吸。お腹にたんまり空気のクッションを入れる。
    「……2、……1」
    ──ゼロ!
    ぼふ。
    遠くで、巨大な海坊主がげっぷしたみたいな音。
    その瞬間。
    ボックスは想像を遙かに越える力で突き上げられた。

    ……はっきし言って。
    その後しばしの記憶がぶっつり途絶えてる。
    爆破後、数秒間は根性ふりきったよーな気はするんだけど、大自然の力の前に
    は、人間はただただ無力でしかないってことを思い知らされたわよ。
    視界が真っ白だか、真っ黒だかになって、ああ違う赤だわぁと、ちょっと頭が
    動いた頃には、あたしはボックスの中でスカッシュされてた。
    いくら鍛えてても、女の細腕。
    固定の姿勢は、ほとんど維持できなかった。
    あたしが崩れ落ちたもんだから、もちろんパンサーも道連れ。くんずほぐれ
    つ、ってやつ。
    ガラスに頭を数回ぶっけた時はっきり意識が戻ったんだけど、とにかく爆破の
    余波は遠慮ってもんを知らない。どういう防御姿勢がいいのやら、考える間す
    ら与えてくんないのだ。
    ところが。
    パンサーはずっと意識をキープしてた。
    あたしがボックス内でゴムボールと化したとこで、一体どんな荒技を使ったか
    見当つかないけど、掻き抱くようにキャッチ。自分の身をクッションにして、
    あたしの頭部を重点的に死守してくれた。
    それもね、ぎゅうううっと。
    あの逞しい腕と胸で、ぎゅうううっと。
    もうね、別な意味で昇天しそうだったわよ、あたし。
    前転、後転、側転。自由自在に回転しまくり、あちこちに跳ね飛んだボックス
    は、時間の経過とともに同一の動きに定まる。
    そうなるまで何十時間と経った気分だけど、実際は数分なのよね、きっと。あ
    たしたちはきつく抱き合ったまま、いつしかワルツのような横回転に落ち着く
    傾向に向かった。
    でもまだまだ高速回転。
    ワルツなんて優雅な表現しちゃったけど、この時きゃスピンに近い。
    むぐ、酔うぅぅぅ!
    けど彼に抱かれたまま、吐瀉物なんかまき散らしたら一発で嫌われちゃう。女
    の意地で、飲み込んでやったわ。
    そのスピンも徐々に弱まり、限りなくワルツにまで減速したとこで、あたしは
    やっと正常の思考回路を取り戻した。
    ついで遠心力が弱まったせいで、びったし密着してガラスに貼りついてたあた
    したちの体勢が崩れた。もつれはじめる。
    この時点で、パンサーが行動開始。ボックスの回転を止めるように、わざと逆
    方向に身体で過重をかけ、少しずつブレーキを利かせた。その成果で、数分後
    のあたしたちは横倒しのボックスで、べらあと並んで仰臥してた。
    つまりは脱力。
    放心状態。
    横倒しのボックスはマグマの上をぷーかぷか。運良くドア面が天面になり、遠
    くの方に階層の天井とおぼしき岩肌が揺れてた。
    ボックスの耐熱と耐久性、無事テスト完了。
    あたしにはこれが、ノアの方舟に思えたね。
    背中に波打つマグマの漂いを感じつつ、あたしたちはゆりかごの中にいた。
    「……助かっ、た?」
    と、あたし。
    「ここが天国かどうか、確認しなきゃな……」
    と、ぼんやり口調の彼。
    あたしはごろんと、首だけ彼に向ける。
    パックを背負ってるせいで、彼の胸はふんぞり返ってる。右手の甲を額に乗せ
    て、そこから血が幾筋も伝っていた。
    額を割っちゃったんだ。
    あたしは上体だけ引き起こす。
    「大丈夫?」
    と、聞くと
    「まあ痛みがあるってことは、生きてる証拠だろ」
    なんて負け惜しみを言う。そして目線をこちらに向けて薄く笑った。
    「きみは?」
    「首がちょっと痛いけど、問題なさそう」
    「なら、いい」
    そんな風に、のらりくらりとした短い会話を交わした。
    パンサーがまだグロッキー状態だから、代わりにあたしがボックスの損傷を度
    合いを見渡す。ざっと見、目立ったひび割れはない。九死に一生をがっちりキ
    ャッチね。
    命からがらな体験後の、つかの間の休息ってとこだった。
    すると。
    このムードを引き裂く音が、ボックス内に響き渡った。
    あたしと、パンサーの、手首から。
    ──通信機の着信音!
    横にいた彼も、がばっと身を起こした。
    そして双方、まったくの同タイミングで互いの通信をオンにした。
    「──ケイ!」
    「──ジョウ!」
    くわわわーん。
    きんきんのソプラノ。おまけにダブルスピーカー。
    衝撃で疲労困憊の脳みそには、かなり堪えた。これ。


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■913 / inTopicNo.12)  Re[12]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/11(Mon) 02:17:39)
    「ケイ! 生きてたら返事して! 寝てんなら起きて。いい男がいるわよォ。
     ゲーム・ジェノサイドが9999点よ! 死んだら損なんだからァ」
    「ジョウ! どこにいるの?! お願い答えてよぉ! ジョウ!」
    …………。
    …………。
    …………じゃかあしぃ!
    ピ。
    ピ。
    これまたほぼ同時に、あたしと彼は通信を切った。
    二日酔いの朝、耳元でぎゃんぎゃん悲鳴上げられたよーなもん。
    きっつい。
    しかもユリの呼びかけったらなんなの!
    あたしの人格が疑われる。聞かせるわけにはいかない。
    そして木陰からそっと覗く気分で彼の様子を伺うと、あちらはあちらで、眉間
    のあたりを人差し指と親指の先で押さえてる。
    じっと、今しがた受けた衝撃を消化してる感じだ。
    けどすぐさま
    「お先に」
    と、あたしに顎をしゃくる。
    レディファーストという意味らしい。
    そうね。ユリの口に、まず戸口を立てないと色々不利だわ。
    あたしは彼にちょこっと背を向ける格好で、こちらから発信した。
    「ユリ、聞こえる?」
    なぜだか口調がひそひそ。
    「ケイ! ひさしぶり」
    そーくるか?
    フツー挨拶より先に安否を心配しない?
    いや、やめよう。相手はユリだもん。常識は通用しない。
    「今どこ? 一人?」
    「クラッシャーと一緒」
    「あ、そう。あたしも一緒。じゃあ指揮権あちらにあるから、救助の指示はお
    任せしちゃうわね」
    ぶつ。
    ……切れた。
    終わりかい!!!
    希望どーりなんだけど、とおっても解せない。
    でもまあおかげで交信は手短に済んだ。無事だと分かれば、おーざっぱなもん
    なのよ、いつもと変わらず。
    するとそのタイミングを見計らったように、彼の通信機がコールした。
    あ、そうだ。
    確か、ジョウ、とか呼ばれてたわね。女性クラッシャー、いるんだ。こんな荒
    くれな世界を好む物好きが(あたしも人のこと言えないけど)。
    そうそう、だから、パンサーから改名しなきゃね。
    けどすっかり馴染んでるから、調子がしばし狂いそう。
    あたしは振り返ると、ジョウの方に四つん這いで顔を寄せた。指揮権がクラッ
    シャー側にあるなら、その指示をあたしも共有しておかなきゃなんない。
    ところが、ちら、と彼があたしを見る。
    ん?
    そのまなざしはどーいう意味?
    なんか、気のせいか……、
    ためらってるよーな。
    「出ないの?」
    せっつく、あたし。
    「……出るさ」
    と、言いつつ渋り口調。なんなのかしら? 一体。
    そしてジョウは一呼吸を置くと、通信をオンにした。
    「──俺だ」
    「ああーん! ジョウ!」
    ぎょわわわーん!
    強烈なソプラノが、ひ、響く!
    これか……。
    これを彼は懸念してたのね。
    ジョウは通信機のボリュームを絞った。絞ったとしても、超ソプラノだもん。
    こまかな発音もしっかと聞き取れる。
    けど女性クラッシャーの(あたしの勝手な)イメージとは、遙か彼方、程遠い
    くらいに、ずいぶんと花のある声ね。
    「落ち着け、アルフィン」
    消息不明者だった彼の方が、なだめ役になってる。
    「だって全然連絡とれないんだもん。ずーっと不気味な地震が続いてたし、さ
    っきなんてすっごいのがあったし。ジョウったら一人で下りてったから、あた
    し……、心配で心配で……、ひっく」
    ひっく?
    泣いてる? もしかして?
    「大丈夫だと言ったろ。現にぴんぴんしてるさ」
    ええ、少々、デコ割ってますけどね。
    しかし、ねえ。
    なんだか彼、やたら口調がソフト。彼女の興奮を鎮めるためか、女性だから気
    遣ってるのか、はたまた、いつもの日常的なやりとりなのか。
    むむ。
    すっごく気がかり。
    「いいかアルフィン、よく聞いてくれ。数分前のでかい地震は、俺が故意に仕
    掛けたもんだ。心配しなくていい。ちなみに現時点でクリーン・センターから
    の脱出は完了。だが、緊急事態に変わりはない。下手すると、俺の丸焼きがで
    きる」
    「いやよ、そんなの」
    「じゃあ冷静にことを進めよう」
    「……オッケイ、分かったわ。あたしたちはどう動けばいい?」
    あら。
    立ち直ったわ。
    切り替えの早さはクラッシャーぽいんだけど、あのう……、何と言いますか、
    お2人さんの会話。聞いてるこっちがこっ恥ずかしくなるのは、どーぉしてか
    しら。
    今はまだ、任務のただなか(のはず)。
    この通信もお仕事の一環だというのに、うっかりそれを忘れてしまいそになる
    わ、なんだかねぇ。
    「まず現況を知りたい。<ミネルバ>は?」
    「ジョウが4階層に潜入する前の指示通り、B1からB50にかけてBブロッ
    ク全域の上空を旋回中。ジョウからの許可、もしくは6時間後の救出におい
    て、外部からいつでも破壊する手はずは整ってるわ」
    「了解。リッキーは?」
    「ポイントB25で保護した、トラコンとクァールと一緒よ。ジョウが追いか
    けたもう一人のトラコンも、近くにいるんじゃないかって。だから近辺から脱
    出すると読んで、B25からB35にかけてリサーチしたわ。でもさっきの爆
    発みたいな地震のせいで、地下1階から3階層までがごちゃごちゃに入り乱れ
    てるらしいの。そのうえマグマがせり上がってきてるから、熱探知センサーで
    うまく拾えないって」
    平静を取り戻したせいで、きんきんのソプラノは、凛とした耳障りのいい声に
    なってる。
    よく聞き取れる。
    で、ということはよ。
    あたしたちはひょっとすると、1階層の底までぶち抜いてる可能性が一気に強
    まった。派手なジャンプアップ。ああでも、惜しい。どーせなら地上まで、飛
    び出てたら、これ以上骨折らないで済んだのに。
    ただそーなると、ビジュアル的にゾンビね。
    「それで、アルフィンは今どこだ?」
    「あたしはトラコンの話から状況分析して、最初にいたと思われるCブロック
    に<ファイター2>で移動済み。来た道を戻るかもしれないと思って。地上か
    ら歩いて、C1からずうっと捜索してたわ」
    「マグマの流入は?」
    「まだないけど、時間の問題よね。結局、繋がってるんだし」
    「オッケイよく分かった。上出来だ。一人での捜索、お疲れだったな」
    「……ジョウ」
    声が、うるうるうる。
    不安と心細さを圧して気丈さを保ってるとこに、優しーい言葉。
    ああ、だめだめ。
    くずれちゃうわよ。へたっちゃうわよ。今、そんなこと言ったら。
    パンサ……じゃない、ジョウってば女心の琴線に、
    もしかしてかなり鈍い?
    「じゃあ、次の指示通りに動いてくれ」
    彼女が、ひーん、と泣き出す前に、ジョウは口頭でてきぱきと命令を告げた。
    あたしの読み、どんぴしゃ。
    短いやりとりから、彼、やっぱチームリーダーだと確証を得た。
    マグマの上を漂流するあたしたちだから、いくら精度の高い熱探知センサーで
    あっても、マグマに体温をかき消されてしまう。ところが逆からのサーチは可
    能だった。ユリやムギ、それとリッキーとかいうクラッシャーの3つの熱源を、
    ジョウのセンサーが捕捉した。
    足元から彼らを照らし当てた、そういう感じね。
    彼らはポイントB33にいた。あたしたちからすると右っ側。これを逆算する
    と、あたしたちはポイントB27周辺にいる模様。マグマに流され気味だか
    ら、彼らが到着するまでにポイントB1に向かってどれだけ移動するか分から
    ない。センサーによると、やはし幸運なことに今ある天井をぶち抜けば地上。
    とはいえ今は吹き抜け状態だけど、この先もし2階層や3階層が生きてれば、
    下へ下へと押し流されてしまう。
    そうなるとまた面倒だし、マグマが流出する今、下の階層がどれほど危険か計
    り知れない。
    ボックスからの脱出は、一刻を争う。
    そしてジョウは、<ミネルバ>と<ファイター2>を合流させ、こちらに急行
    させる段取りを取り終えた。
    通信を切る直前、アルフィンとかいう子は、絶対死なないでね、を何度も繰り
    返してた。
    あのう……、あたしは?
    べっつに、いいんだけどね(いや、よかーない)。


引用投稿 削除キー/
■914 / inTopicNo.13)  Re[13]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/13(Wed) 01:51:16)
    「可能な限り、こっちの移動を食い止めるぞ」
    通信を切った早々、ジョウの口調はまた引き締まっていた。
    「…………」
    じー、っと、彼の顔を見る。
    「な、なんだよ」
    どき、っとした表情で、あたしを見返した。
    「今の子と、やましい間柄?」
    「…………」
    「ねえ」
    「……関係ないだろ」
    ぶすっとした声。
    ややや?
    今、子供がふてくされたみたいな顔をした。
    「じゃあ、あやしい関係」
    「ただのチームメイトだっ」
    今度はきっぱり否定。
    けどね、いかにも図星を否定、って感じなのよねー。
    「つまらんこと言ってると、置いてくぞ」
    つっぱねた。
    わざと脅して、はぐらかしてる、って感じなのよねー。
    そっか。でも、つまらんこと、なのね。
    よぉーく分かったわ。
    助かったらその辺、直接彼女に聞いてみましょ。
    さて、あたしの茶化しを振り切ったジョウ。彼は再びパックからライフルのパ
    ーツを取り出し、組み立てる。同時に、お荷物になりかけのオイルチューブも
    引っ張り出した。手間ではあったけど、備品をちゃんと収納しとかないとボッ
    クス内部が散らかってエライ目に遭うことが予想された。
    オイルチューブなんかが、バラバラに広がってみ。
    鞭打ちの刑になる。
    いくら強化ポリマーを塗布しててもミミズ腫れは確実。あたしはMじゃない。
    ジョウはどーだか知んないけど。
    整理整頓しといてひとまず正解だった。
    「出るぞ」
    ライフルを手にしたジョウは、頭の上、ドアの取っ手に左手をかけた。開閉ボ
    タンを押す。
    ぷす。
    空圧が抜けて、ロック解除。力を込めて、肘まで使って持ち上げるようにドア
    を開ける。
    ばかーん。
    開いた。
    ぼっしゃーん。
    落ちた。
    「うぎゃ!」
    あたし飛びすさる。マグマの飛沫をもろに被った。
    しゅんしゅんと音を立てて、強化ポリマーが蒸発。とりあえずあたしに火傷の
    痛みはない。
    ああ、たまげた。
    開けたドアがジョイント部分から、そっくりもげたのだ。
    ガラスのひび割れはなかったけど、ボックスの骨格そのものがかなりヤバめな
    とこにきてるらしい。
    そりゃそうよ。あっちゃこっちゃに、ぶっかったんだから。原型を限りなく留
    めてる方が奇蹟。
    しかしそーなると。
    ノアの方舟は、いつ沈没してもおかしくない泥舟へとグレードダウンね。
    ボックスの外は、熱風が吹き荒れていた。
    くわっ、と下から巻き上がる感じ。
    片膝をたてた姿勢で、辺りを睨め付けるジョウの黒髪が陽炎のようにゆらゆら
    と乱されている。きっとあたしの赤毛はちりちりね。
    爆発でどこか地上までぶち抜けた箇所もあるみたいで、風通しが格段にいい。
    マグマの表面はコールタール状に真っ黒。なめし革みたいだわ。
    目と鼻と喉が灼かれそうに痛いけど、もう気にしちゃいらんない。
    「壁面に寄せる。バランスを保ってくれ」
    そうあたしに告げると、ジョウはボックスの脚に向かって移動した。彼の方が
    今いわば川下に向いている。船でいえば船首。あたしはボックスの天井部に向
    けてお尻をずりずり。こっちが船尾にあたる。ボックスの向きは安定して、流
    れと平行になった。
    ライフルを傍らに置き、ジョウはやや身を乗り出した。なんの躊躇もなく、両
    腕を真っ黒なマグマに突っ込む。
    ずぶずぶ。
    そして交互に掻き出した。ボックスに推進力が生まれる。
    超超超低速だけど。
    腕の筋肉がかなり隆起してる。相当の抵抗みたい。10分ほど漕いだらもう、
    ジョウの横顔には汗が浮いていた。
    その甲斐あって、あたしたちは空洞の壁面にぐいぐい近づいた。あと数メート
    ルのとこで、ジョウがライフルを構える。右後方に打った。ロープが瞬時に伸
    びる。さっきも使ったアレだ。
    先端部分のとりもちが、ぴしゃっと潰れて壁面を掴む。ロープをぐいとたぐり
    寄せて、なるたけ壁面とボックスを接近させる。それからロープの反対にもと
    りもちを付けて、あたしがボックスの天井部にぺたりと貼った。びん、とロー
    プが張って、ひとまず流れに抗いつつ繋留完了。
    ジョウのグローブとジャケットの袖半分が、鱗のようにめくれてぼろぼろ。さ
    すがのクラッシュジャケットも、そう長くは耐性を保てないみたいだわ。
    ぞぞっ!
    マグマが広範囲に流出してるせいで、水位(マグマ位?)が上がらない。ボッ
    クスから天井部分までは目測5メートル弱。手が届きそうだけど、ジャンプし
    たところで確実にマグマへ、どぼちょ。
    歯がゆい距離。
    あたしはあんぐりと天井を見上げる。ユリとジョウのお仲間、早く穴を開けて
    くんないかしら。
    「さて、開通式といくか」
    はい?
    ジョウは一瞬、あたしの方に振り向いた。そしてジャケットの黄色いボタンみ
    たいなものを何個かむしり取る。
    「当たるなよ」
    短く言い残して、彼は天井と壁面の境目に投げつけた。
    ぼかーん。ばひゅばひゅ。
    ぶしゅー。
    ぐわらぐわらぐわら。
    ──ひいいいいい!
    光線と火球が飛び散り、瓦礫があれよあれよと大落下。
    当たるなとは……これかー!
    「きゃいっ」
    頭を低く下げ、両手でカバーする。破片がばらばらと降ってきた。足場が不安
    定なボックスだから、さすがにジョウもこの時ばかりは、飛びかかってまであ
    たしを守ってくんなかった。
    自己防衛とは、残念。

    びょおおおお!
    まるで熱風のスクリュー。ボックスが大きくかしぐ。マグマが波打つ。
    反射的にあたしは、ボックスの縁を右手と左手それぞれをがしっと掴む。ジョ
    ウも同じ。腕力と、下半身の微妙な体重移動でバランスをとることに集中。
    脱出への道のり、険しいわあ。
    どうにかこうにか、じゃじゃ馬状態のボックスをなだめつかす。
    そうそうよい子にして。
    ピンチとサヨナラしたとこで、あたしは上空を振りかぶった。
    あああああ!
    穴が開いてるぅ!
    天井から、半月状に縁取られた自然光が降り注ぐ。
    大男2人はラクに通れそな穴。完璧よジョウ!
    「──ちっ。しくじったな」
    屈んだ姿勢で、こちらに半身を捻った彼が舌打ち。
    目線が下。
    のおおおお!
    こっちも開きそう!
    落下した瓦礫のせいで、ボックス底面に蜘蛛の巣状のヒビ。
    それも数カ所。最悪よ……ジョウ。
    ピンチ君、おかえり。
    「こいつを──。今は持つな。すぐ取り出せる場所にしまっとけ」
    慌ただしく彼が内ポケットから何かを取り出した。後方のあたしに放る。
    キャッチしたのは電磁ナイフだった。
    一体、何やらされんの?
    頭がおっつかない時は、言われた通りにするのが鉄則。
    さてどこに、しまおかしら。
    電磁ナイフの用途説明を後回しにして、ジョウはめまぐるしく次の行動にうつ
    る。手にとったもの。あのオイルチューブだ。
    「まさか本当に使うハメになるとはな」
    何かを呪うように吐き捨てながら、彼はオイルチューブにとりもちを装着して
    ライフルを上段で構えた。
    即、撃つ。
    天井に開けた脱出口より左、3メートルほど離れたところ。さらにチューブの
    反対側にもとりもち。ライフルにセッティングしたとこで、あたしに顎をしゃ
    くった。
    「俺がいま当てた場所から、さらに左に3メートル。狙ってくれ」
    ずし。
    ライフルを手渡された。
    「撃つの? あたしが?」
    手首を引かれ、ボックスの中で四つ足歩行で前後入れ替わった。
    あたしの後方に移った彼はオイルチューブをほどき、左手で握ってる。
    「外すなよ」
    短く返すと、腰のベルトに差したままにしてた、クズ山でめっけた操縦桿を一
    本、右手で抜いた。バランスをとりながら、立ち上がる。
    がし。
    壁面に、深々と突き刺した。それがつっかい棒になって、ボックスの重心がぴ
    っと安定した感じだ。
    そして漆黒のまなざしで、やれ、と命じられた。
    わけ分かんないときは、言われたとーり。
    あたしは片膝をつき、構える。スコープで目測してからトリガーボタンをプッ
    シュした。
    ぱん。
    破裂音を上げてチューブが飛ぶ。んま! これってば無反動ライフル。
    と、感動もつかの間。
    「きゃ!」
    あたしは、すってんころりんと尻餅ついた。自慢のおみあし、V字に万歳。
    ついでに背中で、ぴし、と音を聞く……いや、聞かなかったことにする。
    ボックスがぴょんと跳ねたのだ。ぴょんと浮いたとも。モーターボートの船首
    が上がるみたいに、ぐん、と。
    「──く!」
    理由は、ジョウだ。
    そっくり返ったあたし、逆さまの彼を見た。
    吹っ飛ぼうとするチューブを、強引に腕力で留める。ぶいん、と鈍い音を立て
    てチューブがうなった。
    今度は顎を引く。狙いぴったしに、左3メートルの天井にとりもちがぴたっと
    吸着してるのが見えた。
    ジョウの体勢ったらまるで、水上スキーヤーみたいよ。
    オイルチューブには伸縮性がある。流出量の変化に柔軟な方が、目詰まりなく
    老朽化も軽減できる。柔らかい血管と、固い血管の違いと言えば分かりいいだ
    ろか。
    ライフルの射出力を利用して、ゴムひものように引き伸ばしたんだ。高度なテ
    クニック。タイミングを間違えば、こっちが引きずられるか、とりもちが着く
    手前で射出力を失うか。とにかく触れればくっつく、あのとりもちの機能性も
    すごい。
    ちょっち欲しい。
    「立て!」
    緊迫した声で、怒鳴られた。
    支点が3つになったことで、ボックスが安定してる。2人立っても、これなら
    転覆免れそう。
    「しっかり掴め。脚をかけてもいい。絶対に離すなよ」
    チューブを挟んで向かい合うあたしたち。ええと、これを両手で掴んで、右足
    を掛けて膝を曲げる。ん? こーなると、どーなるのかしら。レンジャー部隊
    みたく、チューブを辿ってするする綱渡りしろってこと?
    あたしが現況から、この先の展開を予測中に
    「跳ぶぞ」
    と、ジョウが言う。
    跳ぶ?
    そして速攻、手を離した。
    ばひゅーーーーーん!
    あーーーれーーーぇ!
    こ、こ、こ、これってば、逆バンジー!
    あっという間に、視界のジョウが小さくなった。


引用投稿 削除キー/
■915 / inTopicNo.14)  Re[14]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/13(Wed) 01:52:44)

    「──あうっ!」
    勢い余って、天井に背中激突。
    くらっ。
    飛びそうな意識を痛みが引き戻した。
    ヨーヨーみたくあたしは、数回びよんびよんと上下。体重がかかってるから、
    初動なんかチューブが伸び過ぎて、あわや左のブーツがマグマに触れるくらい
    になった。
    ヤバかった。ダイエット必要?
    これじゃいっぺんに2人は無理。
    「チューブを切れ! 穴に飛び込め!」
    ジョウが大声であたしに指示する。つまりターザンをやれ、ってことね。
    やったろーじゃない。
    あたしは、うんしょと両腕でチューブをたぐる。もう少し上がらないと、チュ
    ーブの伸縮を活かし、振り子に持ち込めない。あたしの思惑を察したのか、ジ
    ョウはじっと静観してる。
    天井から、1メートルほど下にぶら下がったとこで止まる。よぉし、ここでチ
    ューブを切っちゃれ。
    あたしは預かった電磁ナイフを、しまったとこから出そうとした。
    ところが。
    「早くしろ、何してる!」
    じれたジョウがせっついた。
    わーってるわよ。わーってるんだけどね。
    「ナイフが出せないー!」
    「……なんだと?」
    「胸がひっかかって、取れないのよぉ!」
    そう。あたしは電磁ナイフを、胸の谷間に押し込んでた。91センチのバスト
    なら、ホールド力は抜群。
    でも今は、その豊満さが憎い。
    「待ってろ!」
    ジョウは言った。あたしには、世話の焼ける、と聞こえた。
    つーか、逆バンジーするならすると、最初っから言ってくれればしまい場所考
    えたわよ。
    そして数秒もせず、ジョウはライフルのアタッチメントを替え、あたしに向け
    て構えた。予告もなく、撃つ。
    チューブを断ち切った。
    あたしの膝あたりの高さで。ぶないじゃないっ! だからこれも先にお言いっ
    てばあ!
    しかし苦言を吐いてらんない。ジョウはあたしの脱出を見届けないと、動けな
    いからだ。耳朶の奥に、ぴし、と鳴った音が蘇る。
    ぶるぶるぶるっ。
    急げ、急げ。
    あたしは両脚を一端前に、そして後ろへと、ぐいんと振る。チューブがそれを
    受け、びいん、といい感触を得た。目指すは、3メートル先の穴。弧を描いた
    つま先は、ほんとマジで、穴に届きそう。
    でも飛び込める角度じゃない。
    手を離したら、チャンスは一回。
    あたしは、この反動を得て飛ぶラインを目測しイメトレする。なるほど。空中
    ブランコで数回ぶらぶらやるのは、こーいうわけね。
    場違いなことがぽっと浮かんで、妙に納得。
    うん。いける。飛んだら、穴の縁に囓りついてでもしがみついてやる。
    体重をうんと両腕にかけて、チューブの伸縮性をあますことなく使った。
    よし、いけ、あたし!
    「たあっ!」
    飛んだ瞬間、チューブを捨てた。
    両手を前につきだし、穴の縁めがけて一直線!
    ──が。
    穴の方から、にゅっと、思いもかけない障害物が出た。
    ──終わった。
    あたしの人生、ぐつぐつシチューでジ・エンド。
    …………。
    …………。
    …………と、思ったんだけど。
    はら? まだ宙に浮いてる。何かが、くびれたウエストにがっちりホールド。
    目を開ければ、真っ赤どころか、グリーン一色だ。
    「むがががが」
    あたしのおへその辺りで声。
    きゃはははは! くすぐったい!
    「ぶはあ!」
    脇腹から、またもや声がした。
    ついでに逆さまの顔も。
    真っ赤になった、ファニーフェイス。しかも若い男の子!
    どーやらあたしは、穴の縁から上背だけぶらんと垂れ下がった彼と、上下逆さ
    まに抱き合ってる。
    「いいよ! 上げとくれ!」
    言うやいなや、ずるずると引き上げられる。穴の縁に頭をぶっけないように、
    あたしはうまくやりすごした。
    ああ……地上だ。
    小惑星の表面って、こんななの。
    ぺたんと座り込んだままで、辺りを見回した。
    小高い丘が連なる感じで、でこぼこな地平線。アップダウンばっかの地上だ。
    所々に蒼い草地がまばらに広がって、ジャガイモ頭をバリカンで乱雑に刈った
    という感じ。
    ここら周辺と同じく、数カ所、白い蒸気が上がってる。マグマが地中に溢れて
    るせいだ。
    遠目に、小型の外洋宇宙船が着陸している。戦闘機に近いフォルムで、銀色に
    輝いているのが分かる。キレイな船。<ラブリーエンゼル>といい勝負。たぶ
    んここらで唯一、平坦な場所なんだろうと見当がついた。
    ジョウの船ね、きっと。
    ああ、それにしても出たわよ。
    あたしやっとこ脱出成功!
    「セーフセーフ」
    へへへ、とキーの高い男の子の声。指先で、鼻の頭を掻いてる。
    見たとこ、あたしよか年下。17、8才って感じ? サラサラの赤毛。ひょろ
    りとした体躯だけど、さっきの抱き心地で言えばいい筋肉がついてる。頭に上
    った血が引いて、その顔にはうっすらそばかす。前歯が結構大きめなファニー
    フェイス。ハンサムとは言い難いけど、いい味出てる。
    しかも彼、グリーンのクラッシュジャケットを着てる。
    ああ、ジョウのお仲間だ。リッキーって、彼ね。
    て、ことは。
    「みぎゃお」
    リッキーの背後。腰のベルトから牙を外し、ひと吠え。
    わお、ムギぃ!
    おまえがクレーン役だったのね。
    「見事だったわねェ。サーカス団からスカウト来そう」
    あたしの横に近づき、膝に両手をついて覗き込むように言う。黒髪のロングヘ
    アが、風に揺れた。
    ああ……、ユリ……。
    あんた状況見てから、物をお言い。
    すっとぼけた空気に包まれそなとこで、それはたちまちぶち破られた。
    「──兄貴ぃ!」
    リッキーの絶叫。
    脱出した穴に頭を突っ込んでる。
    早い。安堵するにはまだ早かった。慌ててあたしも、穴に顔を突っ込んだ。
    げ!
    ボックスの底が真っ黒で赤いひび割れ! げえっマグマが浸水してるぅ! 足
    首まで浸かってるわよアレ!
    しかもマグマの流れが変わり、壁面に平行してたはずのボックスが、すっかり
    垂直状態。あたしに気を取られて、サポートしてる間に流れで移動しちゃった
    んだわ。
    ロープを短めに繋留してたとはいえ、結構離れてる。
    ジャンプして壁面に飛び移れそうでいて、ずぶずぶと沈みつつあるボックスで
    は足場が弱っちい。
    ジョウのシチューが出来ちゃう!
    助けなくちゃ!
    なんかないの?! ロープでもチューブでも蜘蛛の糸でも!
    あたしはパニックになった。
    すると。
    あたしの横を、黒い影が猛然とすり抜けた。
    「みぎゃう!」
    ムギだ。
    ムギが穴からダイブした!
    ボックスの空きスペースに向けて、黒い影がまっすぐ特攻する。
    どっしーん!
    ボックスがシーソーになった。
    反動でジョウの身体が一気に宙を舞う。壁面に向かって跳んだ。
    がし。
    と、岩肌を掴んだ。がっちりと。あのクズ山で拾った元操縦桿が、リサイクル
    されたわよ。
    壁面でスパイダーマンになったジョウは、あたしたちの方を見上げた。拳を上
    げ、親指をぐっと立てる。にやりと笑った。
    「やったあ!」
    逆さまリッキーの顔がほころんだ。
    はあ。
    あたしは脱力した。
    よかった。頭まですっぽりマグマに沈んだら、ジョウの二枚目も台無し。日焼
    け顔じゃ済まされない。いや、そもそも命を落とす。
    えらい。
    えらかったムギ。
    あら?
    ……ムギ?
    そーいやあいつ、どこ行った?
    あたしは頭を突っ込んだままの状態で、首をぐりぐり回して捜索する。ムギの
    体重で木っ端微塵になったボックスが、ちりちりと、マグマの藻屑となって消
    えていくのが見えた。
    おいおい、どこだよ。
    ムギ、出といで。
    ……まさか。
    ……身代わりに、沈んだ?
    ムギぃーーーーー?!
    すると。
    ざぶざぶざぶ。
    と、軽快な水音が空洞に響く。
    そっちの方に目線を移すと、
    いたよムギが。
    あいつ……マグマん中で犬かきしてる! しかも超ゴキゲン。
    まいったね。
    絶対零度で真空の宇宙空間でも生きていけんだもん。
    クァールにとっちゃ、マグマなんて心地いー温水プールってとこ?


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■916 / inTopicNo.15)  Re[15]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/14(Thu) 17:35:09)


    第四章 あたし、トラコン辞めてやるぅ!!


    「ジョウ」
    あたしは彼にひしと抱きついた。
    クライミングで上り、穴から出っきったとこで、すぐ。
    なるほど。天井と壁面の境目を狙ったのはこーいうわけね。マグマの流れのど
    真ん中で天井に穴を開けてたら、壁づたいに上がるルートはなかった。ことを
    起こすときは必ず、二手、三手先の道筋もつくっとくのね。
    賢いわ、クラッシャーって。
    喉元過ぎれば、スリリングで楽しいアドベンチャーだったかな。そして彼が無
    事だったことが嬉しい。頑張ったもんね、あたしたち。
    あたしの背後で、ずるい、とユリの声。
    ユリは何もやっとらんじゃろが。
    役得役得。
    頑張ったごほうびよ。
    「無理させた。すまなかった」
    あたしの背中をぽんと彼が叩く。互いに健闘を称え合う。
    「ううん。命拾いしたのはジョウのおかげ。感謝するわ」
    かーいく、目一杯かーいく、あたしは血がこびりついた彼の顔を見上げながら
    言った。
    そこでふと思い出す。
    胸の辺りの違和感。
    「あ、そうだ」
    おもむろに右手を、谷間に突っ込んだ。むにむにむに。
    ジョウはぎょっとした。
    ぎょっとしつつ、あたしの谷間に視線が惹きつけられてる。
    「はい。お返しするわ」
    抜き出したのは電磁ナイフ。人肌でぬくもった電磁ナイフ。
    ジョウの鼻先にひょいと掲げる。
    「あ、ああ」
    彼すっごく照れてる。強ばった表情でもそれがわかる。
    なんせずっと一緒にいたんだから。
    ほんとにもうジョウってば、いじりたくなる男ね。
    彼はしばし逡巡したあと、ぎこちない動きを伴いながら、電磁ナイフを受け取
    ろうと手を伸ばした。
    すると。
    「ジョウ!」
    きんきんのソプラノ。
    思わず身を切り返す。ユリがぶんぶん首を振ってる。あたしじゃない。そーい
    う意思表示。
    え? だとすると今ん声は誰?
    「……さんざん心配させといて、そのいちゃいちゃは何なのよ!」
    えらい剣幕。
    考えるよか先に、あたしは立ち上がった。ジョウから離れた。3歩、いや6歩
    は離れた。ものすごい殺気を背景一帯に背負ってるんだもん。
    きんきんのソプラノ口撃をまき散らし、ずんずん踏みしめて迫ってくる人物。
    金髪のロングヘア、碧眼、赤いクラッシュジャケット。ユリをもう一回りこじ
    んまりとした背丈で、ノルディーデ版ユリって感じ? アイドルかモデルか、
    プリンセスみたいなルックスとスタイル。あたしと年が近そう。
    でも。
    目が、きょわい。
    目が、青白く燃えてる。
    「だからヤだって言ったのよ! ジョウの単独行動は!」
    ずん。
    ジョウの真ん前に到着。胸を張って、両手を腰にかけたポーズ。きりっと吊り
    上がった柳眉。色白の肌が、怒りで桜色に上気してるし。
    この子、にこにこしてたら相当かーいいと思う(あたしの次に)。なんでも許
    せちゃいそ。
    でも天は二物を与えないものね。
    ものすんごい、癇癪持ち。
    通信で、ひっく、と泣いた声と同一人物とは思えない。
    「い、いや、これは」
    あいたたた。ジョウったらしどろもどろだ。
    ヒステリーに慣れてると言わなかった? 圧されっぱなしじゃない。
    「通信が届かないとこで、ちんたらやってると思ったら。こういうわけだった
    のね」
    ちら、とあたしに鋭い流し目。
    あのう、こういうわけとは?
    「ちょっと美人が相手だと、仕事の手が遅くなんのよ!」
    いえいえお嬢さん、結構必死だったんですけどぉ。
    ん?
    でも、ちょっと美人、って。
    ちょっとって……ああああ、あによーっ!
    「んもう! ジョウの女ったらしっ!」
    げし。
    カモシカみたいな脚で、流れるような回し蹴り。
    ジョウの脇腹にクリーンヒット。
    見かけと違って彼女、中身は充分クラッシャーだわ。
    「……兄貴、アルフィン。続きは<ミネルバ>でやんないかい?」
    呆れた風に、リッキーがぼそりと呟いた。

    思わず緊張が解けてしまったけど、実はまだおちおちしてらんなかった。早く
    ここから脱出しなきゃなんない。
    あたしたちは走って<ミネルバ>に向かった。ユリも鎮痛剤を打ってもらって
    たおかげで、すっかりしゃきしゃき動いてる。
    近くで見た<ミネルバ>は、全長だいたい100メート前後ってとこかしら。
    クラッシャーの船に乗せてもらうのは、これで2度目ね。渋いおじさまの船よ
    か若干こじんまり気味だけど、その分進化系って感じだわ。
    船尾にJの飾り文字。チームリーダーのイニシャルがペイントされると聞かさ
    れた。正真正銘、これ、ジョウの船。
    こうして顔ぶれが揃うと、びっくりするほど若いチーム。颯爽で、ピチピチで
    やんちゃなムードに溢れてる。渋いおじさまチームの重厚感と比べると、余計
    に若いなあ、と思ってしまう。
    どっちがいいとか悪いじゃない。
    どっちも捨てがたい。
    あたしとしては。
    <ミネルバ>に乗り込むと、あたしとユリ(そしてムギも)ブリッジに急行。
    予備シートは確かないんだよなあ、とおじさまの船に乗ったときのことが過ぎ
    ったけど、まあいっか。若いもん同士の、勢いってやつよ。
    通路の扉が左右に開く。ブリッジのお目見え。
    と、同時に。
    フロントウインドウを背に、ぬそっと影が立ち上がった。
    「ぎゃっ……」
    あたしとユリ、同時に息を呑む。心臓が瞬間冷却された。
    だって、だって。
    宇宙船にいきなしモンスターが出たのよ。
    青白い顔色で、傷だらけのフランケンシュタイン。こんなのに出くわしたら、
    誰だって魂切るわい。
    若いチームがクライアントに嘗められないための脅し道具? それとも実は実
    は、こっちのモンスターがチームリーダー?
    ジェイソンとか、ジャックとか。オカルト映画に使われがちな、役柄の名前を
    勝手に浮かべるあたし。
    モンスターは、ざっと見たとこ身長2メートル。年は分かんない。50代とか
    60代とか、おっさん(あの見てくれじゃ、おじさまとは称せない)世代であ
    ることは確か。筋骨隆々の体躯で、黒いクラッシュジャケットを装う。ブリッ
    ジ最前列、左のボックスシートに就いてるとこを見ると、パイロットかも。い
    や、たまたまそのシートにいるだけかも。
    なんせ悪相だもん。
    パイロットよか、用心棒の方がぴったし。
    「ジョウ、無事でなによりです」
    モンスターが口を開いた。凄みのある声。ところが敬語だわ。やっぱしジョウ
    がリーダーらしい。
    彼、すんごいのを飼ってる。
    通路へのドアを背に、立ちつくすあたしたち。ブリッジ後部のボックスシート
    その右手にアルフィン、左手にリッキーがばらけた。ジョウだけが前へと歩を
    進める。
    モンスターはじっとリーダーの出方を待ってる様子。
    「マグマの活動状況は?」
    ジョウはモンスターの前に辿りつくと切り出した。
    「熱探知で上空からリサーチしたところ、ブロックA、Cともに流出が確認さ
    れやした。ハノバもとんだやぶ蛇でさあ。大人しくこっちの言い分をを受け入
    れてりゃ、壊滅状態は避けられた」
    「一応、食い止める誠意でもみせておくかな」
    「いや、カタチだけなら無駄でしょう。素人目でもそれが分かる。船外カメラ
    で、ポイントB30での地表の亀裂と水蒸気の噴出は撮れてますぜ。いかにも
    自然現象って有様でした。試しにそう報告してみますかい?」
    傷だらけの相貌でにやりと笑う。
    おふざけかましてみましょか? そういう態度だ。でも笑ったとこで、余計に
    怖さが増しただけね。
    「どうだっていいさ。俺の仕業と知れたところで、こっちはなんら契約違反を
    犯していない。状況証拠でも報告書でもまんま渡して、好きなだけ分析させて
    やれ」
    「そうですな。その時のハノバの連中の顔が、見物ですぜ」
    モンスターは太い腕を組んで頷く。すると、その動作につけ足すようにして、
    ちら、とこちらへ視線を投げた。
    どき。
    あたし、蛇に睨まれた蛙の気分ですぅ。
    「うるるるる」
    背後でムギがうなってる。威嚇してる。
    「およし。静かにおし」
    あたしはムギの頭を撫でた。ひとは見かけに寄らないのよ。あれでも一応、あ
    たしたちの命の恩人の一人なんだし。ねっ、ねっ。
    ムギは反論したそうな目を一瞬向けたものの
    「うみい」
    と、しゃあねえなあ、なんて態度でその場にうずくまった。
    ……しかし、なんか妙。
    なーんかひっかかる。
    モンスターの声、どっかで聞き覚えがある。
    それもそんな遠くない以前に。
    ええと、いつだったかしら……? 靄がかかってむずむずする。
    あたしは隣にいるユリに、こそっと耳打ちしてみた。
    「ねえあのデッカイのの声、どっかで聞いたことない?」
    「そーかしら」
    「名前、わかる?」
    「リッキーと交信してたの小耳に挟んだけど、タコス……んとエロスだったか
    しら。よく覚えてない」
    だみだこりゃ。
    関心が薄い事柄に関しちゃ、ユリの記憶は乳幼児並になる。使えん。
    「ジョウ、そろそろ」
    あたしたちから目線を逸らしたモンスターは、短く告げるとそのままシートに
    着席した。巨体がすっと消えた。
    ジョウがあたしたちに向き直る。
    「リビングで待機してくれるかい? ここら一帯の上空撮影を終えたら、きみ
    たちを惑星ファルーニャに送る」
    「え? WWWA本部じゃないの?」
    と、あたし。
    「そのWWWAから、ファルーニャの宇宙ステーションへ送り込んで欲しいと
    いうのが依頼なんだ。事情は到着後、本部に問い合わせてくれ」
    そこにお迎えが待ってんのかしら。
    たしかに危なっかしいここらで受け渡しされるよか、安全ではある。
    「撮影に時間はかかるの?」
    ユリが小首を傾げて訊く。
    「1時間くらいかな」
    「じゃあシャワー借りていいかしら? 一息いれたいの」
    と、かーいくおねだりした。
    するとジョウは、ごほん、と咳払いして
    「ど、どうぞ」
    と、ぎこちなく答えた。
    見たよ、あたしゃ。入ったよ、視界に。
    アルフィンが、きっ、とこっちを睨んだのを。
    ユリは平然。つーか、鈍チンはこういう場面でつおい。
    「ドンゴに、まずリビングへ案内させますっ」
    かきかきに固いソプラノで、アルフィンが言った。
    チームは全部で4人じゃないのかしら。ドンゴって?
    ものの数秒後、その疑問は晴れた。
    あたしたちの後ろのドアが開き、しゃらしゃらとキャタピラが転がる音。振り
    返ると、体長1メートルほど、卵を横倒しにしたような頭に、金属ボディのロ
    ボットがいた。
    「キャハ。オ呼ビデショウカ」
    独特の金属ボイス。
    あっらーーー?
    あららのら?
    ちょこっと改良されてるけど、
    あんたってば、あの時のロボットじゃない?


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■917 / inTopicNo.16)  Re[16]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/14(Thu) 17:37:13)
    リビングに案内されたあたしたち。中央に、丸くくりぬいたような段差があり
    真ん中にテーブル。へえ、段差がソファなんだ。クラッシャーのリビングらし
    いというか、無駄なく、機能的なつくりをしてる。
    ムギなんかさっさと、ソファの一ヵ所を陣取って丸くなった。
    「しゃわーニシマスカ? ソレトモ先ニどりんくデモ?」
    もてなすことを知ってる、賢いロボットねえ。
    でもあたしには、それ以外のリクエストがあった。ここに着くまで、ずっと我
    慢してたんだから。
    「ドンゴと言ったわね。あんた、ドルロイ製でしょ?」
    「キャハ。イカニモ」
    「どうしてこの船にいるの?」
    「仰ル意味ガ分カリマセンガ」
    「その、チームリーダーがジョウじゃなくて、ええと、もっと渋くて、沈着冷
    静が服着てるみたいな感じの──」
    「……ダン」
    「そ、そう! クラッシャーダン……って」
    ユリ?
    今あんた、何と言った?
    振り返ると、そのユリはじっと一点を見上げている。まばたきも忘れて凝視。
    あたしは足早に移動し、隣に立った。そのブツはというと、リビングの一角に
    掛けられた立体写真。
    そ、そ、そ、それ……。
    あたしは思考回路が止まった。
    時間も止まった気がした。
    立体写真の人物は、眼光は恐ろしく鋭い。見ている者の背筋が、思わずしゃん
    としちゃうほど切れ味がある。立体写真であっても。
    その瞳、石のように固い面は、まぎれもなくクラッシャーダン!
    ところが、記憶とズレがある。髪はすっかり銀髪。そのうえ渋さが一層増して
    お爺ちゃんと呼ばれてもおかしくない頃合いになってた。
    ということは……こういうこと?
    あたし、ほっぺたをぎゅうっとつねる。
    「いったあい! あにすんのサ!」
    ユリが怒った。
    がーん。夢じゃない。
    あと追及することと言ったら、これしかないじゃない。ドンゴの元に戻るあた
    し。屈んで、鼻先(なんてロボットにゃないが)つき合わせるくらい、間近に
    迫った。
    「コードネーム、ラブリーエンゼルのトラコンって覚えてるわよね?」
    「キャハ?」
    「ケイとユリ。つまりあたしたち」
    「キャハハ?」
    ちくそー。キーワードが引っかかんないのかしら?
    そしたら不本意だけど奥の手。
    「ダーティペアよ! さっさとメモリデータをお出し!」
    しーん。
    ドンゴが沈黙。ロボットのくせに、驚きすぎてフリーズだとか?
    あたしはじっと睨めっこを続けた。
    ややあって、顔を模したLEDがちかちかと点滅する。
    思い出した? ほれほれ。
    「ソノきーわーどニ関シテハ、一切オ答エデキマセン」
    こけ。
    「あんでよお!」
    「でーた公開デキナイヨウ、制御命令ヲ受ケテマス。キャハ」
    きー!
    お言いったら、お言い!
    でないとその金属ボディに、ヒートガンぶち込むわよ。
    「じゃあ、今って西暦何年?」
    戻り足でユリが訊く。
    「2164年デス」
    今度はぺらっと答えた。
    ユリはあたしを見下したよーなまなざしで、人差し指をこめかみ当てながら、
    ここが違うのよ、と言いたげ。
    しかし。
    西暦2164年とは? ひいふうみい……。
    ぎゃあ!
    23年も経ってるってことじゃない!
    そしたら、そしたら、
    あの男はやっぱし……。
    「ねえ」
    あたしも遅ればせながら、逆手をとった質問を捻り出した。
    「ダーティペアに関するデータにロックをかけたのは、誰?」
    するとドンゴは、これも即座に答えた。
    「たろすデス」
    「タロス……」
    「くらっしゃーたろすデス。キャハ」
    タロスって、あの、タロス?
    ひいいいい。
    ムービースターが、モンスターに?!
    いやいや、韻を踏んでるバヤイじゃない。
    だからムギの様子、おかしかったんだ。前にタロスは、ムギのしっぽを踏んで
    恨みを買ってる。見てくれが変わっても、発する気が同じならムギは分かる。
    そして23年前の出来事でも、ムギにとっちゃ昨日か一昨日程度だろう。
    でもお……ショーック!
    あのハンサムが変わり果てちゃうなんて。クラッシャーって、ヤバすぎな商売
    じゃないの。
    「タロスって、ダンのチームのパイロットだった、あの?」
    と、ユリ。
    遅すぎ! これだからとろい女は世話が焼ける。
    「イカニモ。たろすハカツテ<あとらす>ノぱいろっとデシタ」
    そしてあのタロスが、さっき見たモンスターだと一致するまで、これまた時間
    を要するのよね。
    「ダンはどうしたの? まさかあの立体写真、遺影かなんかじゃ……」
    ユリは両の拳を口元に引き寄せた。
    あんた、ダンのことばっか。……まあいいけど。珍しくあたしたちの目的がか
    ぶってなくて、却って好都合。
    「だんハ12年前ニ現役ヲ引退シ、現在ハくらっしゃー評議会ノ議長ヲ務メテ
    マス。キャハハ」
    「良かったァ。引退後ステップアップなんて、さっすがダン」
    タロスが未だ現役って方が、すごいと思うけど、あたしは。
    ──ん? 待って。
    なんか変。
    「おかしくない? タロスの年齢とキャリアを考えれば、チームを率いてるも
    んでしょ。それがどーして若造(ごっめーんジョウ)の部下なのよ」
    「名選手が、名監督になるとは限らないって言うし」
    「お黙り」
    んなことない。
    タロスの度胸と判断力の鋭さは、ダンにひけを取らない。贔屓とか、松ぼっく
    りに火がうんぬんとかじゃなく、公平で客観的な見解よ。
    「たろすハぱいろっと兼、じょうノ補佐役ヲ務メテマス。くらっしゃーだんカ
    ラ直々ノ依頼デス」
    「随分手厚いわね。ジョウは秘蔵っ子とか、特待生みたいなもんなの?」
    「息子デス」
    「──は?」
    「じょうハ、だんノ一人息子デス」
    …………。
    …………。
    …………。
    なんか。
    なんか今の解答で、一気に23才、フケた気がしたわ。
    息子。ジョウが。
    まさしく、冗談みたいな話ってこーいうこと?


引用投稿 削除キー/
■918 / inTopicNo.17)  Re[17]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/21(Thu) 03:23:45)

    7回のワープ飛行を経て、<ミネルバ>はファルーニャの衛星軌道上に浮かぶ、
    宇宙ステーションにドッキングした。
    あたしとユリは、再びブリッジへと舞い戻る。
    シャワーを終え、コスチュームのクリーニングをしてもらい、軽い食事ももらっ
    て、さっぱりと落ち着いた状態にあった。
    丁度ジョウは通信で、ステーションに駐在する関係者と引き渡しの手続きを行っ
    ていた。あたしたちが姿を現すと、リッキーがシートから立ち上がって出迎えて
    くれた。
    アルフィンは尻に根が生えたよう。タロスといえば、後頭部をこちらに向けたま
    まだ。気づいてるくせして、微動だにしない。
    「色々ありがとう。助かった上に、いい経験させてもらったわ」
    と、あたし。
    「散々な目に遭ったのに、随分余裕の発言だなあ。いい度胸してる。スカウトし
    ちまおっかなあ」
    と、無邪気なことをリッキーが口にした。
    「同じこと、ジョウにも言われたわ」
    きっ!
    アルフィンの目線がこっちに向いた。やきもち焼きねえ。
    もうとって食おうなんて気は失せた。そうなると彼女の牙剥き出しな顔も、かー
    いく見えてくるもんね。 あたしってばオトナ。
    「お互い宇宙を駆けずりまわってんだ。またどっかで逢うかもな。偶然会うには、
    宇宙は狭いもんだって言うからさ」
    「その名言、あたしも知ってる」
    クラッシャーガンビーノの言葉だ。
    ドンゴから聞き出した。ピザンでの反乱で殉職したって。アクメロイド殺し以外
    のことは、なーんでもぺらぺら喋ったもんだわ。
    あのお爺ちゃん、亡くなっちゃったとは残念。いいキャラしてたのに。
    でも言葉は生きてる。
    今までも、これからも。
    「実は前フリがあんのよ」
    「へえ。どんなだい?」
    「本当に優しい男は、女を幸せにできない、ってね」
    「へ?」
    リッキーのどんぐり眼が、くりくり動いた。
    「わっかんねえなあ……」
    「矛盾してるわ」
    横からアルフィンが口を挟んだ。
    反論したいわよねえ。優しい男イコールジョウと考えたら。ほーんと、分かりや
    すいわ、彼女。
    「人生の大ベテランから聞いた言葉よ。だから、真理」
    「……大ベテランか。そうなのかい? だてに年食ってるタロスさんよ」
    と、リッキーは憎まれ口をいきなり投げつけた。
    しかしタロスは無言。
    「ようようよう。……ちぇっ、ついに耳が遠くなっちまったらしいや」
    両手を広げて、リッキーは大仰に肩をそびやかした。
    お爺ちゃんと孫くらいの年齢差なのに、ギャップを忘れてしまうほどの自然なや
    りとり。 ふーん。よっぽど馬が合ってんのね、あんたたち。
    ダンのチームは最高だったけど、このチームもいい勝負。年寄りが一人孤立する
    どころか、うまく噛み合ってんじゃない。
    なんか安心した。

    ──タロスが知らんフリを決め込む。
    あたしの勝手な解釈だけど、この人なりの気遣いなんだろう。なんせ、たまたま
    偶然、ひと仕事組んだだけの間柄。恋人でもなければ、親友とも呼べない。
    そして運が悪いことに23年も経ってる。
    抱き合って再会を分かち合えない間柄は、黙ってやり過ごす方が親切ってことが
    ある。余計な波風たてたり、過去をほじくったところで、何も変わらないからね。
    通りすがりには、通りすがりのやり方があるってこと。
    キャフェでの別れ際、いつかまた会えるわよね、と言ったあたし。タロスは、そ
    んなこたあ、わからねえと突っぱねた。社交辞令であっても、守れない約束は決
    してしないヤツ。馬鹿がつくほど、誠実で正直者なんだから。
    よっぽどクラッシャーって仕事、命がけでやってんのよ。あんなモンスターにま
    でなっちゃってさ。万が一、次また会えるチャンスがあったとしても、タロスが
    五体満足か分からない。下手したら立体写真に納まって拝んでたりして。そんく
    らいクラッシャーの仕事はシビアなんだわ。
    だからタロスは、中途半端な期待を抱かせる態度は見せない。
    優しい男は、自分に厳しい。そして女を泣かせてまで、ついてこさせることがで
    きない男。
    タロスには無理。
    たぶん、生涯……。

    「──よし。手続き完了」
    ジョウの声に、あたしははっとした。
    「同時に、俺たちの任務も終了だ。下りる準備はできてるかい?」
    そう口にしながら、テーピング顔のジョウは副操縦席のボックスシートから出て
    きた。
    「ええ、ばっちり。この身ひとつで充分」
    「オッケイ。じゃあドッキングベイまで──」
    「ううん。見送りならここで結構」
    あたしは手のひらを、ジョウに向けた。 ぴたりと彼の足、立ち止まる。
    「子供じゃないんだし、迷子の心配はご無用。どーせ次の仕事が立てこんでるん
    でしょ? 即刻、急行するといいわ」
    んね。
    と、あたしはユリにアイコンタクトを送った。
    ユリも異存なし。こくっと頷く。
    というか、ダンもいないし、その息子に色目使うわけにもいかないしで、悪あが
    きする必要もなしってとこよ、この女は。
    「了解。その配慮、ありがたく受けよう」
    ジョウは口端の片っぽを軽く上げて、両の腕を組んだ。
    「色々感謝するわ。報酬はがっぽりWWWAからせしめて頂戴。これからもお仕
    事、頑張ってね」
    早口で畳み込むと、あたしは突きだした手を、ひらひら左右に振った。
    すると。
    主操縦席のボックスシートから、でっかい影がせり上がる。
    タロスだ。
    立ち上がり、表情を少しも崩さないままで、あたしたちを見た。その瞳は、しん、
    と鏡のごとく静まった湖面のよう。こっちの胸の内を、どこまでも深く見透かす
    かのように思えた。
    ごく。
    「──お元気で」
    これが。
    これが、あたしが今この場で言える精一杯の、嘘のない気持ちだった。


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■919 / inTopicNo.18)  Re[18]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/22(Fri) 16:30:55)

    「行っちゃったわねえ。素直に」
    コンソールに両手をついたユリの、のんびりした口調。
    メインスクリーンに映った<ミネルバ>は、闇に飲み込まれるように消えた。
    「いーじゃない。それよか、あたしたちの身のフリを気にしない?」
    自慢のおみ足を、ぴっ、と伸ばしてから組む。
    しっかしこのシートったら何なの? やけにリクライニングしすぎ。ほぼフルフ
    ラット。ま、仮眠には丁度いいんだわぁ。
    ファルーニャの関係者に案内されて、あたしたちは小型の円盤機に搭乗した。床
    下に半分が埋め込まれるようにして、細長い、楕円形のボックスシート。それが
    たった2席だけで、いわゆるツーシーターのブリッジだ。足元の方に、幅を利か
    せたメインスクリーン。ウインドウ類はゼロ。コンソールは計器が異常に少なく
    て、よく言えばシェイプアップ、悪く言えばオモチャな感じ。
    あたしは左のボックスシートに、早々潜り込む。ユリはぷらぷら辺りを見学して
    た。ムギは後方の適当なスペースで、丸くなって毛繕いに夢中。
    変なブリッジ。今まで見たことない。
    でもまあ23年も経ってりゃ、こんなんでもアリかしら。
    ……ふああ。 生あくびが出た。
    ったく、あにちんたらしてんだか。指示が出るまで待機の一点張りで、案内した
    男は退いた。しかもあいつ、白衣姿。そのうえ含み笑いを、全く含んでない。緩
    みっぱなし。
    やな予感。
    気色悪っ。
    そりゃあね、こーんな美人をエスコートできて、相好が崩れてしまうのは分かる。
    だったらレディを待たせるな、とあたしは言いたい。
    あと1時間放置なら、こっちからせっつくわよ。
    覚悟をし。
    その呪いの言葉が届いたのか。
    いきなし、ブリッジ内に通信を知らせるチャイムがなった。
    コンソールで点滅するボタンを、ユリがぷしっとした。
    メインスクリーンの右半分が、自動的に2面マルチに切られる。しかし映像が届
    いてない。ホワイトアウトのまんま。
    「おっかしいわねェ」
    ユリが適当にどっかをいじろうとした瞬間
    「──ソラナカだ」
    と、ぶっきらぼうなトーンが返ってきた。
    え?
    えええ?
    えええええ?
    ぶちょー?
    あたし、がばと跳ね起きた。
    「わあカンゲキ。夢みたいですぅ」
    得意のぶりっこを、ユリはいきなりかました。
    「わたしも、これがずっと夢であってほしいと思う」
    そんな風に抑揚無く部長は語った。
    当時の年齢にプラス23すると、部長は晴れて定年退職していいはず。ところが
    しぶとく居残って、あたしたちの救助に手を回してくれた。つれない態度も、愛
    情の照れ隠し。 なに言われてたところで、痛くも掻くもない。
    「さすが部長ですぅ。23年間も探し続けてくれたなんて」
    あたしも負けじと、かーいく応答。
    すると
    「探したというより通報が入ったのだ。今より108時間前、WWWAに。残念
    なことに、おまえたちを発見してしまったのは商業コンテナの輸送船だ。救助し、
    行方不明者リストで照会したところ、ラブリーエンゼル……つまりダーティペア
    だと知って緊急通報してきた。輸送船に長居されては危険と察知したんだろう。
    小惑星クルムで覚醒した経緯は、ざっとそんなところだ」
    「んだからって、ゴミ捨て場に置き去りなんて許せないと思いません? とっ捕
    まえて文句のひとつでも言ってくれたんですよねェ、部長」
    上司の同情を引こうとするユリ。
    きんきんのソプラノじゃあ、耳に指突っ込まれるのがオチだがね。
    「確かに、感謝に値しない」
    「そーですよねェ」
    「なぜ再びコールドスリープさせてくれなかったのか、悔やんでも悔やみきれん。
    クルムにおまえたちを降ろした判断は良かったが、最初のツメがそもそも甘い」
    ずこ。
    あたしはボックスシートの中でこけた。
    毒舌にもほどがある。純粋な感謝の気持ちを撤回してやりたい。
    それに部長、どー考えたって、あたしたちの異名がごく一般のトラッカーにまで
    通じているとは思えない。後ろ暗い連中ならいざ知らず。
    おそらく真実はこうよ。
    トラッカーなんて、男やもめの出稼ぎ商売。絶世の美女であるあたし(たち、じ
    ゃないとこがミソ)をめっけて、これ幸いと下心が働いたのよね。本気で救助す
    んなら、病気や怪我のケースによっちゃ、コールドスリープのまんまで搬送する
    のが常識。照会を後回しにしたってあたりがクサイ。
    クルムに放置される結果は同じだとしても、あたしの美しさを度外視した見解は
    認めませーん。
    ……と挙手したとこで、部長は無視するに決まってる。今さら部長と議論したと
    こで、時間の無駄。 話題変えよっと。
    「ところで部長、オフィーリア事件でのあれ、あたしたち悪くないですよぉ」
    人類の容姿を手に入れたン・ガファッであるパミーナに、<ラブリーエンゼル>
    をのっとられた。泣く泣くお船は自爆。その余波で最悪、連合宇宙軍の艦隊7隻
    を巻き込んだかもしんない。
    被害状況や数千人の兵士の安否を案じれば案じるほど、ああ、それ以上にお咎め
    が気になる。
    そしてあたしの問いかけに対し部長は
    「そんな古い話は問題にならん」
    と、ぽっきり話の腰を折った。
    よいの? 本当に?
    「問題は、おまえたちが2164年にいるという事実だ」
    口調だけで、落胆ぶりが伺えそう。
    しかしなんで映像を繋がないのかしら? あたしたちの顔が見たくないとか。も
    しくは、生え際を気にしてた部長のことだ。今じゃすっかり、誰よりも早く雨が
    降ったのを察知できるおつむになってたりして。
    それはちょっと見てみたい。
    「わたしが定年になる2年前に、雇用制度が抜本的に改正され、期限が終身にな
    ってしまった。1年前には、心労性ストレスによる胃潰瘍の特効薬が一般市場に
    出回り、ドラッグストアでも手にはいるようになった。おかげで長期入院もまま
    ならん。運命のいたずらが、わたしをおまえたちからどうにも遠ざけてくれず、
    それゆえに──」
    「……これって年のせい? 話くどすぎ」
    ユリがあたしのボックスシートの脇にきて、こそ、と漏らした。
    確かに。
    長すぎて、何が言いたいのかさっぱり。結婚式なんかで嫌われるスピーチの典型
    だわ。
    しゃーないからあたしは、両手を頭の後ろで組んで、右から左に聞き流す。
    聞き流そうとした。
    いや。その逆。
    聞き捨てできなくなった。
    「──なんの因果で、生涯をおまえたちに捧げなければならんのだ。しかし投げ
    出したところで、引き取り手がおらん。標準時間で3週間前の事件もそうだ。や
    っとクラス4まで改造を終えた惑星に、大型戦艦1隻、巡洋艦4隻、駆逐艦17
    隻を突っ込ませるとは何たる……」
    「3週間前?」
    ぱちくり。
    どーいうこと?
    なんかまた、ややこい話?
    くどっ!
    「はーい、部長。3週間前なら、まだ寝てましたァ」
    ユリが呑気な口調で答える。
    そおよ。
    ボケたんなら、も一回だけ言ったげるわ。
    3週間前どころか、23年間、寝・て・ま・し・た!
    だけど部長は引かなかった。それよか、あっちゃならんことも告白した。
    「いいや、いるのだよ。2164年現在もしぶとく、コードネーム・ラブリーエ
    ンゼルは、WWWAに在籍しておる」
    いる?
    あたしたちが?
    今この同一時空に?
    しょえーーーっ!
    パニックながらも、必死こいて部長の話にかじりついた。
    オフィーリアの事件後、あたしたちは銀河標準時間で20余日後にWWWA本部
    に帰還したそうだ。その後23年間、相変わらずの日々を過ごしていたところ、
    いきなし、コールドスリープされているあたしたちが発見される。
    WWWA本部はどよめき、狼狽えたらしい。
    摩訶不思議な事態の解明に、さまざまなジャンルの識者や中央コンピュータを巻
    き込んで原因究明に躍起だったそうだ。そしてひとつの仮説、いや、結論が出さ
    れた。オフィーリア事件のあとコールドスリープしたあたしたちと、20余日後
    に帰還したあたしたちは、同一であって同一ではない。本来、生きるべき時代が
    違うとされた。つまり、何らかの要因ですり替わった、という説が挙げられた。
    2162年には、タイムスリップが理論上可能というニュースが世間を賑わせた。
    この研究のパイオニアが、惑星ファルーニャ。重力物理学のエキスパートを結集
    した、超エリートの研究グループが存在する。その翌年には、テストフライトの
    計画を発表。おそらくこれが、あたしたちのすり替えに大きく関与してるという
    のが大筋の見解である。
    んもお、話が時代を超えて前後するから、ややこさも特級よ。
    ファルーニャの研究グループの理論で言うと、現在の人間を過去に飛ばした場合、
    歴史的な歪みが生じるそうだ。人間の影響力っていうものが、負荷になるらしい。
    そこで歴史の歪みを極力少なく、タイムスリップのテストフライトを実行すると
    なると、過去の人間を過去に帰すことがもっとも望ましい。理論上。しかしそん
    なリクエストは、あたしに最低男とつき合えというほど、ほとんど不可能とされ
    ていた。だって過去の人間が過去のまんま、現代に生きてるなんてありえなーい。
    が、時代は研究グループを見捨てなかった。
    WWWAが接触してきた。
    コールドスリープのあたしたちが発見されたことについて、タイムスリップ理論
    に最も精通するファルーニャに問い合わせたのが運のツキ。向こうが食らいつい
    てきた。
    なんせ23年間眠り続けたあたしたちの存在は、まさに適材適所。そしてWWW
    Aも、あたしたちを元の時代に帰す方が音便であると。部長いわく、2組もいら
    ぬ、といーことだ。早い話。
    互いの利益が一致して、、願ったり叶ったり。そして今、あたしたちはこんなと
    ころにいる。
    歴史は繰り返すって名言は、このためにある?
    さらに念には念をと、ファルーニャの研究グループは過去23年間を調査した。
    オフィーリア事件から20余日後に帰還したのが、一度2164年までコールド
    スリープで辿り着いたあたしたち、と仮定してだ。すると、歴史的歪みは小規模
    でしか起こっていない。
    例えばこんなだ。
    捜索活動を打ち切ったはずなのに、行方不明者リストからあたしたちが抹消され
    てなかったこと。WWWAの定年が突如繰り上がること。部長がどんなにもがこ
    うと、あたしたちとは縁が切れないこと、などなど。当事者には大問題だが、人
    類の目線でみれば大したことではない。
    これほど低リスクでテストフライトできる可能性はありえない、というのがエキ
    スパート集団の弁なんだと。
    だったら。
    いっちゃん最初に、あたしたちをタイムスリップで飛ばしたのは誰なのか。それ
    がなければ、こんな訳ワカメなことは起こらない。これについて研究グループは、
    卵が先かニワトリが先かの議論と等しく、誰にも解き明かせないと断言。という
    か解き明かすためにも、いっちょ飛ばしてみなきゃわかんない、が本音だろう。
    ──と、いうことで
    あたしたちは再び、2141年に戻されることに決まった。
    あたしたちの承諾なく、勝手に。
    いわば円盤機はタイムマシンだったのだ。ボックスシートのカタチが妙だったの
    も、コールドスリープ機能を搭載したシューターを模したからである。
    無事2141年に到着すれば、円盤機は自動解体し、残るはスリーピング・ビュ
    ーティーのあたしたちだけ。
    そんなに都合良く行くってか?
    あたしでさえ理解はこの程度。当然ユリの頭ん中は、白紙状態だろう。
    言葉を失ったあたしたちに、部長の話はいよいよ本題に入った。

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■920 / inTopicNo.19)  Re[19]: トラブルメーカーの大救出
□投稿者/ まぁじ -(2005/07/22(Fri) 16:50:25)
    「さて、おまえたちの出発に際し、形式上の手続きがひとつある。人命に関わる
    出来事だ、ぜひとも同意書にサインして欲しい」
    あれま。
    部長ったらゲンキン。声が心なしか明るい。
    「その前に確認ですぅ。タイムスリップは、仮テストくらいは済んでるんでしょ
    ーか」
    と、あたしが質問すると
    「おまえたちが、栄えある第一号だ」
    と、部長はありがたくない言葉を返してくれた。
    「無人も? モルモットもないんですかぁ?」
    「馬鹿を言っちゃいかん。それで歴史の歯車が一層狂ったらどうする。ここ一番
    という時にのためにテストは時期を控えていたのだ。光栄に思うがいい」
    ぶちょー。
    どっちが馬鹿を言ってるんでしょーか。
    気にくわない。 同意書のサインってとっから。
    テストが失敗してあたしたちが宇宙の藻屑になった場合、まあ仮に成功したとし
    て、23年後ひょんなことでこの一件を思い出した場合、逃げ口上のために必要
    なんだと、ぴんときたわ。ったく、ざけんじゃないわよ。
    自分たちの立場は紙切れでしっかりガードしといて、あたしたちの命の保障は丸
    裸ってどーいうわけ? 男の風上にも置けない。
    責任者出てこーい!
    「部長。あたし、下りますぅ」
    「はーい、あたしもォ」
    ユリもついてきた。
    「な……、何を言っとるのかな」
    部長の声がわなないた。
    にゃるほど。映像がなければ、顔色を読まれないっつー寸法ね。手回しは良かっ
    たけど、その手に乗るモンですか。
    「2164年の方が、いい男に巡り会えそうなんですぅ。それにあたし、過去に
    執着しない女ですからぁ」
    「どうかーん」
    こういう時のあたしたちってば、息ぴったし。
    「……本気で言ってるのかな」
    「もちろんでーす」
    「あたしもォ」
    「……決意は固いのか」
    「楽観主義ですからぁ」
    「そーよねえ」
    「…………」
    部長が沈黙した。
    だってさ、そうするしかないじゃない。折角生き長らえてきたんもん。ジョウに
    も出逢ったことだし、2164年の方がうまそーな男の球数多そう。
    くふ。
    「……わかった」
    思った以上に早く、部長が口を開いた。
    「おまえたちの意志を尊重しよう。そして当面の生活のこともあるだろう。現在
    もラブリーエンゼルの監督責任を任されているのだからな、こうなったら1組も
    2組もまとめて面倒をみよう」
    「わーい、さっすが部長! あたし幸せ者だわァ」
    あたしの隣で、ユリが両手を組んで驚喜した。
    ほんと、ほんと。
    それでこそ慈悲深い上司の鏡ってもんよね、部長。
    一件落着!
    ──となるには ちと早かった。
    「しかし、おまえたちも大した度胸だ」
    「はい?」
    「いや……わたしが同じ立場ならば、正視に耐えない」
    「???」
    あたしとユリ、顔を見合わせる。
    「熟年ラブリーエンゼルになった自分たちと、顔をつきあわせて仕事をするとは
    な。いやはや、たいしたタマだ」
    …………。
    …………。
    …………。
    熟年? ラブリーエンゼル?
    あたしは慌てて、ひいふうみい、と指折り数えた。
    げげげのげ!
    あたしたち、42才じゃない!
    ぞぞぞぞぞ!
    悪夢!
    そーだった。うっかりすっ飛ばしてた。
    あたしたちが未だ現役ってことは、オールドミスで、お局のトラコンということ
    だ。活躍ともなれば、行かず後家は決定。んなことって許されるの?
    こらあ! 世の男どもはなにをしとるんじゃー!
    そりゃあたしのことだ。世間の40代と比べれば、格段にいい女をキープしてる
    だろう。けど19のあたしからすれば、40代なんて想像を絶する。成熟なんて
    いうオブラートにかけた形容詞があるけれど、老いであることに変わりはない。
    あいたたた。
    これはきっつい!
    余裕ぶっこいて、アルフィンにエールなんて残してくバヤイじゃなかった。いつ
    までもジョウにチームメイトなんて言わせちゃ駄目よ、なーんて。ドンゴにメッ
    セージを託してるバヤイじゃない。
    あたしを嫁にいかせなきゃ。
    命の心配なんかよか、そっちの方が重大問題。
    「ぶちょー。あたしサインしますぅ」
    「あたしもォ」
    珍しくユリも崖っぷちを理解したらしい。
    反応がえらく早い。
    「ほお、気が変わったかね」
    「正気に戻ったんですぅ」
    「そうか。ならばコンソールにある小型パネルに、指紋と網膜パターンを取り込
    んでくれたまえ」
    ばたばたばた。
    あたしとユリは、それこそお尻に火がついたみたく、慌ててコンソールの前に立
    った。
    2人揃って、人差し指を矩形のパネルにぴったんこ。
    勢い余って、あたしたちの指が触れた。
    すると。
    視界の中で光が舞い散り、まわりの光景が歪んでく。貧血にも似た、頭がぐるぐ
    るする感じ。
    あれだ。
    これは、あれがはじまる前兆。
    どっくんどっくん。心臓が跳ねる。身体中が熱くなる。そして白い光が、あたし
    の意識を覆うと、めくるめくエクスタシーに包まれた。
    クレアボワイヤンス。
    つまり千里眼。あたしたちの特殊能力である。
    大学在学中、突如発現したこの能力に目をつけ、WWWAはあたしたちをトラコ
    ンとしてスカウトしたのだった。
    はじまるのが唐突なこの能力は、終わるのも唐突。
    光が爆発し、四散すると、あっという間に暗転。ずっしりと重い頭と身体。
    毎回、結構疲れる。
    あたしとユリ、かろうじてコンソールにもたれかかっていた。
    「……見たわね」
    と、あたし。
    「うん、確かにあれだったわね」
    ユリの声も掠れてる。
    「けど、今回もまた意味不明」
    あたしはぼやいた。
    エスパー研究所によると、千里眼の力は何もかも見透かせるらしい。ところが、
    あたしたちが見る映像は断片的で、脈絡もなく、抽象的なケースが多い。今回も
    そのいい例だ。
    おかげで一里眼とか言われちゃう、あたしたちの能力。
    赤い線が4本。
    赤いスラッシュ文字が4本って感じの映像だった。
    大概はこれが追ってる事件の鍵になるんだけど、今回は事件じゃないし、脱出劇
    だってとっくに終わった。
    「タイムスリップのあとに、なんかあるのかしら」
    あたしの問いかけに、
    「気になったら、行くっきゃないんじゃない?」
    とユリはこれまためずらしく、はきはきと答えた。
    そりゃそーだ。
    何を置いてもやらなきゃなんないことができた。
    あたしたちの、売れ残り阻止。
    トラコンなんか寿退職してやるぅ!
    「サインを急いでくれたまえ。準備はすべて整っている」
    部長があたしたちの背中を押した。
    行くわよ、ユリ。
    待ってなさいよ、23年後のあたし。
    戻ったら早々うまそーな男めっけて、オールドミスで、お局のトラコンから、救
    ったげるわ。
    あたしとユリは、ほっぺがくっつきそーなほど近づいて、パネルをじっと凝視す
    るのだった。


    ──この後、あたしたちはタイムスリップで2141年に舞い戻った。
    その成功と引き替えに、2164年の記憶は各種装置によって、ものの見事に全
    消去された。
    あたしたちが飛ばされてから3時間後、小惑星クルムは活性化したマグマのせい
    で爆発した。その塵が、周辺惑星にどっと集中豪雨のごとく降り注ぐ。被害にあ
    った惑星は3つ。うちひとつの惑星は半球分をごっそり焦土と化した。死者・負
    傷者・行方不明者を含めてざっと数千万単位。
    部長はひたすら嘆き、神を呪う。
    こうした一切合切の出来事など、あたしたちは知るよしもなかった。
    さらに。
    クレアボワイヤンスで見た、4本の赤い線のこともキレイに忘れた。
    実はそれがジョウの頬にできた、アルフィンによる怒りのひっかきキズだとは。
    原因は、あたしがドンゴに託したメッセージ。
    もちろんこんな顛末なんぞも、あたしの耳に届くことは一生なかった。



    <END>

fin.
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