| 「なんだかさあ、またアルフィンの機嫌悪くない?」 リッキーが動力コントロールボックスのシートから身体を起こしながら言った。両肘をつき、顎を手のひらに乗せて前の主操縦席を覗き込む。 「はん。いつものことじゃねぇか。そういう時は頭を低くして嵐が過ぎるのを待つだけよ」 主操縦席に座るタロスはその巨体を丸めてコンソールに屈み込み、パイロットシステムのチェックに没頭していた。 「それより随分と余裕かましてるが、動力機関のチェックはもう済んだのか?それとも今回はおめェもミネルバと一緒にドック入りか?まあ、一度そのピーマン頭をパク・ソンに診てもらうのも悪くはねェがな」 一度も振り返えらずに繰り出される毒舌に、リッキーは身を乗り出して喚いた。 「黙って聞いてりゃなんだい!タロスの方こそ、そのド頭ごとオーバーホールしてもらえよ!」 「なんだと?やるのか、このクソチビ!」 「へん、望むところだ!」 ふたりがそれぞれのシートから勢いよく立ち上がった。
クラッシャージョウのチームは銀河標準時間で4時間程前にひと仕事を終えていた。今回の要人護衛の任務は多少の戦闘はあったものの、契約期間内に無事に完了していた。 現在は惑星ランドックの軌道上で船体・機関の修理箇所のチェック中であった。それぞれの担当部署を手分けしてチェックし、必要な箇所はドルロイで修理を受けるのだ。 仕事終了の直後でそれぞれ疲れが溜まっているところだが、これさえ終われば晴れて何ヶ月ぶりかの休暇に入れる。 メンバーの気持ちも緩み、それなりに機嫌もいい筈だった。 ―そう、アルフィン以外は。
勢いでシートから腰を浮かせた二人だったが、いつものアホらしいケンカの仲裁に入る者も無く、どちらからともなくシラけて腰を戻した。 「おめぇに付き合ってる暇はねぇ。早いとこチェック済ませて、ゆっくり寝るさ」 「お、俺らだって。タロスが独りで寂しそうだから、居てやってんだぜ」 「誰もそんなこと頼んじゃいねぇ」 タロスが凄みのある顔で少年を一瞥し、コンソールに向き直る。 「だってさあ。兄貴はクライアントのとこに最後の挨拶に行っちゃったし。アルフィンはあの通りなんだか怒ってるし」 リッキーは再び頬杖をつき、つまらなそうに口を尖らせた。 「まあ、大体予想つくんだけどねー。どうせ、兄貴が原因なんだ」 どんぐりまなこをくるくると廻して、肩をすくめてみせる。 「兄貴もアルフィンのことになると、からっきしダメだねぇ。俺ら、ちゃんとレッスンしたのになー」 「へっ。ガキが偉そうによく言うぜ。おめぇにレッスン受けるなんざ100年経ってもあり得ねぇ」 「なんだよ!タロスだってたまには純真な少年の言葉を素直に聞いたらどうなんだよ!そんなひねくれ者だから、いつまで経っても独りなんだぜ!!」 「おおきなお世話だ!好きで独りで居るんじゃねぇ。こちとらだって色々事情があったんだ!」 タロスが咄嗟に振り返り、低いだみ声で怒鳴り返した。 「へー。どんな事情だよ?」 「うー」 リッキーの思わぬつっこみに、珍しくタロスが言い淀む。すかさず、リッキーが追い討ちをかけた。 「あれー?ざーとらしいよ、タロス先生。まるで昔になにかイイ思い出でもあったみたいな素振りしちゃって・・・」 タロスは言い返そうと歯を剥き出したが妙に虚しくなり、鼻をならして主操縦席に向き直った。 「まあ、おめぇみたいなガキにはまだ分からねぇと思うが。そのうち何かを選んで、何かを置いていかなきゃいけない時が来る」 予想とは違うタロスの反応に、リッキーはしばらくとまどっていた。 タロスはコンソールには屈み込まずに上体をシートにもたせかけ、太い腕を組んでメインスクリーンを見上げていた。 そして僅かに首を右に傾げ、コキリと音を鳴らす。 リッキーがそんなタロスの後姿を見つめたまま、少し掠れ気味の声で訊いた。 「何かを置いてって。何を置いてきたんだよ?」 「・・・・・」 「それって。もしかして女の人かい?」 タロスはしばらく何も答えなかった。
リッキーもそれ以上訊くのもどうかと思い、所在なく黙っていた。 と、タロスがぽつりと話し出した。 「昔、一緒になってもいいと思った女がいたがな。色々事情があって、最後はそいつを選ぶかクラッシャーを選ぶか、ってことになったんだ」 タロスが僅かに顎をあげ、メインスクリーン見ながら言葉を続けた。 「で、俺はクラッシャーを選んだからこうしてクソガキのお守りをしてるってワケよ」 少し自嘲気味の短い話を、しかしリッキーは冷かせなかった。 「なんで両方選ばなかったんだよ?タロスはそんなに図体デカいんだから両方持ってこれただろ?」 「アホ。図体の問題じゃねぇ。もうちっとデリケートな問題なんだ」 タロスはちらり、と呆れた視線をリッキーに投げかける。 「もう行く先が違ってたんだな。そいつと一緒になるなら、クラッシャーの道は選べなかった。この世界は険しすぎてな、連れて歩くには酷なところだった」 リッキーは少しの間ためらっていたが、おそるおそる小さい声で訊いてみた。 「後悔・・・してるのかい?」 その問いにタロスはしばし考え込んだが、やがてゆっくりと口を開いた。 「いいや。後悔したことはねぇな。俺にはもうクラッシャーの道しか見えて無かったからな。 だがこう、もう少し周りを見まわす余裕があれば、違った道や方法が見つけられたかも知れんな」 自分の若かりし頃の姿を思い描くように、タロスはブラックアウトしたままのスクリーンを見つめた。 「しかし、あの頃はそんな余裕は無かった。まだクラッシャーがならず者の集団として叩かれてた時代だ。多少胡散臭い仕事も受けてこなさなきゃならなかったし、休暇などのんびり取ってる暇も無かった。色恋沙汰なんざ、二の次だったもんよ」 タロスは少し口の端をあげて、小さく笑った。
「だがな、今の時代は違う。ちょっとアラミスがうるさくて窮屈になりはしたがな。その代わり組織として一般に認められつつあるし、仕事も堅くなってきた。昔ほど肩肘張って男を気取る必要も無い。ジョウやおめぇはクラッシャーの仕事を楽しみながら、自由に生きていけばいい」 いつもより饒舌なタロスにいささか驚きながらも、リッキーは黙って聞いていた。 「随分と道が良くなってきたもんだぜ?俺たちが苦労してならしてきた甲斐があってな。おめぇみたいなトンチキでも転ばずに何とか歩いて行ける筈だ」 いつものふざけ口調に戻ったことで、少しほっとしてリッキーも軽く言い返す。 「タロスもいっちょ前に人生、苦労したんだねぇ。ま、議長やガンビーノの苦労には感謝するよ」 「俺にも感謝しとけ!」 タロスが腕組みしたまま振り返り、歯を剥き出した。
「俺らは・・・どちらかなんて選べないよ。だから両方持っていく。置いてゆくなんてことしたくないよ」 リッキーが頬杖をついたまま真面目な顔をして言った。 「・・・あの嬢ちゃんか?」 「もし付いてきてくれるなら、だけどさ」 少年は少し顔を赤らめながら言う。 「出来るなら、そうしたらいい」 タロスが低い声で静かに答えた。 「しかし、大切に想うものはそれだけ重いぞ。半端な鍛え方じゃあ、それを担いで前には進めん」 「ククルも仲間も、何もかも捨てて出てきたけど。もう大切なものを失うのは嫌だ。どんな重いものでも担いで進めるように、俺ら今のうちから鍛えとくよ!」 リッキーがその薄い胸を張って答える。 「いい心がけだ。まあ、おめぇみたいになーんも考えないバカの方が逞しく生きれるもんだ」 「なんだよその言い草!今回はちょいとタロス先生の言葉、見直したのにさ・・・」 リッキーが口を尖らせ、顎を乗せていた手を大きく振りかぶって頭の後ろに組んだ。 「はん、ちったあ勉強になったか?」 タロスが凄みのある顔を歪ませ、面白そうに笑った。 「俺のレッスン料は高けェぞ?」
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