| 「うーん……」 腕を組んだジョウは、難しい表情のまま、もう一度ローテーブルへ視線を戻した。 クリスタルのローテーブルには、ひと目で高級ブランドとわかる、品の良いベルベットの細長いケースが6つ並んでいる。 およそ<ミネルバ>のリビングルームでは、普段お目に掛からないタイプの品だ。 「……で、どうすんのさ、これ」 途方に暮れた態で、リッキーが並んだケースを指さしながら、ジョウとタロスへ問い掛けた。答える代わりに、ジョウはまた呻る。 アルフィンが食事の準備に席を外した隙に、リビングに残った男三人、額を集めて密談中なのである。 話題はもちろん、このダブった腕時計をどうするかと云うことだ。 何せ、同じタイプの腕時計が6個もあるのだ。 「ひとつはアルフィンにやるとしても……」 ジョウは、あぐねきったように息を吐いた。 「残りをどうするか、だが……」 「捨てちまうのはもったいないよ」と、リッキーは、ソファから身を乗り出した。 「コレ限定ヴァージョンだし、オマケにびっくりするほど高かったんだしさあ!」 ――ドンゴの一言で、三人は照れくさい気持を抑えつつ、アルフィンの誕生日を祝うことを決めた。 だが決めたはいいが、如何せん、そういう事にはとんと縁のない三人である。女の子の誕生日をどう祝っていいか、見当もつかない。 取りあえずプレゼントだ、と三人の意見は一致した。そして話は、そこで頓挫してしまった。最新型のライフルや戦闘機のことならいくらでも思い付くのだが…… 「……アルフィンの欲しがるモノねぇ……」 タロスも思案げに首をひねるが、ひねったところで何も思い浮かばない。クラッシャー歴40年余、だがジョウに何かいい案はないかと訊かれても、アドバイスできるような経験も体験もないタロスである。 うんうん呻ってばかりで煮詰まる二人へ朗報をもたらしたのはリッキーだった。少し前に、アルフィンが雑誌を眺めながら、 「……この腕時計、素敵ねぇ」 と、呟いていたことを思い出したのだ。 「よし。そいつに決まりだ!」 ジョウは左の手のひらへ右拳を軽く打ち付けた。即決である。表情も声も、打って変わって明るくなる。タロスもほっとしたような顔付きで賛同した。これで一件落着である。 リッキーは得意満面で、アルフィンが見ていたという雑誌を開いた。が、いくらもしないうちに表情が暗くなり、やがてページを繰る手が止まってしまった。 「? どうした、リッキー」 「兄貴ぃ……」 リッキーは情けない顔でジョウを見上げた。あまりに掲載商品が膨大で、アルフィンが一体どのページのどの腕時計を眺めていたのか、指摘する自信が俄かになくなったのだ。 「忘れちまう前に見つけ出せ、リッキー!」 「無理だよ、兄貴……みんなおんなじに見えんだもん、ワケわかんねーよ、この雑誌」 「使えねー野郎だな」 タロスが白い目を向ける。と、珍しくリッキーより先にジョウが一喝した。 「余計な茶々を入れるな、タロス! リッキーの薄い記憶が飛んじまうだろうが!」 「ひでぇ……」 泣きべそをかきながらも、何とかリッキーはアルフィンが欲しがっていたと思われる腕時計を見つけ出した。 「こいつか……」 上品なアンティーク調の、落ち着いたデザインの時計である。門外漢のジョウの目から見ても、なかなか良さそうに見えた。 「うっわ、高っけぇー」 脇から覗き込んだリッキーが、どんぐり眼を剥いた。つられるように、ジョウも値段へ視線を落とす。 「…………」 高い。思わず憮然としたジョウの眉間にしわが寄る。 ブランドだか限定ヴァージョンだか知らないが、たかが腕時計だろう? 何故こんなにするんだ……? と。タロスが口を挟んだ。 「まあ……クラッシュジャケットを新調したと思えばいいんじゃないですかい?」 タロスは諦めたような表情で、苦笑している。 「そ……う、だな」 他に代案も浮かばないし、アルフィンが欲しがっているっていうんだから、まあいいか。 そんな訳で、ジョウは生れて初めて高級ブランドの腕時計を買ったのだが…… 「……何故、6個もある?」 どういう訳かジョウの注文個数は1でなく3になっていて、しかもその上、その腕時計はペア・ウォッチだった。で、計6個。 「どうすんの、コレ?」 6つ並んだベルベットのケースを前にして、三人は頭を抱えた。返品しようにも、期日はとっくに過ぎている。仕事中に送られてきた為、ジョウは受け取るだけ受け取ると、後は中身も確認せずにそのまま放りっぱなしにしていたのだ。 「誰かにやるか……?」 ジョウは困ってタロスを見た。誰か、と言ったところで、アルフィンの他に誰も思い付かないのだが。 「いや、ジョウ。そいつはマズイ」 すると、タロスは俄かに顔色を変えた。言下に否定する。 「どうして?」 ジョウは不思議そうに訊き返した。 「女ってヤツは――」 タロスは言い淀むと、不意に顔をしかめた。そして僅かにためらった後、苦い口調で続けた。 「――男から自分が貰ったモノと同じモノをよその女も貰ったと知ると、ものすごく怒る」 「そうなのか?」 ピンとこないジョウは、腑に落ちない表情でタロスを見返す。 「なんで?」 と、リッキーも小首を傾げて問い返した。 「知らん」 タロスは呻った。呻りながら、何度もかぶりを振る。 「とにかく怒るんだよ」 「言わなけりゃ、分からないじゃん」 「いや」 タロスは顔を上げると、若い二人を見据えた。その目が、マジだ。 「何故だか知らねえが、絶対バレる」 「…………」 微妙な沈黙が、リビングを満たした。 ジョウはひとしきり、腕をこまねいて沈思していたが、やがて決断した。 「よし、決めた! もうこいつらはボツだ!」 言いざま、膝を叩く。そして宣言するように、続けた。 「その代り、12日は一日オフにする!」 「へ?」 タロスとリッキーは、揃ってジョウを見返した。ジョウは言った。 「12日は一日アルフィンに付き合う。モノでなく時間をプレゼントするんだ。悪くないだろ?」 「そりゃ悪くはありませんがね」と、タロスは答えた。どことなく肩を竦めたそうな表情である。 「しかし、12日はもうスケジュールが詰まってますぜ?」 スケジュールとは、もちろん仕事である。老朽化した旧時代の移民船の解体作業だ。宇宙船の解体作業が専門の会社から依頼を受けた。会社の解体能力では手に余ると云うことで頼まれたのだ。 12日は、その解体作業の最終日となっている。 「わかってる」 だがジョウは、あっさりと頷いた。 「だから仕事は42時間で終らせる」 「ええーーーっ!?」 途端にリッキーが、素っ頓狂な悲鳴をあげてソファへぱったり倒れた。 「……そうすると、一日15時間労働って事になりやすが?」 伺うようにタロスが訊く。ジョウはきっぱり言い切った。 「やってやれないことはない!」 「無茶苦茶だよ……」 蚊の泣くような声でリッキーがぼやいた。56時間の作業スケジュールで組まれた仕事を、42時間で行うとジョウは言っているのだ。 「要はココと」 と、ジョウは人差し指で自分の頭を指してから、にやりとして腕を叩いた。 「ココさ」 「おいら、死ンじまうよぉ」 「勝手に死ンでな」 タロスは冷たくリッキーを突き放した。 「死んだおめぇの替りにゃ、ドンゴが入るってよ」 「洒落になってない……」リッキーはいじけた。 「アルフィンのためだ。ちょっとくらいのオーバーワークは我慢しろ」 腰に手を当てて、ジョウはあくまで強引に押し切る。 「アルフィンが文句を言いませんかね?」 なにせジョウのプランを遂行するとなると、尋常ならざるオーバーワークだ。話を聞いたアルフィンが、柳眉をつり上げて激怒する姿は容易に想像がつく。 「大丈夫だろ」 ところがジョウは、そんなタロスの危惧を一蹴してのけた。 タロスは黙って、人差し指で頬を掻いた。 まったく、アルフィンの気持を踏まえた上で確信があって言ってるんだか、単に鈍いだけなのか、判断が微妙なところである。 「せっかく買ったのに、結局コレみんなお蔵入りかぁ」 リッキーが未練の残る顔で、ケースのひとつを摘み上げた。 「限定ヴァージョンで高かったのに……」 改めて限定だの高価だの言われると、ジョウも何となく後ろ髪引かれる。限定とか特注とかに弱いのだ。 「そうだな……」 三人の視線が、再びローテーブルへ集中する……
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