| 少年は、無残に溶け出したアイスを、近くのダストボックスに投げ入れた。 アイスを手に、戻ったとき、少女の姿はどこにもなかった。 (いっちまったのか・・・) ふと、心に隙間風が吹く。 思えば、まだ、お互いの名も知らなかった。何も・・・何も知らない。 ただ、これから何かが始まるような・・・そんな、予感を感じさせた出会いだった。 少女の言葉が甦る。 「もし、私が困ったときは、また助けてくれますか?」 ・・・残念だけど、その約束は守れそうにない。 少年は、空を見上げた。上空には、たくさんの星がまたたいている。 「ジョウ!」 自分の名を呼ぶ声がした。聞き覚えのある声だ。 「ジョウ!こんなとこにいたのか」ワニゴリラだった。血相を変えて走ってくる。 探しにきたのか!半ば呆れて立ちすくんだ。というより、逃げる気力も起きない。 「落ち着いて聞くんだ。ジョウ」ワニゴリラのごつい手が、肩にかかった。 「君のお父さん、クラッシャーダンが事故に巻き込まれた」 「親父が?」顔から血の気が引く。 「詳しいことはまだわかっていないが、とりあえず、ホテルに戻って連絡を待つんだ」 しかし、ジョウが動かない。 「どうした?大丈夫か?」 「・・・なんでもない」そう言うと、全速力で走り出した。まるで、何かを吹っ切るように。 あわてて、ワニゴリラが後を追いかけた。
(あの後、俺は親父を助けだし、クラッシャーになった) それは、遠い日の出来事。 そして、少し切ない、少年の日の思い出。 残念ながら、あの子の顔は思い出せない。ただ、青い澄んだ瞳だけは、ジョウの心に焼き付いていた。 ふと、自分の小指を見た。 (結局、あの約束は果たせずじまい・・・元気にしてるんだろうか、あの子は・・・) ジョウが淡い思い出に浸っていると、にゅっと、目の前にマグカップが突き出された。 「お待たせ。はい、コーヒー」 アルフィンがキッチンから、戻ってきていた。「どうしたの、ジョウ。ぼうっとして」 「いや、別に・・・サンキュ」あわてて、カップを受け取る。 アルフィンは、タロスとリッキーにカップを渡しながら言った。 「もう、二人がいつまでもぐちゃぐちゃ言ってるから、ジョウが呆れてんじゃない。いいかげんにしないと、しばくわよ!」 アルフィンの形相に、二人の口が、ピタリと閉まった。嵐をさけるため、コーヒーを飲む。 どうやら、タロスとリッキーは、飽きもせずに、ずっと口喧嘩をやっていたらしい。 「もう大丈夫、静かになったわよ」 アルフィンが、とっておきの笑顔をジョウに向けた。 しかし、ジョウは反応しない。夢でもみているような顔つきだ。 アルフィンは、ジョウの顔をのぞきこんだ。 ジョウと視線がかち合った。 ジョウの目に、アルフィンの青い瞳が映る。あの日の少女も、アルフィンと同じ青い、青い瞳・・・ ふっと、ある考えが、ジョウの頭に浮んだ。が、すぐに打ち消した。 (まさか、そんな偶然ありえないだろう。あの子がアルフィンだなんて) 突拍子もない思いつきに、我ながら呆れて、苦笑いする。 吹っ切るように、ぐいっとコーヒーを飲んだ。熱くて、ほろ苦い。 「ねえジョウ、気分でも悪いの?」 歯切れの悪いジョウに、アルフィンは心配顔だ。 「いや、なんでもない。大丈夫だ、アルフィン」 そう言って、にやりと笑った。いつものジョウだ。 「さあ、コーヒーを飲んだら、休憩は終わりだ。仕事に戻るぞ」 <ミネルバ>の操縦室は、急に活気を取り戻した。
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