□投稿者/ 舞妓 -(2006/03/17(Fri) 23:47:59)
| ■No969の続きを書く(舞妓さんの小説) 時折、意識が引き戻された。 「ジョウ、頑張って、もうすぐ着くわ!」 通信機から聞こえる彼女の涙声を聞くとすぐに、また意識は遠くなる。 ジョウの意識は彷徨っていた。 誰かが呼んでいるような。 今まで命を奪ってきた全ての人々が、呼んでいる様な。 (ジョウ…あたしのところに来て。抱きしめて。アルフィンを抱いたように、あたしを抱いて。) ウーラの声がした。 倒れこんだジョウの目の前は、深い森の下生えだ。巨木の幹、太い根。柔らかい下生えに小さな虫が這い、土と若い草の匂いがする。 そこに、女性の足が、ゆっくりと歩んできた。ジョウは、目を動かして、その人物を見ようとした。しかし、目しか動かないので視界が限られ、見ることができない。 ふと、その女性がしゃがんだ。 (ジョウ…) 「ウーラ…」 ウーラはクラッシュジャケット姿で、ぼおっと輝いていた。低い位置から、倒れたジョウを見下ろしている。美しい額には、ジョウが打ち抜いた傷跡は無い。 (あたしのところに、来て。いいじゃない、もうアルフィンとは同じ世界にいないのよ。彼女が来るまで、あたしといて。それくらい、いいでしょ?) …もうアルフィンとは同じ世界にいないって?俺が? (もうあなたは、彼女になにもしてあげられないのよ) …何もしてやれない… (そう。なにも) ウーラはにこりと、悪意とは無縁な無邪気な顔で笑った。そしてジョウに手を差し伸べる。ジョウは、その手を掴もうとした。すると、全く動かなかったはずの身体は素直に動き、 ウーラの手に掴まって半身を起こそうとするのだった。 …もう、なにもしてやれない…? ウーラがジョウを助け起こすと、ふわりと栗色の髪が揺れた。 その髪を見て、ジョウは思った。 …違う。 (違わないわ。いいのよ、これで) …違う。俺が触れたいのは、その髪じゃない。 (いいの。あなたは、彼女にはもう何もしてあげられない。でもあたしには、何だってできるのよ。抱くことだって) そう言うと、クラッシュジャケットは一瞬にして霧散し、ウーラは白い官能的な全裸になっていた。 …違う。 …違う。 …違う!俺が抱きたいのは、その身体じゃない! (じゃあ、誰?) 「アルフィン…!」 ぐらりと強い眩暈がして、ウーラに手を借りて半身を起こしていたはずのジョウは、また自分が森の中に倒れていることを知った。 ウーラはまた、にこりと笑った。 そして、消えかかりながら、こう言った。 (…じゃあ、生きなきゃ駄目よ。死んだらもう、彼女になにもしてあげられないわ。死ぬのが自分でよかったなんて、ただのエゴよ。) …生きなければ… (そう、生きなきゃ) …もうなにもしてやれない… ウーラの姿が消えた。 その時。 「ジョウ!!」 不思議な静けさを破って、悲鳴に近い声が響いた。同時に、見慣れたクラッシュジャケットのブーツが、はっきりしないジョウの視界に飛び込んできた。赤だ。 それから、複数の人間の足。ばらばらと相当に急いだ足音。切迫した医療指示の声。はっきりとは聞き取れない。 体が動く。どうやら担架に乗せられるようだ。 「意識は?!」 「混濁です!」 「ジョウ!!聞こえる?あたしよ!死なないで!お願い!」 アルフィンの顔が見えた。 「…アルフィン…」 声にはならない。唇がそう動くのを、アルフィンははっきりと確認した。 「そうよ、あたし!ジョウ、頑張って!」 アルフィンの、宝石のような碧眼から、大粒の涙が途切れることなくこぼれ続けている。 …泣くなよ。綺麗だけど。 ジョウの手は、アルフィンの両手がはさむ様に握り締め、涙で濡れる頬に当てられていた。 それが、微かに動いた。 アルフィンの涙を拭うように。 …泣かないでくれ。悲しい顔を見るのはキツイ。 金色の髪の一筋を、撫でるように。 …もっと触れたかった。 それから、唇を、親指がなぞる。 …この唇に、触れたかった…。 「ジョウ!…」 アルフィンは、堰を切ったように号泣した。 「イヤよ!一人で死ぬなんて、許さない!」 …泣かないでくれ。
もっと触れたかった。 きみの綺麗な髪に、柔らかい唇に、その身体と心、全てに。 (あなたは、彼女に、もうなにもしてあげられないのよ) …幸せにしたかった…。 「…たかった…」 ジョウの唇がそう動いたのを、アルフィンは見た。 「何で過去形なのよ!!」 絶叫だった。ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら。 「ジョウが死んだら、あたしも死ぬわよ!それでもいいの!?」
…それは困るな。 ジョウは心の中で思わずふっと笑った。アルフィンらしい叱咤。 するとどこかから、湧き上がるように、身体と精神を震わすような愛しさがこみあげてきた。胸がぎゅっと痛くなる。 …俺はまだ、死ねない。 まだきみに、してあげたかったことが、たくさん残ってる。 したかったことが、たくさん…
「ジョウ!…」 アルフィンの声を遠くに聞きながら、ジョウの意識は今度こそ完全に途切れた。
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