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No971 の記事


■971 / )  Re[2]: 覚醒
□投稿者/ 舞妓 -(2006/03/17(Fri) 23:55:04)
    No970の続きを書く(舞妓さんの小説)

    一週間の基礎治療の後、ジョウはグレーブのパスツール記念病院に送られた。その時点でまだ、ジョウの意識は回復していなかった。広範囲の火傷は感染症を引き起こす危険性が高く、病院側はジョウの意識の戻らないまま、皮膚移植手術を敢行した。
    皮膚移植手術を受けたあと、ジョウの容態はひとまず落ち着いた。意識は戻らないものの、生体維持には問題ないという状態にまではこぎつけた。
    「アルフィン…」
    リッキーが入ってきた。
    「ちょっと休みなよ。アルフィンの身体がもたないぜ」
    「ありがとリッキー。でもいいの。ジョウの側を離れたら気になって気になって、休むどころじゃないのよ」
    アルフィンは、ほとんどジョウの側を離れなかった。一日数時間だけ、ミネルバに帰って身の回りのことをする。他はほとんど病院にいた。そのためか、すこし痩せて顔色も悪い。
    「兄貴が目を覚ましたとき、アルフィンが看病疲れで倒れてたら、兄貴はどう思うかなあ?」
    リッキーはわざとけしかけるように言った。
    「…」
    アルフィンもこれには言葉が無い。
    「それにアルフィン、吹き出物が出てるぜ。ほら、そこ」
    「…うっさいわねえ。ほっといてよ」
    病人の横なので、小声でアルフィンはちょっと顔を赤くしてそう言い、痛いところを突かれた、という表情をした。
    「イヤだろ?兄貴にそんな顔見られるの…」
    にやりと上目遣いにリッキーに見上げられると、アルフィンは思わずぷっと吹き出し、
    「わかったわ」
    と言った。
    「ありがと。ゆっくり休んでくる。」
    リッキーの腕をぽんぽんとたたいて、とんでもなく優しく笑いかけて部屋を出て行った。
    「なあ、兄貴い…」
    リッキーは今までアルフィンが腰掛けていた椅子に座ると、ポツリと、目を覚まさないチームリーダーに語りかけた。
    「見たかよ、今の顔。あんな痛々しいアルフィンの笑顔、おいら見たこと無いよ。早く目を覚ましてくれよ。兄貴寝すぎだぜ。…」


    生きなければ。
    生きなければ。
    ジョウを捕らえようとする波がある。とても抗いがたい、安らぎに満ちた誘惑の波だ。たくさんの声が、ジョウを誘う。そっちに行きたい、と思うとすぐに、
    生きなければ、と自分自身が強く否定する。
    していないことが、あるだろう。
    いいのか、それで。
    何かとても大切なことを忘れている。それははっきりしていた。
    何だ?
    愛しくて、切なくて、胸が苦しい。
    俺は、生きなければ。
    遠くで、誰かが泣いている声がする。
    …この声は。
    ジョウは気づいた。声のほうに走った。早く行かなくては。
    俺はここにいるよ。
    アルフィン…



    手が、濡れている。
    ジョウはぼんやりとそう考えた。
    何で濡れてるんだ?そう考えるとすぐにまた、手にぽつりと熱い液体が伝う感覚があった。
    それに、何でこんなにあったかいんだ?明らかに、左手よりも右手の方が、熱い。
    「…?」
    ジョウは、右手を動かした。割と簡単に手は動いた。さらさらと、何かに触れる。
    髪か。
    髪?
    …ゆっくりと、目が開いた。暗い。ところどころ、赤や緑の光が見える。ピー、という電子機器の音が時折響く。
    うつ伏せで、顔は右を向けて横になっていた。
    ジョウは、右手のほうに、目をやった。
    「アルフィン…」
    声が出た。掠れて、自分の声ではないような声だった。
    アルフィンは、ジョウの右手を握ったまま、その手を自分の頬に寄せて、ジョウのベッドに突っ伏して眠っていた。
    深夜のようだ。
    静かだった。アルフィンはブルーのワンピースを着ていて、細い肩がむき出しで寒そうだ。僅かな照明に照らされるその寝顔は、ジョウが知っているどのアルフィンよりも痩せて、疲れが顔に浮かんでいた。
    そして。
    眠りながらも、ポツリポツリと涙が溢れ、ジョウの手を濡らしているのだった。
    「…」
    胸が締め付けられる。
    一瞬で、記憶がはっきりする。背中を焼かれたこと、意識を失う直前のアルフィンの叫び声。生きなければ、と、思ったこと。
    きみのために。

    ジョウは左ひじをつき、少しだけ、上体を起こしてみた。わりとすんなりと動く。
    背中の痛みも、思ったほどではない。もうすでに何回も手術が行われたのだろうと、冷静に状況を理解した。
    起こしたくなかったので、彼女の髪を右手でさらさらとすくってみた。
    身体が動く。俺は、生きている。
    生還した喜びが、胸に溢れてくる。
    「アルフィン…帰ってきたよ」
    微かな嗄れ声。独り言のつもりだった。
    が、アルフィンは、反応した。
    ぱちりと、目を開ける。瞬きをすると、ぽろりと涙が零れ落ちた。
    自分が握り締めていたはずのジョウの手が、髪を撫でているのに気づく。
    「…」
    まさか。
    ゆっくりと、身を起こした。
    ジョウの、優しいアンバーの瞳と、目が合う。
    目が、合う?
    「…ジョウ!」
    信じられないものを見るように目を見開くと、また新たな涙が溢れてアルフィンの碧眼からこぼれ出た。
    名前を言ったあとは、しばらく固まって動けないまま、ジョウの顔を凝視した。
    それから、やにわにはっと立ち上がると、廊下に走り出ていって、叫んだ。
    「タロス!リッキー!意識が…ジョウが目を覚ましたわ!!」
    本当か、とタロスの声がする。兄貴やっと起きたのかよ、嬉しそうなリッキーの声、そしてバタバタと、走ってタロスとリッキーが駆け込んできた。
    「ジョウ!…もう、大丈夫ですな」
    タロスはジョウの顔を見て、心底ほっとした表情をし、大きく息をついた。タロスにとっては、息子同然のジョウだ。
    「…心配しましたぜ。さすがに」
    「そうだよ。いくら疲れがたまってるからって、寝すぎだぜ」
    そんな口を利くリッキーの目には、うっすらと涙が浮かんでいる、
    「そうだな。ちょっと寝すぎた」
    擦れた小さい声しか出ないが、軽くジョウも切り返す。
    「俺は、どれだけ、寝てたんだ?」
    「二週間だよ。まるまる」
    「二週間…」
    「アルフィンが、俺らたちよりずっとがんばってくれたんだぜ」
    そうだろう、とジョウは思った。あの痩せ様を見れば、彼女がこの二週間どんな思いでいたかは容易に想像がつく。
    ジョウは、タロスとリッキーの背後にアルフィンの姿を探した。
    が、部屋の中にはいない。
    「…アルフィンは?」
    「あれ?ホントだ。さっき呼びにきてから…」
    リッキーはぐるりと周囲を見渡し、すぐに走って部屋を出て行ったが、足音はほんの数歩で止まった。廊下から小さく話し声が、ジョウとタロスの耳にも届く。
    「なんだよアルフィン。何で入ってこないんだよ」
    「…」
    アルフィンの返事は聞こえない。
    ジョウとタロスは顔を見合わせた。
    「ほら、おいでよ。一番嬉しいの、アルフィンだろ」
    「…」
    やがてリッキーは、アルフィンの背中を押すようにして、彼女を部屋に連れてきた。
    「神様ありがとうありがとうって、廊下に座り込んで泣いてんだぜ」
    ジョウは胸をつかれた。
    アルフィンは、溢れてくる涙が止まらないようで、ずっと下を向いている。
    「タロス…」
    ジョウはタロスに目配せした。タロスはすぐに、おいチビ、とリッキーを連れて、部屋を出て行った。
    ジョウとアルフィンは二人きりになった
    顔を両手で覆い、ひっく、ひっくと嗚咽をもらして立ち尽くすアルフィンに、ジョウは言った。
    「アルフィン。ここに来てくれ。顔が見えない」
    「見ないで。ひどい顔してるから」
    鼻声で、抵抗する。
    「そうか。じゃあ」
    ジョウはそう言うと、思い切って上半身を起こした。
    さすがに強烈な痛みが走る。
    「…くっ…!」
    「ジョウ!」
    慌ててアルフィンが駆け寄って、ジョウを支えた。
    「駄目よ!そんな無理しないで」
    「…アルフィンが素直に来てくれないからさ」
    「ごめんなさい…」
    「謝らないでくれ。アルフィン。謝るのは俺のほうだ。辛い思いさせて悪かった」
    「そんな…」
    アルフィンは、ふるふると首を振った。
    涙に濡れる碧眼。そこには、自分しか、映っていない。
    いつでも、そうだった。
    「アルフィン」
    ジョウは、両手でアルフィンの頬を包み込んだ。ゆっくりと、小さな子供に言い聞かせるように、優しく言葉を紡ぐ。
    「神様じゃない」
    「…?」
    「アルフィンがいたから、帰って来れた」
    「…」
    ジョウが生還したことで胸がいっぱいのアルフィンは、ジョウが何を言おうとしているのか、まだよく分からない。
    きょとんとした表情で、ジョウを見上げる。
    「死んじまったらもう何もできない。きみを守ることも、きみに触れることも、きみを笑わせることも――――」
    その次の言葉を言おうとしてジョウは、いつものように照れと自制が、自分の口を閉ざそうとするのを感じた。顔に血が上り、頬が赤くなるのが自分でも分かる。ああそうだ、俺はいつもココで自分を止めていた。そんな自分がふとおかしくなった。死を目の前にして、自分が何よりも強く思ったことは何だったか。
    彼女のことだ。
    他の何でもなく。
    ジョウはふっと、力を抜くように息を吐いた。
    「…愛してるって伝えることも」
    優しく笑って言いながらジョウは、右手の親指でアルフィンの唇を辿った。
    え。
    と、アルフィンは思った。
    そう思った時にはもう、唇にジョウの唇が重なっていた。


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