| 「色々とありがとう」 シャルアがジョウに右手を差し出しながら言った。 「いや,これは仕事だ。礼には及ばない」 改めて言われるとどうしても照れが先走る。わざとぶっきら棒な口調でそう言いながらも,ジョウは素直にシャルアと握手を交わす。 アルフィンの退院を待って,ジョウ達は惑星アガーニを発つことになった。 既に次の仕事のスケジュールも調整済みだ。 シャルアはリラを伴って,わざわざ宇宙港まで見送りに駆け付けたのだ。 式典後のシャルアは,完全に”ジル”を抹消した。同一人物だとバレたら信用問題に関わるとお偉方に泣きつかれたのだ。 その辺の事情はシャルアも承知していた事で,笑いながらあっさりと応じた。 今日の装いも白のパンツスーツであったし,短い髪は相変わらず無造作に撫でつけたものであったが,男性に見間違うような事は決してない。 上品に薄く化粧を施した顔は,確かに”ジル”だった時と変わらないはずなのに,まったく別人のようである。 「ジェナは仕事で来られなかったが,よろしく伝えてくれと言われて来た」 「ああ」 その話し方すら変わっていないというのに,不思議なものだとジョウは改めて感心する。 「タロス,あなたは本物のパイロットだ。リモコンヘリでの遊覧は一生忘れない」 「リッキー,リラを守ってくれてありがとう。君は素敵なナイトになるよ」 シャルアは,タロスとリッキーに次々に握手を求めた。 「ああ,俺もアン時の緊張はなかなか忘れられそうにねぇな」 「俺ら,もっともっと逞しいクラッシャーになるよ」 二人とも笑って手を差し出した。 「アルフィン,ケガをさせてしまって本当に申し訳なかった」 アルフィンの前でシャルアは改めて謝罪する。 「やだ。何言ってんの?こんなの大したコトないわ。リハビリだって始めてるのよ?」 アルフィンはまだ三角巾で吊っている左腕を右手で軽く叩きながら笑って答える。 そんなアルフィンの身体を,長身のシャルアは包み込むように優しく抱き締めた。もちろん左肩に負担を掛けないように細心の注意を払って。 条件反射的にムッとしたジョウだったが,先日シャルアに言われた台詞を思い出して,慌てて気を静める。思わず苦笑いがこみ上げた。 「アルフィン,幸せになれ」 ひとしきり抱擁すると,シャルアはアルフィンを腕から解放して言った。 「うん,もちろんそのつもりよ?…だけど,その台詞は,あたしからシャルアに言うのが正しいんじゃないかしら?」 アルフィンは悪戯っぽい表情を作りながら,新妻に向かって言った。 「なるほど,違いない」 シャルアはとびきりの笑顔を浮かべた。 リラも簡単に感謝の言葉を述べていった。 相変わらず顔の下半分はベールに覆われていたが,長い黒髪はきっちりと編み込まれ,格好もシンプルなライトグレーのワンピースを纏っており,ずいぶんさっぱりした印象である。 リラは最後にリッキーの前に立つと,ベールを取り,素顔を露わにした。 リッキーが今更ながらその美貌に見惚れていると,アーモンド型の黒目がちな瞳を優しげに細め,ゆっくりと腰を折って,その頬に軽く口づけた。 タロスがひゅーっと小さく口笛を吹いた。 「じゃあな」 「ああ。じゃあな」 ジョウはシャルアと最後の挨拶を交わすと,踵を返した。 アルフィンも笑顔で手を振り,そのまま小走りにジョウの後を追った。そして強引にジョウの腕に自分の腕を絡ませた。 タロスはそんな二人を見て,シャルアとリラに肩をすくめてみせる。 そして完全に硬直しているリッキーの襟首を掴むと,ずるずると引きずりながら力強く歩き出した。
「キャハ!オ帰リナサイ!スッカリ待チクタビレマシタ」 <ミネルバ>のブリッジに入ると,ドンゴの甲高い声が響いた。 「ああ,すっかり待たせちまったな。よーし,それじゃあ出発準備に掛かるぜ!」 自分の席に着きながら,ジョウが前を向いてにやりと笑った。
<Fin>
************************************ 最後まで読んで下さった皆様,お疲れ様でした。 そして,ありがとうございました。
|