| 「あ…ふぅ…」 リッキーが遠慮無く盛大に欠伸する。 「おいおい,なんだ?だらしねぇなぁ」 タロスが操縦桿を握りながら,振り向いて呆れている。 「…そんなコト言ったって…」 返事をしながら再び大欠伸をひとつ。 しょぼしょぼする瞳に涙がにじんでいる。 「…いくらアルフィンの頼みだからって,兄貴も頑張りすぎなんだよ…あんな大急ぎで仕事を片付けるなんて…ムチャだよ…。付き合わされるこっちの身にもなって欲しーよ…な…ったく…」 後半はぶつぶつとくぐもった声でよく聞き取れない。既にぴたりと眼は閉じられている。 声が消えたと思った瞬間,リッキーの細い首がガクリと前に落ちる。 「ああもう,ここで寝るんじゃねぇよ!…ったく。分かったよ。もういいから部屋に戻って休め」 タロスが思い切り顔をしかめながら,腕を伸ばしてリッキーの小さな頭をポカリと小突いた。 「……ん。分かった。…じゃー」 電池の切れかかった人形のようにフラフラと立ち上がったリッキーは,アチコチにぶつかりながら<ミネルバ>のブリッジを出ていった。 「通路で寝るんじゃねぇぞ!」 ブリッジの扉が閉まる瞬間にタロスが声を投げかけたが,夢遊病のような状態のリッキーに届いたかどうかは疑問である。 「大丈夫かねぇ,まったく…」 溜息をひとつ吐いたつもりが,突然大欠伸に変わる。 「…おっと,いけねぇ。アイツのが移っちまった」 しぱしぱと瞳を瞬かせながら,一人きりのブリッジで照れたように言い訳してみる。 うんっと両腕を天井に伸ばし背中のコリをほぐす。 勢いよく腕を下ろした後は,ゆっくりと首を回して肩のコリを取る。 「ぅしゃあ!」 タロスは鼻息一つ,気合を入れ直して再び操縦桿を握りなおした。 ハードな仕事の後は,待ちに待った休暇である。 愛しいふかふかのベッドへ思いを馳せながら,タロスは眉間に深く皺を刻みつけてキツく前を見据えた。 その眼は大分充血している。 やはり眠いらしい…。
ジョウ達は仕事をひとつ片付けた直後である。 本来ならば,リッキーやタロスが揃って極度に疲労する程の内容ではなかった。 ところが今回は期限が設定されたものではなかったのを良いことに,アルフィンが無茶を言い出したのだ。
「クリスマスまでには絶対に終わらせましょう!」
すべての疲労の原因はそこにある。 もはや異論を唱える術は皆無であった。 アルフィンの気迫に逆らえるだけの度胸は,ジョウもタロスもリッキーも持ち合わせてはいなかったのだ。 アルフィンの一言によって組み直された強行スケジュールは,それでも何とか無事に敢行された。 もちろんかなりの無理と負担を余儀なくされたのだが。 何と言ってもアルフィンの頑張りが凄かった。 言い出しっぺの責任を感じていたのか,或いは単純にクリスマス休暇への執念からか,弱音のひとつも吐くことなく黙々と仕事をこなしていったのだ。 そうなると他のメンバーも,まさか文句など言い出せるはずもなく,揃って寡黙になりながら作業に従事していたという訳である。 アルフィンの,まさに岩をも通す念願叶い,本日は実に12月23日。 明日のイブからたっぷりと休暇に入れる段取りになったのだ。 <ミネルバ>のブリッジで,気が抜けたリッキーが抗しがたい睡魔に襲われたのも,まあ仕方がない事なのかもしれない。
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