| 「雨が降るのかよ。」 リッキーは窓から外を見て、独り言を吐いた。 お昼まで晴天に見えた空は真っ黒い墨がこぼれたように、にわかに天候を変え始めていた。 ふうっと長いため息をつき、リッキーは両腕で抱えた荷物をもう一度ぎゅっと持ち直すと、病院の白い廊下を重い足取りで歩きはじめた。
ここは、キマイラ連邦の首都リーベンバーグにある病院。 チームリーダーのジョウが収容されている。 <クリムゾン・ナイツ>との戦いで負った火傷でジョウは生きるか死ぬかの状態に置かれていた。 応急処置は間に合い息を繋いだのだが、依然、意識が戻らないのだ。 それが今日で三日目になる。 このまま意識が戻らないままだと命に関わると医者はチームメイト達に告げた。 ICUで眠り続けるリーダーを、チームメイトはただおろおろと見守るだけの日々を送っていた。 そして、アルフィンが倒れてしまった。いや倒してしまったと言うべきか・・。 ジョウの通信機の電波をたどって救急隊を連れて彼を救いに行き、虫の息のジョウを病院へ運んだのはアルフィンだった。 タロスやリッキーが再会したときには、すでに彼女の精神はかなりのダメージを負っていた。 治療室にジョウを収容してからはひたすら泣き、取り乱した。食事は取らず、少し眠ってはジョウの様子が見えるガラスで仕切った部屋に行き泣く。という日々を送っていたのである。 少し眠らせて落ち着かせないとアルフィンまで衰弱してしまうという医師の助言があり、リッキーとタロスは強引にも沈静剤を彼女に投与することを認めたのだ。 今は、アルフィンもこの病院で眠っている。 タロスは今回の事件で負傷していた。全身8割がサイボーグ化しているため、生身の人間よりは丈夫に出来ている。 だが、ビルの5階から放り投げられては、さすがにかすり傷というわけにはいかなかった。 病院からはしつこく入院を要請されているのだが、一日の大半をこのガラスの部屋で過ごしていた。 ただ、何をする訳でなく、ジョウの眠る顔を見つめぶつぶつと呪いの言葉を吐いていた。 リッキーも同じくアルフィンとタロスのそばに付いていたのだが、仲間が身動き取れない分を彼がフォローをしていた。 ミネルバに待機しているドンゴと連絡をとり、事件後の情報収集とチームメイトの着替えの手配等、細々と仕事をこなしていた。 リッキー自身も今回の件で精神的にかなり消耗していたのだが、今動ける人間は彼しかいなかったからだ。 そして今、病院内にあるコンピューターから看護婦が仲間の着替えや入院に必要なものを手配したので、それを受付に取りに行った帰り道である。
リーベンバーグ市は温帯の気候で緑地も多く、そのため定期的に雨を降らせる必要があった。例にもれずもれずキマイラ連邦もウェザーコントロールで気象を操っていた。 今日が偶然その日に当たったのだが、リッキーには、ただでさえ重いこの空気が、雨の湿度でさらに重くのしかかってくるようにしか思えなかった。 胸の中から軽い電子音が聞こえてきた。 病院側から持たされた携帯電話だ。病院の中では専用の電波のみ使用可能なので、クラッシャーの通信機が使えない。電波が強すぎるのだ。 そのため、見舞い客や入院患者には専用の携帯電話が配布されている。 首から提げていた携帯電話を見るため、リッキーは廊下の端により、荷物を降ろした。携帯電話の画面に相手が映る。 相手はミネルバにいるドンゴだった。 「キャハハハ、りっきーカ?至急送ルめーるガアリマス。キャハハ。」 「何か動きがあったのか?ドンゴ」 「キャハハハ、あらみすカラ通信アリ。暗号化ハサレテイナイノデスガ、緊急デシタノデ。ソチラデ読メル様ソノママめーるヲ送リマス。たろすニ渡シテクダサイ。」 「わかった、他には何かなかったかい?」 「他ノくらっしゃー達カラ問合セガ止ミマセン。じょうハマダ起キナイノカ?」 リッキーの顔が一瞬曇ったが、できるだけ明るい声で返事を返そうとした。 「まだだけど、兄貴の調子は落ち着いてきている。そのうち目が覚めるよ。何かあったら連絡するよ。」 「ソウカ、デハじょうニ伝エテ。ハヤク目ガ覚メナイト仕事ガ無クナッチャウヨッテ。」 ドンゴの冗談にリッキーは少し微笑んだ。こんな軽い言葉を交わしたのは、今の自分にはずいぶんひさし振りのような気がしたからだ。 「わかった。伝えるよ。」 そう言って携帯電話を切った。 アラミスからの通信なら、携帯電話のメールには入りきらない。 リッキーは係員にコンピューターが使用できる許可をとり、コンピュータールームに入っていった。 中は人が多かったが、空いているモデムを見つけ、自分の小型パソコンにダウンロードしようとした。 ドンゴが送ってきたメールはビデオメールだった。 「なんだって!」 流される映像に、リッキーは思わず大声で叫んだ。 他のコンピューターを使用している人達からじろりと注目を浴びる。 その視線に気づいた彼は愛想笑いで、どうもどうもと頭を下げ、慌ててコンピュータールームを足早に出て行った。 「早くタロスに知らせなくちゃ」
ICUに隣接しているガラスの部屋からは患者の様子がよく見えていた。 タロスは黒い巨体をまるめてクラッシュジャケットを着たまま長椅子に座っていた。 パジャマに着替えるよう看護婦から言われたがそんな気にはならず、応急処置を受けた格好のままいた。 ガラスの向こうには何本ものチューブに繋がれた包帯姿のジョウが眠っている。 ジョウは白いベッドに横たわり微動だにせず、彼を囲む医療器具の機械音だけがただ規則正しくリズムをきざんでいた。 ふいにドアが開き、リッキーが荷物を抱えたまま口をぱくぱくさせてやってきた。 「タ、タロス、これ」 両手に乗るサイズの小型パソコンをタロスに差し出す。 うるせぇなあと言わんばかりの視線をリッキーに投げ、タロスは携帯パソコンを受け取り、リッキーが言うドンゴのメールを開いた。 「こいつはあ・・・。」 久しぶりに声を発したため、タロスの声は低くしゃがれていた。 「どうする、タロス」 リッキーが不安そうな声を上げたがタロスはそれを一喝した。 「どうもこうもならねえだろう!まず、俺はアラミスに連絡を取る。リッキー、お前はアルフィンに着替えを届けたら、宇宙港に行く準備をしろ。」 「わかった。」 きびすを返してリッキーはドアの向こうに消えていった。残されたタロスの顔には焦りがうかんでいた。 悔恨と謝罪の念が胸には渦巻いていた。
病院内を走り回った所為で息が上がりかけていた。 リッキーは呼吸を整え、アルフィンが眠る病室の部屋をノックした。 「アルフィン、入るよ。」 眠っているはずだが、一応声をかける。 ドアが静かにスライドし、眠っているアルフィンを覗き込む。しかしベッドは空だった。 「どこいったんだよ・・・。」 荷物をベッドにのせて、その横にぴょんと腰をかけた。手洗いか何かですぐ戻るだろうと思っていたのだが、リッキーには何かが引っかかっていた。なんだろう? 見渡すとロッカーが開いたままで、中にかけてあったアルフィンの赤いクラッシュジャケットが無いことに気が付いた。 慌ててベッドから飛び降りる。 兄貴のところに行ったのか。いや、それなら自分とすれ違うはずだ。どこだ。どこに行った。 リッキーは自分の心臓が大きな音を立てはじめたのを感じていた。口の中がカラカラに乾き、汗が全身からじわりと出る。 ぐっと唾を飲み込むと、薬で眠らせる前のアルフィンの様子が頭に浮かんできた。 顔色は悪く、独りでは立ち上がれないほど弱り、顔は涙でぐしゃぐしゃなアルフィン。 いてもたってもいられず、リッキーは病室を飛び出していった。
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