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■219 / inTopicNo.1)  マスク
  
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/15(Tue) 10:38:36)
    <まえがき>

    今回は、ややマジに書いてみました。けれども途中から「難しい・・・」と
    自分でもよく分からなくなってしまいました。
    つじつま合ってるかしら・・・。
    とはいえ素人の作品ですし、原作の足元にも及ばず当然のこと(開き直り)。
    よろしければおつきあいくださいませ。
引用投稿 削除キー/
■220 / inTopicNo.2)  Re[1]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/15(Tue) 10:39:20)
    「クラッシャーを雇って正解だった」
     金髪を丁寧に撫でつけたカサンドラ大統領は、満足げな表情で、任務終了の書類にサインをする。天秤座宙域、恒星ララウスの第二惑星キール。クラッシャーが初めて足を踏み入れた惑星だ。
     その栄えある第一歩を残したのがジョウのチームである。
     大陸が南北に区分された、特異な地形を有する惑星キール。南と北それぞれが政権を立ち上げ、40年以上も争いが絶えなかった。これを納めるために、キール史上初の南北統一運動に向け、その先陣を切ったのが南領土の大統領カサンドラだ。
     そして今、二つの国がひとつに統率された。裏方として、ジョウ達クラッシャーの活躍が支えた。任務は、銀河標準時間で2ヶ月間を要するほど大がかりだった。
     一部にはびこる反乱軍のテロを未然に防ぎ、一般市民によるデモや混乱などの監視。広範囲となると、チーム4人では無理な任務だ。しかし実際は、南と北の境界区域だけを一任された。
     最も加熱し、最も中立的な判断を要する場に、カサンドラはクラッシャーを抜擢した。南北統一という大胆な発想、そして宇宙のならず者と未だ悪評のあるクラッシャーを雇うこと。その突拍子もない決断力こそ、彼が南北を超えて支持された理由でもある。
     キールを正しき道へと変える原動力は、このくらいの奇抜さが必要だ。
     それほどに期待され信頼が厚い大統領だった。

    「ところで、君たちの今後のスケジュールは」
     カサンドラは書類を手渡しつつ、ジョウに問いた。
    「僅かな休暇の後は、次の依頼があるんでね」
     ジョウはぶっきらぼうに答える。
     早く解放されたいのだ。2ヶ月間みっちりと、気力も体力も使い果たした。だから遠回しに断りを入れた。
    「その休暇はいかほどかな」
     カサンドラの声ではなかった。
     ずっとジョウも気になっていた。大統領官邸の応接ソファに、一人の男がいた。声の主である。
     年齢は見たところ50代。ずんぐりとした体躯をし、頭髪も薄い。しかし富豪の匂いがする。資産太りをした人種特有の匂いだった。
    「紹介しよう。ヘリウス財団の会長、ボランチェリ氏。キール政権の三指に入るビッグスポンサーだ」
     キール政権は、北も南も有力なスポンサーを持っている。庶民のGNPだけでは財政が成り立たず、一風変わったシステムを政府は取り入れていた。
     カサンドラが続ける。
    「君たちの素晴らしい活躍を買って、ぜひ頼みたいことがある」
     ジョウは舌打ちした。
    「スケジュールを応えられんのなら、アラミスに直接問い合わせてもいいのだが……」
     カサンドラはジョウの胸中を読んだのか。
     口元に薄い笑いを浮かべて、視線を送る。
    「……300時間だ」
     ジョウは渋々言い放った。
     休暇が欲しいばかりに、新たな依頼を断ろうという画策。アラミスに知れたらことである。未だ銀河系では、ならず者と誤認が多いクラッシャー稼業だ。初めての惑星でいい心象を与えたなら、ここは折れるしかない。
     クラッシャーのステイタスのためにも。
     それにたかだか300時間である。大がかりな任務は受けられない。次に差し支える。その意味で断る分には何も問題はなかった。
     ボランチェリはソファから立ち上がると、ジョウの前に歩み寄った。
    「実は先週から、わしの元に脅迫状が相次いでね。護衛を頼みたい」
     ジョウは、迫り来るボランチェリを制した。
    「待ってくれ。俺はまだ受けるとは言っていない。それに護衛は時間的にピンキリがある。300時間オーバーはまず無理だ」
     背後からリッキーが、待ってましたと言わんばかりに口を挟む。15才の少年ゆえ、少し調子づく所がある。
    「そうだよ。俺ら達を見込んでくれるのは嬉しいけどさ」
     子供が何を言う。
     一瞬そういう顔を見せたが、ボランチェリは再びジョウに詰め寄った。
    「護衛は、250時間でいい」
     言い切った。
     なぜ明確に時間を限定できるのか。続いてタロスが突っ込んだ。
    「脅迫の目星がついている。……そういうことですかい?」
    「さすがだな。いい勘をしている」
     ボランチェリは満足そうに笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。どうも今ひとつ、狙われている緊迫感が感じられない男だ。
     話によると、脅迫状の出所は個人的に捜査中らしい。当てはあるが、絞り込むまでにはあと200時間を要すると言う。当てが多いのか、捜査の手際が悪いのか。
     しかし的がひとつになれば、打つ手立てはある。それまでの時間稼ぎだと、ボランチェリは言った。残り50時間は念のために、という話だ。
    「なら、真犯人を捕まえちゃえば250時間も要らないわよね?」
     アルフィンがいい所を突いた。
     だが、それが仇となる。
    「……ほお。ご丁寧に捕まえてくれるのか」
     ジョウは振り向き様にアルフィンを睨んだ。
     余計なことを。そういう視線をぎろりと返す。
     アルフィンは、はっと両手で口元を被い、身を縮ませた。
    「そこまで出来れば、ありがたいな。生き証人がいれば申し分ない」
     ボランチェリの口調はもう、依頼を受けたもの、という響きがあった。
     そしてカサンドラが最後の駄目押しをしてきた。
    「さすがは即断即決のクラッシャーだ。今後も贔屓にしたいものだな」
    「……そりゃどうも」
     ジョウは諦めた。
     どっと疲れが出て、抵抗する気力も失せた。


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■221 / inTopicNo.3)  Re[2]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/15(Tue) 10:40:03)
    「とんだヤブ蛇だよなあ」
     キール最大の宇宙港に駐機した<ミネルバ>。その動力コントロールボックスのシートで、脚をコンソールデスクに投げ出したリッキーがぼやく。これ見よがしにだ。
    「しかし、少し遅すぎやしませんか」
     主操縦席に就くタロスが、右方のジョウに訊いた。
     ボランチェリの護衛は、公の場だけとなった。自宅はガードマンによる24時間体制で完全警護だ。ならばガードマンなりSPを増員すればいいのだが。クラッシャーの働きを目の当たりにして、危険に晒されやすい公の場は、ぜひとも雇いたい。それがボランチェリの動機だった。
     仕事の腕が良すぎても、時には損を掴むこともある。
     資産家ゆえに、ボランチェリの会合スケジュールはびっしり埋まっているらしい。250時間全てのスケジュールを渡すのに、ボランチェリはアルフィンを指名してきた。
     本来ならチームリーダーである、ジョウが出向く。
     だがアルフィンは責任を感じていた。自分の一言が多かったばかりに、余計な依頼を受ける羽目になった。皆に少しでも休養を与えるため、アルフィンは率先してボランチェリについていった。
     そしてカサンドラ大統領官邸を出て、4時間が経過。
     たかだかスケジュールを受け取るにしては、遅すぎる。タロスの言は、些かの不安から継がれた。いくらクラッシャーとはいえ、女性一人で乗り込ませて良かったのかと。
    「何かあれば連絡があるさ」
    「そりゃそうですが」
     内心、ジョウも心配していた。
     しかし書類を受け取るくらい単身でもできなければ。クラッシャー歴1年とはいえ、甘やかしはアルフィンの為にはならない。
     ジョウは敢えて心を鬼にしていた。
     すると意志の疎通か。ジョウの袖口から通信音が鳴った。何かあれば連絡がある。そう言った手前、不安が過ぎった。すぐ通信に出る。
     その姿にタロスはにやりと笑った。ジョウのやせ我慢を見抜いたせいである。

    「どうしたアルフィン」
    「ジョウ、急いで来て欲しいところがあるの」
    「どこだ」
    「市街地のスーロン通りよ」
    「スーロン?」
    「そう。ボランチェリさんが今夜早速、ガードして欲しいんですって」
    「分かった」
    「ジョウだけ来てくれればいいわ」
    「どういう意味だ」
     護衛は人数が多い方がいい。
     妙なリクエストだった。
    「ボランチェリさんって気前がいいの。キールの仕事で、<ミネルバ>の弾薬が結構乏しいじゃない?」
    「それがどうした」
    「ちょっと話したら、物資援助をサービスですって。今夜搬入の立ち会いに、タロスとリッキーには残ってて欲しいのよ」
     補給の金くらいある。なにせクラッシャーの報酬は高額だ。
     それを知った上での援助なら、無理に依頼を押しつけた償いとしか思えない。そんな心遣いがある人物には見えないのだが。
     受け取って、後々妙な恩を着せてこなければいい。ジョウはそんな穿った見方をする。しかし、アルフィンが切り出してしまったのなら仕方ない。
    「ガードがそれで、手薄にならなきゃいいがな」
    「あたし達、量より質でしょ」
    「確かに」
     しかし、なんとなく腑に落ちない。とはいえアルフィンにここまで言われて、雁首揃えて出向くわけにもいかない。
     ジョウは了解し、早々に通信を切った。
    「タロス」
    「聞こえましたぜ。全員はいらねえってことなら、大した護衛でもなさそうだ」
    「つまり今夜、俺ら達は待機だね」
     普段はじっと待つよりも、身体を動かす方が楽なリッキーである。珍しく嬉しそうな発言だ。それだけ精神的・体力的に参っているのだろう。全員がグロッキーするより、半々でも充電しておいた方がいい。
     そう考えれば、好都合だ。
    「じゃあ出かけてくる。あとは頼んだぞ」
    「了解!」
     タロスとリッキーの声がぴたりと共鳴した。

     ジョウはクラッシュパックに、無反動ライフルと、手榴弾、そして予備のレイガンを詰め込み<ミネルバ>を出る。
     船体から宇宙港のタラップを下りた。そこに、黒いスーツの男が二人現れた。
    「クラッシャージョウ、ですね」
    「……ああ」
     ジョウは訝しんだ視線を向ける。
    「スーロンへのお迎えに上がりました」
     男達の背後には、プルマン・リムジンが停車していた。ソファのようなシートに、6人までがゆったりと乗車できる高級大型エアカーである。一目でボランチェリの配慮と読めた。
    「随分と手回しがいい」
    「では、こちらへ」
     ドアが観音開きのように開き、ジョウは広々とした後部座席を独占する。宇宙港の中にまで、ボランチェリの関係者が堂々と出入りする。
     これはかなり、キールで幅を利かせている人物だとジョウは実感できた。


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■222 / inTopicNo.4)  Re[3]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/15(Tue) 10:40:45)
     ジョウは呆気にとられていた。
     男達に案内された場所は、豪勢な造りの超高級ホテルだった。ドーム状のエントランスの天井には、中世を思わせる絵が施されている。その先の通路といえば、目映いばかりのシャンデリアが連なるように垂れ下がり、歩を進めると足底が沈む分厚いカーペットが敷かれていた。
     宿泊者らしき人間も、ビジネススーツかフォーマル。そんな中をクラッシュジャケットを着たジョウが歩く。その格好が物珍しい、それもあるだろう。だが何よりも、風貌が全くもって場違いだ。好奇の視線が痛いほどに注がれる。
    「何処へ行く気だ」
     ジョウは前を行く男に訊いた。一人は運転手として居残っている。
    「セミ・スイートでございます」
    「セミ・スイート? 俺は仕事で来てるんだぜ」
    「承知しております」
     訳も分からぬままエレベータに乗せられた。このエレベータも年代を感じさせる。下部だけ格子状の扉、内装は彫金を施されていた。照明が乱反射し、眩しい。うんざりするほど贅を尽くされたホテルだった。
    「……こちらでございます」
     ドアのナンバープレート1505。ここはジョウが目測する所、15.6階の建物だ。超高層のハイテクホテルとは違い、やたらと横にだだっ広い。それがまた重厚感を醸し出す。
     そして客室のランクは、上層であるほど高い。つまりこの部屋はVIPクラスの待遇となる。ここにアルフィンがいるというのか。
     男がチャイムを鳴らす。
     しばらくしてドアが開いた。中から顔だけを覗かせたのは女性。最初ジョウは新たな関係者か、と思った。貴族のご婦人とは面識がない。

     ややあってそれが、目の錯覚だと気づく。
     よくよく見ればドレスアップしたアルフィンなのだ。
    「ご苦労様」
     そう男に言い放つと、アルフィンはジョウだけ部屋に招き入れた。
     金髪を夜会巻にし、肩紐の細いロングドレスを纏っていた。黒い光沢から、上質のシルクだと分かる。そして首には、何キャラットものダイヤをちりばめた、チョーカーネックのようなアクセサリーが輝く。しっかりとメイクを施し、深紅の唇がやけに際だっていた。
    「どう、似合う?」
     アルフィンは右手を頭の後ろに当て、身体をしならせる。流し目も送る。まるでジョウを挑発するかのようなポーズ。
     当のジョウと言えば、呆気にとられたままだ。
     目をしばたかせるばかりで、言葉まで失っている。
    「やだあ、しっかりして!」
    「……あ」
     やっと正気を取り戻した。
     我に返った途端、質問が堰を切った。何故そんな格好でいる。ここは何処だ。任務は護衛の筈だ。機銃のようにジョウの口から飛び出した。
    「ちょ、ちょっと待って。説明するから」
     アルフィンは手を上下にひらつかせ、ジョウを宥める。
    「今夜ね、ボランチェリさんの社交パーティーなの。ホテルの中庭の奥に、迎賓館があるわ」
    「なんだって?」
    「財界人、政界人、芸術家、有名人とか。北領土出身のゲストを招いて、親睦会なんですって」
     ぐらり、とジョウは目眩がした。
    「……金持ちの暇潰しにつき合えってのか」
     右手で額を押さえる。
     公共の場での護衛。パーティーはもちろんその範疇だ。だがアルフィンの格好を見て、疲れが押し寄せた。ゲストに紛れてガード。それを意味する。
     純粋にガードマンとして同席する方が、まだ精神的に楽だ。
     その上、アルフィンのドレスは露出が多すぎる。万一、撃ち合いになったらどうするのか。しかも足元はピンヒール。護衛としての緊張感の欠片もない。
     ボランチェリは本気で身を守って欲しいのか。そう疑いたくもなる。
     さらにジョウの神経を逆撫でしたのが、アルフィンの着飾り方である。ボランチェリのプレゼントだろう。まるで愛人のような仕立て方だ。赤いクラッシュジャケットの、若々しいアルフィンとはまるで別人。艶めかしく、匂い立つような色香。
     とても17才の少女とは思えない。
    「そんな格好で武器はどうする」
     苛立ちを隠しきれず、ジョウは叱咤するように言った。
    「あら、持ってるわよ」
     するとアルフィンはドレスをたくし上げ、大きなスリット部分を開いた。
    「……!」
     大胆な仕草に、ジョウは反射的に顔を背けた。
     太股のガータベルトに、レイガンが引っ掛かっている。だがジョウはそれを目視していない。アルフィンの解説で“そういう風に”武器を装着していることを知った。
     やりづらい。ジョウは戸惑うばかりだ。
     女性は服装とメイクで、こうも化けるものなのか。美しさと魔性を、今のアルフィンは漂わせていた。
    「……わ、分かった。もういい!」
     アルフィンは、すとんとドレスを下ろす。
     いいわよ、とそっぽを向いたジョウに声をかけた。
    「さあ、ジョウも準備して。ボランチェリさんが、素敵なスーツを用意してくれてるわ」
    「あの古狸に“さん”なんてつけるな!」
    「だってえ。クライアントよ」
    「内輪じゃやめてくれ。虫酸が走る」
    「……はあい」
     ピザンでの生活で考えれば、ボランチェリの気前の良さなど足元にも及ばないだろう。だが妙にアルフィンは、ボランチェリを立てる。言葉の端々にそれを感じる。
     それは単に、男と女の感じ方の違いかもしれない。
     ジョウの気分は、さらに最悪へと向かった。


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■223 / inTopicNo.5)  Re[4]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 10:25:58)
     着慣れないタキシードは息が詰まる。ジョウは時折、ドレスシャツの襟を指で引っ張った。アルフィンが色々と衣装を提案したが、一番無難なものが目立たなくていい。
     ひっきりなしに挨拶を受けるボランチェリから、1メートル以上離れず。ジョウとアルフィンは警護の目を光らせていた。
    「……あの人、ソルのクイーン・ソプラノ賞を取ったシャンソン歌手よ。キールの出身だったのね」
     ジョウはその手に関して特に興味がない。アルフィンは暇があれば、ギャラクティカ・ネットワークで幅広い情報を入手している。気が付いた人物に関して、小声で解説してくれていた。
    「失礼」
     ふとジョウの目の前に、一人の若者が現れた。年は22、3才。一瞬火傷と見まがうほどの日焼けをしていた。
    「どうも若いゲストは僕とあなた方だけのようだ。少しお相手願えるかな」
    「ええ、もちろんですわ。ミスタ・ブルックナー」
     アルフィンはいとも簡単に男の名を言い当てた。ジョウにもその顔は見覚えがある。どこでだったか。暫し考えている間に、アルフィンとブルックナーの会話が弾みはじめた。
    「美しい方に、名前を覚えてもらえるとは光栄だ」
    「この間の200時間耐久ラリーでの優勝、おめでとうございます。素晴らしかったわ」
     ジョウの脳裏でも合致した。
     アルフィンがさりげなく、会話からヒントを与えてくれた。
    「ありがとう。ところで失礼だが、あなた方は?」
     ジョウは返答に困った。なんの打ち合わせもしていなかった。ところがアルフィンは躊躇なく、即答した。
     事実を。
    「おおいぬ座のアラミスから参りましたの」
    「アラミス……?」
     ブルックナーは瞬間首を傾げたが、すぐに理解した。さっと表情が強ばる。
     クラッシャーという単語が過ぎったからだ。
    「まさか……南北統一運動の」
     ジョウは舌打ちする。
     なぜアルフィンは軽々しく口走るのか。荒くれのクラッシャーがここにいる。護衛という目的は、簡単に推測されてしまうだろう。それが目立ってしまっては、まるで意味がない。
    「ご冗談でしょ」
     アルフィンは手を口元に当てると、上品に笑った。
    「それとも、武器を持つのにふさわしいのかしら。あたくしの手は」
     アルフィンはブルックナーに右手を差し出す。
     するとブルックナーはごく自然な動きで、その手の甲に接吻した。
    「確かに、統一運動の件でご縁ができましたわ。そこであたくし達、親善大使として本日お招きいただきましたの」
     ジョウは無言のまま冷や冷やしていた。
     信じるのだろうか、ブルックナーは。
    「……これは重ね重ね失礼。冷静に考えるべきでした」
     やけに白い歯がこぼれた。
    「こんなお若い二人が、あの危険な区域に出向くなどあり得ない話だ。レースだけの世間知らずだと、笑ってください」
     本当に世間知らずだ。
     ジョウは胸中でブルックナーの発言を皮肉る。自分が10才からこの稼業をやってると話しても、彼は聞き入れないだろう。
     だがともかく、世間知らずが幸いした。
    「アラミスは、まだ色々と誤解がありますの。お気になさらないで」
     そしてアルフィンは自らをアリスと名乗った。ジョウも習ってジェイクと偽名を使う。さすがにチームリーダーの名前は表沙汰にできない。アルフィンの咄嗟の判断が冴えていた。
     ブルックナーの興味は、アルフィンに注がれていた。丁度いい。いかにも普通のゲストとして体を装いながら、ジョウは視線の先にいるボランチェリをマークできる。
     それにアルフィンはピザンの元王女だ。社交の心得はあり、実に見事な振る舞いだ。
     安心して任せられた。

     それから数時間。ブルックナーを皮切りに、幾人かがアルフィンに近づいた。アラミスに興味を抱いた者、アルフィンの美しさに惹かれた者。様々だ。そしてジョウの任務も滞りなく進み、無事宴は終演を迎えた。
     ボランチェリがお抱えガードマンに付き添われ、迎賓館を後にする。その姿を最後まで追い、ようやくジョウの緊張も解かれた。
    「……任務終了」
     アルフィンの耳元に唇を寄せ、小さく囁く。
    「案外だったわね」
     余裕の視線を送った。そして、するりとジョウの腕に絡みつく。毎度のことなのだが、今日は少し違う。色気のある仕草に感じた。
    「……俺達も戻るか」
     ジョウは軽く咳払いをし、努めて素っ気なく答えた。
     迎賓館のホールを出て、エントランスへ向かう。するとフロアに人がごった返していた。何事かとジョウは思った。人垣を掻き分けて行くと理由が分かった。
     雨だ。それもかなり強い。
    「妙だな。予報じゃ明日のはずだ」
     キールはウェザーコントロールをされている。大概夜に降雨するよう設定され、そのスケジュールはニュース番組の最後に報じられている。
    「気象システムの故障じゃない?」
     それはあり得た。
     だが突発の雨により、招かれたゲストは一斉に送迎エアカーを呼び寄せたのだろう。近場のホテルを利用するゲストまでもがチャーターしたせいで、ロータリーは渋滞だった。
    「参ったな」
     ジョウは夜の帳と雨雲で、真っ暗な空を見上げて少し考えた。なるべく雨足を避けながら大通りへ出て、そこでタクシーでも捕まえるか。一刻も早く<ミネルバ>に戻るなら、それが一番早いかもしれない。
     アルフィンにそう告げようとした。
     が、瞬間。
     静かに、固い口調が走った。
    「ジョウ……」
     碧眼が、ロータリーの脇にある茂みを凝らす。
    「アルフィン?」
    「……怪しい人影」

     それだけ口にすると、突然アルフィンがダッシュした。降りしきる雨の中、ドレスをたくし上げて。華奢なピンヒールは、蹴上げた拍子に脱げ落ちた。アルフィンは裸足で疾駆する。
    「アルフィン!」
     ジョウも続く。うっかり緊張をほどいたせいか、小さな気配に気づかなかった。ジョウらしくないミス。
     アルフィンの白い脚が、瞬く間に泥にまみれた。ドレスが大きく開いた背中も、蹴上げた飛沫が汚した。ジョウはアルフィンを追いながら、視界の先に気を張り巡らす。
     どこだ。
     アルフィンが嗅ぎつけたターゲットを探す。
     茂みと並行して走る。結局、中庭を突っ切ることになった。ホテルの裏手がすぐそこに迫り、ようやくアルフィンの脚が減速する。
     そして止まった。
     細い肩を上下に激しく動かし、息づかいも荒い。
    「……逃がしちゃった」
    「どんな奴だ」
     全身を濡らしたジョウが、アルフィンに訊く。
     結局ジョウはその姿を捕らえられなかった。
    「よく、分かんないけど……。確かに見たわ」
     振り返ったアルフィンは、まとめ上げた金髪がすっかりほつれている。薄手のドレスが雨に濡れ、肌にぴたりと貼り付いていた。身体のラインがよりくっきりと浮かび上がる。
    「狙いがボランチェリなら、また現れるさ」
     折角のチャンスを逃がしたが、仕方ない。
     しかし迂闊だった。そんな自分にジョウは舌打ちする。
    「ねえ……」
     ふと、アルフィンの沈んだ声。
    「どうしよう、これ」
     夢中だったとはいえ、変わり果てた姿にアルフィンは大きなため息をついた。ジョウもずぶ濡れだ。この有様では、タクシーに乗車拒否されるのは確実。
    「……仕方ない。一旦ホテルに引き上げる」
     ボランチェリが用意してくれたセミ・スイートのことだ。ジョウの本心としては、少しでもボランチェリの世話になりたくない。だが、こうなってはどうにもならなかった。
    「嫌よお、こんな格好でホテルを歩くの」
     確かに。
     アルフィンの駄々はジョウにも分かった。すぐ近くにホテルの裏口がある。だが部屋に行くには、一旦フロント前を通過するしかない。
    「……分かったよ」
     ジョウはアルフィンを軽々と抱き上げた。
    「顔を俺に伏せてろ」
    「……ん」
     アルフィンの細い腕が、ジョウの首に回された。顔が首筋に埋められる。アルフィンの体温で揮発する、雨の匂いと甘い香水。ジョウは軽くかぶりを振った。
     なんだか調子が狂う、と毒づきながら。
     そして裏口からホテルへと戻った。


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■224 / inTopicNo.6)  Re[5]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 10:26:35)
     白い陽炎が揺れている。
     手を伸ばすと、暖かく、柔らかい感触に触れた。やがて陽炎が形を成す。美しく、怪しく、うねるような欲望を誘う甘い姿。吸い込まれそうな蒼い輝き。点々と朱を落とした印。3点を結ぶと、正三角形が浮き上がる。謎な模様。
     何も考えられなくなる。何も考えられない。ただ思いのままに貪ることを、誰かが命令する。
     抑えきれない恍惚感に襲われる。あがいても、振り切れない。溺れていくどこまでも。深く、深く、どこまでも墜ちていく。ふいに、空を切り裂くような音が耳朶を打った。
     それは喘ぐような悲鳴。
     アルフィンの声、だと分かった。

     はっ、とジョウが目覚めた。
     起きたての心臓が早鐘を打っている。まるで全力疾走でもした後のように。
    「……夢か」
     ベッドにうつ伏せたまま、ジョウは目だけを動かし辺りを見渡す。そうだった、と納得した。ここはボランチェリが用意した、セミ・スイートのベッドルーム。カーテンの隙間から光が漏れている。
     もう朝なのだろう。
     身体が異常に気怠い。溜まった疲れが抜けきれなかったのか。
     まだ意識がはっきりしない中で、ジョウは記憶を探る。昨夜はアルフィンとここに戻ってから、軽い打ち合わせをした。ボランチェリから預かったスケジュールを元に、この後の行動を練ったのだ。
    「今日は……なんだっけ」
     朝から護衛があったのか、それともオフなのか。それすらもすぐに思い出せないでいる。それは夢のせいかもしれない。やけに生々しかった夢が、錯綜を邪魔する。
     緊張が続く仕事の後、ジョウは時たまアルフィンの夢を見ることがある。無意識が解放される睡眠中。普段は隠されている、アルフィンに求める安らぎ。それが解き放たれるせいか。
     だが今日は少し、いやかなり、度を越えていた気がする。身体に感触が残っている錯覚すら、起こしている。
     ため息をひとつつき、ごろり、とジョウは身体の向きを変える。クイーンサイズのベッドに仰向けとなった。
     そして瞼を指で擦る。
    「……?」
     何かがジョウの頬をくすぐった。
     そろりと目の前に、右手をかざす。指に絡まったものが、見えた。
    「!」
     がば、とジョウは跳ね起きた。毛布も勢いよく翻った。
     そしてさらに息を飲んだ。なにせ、何も身に着けていないのだ。
     ざあ、っと音を立てて血の気が引いていく。
     ジョウの指に絡んでいたもの。それは細く、長い、金髪だった。
    「ちょ……ちょっと待て……」
     折角収まった動機がまた、暴れ出した。ジョウは頭を抱える。なんだこれは。思考がさっぱりまとまらない。なにが起こったのか。混乱が混乱を呼んで、ジョウはパニックに陥った。
     視界の脇に、何かが射し込む。ベッド脇の絨毯に落とされたもの。バスローブだ。しかもご丁寧に2枚、放り出されたままになっている。
    「うあっ!」
     ベッドの上で一人慌てふためく。
     下がった血が、一気に急上昇した。顔面が熟れたように赤い。
     客観的に状況を判断すれば、答えはひとつ。
     しかしジョウには信じられなかった。いくら何でもこの展開はまずありえない。たとえ、些か自信がなかったとしても。
     すぐさまバスローブのひとつを鷲づかみにした。羽織り、前を結びながらジョウは慌ててベッドを出る。
    「アルフィン!」
     リビングの向こうに、ベッドルームがもうひとつある。ジョウの記憶が確かなら、アルフィンはあちらの部屋に潜んだのだ。
    「アルフィン!」
     返事がない。
     リビングを抜け、ベッドルームのドアにたどり着いてしまった。ノックをしようとする。だが寸ででその手が止まる。アルフィンといま対面して、何を訊けばいいのだ。
     つい勢いで名を呼んだことすら、ジョウはもう後悔している。
    「お、落ち着け……」
     誰に言うともなく、ジョウは呟いた。
     しかし冷静さを取り戻すことはできない。なにせ、ことがことなだけに。

     しばしの空白。
     ジョウは意を決した。どうせ顔を会わせなければならないのだ。逃れられないのである。
    「あ……開けるぞ、アルフィン」
     情けないことに、声が震えた。そして勢いよくドアノブに力を込め、開けた。
     が。
     誰もいない。
     しかも見たところ、ベッドには皺が全くない。メイキングされたままだ。
    「うー……」
     ジョウはまた頭を抱えた。がっくりとうなだれる。
     あれは夢ではなく、アルフィンを抱いた事実だとますます状況が怪しくなる。
     しかしなぜアルフィンはいないのか。ジョウは動揺したままで、とにかくクローゼットを開け放った。
     ぎっしりと押し込まれた、ボランチェリからの服、服、服。見慣れた赤いクラッシュジャケットは、どこにもなかった。
    「どこだ、アルフィン……」
     それはそれで大問題だ。
     ジョウは慌てて元のベッドルームに戻った。急いでクラッシュジャケットに着替える。しかし途中まで着替えかけて、再び脱いだ。シャワールームに飛び込む。
     記憶にない。
     これはもう、単なる言い訳だ。脂汗が浮く。焦りがピークに達する。
     なにせ体温が急上昇したジョウの肌から、アルフィンの匂いが微かに立ち昇ったからだ。


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■225 / inTopicNo.7)  Re[6]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 10:27:39)
     <ミネルバ>の武器倉庫で、タロスとリッキーは、ボランチェリから受けた補給物資を整頓する。本当は、搬入と同時に大方片づけておいた。わざわざ2人でやる作業でもない。
     しかしタロスとリッキーは、ここに来るしかなかった。
     早朝、<ミネルバに>帰ってきたアルフィンが、酷く不機嫌なのである。しかも単身だった。いまはブリッジで、じっと爆発を抑え込んでいる。
     その危険回避だった。
    「……兄貴、一体何やってんだろ」
     じれたリッキーが、とうとう口にした。
    「アルフィンに訊いてみな」
     タロスは至極残酷なことを言った。リッキーは、うへえ、という表情をする。ぶるっと身体も震わせた。
     本当はタロスも、訊きたいことが山ほどある。ボランチェリの護衛内容、そして今後のスケジュール。こうしてる間に、うっかり穴を開けてしまわないかと焦っていた。だが、ボランチェリに直接問い合わせはできない。
     チームの信用問題に関わる。
     まさかジョウに限って、そんなヘマをやるとも思えない。アルフィンと別行動というのは、いい意味で解釈したい。ジョウはきっと単身で何か目的があるのだと。そうタロスは自分に言い訊かせていた。
     すると武器倉庫のインターコムからチャイムが鳴った。リッキーがすぐ応答に出る。ドンゴだった。
    「キャハハ。じょうガ帰還。あるふぃんト接触マデ、アト10秒」
    「それきたっ!」
     リッキーが弾かれたように武器倉庫を飛び出す。タロスもすぐに追った。
     二人は一斉にブリッジへと上がった。
     リッキー、そして少し遅れてタロスが到着する。瞬時に察した。
     張りつめたような空気を。
     空間表示立体スクリーンのボックスシートから立ち上がり、じっとジョウを凝視するアルフィン。一方ジョウといえば、固まったまま突っ立っている。両手がなぜか、当てもなく宙に浮いていた。
     その顔が心なしか赤い。
     と思ったが、みるみるうちにどこから見ても真っ赤に染まった。

    「?」
     タロスとリッキーは顔を見合わせる。
    「……え、あっと……アルフィン」
     やけにおずおずとジョウが声をかける。
     するとアルフィンは一歩前に踏み出し、半身を捻った。
    「ジョウの馬鹿っ!」
     激しい音がジョウの頬を打った。アルフィンの強烈な平手。タロスとリッキーは思わず身をすくめた。ジョウといえば、頬を押さえ床に尻餅をついている。
    「ふんっ」
     アルフィンはクラッシュジャケットの胸ポケットから、掴んだものをジョウに叩きつけた。ジョウの頭に当たり、床一面に散らばった。そしてアルフィンはブリッジを出る。
     自分の船室に帰ったようだ。
    「……お、おっかねえ」
     リッキーは一瞬蒼白になった。
    「今日はスペシャル級でさあ……」
     タロスも恐れを成したが、血の気のない顔色はいつものことである。
     そしてリッキーがようやくジョウの元に歩み、屈み込んだ。
    「大丈夫かい? 兄貴」
    「……なんとか」
     その声はくぐもっている。左頬は痺れ、むくむくと皮膚が盛り上がる感覚がある。これはかなり腫れそうだった。
    「ジョウ、こんな早々悪いんですが、昨日の様子はどうでした?」
    「ああ……」
     ジョウは床に散らばった紙を、空いた方の手でかき集めた。アルフィンが受け取った、ボランチェリのスケジュールだった。
    「パーティーの護衛さ」
    「……で?」
     ジョウは簡単に説明する。迎賓館では問題なし。ただ怪しげな人物がいた形跡があったと。それが気がかりで、そのまま近場にて待機したと。そう伝えた。後半の事実は、少し折り曲げた。
     だがリッキーが突っ込みを入れる。
    「けど、なんでアルフィン荒れてるんだい?」
    「それは……」
     ジョウは一瞬視線を泳がせ、ぼそりと呟いた。
    「……俺も知りたい」
     幸い、これ以上深く追求されずに済んだ。いつもの癇癪で、アルフィンが一人勝手にへそを曲げている。そう解釈された。とりあえずジョウは安堵する。
     しかし大問題であることに変わりはない。ジョウがまったく覚えがない所で、アルフィンにやらかしたこと。
     もし。万が一。
     昨晩、アルフィンの意志を無視しての行動だとすると。ジョウはもう自分を信じられなくなりそうだった。


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■226 / inTopicNo.8)  Re[7]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 10:28:53)
     ボランチェリのスケジュールによると、今日午前中は自宅でプライベートな会合。午後を過ぎた頃から、夕方にかけて公式の外出があった。出先は、キール国営放送局。影の実力者かと思いきや、表舞台でも相当に活躍しているらしい。
     マスコミの現場に出るとなると、あまり大人数で護衛する訳にはいかない。最少で、最大の防御。威嚇だけでもいい。そこでタロスがまず選出された。いつものコンビでいけば、もう一人はリッキー。しかし今回、アルフィンが名乗り出た。
     ミーティング中、唯一発した言葉。あたしが行くわ。それだけである。
     つまり、ジョウと一緒に行動したくない。その意志を態度で表したのだ。正直タロスは勘弁して欲しかった。ジョウにも手に負えない、いまのアルフィンである。単身で行くと、やんわりごねた。
     しかしタロスは、フランケンシュタインを思わせる顔貌。威圧感があるのはいいが、下手に怪しまれてしまう。印象的にワンクッション置くには、アルフィンの方がリッキーより適材だ。
     ジョウはそう決めた。私情を別にしても、最適な組み合わせである。
     ただその間、ジョウとリッキーが<ミネルバ>で待機するのも無駄である。そこでジョウは、大分前にクラッシャー仲間から小耳に挟んだ、キールの情報屋とコンタクトを取ることにする。ボランチェリの脅迫元を、裏から追跡するためだ。
     ボランチェリが、目星をつけている人物を教えてくれる訳がない。昨夜の交友関係から察すると、大物ばかりだ。なにせまだ脅迫の容疑。妙に勘ぐって誤解だった場合、誰が関係を修復するというのか。資産と権力と名声がある人物達には、ことさら気を遣わなければ。
     だからジョウは、裏で動く。
     そして早くこの仕事を終わらせたい。少しでも長く、自由の時間が欲しい。アルフィンとの関係を軌道修正するためにも。

     それから4人は二手に分かれた。
     タロスとアルフィンは、ビジネススーツに着替えた。クラッシュジャケットで放送局は歩けない。ボランチェリが危険にさらされていることを、アピールしてしまうからだ。
     武器は、タロスの左腕に埋められた機銃がある。丸腰でも充分だった。準備を終えると、二人は早々に<ミネルバ>を出た。
     アルフィンは一度も、ジョウの姿を振り返らずに歩を進めて行った。その姿にジョウは、胸を痛めたまま見送った。
    「さてと……兄貴。俺ら達はすぐ動くのかい?」
    「まずはコンタクトを取ってからだ。情報料を適当に見繕ってきてくれ」
    「あいよ!」
     リッキーはブリッジを飛び出して行った。
     それからすぐ、情報屋とのアポイントメントは取れた。都市部の外れにある、モントヤ・シティに出向くこととなる。宇宙港からレンタルのエアカーをチャーターし、ジョウはリッキーと出かけた。

     モントヤ・シティ。その街並みは、いわゆるダウンタウンだ。
     まるで廃屋のような雑居ビルが建ち並び、通路が極端に狭い。エアカーをパーキングに置いて、ジョウとリッキーはその路地を歩いていた。
     絶望感と無秩序が入り乱れた空気。生臭い匂いも立ちこめている。ビルの軒先でうなだれている、枯れ木のような老人が、鋭い双眸を二人に向けた。
     何者だ。そういった警告が肌を刺すように届く。しかし老人は身体が動かせないのか、ただ視線を送るだけだった。
    「あ、兄貴……。本当にここら辺なのかい?」
     ジョウの横で、リッキーがおろおろと声を漏らす。
    「毅然としてろ。下手につけこまれる」
     ジョウは、ビッグ・ストロンと名乗る情報屋から説明された、屋上にバラックのあるビルを見つける。そしてリッキーに向かって顎をしゃくった。薄暗い階段を上り最上階へと出た。
     バラックのドアをジョウがノックする。1回叩き、一拍開け、3回叩いた。
    「勧誘だったら御免だね! もっとマシな所周りな」
     ドアの向こうから、嗄れた男の声がした。
    「港町のルウラが、差し入れだってよ」
     ジョウは応える。暗号だった。
    「……オッケイ。入りな」
     ドアロックが外れる音がする。一見戸板を張り付けただけのドアだが、仕掛けはかなり精巧そうだ。そしてジョウとリッキーは室内に踏み入れる。
     一瞬、そのまばゆさに目が眩んだ。
     高額な情報料を稼いでいる彼らである。今にも崩れそうなバラックはカムフラージュだ。中は黄金色に輝いた内装で、一見で高級と分かる調度品がぎっしりと押し込まれている。
     紛れもなく男は、情報屋だ。
     間仕切りの壁を抜けていくと、ゆったりとソファに腰を落ち着けた男がいた。腹が異常にせり出した体躯、伸び放題の髪が腰の辺りまで下りている。
    「ほお……こんな若けえクラッシャーなのかい」
     ビッグ・ストロンは、目の前にあるベンチシートに二人を促す。
     ジョウとリッキーはそこに腰を落ち着けた。
    「クラッシャージョウと言やあ、南北統一で一躍有名だぜえ」
     ぱん、と両手を合わせ、拝むような仕草を見せた。
    「お前さんとコンタクトが取れるとは、俺のステイタスがより上がるってもんだ」
    「別に俺ら達、友達になるつもりはないんだぜ」
     慣れない情報屋とのやりとりに、ついリッキーの肩に余計な力が入る。
    「ちっちっちっ。いけねえぜ坊主。こういう場合、情報屋の機嫌を損ねちゃよ」
     脅しはするものの、ビッグ・ストロンの忠告はある意味親切だった。悪い奴ではなさそうだ。そうジョウは見込んだ。

    「ビッグ・ストロン、あんたはキールで一番の情報屋と聞いている。ミスタ・ボランチェリの身辺を教えて欲しい」
     ジョウはいきなり核心をつく。
    「ほお、それはそれは。カサンドラのお次は、ボランチェリかい? 大物クライアントを立て続けたあ、お前さんかなりいい鼻をしてる」
    「ボランチェリ、とは限らないかもしれないぜ」
     ジョウはわざと意味深な発言をする。
     直接クライアントを明かさない為だ。
    「そうかい。ま、いいさ。俺には関係ねえこった。……で、身辺てえのはどこら辺だ? 女か?」
     ひひひ、とビッグ・ストロンはいやらしい嗤いを響かせた。
    「いや、もっと大がかりだ。ボランチェリを邪魔者と思う範疇でいい」
     ビッグ・ストロンは大袈裟に肩をそびやかす。
    「そりゃあ難しいぜ」
    「何故だ」
    「いるって言やあ、いる。いねえって言やあ、いねえからよ」
    「勿体ぶらずに教えてくれよお」
     リッキーがじれったそうに横から口を挟んだ。だがビッグ・ストロンはさらに勿体ぶるかのように、パイプに火を入れた。そして旨そうに紫煙を吸い、吐き出した。
    「……相手がでかすぎるのさ」
    「ボランチェリが?」
    「ああ。ヘリオス財団は南領土のもんだが、別名の財団を設けて、北領土のスポンサーでもあるのさ、奴は。ほとんど独占状態だぜ。煮え湯を飲まされてる人間は、キールにゃ腐るほどいる。けど手出しができねえ」
    「そんなに大物なのか」
     ジョウ自身も、まさかキール全土の根幹的存在とは想像もしなかった。
    「奴は、金と人を動かすことにかけちゃ天下一品だ。損得勘定がきっちり出来てやがる」
    「ほう。しかし一部では、随分と気前がいいと評判だぜ」
     ジョウの脳裏に、<ミネルバ>への補給物資の一件があった。だがそれをビッグ・ストロンは一笑する。
    「な訳ねえだろ。一体どこのどいつだい。奴は無駄な金はびた一文使わねえ主義よ」
     ジョウとリッキーの顔がすっと引き締まった。だとすると<ミネルバ>への補給はおかしい。
     何かが水面下で動いているのかもしれない。
    「じゃあ、あんたの推測でもいい。もしボランチェリに関わるとしたら、何が理由として一番正統だと思う?」
    「……そうさなあ」
     迫り出した腹をむくりと揺らしながら、また深々と紫煙を吐き出した。
    「ひとつは、キールの乗っ取りだ。ボランチェリをぶっ殺してよ。しかしだ、国民に財力がねえからなあ。乗っ取ったとしても人間が邪魔でしょうがねえや。建国してえが、場所がねえ。そんな連中がいるとしたら、キールを狙うんじゃねえか?」
    「だったら、どこかの惑星を見つけて、クラッシャーが惑星改造した方が早そうだ」
     ジョウの発言に一拍置き、ビッグ・ストロンは腹を抱えて嗤った。
    「……確かに。お前さんの言う通りだ。それにボランチェリをぶっ殺すこと事態が、難しくていけねえ」
    「なら、もうひとつは?」
    「奴の……コレクションだ」


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■227 / inTopicNo.9)  Re[8]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 10:30:15)
    「コレクション?」
     ジョウの眉がぴくりと跳ねた。
    「……だが、ブツが分からねえ」
    「どういうことだ」
    「まんまよ。ブツの情報が一切流れてこねえ。秘宝なのか、美術品なのか、くだらねえ玩具なのか。ま、目に見える所で言えば、金だろうがな」
    「コレクターというのは初めて訊く」
     ボランチェリが脅迫内容を詳しく明かさないのは、単に交友関係にひびが入ることを恐れてかと思った。だがそうなると、こうも考えられる。謎のコレクションを知られたくない。
    「てめえが持ってねえ物を、欲しがる輩はいるからよ。噂を聞きつけりゃあ、それが何か探りたくはなるわな。ここだけの話だが、それを聞きに来る連中もいるぜ。だがその後、ボランチェリの周りで騒動が起こった試しもねえ。よっぽどガードが固てえか、ブツがしょぼかった。そのどっちかだろうよ」
     ジョウは両の腕を組み、表情に厳しさを浮かべる。
     裏から脅迫の先手を打つのは難しそうだ。何も特定ができない。このままでは大人しく、250時間みっちりガードするしかないのか。そして気になるコレクターとしての話。
     根拠はない。ただクラッシャーの勘が、胡散臭さを嗅ぎ取っただけなのだが。
     ジョウは胸ポケットから、キャッシュを出した。相場の2倍。情報としては今ひとつだが、リッキーへの教育料として少し上増ししておく。
     ビッグ・ストロンはそれを受け取ると、言を継いだ。
    「そういや昨日、ボランチェリのパーティーに、クラッシャーの親善大使が来たって言うじゃねえか」
    「……ああ、らしいな」
     ジョウは人ごとのように言う。
    「なんでも、アリスって女がべっぴんだったと評判らしいぜ。アラミスはそんなに粒揃いなのかい?」
    「どうかな」
     ジョウはベンチシートから立ち上がった。リッキーも続く。
    「親善大使と現場は、別物なんでね。俺達もよくは知らない」
    「そうかい……。じゃあ、弾んで貰った礼によ、ひとつ忠告しとくぜ」
     ビッグ・ストロンは、灰皿にパイプの火種を落とした。
    「悪いことは言わねえ。キールと親善を深めるんだったら、ボランチェリは辞めとけ。カサンドラだけを窓口にするんだな」
    「悪評しかない男だからか?」
    「カサンドラは本物だぜ。今はまだキールは、二極化した階級社会だけどよ、カサンドラが真っ当な星へと導いてくれる。そういう匂いがぷんぷんしやがる」
    「随分と買われた大統領なんだな」
    「ま、今は国のシステムがああだからよ。仕方なくボランチェリのような連中ともつき合ってる訳さ。けど奴なら変えるぜ、このキール全体をよ」
    「分かった。本部にもそう言付けておく」
    「賢い選択だ。もう二度と、ボランチェリのパーティーなんかにゃ出ちゃいけねえぜ」
     ビッグ・ストロンはにやりと嗤いを最後に残した。
     昨夜は交流パーティーとはいえ、主催はボランチェリの個人的なものだ。そんなプライベートな話しまでビッグ・ストロンに筒抜けとは。
     ジョウは納得した。それだけの情報屋が、これしか情報がないとなると、正攻法で行くしかない。脅迫状の人物が動き出すまで待つ。
     そして二人はバラックを後にした。

     エアカーに戻ってから、ジョウはクロノメーターに視線を落とす。<ミネルバ>には夕刻にも戻れそうだった。
    「あの古狸、相当な嫌われもんなんだね」
    「情報屋に評判がいい大統領というのも、初めて聞くしな」
    「じゃあ大統領は、古狸の我が儘を断れきれずに俺ら達を引き合わせたのかな?」
    「まあ、それは考えられる」
    「大人の事情って、ややこしいや」
     ジョウはエアカーのエンジンをかけると、すぐに出発した。タロスとアルフィンのことが、気になったからだ。少しでも早く<ミネルバ>に戻りたい。
     助手席でリッキーがまた口を割る。
    「……なあ、兄貴。さっきの親善大使って兄貴達のことだろ?」
    「ああ」
    「アルフィン、そんなに目立ってたのかい?」
     ジョウの脳裏に、昨夜のアルフィンが思い描かれる。確かに視線を奪われるほどの美しさが、華やいでいた。艶めかしいくらいに。
    「元王女様だからな」
    「ふうん……。最近のアルフィンに見慣れちゃったから、想像つかないや」
    「かもしれんな」
    「けど……」
     リッキーは一瞬空を見上げて、ぽつりと付け加える。
    「綺麗な格好して、いい思いしたのに。なんであんなに機嫌が悪いんだろう」
    「ぐっ……」
     ジョウの言葉が詰まる。固い笑いが車内に広がった。
    「な、なんでだろうなあ」
     ジョウはまた思い出して、冷や汗が出そうになる。しかしそろそろさすがに、アルフィンと向き合わなければならない。アルフィンは、ボランチェリの邸宅に出向いている筈だ。コレクターとしての手がかり、もしくは他の情報が得られるかもしれない。
     それにしても、ジョウの気は重かった。


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■228 / inTopicNo.10)  Re[9]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 17:03:43)
     ジョウとリッキーが<ミネルバ>に戻って、1時間が経過した頃。タロスとアルフィンが戻ってきた。しかしリビングルームに現れたのは、タロスだけである。アルフィンは自分の船室へと直帰。
     とことんジョウと顔を会わせたくない。そういう態度を一貫している。
     ジョウ、タロス、リッキーは、互いの情報交換を行う。タロスの方は、これといって大きな問題はなかった。ボランチェリをゲストとして、2時間番組の収録。その後ヘリオス財団のCF撮り。
     放送局のスタッフは、異常なまでの気配りだったらしい。スナイパーがいたとしても狙い所が定まらないほど、人垣に囲まれた状態だったそうだ。
    「実に余裕たっぷりなもんでしたぜ、あの古狸は」
    「本当に狙われてるのかなあ」
     リッキーも頬杖をついて、あまりにも平和すぎる護衛に、些か不満を漏らす。
    「後でさ、クラッシャーは働かないで報酬だけ持ってったなんて、言われたかないよ」
    「まあ、脅迫犯を捕らえるのはこっちの都合だ。無事に終わりゃあ、契約成立だ」
     タロスは、何事もなければ楽でいい。そういう顔をしてみせた。
     するとジョウがソファから立ち上がった。無表情のままに。
    「……アルフィンの所に行ってくる」
    「よろしく頼みますぜ。とはいえ今日一日、特に仕事上、支障はありやせんが」
    「すまんな」
    「まあ、仲良くいきましょうや」
    「説得してみる」
     そしてジョウはそれ以上語らず、リビングルームを出た。姿が消えた途端、リッキーがタロスに向き直す。
    「なんか……怪しいよね」
    「勘ぐっても仕方ねえさ」
    「けど、こんな絶交状態って滅多にないだろ。俺ら、ちょっと心配だな」
    「いつもの小せえゴタゴタだろうよ」
    「……だといいけどさ」
     リッキーはジョウが去ったドアを、しばし見つめていた。

     ジョウは重い気持ちを引きずったまま、アルフィンの船室の前に着いた。ひとつ大きく深呼吸をすると、意を決し、ドアをノックする。
     だが、返事はない。
    「……アルフィン、聞こえてるんだろ。俺だ、開けてくれ」
    「…………」
    「アルフィン!」
     少し声を荒げた。
     けれどもドアの向こうは静まりかえったままである。ジョウはため息をついた。そして気持ちを切り替える。私情ではなく、仕事に。
    「アルフィン、今回の任務で訊きたいことがある。開けろ、命令だ」
     チームリーダーとしての権限を使う。それにはいくらアルフィンでも、従わなければならない。クラッシャーの掟だ。
     ややあって。空圧が抜ける音がして、ドアがスライドした。無表情なのに、その碧眼だけが異様に光っているアルフィンが現れた。
     ジョウはやっと向き合えたことに、一瞬胸がどきりと跳ねた。だが今はそれを押し込む。ビジネスライクな話に、始終全うするためだ。
    「ボランチェリのスケジュールは、どこで受け取った」
    「……邸宅よ」
     小さく、短い応え。
     話し合いの余地すらも与えない。その感情が、ありありと伝わってくる。
    「そこはどんな様子だった」
    「別に。……普通よ」
    「例えば滅多にない骨董品があったとか、怪しげな倉庫があるとか」
     ジョウのしつこい問いかけに、アルフィンは簡単にボランチェリの邸宅を説明した。5階建て、テラでよく見かけるヨーロッパ調の横広がりな宮殿。正門から宮殿まではおよそ1キロ。それが敷地全体の半径。周りはぐるりと芝に囲まれ、あるといったら馬と牛の牧場と菜園ハウスだと言う。
     確かに、キールの根幹的資産家にしては、一般的な邸宅だ。
    「地下室がある様子はあったか」
    「分からないわ。そこまで案内されなかったもの」
    「……そうか」
     ジョウは一通り質問が終わった。しばしの沈黙が流れる。

    「もう用は済んだ?」
     アルフィンの固い口調はずっと変わらない。
    「じゃ」
     と言って船室の奥に戻ろうとする。だがジョウは、閉まりかけたドアを手で押さえた。アルフィンの瞳は、ジョウの態度から変化を見抜く。
    「……お、教えてくれないか」
    「何が」
    「アルフィンが、その、怒ってる理由をさ……」
     ジョウの鼓動が早まっていく。
     訪ねるのが少し恐ろしい。しかしいつまでも険悪なままでもいられなかった。アルフィンとのぎすぎすした関係。ジョウにはかなり精神的に堪える。
    「自分の胸に訊いてみればいいじゃない」
    「そ、それが分からないから、訊いている」
    「嘘つき」
    「……え」
    「それに不潔よ!」
     アルフィンはそれだけ言い残すと、ジョウを通路へと押しやった。ドアが間髪開けずに、二人の間をシャットアウトする。
    「アルフィン!」
     ジョウはドアを叩いた。
     あの反応から察すると、やはりジョウがアルフィンの意志を無視して襲いかかったとしか思えない。例え記憶がなかろうと。男として思い当たることといえば。
    「仕事以外で話なんかしたくないわ!」
    「俺が悪いんだろ! だったらいくらでも謝る。だからアルフィン……」
    「帰って! ここにいないで! 汚らわしいっ」
     不潔。汚らわしい。
     その痛烈な単語が、ジョウの胸をざっくりと切り裂いた。ドアを叩く拳が止まる。ジョウはその姿勢のまま、頭だけがっくりとうなだれる。目の前が暗くなっていく。
     どうすればいい。
     ジョウは自問自答する。しかし適した弁解も、謝罪の言葉も浮かばない。
    「……なんてこった」
     みるみるうちにジョウは青ざめ、額には脂汗が浮かんできた。
     最悪だ。そして最低だ。
     そうやって自分をいたぶることしか思いつかない。アルフィンに許しを乞うとしたら、己を八つ裂きにするしかジョウには思い浮かばなかった。
     そしてうっかり忘れていたことを思い出す。ボランチェリから補給物資を得た時の、彼の反応。しかしこの空気では、もうチームリーダーの権限すら使えない状況だった。


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■229 / inTopicNo.11)  Re[10]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 17:05:40)
     薄暗い一室だ。だが赤や黄などの電光が並び、室内はイルミネーションで満ちている。そこに男が一人。白衣を着て、髪はぼさぼさだ。無精ひげも生やしている。もう一週間、この研究室から一歩も外に出ていなかった。
     しかし男の表情は意気揚々としている。なにせ長年の研究過程で、いま最も興奮すべき瞬間がじわじわと訪れているからだ。男はコンソールにある、クロノメーターをじっと見つめる。それは逆に周り、カウントダウンを刻んでいた。
     するとブザーが鳴った。男はすぐさまシートから立ち上がると、様々な機器の合間を縫ってドアに辿り着く。客人らしい。ドアが音もなくスライドした。
    「……どうかね、マックス博士」
     声の主は一人。ずんぐりとした体躯をし、頭髪も薄い。一目で正装と分かる、豪華な刺繍を施したスーツを着ていた。
    「順調ですよ、ミスタ・ボランチェリ」
    「結構だ」
     そう言い、にやりと満面の笑みを浮かべた。
     白衣を着た男、マックスがボランチェリを室内に招き入れる。マックスはよほど喜びが大きいのか、はたまた少ない睡眠時間が続いてハイテンションなのか。矢継ぎ早に話し始めた。
    「今までのどのタイプよりも、格段に素晴らしい仕上がりを見せています」
    「そうでなくては困る。鮮度と純度を最優先に、素材入手には金も手間暇もかけた」
    「いやあ、それだけじゃない」
     マックスは大げさにかぶりを振った。
    「素材そのものが何よりいい。分子レベルの段階で、最高クラスですよ」
    「それは私に対する褒め言葉かね」
    「ええ、勿論です。あなたは本当に見る目がある」

     そして二人は並んで、一番奥にある装置の元へと歩み寄った。ガラス張りの筒状。直径は1メートル、高さは3メートル程の装置で、紫色の溶液が入っている。さらに溶液は、ぶくぶくときめの細かい泡を立ち上らせ、筒の中心に何やら塊が出来つつあった。
     桃色がかった塊。泡が付着し、塊を太らせていく。じっと目を凝らしていれば、僅かずつだが、薄い粘土を重ねていくように塊が育っていくのが分かる。
    「ご覧ください。この粒子の細かさ……」
    「おお、……美しい」
    「素材そのものが、自ら活性化しているんです。このペースだと、当初の予定より早く完成します」
    「では、明朝には拝めるのだな」
    「確実に」
     ボランチェリは、装置のガラス部分に手を触れた。生暖かい。そしてその目を細めて、慈しむように気泡の舞いを眺めている。
    「人間とは欲深い生き物だ。これだけ完成度の高いフリュイが造れるとなると、さらに他のタイプも欲しくなる」
    「お気持ちは分かります」
     マックスは大いに頷いた。
    「ただあくまでもこのフリュイは、新素材による第一号です。理論上は今までの最高水準ではありますが、結論は、ぜひ実験後に」
    「……そうだな。些か気が急きすぎた」
    「しかし、この美しい仕上がりをご覧になれば、そう仰いたくもなるでしょう」
     桃色がかった塊を、彼らはフリュイと呼んでいた。

     すると装置の後ろで物音が響く。その出所は、1メートル四方の軽合金性のボックスだった。中に何が閉じこめられているのか。酷く暴れている。
    「なんだ、まだあれを保管していたのか」
    「あ、ええ」
     マックスは少し焦りの色を顔に滲ませる。
    「早く処分したまえ」
    「し、しかし。このフリュイも今後の利用価値があるかと」
    「それはない。所詮、この第一号を完成させるための繋ぎだ。あるだけ後々面倒だ」
    「私としては、このフリュイにも愛着がありまして」
     マックスは、ボックスの中で暴れているものが惜しい。破棄するのは勿体ない。
     そういう表情を露わにした。
    「こんな旧式。……科学者たるもの、過去に縛られていては何も生まれん」
    「は、はあ……」
     マックスは、ボランチェリの指示に刃向かえなかった。感情に逆らって、超合金のボックスをムービングロボを使い搬出させる。研究室の奥に、さらにまたドアがあった。
     そこへ運ばれた。
     ボランチェリは、その室内が覗ける出窓まで歩を進める。ガラス窓の向こうは、薄い緑がかった霧が立ちこめていた。床はなく、30センチほどの縁がぐるりと囲んだ大型の水槽が見える。しかも水槽い至るまで、この室内は3重のドアで仕切られている。
     窓越しから室内の光景を眺めていると、先程のムービングロボが低速で現れた。縁でストップすると、超合金のボックスを乗せた底がせり上がり、傾斜が生まれた。
     するり、とボックスは滑り、勢いよく水槽の中に落ちた。
     水しぶきが上がる。
     やがて。
     沈んだ超合金のボックスは、炎も上げずに破裂した。そしてあっという間に溶けていく。物体が瞬く間に分解された。
     緑色の霧が立ちこめるこの溶液。エルゲ粒子。どんなものでも処分できる化学物質だった。
     ボランチェリはそれを見届けると、再びフリュイが入った装置の元に戻った。
     マックスといえば、さっきまでの驚喜が影を潜めている。よほど処分したフリュイに対し心残りがあるのだろう。深いため息をこっそりついた。
     しかし、ここでの権限は、誰よりもボランチェリにある。
     従わなければならない立場にあった。
    「……明朝が、楽しみだ」
     ボランチェリの両眼は、装置の中で揺らめくフリュイの虜となっていた。


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■230 / inTopicNo.12)  Re[11]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/16(Wed) 17:06:35)
     その日は午前から、ジョウ達4人はクラッシュジャケット姿で街中に現れた。場所は、都市部の中心地に新築された、キール最大の美術館。開館セレモニーとして、ボランチェリをはじめ複数のVIPが集った。
     ずんぐりとした体躯で見栄えがいいとはいえないボランチェリだが、その顔はいわば、五つ星を証明する。だからこそボランチェリは、様々な団体からのオファーが多い。しかしジョウにしてみれば、単なる目立ちたがりにも思えてきた。
     今回、クラッシュジャケット着用はボランチェリのリクエストだった。南北統一運動の最中、ニュースをにぎわせてきたクラッシャーとも面識があることを広めたいらしい。
     いやらしい策略だ。
     クラッシャーの活躍はニュースで報じられたものの、それは存在だけである。任務を請け負った、南と北の境界区域は別として、実物を公開するのはこの場が初めてだ。
     表向きはマスコミを拒否している。しかし機会を逃すようではジャーナリストとは言えない。きっと紛れ込んでいる。
     ふとジョウは、ビッグ・ストロンの顔が浮かんだ。この事実を知ったら、彼は憤慨するだろうか、それとも呆れるだろうか、と。
     ボランチェリがテープカットのため、席を外した。ジョウ達4人も渋々それにつき合う。美術館の正門前に、ボランチェリを挟むように4人が一列に並んだ。ガードのためだ。
     背後にいる大勢のゲストがざわつき始める。あれは誰だ。クラッシャーらしい。そんな声がジョウの耳朶を打った。まるで見せ物扱いである。ジョウは胸の中で毒づいた。
     ボランチェリの護衛は、左右二手に分かれていた。ジョウとリッキー、タロスとアルフィン。この組み合わせはまだしばらく続きそうである。
     なにせ今日は一言も、ジョウとアルフィンは会話を交わしていない。アルフィンは相変わらずの機嫌のまま。ジョウといえば、己を信じられず、迂闊にアルフィンに近づくことすら恐れていた。
     そしてつつがなくテープカットは終わり、派手な空砲が上がる中、ガーデンパーティーへと興は流れた。

     ボランチェリは早々に、沢山の来賓に囲まれた。中にはクラッシャーに話しかけてくる人間もいた。しかし丁重に断った。今は任務の最中である。
    「今日って、民間人も来てるんだよね」
     リッキーが見上げてジョウに訊く。
    「ああ。だが美術品より、物珍しい奴がいるからな」
     物珍しい奴。それはボランチェリを指す。ゆえにまだ誰一人として、折角門戸を開いた美術館の中には踏み入れていない。
    「やりずらいよなあ、ちょっと……」
     リッキーは、さりげなく投げられる好奇の視線をうるさそうに感じていた。ジョウ達は来賓に囲まれたボランチェリの渦から、1メートルだけ離れて気を張り巡らせる。反対側にはタロスとアルフィン。これだけの人混みでは護衛は困難を極める。
    「……リス!」
     ふと男の声が上がった。
     ジョウには聞き覚えのある声。
    「アリス!」
     声の方向に振り返ると、そこも人だかりだった。だが真ん中から、一つ頭を抜け出した人物がいる。その顔の記憶は新しい。ブルックナーだった。
     アリス。つまりアルフィンを見つけて呼んでいる。なぜレース狂の彼が、こんなカルチャーな場にいるのか。ジョウは舌打ちをした。しかしレーサーといえども、美術品に興味があってもおかしくはない。
     ジョウはアルフィンに視線を向けた。まだブルックナーに気づいていないのか、厳しい顔つきのままだ。ガードに集中している。
    「リッキー、状況が変わった。俺とアルフィンは一旦身を隠す」
    「ちょ、ちょいと待ってくれよ」
     リッキーの制止も訊かずに、ジョウはすぐさまアルフィンの元に駆け寄った。突然ジョウが目の前に現れ、アルフィンの表情が険しさから驚きに一変した。
    「何よっ」
    「いいから、こっちへ来るんだ」
     ジョウはアルフィンの手を掴んだ。
     が、一瞬にして振り払われた。
    「おい、アリス!」
     その声がだんだんと近づいてくる。ブルックナーが、人だかりから解き放たれたからだ。彼も有名人である。ギャラリーが蟻のように群がっていた。
    「急げ!」
    「だから何なのよっ!」
     ジョウとアルフィンは小さないざこざを始めた。
     すると。
     ジョウの肌に殺気が走った。


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■231 / inTopicNo.13)  Re[12]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/17(Thu) 11:16:06)
    「!」
     視界の端に何かが掛かった。身体をその向きに捻る。
     反射だ。
     美術館に面したビルの屋上で、何かが光った。
     ジョウの行動は早い。きびすを返した。すると、片手を上げ人の輪から出ようとするボランチェリがいた。
    「伏せろ!」
     声と同時に、ジョウはボランチェリの前に身を投げ出した。空を裂く音が迫る。
     銃弾がジョウの背を直撃した。
     クラッシュジャケットの特殊繊維が貫通を拒む。だが痺れるような痛みだけは吸収できない。
     群衆から一斉に悲鳴が上がった。瞬く間に人垣が崩れ、ちりぢりに散っていく。
     ジョウは大地に潰したボランチェリから、素早く身を起こした。そして周囲に気を巡らせる。第二波に備えて。
    「う……あ……」
     突然の出来事で腰を抜かしたのか、ボランチェリは仰臥したままだった。
    「ジョウ!」
     タロスが来た。リッキーもすぐに駆け寄る。アルフィンと言えば、無言のままもうそばにいた。
    「狙撃か!」
     タロスの声が響く。
    「ビルの屋上だ」
     4人は同時にその方角に目を凝らす。しかしもう気配がない。
     逃亡だ。
    「タロスとアルフィンは待避! リッキー、行くぞ!」
    「あいよ!」
     背中の痛みを物ともせず、ジョウとリッキーは猛然とダッシュしていった。
     タロスはすぐにボランチェリを担ぎ上げる。
    「適当な逃げ場はどこですかい」
     ボランチェリに訊く。しかし彼はまだまともに話せないでいた。
     すると、美術館関係者である数名が慌てて駆け寄って来る。
    「だ、大丈夫ですか!」
    「見りゃあ分かるだろ! 避難場所はどこだ」
    「び、美術館の中にシェルターが……」
    「案内しろい!」
     タロスのドスが効いた声に、関係者はさらに震え上がった。しかし素直に誘導する。
    「あたし、正門を抑えるわ」
    「オッケイ! すぐ戻る」
     アルフィンはレイガンを構え、誰もいなくなった正門前の庭を一望する。

     ジョウとリッキーは美術館を飛び出すと、走って10分はかからないビルに到達した。まだ建築途中のビルだ。今日は休日で作業が中止されているのか、エレベータの電源が落とされている。仕方なく自力で、目測7階の非常階段を駆け上った。
     屋上に出た。二人の息が上がっていた。
     だが立ち止まる間すら惜しい。
     そして、やはり出遅れてしまった。人の気配は完全に消えていた。
     ジョウは狙撃ポイントと思われる場へと歩を急く。リッキーは他に脱出ルートがないか、辺りを駆け回った。
     ややあって、リッキーが戻ってくる。
    「兄貴! エレベータが使えなきゃ、さっきの非常階段しかルートがない」
     しかしジョウ達がビルに到達した時には、そこから出てくる者、逃亡する者を見かけていない。
    「あとは外だな……」
     ジョウは一旦狙撃ポイントから、逆の方向へと走り出す。ビルの裏手だ。すると鉄柵の付け根に、固定フックが見えた。ジョウはそれをめざとく見つける。
     柵から身を乗り出し、地上を見下ろした。
    「あったぜ」
     リッキーも続けて覗き込んだ。柵の隙間から。
    「……ロープかあ」
     外壁に垂れ下がっていた。先端は3階部分までしか届いていない。そこから飛び降りたのだろう。刺客の身体能力がかなり高い証拠だ。
     そして再びジョウは狙撃ポイントに戻る。背に当たった衝撃からすると、武器はライフル系。美術館を見つめながら、柵沿いに横へと歩いた。

    「……ここだ」
     脚が止まった。
     ジョウが見た光の位置、そして弾道の角度など。
     すべてを総合すれば狙撃ポイントはここしかない。
    「うへえ! 遠いや……」
     リッキーは驚いた。
     美術館の正門がこじんまりと見える。そこに人がいることを想定すれば、標的は点に等しい。しかも狙撃の瞬間は、人混みだった。
     その状態でボランチェリだけを狙う。高度、いや神業という方が正しい。
    「兄貴、かなりの腕利きと見たね」
     これだけの腕前なら確実にボランチェリを一撃できただろう。ジョウとて、殺気は感じたものの、照準スコープの乱反射がなければ狙撃元を特定できなかった。
     だが、それがジョウには引っ掛かる。
    「……妙だ」
    「何がだい?」
    「ライフルに精通している人間が、迂闊にスコープを反射させるとはな」
     ジョウの愛器も無反動ライフルである。狙いを確実にヒットさせる場合、照準スコープを反射させない角度まで考える。それが身体に馴染んでいる。
     扱い慣れてないライフルを使うと希にそういうことはある。しかし、点のような狙撃物を狙える腕前だ。そんなケアレスミスを犯すとは思えない。
     だが一つだけ。
     発想を変えれば、ジョウには応えが見つかった。
     刺客は“こちらに狙撃を気づかせるために”、わざとスコープを反射させた。


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■232 / inTopicNo.14)  Re[13]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/17(Thu) 11:17:08)
    「はあ、気疲れしたあ……」
     リッキーはリビングのソファに倒れ込んだ。結局、この日のスケジュールは全てキャンセルとなった。ボランチェリといえば、重装甲に改造されたプルマン・リムジンで早々に美術館を後にした。
    「キャハハ。りっきーノ働キ、全体ノ7パーセント相当」
    「あんだよ! 現場見てから物言えよ、ドンゴ!」
     だがドンゴは素知らぬ振りをして、3人に熱いコーヒーを煎れた。ただリッキーにはミルクたっぷりのカフェ・オレだ。
     一方アルフィンは、また自室へと直帰である。今日の仕事は終わったからだ。
     それにジョウ自身、アルフィンを追う気はもうない。3人で明日の打ち合わせをして、報告だけする。指示通りには動いてくれるのだ。この場にいなくてもさほど支障はない。
    「とりあえず、脅迫は本物だった……ってことですかねえ」
     タロスは、仰向けのリッキーの隣に腰を下ろし、コーヒーを早速すすった。
    「脅迫内容って、殺しだったんだ」
     身を飛び起こし、リッキーも会話に混じった。
     顎に手を掛け、ジョウが言を継ぐ。
    「シチュエーションとしては暗殺だ。けどやり方から見れば、単なる脅しともとれる。まだその見解は外せない」
    「ですな……」
     ジョウから詳細を聞いた後だけに、タロスも相槌を打った。
    「俺ら思うんだけど。脅迫があるってのに、古狸はちょくちょく出かけたじゃん? 脅迫する方にしてみれば、ナメられたもんだよね」
    「言ってもピンとは来ねえが……。奴は奴なりに、俺達に絶対の信頼を置いてたってことだ。だから堂々と表に出られた」
    「……だといいけどさ。今日なんて俺ら、アニマルパークの猿の気分だったぜ」
    「そりゃちょいとばかり、猿に失礼だ」
    「あんだとお!」
     タロスとリッキーのレクリエーションが始まった。少しずつ調子が戻ってきたからである。しかしその波にジョウだけは、まだ乗ってこなかった。
    「……明日からのスケジュール、変わるかもしれんな」
     タロスとリッキーは、暗黙の了解でレクリエーションを終わらせた。
     そしてリッキーが続ける。
    「じゃまた、アルフィンご指名だ」
    「……いや、次は俺が出向く」
    「でしょうな。少しは古狸の方も探ってみねえと。守備に徹するだけってのも、体力が有り余っていけねえや」
    「今回の騒動は、早くても夕方にはキール全土に知れ渡るだろう。南北統一運動で立ち去ってりゃ、それなりに格好がついてたな、俺達は」
    「ま、こういう事もありますぜ」
     タロスの言葉に、ジョウは苦笑した。
     初めての惑星なら、心象を良くしておきたい。発端はごくごく小さな欲だった。それがまさか、今ひとつはっきりしない状況へと陥ってしまった。ボランチェリにせよ、アルフィンにせよ。

    「ああ、そういやあ……」
     タロスはひとつの話題を思い出す。
     沈黙しかけた空気を破るために。
    「美術館のシェルターに、妙な男がいましてね」
    「妙な男?」
     ジョウは、コーヒーカップを寄せる手を止めた。
    「社交パーティーで逢った奴じゃないですかい? アリスを守れと、あっしに命令しやがってねえ」
     ジョウはそこで誰か分かった。
    「ブルックナーだ。ばれちゃまずいと思って、身を隠そうと思ったんだ」
    「だから兄貴、さっき……」
    「ああ」
    「しかしあの慌てっぷりじゃ、親善大使と思ったままでしょうな。ぎゃーぎゃー喚く割には、てめえは一歩もシェルターから出ませんでしたぜ」
    「とはいえ200時間耐久ラリーの覇者だ。人並み以上の度胸までは、あるんだろ」
    「俺らもテレビで見たことある。ちぇっ、サインもらえばよかった」
    「けっ! あんな小物のサインじゃ、ケツも拭けねえや」
     タロスは嫌みっぽく言い捨てると、コーヒーをすする。
     そして何の気なくさらりと、感じたままを言葉にした。
    「……しかし、そいつは随分と有名人なんですなあ」
    「疎いねえ、タロスも」
     リッキーが横から、呆れた顔つきで突っ込んだ。
    「ブルックナーは、耐久ラリー界のマルコ・ポーロって言われてんのさ」
    「偉大な冒険家。そういう意味らしいぜ」
    「あれがねえ……」
     タロスの脳裏に、ただの腰抜け野郎が捲し立てている光景が浮かんだ。
    「あたしゃてっきり、面構えが似てるだけかと思いやしたよ。とんだ見かけ倒しだ」
     そのタロスの一言に。
     ジョウの動きがはたと止まった。
     全身に駆けめぐる。ブルックナーと初めて逢ったとき、過ぎった感覚が。
    「まさか……」
     みるみるうちに、表情が強ばった。
     そしてジョウは突然、身体が跳ねたようにリビングルームを飛び出した。
    「兄貴?!」
     異変を感じリッキー、そしてタロスもすぐ続く。
     追いつくと、そこはブリッジだった。ジョウは、空間表示立体スクリーンのコンソールを操作している。メインスクリーンに、タロスとリッキーは視線を移した。
     どうやらギャラクティカ・ネットワークに繋いでいるようである。
     暫くして、スクリーンに中年女性、老人、老女、そしてブルックナーの顔が現れた。タロスとリッキーはジョウの思惑がまだ読めない。
    「たった4人だが、充分だな」
     ジョウは一人呟く。
     その両眼にじわじわと、覇気がみなぎってくるのが傍目でも分かった。
    「あの野郎……。随分とクラッシャーを馬鹿にしてくれたもんだぜ」
    「どういう意味ですかい、ジョウ」
     するとジョウはにやりと笑う。
     ここ数日ずっと潜めていた、ジョウらしい余裕たっぷりに満ちた表情。
     それが戻った。
    「ひとつだけ分かったぜ。ボランチェリの切り札がよ」
    「えっ?!」
     タロスとリッキーが、同時に頓狂な声を上げた。


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■233 / inTopicNo.15)  Re[14]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/17(Thu) 11:18:03)
     早朝から、ボランチェリの部下が宇宙港へと現れた。例のプルマン・リムジンでの出迎えである。重装甲車ではなく、ジョウが社交パーティーへと連れられた時に利用したエアカーだ。
     ボランチェリのスケジュールは、結局変わることがなかった。今日の目的地は、建設中の大型レジャーランドの視察である。ヘリオス財団が100パーセント出資していた。
    「……やっぱ、いるね」
     後部座席、進行方向に逆らってジョウとリッキーが並んで着席している。あえてこちらに座った。後方を伺うためだ。向かいはタロスとアルフィンが並ぶ。
     リッキーが見つけたもの。それはぴたりと距離を保ったまま、ずっと追跡してくる2台のエアカーと、高速型ホバーバイク。ジャーナリストのものだ。昨夜キール全土に広まった、資産家ボランチェリ暗殺未遂事件の追跡だろう。しかもクラッシャーが関わっている。
     一夜にして、トップニュースに躍り出た。
     新たなスクープを求めて、彼らも動き出していた。
    「うまくいけば、好都合さ」
    「だね」
     ジョウとタロスは、クラッシュパックをそれぞれ持参した。しかも堂々と。あまりにも自然な挙動だったため、特にボランチェリの部下から咎められずに済んだ。
     やがてプルマン・リムジンがハイウェイを下りた。
     さらに一般道をひた走ると、フロントウインドウにジェットコースターの骨組みが見えてきた。そのほかにも、沢山の大型ブースの建設が行われているようだ。
     メインゲートらしき門戸をくぐり、ようやくプルマン・リムジンは停車した。後続のジャーナリスト達は、メインゲートにいた警備員に止められた。恐らくボランチェリの部下が手を回したのだろう。しかし当然の対処ではある。
     ジョウ達が到着して20分後。重装甲のプルマン・リムジンが現れた。その登場に、ジョウはふと口元が緩んだ。役者だな。そういう含み笑いだ。
     ボランチェリがのっそりと降り立った。そして早速ジョウに視線を移す。
    「ジョウ、今日もよろしく頼む」
    「望むところだ。あんたには指一本触れさせないぜ」
    「ほお、それは頼もしい」
     ボランチェリは満足気だ。しかし、ジョウのこの自信の根拠を、彼は気づくことができなかった。刺客の標的は、ボランチェリではない。自分たちだ。その動機はまだ分からずとも、昨日の狙撃の意味からジョウはそう答えを弾き出した。
     この答えが合っていればさらに、ボランチェリと、ブルックナーを始めとする4人の顔ぶれが一本の線で結ばれる。ジョウはそう読んでいた。
     そしてボランチェリは、クラッシャー4人に四方を囲まれて、レジャーランド関係者に案内された。

     10歩と歩を進めないうちに。
     来た。
     昨日と同じ気配を察した。
    「タロス! 左45!」
    「へい!」
     きびすを返す。すでに左腕の機銃が剥き出しになっていた。
     まさに同時。
     大型ブース脇から連射弾が放出。それを機銃の連射音が応戦する。
    「うわああっ!」
     10名ほどのレジャーランド関係者達が、慌てふためき、逃げまどった。
    「あんたはこっち!」
     リッキーがすかさずボランチェリの腕を引っ張った。ボランチェリは重装甲のプルマン・リムジンにまた押し込まれた。
     ジョウはクラッシュパックから無反動ライフルを取り出し、即座に組み立て、構える。すでにタロスとアルフィンは、攻撃元へと向かった。
     挟み撃ちをする。そこでジョウは反対側から大型ブースへと疾駆した。
     瞬く間に、建設中のレジャーランドが戦場へと化す。
     ジョウはブースの外周を回る。向こう側から、タロスの足音が耳朶を打った。外周は無人。それをすぐに悟った。
    「上か!」
     仰いだ瞬間、小高いブースの中腹から光線が走った。
     ジョウは紙一重でそれを避ける。
     一回転し、建築用重機の影に隠れた。
    「……武器は、ライフルとブラスターか」
     ならば幾分、相手の動きは鈍くなる。ジョウはそう読んだ。
     そしてブース周辺を見渡す。次に刺客はどう出てくるのか。
    「タロスはここを抑えろ! アルフィンは先のコースターだ!」
    「オッケイ!」
     二人の声が同時に返った。そしてジョウも、次に睨んだポイントへと地を蹴った。


引用投稿 削除キー/
■234 / inTopicNo.16)  Re[15]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/17(Thu) 11:19:06)
     刺客は一人。それは攻撃からすぐに察知できた。
     しかしかなり手強い。まず姿すら補足できないのだ。しかもジョウ達の戦力はダウン。刺客の不意打ちによって、タロスが左顔面をブラスターで灼かれた。
     命に別状はない。だが少し視覚にダメージを受けていた。戦線からは離脱せず、猛然とついて来てはいるが、狙いと動きがやや鈍い。
    「タロス! リッキーと代われ!」
     ジョウは通信機で撤退を命じた。
    「まだ行けますぜ!」
    「下がれ! 持久戦も考慮する」
    「へ、へい!」
     タロスは渋々受け入れた。ボランチェリ監視の交代に、すでに2キロ離れたメインゲートへと戻った。
     刺客はどれだけ戦術に長けているのか。ジョウの脳裏にちらりと焦りが過ぎった。
     なにせ武器のエネルギーチューブが乏しくなっていた。ところが刺客の攻撃は一向に衰えない。着々とどこかで補充を重ねているからだろう。そして補給を援助する後ろ盾もここにはいる。
     ジョウはそれに勘づいていた。
    「アルフィン!」
     ジョウは袖口の通信機で呼び出す。すぐ返事が返った。
    「今、ジョウの斜め前の木陰よ」
    「よし。奴をコースターの第二ウェーブまで追い込んでくれ」
    「了解」
     するとジョウは乱立するオブジェに身を隠しつつ、ジェットコースターの骨組みに近づく。鉄筋の足場にたどり着くと、一旦ライフルを背に担ぎ、レールをよじ登り始めた。
     刺客は、縦横矛盾に攻撃を仕掛けてくる。その動きを捕捉するためにも、高い所からまず抑える方が得策。そうジョウは睨んだ。
     ジェットコースターの第一ウェーブは、最頂点でおよそ150メートル。その次の第二ウェーブは最高頂点でおよそ80メートル。とりあえずブースより高い所を抑えられれば充分だった。
     建設中ゆえに、至る所に取っ掛かりや足場がある。ジョウは難なく、50メートルほどの高さにまで辿り着けた。
     片膝を骨組みに掛けると、身体を空中へと迫り出す。少し風に煽られた。足場は不安定だが、ジョウの卓越した射撃を狂わせるほどではない。
     すると地上に、レイガンの光線が見えた。アルフィンが誘導している。刺客からの攻撃はまだない。

    「撃ってきやがれ……」
     ジョウはライフルを構えたものの、まずは肉眼で刺客の所在を探る。
     するとライフルの連射弾が見えた。
     即座にジョウは照準スコープを覗く。
     いた。奴だ。
     もうブースから離れ、刺客が次に動いている。
     黒のスペースジャケット。体格から察すると男。しかし顔が拝めない。頭部はのっぺりとした鉄仮面に被われていた。
    「何だあいつ」
     ジョウは一瞬不気味さを感じた。
     やがてアルフィンの誘導が功を奏す。ジョウの足場、コースターの第二ウェーブ付近にまで男が出てきた。
    「くらえっ!」
     ライフルが連射で火を噴いた。
     うち一発が、男の肩に命中。トリガーボタンにかけた指が手応えを感じた。
     が、しかし。
     少しよろめいただけで、倒れなかった。単なるスペースジャケットではない。防弾仕様だ。
    「ちっ!」
     すると鉄仮面の男が天を仰いだ。
     ジョウの存在に気づく。
     すかさずジョウは片膝を外し、骨組みの中に戻ろうとした。
     その瞬間。
     爆音が轟く。
    「うわっ!」
     ジョウがいるコースターの足場が爆破された。
     もともと骨組みだけの脆い造り。一発の爆撃で、足場がぐにゃりと力を失った。


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■235 / inTopicNo.17)  Re[16]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/17(Thu) 11:20:02)
    「ジョウ!」
     アルフィンは見た。
     崩れゆく骨組みの中に、青いクラッシュジャケットの姿を。籠に閉じこめられたような状態で、鉄筋ごと倒れていく様を。
     ジョウが墜ちていく。アルフィンは顔を覆った。
     が、その瞬間。
     倒壊した時に上手に来るレール部分に、ジョウは片手で飛びついた。
     コースターの骨組みは横倒しになったものの、すぐ脇にあった大型ブースの天井にめり込んだ。寄りかかった状態となる。完全なる倒壊は免れた。
     がつん、と腕が抜けるような衝撃が走る。
     だがジョウは手放さなかった。ぎりぎり、地面へと叩きつけられずに済んだ。
    「やってくれるぜ……」
     まさか、仮面の男が設備を破壊するとは。
     ジョウの読み違いだったのか。レジャーランドを大破させる予定は、刺客にはなかった筈だ。しかし強行に出た。
     つまり。
     刺客は追いつめられている。そう解釈できた。
    「ぶっ壊していいんなら、容赦しないぜ」
     ジョウは口元に再び余裕の笑みを湛えると、すぐさま崩れた鉄屑の山を飛び降りた。
     鉄筋をジャンプしながら、階段を飛び降りるようにジョウは地上へと降り立つ。そしてすぐに通信機でアルフィンを呼び出した。こっちは今の攻撃で、また刺客を見失った。
    「アルフィン! 奴はどこだ!」
     返事がない。
    「アルフィン!」
     その無反応が、ジョウの神経に不吉な信号を流した。
     追いつめられた刺客が、次に打つ手段。
     それは、人質。
     
     小型バズーカを抱え、リッキーが戦線に参加。全力疾走ゆえ、息はかなり上がっている。
    「うひゃあ!」
     驚愕の理由は、ぐにゃりと倒壊し、瓦礫と化したジェットコースターの残骸。とうとう派手にやらかした。そう一人胸の中で呟く。
     同時に戦況の厳しさを察知し、気を引き締めてジョウを追う。
     コースターの残骸を通過した頃、リッキーの前方にある、高さ200メートルほどの大観覧車が回った。この状況に気づくのが遅れた、作業員でもいるのだろうか。
    「呑気にしてんなよっ!」
     一層、力強く地を蹴った。
     だが大観覧車は、半回転もしないうちに止まった。状況を飲み込めないまま、さらに近づいていく。すると、大観覧車前の広場に、青いクラッシュジャケットを発見。
     ジョウだ。
     ライフルを構え、銃口を大観覧車2時の方角に向けていた。
     リッキーはその視線の先を追う。一基のゲージに人影が見えた。黒いスペースジャケット。しかも頭部は仮面。あれが恐らく刺客だ。
     しかし、ジョウは一向にライフルを撃たない。
     仮面の男も銃口を突きつけ、互いに間合いを見計らっている状況だ。緊迫した空気が、リッキーの肌にも伝わる。
    「よっしゃあ!」
     リッキーは、すかさずその場に片膝を着いた。
     バズーカを構える。すぐにトリガーボタンを打った。
     咆哮が空を切り裂く。
     弾丸が見事に刺客のゲージ右側にヒット。爆音を上げ、半壊した。
    「やっほーい!」
     ガッツポーズで飛び上がる。
     だが。
    「何しやがる!」
     ジョウの一喝が飛んできた。へっ、とリッキーは一瞬惚ける。
    「アルフィンが人質に捕られた!」
    「げげーっ!」
     またまたリッキーは飛び上がった。
     そして慌ててかぶりを上げる。煙が風に流され、半分を粉々に吹き飛ばされたゲージが姿を現す。そのわずかに残された床の部分に、人影が現れた。
     ぐったりとしたアルフィンを肩に担いだ、仮面の男。
     リッキーは猛ダッシュでジョウの元に向かった。
    「ど、どうしよう! 兄貴!」
    「余計なことしやがって……」
     視線は仮面の男を捕らえたまま、全身が怒りで震えている。リッキーに対する怒りだ。
     アルフィンが人質に捕られていなければ、リッキーの行動はお手柄だ。戦況を見余った。クラッシャー歴わずか3年の甘さでもある。

    「奴をカバーする」
    「え?」
    「アルフィンを助けるのが先だ!」
     ジョウはライフルをその場に捨てた。攻撃を放棄する。その意思表示だった。
     丸腰のままで大観覧車の土台へと向かう。
    「あ、兄貴!」
     リッキーはどう判断すべきか迷った。何せ仮面の男は、今は構えはせずとも、ライフルを手にしている。放棄か、援護か。リッキーは決断できず、その場を動けないでいた。
    「停戦だ!」
     ジョウは仮面の男に向かって怒鳴る。
    「お互い賢い選択をしようぜ!」
     仮面の男がじっとジョウを見下ろす。
     肩からずり墜ちそうなアルフィンを、再度抱え直す動作が見えた。
     ぐらり、とゲージが揺れ、さらに足場がぼろぼろと崩れる。
     仮面の男がたじろいだ。
    「くそったれ!」
     ジョウは辺りを見回し、大観覧車の操作ボックスを見つけた。そこに向けて猛ダッシュをかける。ゲージが崩れ墜ちる前に、地上へと回転させ下ろすためだ。
     しかし、仮面の男はジョウの挙動を望まなかった。
     手にしたライフルを小脇に構え、銃口をジョウに向ける。
    「あ、兄貴ー!」
     リッキーが危険を諭す。
     だがジョウの脚は止まらない。
     撃つか、撃たれるか。張りつめた気迫が空間を支配する。
     しかしその痺れるような緊迫感が。
     アルフィンの神経を叩き起こした。はっと意識を戻し、危険を察知し、左足で仮面の男のライフルを一蹴した。仮面の男の手からこぼれた。
    「アルフィン!」
     リッキーのその一言に、ジョウは止まり、かぶりを上げた。
     仮面の男ともがきあう、アルフィンの姿が視界に飛び込む。
    「やめろ! アルフィン」
     ジョウの全身がぞくりと泡立った。
     だが。
     その制止も空しく、アルフィンの身体が仮面の男から離れた。ふわりと宙に浮く。
    「アルフィン!」
     ジョウが地を蹴る。天を仰いだまま、両手を広げて真下へと躍り出る。せめて自分がクッションになればアルフィンは助かる。
     ジョウは、圧死を覚悟で飛び出した。


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■236 / inTopicNo.18)  Re[17]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/18(Fri) 10:41:40)
    「……きゃっ!」
     だが。
     アルフィンの身体は、がくんと止まった。
     くの字に折れ曲がった腹部が、内臓を締め上げるように痛む。苦しい。
     墜落を覚悟して閉じた瞼を、ゆっくりと開けた。視界に広がったのは、目が眩まんばかりの高さ。だがそのままの状態でアルフィンは宙に浮いている。
     顔を横に向けた。黒いスペースジャケットの足元が目に入った。
    「あ……」
     仮面の男も、わずかな鉄筋部分を片手で掴んだまま宙づり状態だった。
    「ど……どうして」
     男はアルフィンを間髪、助けた。
     だが、何も応えない。しかし全身の筋肉がぶるぶると震え、二人分の体重を支えているのがやっとというのは伝わった。
     まだ絶体絶命であることに変わりはない。
    「アルフィン!」
     遙か下の足元で。ジョウの声だ。
    「ジョ……ジョウ!」
     恐怖でその声も震えていた。
    「諦めるな! すぐこいつを動かす!」
     ジョウは二人に檄を飛ばした。再び操作ボックスへときびすを返す。

     だがその行く手を阻む者がいた。
    「うあああああああ!」
     錯乱している。薄汚れたワイシャツとスラックス姿の男。どこからか突如飛び出してきた。髪はぼさぼさで、顔色も悪い。
     男がジョウより先に操作ボックスに飛び込んだ。すかさず中から、四角いトランクのようなものを持ち出す。それを地に打ちつけた。
     ぶわ、っとトランクが膨張する。みるみるうちに大きな塊を成した。
     救助用マットだ。
     5メートル四方に、むっくりと横たえられた。
     ジョウがかぶりを上げる。
     すると仮面の男とアルフィンが、ひとつに重なって宙をダイブした。
     ジョウはその瞬間を見た。アルフィンの頭を、仮面の男は胸に抱きかかえた。そして己の身体を下にして、墜ちていく様を。
     激しい音と同時に。
     マットが蒔き上がった。まるで花びらを閉じるかのように。
    「アルフィン!」
     ジョウはマットにたどり着くと、両腕を掻くようにして中に潜り込んだ。ややもすると、リッキーが追いつく。不審なワイシャツの男にレイガンを突きつけ、捕獲した。
     ジョウはマットの中でもがいた。
     だが途端、クッションのエアが抜け、しおれるように膨らみが畳まれていった。するとマットの中心部分に、仮面の男に抱えられたアルフィンが現れた。
    「アルフィン!」
     ジョウは男の腕を払うと、すぐにアルフィンの身体を引き起こす。自分の胸に、痛いほどに抱き寄せた。
     ジョウの身体はがたがたと震えていた。
     その振動がアルフィンに伝わる。
    「……ジョウ」
     腕の中から、ぼんやりとしたアルフィンの声がした。
     ジョウはすぐ引きはがすと、その顔を覗き込む。うっすらと、両の碧眼が開け放たれていた。
    「はあ……」
     がっくりとジョウは全身の力が抜けた。アルフィンの両肩に手を置いたまま。
     ようやく、安堵が過ぎった。

    「兄貴!」
     リッキーの怒声が響いた。
     そうだ。仮面の男がいるのだ。
     すぐにジョウはアルフィンの前を身体で遮り、低く構えた。仰臥したままの仮面の男を前に。
     しかし、動かない。
     墜落のショックで気を失ったのか。
    「わあああああああ!」
     ジョウから離れた場所で、また叫び声が上がった。リッキーを突き飛ばし、倒れ込むようにジョウの元へ駆け寄ってくる。
     しかしジョウをすり抜け、滑り込むようにして男は。
     仮面の男の身体にすがりついた。
    「……け、傑作が」
     ワイシャツの男の、無精髭を蓄えた口から、絞り出すような声がした。
    「私の、最高傑作があっ……」
     ジョウはその光景から目を離さず、ゆっくりと立ち上がる。
     戦いが終わった。そして謎が明かされる時が来た。
     ジョウは、四つん這いになっているワイシャツの男を見下ろすと、静かに言葉を放った。
    「……そいつは、あんたの物じゃない」
     すると。
     びくり、と男の身体が跳ねた。
    「コレクションだろ。……ボランチェリの」
     男はそろそろと首を巡らす。
     ジョウの冷ややかな視線が、眼前に降り注がれているのを知り、固唾を飲んだ。


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■237 / inTopicNo.19)  Re[18]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/18(Fri) 10:42:31)
     重装甲のプルマン・リムジン。その傍らに、ボランチェリは立ち尽くしていた。両眼を見開き、身体が酷くわなないている。
     ジョウが肩に担いで持ち帰った物を、目の前に横たえたからだ。
    「……おお」
     完全に息の根が止まっていた。
     仮面の男は、恐らく内臓破裂を起こしている。
    「残念だったな。……こいつはもう使いもんにならないぜ」
     ジョウは固い表情のまま、至極素っ気なく言う。
    「最高傑作らしいじゃないか。あんたのコレクションの中で」
     ボランチェリは、ただただ驚きを露わにした。
     ジョウを口止めする方法すら、考えが回っていない。
    「クラッシャーが、単なる何でも屋だと思ったら大間違いだぜ。おまけに、随分と低脳扱いしてくれたもんだ」
     そしてずいと、ボランチェリに向かって一歩近づいた。
    「……な、なぜ」
     ふっ、とジョウの口元が薄笑いを浮かべた。
     なぜコレクションのことを知った。そういう意味であることはもう明白だ。
    「迂闊だったな。あんたがヒントをくれたのさ」
    「……わ、わしが……」
    「あの社交パーティーだ」
     ジョウは皮肉混じりの笑いを浮かべ、軽くかぶりを振る。
    「よく出来た代物だぜ。なにせあのパーティーの面子は、揃いも揃って、数百年も昔に歴史を作り上げた偉人ばかりだ。簡単に言っちまえば、ゾンビか幽霊のパーティーってとこか」
     そう口にして、ジョウは刺すような視線をボランチェリに向けた。
    「大方この刺客も、かつて名を轟かせた戦士か殺し屋か。まあ、そんなとこだろう」
     そして、ジョウはひざまづく。
     ボランチェリの前に横たえた、仮面の男の傍らに。
    「いまここで、確かめてやってもいいんだぜ」
     そう言うと、仮面の顎の部分を掴んだ。
    「待って」
     ジョウの背後で、それを制止する者がいた。アルフィンの声だ。
     思わずジョウは振り返る。
    「あ、あたし……。そ、その人知ってるかもしれない……」
     声が異常に震えていた。
     アルフィンの知り合い。そういう意味合いが伝わった。
     ふと、ジョウの脳裏にある一人の男が浮かんだ。キールに来て、最もジョウ達の身辺に近づいた男。しかしあの男は、昨日の狙撃の際には群衆の中にいた。
     ならば誰だ。
     ジョウの両手は、それを確かめるために一気に仮面を脱がした。
    「あっ!」
     タロスとリッキーの顔が一瞬にして色を失った。
    「う……」
     ジョウは硬直する。
     仮面の下の顔は、両眼を開いたまま絶命していた。それを見間違える者はここに誰一人としていない。
     クラッシャージョウ。
     その屍が横たわっていた。


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■238 / inTopicNo.20)  Re[19]: マスク
□投稿者/ まぁじ -(2002/10/18(Fri) 10:43:25)
     薄暗かった一室に、全照明が照らされる。様々な機器が露わになり、ボランチェリの邸宅地下2階の研究室は、ついに公に晒された。
     クラッシャー4人の先陣には、キール中央警察暑のエリート、カイル刑事がいた。年齢は40代後半で恰幅がいい。エリートという割には嫌みがなく、柔らかなまなざしと物腰が印象的だ。
     そしてボランチェリと、研究室の科学者であるマックスが、カイルの部下に引き連れられる。両手首を前に、電磁手錠で縛られていた。
     そのあとに続き、現場検証の一環として、グレーのカバーに被われた仮面の男が運び込まれる。研究室で唯一何も置かれていない床に横たえ、カイルがそのファスナーを開いた。
     すでに血の気は失せ、どす黒い肌。両眼は閉じられたが、面もちはジョウそのものである。何度見てもジョウ自身、いい気分はしない。
     カイルは、ジョウとその屍を交互に見比べた。
    「見事な仕上がりだな」
     そしてゆっくりと立ち上がりながら、マックスに姿勢を向けた。
    「話を総合すると、博士の技術は、すでにクローンの域を超えている。一体、これは何なのだ」
     まるで身内でもを失ったかのような深い悲しみ。
     マックスの瞳から、静かに涙が流れた。
    「博士……」
     温情のある口調で、カイルはマックスに発言を促す。すると諦め気味に、マックスの唇から小さな声が響いた。
    「……これはフリュイ。クローンのような、雑なコピーとは違う。まったく同じ生命体を、生み出す技術だ」
    「意志や感情までも、受け継がれるということか」
     マックスは小さく頷いた。
    「それができなかったことが、クローン技術の限界。だから今では、人工内臓や皮膚をつくる程度にしか活用されていないことで、分かると思う」
     するとカイルは、次にボランチェリに視線を移した。
    「ミスタ・ボランチェリ。つまりあなたは、人を見る目に長けていたという訳ではないんですな。フリュイの能力に合わせて、適材適所に配置しただけで」
     その言葉は的を射抜いた。
     渋面をつくり、ここに来るまで黙秘を続けていたボランチェリも、観念する時が来た。すべてを晒された研究室にいて、黙秘ではますます立場が危うくなる。
     法の裁きによる、命すら、危うい。

    「ど、どうか、情状酌量の余地を……」
     ようやく、重く閉ざした唇が動き始めた。
     ボランチェリの資産の根源。それは過去の偉人達をフリュイとして復活させ、各界でその手腕を発揮させる。そこで莫大な資金を得て、私腹を肥やした。その魔の手はキールに止まらず、銀河系全土へと伸ばされていた。
     社交パーティーに集まった、財界人、政界人、芸術家、有名人。すべてマックスの技術で作られたフリュイだった。その素材の出所は、金に物を言わせてボランチェリが入手する。偉人とはいえ、時が何百年も流れてしまえば、その鮮明な風貌など記憶に残されることはなかった。
     ジョウ自身もおぼろげには知っていたが、ギャラクティカ・ネットワークのデータバンクを探らなければ鮮明には思い出せない。そして<ミネルバ>で検索したものは、テラの冒険家マルコ・ポーロ、マルスの声楽家ステラ・カラス、ジュピターの政治家カーン夫妻。すべて歴史に残されている偉人達だった。
     あの日は、北領土出身のゲストという体裁だった。が同時に南領土にも、多数のフリュイを投じていると、ボランチェリは明かす。南北統一運動は、彼の基盤をも統一させたことも意味していた。
     それを記念すべく集会でもあった。何らかの名目を立て、銀河系に散らばったフリュイを集め、より高い統率力を図るための会合。

     だがその場になぜ、ジョウとアルフィンを忍び込ませたのか。
     答えは、ジョウのフリュイにある。脅迫という依頼も、ジョウに近づく口実だった
     ボランチェリは南北統一運動を通し、一人の逸材に目をつけた。クラッシャーという存在は知っていても、その実像を目の当たりにしたのは初めてだった。
     その逸材が、クラッシャージョウ。
     何としてでも欲しい。あの人間の底知れぬ力を全開にさせたすべてが、喉から手が出るほど欲しい。そう切望した。
    「カサンドラはわしの申し出を断ることはできん。だから接触は容易かった」
     策に破れた負け犬のくせに。ボランチェリは電磁手錠を填められた姿でも、権力をちらつかせた。そして尽きることのないコレクターとしての欲求、より完成度の高いフリュイへの欲求。その魅力を蕩々と語る。
     ジョウには惨めにしか見えなかった。
     執念、いや欲求という呪いに冒されてたボランチェリの姿が。
     そんな自白を、一通り終えた。
     カイルは、ボランチェリの肩に手を置く。
    「よく勇気を出して言ってくださった」
     そう褒美を与えた。
     どこまでも温情派のエリートだった。
    「しかし、意志や感情までも受け継ぐとなると、操り人形としては扱いにくいのでは」
     カイルが至極真っ当な投げかけをする。
     するとマックスは、カイルが応えた。カイルの人柄に心を開き始めたらしい。
    「これまでのフリュイの素材は、髪の毛、爪、骨だった。肉体の一部があれば、2時間ほどで作れる。だが古すぎる素材では、感情や意志の再現率は6,70パーセント。完璧とはいえない。だがそのレベルの低さが、簡単な手術を施すだけで、こちらのコントロールが利くようにすることもできた。だが……」
    「だが、なんだ」
    「……私もミスタ・ボランチェリも、それでは飽き足らなくなった」
    「そうだろう」
     カイルは大きく頷き、理解を示した。
    「理論上、生存している人間の素材がいいことは分かっていた。しかし生存者がいては、フリュイの存在を公にできない。つまり、使いようがない」
    「ならば、なぜ彼を……」
     カイルの視線がジョウを振り返る。
    「クラッシャージョウは……」
     本人を目の前にしているせいか、その動機に不都合があるのか。一旦言葉を切る。そんなマックスを、カイルは肩を叩いて、促した。
     そして言が継がれた。
    「クラッシャージョウは……完全なるコレクションとして、製造した」
     人格を無視した言葉が、マックスから漏れた。
     完全なるコレクション。
     単なる趣味の玩具として。生きたフィギュアとして。実に失敬な動機だった。
     そしてマックスは続けた。ただ製造しただけのフリュイでは満足できない。よりジョウに近く、あわよくばジョウ以上の精度を高めたフリュイへと磨き上げるために。刺客として訓練させたと。
     これは同時に、脅迫という動機を裏付ける意味にも利用された。250時間というジョウ達の拘束期間は、いわば素材の入手そして製造、さらには鍛錬の時間として組み込まれていた。
     その期間があれば、ジョウのフリュイは完璧なコレクションとして仕上がる。後はもう、クラッシャーには用がなかった。
     この一連の告白に、ジョウの拳は固く握られていった。
    「……ふざけやがって」
     怒りに震えるジョウの肩を、背後にいたタロスが押しとどめた。


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