| 「クラッシャーを雇って正解だった」 金髪を丁寧に撫でつけたカサンドラ大統領は、満足げな表情で、任務終了の書類にサインをする。天秤座宙域、恒星ララウスの第二惑星キール。クラッシャーが初めて足を踏み入れた惑星だ。 その栄えある第一歩を残したのがジョウのチームである。 大陸が南北に区分された、特異な地形を有する惑星キール。南と北それぞれが政権を立ち上げ、40年以上も争いが絶えなかった。これを納めるために、キール史上初の南北統一運動に向け、その先陣を切ったのが南領土の大統領カサンドラだ。 そして今、二つの国がひとつに統率された。裏方として、ジョウ達クラッシャーの活躍が支えた。任務は、銀河標準時間で2ヶ月間を要するほど大がかりだった。 一部にはびこる反乱軍のテロを未然に防ぎ、一般市民によるデモや混乱などの監視。広範囲となると、チーム4人では無理な任務だ。しかし実際は、南と北の境界区域だけを一任された。 最も加熱し、最も中立的な判断を要する場に、カサンドラはクラッシャーを抜擢した。南北統一という大胆な発想、そして宇宙のならず者と未だ悪評のあるクラッシャーを雇うこと。その突拍子もない決断力こそ、彼が南北を超えて支持された理由でもある。 キールを正しき道へと変える原動力は、このくらいの奇抜さが必要だ。 それほどに期待され信頼が厚い大統領だった。
「ところで、君たちの今後のスケジュールは」 カサンドラは書類を手渡しつつ、ジョウに問いた。 「僅かな休暇の後は、次の依頼があるんでね」 ジョウはぶっきらぼうに答える。 早く解放されたいのだ。2ヶ月間みっちりと、気力も体力も使い果たした。だから遠回しに断りを入れた。 「その休暇はいかほどかな」 カサンドラの声ではなかった。 ずっとジョウも気になっていた。大統領官邸の応接ソファに、一人の男がいた。声の主である。 年齢は見たところ50代。ずんぐりとした体躯をし、頭髪も薄い。しかし富豪の匂いがする。資産太りをした人種特有の匂いだった。 「紹介しよう。ヘリウス財団の会長、ボランチェリ氏。キール政権の三指に入るビッグスポンサーだ」 キール政権は、北も南も有力なスポンサーを持っている。庶民のGNPだけでは財政が成り立たず、一風変わったシステムを政府は取り入れていた。 カサンドラが続ける。 「君たちの素晴らしい活躍を買って、ぜひ頼みたいことがある」 ジョウは舌打ちした。 「スケジュールを応えられんのなら、アラミスに直接問い合わせてもいいのだが……」 カサンドラはジョウの胸中を読んだのか。 口元に薄い笑いを浮かべて、視線を送る。 「……300時間だ」 ジョウは渋々言い放った。 休暇が欲しいばかりに、新たな依頼を断ろうという画策。アラミスに知れたらことである。未だ銀河系では、ならず者と誤認が多いクラッシャー稼業だ。初めての惑星でいい心象を与えたなら、ここは折れるしかない。 クラッシャーのステイタスのためにも。 それにたかだか300時間である。大がかりな任務は受けられない。次に差し支える。その意味で断る分には何も問題はなかった。 ボランチェリはソファから立ち上がると、ジョウの前に歩み寄った。 「実は先週から、わしの元に脅迫状が相次いでね。護衛を頼みたい」 ジョウは、迫り来るボランチェリを制した。 「待ってくれ。俺はまだ受けるとは言っていない。それに護衛は時間的にピンキリがある。300時間オーバーはまず無理だ」 背後からリッキーが、待ってましたと言わんばかりに口を挟む。15才の少年ゆえ、少し調子づく所がある。 「そうだよ。俺ら達を見込んでくれるのは嬉しいけどさ」 子供が何を言う。 一瞬そういう顔を見せたが、ボランチェリは再びジョウに詰め寄った。 「護衛は、250時間でいい」 言い切った。 なぜ明確に時間を限定できるのか。続いてタロスが突っ込んだ。 「脅迫の目星がついている。……そういうことですかい?」 「さすがだな。いい勘をしている」 ボランチェリは満足そうに笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。どうも今ひとつ、狙われている緊迫感が感じられない男だ。 話によると、脅迫状の出所は個人的に捜査中らしい。当てはあるが、絞り込むまでにはあと200時間を要すると言う。当てが多いのか、捜査の手際が悪いのか。 しかし的がひとつになれば、打つ手立てはある。それまでの時間稼ぎだと、ボランチェリは言った。残り50時間は念のために、という話だ。 「なら、真犯人を捕まえちゃえば250時間も要らないわよね?」 アルフィンがいい所を突いた。 だが、それが仇となる。 「……ほお。ご丁寧に捕まえてくれるのか」 ジョウは振り向き様にアルフィンを睨んだ。 余計なことを。そういう視線をぎろりと返す。 アルフィンは、はっと両手で口元を被い、身を縮ませた。 「そこまで出来れば、ありがたいな。生き証人がいれば申し分ない」 ボランチェリの口調はもう、依頼を受けたもの、という響きがあった。 そしてカサンドラが最後の駄目押しをしてきた。 「さすがは即断即決のクラッシャーだ。今後も贔屓にしたいものだな」 「……そりゃどうも」 ジョウは諦めた。 どっと疲れが出て、抵抗する気力も失せた。
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