| 薄暗い発光の蛍光パネルに囲まれた部屋。 エレベーターは何度ボタンを押しても上昇する気配はなく、仕方なくフィオレンシアはそこでエレベーターを降りた。 二十メートル四方はあるだろう、かなり広い。 何もない部屋だが、空気が幾分湿り気を帯びているために、肌に纏わり付くように感じる。 緊張感からくるものではなく、熱気を帯びていると言ってよいかもしれない。 入り口はここだけかと思ったが、よく眼を凝らすと正面の壁が少しだけ他と違っていた。 壁より厚みがあるその部屋から別の場所へ向かう扉は、今は閉ざされている。 ここまで来て後に引くわけにはいかない。 道があるなら進むしかないのだ。 フィオレンシアはヒートガンを構えなおし、気配を伺いつつ歩を進めた。 微かな足音、張り詰めた空気、鋭敏な感覚が部屋の隅々にまで広がっていくようだ。 何事もなく半分ほど進んだ時、不意に蛍光パネルが発光を止めた。 一瞬にして暗闇がその場を支配する。 時間にして数秒だが、フィオレンシアから視界を奪うには十分の時間だった。 再び蛍光パネルが灯りを取り戻した時には、正面の扉から訓練された十人あまりの戦闘員が投入され、行く手を阻んでいた。 手にはライフルやレイガン、中にはバズーカ砲まであり様々な武器を備えてフィオレンシアを狙っている。 かなりの手だれの者のようだ。 「少々手荒な訪問者に御もてなしをせねばと思ってね」 室内に反響する声に聞き覚えがあった。数十年経ったが変わらない。 思い浮かぶ人物の名を言葉にする。 「仰々しいのはごめんだわ。セグ・ハレンザ!」 見えない相手に呼びかけながら冴え凍る不敵な笑みを浮かべ、フィオレンシアは戦闘員へ鋭い視線を向けた。 「いかに貴方様でもそこにいる歴戦の傭兵十人を相手に無傷で居られますかな?」 設置されたスピーカーからの音が室内に反響する。 威圧的な声だが、フィオレンシアには気にならなかった。 敵にまわるならそれでもいい。目的のためには犠牲など厭わない。 立ち塞がる者は叩き潰すだけ。 「随分なめられたものね」 「いえいえ、貴方様だからこそ十人も向かわせたのですが」 「まあいいわ。邪魔な者は排除すればいいだけだし」 「無事、その部屋を突破出来た暁には私自ら御もてなしを致しますよ。青の女王様」 そう言ってセグ・ハレンザは嘲笑して音声スイッチを切った。 「傭兵稼業も大変そうね」 不敵な微笑を浮かべ間合いを詰めようとするフィオレンシアに傭兵たちは一斉に銃をぶっ放した。 先手必勝、仕掛けるなら相手のペースではなくというところか。 派手な爆音とすさまじい煙が舞い上がる。 ゴーグルをしている傭兵のリーダーが左腕を軽く振って合図を送った。 煙幕がわりの煙でもこちらには支障がない。 熱感知センサー内臓のゴーグルにはフィオレンシアの姿が浮かび上がっている。 その合図に直ちにメンバーが散開した。 フィオレンシアの動きを煙の中、一瞬見失った一人がヒートガンで頭部に至近距離で撃ち込まれた。 絶命する声を上げさせず、次の行動を予測してフィオレンシアは素早く動く。 殺した傭兵を盾にしつつ、敵のリーダーに狙いをつけてアートフラッシュを投げつけた。 まずは命令系統の切断し連携作戦を展開させなくしなければならない。 出来うる限り優位に動けるよう煙と炎が渦巻く中、フィオレンシアはヒートガンを乱射しつつ一直線に駆け出した。 またもや”スターダスト”が炸裂し、リーダーを含めて五人が血の海に沈んだ。 防護性の弱い頭部を中心に狙い撃ちをする。 反撃の気勢をそぐように、今度は個々に追い詰めてゆく。 フィオレンシアの体中が高揚していた。 昔、手を血で染めた自分は、またこの世界に戻ってきてしまった。 後悔していたはずなのに今はその後悔の気持ちさえ消えてしまっている。 あるのはただ行く手を阻むものには容赦ない死を。 一片の欠片さえ逆らうことなど許しはしない。 青の女王と呼ばれた戦いぶりの真価が今、目の前にあった。
そんな戦闘の様子を監視しつつセグ・ハレンザは自らも戦いに赴くべく戦闘服に着替えていた。 幾分白髪まじりの茶髪に、緑眼。かなり大柄な体躯は巨漢の部類に入るだろう。 顔には大きな切り傷があるとはいえそこそこのハンサムといってもよい。 齢を重ねたとはいえ、隆起した筋肉や鋭き眼光はまだその威力を失ってはいなかった。 ただ、年月の流れた老体と現役さながらに時の止まっている感じのフィオレンシアと比べるのは如何なものかと思うが。 目の前のモニター群には三百六十度で、フィオレンシアの姿が映っている。 白銀の長い髪、青く深い瞳。接近戦で浴びたのか黒のクラッシュジャケットには返り血を貰っていた。 ヒートガンを撃ちながらで赤黒い血飛沫の中を華麗に舞い躍る殺戮の舞姫。 この映像は別室にいらっしゃるあの方の下にも届いているはずだ。 今までの内街での戦いぶりからすればいとも簡単に突破することは確実だが、今は時間が欲しかった。 餌を撒いておびき寄せている者がもうじき追いつくはず。 その餌は別働隊が捕らえて連れて来る手筈になっていた。 戦闘服に着替え終わったので、セグ・ハレンザは幾つかのモニターをその餌の方に向けてみた。 息が詰まる。 その惨状に思わず絶句した。 そこにあったのは、別働隊を全て叩き潰したクラッシャージョウの姿だった。
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