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■568 / inTopicNo.1)  blue queen・pink baby
  
□投稿者/ 璃鈴 -(2003/12/19(Fri) 01:30:22)
    ネオン輝く夜の繁華街から一筋奥に入った裏通りのバー。
    入口のネオンサインに“FREE LIFE”と書かれてあるちょっと洒落た小さな店だ。
    薄暗い店内は初老のマスターとバーテンダーのほかは、数人の客がテーブルで夜の女たちと酒を酌み交わしていた。
    その薄暗い照明のバーのカウンターに、ジョウとタロスはバーボンを飲みながら人を待っていた。
    「んったく!仕事終わって船がメンテ中に仕事入れるか?アラミスも扱き使ってくれるぜ」
    グラスに入ったバーボンをジョウが煽った。
    青のクラッシュジャケットがいかにも場にそぐわない。
    黄色のボタンのようなアートフラッシュもかなり目立っている。
    「まあまあ、そんな時もありまさあ。で、仕事の内容は聞いてるんですかい?」
    タロスの手の中にあるグラスに入った琥珀色の液体が、手を傾けると少し揺れた。
    「それが会えば絶対引き受けることになるから、そっちで聞けってよ」
    「それは変ですぜ。仕事の内容も分からないんじゃ、どういう段取りで準備をしたらいいか分からないじゃないですか」
    タロスも先程からかなりの量を飲んでいるが全然顔に出ていない。
    八割がたサイボーグのタロスには幾ら飲んでもほろ酔い程度にしかならない。
    だが、ジョウは別だ。
    流石にこれ以上飲ますとクライアントに会う前に酔いつぶれてしまう。
    「そうだろ。さっさと来て絶対断ってやる!」
    「・・・ジョウ、そろそろにしとかねえとクライアントに会う前にダウンですぜ」
    「ああ、これで止める」
    そう言って、バーテンダーにグイッとグラスを突き出した。
    バーテンダーは何も言わずにジョウの手に新しいバーボンを注いだ。
    「でも、久しぶりだな。あんたがまだ店を続けてるとは思わなかったぜ、バレリー」
    タロスはカウンターの中にいるマスターに声を掛けた。
    「今日は特別だ。いつもは息子に任せてあるが、女王のお出ましとあっちゃ息子では役不足なんでな」
    マスターはグラスを拭きながら銀眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
    ダンのチームだった頃は、よくこの店に顔を出していた。
    惑星ベルビル、くじら座宙域の恒星バテンカイトスの第五惑星。
    自由貿易惑星のため、様々な人種が流れ込んでくる。
    特に法を犯した部類の輩がごろごろと転がっていた。
    その中でも赤道を中心とした位置に、比較的大きな大陸ゲレンテックはある。
    東海岸に首都バイアノーチスと西海岸に貿易都市ゲルゼンを要し、惑星ベルゼルの人口の八十%はこの大陸に居住していた。
    このバーがある都市ゲルゼンは、闇取引で宇宙でも屈指の貿易都市として名を馳せていた。
    ここでは情報も一つの取引材料だ。
    この店もその取引の場であり、目の前にいるマスター・バレリーはこの辺一体を取り仕切る情報屋の元締めでもあった。
    「女王?あれから何年経つんだろうな?生きてるか死んでるかさえ俺には分からんが」
    「いくら出す?それによっちゃ教えんでもないがな」
    グラスを拭き終えてバレリーはタロスの前に来た。
    「相変わらずだな。がっちりしてやがるぜ」
    「それが商売を逃がさないコツだよ」
    「まあ、やめとくよ。いずれ分かる時が来るだろ。俺にはそれでちょうどいい」
    「残念だな、いい情報だったのに」
    二人はひとしきり笑った。
    ジョウはそんな二人の会話を黙って聞いていた。
    昔馴染みとの久方ぶりの再会にタロスが喜んでいるのを肌で感じた。
    酔いの心地よさに時が経ったのを気づいていなかった。
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■569 / inTopicNo.2)  Re[1]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2003/12/19(Fri) 01:32:54)
    「約束の時間ですな」
    タロスが腕時計で確認した。
    『深夜零時に“FREE LIFE”で』
    これがアラミスからの指示の全てだった。
    店内の時計の長針が短針に重なりちょうど真上を指した。
    その時だった。
    入口の方で小さなざわめきが起こった。
    「いらっしゃいませ。お変わりなくお元気そうですね」
    そちらの方に向いたマスターは軽く微笑んで会釈した。
    その正体がすぐに分かった。
    「ええ、貴方もね。バレリー」
    凛とした声が、二人の耳に届いた。
    若い女の声だ。
    横に向くと白銀の長い髪に黒のクラッシュジャケットの一人の女が立っていた。
    青く深い輝きの瞳をこちらに向けて。
    見た目は三十歳ぐらいだろうか、艶やかな色気とスタイルの良さに思わず店内から溜息が漏れた。
    ジョウは圧倒されるような美しさの女性に思わず息を呑んだ。
    胸元が大きく開いたクラッシュジャケットからはふくよかな胸の谷間が見え隠れした。
    「仕事の話をする前に、酒を飲むなんてあんまりよろしくないわね」
    「あんたがクライアントか・・・って同業者じゃねえか。時間を潰してただけだ。話はちゃんと聞く。それでいいだろう」
    不機嫌さを露にしてジョウは女に言葉を言った。
    ―――バーニーの奴、一体どういうつもりなんだ
    ジョウは心の中で呟いた。
    クラッシャーが同業者からの依頼でわざわざこんな所まで呼び出さずとも、ハイパー通信を使って依頼すればことは済むはずだ。
    だが、この女はあえて会うこと望んだ。まるで仕事相手を値踏みするかのように。
    ジョウにはそれが面白くない。
    バン!
    大きな音を立てて傍に居たタロスが、カウンターに手を付いて急に立ち上がった。
    瞳はその女性を凝視している。
    ジョウもいきなりの行動に立ち上がったタロスを見上げた。
    完全に絶句しているのか、口がパクパクと動くだけ。
    「・・・フィオ・・・姉さん」
    やっとのことで言葉にできたタロスはフィオと呼んだ女の前に一歩出た。
    「久しぶりに会ったけど、随分雰囲気が変ったわね。タロ坊」
    ―――タロ坊?
    ジョウは思わず口に含んだバーボンを噴出しそうになった。
    クラッシャーになってから十年、四十年になるベテランのタロスを坊や呼ばわりするのを初めて聞いた。
    「か、勘弁してくだせえ、姉さん。あっしもいい年ですからタロ坊はちょっと・・・」
    「わかったわ、タロス。で、貴方がチームリーダーのジョウね。私はフィオレンシア。皆はフィオって呼ぶけれど」
    フィオレンシアは暖かな笑みを浮かべて、ジョウに右手を差し出した。
    「ジョウだ。フィオって言ったな。同業者みたいだが、クラッシャーになって十年、俺はあんたに会うのは初めてだ。名前も聞いたことがない。一体何者なんだ?」
    右手を握り返しつつ、ジョウは素直にフィオレンシアに疑問をぶつけた。
    しかし、フィオレンシアは何も答えず少し哀しげな笑みを浮かべた。
    「ここ、いいかしら?」
    フィオレンシアはジョウの横の席に座り、マスターにスコッチをオーダーした。
    「タロスの知り合いらしいが、そのあんたが一体俺達になんの用だ?」
    今からそれを判断するのがチームリーダーの仕事の一つだ。
    「とびきり腕のいいパイロットとこれまたとびきり腕のいいガードを探しているって言ったらどうする?」
    「さあ、どうするかな?」
    「あたしはこの仕事をこなせるのはクラッシャージョウのチームと組むしかないと思っているけれど」
    「それは光栄だな。だが褒めてもらっても、もっと詳しく内容を教えてくれなけりゃ請けるかどうか分からないぜ」
    「うーん、端的に言えばタロス貸してもらって、人を一人預かって欲しいだけ」
    バレリーから受け取ったスコッチをフィオレンシアはグイと一息で飲み干した。
    だが、フィオレンシアの言葉に酒が入っているのでジョウは感情のセーブが効かずに、グラスをカウンターに叩きつけた。
    「メンバーを貸せだあ!一体何考えてやがんだ。あんたにも自分のチームがあるだろうが」
    「あたしは一人よ。チームはいらない。仕事によって他人と組むことがあってもね」
    「チームを作らないクラッシャー?は、そんなの聞いたことないぜ!」
    「ジョウ!ちょっと落ち着きなせえ」
    タロスがジョウの腕を押さえ、その眼を見た。
    「放せ、タロス」
    「落ち着いてくれたら放しますよ」
    真剣な眼にジョウはグラスを持つ手の力を抜いた。
    「無理を承知で言っているのよ、ジョウ。ただクラッシャーフォーメーションをやれる程の腕を持つクラッシャーを三十時間以内にこの近くにはタロスしか居なかったのよ」
    今度はジョウに代わってタロスが尋ねる。
    「一体、何やらかすつもりなんです、フィオ姉さん?」
    「それは企業秘密♪」
    人差し指を口にやり、フィオレンシアは軽くウィンクした。
    「本当はジョウと組んで見たかったけど、クラッシャーフォーメーションが出来ないんじゃ、今回はもう一つの方をお願いしなくちゃね」
    「・・・俺達が断るとは思わないのか?」
    ジョウはグラスを握り締めてフィオレンシアの青い瞳を見た。
    アルフィンのような鮮やかな空の色ではなく、深い深海を思わせるようなコバルトブルーの瞳が冷たくジョウを射抜いた。
    ひとりでに身体が恐怖を感じて震えるのが分かる。
    ―――俺が・・・このクラッシャージョウが震えているだと?
    自分の行動が理解できず混乱するジョウに、フィオレンシアが冷笑を見せた。
    ジョウが我慢しきれずに席を立ち上がる。
    「まだ話の途中なのよ、座りなさいな」
    「あ・・・ああ」
    凄まじい威圧感に言葉もやっとの事で返答した。
    もう一度椅子に掛けなおす。
    「確かに私はお願いに来たのだから、断る権利は貴方にあるけれど。どうするの、この仕事、請けるの?請けないの?」
    ジョウは心の中で一方的に話をすすめようとするフィオレンシアを理解できずにいた。
    「話がよく見えない、俺はこの仕事は断らせてもらう」
    「ジョウ!!止めなせえ」
    タロスが慌てて静止たが、ジョウは拒否の返答をした。
    その時だった。
    その場の雰囲気が一瞬にして凍りつくような冷たい空気と視線にジョウとタロスが身を引いた。数々の試練を超えてきた熟練のクラッシャーだからこそ、その感じる恐怖に身体が無意識に反応した。
    「貴方が二人目よ。あ・た・しの仕事を蹴ったのは」
    氷の女王の吐息が吹きかけられるように周囲が冷たくなってゆく。
    「一人目は、クラッシャーダン。貴方の父親よ」
    「・・・」
    「お願いをしているうちに、仕事を請けて欲しいのだけれどねえ」
    「ジョウ、請けましょう。請けた方がいい」
    タロスは顔を青くして必死にジョウに訴える。
    「お前・・・この女がどういう女か知っているんだな」
    「ま、まあ。そのなんというか・・・はあ」
    ジョウに詰め寄られて、タロスはしどろもどろになった。
    「仕事は頼まれるうちが花よ、クラッシャージョウ?」
    相変わらず氷の微笑でフィオレンシアは二人を見た。
    「あん・・・むぐぐ」
    叫ぼうとしたジョウをタロスは慌てて口を塞いだ。
    死にたくない。
    これで叫ばせたら、俺達は絶対ここから生きて出られない。
    タロスも命がかかっているから必死だった。
    「ジョウ、頼むから請けてくだせえ。一生のお願いです」
    タロスの必死の懇願にジョウは、タロスの腕を軽く二度ほど叩きながら首を縦に振った。
    どうやら状況を把握したらしい。
    タロスは掌をジョウの顔から放した。
    「はあっ」
    ジョウは大きく肩で息をした。
    完全に呼吸を塞がれていたようだ。
    「今回はタロスの顔を立てて仕事を請けてやる。だが、次はそうはいかないからな」
    「次は次。今仕事を請けるか、請けないかなんだから。いいのね、仕事請けてくれるのね」
    「ああ、今回はな」
    「じゃあ、銀河標準時で一時間後にそちらの船に行くわ。そこで詳細な話をするからよろしく」
    「おい、俺達の船は今、宇宙港でメンテ中だぜ」
    「大丈夫よ。<ミネルバ>の中が一番安全だろうから。じゃ、これで」
    フィオレンシアは立ち上がってカウンターにコインを置いた。
    「女王からは頂くわけには・・・」
    バレリーはコインを戻そうとする。
    「いいのよ。また寄らせてもらうわ、じゃあねジョウ、タロス」
    颯爽とフィオレンシアはその場を後にした。
    ジョウとタロスは大きく息をついた。
    緊張感が一気に解ける。あのコバルトブルーの瞳に見つめられてかなり身体が強張っていたのかすぐに動けない。
    「なんてえ女だ」
    「まさか、フィオが来るとは思いもしませんでしたぜ」
    「女王に逆らえる奴なんて見たのは二人目だよ。でも結局は仕事は請けたんだからあんたもダンと一緒だよ。女王には逆らえない」
    笑いながらバレリーは二人の前にバーボンの新しいグラスを差し出した。
    「仕事の成功と女王の復帰を祝って乾杯といこうか?」
    バレリーも何時の間にかグラスを持っている。
    「仕事が成功したら、また飲みに来るさ」
    「ああ、乾杯はその時までお預けにしとくぜ」
    二人はバーボンを一気に飲み干した。
    「いくらだ?」
    ジョウがバレリーに尋ねた。
    「いらんよ。女王の客にお金はいらない。それがこの店の仕来りだ」
    バレリーは軽く手を振った。
    「そうか、じゃまた来る」
    ジョウがカウンターから立ち上がった。タロスもそれに続く。
    「ああ、いつでも待ってるぜ」
    ジョウとタロスはバー“FREE LIFE”を後にした。
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■608 / inTopicNo.3)  Re[2]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/01/02(Fri) 13:56:01)
    貿易都市ゲルゼンの玄関に当たる宇宙港の片隅に<ミネルバ>を収容したドッグがあった。先の仕事で損傷した部分を、現地のメカニック達が忙しなく動き修理をしているはずだ。
    本来ならドルロイでメンテナンスをすべきだが、次の仕事が二百五十時間後に迫っている時なので、応急的に仕事先に一番近いこの太陽系に立ち寄ることにした。
    ここからなら、修理を終えて次の仕事場まで十光年程度しか離れていなかったので、都合が良かったのだ。
    “FREE LIFE”を出た後、止めてあったエアカーで宇宙港に向かう。
    窓を開けて走ると吹き抜ける冷たい夜風が、先程までの酔いを一気に醒ましてくれる。
    しばらく走って、タロスは窓を閉めた。
    何か話があるのか、ハンドルを持つ手に力が入っているのがジョウには分かった。
    「さっきの件はアルフィンとリッキーには黙っててくだせえ」
    宇宙港への帰り道、エアカーを運転しながらタロスはジョウに懇願した。
    「ああ、分かってる。あいつらにバラすと一生言われ続けるぜ」
    それでも、ジョウは思い出してひとしきり声を上げて笑った。
    ―――フランケンシュタインのような風貌のタロスを捕まえてタロ坊とは・・・。
    チラッと顔を盗み見ながらジョウは心の中で呟いた。
    「・・・頼みますぜ、ジョウ」
    タロスは仏頂面でといってもあまり分からない風貌なのだが溜息をついた。
    ジョウの方も多少不安だが、後で会うフィオレンシアの方がもっと恐ろしかった。
    いつ口をついて出るかもしれない不安はジョウ以上だ。
    だが、フィオレンシアに逆らえるはずもなく疲れがドッと増したような気がした。
    「ところで、さっきの女。知り合いらしいがどういう関係なんだ」
    今度はジョウが真面目にタロスに問うた。
    謎の多い女ながら、あの深青の瞳は恐怖さえ覚えた。
    死神の視線、氷の女王の吐息、今まであんな奴は見たことない。
    自分の過去の中でもあれほど恐怖に怯えた記憶はなかった。
    「クラッシャー初期の頃の先輩・・・ですかね」
    「先輩?おいおい、冗談はよしてくれ。あれのどこをどう見てタロスより年上に見ろって言うんだ」
    年老いた男でさえ、情欲をそそる様な艶やかな肢体に美貌を纏ったそんな女。
    それを五十代のタロスより上に見ろというのが難しい注文だ。
    タロスがもう一度大きく溜息をついた。
    最近溜息をつくのが多くなったとタロスは自分でも自覚している。
    それは年を取ったという証拠なのかどうかは分からないが。
    「・・・見た目だけは確かに三十歳そこそこでしょうが、年はおやっさんより三つ上だったはずですぜ」
    ジョウはタロスの方を見て、絶句した。
    自分の目の前に現れた美貌の女が、六十を過ぎた婆さんだとは誰が思う。
    ジョウは遅くに生まれた子供だったので今の父親は六十歳を越したところだ。
    その自分の父親より年が上、一度聞いただけでは信じられない。
    「・・・本当にそうなのか?」
    もう一度確認するように、タロスに問うた。
    「冗談じゃないから、恐ろしいんですよ」
    「はあ・・・あれが婆さんとは今でも信じられねえ」
    「それはあっしもでさあ。二十五年前でも充分若いと思っていたが、まさかそのままとは思いもしませんでしたぜ」
    タロスは少し苦笑して肩を竦ませた。
    フィオレンシアの姿が当時のままというのは、タロスを驚愕させるのに十分だった。
    「幽霊が出たとでも思ったのか?」
    そんなタロスの戸惑い顔に、ジョウはからかうように問う。
    自分でもまだ半信半疑だが、事実は事実だ、受け入れるしかない。
    「まあ、そこまでとはいいませんがね。性格もそれなりですしねえ。しかし“あの事件”以来クラッシャーとは縁を切っていたと思っていたんですが・・・」
    「“あの事件”ってのは?」
    タロスが大きく溜息をつきながら話したなかに、ジョウの気にかかる言葉があった。
    しかし、宇宙港の入港ゲートが来たので、一旦会話はそこで途切れた。
    ゲートでチェックを受け、一番奥のドッグに駐留してある<ミネルバ>へ向かわせた。
    その後、タロスに“あの事件”の事を尋ねても口を噤んでしまった。
    余程のことがあったのか、事情は分からずじまいになった。
    小さな機影が近づくにつれ<ミネルバ>は大きく頼もしく見える。
    メカニックたちは一旦引き上げたのか、機体の周囲には人影は見えない。
    後部ハッチから<ミネルバ>に入ると早々にエアカーを降り、エレベーターで階上のリビングへ向かった。
    そこで二人を待っていたのは怒涛の嵐だった。
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■609 / inTopicNo.4)  Re[3]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/01/02(Fri) 13:56:12)
    “FREE LIFE”から戻ったジョウとタロスは、<ミネルバ>のリビングに入るなり、アルフィンとリッキーのヒステリーの嵐に見舞われた。
    仕事の話に行ったはずの二人が酒を飲み、あまつさえ二つも仕事を請け負ってきたことに留守番組の若い二人は怒りを露にした。
    「なあに、仕事の話に行ってお酒飲んで来るなんて最低ね」
    「そうそう、俺達にメンテチェック任せてさ」
    <ミネルバ>のリビングで、ソファに座るアルフィンとリッキーに対し立ったままジョウとタロスが謝った。この場合、ソファに座らせて貰えなかったというのが正しい。
    「すまん、ちょっと飲みすぎた」
    「ちょっと〜っ。かなり臭うぜ兄貴!」
    リッキーが右手をジョウの前で振る。
    確かにかなりの量を飲んだのだから、アルコール臭が臭わないほうがおかしい。
    「そ、そうか?」
    「そうよお、ジョウったら顔だって紅いし、二人だけで楽しんできちゃうなんてずるいわ」
    フンと顔を横に背けアルフィンは胸の前で腕を組んだ。
    ちょっとの謝罪では怒りは収まらない。
    「飲まねえと待ち合わせ場所に入れねえっていうもんで、ついつい・・」
    タロスが横から助け舟を出す。
    「タロスもタロスよ。リーダーが暴走するのを止めるのがお目付け役の仕事でしょ!」
    「面目ねえ」
    怒りのアルフィンに指を指されてすばやく切り返され、タロスは大きな図体を肩を小さく縮こまらせた。
    「この埋め合わせは後日必ずするから、勘弁しろよ。な、アルフィン?リッキー?」
    二人の機嫌を取ろうとジョウは、アルフィンとリッキーに平謝りした。
    「ふん、どうせあたしたちは半人前ですよーだ」
    アルフィンが舌を出して横を向いた。
    言い訳が白々しく聞こえる。それも仕方あるまい。
    確かにそのとおりなのだから。仕事前に酒を飲むなんて。
    だが、酒も飲まずにバーで時間を稼ぐのはなかなか難しい。
    特にあのバーのマスターに嫌われたら、くじら座宙域一帯の情報は全てアウトになる。
    それだけはなんとしても避けたかった。
    命は惜しい、だから情報は正確で確実なものが一番いい。
    それを仕切っているのがあの老マスター、バレリーだ。
    若い二人はそんな所まで知らないから、留守番をさせられたストレスにかなり機嫌が悪い。
    でも連れて行かなくてよかったとジョウとタロスはつくづく思った。
    来ていれば一波乱どころか、アルフィンの酒乱の後始末で仕事どころではなかったのだから。
    「ちょっと〜っ。やっぱりかなり臭うわよ。二人とも今すぐシャワー浴びてきて!」
    アルフィンが右手の人差し指でドアを指し、柳眉を引きつらせながらジョウとタロスに叫ぶ。
    「わ、分かったよ、アルフィン、シャワー浴びてきて五分で戻る」
    二人が部屋を出ようとする時に、アルフィンの呟きがジョウの耳に届いた。
    「クライアントが来るのなら、もうちょっと身奇麗にしてよね。特にジョウ、貴方はチームリーダーなんだから!貴方の全てがチームの看板なのよ。少しは自覚してよ」
    ―――ごもっともな話です
    大きく溜息を付いて二人は<ミネルバ>のリビングを出た。
    シャワーを浴び、すばやく身支度を済ませたジョウとタロスは廊下で互いに顔を見合わせ再び大きく溜息をついた。
    アルフィンとリッキーの機嫌の悪さにこれからやって来るフィオレンシアを加え、先行きは真っ暗なようなものだ。
    いつものリッキーなら、機嫌の悪いアルフィンのフォローをしてくれるが、今回はそうはいかない。一緒に怒りの嵐を撒き散らしている。
    「もうそろそろですぜ」
    「ああ、もうそろそろだな」
    二人は気を重くしてリビングのドアを開けた。
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■610 / inTopicNo.5)  Re[4]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/01/02(Fri) 13:56:33)
    きっかり一時間後、<ミネルバ>にフィオレンシアがやってきた。
    「じょう、くらっしゃーふぃおれんしあガ到着シマシタ」
    キャタピラを動かしてドンゴがフィオレンシアを<ミネルバ>のリビングに連れてきた。
    ドンゴはその両腕で小さなカーゴを抱えている。
    「先程はどうも。あら、かわいい二人ねえ。この子達がチームメイトなの、ジョウ?」
    百七十五センチはあろうかという長身に白銀の長い髪が黒のクラッシュジャケットに舞う。氷の美貌の女がリビングの入口に立っていた。
    相変わらず青く深い輝きの瞳でこちらにウィンクを投げかけて。
    ふくよかな胸に引き締まったウェスト、張りのあるヒップライン。
    モデルか女優と言われても誰も疑うまい。
    そういう女がなぜかクラッシュジャケットを着込んで腰のホルスターには、かなり大型のヒートガンがぶら下がっている。
    その姿にアルフィンが過敏に反応した。
    クライアントが美女だとはこれっぽっちも思っていなかった。
    予想外の美しさ、それもクラッシュジャケットを着ている同業者に、即座にクラッシャールーが頭に浮かんだ。
    新手のジョウを狙うライバルだと思い込んだ。
    まったくの勘違いだが、状況はそうは見えない。見えるはずがない。
    最初からジョウは頭を抱えた。
    「ああ、そうだ」何とか乾いた口腔から声を絞り出した。
    何故か口の中が異様に渇きを覚える。
    「では改めて初めまして、私はフィオレンシア、皆はフィオって言うわ」
    フィオレンシアはつかつかとアルフィンとリッキーの傍に来て手を差し出した。
    「お、おいらリッキー、そしてこっちは・・・」
    リッキーは嬉しそうに手を握りアルフィンを紹介しようとした。
    目がハートマークになっている。
    唯一アルフィンが対抗意識を出して、グッとフィオレンシアを睨んでいた。
    「アルフィンです!初めましてフィオレンシアさん」
    それだけ言うとアルフィンは手も握らずにソファに先に座った。
    不機嫌さに加速がかかった。姫のご機嫌を損ねるには十分だった。
    横でタロスが大きく溜息を付いた。
    「で、フィオ。仕事の依頼ってのはどういうものなんだ」
    要らぬ事を喋られるより前に、ジョウはさっさと仕事の件を聞くことにした。
    この状態を一刻も早く脱したい。横にいるアルフィンの視線が刺さるように痛い。
    完全にフィオレンシアとの関係を疑って掛かっている。
    仕事でこんなに焼きもちを焼かれたんじゃたまらないが、確かにそう思わせる雰囲気がフィオレンシアにはあった。
    「あら、もう仕事の話?もう少し貴方と話したかったんだけどね、ジョウ?」
    ソファに腰掛けながらフィオレンシアは呟いた。
    艶やかな声と投げかける視線にジョウは慌てふためく。
    隣のアルフィンが後ろからジョウの脇腹をを思い切り掴んでいる。
    凄まじい女の戦いが視線で展開されていた。あくまでもアルフィンの一方的な勘違いだが、フィオレンシアが挑発するのでよろしくない。
    「し、仕事じゃなきゃ帰ってもらってかまわないが・・・」
    ジョウは懇願する瞳でフィオレンシアを見た。わざと冷たい言葉とこれ以上挑発するなと視線を送る。
    その態度にフッと笑って、フィオレンシアは足を組みなおした。
    「確かに残された時間は少ないしね。さすがチームリーダーね。冷静な判断だわ」
    「当たり前です。ジョウは宇宙でも腕っこきのクラッシャーなんだから」
    いきなり言葉を発したと思えば、アルフィンは棘のある言葉をフィオレンシア言い放った。
    明るい青空色の瞳は挑むような視線を投げつける。
    「ア、アルフィン少し落ち着きなせえ」
    これ以上興奮させる訳にはいかず、タロスが宥める様に声を掛けた。
    「あたしは落ち着いてるわ、タロス」
    「へ、へえ」
    まったく取り付く島もない。リッキーはタロスにしがみ付いて怯えている。
    無理もない、いつもアルフィンのヒステリーの一番の被害者はリッキーなのだから。
    「じゃ、お仕事の話をしましょうか」
    アルフィンの視線に媚びるわけでもなく逆にからかう様な視線を返した。
    フィオレンシアのその態度にアルフィンの柳眉がクッと上がった。
    「・・・そうしてくれ」
    ジョウは心底そう思って答えた。
    「“FREE LIFE”でも言ったけど、あたしが欲しいのはとびきり腕のいいパイロットとこれまたとびきり腕のいいガードの二つ?」
    「それは同時に必要なのか?」
    「ええ、全ては三十時間以内に終わらせなきゃいけないしね」
    そう言って、フィオレンシアが語り始めた内容は、ある企業からの盗難品を密かに取り返し、データ消去プログラムを解除キーを持って停止させ、尚且つ期限時間内に指定の場所に届けるというものだった。
    「密かに取り返せ?あたしたち盗賊じゃないのよ」
    まずアルフィンが異論を唱えた。
    「確かにアルフィンの言うとおりだよ。俺達はクラッシャーなんだから」
    これにはリッキーも同意した。
    「ガキは黙って最後まで聞いてろ」
    タロスが二人を抑えるように言い放つ。
    「ガキってひどいよお、タロス」
    いつものからかうような口調ではないので、リッキーがベソをかいた。
    「あら、おかしいものに発言したっていいじゃない」
    アルフィンがリッキーに加勢した。どんどん不穏な空気が渦巻き始める。
    その時だった。
    「ガタガタうっさいわねえ。仕事の話ぐらい静かに聴けないの?」
    フォオレンシアがすっと目を細めた。
    リビングに一瞬の静寂が訪れる。言葉一つでその場の雰囲気に緊張感が張り詰めた。
    アルフィンもリッキーも背筋がピッと伸びた。タロスは逆に小さな溜息を付いた。
    ふと、今まで黙って聞いていたジョウがポツリと言った。
    「仕事は結果を見てくれればいい。それより今の件なら俺の意見だがクラッシャーより連合宇宙軍かWWWAの仕事じゃないのか?」
    完全に仕事の顔だ。
    「意外といい眼の輝きねえ。いいわ、話を進めましょう」
    フィオレンシアは不敵な笑顔を見せた。どうも食わせ者なのは間違いない。
    「セオリーなら私でもそうするわ。連合宇宙軍、WWWA、その通りだわね。でもそのどちらも三十時間以内に仕事を終えるなんてことできないでしょうね」
    「そうか?連合宇宙軍には情報二課、WWWAにはトラコンってものがあるぜ、そこなら?」
    「トラコンなんて申請してる間に時間が過ぎちゃうわ。それに情報二課が集められる情報になんて限界があるし、連合軍が非合法の情報をどれだけ持ってるのよ。ああ、確かあそこにはバービーがいるんだったわね」
    「バービー?」
    タロスは手で顔を覆って、他の三人はフィオレンシアを見た。
    「元クラッシャーのバードのことよ。よく失敗してはビービー泣いてたから」
    淡々と話すフィオレンシアだが、ジョウと他二人はオッサン顔のバードの面からバービーという愛称に思わず噴き出そうとした。
    しかし、ここで噴き出すとまたガキ扱いされそうなので三人は必死で堪えた。
    今度会ったらバードの耳元で囁いてやろう、ジョウは密かに心に思った
    「で、密かに取り返す理由は?」
    「それを聞けば後戻りは出来なくてよ」深い青の瞳が妖しい光を放った。
    「ひいっ」
    ジョウとタロスはなんとか踏ん張ったが、若い二人が一瞬にして身体を硬直させた。
    ―――無理もない。
    ジョウは右手の拳をグッと握り締めた。
    バーで放った視線より幾分落としめだが、この女の眼力は凄まじい威圧感がある。
    「あっしはリーダーに任せますぜ、ジョウ」
    「タロス!」
    タロスの一言で緊張の糸が一瞬にして解けた。
    横にいるアルフィンの怒りの形相になる。彼女は唇をギュッと噛み締めていた。
    バーでこの仕事を請けろと言っていながら、今更・・・とジョウはタロスを見た。
    どうやらアルフィンの怒りを自分に向けさせまいという魂胆らしい。
    ジョウはその視線をフィオレンシアに戻しその深い青の瞳を見ながら黙っていた。
    やがてゆっくりと口を開く。
    「報酬は?」
    「十億の半分、五億がそっちの取り分で」
    リッキーとアルフィンが眼を丸くしジョウが口笛を吹いた。
    タロスは黙って笑った。
    破格以上の報酬だ。
    ジョウ達が一年働きづめでも果たしてここまで儲けられるかどうかの金額だ。
    「アラミスからの指示は『深夜零時に“FREE LIFE”で』だった。そして俺はそこで仕事を請けた。一度請けた仕事は投げ出さない。聞かせて貰おうか、その理由って奴を」
    ジョウがニヤリと笑ってフィオレンシアを見た。
    その瞳にフィオレンシアも口の端に不敵な笑みを見せて答えた。
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■611 / inTopicNo.6)  Re[5]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/01/02(Fri) 13:56:42)
    完全なる仕事請負成立だ。
    今からはクライアントであり、共同作戦の仲間となる。
    「ジョウ?」アルフィンが驚いたように叫ぶ。
    「これは仕事だ、私情は後にしろアルフィン」
    「・・・はい」
    怒りの声でもなく淡々と呟くジョウの言葉に、アルフィンは小さく頷いた。
    その様子を見ていたフィオレンシアがふっと一息ついた。
    アルフィンの幼い恋愛感情に懐古と愛惜の念が蘇る。
    苦い記憶を誰にも分からないように心の中に仕舞い込んだ。
    「じゃ、話すわよ」
    「ああ、頼む」
    「密かに奪還しなきゃならない理由は・・・盗まれた物が銀河連合主席の乗船する船の図面と言ったら分かるかしら?」
    「それって・・・」
    フィオレンシア以外全員が声を揃えた。
    一度は銀河連合主席の護衛をしたことがあるジョウだ、分からないはずがない。
    それも手痛い失敗と不名誉なレッテルを貼られ銀河中お尋ね者扱いされた。
    忘れようにも忘れられない。
    「そ、銀河で一番権威ある栄光の象徴“G・G”よ。その艦内図面のチップが盗まれた。これが公になればさる企業は面目丸つぶれ、それこそ銀河中の笑い者よ」
    ジョウはすぐにグラバース重工業かを思い浮かべた。
    連合宇宙軍の艦船ほぼ九十%以上がそこの製造であるし、以前に“G・G”を護衛した時にデータを取り寄せた際の問合せ先がグラバース重工業だった。
    「それにしても、“G・G”の艦内図面とはよく盗めたな」
    ジョウの正直な意見だった。
    グラバース重工業とは銀河でも五指に入る超大企業だ。
    その中でも“G・G”のマスタデータチップなら厳重に保管されていただろう。
    それを盗み出せるとなると、中の者の裏切りしか考えられない。
    「それはあちらさんのご都合だからこっちの知ったことじゃないわ」
    確かにそうだが、そう言われれば身も蓋もない。
    関係ないことにはまったく意に介さない、この女はそういう性格らしい。
    ジョウは妙に納得してしまった。
    「で、あたしの出番ってわけ」
    フィオレンシアは左の人差し指を立てて軽く振った。
    「何故、そこでフィオなんだ」
    「盗まれた先と盗まれた物のためね」
    「いまいちよく分からんが?」
    ジョウはフィオレンシアの含みのあるもの言いに問い返した。
    急激な話題の方向転換に少々戸惑う。
    そこへタロスが横から言葉を攫った。
    「“青の女王”じゃなきゃ相手が出てこないって所ですかい?」
    「ご名答!」タロスに軽くウィンクを投げた。
    この二人の過去の関係で全てを悟ったタロスはニヤリと笑った。
    「・・・その先ってのは?」
    「ここよ」
    フィオレンシアが下を指差した。
    「ここってゲルゼンか?」
    今度はジョウが言葉を攫った。
    「そ。このゲルゼンって街はね、内街と外街があって、内街は余所者を一切受け入れない。コネがなきゃ一歩も立ち入れやしない。で、チップの行き先がその内街一番のボス、セグ・バレンザの屋敷にあるとなればコネなんてあってもないのと一緒なのよ」
    猫が獲物を見つめるようなフィオレンシアの妖しい瞳の輝きに、ジョウはゴクリと唾を飲み込んだ。
    「そんな所へどうやって侵入するんだ?」
    「堂々と正面から乗り込むのよ。ただ、帰りはお迎えが必要なんだけどね」
    まるで何処かに遠足に行くかのような言いようだ。
    本当に作戦なんてあるのかどうかさえ怪しい。
    ジョウはまるで行き当たりばったりのような感覚さえ覚えた。
    「で、あっしが必要ってことですかい」
    それでも、話は前に進む。タロスがフィオレンシアを見た。
    「まあね。でも牽制がもう一人居た方がタロスも楽よねえ。そこのチビちゃんあんたも一緒に来なさい」
    「え、チビって」
    いきなり話題を振られ、リッキーは飛び上がった。
    「あんたよ、他に誰がいるの?」アルフィンがリッキーの方を見た。
    「ひでえ、みんなしてチビって」リッキーが泣きそうになっている。
    「名前を呼んで欲しかったら一端の男になってからにしなさい、ねえタロス?」
    フィオレンシアが氷の微笑で微笑んだ。
    引きつった笑いを返しながらタロスの背中に冷たい物が走った。
    この調子じゃいつ自分もバラされるかたまったものじゃない。
    「合図を送ったら空から迎えに来て頂戴。その方が一番手っ取り早いしね。でも相手もレーザー砲や対空ミサイルとかがあるから、普通の腕のクラッシャーじゃ撃墜されて死んじゃうわ。たぶん相手の隙はピンポイント状態だろうしね」
    「簡単にいうがタロス達よりあんたの方がかなり危険だぜ」
    「大丈夫、伊達に“青の女王”って呼ばれてる訳じゃないのよ」
    ジョウの言葉にフィオレンシアは嬉しそうに微笑んだ。
    相変わらず瞳は笑っていないが。
    ジョウはふと記憶を探った。
    “青の女王”・・・何処かで聞いたことある言葉だが、今は思い出せない。
    随分前の記憶らしい。
    「一体幾つ隠し玉持ってるんだ、あんたって人間は?」
    毒づくようにジョウは呟いた。
    「フィオよ、フィオ。あんたって呼ばれるよりその方がいいわ、ジョウ」
    綺麗な美人がにっこり笑ってウィンクを投げる。
    普通なら一瞬顔が紅くなりそうなジョウだが、傍らのアルフィンの視線を感じ黙って受け流した。
    相手が相手でもあるし、そう素直になれない。
    なると、後の嵐が何倍もになって返ってくる。
    それだけはなんとしても願い下げたい。
    「危険でも成功率があるなら、挑戦する価値は充分よ。後はジョウ達がこの子を守ってもらうのがもう一つの仕事」
    「この子?」
    そう言ってフィオレンシアがドンゴの持っていたカーゴを開けると、金髪のかわいい赤ちゃんがすやすやと眠っていた。
    「えっ、この子って赤ちゃん?」
    ジョウとアルフィンは顔を見合わせた。
    今まで色々護衛の仕事を請け負ってきたが、赤ちゃん一人きりの護衛は初めてだ。
    それも意思の通じない相手となると・・・。
    「この子の網膜パターンがない限り開けられない。でもそれさえ手に入ればすぐにでもチップは金塊の宝物に変わるわ」
    「なんでこの赤ちゃんが解除キーなの?」
    アルフィンはフィオが抱き上げた赤ちゃんをじっと見つめた。
    「開発者が秘密の漏洩を防ぐため、咄嗟に自分の娘にその解除キーを仕込んだ。バカもいい所よ、こんな赤ん坊巻き込んで・・・」
    珍しくフィオレンシアが怒りの感情を露にした言葉を口にした。
    この女でも人並みに感情はあるらしい。
    一体どういう風に思っていたんだろうな、ジョウは一人、心の中で苦笑した。
    「でも開発者がプログラムを変更すれば・・・」
    「両親とも死体さながらの状態で送られてきたわ、グラバース重工業の方へね。一応まだ生きてるみたいだけど」
    「ひでえ」リッキーが哀れむように赤ちゃんを見た。
    「なんて惨い・・・」アルフィンも口元を思わず覆った。
    「だから、この子を守ってあげられるのは、今は残る二人しかいないのよ、ジョウ?」
    フィオレンシアの瞳は真っ直ぐにジョウを見た。
    嘲笑を浮かべるでもなく、憐憫の瞳を向け哀しそうに笑った。
    「どこかに預けるってのはダメなのかい?」
    ふとリッキーがフィオレンシアに尋ねる。
    「バカか、クソチビ」
    タロスが速攻でリッキーを詰った。
    フィオレンシアも大きく溜息をついた。
    そのために預けに来たのに・・・ジョウとアルフィンも思わず頭を振った。
    「戦闘の出来るベビーシッターがそうそういると思う?」
    それでも幼子に言い聞かすように、フィオレンシアは優しくリッキーに尋ねた。
    「う、いないと・・・思う」
    「もの分かりのいい子はお姉さん大好きよ」
    右腕を伸ばしてフィオレンシアがリッキーの頭を撫でた。
    まるっきり子供扱いだ、いや孫扱いか。
    「チップを取り戻してからゆっくり解除する訳にはいかないのか?」
    「現在、マスターデータ抹消プログラムが作動してるから、時間が経てば図面がデリートされちゃうし。それじゃ意味がないでしょう?」
    「至れり尽くせりの状態だな」
    ジョウは肩を竦めた。
    それでも改めてジョウはフィオレンシアに問うた。
    「それをこのたった5人のメンバーで実行するのか?」
    「人がいればいいってもんじゃないしね。足手纏いはいらない。あたしはアラミスに一番腕のいいクラッシャーを一チーム派遣してくれるようお願いしたの。そして選ばれたあんた達。それで充分でしょう」
    フィオレンシアの言葉に全員が頷いた。
    そこまで言われて引き下がる訳にはいかない。
    俺達はクラッシャーだ。
    それもAAAクラスのクラッシャーだ。
    そのクラッシャーが怖気て仕事を断ったとあっちゃいい物笑いの種だ。
    「グラバース重工業の船が銀河標準時、今夜二十三時にバイアノーチスの空港に来る。チップを渡した後、再度盗まれてもそれは契約違反じゃないわ。但し、この子の命は一度失ってしまえば二度と生き返ることはない。言ってる意味は分かるわね」
    そこにいるフィオレンシアを除けた全員が頷いた。
    「オペレーションスタートは一時間半後の午前四時、<ミネルバ>はそれまで何処かに身を隠しててもいいから今夜二十二時にゲレンティック大陸の上空AZ785B4ポイントで合流しましょう。そこからなら、バイアノーチス宇宙港まで目と鼻の先だから」
    フィオレンシアが立ち上がった。
    ソファの反対側に居るアルフィンにそっと腕の中の赤ちゃんを手渡した。
    柔らかい体がアルフィンの腕に抱かれた。
    温かい体温が腕に伝わってくる。
    可愛くて愛しくて無償で守ってやりたいと思う。
    「名前はリヴィ。といってもまだ六ケ月だから喋れないけどね」
    閉じられた瞳の色は分からないが安らかな寝顔だ。
    「じゃあ、今夜二十二時に!」
    フィオレンシアがジョウに向かって微笑んだ。
    初めて会った時に見せた値踏みするような瞳を投げる。
    ジョウも立ち上がってフィオレンシアを見た。
    必ずやり遂げてみせる。
    でないときっとこの女に弱みを握られて一生笑い者にされる。
    ジョウは心底そう思った。
    「行くわよ!タロス、リッキー」
    フィオレンシアが二人を呼んだ。
    これからは別行動だ。
    「じゃ、おいら行って来るよ、兄貴」
    リッキーがフワリと身軽にソファを飛び越えた。
    「ジョウ、後は頼みましたぜ」
    タロスがフィオレンシアを追うように立ち上がり軽く頭を下げた。
    「分かってる、お前たちこそドジるなよ」
    「お互い様ですな」
    ジョウとタロスは互いにニヤリと笑った。
    「気をつけてね、二人とも」
    アルフィンがその横で不安そうに二人を見送る。
    「うん、アルフィンも兄貴と頑張ってね」
    「そうですぜ、そっちの方が大変ですぜ」
    二人は笑ってアルフィンに手を振った。
    そうして、美女と野獣とガキンチョという世にも稀なトリオが<ミネルバ>のリビングから出て行った。
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■645 / inTopicNo.7)  Re[6]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/01/25(Sun) 20:04:25)
    フィオレンシア達と別行動になったジョウは、作戦を練るべく<ミネルバ>のリビングから場所をブリッジに移した。
    “FREE LIFE”からの帰り際、グラスと共にバレリーが寄越したマイクロチップをドンゴが解析する。
    その横でアルフィンがカーゴに付いていた育児書をひたすら読んでいた。
    かなり分厚い。辞書もかくやという厚さである。
    ジョウもアルフィンもついでにドンゴも赤ちゃんの世話をしたという経験はまったくない。
    それでも後十八時間は、このメンバーでベビーシッターをやらなければならない。
    経験はなくとも知識だけでもあれば少しはマシとアルフィンが率先して読んでいた。
    やはり女性。母性本能がムクムクと湧いてきたかどうかは別として、ジョウにとってはその方がありがたかった。
    クラッシャーの生活にどっぷり浸かった自分がベビーシッターなぞやれるわけがない、戦闘の方が断然気が楽なものだ。
    アルフィンがリヴィを受け持ってくれるなら、後は逃げる事だけを考えればいい。
    当のリヴィに視線をやると、まだすやすやとカーゴの中で眠っていた。
    ジョウはメインスクリーンにドンゴが解析するデータを見やりつつ、サブスクリーンに映った外の状況を確認した。
    東の空が少し明るくなってきた。
    惑星ベルビル、貿易都市ゲルゼンの上空にもうじき恒星バテンカイトスの光が届く。
    暗闇の空が幕を降ろすように、棚引く雲を暁色に徐々に染め替えようとしていた。
    まずはこのゲルゼン宇宙港を出るつもりだが、ただ闇雲に逃げ回るのはエネルギーの無駄になる。
    相手はこの星の内街一番のボスとあっては、相当慎重に行動しないとこちらの行動が筒抜けだ。
    約束の刻限もあるため、おいそれと他の宙域に逃げるわけにもいかない。
    ましてやリヴィは赤ん坊だ。
    加速Gに耐えられるかどうかさえ怪しい。
    一番いいのは相手の動向を見て、タイム・リミットのギリギリまでどこかに身を潜めることだ。
    今回の作戦は二手に分かれてはいるが、救援者はいない。
    どちらも危ないからといって仲間を助けに行くことは出来ない。
    自分達の身の安全は、自分達で守るしかないのだ。
    バレリーはそれを知ってか知らずか、多分知っていたのだろうな、寄こしたチップの中身は内街のボス、セグ・バレンザが支配する組織や地域の情報だった。
    いくらこの星の裏の支配者とはいえ、惑星全域全てを管轄しているわけではない。
    どこかに隠れられる場所があるはずだ。
    ふと、メインスクリーンに気になるデータが通り過ぎた。
    「ドンゴ、今の所もう一度表示してくれ」
    「キャハ、了解」
    ドンゴがランプをけたたましく明滅させて、すぐにメインスクリーンにデータを投影した。
    「・・・いいかもな」ジョウは思わず頷いた。
    「ココニスルンデスカ?」
    「ああ、ここなら十分時間が稼げそうだ」
    見つけた場所は惑星ベルビルの南半球、極冠に程近いガスパエ諸島と呼ばれる所だった。
    データによると、ここは磁気石と言うめずらしい石が採掘されるらしい。
    磁気石は強力な磁界を発生させ、この星は他の惑星と違い磁気流の流れがここと各南北の極冠を結ぶよう流れていた。
    直径三十km四方の小さな諸島群のため、ここを中心とした半径二km以内ではレーダーがまったく役に立たない。
    メーターはあらぬ方向を指してしまう。
    有視界での戦闘なら<ミネルバ>一機でも戦い方はある。
    メインスクリーンに映るガスパエ諸島の映像データは、身を隠そうとする岩窟は周辺に多々点在していた。
    「決まった?」
    ジョウ達の会話を聞いていたのか、アルフィンが育児書から目を上げてジョウに尋ねた。
    「今映ってる場所へ、すぐ出発する。ドンゴ、動力に入ってくれ、アルフィンはリヴィを中央の予備シートに固定するんだ」
    「キャハ、キャハハ了解」
    ドンゴがキャタピラを動かして空間表示立体スクリーンのシートから、いつもならリッキーが座っている動力コントロールボックスに入る。
    「ふぇ・・・」
    アルフィンがカーゴを固定しようと予備シートを出し始めた時、背後で声が聞こえた。
    振り向くとカーゴの中のリヴィが手足を動かしてむずかっている。
    マズイ。
    誰もがそう思ったが止まるわけが無い。
    「う、ああああん」
    案の定<ミネルバ>のブリッジに騒音のような赤ん坊の泣き声が響き渡る。
    「うわ、とうとうきたか」
    「あーん。今、泣かないでよーっ」
    慌ててアルフィンがリヴィを抱きあげた。
    宝石のような紫の眼に一杯の涙を湛え、顔を真っ赤にして泣き続ける。
    「おしめかな?それともミルクかしら?」
    リヴィをあやしながらアルフィンが小首を傾げた。
    育児書に書かれていた赤ん坊の知識を頭の中で思い返す。
    実践はどうなるかは別として、こうなってしまえばどうしようもない。
    意思の通じない相手にこれ以上どうこう言う訳にはいかないのだから。
    「取りあえず<ミネルバ>を出発させる。アルフィンはリビングでリヴィの世話を頼む」
    頭を抱えながらジョウはアルフィンに指示を出した。
    「うん、すぐ戻ってくるから」
    アルフィンはカーゴを右手にリヴィを左手に抱いて、ブリッジを出て行った。
    最初からこの調子では先が思いやられた。
    だが、これが仕事なのだからしょうがない。
    「ドンゴ、アルフィンに代わって管制塔に離陸許可をもらってくれ。動力は俺の方が一緒にみるから」
    ジョウはもう一度空間表示立体スクリーンのシートに戻れとドンゴに命令した。
    「キャハ、キャハハ了解。シカシ人使イガ荒イゾ」
    「それをいうならロボット使いだろ、ドンゴ?」
    「キャハハ、ソウトモイウ」
    「そうしか言わねえよ」
    ジョウはシートにドンゴが着くのを確認してから、離陸準備を始めた。
    数分後に、兎にも角にも<ミネルバ>はゲルゼン宇宙港から離れて離陸した。
    この時ジョウは知らなかった。
    行き先のガスパエ諸島で波乱の幕開けが待っていることを。
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■648 / inTopicNo.8)  Re[7]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/02/29(Sun) 22:30:25)
    一方、美女と野獣とガキンチョという世にも稀なトリオは、外街のとある場所に来ていた。
    夜明け前の街は不気味な程ひっそりと静まり返っている。
    本来ならこんな歓楽街がある都市なら不夜城のように人が溢れていてもおかしくはない。
    だが時折、風に吹かれた空き缶が建物に当たって跳ね返る音が木霊するだけだ。
    野良犬一匹見当たらない。まるで、ゴーストタウンのようだ。
    そんなゲルゼンの街を一台のエアカーがもうスピードで疾駆していた。
    大きなメイン通りから二筋程奥に入った細い通りで、三人は乗ってきたエアカーを降りた。
    人通りはまったくない。
    街灯が遠くに一灯だけぼんやりと辺りを照らしていた。
    その光は三人も下には届かない。
    そんな中、フィオレンシアが何も言わず目の前にあった人一人がやっと通れるような細い路地に入って行った。
    夜明け前とはいえ、これだけ周りを建物に囲まれたらまだ薄暗く視界は闇に閉ざされている。
    そんな薄闇の中を灯りも持たないのに音を立てずに素早く移動する。
    タロスとリッキーは付いて行くのがやっとだ。
    白銀の長い髪とアートフラッシュの黄色だけを頼りに後を必死で追いかけた。
    もう三十分近く歩いただろうか、何度目かの曲がりを終えた時フィオレシアがふいに立ち止まった。
    急に立ち止まったので、リッキーは思い切りタロスに顔をぶつけた。
    全身の八割がサイボーグのタロスにとっては痛くも痒くもないのだが。
    「痛ってえ。なんだよ、急に止まるからぶつけちまったじゃないか?一体ココどこだよタロス?」
    タロスの陰に隠れてリッキーがボソッと尋ねた。
    「俺が分かるわきゃねえだろうが、ガキは黙ってついてくりゃいいんだよ」
    フィオレンシアの後ろで同じく立っているタロスが、小声で答えた。
    自分に皆目検討が付かないことを聞かれても答えられない。
    リッキーが不安がるのも分かるが仕事として請けた以上、相手に従うしかない。
    ましてや相手はフィオレンシアだ、逆らうと後が怖い。
    幸い手を周囲に伸ばしてみても触る物がないぐらい広い道に出たようだ。
    フィオレンシアが何処から取り出したのか小さなライトの灯りを点けた。
    その灯りでタロスは上を見上げた。
    古びた廃屋と共に立ち並ぶ倉庫街、そのなかの倉庫の一つを前にして自分達は立っていた。
    かなりの大型の倉庫だ。一体中はどうなっているかは分からないが倉庫の上方は闇に紛れて見えない。
    脇の出入口の鍵をライトで照らしながら、持っていたカードキーで開けるとフィオレンシアが中に入ってゆく。
    タロスとリッキーもそれに続いた。
    取り合えず付いて行くしかしょうがない。この先に何が待っているとしても。
    二人が入るとフィオレンシアが今入ったドアの脇にあったテンキーに何かを打ち込んだ。
    すると音もなく自動的にドアが閉じられた。
    しかし、今度はライトを消すことなくフィオレンシアは先に進んだ。
    細い通路のような所を進んでゆく。
    周りの壁は一面灰色で目立った隆起も見当たらない。
    カツカツと規則正しい足音だけが暗闇に響いて自分達を追いかけてくる。
    だが、長くは歩かなかった。
    通路の途中で立ち止まり、フィオレンシアがライトを掲げて壁にあったスイッチを押した。
    グィーンというモーター音と共に何かが目の前に降りてきた。
    簡易なエレベーターいやゴンドラと言っても過言ではない。
    鳥籠のような形状をしていた。
    ドアは手動式で開けるとギーッと言う音をさせて三人を出迎えた。
    「さ、乗って」
    フィオレンシアが先に乗り込んで二人を即した。ドアを閉めると脇の昇降スイッチを押した。
    三人を上階へとゴンドラはゆっくりと動き始めた。
    人が三人も乗ればかなり揺れる。暗闇の観覧車のようだ。
    ガタンと音がして、ゴンドラが上昇を停止した。
    「着いたわよ」
    ドアが開けられ、又もや降りた壁際のスイッチをフィオレンシアが押した。
    すると痛いような光が上から降り注いだ。
    かなりの光量がある照明がふいに灯されのだ。
    「うあわっ」
    「っつ」
    闇に慣れていた眼にはかなり辛い。
    暫く光に慣れずタロスとリッキーは戸惑った。
    ようやく眼が慣れると中はかなり広かった。
    まるで野球場がそっくり一つ入るような大きさだ。倉庫の果てが霞んでいる。
    自分達がいるのはその倉庫の中でも一番奥に位置した一角だった。
    すぐ傍には<ファイター>によく似た戦闘機が一機、綺麗に整備をされて置かれていた。
    「<アイテール>!こりゃあ<アイテール>じゃないですか?」
    タロスが驚いたようにその戦闘機を見上げ近づいた。
    “上空に輝ける光”の名に相応しく、深いブルーとシルバーのカラーリングに機首にはアルファベットの“F”と細い三日月のマークが印されていた。
    フィオレンシアの愛機として知られていたが、フィオレンシアが謎の失踪を遂げてから行方が分からなくなっていた。
    クラッシャーの流星マークの傍に輝く三日月、それがフィオレンシアのことを指しているのを古いクラッシャーなら誰もが知っていた。
    憧れと羨望の“青の女王”の愛機。
    そう言えば、宇宙船の<ディアナ>は何処にあるのだろう?ここには<アイテール>しか見えない。
    タロスが色々考えを巡らせているとフィオレンシアがタロスに声を掛けた。
    「整備は完了しているわ、まだ十分現役よ!これに乗って迎えに来て頂戴」
    「そりゃあ、あっしはかまいませんが」
    一人で空を飛ばせられる物なら、操縦することなどタロスにとって造作もないことだ。
    「“彼”を乗りこなせるかしら?」
    フィオレンシアが<アイテール>の機体に触れながらタロスに微笑む。
    しかし眼が笑っていない。鋭い眼光がタロスを見据えた。
    「できれば、“女”がよかったんですがね」
    タロスはその視線に臆することなくニヤリと不敵に微笑んだ。
    「それなら空の上じゃなく、ベッドの上でしょう?」
    「ま、そりゃそうだ」
    二人の会話に入ることが出来ずにリッキーがタロスの脇でその状況を見ていた。
    こんな状態で自分の役割は一体なんなのだろうと思う。
    そんな考えをしている内にフィオレンシアが自分の傍に来たことを気が付かなかったリッキーは、彼女の手が頬を撫でたのに驚いて退いた。
    「うわああっ」
    思わず逃げ腰になってフィオレンシアから離れた。
    「大丈夫?何か惚けてるけど」
    「いつもの事でさあ、フィオ姉さん」
    タロスが上から嘲笑っている。悔しいが今は言い返せないリッキーはキッとタロスを睨んだ。
    「そうなの?何度か呼んだのだけどね、チビちゃん」
    「俺達が話しているのに上の空してるからだ」
    「ちょっと考え事してたんだい」
    「ほーっ。そんなちっこい頭で何考えてたんだろうねえ、リッキーの旦那」
    「う、うるせえ。ちっこいは余計だい」
    バツが悪くなってリッキーはタロスに罵声を吐いた。その様子をフィオレンシアは黙ってみていた。
    どうやらこの二人にとってこういう話し方は年齢差を埋めるコミュニケーションだと理解した。
    だが何時までも彼らの好きなようにさせては時間がもったいない。
    早々に話を切るべくフィオレンシアはリッキーに話しかけた。
    「チビちゃんにはこの後ろのドアの向こうにある秘密の通路を抜けて、外に出たら用意してあるエアカーで街から少し離れた所にあるゲルゼンの第二空港に行って欲しいの?」
    美しいフィオレンシアに見つめられてついリッキーは顔を赤く染めた。
    「そこにはあたしの大事な宇宙船<ディアナ>を置いてあるから、その船に乗っている奴と一緒に敵を撹乱させて欲しいのよ。そこまでの道程はエアカーにデータをインプットしてあるから」
    「ガキがませやがって。ま、囮ってこった」
    タロスが横でリッキーの頭を小突いて毒づいた。
    「まかせといてよ。こんな爺さんより役に立つから」
    リッキーも負けじとタロスの脇腹に肘鉄を食らわせた。
    「オイ!」
    「頼もしいわね」
    そんな二人を見てフィオレンシアは微笑んだ。
    「それくらい朝飯前さ。じゃ、頑張れよタロス」
    リッキーは軽やかに走り出して、グリーンのクラッシュジャケットはドアの向こうに消えて行った。
    すぐにフィオレンシアが手元のコントローラーで何か操作をすると今までドアだった場所がカモフラージュされ横の壁と一体化した。
    これですぐにはドアの場所が分からなくなった。
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■649 / inTopicNo.9)  Re[8]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/02/29(Sun) 22:31:33)
    「さて、ガキが行った所でお願いがあるんですがね、フィオ姉さん」
    タロスはリッキーが消えたドアからフィオレンシアの方へ向き直った。
    「お願い?聞きたいことじゃないの?山ほどあるって眼をしてるわ」
    微笑が冷たい。リッキーに向ける眼差しとはまったく異なった怜悧な刃物のような鋭さだ。
    「普通の奴ならそうでしょう。だがあっしはたった一つでよござんすよ」
    これぐらいの冷笑で臆していてはクラッシャータロスの名が泣く。
    「まあ一つくらいなら事と次第によってはね」
    それでも氷点下並みの冷笑であることには変わりない。さっさと真偽を確かめたい。
    「なに、姉さんなら簡単な事で」
    「そう?ならどうぞ」
    フィオレンシアはタロスを促した。
    「銃技“スターダスト”を見せて欲しいんですがね」
    “スターダスト”
    レイガンやヒートガンの高速連射で起こる閃光の軌跡、その軌跡がまるで流星が降るように見えることから誰が名付けたのかその銃技を“スターダスト”と呼ぶようになった。
    レイガンを拡散させて発砲する場合もあるが、それは“スターダスト”ではないし、またそうは見えない。
    過去から現在まであの技を使いこなせたのは、タロスが知る限りではフィオレンシアしかいない。
    「あら、死にたい?」
    白く長いフィオレンシアの指が銃のホルスターに掛かる。
    決して身軽な方でない上にフィオレンシアの傍にいるこの状況で、あの技を放たれたら間違いなくタロスは蜂の巣決定だ。
    「いや、あっしじゃありませんよ。下に集まった連中にですぜ」
    タロスは慌てて顔の前で大きく手を振った。身を以て体験するのは願い下げである。
    先程から異様な気配を階下感じていたタロスは、この状況を逆手にフィオレンシアを試すつもりでいた。
    もし、その技を使いこなせないようならセグ・ハレンザの屋敷に潜入するなんてことは何が何でも止めさせなくてはならない。
    目の前にいる女がフィオレンシアでなかろうとも。
    綺麗な女を犬死させるのは目覚めが悪い話だ。
    タロスの思惑を肌で感じて、フィオレンシアは少し苦笑した。
    年下の男に自分を試されているのが分かるのはあまりおもしろいものではない。
    だが、言葉や容姿は自分に成りすませてもあの技はそうはいかない。
    あの技を自分より使いこなす人間はありえないと自負している。
    そして、今その技を使うことに一抹の躊躇いもなかった。
    ちょうどいいウォーミングアップになるかもしれないとフィオレンシアは心の中で思った。
    「派手に狼煙をあげましょうか?」
    「どのみち、ここから<アイテール> を出すには狼煙を上げるしかないでしょう?」
    「やっぱりそうなるのかしらねえ・・・」
    「そりゃそうでしょう」
    まるで人事のように二人は会話のやり取りをした。
    「分かったわ、二分頂戴。それでいい?」
    「充分ですよ」
    気配からでもかなりの数の手練れがいるのが分かる。
    それなのに目の前の女性はたった二分でいいと言った。その自信は何処からくるのだろう。
    タロスが感じている限りでも数十人とはいわない。かなりの人数が階下に集まっている。
    だが、どれもチンピラかいい所ヤクザな連中という所だろう。
    プロのスナイパーの様に気配を消すことが出来ていない。
    と言うことは何人いても本物のフィオレンシアならまったく問題はないと言うことだ。
    「じゃ、後は頼みますぜ」
    そう言ってタロスは近くに積んであったコンテナの陰に早々に隠れた。
    フィオレンシアはそのコンテナに背を向けてリッキーが出て行った方とは逆になるドアに視線を向けた。
    どうやら敵はそちらから来るらしい。
    何人かの足音がドアの前で止まった。
    すぐに鍵を壊す音が聞こえ、ドアは勢いよく開け放たれた。
    一斉に黒い背広を着た連中がフィオレンシアを取り囲む。眼にはしっかりとサングラスが掛けられている。
    手にはレイガンが握られており、銃口はしっかりフィオレンシアに向けられていた。
    女一人と舐めてかかって周囲を捜索しようとはしない。タロスがコンテナの後ろに隠れているとはついぞ思っても居ないようだ。
    ゴンドラに乗ったタロス達はここまで時間を短縮出来たが、彼らはかなりの遠回りを余儀なくされたらしい。中には肩で息をしている者もいた。
    「あんたがボスのお宝を隠したってことは分かってるんだ」
    リーダー格の男が後ろからゆっくりやってきてフィオレンシアに声をかけた。
    青い瞳が多勢に無勢でも怯えることなく皮肉にも生き生きと輝いている。
    「分かってる割には悠長なこと」
    そう言って輝く瞳を閉じて白い指がヒートガンに触れようとした。
    「動くな!」
    チンピラの一人が一歩フィオレンシアに近づいた。
    それが合図だった。
    フィオレンシアの手の中にあった照明のリモートスイッチが作動して、明るかった照明が消え一瞬にして暗闇が世界を支配した。
    だがすぐにそれは終わった。暗闇の中に鮮やかな緋色のヒートガンの閃光が煌く星のごとく輝く。
    男達はうめき声を一瞬上げるだけが精一杯だった。
    鮮やかだった閃光が消え暗闇に照明の光が差す頃、立っていたのはフィオレンシア只一人だった。
    黒い服の男達が足元に累々と転がっている。どの男達も体中を血まみれにしていた。
    蜂の巣と言ってもいい。それぐらい辺りは壮絶な血の臭いが漂っていた。
    唯一動いているのは、先程のリーダー格の男だけだった。
    暗闇で襲撃され、まったく反撃が出来なかったことで恐怖心が増大した。
    その顔は恐怖に怯え青く震え上がっていた。
    タロスはコンテナの陰から出て、フィオレンシアの傍に来た。
    「また派手にやりましたねえ」
    辺りを見渡してもフィオレンシアに逆らおうとする輩は微塵も見えない。
    「あんたが見せろって言ったからでしょう。これで満足かしら?」
    つかつかとリーダー格の男に近づき、その額にヒートガンを突きつけた。
    「ひいいっ。こ、殺さないでくれえ」
    男が命乞いをして後ずさろうとしている。今は命令よりも本能だけがその男を支配していた。
    「ええ、十分満足しましたぜ」
    そんな男の胸倉を掴んで、タロスは軽々と持ち上げた。
    「あんたも不運だな」
    「た、助けてくれよお」
    「助けて欲しいの?」
    フィオレンシアがその男の左腕を撃つ。
    「ぐわっ」
    痛みに男がもんどりを打つがタロスに吊り上げられているので、空中でもがくしか出来ない。
    「本当に助かりたいのならあたしをセグ・ハレンザの屋敷に連れて行きなさい」
    「そ、それは・・・」
    「いやなの?」
    今度は額にヒートガンを押し付けた。楽しそうに微笑んでいる。
    血に飢えた殺戮の女神が光臨して人間を甚振っているようにしかタロスには見えない。
    ―――“青の女王”名は伊達じゃねえな
    心の中でタロスは大きく溜息をついた。このまま逆らうとこの男の命はないだろう。
    「分かりました、分りましたから命だけは・・・」
    その言葉にフィオレンシアはタロスを見た。タロスが掴みあげていた胸倉を離すと男は床に転がり撃たれた左腕を押さえてのた打ち回った。
    「二度目はないからそのつもりでね」
    フィオレンシアはようやくヒートガンをホルスターに仕舞った。
    こちらは被害ゼロ、凄まじい程の破壊力を秘めた技にタロスは一応安心した。
    これならどうにか渡り合うことが出来そうな気がした。
    何が起こるか分からないが一先ずは安心材料だ。生きて帰れる確率が随分跳ね上がった。
    「姉さん、連絡待ってますぜ」
    そう言ってタロスは<アイテール>の操縦席に乗り込んだ。
    コンソールや操縦桿の配置は<ファイター>と寸分変わりない。
    操縦に関してはまったく問題はなかった。後は何時エンジンをスタートさせるかだ。
    これからはそれぞれが単独行動になる。
    タロスは指定の時間が来たら、セグ・ハレンザの屋敷へフィオレンシアを迎えに行くだけだ。
    大変なのはやはりフィオレンシアだ、今から単独でその屋敷に潜入しなければならないのだから。
    しかし、タロスは思ったほど悲観はしていなかった。フィオレンシアと組んで仕事をするのは初めてだが、まだタロスが<アトラス>にいた頃、ダンや亡きガンビーノが珍しくも彼女を褒めていたのを覚えている。
    それ程に凄腕のクラッシャーなのだという事は聞いてはいるが、肌で感じたかった。
    今、その瞬間に立ち会える自分が嬉しく思う。バードに言ったら泣いて悔しがるだろう、彼女に憧れていた男どもはごまんと居たのだから。
    「ちゃんと迎えに来てよ」
    フィオレンシアが笑顔で声を掛け、長い白銀の髪を軽くかき上げた。
    タロスは<アイテール>のキャノピーを降ろして軽く親指を立てて合図する。
    約束は守る。必ず迎えに行くと。
    男を急き立ててフィオレンシアはその場を離れた。
    その場に留まったなら灼熱のエンジンに身を焼くことになる。
    開け放たれたドアをパタリと閉めた。
    それを確認してタロスは正面を見据えた。エンジンをスタートさせる。
    風が舞い起こり、エンジンの火が白熱色に変わった。
    <アイテール>の機銃で天井を破壊する。破片が激しく風に舞った。
    夜は明け、黄金色から鮮やかなブルーに空は染まりつつあった。
    「さて、空の散歩にでも行くか」
    タロスは<アイテール>を発進させ空に舞い上がらせた。
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■655 / inTopicNo.10)  Re[9]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/03/27(Sat) 21:48:28)
    思ったより早くガスパエ諸島についたジョウ達は、小さめの島の一つに着陸した。
    岩窟が幾つかあってその内の一番大きな場所に<ミネルバ>を隠した。
    入り口はお誂え向きに葉が茂った木々が、銀に輝く機体を隠してくれる。
    もう天空の頂上に日が近づきつつあった。
    外周の状況を確認しひとまずは安全と判断して遅めの朝食を取るべく、ジョウはブリッジからリビングへ移動することにした。
    中に入るとリビングのテーブルに用意されたトースト2枚にベーコンとスクランブルエッグ、サラダにブラックコーヒー。
    しかし、用意したはずのアルフィンはそこに居なかった。
    取りあえず、ソファに座り用意した食事を口にするとジョウは少し緊張を解いた。
    ブリッジではドンゴが有視界レーダーの監視をしている。
    異常があればすぐに知らせることになっていた。
    トーストの二口目を口に入れようとした所で、アルフィンがリビングに戻ってきた。
    腕の中には赤ん坊のリヴィが抱かれている。
    アルフィンの腕の中で小さなガラガラを持っていたが、ジョウの姿を見て急にアルフィンの腕の中でもがき始めた。
    「あー、あーう」
    「どうしたの、リヴィ?」
    アルフィンが慌ててカーゴに降ろしておしめを見た。だが濡れていないので、ミルクの時間かとを考えた。
    まだ少し早い。後一時間ぐらいある。
    「オムツでもない、ミルクでもないって、一体なんだろう?」
    アルフィンが困ってジョウを見た。
    ジョウとて見られても困ってしまう。アルフィン以上にお手上げだ。
    それでもリヴィの方に眼をやると涙を溜めた紫の瞳で必死にジョウの方を見ていた。
    アルフィンが抱き上げてあやしても、背を逸らして拒否する。
    「うああああん」
    とうとう大きな声で泣き始めた。
    「ジョウ、どうしたらいい?」
    アルフィンが困り果ててジョウに助けを求めた。
    リヴィは相変わらずジョウの方に眼を向けて、必死に手を伸ばしている。
    一つの予感にジョウはソファから立ち上がるとアルフィン傍に行き、その腕からリヴィを取り上げた。
    軽い、そしてグニャリと不安定だ。
    それでもなんとか腕に抱きかかえるとリヴィはおとなしく泣くのを止めた。
    ジョウの予感は正しかったようだ。
    「なぜよお。ジョウが抱いたら泣き止むなんて。ちょっとショックだわ」
    その姿にアルフィンが少し拗ねて見せた。
    必死で面倒を見ている自分よりジョウの方がいいとは。
    リヴィの頬をチョンと突付く。ぶにっとぷくぷくした頬が弾力よく跳ね返る。
    そんなことをされてもリヴィはご機嫌なままだ。
    笑顔を二人に振りまいている。
    「俺だってそんなの分かるわけないだろ、ただ先程からこっちばかり見てたからなんとなく・・・」
    そう言っている間にも腕の中のリヴィはジョウの前髪を触ろうと笑顔で手を伸ばす。
    何度か空振りしていたが、やっと掴んだと思いきやそのままジョウの髪を思い切り下に引っ張った。
    「・・・っつてえ」
    引っ張られたジョウは思わず声を上げた。
    赤ちゃんの手で掴んだ力とはいえ容赦のない力に慌てて、その手を外させた。
    「あー、あー」
    不満があるようなリヴィはジョウの指を握りながら髪を掴もうと手を伸ばす。
    「どうやら、ジョウの髪が気に入ったみたいね」
    傍らのアルフィンがクスリと微笑んだ。
    アルフィンの世話が気に入らなかった訳ではないらしい。気に入りのオモチャが見つかってそれから離されるのを嫌がっただけみたいだ。
    「そんなこと言われても困るぜ」
    「頑張ってねパパ!」
    軽くジョウの肩を叩いてアルフィンは笑顔でリビングを出て行こうとする。
    「パパって、おい、アルフィン。俺とリヴィの二人だけにするなよ」
    「後一時間ぐらいは大丈夫でしょ。ママはちょっと用事があるから、その間よろしくね」
    アルフィンは笑いながら右手をヒラヒラと振りリビングを出て行った。
    リヴィはご機嫌ヨロシク小さな掌をアルフィンの方に振っていた。
    「・・・お前、なんで俺なんか気にいるんだよ」
    「あう」
    リヴィはジョウの問いに気にかけるでもなくジョウの首に抱きついている。
    余程気に入られたのは確かなようだ。
    取りあえず、ソファに座ってジョウは片手で残りのトーストを口にほお張り、少し冷めたコーヒーで喉の奥に押し込んだ。
    後残り十時間近く、ジョウは早く過ぎてくれるよう心の中で誰にともなく願った。
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■656 / inTopicNo.11)  Re[10]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/03/27(Sat) 21:51:57)
    その頃、ゲルゼンの内街のゲートを潜ってフィオレンシアは目深に被ったフードを少し上げて目の前に聳え立つ高い塔を見上げた。
    ビルに換算すればニ十階建てに相当するだろうか。
    内街を囲む壁よりは低いが周囲の建物が低層なので高く感じた。
    身には深緑の長いローブを纏っている。
    下のクラッシュジャケットを隠すにはちょうどよい長さだ。
    「このまま、ハレンザの屋敷へ」
    エアカーの助手席に悠々と座って運転する血まみれの男に命令する。
    オートドライブに設定してあるが、男は黙って頷いた。
    黒いジャケットを上から着せているので、少々顔色が悪く見えても外見的には分かりづらい。
    フィオレンシアの声が、男には死に神の囁きに聞こえた。
    無言で屋敷への最短ルートを走らせる。
    ゲートの通過には思ったより手間は取らなかった。
    捕まえた男は思ったより上層部の幹部クラスだったため、ゲートを守る面々は見知らぬ女を連れていても一夜の供と解釈したらしい。
    こちらにとっては無駄な時間が省けて都合がよかった。
    賑やかで治安の悪い外街と違って、別の意味での秩序がある内街は逆に嫌な空気が纏わり付いた。
    不気味な静けさが、何が起こるか分からない雰囲気を増長させる。
    エアカーは塔に伸びる通りをかなりのスピードで進んでいた。
    フィオレンシアはふと気が付くと先日の出来事を思い返していた。
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■657 / inTopicNo.12)  Re[11]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/03/27(Sat) 21:55:26)
    そもそも、三日前にダンが急に訪ねて来たことがフィオレンシアにとって今回の出来事の始まりだった。
    クラッシャーを辞めて早二十五年。
    フィオレンシアは宇宙の片田舎で一人生きてきた。
    何者にも支配されず干渉されない自由な生活。
    宇宙に出ることも殆どなく、地上に根を生やし暮らしてきた。
    現在、フィオレンシアはクラッシャーの星アラミスには住んでいない。
    同じおおいぬ座宙域の別の惑星に居住している。
    アラミスからそんなに遠くはない、惑星連絡船で半日の距離だ。
    田舎の惑星でこれといった産業はなく、農耕と放牧がメインの惑星だ。
    その辺りはアラミスとあまり変わりはない。
    大洋上に浮かぶ一人で住むには十分すぎる広さを持つ小さな島を一つ買い取って、野を耕し、種を蒔き、野菜や果樹を育てる。
    収穫したものは全て生活の糧とした。
    穏やかに過ぎてゆく時間がフィオレンシアの全てだった。
    必要な物がある時にしか、船で一時間はかかる一番近い隣島まで買い物には行かない。
    極力外界との接触は避けていた。それは、それなりに理由があるのだが。
    暖かい陽だまりの昼下がり、花壇の手入れをしていると島の入り江に船が着いた合図を知らせるベルが鳴った。
    何年ぶりの来客だろう。
    「一体誰が?」
    そう思いつつ、屋敷から入り江に向かう石畳を降りてゆく。
    小さな小花模様が付いた若草色のワンピースに白いエプロンドレス、生成りのサンダル、顔がとびきりの美人だということを除けば何処にでもいる農家の主婦に見える。
    この島にはフィオレンシアの許可がないと入れない。
    そういうガードシステムになっている。
    ガードロボットを迎えに寄こそうとも思ったが、なんとなく天気もいいし散歩を兼ねて迎えに行くことにした。
    生い茂る緑の木々のアーチを抜けて、入り江に停泊したクルーザーの傍に立っていたのはスーツ姿の男だった。
    こちらに背を向けて穏やかな青く輝く海と周囲の緑を眺めている。
    まったく周囲にそぐわない。それでも立ち姿は、若者にも劣らない精気が漲っていた。
    男はフィオレンシアが近づく気配にこちらに振り向いた。
    一応手にはヒートガンを持っている。
    女の一人暮らし、何があっても不思議ではないので常時銃は携帯していた。
    何か不審な行動を取ればそれなりの対応はするつもりだ。
    男は少々驚いた表情をしたが、すぐに平静を取り戻しフィオレンシアに声を掛けた。
    「あの頃と変わらないな・・・フィオ」
    その顔と言葉に、フィオレンシアは一瞬言葉を失った。
    久しく聞いていない名を呼ばれたのと、古い顔馴染みに立ち尽くしてしまう。
    「・・・クラッシャーダン」
    フィオレンシアはやっとのことで言葉を口に出来た。
    面と向かって会うのは何十年ぶりのことだろうか。
    随分と年を取ったのか、クラッシュジャケットは着ていないし髪も白髪が混じっている。
    そんなフィオレンシアを多忙極めるクラッシャー評議会議長が単身訪ねて来たのには少々驚いた。
    片田舎に居るとはいえ、情報まで田舎ではない。
    衛星通信を利用すれば、宇宙の何処に居ても最新の情報を手にすることができた。
    クラッシャーについて調べればTOP3の項目に必ずクラッシャー評議会議長の名は出てくる。
    それ程に有名なクラッシャーと最初に呼ばれた男。
    「話がある」
    低い、でも誠実なダンの声。
    「私にはないけれど」
    ややあって、問うたダンの言葉に返答した。笑顔はない。
    聞けばきっとここから出なければならない、そんな予感があった。
    「レイラスのことだ」
    ダンが口にした名を聞いた瞬間、フィオレンシアはヒートガンをなんの躊躇いもなくダンに突きつけた。
    頭でなく、心が反応した。瞳が凍えるように青く輝く。
    クラッシャーを辞めてもう二十年以上経つにも係わらず、銃の腕は相変わらずらしい。
    「軽々しくあの人の名を口にしないで」
    怒りを孕んだ言葉をダンにぶつける。
    「そうは言っても、お前との約束だったはずだ。レイラスの妹のことで何かあったら連絡してくれと」
    「ミシェル?ミシェルに何かあったの?」
    銃を持つ手が自然と震えた。心配で心が騒ぐ。
    「その息子にな」
    「・・・ミシェルの息子」
    「こんな所で立ち話もないだろう。家に招待してくれないか?」
    限りなく相手を労わる様にダンは声を掛けた。
    普段ならこんなことはしない。用件だけを伝えられれば、何処でもいいのだ。
    ジョウが知ったらきっと驚くに違いない。
    人を労わる気持ちが親父にはあったのかと。
    わざわざ家まで行く必要はなかったが、それでも彼女には運命を選択する時間が必要に思えた。
    運命の宣告者に自分がなることが、ダンにとって少々因縁めいたように感じた。
    「分かったわ」
    ヒートガンを下ろしてゲートロックを解除するとフィオレンシアは踵を返した。
    長く続く屋敷への石畳の階段を上ってゆく。ダンはその後を静かに付いて行った。
    見晴らしの良い丘の上に素朴な石と木で作られた小さな赤い屋根の屋敷がポツンとあった。
    その前には青く輝く海とよく手入れされた畑と花々が咲き誇っている。
    屋敷に着くと玄関横にある日当たりのいいテラスに通されて、ダンは香りの良い珈琲でもてなされた。
    周囲には色取り取りの花がポットに植えられ、激務に疲れた眼を楽しませた。
    「一体、何があったのよ」
    フィオレンシアは待ちきれないように、ダンの向かいに座ると身を乗り出して尋ねた。
    「誘拐された」
    「誰に?」
    「ゲルゼンのハレンザだ」
    惑星ベルビルの貿易都市ゲルゼン、宇宙でも有数の裏取引で有名な地だ。
    そして、フィオレンシアにとって忌まわしい過去が埋もれる街。
    「でもなんとか連合宇宙軍が取り返した」
    ダンは珈琲を一口飲んだ。フィオレンシアは一息ついた。
    誘拐されたままなら命の保障はないが、無事奪還できたのならそれでいいではないか。
    「それなら・・・」
    「辛うじて息はある状態だが、瀕死にはかわりない。それに狙いが変わった」
    終わりではなかった言葉にフィオレンシアはもう一度ダンを見た。
    「誰に?」
    「ミシェルの孫娘にだ」
    「理由を話して」
    妹ミシェルの息子トールは銀河でも屈指の宇宙船開発者で、銀河連合主席の搭乗する“G・G”の艦船設計を担当した。
    開発された艦内図面チップはグラバース重工業の手で厳重に保管されていたが、万が一盗難等にあった場合に備えてセキュリティプログラムを掛けていた。
    そのセキュリティシステムの概要は開発者のトールしか知らないことになっていた。
    それが最近プログラムを新たに更新するということで、トールがチップを秘密裏に自宅のラボに持ち帰っていた所を情報の漏洩でマフィアに狙われた。
    チップを奪われ、トールと妻も攫われ、拷問の末そのセキュリティシステムを解除するにはあるキーが必要だということを聞き出した。
    キーは網膜パターンになっていて、その持ち主はトールの娘リヴィであった。
    リヴィは息子夫婦が研究に入るために祖母ミシェルの所で預かっていたが、今度はリヴィが狙われることになりミシェルは慌ててリヴィと供に“アラミス”に逃げてきた。
    過去はどうであれ、ミシェルは大事な孫娘の命を守ってくれるのはフィオレンシアしかいないと思っていた。
    その連絡はすぐに評議会議長の元に入り、ミシェルから直接依頼を受け、直ちにフィオレンシアに会うべくダンはアラミスを発った。
    過去の約束を果たすために。
    「ミシェルがあたしを指名しても、あたしはもうクラッシャーじゃない」
    フィオレンシアは厳しい表情で言った。
    青く深い瞳が悲しみに歪んだ。
    “あの事件”以来、クラッシャーとは縁を切った。
    自分ではそう思っている。だからアラミスには住みたくなかった。
    でもダンの答えは違った。
    「いや、あんたはまだ現役のクラッシャーとして登録されている。今すぐにでも仕事を請けることも可能だ」
    「誰がそんなことって・・・あんたしかいないか。仕事を請けないクラッシャーを登録させておくなんて、そんなとんでもない事を許可できる男は」
    フィオレンシアは溜息を一つついた。
    その溜息を見てダンはゆっくりと口を開いた。
    「ミシェルが許してほしいと言っていた。“あの時”はあんたを無慈悲に責めてしまったと」
    「そう・・・。彼女、そんなこと言ったの」
    暫く高台から見下ろす遠くに輝く青い海の輝きをフィオレンシアは感慨深げに見つめた。
    ダンはその様子を黙って見ていた。
    “あの時”の悲劇は最悪という言葉でしか語ることができない。
    自分が係わってそういう結果になったのはダンにとって無念だった。
    思い出して思わず奥歯をギシリと噛み締めた。
    「それでも、もう現役を退いて二十五年が来るのよ、役に立たないわ」
    「齢六十を過ぎてその容姿と銃捌きを見れば、あんたの時間があの時から止まっているは一目瞭然だ。
    まあ一応簡単な適応検査はさせてもらうつもりだが」
    「あたしもえらく買いかぶられたものね。もし使い物にならなかったらどうするの?」
    「俺の目が節穴だったってことさ。その時にはクラッシャー評議会議長を辞める。もうろく爺さんがいつまでもトップに居てもよくないだろう?」
    ダンは晴れやかに微笑んだ。
    その笑顔を見て、フィオレンシアは椅子からゆっくり立ち上がった。
    「またあの世界に戻るなんて思っても見なかったわ」
    後ろに手を回し、エプロンドレスを取った。
    「時間がない、すぐにここを発てるか?」
    「五分頂戴」
    「分かった、先に入り江で待っている」
    ダンがテラスから庭に降りて、入り江への道を降りて行く。
    その姿を見送ってフィオレンシアは屋敷の中に入った。
    ガードシステムを十分後に無人モードに設定しておけば、最低限のことは維持するはずだ。
    暫くは帰れないから花や果樹はガードロボットに管理するようプログラミングする。
    服を着替え、手荷物は最小限に、最後にリビングに飾られている金の髪に紫の瞳の少年の写真にそっと口付けた。
    「レイラス・・・」
    写真を元の置くと一度も振り返ることなくフィオレンシアは島を後にした。
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■658 / inTopicNo.13)  Re[12]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/03/27(Sat) 21:57:11)
    ダンと共に宇宙港までやってくるともう迎えのシャトルが到着していた。
    早々に乗り込み宇宙ステーションまで飛ぶとそこにはダン達とは別の宇宙船が用意されていた。
    「臨時でチームを組むか?」
    ダンの問いにフィオレンシアは首を振った。
    きっとフィオレンシアならそう言うだろうと思っていたダンは、喚くバーニーを他所に簡単なテストを行った後クラッシュジャケットに着替えさせた。
    「チームは組まないにしても応援は必要だろう?」
    ダンの言うことはもっともだ、一人でガードとチップ奪還は無理がある。
    ゲルゼンのセグ・ハレンザが絡んだとなれば並みのクラッシャーでは返り討ちにあってしまう。
    “ルーシファ”とは別の意味で裏世界を牛耳るボスの一人だ。
    最低でもAAAクラスは欲しい。
    それも飛びきり上等の腕を持ったクラッシャーが。
    「一体誰を派遣してくれるの?」
    乗降ゲートの前で、ダンとフィオレンシアは向き合っていた。
    これからフィオレンシアは惑星ベルビルに飛ぶ。
    全ての情報は船のコンピューターにインプットしてある。
    「クラッシャージョウというチームだ、ランクはAAA」
    「腕は確か?」
    長い白銀の髪を軽く掻きあげた。黒色のクラッシュジャケットにはらりと落ちる。
    「一応と言っておこう」
    「一応じゃ困るのよ、もっとはっきりとした根拠はないの」
    青い瞳がダンを見る。冷たいでも意志の強い生気のある瞳だ。
    死人に囚われた過去の物ではない。
    今を生き抜くために必要なのは不屈の意志と卓越した技術、運命さえ変える程の強運。
    目の前のフィオレンシアにはその全てがあった。
    「自分の息子を手放しで褒めるのはちょっとな」ダンは苦笑いした。
    「ダンの息子?ふうん、じゃあ直に確認してよかったら使うわ」飄々と返答する。
    「そうしてくれ」
    ダンの手から小さなカーゴを受け取った。
    中には金髪のかわいい赤ちゃんが眠っている。
    失敗は許されない、成功して当たり前。
    割が合わないかもしれない。
    「必ず生きて帰れよ」
    「誰に言ってるの、私はフィオレンシアよ。仕事で失敗したことなど一度もないわ」
    「そうだったな」
    ダンの言葉を他所に軽く手を上げてフィオレンシアは宇宙船に乗り込んだ。

    「・・・まもなく屋敷に・・・着きますぜ」
    男の言葉にフィオレンシアは回想を止めた。
    重厚な大扉が目前に近づく。
    聳え立つ塔に乗り込んでゆくフィオレンシアに不安はない。
    逆に血が沸き立つような感じだ。
    閉じ込めていた古き血が蘇り来るような不思議な感覚。
    “青の女王”の降り立つ地に頭は深く伏せられるのみ。
    予言のごとく、塔の中が血と恐怖で彩られることになるとは誰も知る由はなかった。
    「まったく、ダンの頼みごとは楽じゃないわ」
    微笑んだフィオレンシアの小さな呟きは疾駆する風に紛れて消えていった
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■756 / inTopicNo.14)  Re[13]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/09/26(Sun) 16:42:34)
    遅めの朝食を終えて仕方なくリヴィを連れてブリッジに戻ったジョウは、データを確認しながらドンゴに現在までの経過を確認した。
    デジタル時計は、十一時三十分を少し回ったところだ。
    「今ノトコロ異常アリマセン・・・デモナイヨウデスネ」
    異常なしと報告する寸前にドンゴが素早くスクリーン映像を切り替えて画面の中央にある茂みの前で動く物体を捉えた。
    ガラの悪そうな人相の男達が数人、レイガンを片手に周囲を捜索しながら近づいてくる。
    まだ距離にして五百メートル以上はあるが、このままだと発見されるのは時間の問題だ。
    「流石に簡単にはいかないな。ドンゴ、アルフィンを呼び出せ!俺は先手を打って外に出る」
    「ソノママヤリ過ゴス事ハ出来ナイノデスカ?」
    「囲まれちまったら終わりだ。それは避けたい」
    「キャハ、了解。デハ、ソノ赤ン坊ハドウシマス?」
    「アルフィンに手渡せ。それまではお前が見てろ」
    「ヘッ?」
    リヴィを押し付けられるようにジョウから手渡され、ドンゴは機械の腕で辛うじて抱き上げた。
    ジョウはもうブリッジのドアの向こうに駆け出していた。
    けたたましくランプを明滅させて戸惑っている姿にリヴィの方は関心が移ったらしくおとなしくドンゴを見ている。
    「あーぶー」
    「チョ、チョットコレハコマリマス。あるふぃん、ハ、早クぶりっじニ来テクダサーイ」
    ドンゴの泣きそうな呼び出しにアルフィンが走ってブリッジに行くとリヴィはキャッキャッと喜んでいた。
    「いいんじゃないそのままで」
    アルフィンがおかしそうにドンゴを見る。
    「ソンナコト言ワナイデ下サイ」
    完全に泣きが入った音声にアルフィンは笑いながらドンゴからリヴィを受け取り抱き上げた。
    「分かったわよ。それよりジョウは?」
    以外に今度は大人しくリヴィはアルフィンに抱かれた。
    甘えるべき時とそうでない時が分かるかのようななんとも賢い赤ん坊である。
    「敵ガ数名“みねるば”ニ近ヅキツツアルノデ、先手ヲ打ツト言ッテ先程出テ行キマシタ」
    「それを先に言いなさい!ジョウ?一人で大丈夫?」
    手首のレシーバーにアルフィンは呼びかけた。応答はすぐに返ってきた。
    まだ<ミネルバ>内にはいるようだ。感度が落ちていない。
    「ああ、ただ暫く連絡は出来ないから。俺が戻るまでリヴィを頼むぞ」
    「うん。ジョウ気をつけてね」
    アルフィンからの通信を一先ず切ってジョウは武器庫から無反動ライフルやレイガン等を持ち出した。
    バズーカを持参しようかとも思ったが、あまり派手にドンパチをやらかすと早いうちから<ミネルバ>でドッグファイトを展開しなければならない。
    それは最後の手として今はまだその時期ではなかった。
    ドッグファイトをやるなら日没後の方が断然いい。
    それまではじっとここに留まる方が作戦の成功率は格段に跳ね上がる。
    先程の画像の動きからして、まだ完全にこちらの場所を把握した行動ではないようではない。
    ジョウは階下に降りて後部格納庫横にあるハッチからそっと外を窺った。
    手には無反動ライフルを構えている。なるべく相手に反撃の隙を与えたくない。
    音を立てないようにジョウは素早く移動するとその身を木々の間に潜ませた。
    迷彩服ではない青のクラッシュジャケットは敵が狙うに都合がよいが、万が一当たっても貫通することはない。身体の衝撃は別として。
    極冠に近いためか植物の形態が熱帯とは違うが、それでも鬱蒼とした木々はジョウの身を都合よく隠してくれる。
    気温もそれ程暑いというわけではない。空に輝く日が少し地平に向かって下り始めていた。
    極夜ではなくともあまり日の出ている時間は長くはないようだ。
    周囲に気を配りながら、<ミネルバ>から離れると、ジョウはブリッジで確認した方向に移動し始めた。
    下草はかなり生えているがそれ程足を取られることもない。
    早々に目的のポイント近くに移動をすることができた。
    <ミネルバ>はここからでは見えない。距離にして五百メートルは移動したと思う。
    先に有利な場所を確保するべく少し高くなっている岩の窪みに身を潜めて周囲の気配を窺った。
    静かな森の中だが、暫くして生き物達の活動する音が消えた。
    鳥の鳴き声が止み静かな空気を震わせるように草を踏みしめる微かな音が聞こえてきた。
    不規則に聞こえるその音に数人居ることが分かる。
    ジョウは無反動ライフルのスコープからその音の方向に視線を向けた。
    ふいに茂みの中から黒ずくめの男が手にレイガンを持ってジョウの視界の中に現れた。
    その姿に傭兵や暗殺専門の男達ではなく、ヤクザの下っ端らしいことが分かる。
    野外戦を得意とする傭兵や暗殺専門のスナイパーとは動きがまったく違う。
    最初の男に続いて三人、周囲を窺うように出てきた。
    照準は合わせるものの男達はそこで動きを止め、立ち尽くした。
    「レーダーも利かないのに敵を捜すのは無茶ですぜ」
    「無茶でも捜すしかないんだよ。ボスに殺されたくなけりゃな」
    「ほら、こっち行くぞ」
    男達はジョウとは反対の藪の中に姿を消した。
    このまま後を追うべきかそれとも様子を見るかジョウはしばし悩んだが、<ミネルバ>からあまり離れすぎると後の作戦に差し支えると思い直して少し時間を置いてから<ミネルバ>に戻った。
    帰路、誰とも遭遇することもなく<ミネルバ>に辿り着きホッとしたものの一抹の不安を覚えた。
    ――― 赤ん坊を手に入れることが目的の割にあんな下っ端だけ投入してくるのはおかしい。もしかして他に何か目的があるんじゃないか?
    まだ全容の見えていないこの事件の全体をもう一度考えながらジョウはブリッジに上がった。
    「大丈夫だった、ジョウ?」
    「ああ、奴ら違う方向を探しに行ったからな」
    アルフィンが空間立体表示シートから立ち上がってジョウを出迎えた。
    思案顔のジョウにアルフィンは安堵の笑みを浮かべた。
    無事な姿がなによりも嬉しい。
    そんな些細なことがアルフィンにはとても大事なことなのだ。
    「よかった・・・」
    心からの言葉に意中のジョウは素っ気無い。
    「リヴィは?」
    その心を占めているのは同じ金色の紫の瞳のベイビィ。
    「ぐっすりお休み中」
    ちょっぴり焼けるけどそれも仕方なしと肩を竦めた。
    予備シートに設置されたカーゴの中には、無重力装置のお蔭でスヤスヤと眠っている赤ん坊のリヴィがいた。
    「とにかくこれで暫く時間が稼げそうだ。アルフィン、十七時になったらここを出る」
    「了解」
    アルフィンは自分の時計を確認した。
    今、時計は十五時三十分を過ぎた所だ。
    まだまだ安心できない。仕事はまだ完了してはいないのだ。
    「このまま何事もなければいいんだけれど」
    「今はそう願うしかないな」
    ジョウとアルフィンは再びリヴィの寝顔にその視線を落とした。
    守るべき無防備な天使の寝顔に。
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■780 / inTopicNo.15)  Re[14]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/11/22(Mon) 16:29:21)
    一様に低い造りの内街をエアカーで駆け抜けながらフィオレンシアは聳え立つ塔を見据えていた。
    塔の概観は古めかしい青銅色の高層タワーで、頂上付近は丸い円盤を携えている。
    そこに小さな艦載機程度のものなら離着陸出来るようだ。
    物々しい様相を見せる巨大な大扉が、正面にフィオレンシアと男の二人を出迎えた。
    轟音を響かせてエアカーが通れるだけ開かれた扉を、男はなんとかぶつけることなく通過し正面広場を迂回して右手奥の車止まりにゆっくりと止めた。
    鋼鉄の両開きの扉が重々しく開き、男の部下らしき者たちが十五人程出迎えに出てきた。
    皆一様に黒いスペースジャケットを身に纏っている。
    人相は明らかに凶悪そうな者もいれば、そう目立った特長のない者もいた。
    これからが戦慄の戦いの幕開けだ。最初から躓くわけにはいかない。
    フィオレンシアも深緑の長いローブの中でヒートガンのトリガーを絞った。
    「お帰りなさいませ、ソグ・ヴォーダン様」
    迎えのリーダー的存在の男が、フィオレンシアの隣の男に頭を下げた。
    組織の幹部を丁重に出迎える。当然の行為だ。
    先制攻撃をするため体勢を変えようとするフィオレンシアも相手の隙をフードの奥の瞳から窺っていた。
    その時、突如隣のヴォーダンがフィオレンシアの腕を掴んだ。
    一瞬身体に緊張が走った。すぐに解かれたが思わずヒートガンの引き金を引いてしまうところだった。
    「部屋まで・・・連れてゆけ」
    「なんであたしが・・・」
    小声で会話を交わす二人に周囲の男達は聞き耳を立てようとする。
    「悪い取引では・・・ないはず」
    「確かに・・・」
    暫し考えた後、フィオレンシアは同意を示すようにローブの中からヴォーダンの腰に手を回した。
    「・・・今宵の女だ」
    ヴォーダンはその言葉だけはっきり周囲に聞こえるように言いフィオレンシアを見た。
    先程の態度とは随分違う。怯え命乞いをした男とは明らかに違う振る舞い。
    少々気にはなったが、イザとなれば自分の身ぐらい自分で守れる自信はある。
    それは変わりない真実だった。小さくヴォーダンに頷いた。
    別の一人が進み出てエアカーの扉を開けようとした。
    「触らないで。部屋に案内して頂戴。あたしが連れてゆくから」
    ヴォーダンを右腕で支えて、フィオレンシアはエアカーを降りた。
    目深に被っているローブのフードも取らず無礼極まりない女に部下たちは不快感を覚えた。
    「おい、娼婦。お前が命令するたあどういうこった」
    今にもフィオレンシアを殴りかからんと身を寄せてくる。
    両効きのフィオレンシアはローブの下の左手にヒートガンを握り締めた。
    冷たい銃口がローブの中から相手に照準を合わせようと鎌首を持ち上げる。
    やるなら先制攻撃あるのみ。
    自分の体勢を入れ替えようとヴォーダンを掴む腕に軽く力を込めた。
    「止め・・・ろ、グーゲル!俺に逆らうな」
    その時、苦しい息の下で部下を庇ってヴォーダンが声を振り絞った。
    普通なら多勢に無勢で女一人どうにでもなりそうだが、そうならないのをヴォーダンは身に染みて分かっている。
    逆に動けない自分の命の方が危ういのだ。命乞いをしてまで生き残ったのはこんな所で命を落とすためではない。ヴォーダンも必死だった。
    「申し訳ありません。ヴォーダン様」
    グーゲルと呼ばれた男は頭を深く下げ一歩下がった。
    これ以上歯向かえば自分の立場は悪くなるのを察してグーゲルは平身低頭に応対する。
    命のやり取りなど重くもないこの世界において上の者の言葉は絶対だ。
    「どうぞ、お部屋までご案内いたします。こちらへ」
    フィオレンシアはヴォーダンを支えてタワーに足を踏み入れた。
    贅の限りを尽くした豪華な造りのメインホールを抜け、正面脇のエレベーターで上階へ向かう。
    狭い箱の中に部下三人と共にフィオレンシアは乗り込んだ。
    重苦しい沈黙が支配するエレベーターは音もなく上昇しは五階で停止した。
    趣味の悪そうな赤い絨毯の長い廊下を何度か曲がり、目的のヴォーダンの部屋に向かう。
    窓は殆どなく、全てマジックミラーの造りになっていた。
    外からの陽光が燦々と廊下に降り注ぐ。
    ようやく辿り着いたヴォーダンの部屋は一国の大統領の一室に続くような細かい細工が施された木製の扉だった。
    しかし、外は木製のように見えるが、多分中身はガデレン鋼が埋め込まれているだろう。
    光火器や衝撃にもある程度強く、加工もしやすいガデレン鋼は建設業界で重宝されていた。
    ただ、外宇宙での使用には向かない代物で惑星上のみで使用された。
    宇宙物質P9BFXという通常宇宙の何処にでも漂っているその物質に触れると組織分解を始めてしまう極めて稀な特質を有していた。
    そのため宇宙開拓初期にはよく宇宙船爆発等の事故も起こっていた。
    まあそんなことは、さておいてフィオレンシアは開いたドアの中に足を踏み入れた。
    「お前達は・・・下がっていろ。呼ぶまで誰も・・・近づくな」
    「仰せの通りに」
    部下たちが部屋から下がるために一礼して二人の脇を通り過ぎた。
    そのうちの一人が、ローブから窺うフィオレンシアと視線が合った。
    「ひ、ひいっ」
    凄まじい恐怖が部下の男を襲った。身体が驚愕に震え、その場から数ミリとて動くことが出来ない。
    「おい、どうしたんだ」
    仲間の一人が、驚愕する者の肩を掴んだ。そのまま同じようにフィオレンシアを覗き込んだ。
    「うっ」
    指先から極寒の大気が這い上がり男達をその場に縛り付けた。
    「何してる・・・さっさと下がれ!」
    ヴォーダンの言葉に金縛りが解けた二人は慌てふためいて走り去った。
    フィオレンシアは小さく溜息をついた。取りあえず、部屋に入るとドアにロックを掛ける。
    侵入は成功した。次はどうやって最上階の部屋を目指すかだ。
    だが、気になることが少々あった。
    ヴォーダンをベッドに横たえてフィオレンシアは思案顔をしてベッドに腰掛けた。
    今までの経緯、状況全てを総合的に整理するべく頭の中で情報を淘汰してゆく。
    「約束どおり・・・案内した。俺を解放・・・しろ」
    「・・・」
    「頼む!」
    この恐怖から逃れたい男の訴えに聞き入ることなく、じっと一点を見つめ何かを考えていた。
    沈黙の時間がどれくらい過ぎただろうか、ふいにフィオレンシアは立ち上がりローブを取り去った。
    黒いクラッシュジャケット姿は美しい肢体を隙間なく表現している。
    流れる白銀の髪、ふくよかな胸、くびれたウエスト、丸みを帯びた臀部、すらりと伸びた脚、そして魔性の青の瞳。
    その青の瞳が妖しく煌いた。
    「約束どおり?それは貴方達の計画の方かしら?」
    「え・・・」
    フィオレンシアの突然の言葉にヴォーダンは身を固くした。
    そして一瞬だがヴォーダンの取った反応。明らかにおかしいと全身で感じる。結論は導き出された。
    陥れられた、青の女王ともあろう自分が。
    「まんまと罠に嵌ったようね」
    憤怒の炎を上げた青の瞳は、一層凍てつくように冷めた視線を投げかけた。
    「誰に命令されてあたしをここに連れてきたの?」
    「それは・・・あんたに・・・」
    「ふざけるのも大概にしなさい。いくらあんたが幹部だとしても“内街”にこんなにあっさりと入れるのはおかしいのよ。誰かが意図的に誘っているとしか思えないわ」
    ベッドに乗りあがり手に持ったヒートガンをヴォーダンの額に突きつけた。
    ゲルゼンの“内街”はこんなに易々と外の人間を受け入れない。
    多分、ゲート付近で正体がバレるだろうと思っていたがすんなりとココまで連れてこられた。
    あまりに手際が良すぎるのだ。
    ゲートさえ通過すれば後はどれだけ屍を積み上げようと目的の場所まで、突っ走るはずだったのに。
    「誰?リヴィをエサにあたしをここに呼んだ奴は?」
    「し、知らない。俺は・・・あんたに従っただけだ」
    「言わないなら、あんたには用がない」
    「た、助けて・・・ぐあっ」
    無情にヒートガンのトリガーを引いた。
    ヴォーダンと呼ばれた男は一瞬何かに助けを求めるように腕を伸ばしたがすぐに息絶えた。
    フィオレンシアは振り向き、男が腕を伸ばした方向を見定めた。
    小さいながら監視カメラが見える。すぐさまヒートガンの光条がそれを焼き払った。
    間違いなく、誰かがフィオレンシアを罠に嵌めたのだ。
    正体は分からなくともそれだけ分かれば十分だ。怒りで全身が沸騰するのを身体中で感じた。
    「あたしに逆らったことを後悔するといいわ」
    唇を噛み締めフィオレンシアは小さく呟いた。
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■781 / inTopicNo.16)  Re[15]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/11/22(Mon) 16:29:58)
    そんなフィオレンシアの姿をもう一つの監視カメラで覗いている男がいた。
    ゆったりとした椅子に座ってスクリーン一杯に広がったフィオレンシアの顔を眺める。
    暗闇の空間をスクリーンの光を光源として、その部屋を支配した。
    「追撃部隊を差し向けよ。そして闘技場へ向かわせるように」
    少々しわがれたでも逆らうことを許さない威圧的な声に、暗闇から返答が聞こえた。
    「そのように」
    背後の気配が消え、男はもう一度スクリーンを見つめた。
    美しき青い瞳の死の女王。
    待ち焦がれた魅惑の存在に思わずニヤリと微笑んだ。
    ――― ショータイムはこれからだ。血色に染まるのは追撃部隊の方かそれとも・・・。
    傍観者は時が動き出すのを楽しみにして、一度瞳を閉じた。
    殺戮に彩られた血の夕刻の始まりを期待して。
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■782 / inTopicNo.17)  Re[16]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2004/11/22(Mon) 16:30:42)
    既に陽が落ちかけていて海一面が真っ赤に染まるガスパエの島々。
    ジョウは<ミネルバ>を打ち合わせどおり十七時きっかりに発進させた。
    爆音と共に覆った樹木を薙ぎ払い、メインエンジンが雄叫びを上げて上空へ飛び立つ。
    上空で一度旋回して周囲を見た。
    周辺を哨戒していた小型戦闘機がジョウの視界にも飛び込んできた。
    「いたわ、ジョウ!前方に三機!!」
    アルフィンがジョウの副操縦席に座り、スクリーンを見ながらジョウに情報を伝えた。
    ドンゴは空間立体スクリーンの前で情報を読み取ろうとしている。
    「コノママ突ッ込ンデ来マスヨ」
    小型の戦闘機が標的を発見してこちらに向かってきていた。
    予定どおりの展開にジョウはニヤリとした。楽しくてしょうがないという表情ではあるが。
    「舐められたもんだ、クラッシャーを甘く見たら後悔するぜ」
    <ミネルバ>の操縦桿を握りながら、ジョウはグッと加速レバーを引いた。
    正面から一気に編隊の中に切り込んでゆく。
    汎用型宇宙船の機動力を最大限に駆使して、大空を自由に闊歩する。
    ベテランパイロットのタロスみたいにはいかないまでもジョウとて操縦技術は相当な腕前だ。
    バーニヤをフル稼働させて器用に船体を反転させる。
    傍らの副操縦席に座るアルフィンが主砲のレーザー砲を駆使して三機中、二機を撃墜した。
    一機は少し離れて<ミネルバ>の動きを見守っている。
    「このまま一気に磁気圏から脱出する」
    先を急ぐジョウは一機を無視してガスパエ諸島から脱出を選択した。
    多分、先程の三機がこちらに差し向けられた勢力の大半と思われるがまだ油断ならない。
    レーダーが威力を発しないのはやはり手足をもがれたようなものだ。
    後二分も飛べば磁気圏から脱出する。
    ジリジリと時間がジョウの肌を刺激した。待つ時間の二分は途方もなく長く感じた。
    沈み行く陽を背に<ミネルバ>は銀翼を赤く染めて空を疾駆する。
    「れーだー復帰、五時ノ方向百メートル級ノ垂直型宇宙船ニ機。アト、艦載機ガ一機出撃」
    「上等だ。クラッシャーに喧嘩を売るってことがどういうことか分からせてやる」
    ジョウは不敵な笑みを浮かべて垂直型宇宙船に向け<ミネルバ>を方向転換させた。
    「任せて。ちゃんと撃墜してみせるわ」
    アルフィンがジョウに軽くウィンクした。
    夕闇迫る空中でのドッグファイトは、まず後方からの追っ手と迫り来る艦載機を主砲で撃墜した。
    向こうも迎撃を試みて凄まじい光の嵐が<ミネルバ>に浴びせられる。
    このままだと挟み撃ちにされ分が悪い。
    「アルフィン!後ろに付かれたら終わりだ」
    「分かってるわよ」
    目の前に映し出されるスクリーンの情報と<ミネルバ>有する武器を照らし合わせアルフィンが反撃を模索する。
    「加速して宇宙船の後方に付ける。これで仕留めてくれよ」
    「了解!もう、これでどうよ!」
    アルフィンは放たれる光の嵐をかわして多弾頭ミサイルを発射した。
    垂直型宇宙船に向け放たれたミサイルは、途中で先頭部分が開き小さなミサイルが幾重もの弧を空中に描いて突入していく。凄まじい爆音を空に響かせて宇宙船は木っ端微塵に砕け散った。
    「ね、バッチリでしょ」
    「あ、ああ」
    念には念をという言葉があるにせよ、迎撃ミサイルを使用するものだと思っていたジョウは少々呆気に取られた。
    小さな鼠を捕獲するのに大きな魚網を使用するようなものだ。
    まあ取り逃がすことはないような頑丈な魚網には違いない。だから敵を撃墜出来た。
    それでも今は方法に構っていられる余裕はなかった。
    「ドンゴ!タロスとリッキーに連絡を取れるか?」
    「キャハ任セテクダサイ」
    主操縦席のジョウからの問いかけに、ドンゴはコンソールを操作してすぐに返答した。
    その間にジョウは<ミネルバ>をオートパイロットに切り替え、行き先をゲルゼンに定めて通常加速で飛行させた。
    「たろすノ所在ハ不明。りっきーノ所在ハ確認。げるぜんカラ東ニ百五十きろノ所ニアル第二空港付近デス」
    「タロスは後だ。リッキーに至急連絡を取れ!これから作戦を変更だ」
    「了解シマシタ」
    ドンゴは頭部のランプを明滅させて、リッキーへの通信回路を開いた。
    映像はない。音声だけだ。
    それでも数時間ぶりに聞くリッキーの声は懐かしいものに聞こえた。
    「兄貴!無事だったんだね」
    相変わらずのハイテンションな声にジョウは少々苦笑した。
    「ああ、こっちは大丈夫だ。リッキーは・・・」
    「誰に向かっていってるの?あんたじゃないのよ」
    「アルフィン、それはないよー」
    ジョウの言葉を遮るようにアルフィンが通信にしゃしゃり出て来る。
    余計、話がややこしくなりそうだ。早々に話を取り上げないと時間が惜しい。
    「リッキーお前の言いたいことは後で聞くから、先に教えてくれ。何故そんな所にいるんだ?」
    ジョウは疑問に思っていたことを尋ねた。
    まさか別行動しているとは思っていなかった。タロスと一緒にいると思っていたのに。
    「フィオに頼まれたんだよ。今、乗船してる“ディアナ”で撹乱させて欲しいって」
    「ということは、そっちも宇宙船に乗ってるのか?」
    「そうだよ。オイラだけじゃないけどね」
    リッキーは少々含みのある言い方をした。こちらにはその姿は見えない。
    でも、ジョウの知る人物かも知れなかった。
    「誰だ、それは?」
    「・・・聞かない方がいいと思うよ」
    一呼吸置いてリッキーは小さな声で答えた。相手に聞かれるとマズイとでも言うように。
    「どういうことだ?」
    「まあ追って分かるって。今はそれより仕事の方が大切だろ、兄貴?」
    怪訝そうにジョウは尋ねたがリッキーはそれには取り合わなかった。
    珍しく話を先に進めようとした。ジョウにはバラしたくないのか、ジョウだからバラせないのか真意は分からない。
    「で、兄貴は何処にいるんだよ」
    「南半球のガスパエ諸島だ。今からゲルゼンへ戻る。お前は<ミネルバ>に合流してアルフィンとリヴィを守ってくれ」
    「ジョウ!ジョウはどうするの?」
    明かされた内容にアルフィンは立ち上がってジョウの方を見た。
    驚愕の表情が突然な内容だということを物語っている。
    「俺は・・・内街に潜入する」
    「そんな、無茶よ。一人でなんて。あたしも行くわ」
    真剣に呟くジョウににじり寄ってアルフィンは問い詰めた。
    わざわざ危険な場所に飛び込もうとする無謀な恋人を引きとめようと必死になる。
    「ダメだ。アルフィンにはリヴィを守ってもらわなきゃならない」
    「でも・・・」
    「この仕事はまだ裏がありそうだ。それを確かめたい。手の上で踊らされるのはごめんだからな」
    「ジョウ・・・」
    「大丈夫だ。必ず帰る」
    アルフィンの肩に手を置いてジョウは微笑んだ。
    不安を拭えないまでも、止めようとはしないジョウをアルフィンは黙って見つめ続けた。
    青い瞳が不安に揺れ、手を白くなるほど握り締めた。
    ジョウに付いて行きたい。でも幼いリヴィを残して行く訳にはいかない。
    彼女は命を狙われているのだ。自分はクラッシャー、依頼を果たす為に最善を尽くさなければならない。
    「・・・分かったわ。気をつけて行ってね」
    「ああ」
    哀しげな表情を浮かべ渋々アルフィンはジョウを送り出すことに了解の意志を示した。
    ジョウもアルフィンの気持ちが痛いほど分かる。涙が溢れそうなアルフィンの頬にそっと手をやった。
    「あのーっ。そろそろイチャイチャは済みましたでしょうか?」
    リッキーがニヤニヤした声をスピーカーから出した。
    完全に忘れていた。ここは<ミネルバ>のブリッジだ。オマケにリッキーと通信の最中だった。
    「う、煩い!一時間後ゲルゼンの上空で待ち合わせる!」
    顔を真っ赤にして迫力なくジョウはスピーカーの向こうのリッキーに向かって叫ぶ。
    「はいはい。兄貴遅れんのはなしだぜ」
    「お前こそ!」
    「じゃ、後で」
    そこで通信が切れた。
    暫く<ミネルバ>のブリッジに沈黙が流れる。気まずさが、その場を支配した。
    「ん、もうリッキーたらすぐああやってからかうんだから」
    アルフィンはジョウの顔を見ながら顔を赤くして小さく呟いた。
    <ミネルバ>のブリッジで茹蛸が即席で二つ出来上がった。
    「キャハハ、たこダ。たこ、たこ・・・ひっ」
    面白がって囃すドンゴをジョウとアルフィンがキッと睨む。
    「ドンゴー!!!」
    二人の理不尽な怒りに、ドンゴは分からぬように機械の首を竦めた。
    少々おふざけが過ぎたようだ。
    「真実を暴いてやる」
    ジョウは沈み行くバテンカイトスの光に向かって<ミネルバ>を疾駆させた。
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■926 / inTopicNo.18)  Re[17]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/15(Thu) 00:08:55)
    微かな息遣い。
    先を急ぐ足音は絨毯に消されて、白銀の長い髪が宙になびく。
    息を切らすこともなくフィオレンシアは長く続く細い通路を駆け抜けてゆく。
    目指すはセグ・ハレンザ、いやその背後にいる黒幕か。
    旧知の間柄とはいえ、もう二十年以上会ってはいない。
    もしかしたらそんな存在はいないのかもしれないが、自分が知っているハレンザならば自分に逆らうようなことはしない。
    きっとその背後で誰かに命令されているはず。
    そんな考えを纏めながら暫く行くと大きなエントランスホールに出た。
    今のうちにヒートガンのエネルギーチューブを素早く交換する。
    張り詰めた空気を肌で感じ、全身が研ぎ澄まされた刃のように周囲に注意を向けた。
    そんなフィオレンシアの様子とタワーの監視ルームには一度に数箇所を光の爆発に打ち抜かれ、うめき声と男達の倒れた姿が同時に監視カメラに映し出されていた。
    監視をしていた男達にも一瞬の出来事で何がどうなったのか理解できない。
    しかし、現実は十五人近い男達がただの一つも反撃することなく倒れているのだ。
    混乱する頭を落ち着かせながら監視の男達は警報のスイッチを入れた。
    間髪を入れずレッドアラートが館内中に鳴り響く。
    反響する建物の中で異常事態を知らせる音は無機質に空間に響き渡った。
    「ちっ」
    フィオレンシアは思わず舌打ちした。予想はしていたが、かなり早い対応だ。
    出来ることなら相手の懐奥深くまで穏便に突入しようと思ったが、これではそうはいかない。
    少々時間を要することになるが、行く手を遮る者は全て敵。深淵の青が生命の炎を燃やして煌く。
    「居たぞ!!」
    男達の一人がエントランスホール中央に立っているフィオレンシアを発見する。
    目立つ風貌、たった一人の侵入者。標的としては狙いやすいはず。
    男達のレイガンの光条がフィオレンシアを狙った。
    これだけの集中砲火ならきっと当たると彼らは思った。
    しかし、彼らの思惑通り事は運ばない。現実はまったく違った。
    行く筋もの光の束が、先程まで彼女が立っていた空間を通過する。
    フィオレンシアは既に素早い身のこなしで前方の男達との間合いを詰めていた。
    残像のように感じる彼女の動き。そして銃口が逆に彼らを捉えた。
    赤く煌く閃光が次々に男達の身体に吸い込まれて。
    叫び声を上げることすら許されず、男達は一撃で絶命してゆく。
    殺戮に彩られた血の夕刻の始まり。
    命の糸を切断する刃を持つ運命の女神フィオレンシア。
    冷笑を纏った女神の姿を、彼らは死の間際に最後に瞳の奥に焼き付けた。
    倒れ行く男達を振り払い階上へ移動すべくフィオレンシアはエレベーターホール前に走りこみながら、側面の通路にアートフラッシュを投げつけた。
    通路から飛び出そうとした男達の怒号と断末の叫びがホールに響く。
    燃え上がる炎と粉塵の中を突っ走り、エレベータースイッチを押し壁に身体を貼り付けた。
    エレベーター到着の合図が頭上で明滅し、ドアが音もなく開く。
    そのままヒートガンを構えエレベーター正面に躍り出た。
    だが、引き金を引く指を寸での所で止めた。誰も乗っていない。
    素早く乗り込み最上階へのボタンを探す。十階までしか表示がなかった。
    幾つかのフロアに分かれてエレベーターがあるようだ。
    取りあえずフィオレンシアはドアを閉め、エレベーターを上昇させた。
    階を示す表示が十階に近づく。内部の側面に身体を貼り付け狭い死角に身を隠した。
    身構えアートフラッシュを握り締める。後はタイミングだ。
    ゆっくりとエレベーターは上昇を停止してドアを開いた。
    幾筋もの光線の束がなだれ込むようにエレベーターボックスに叩きつけられる。
    燻る煙と焼け焦げた臭いがその場に充満した。
    中の様子を確認しようと光線が収まったのを見計らい、フィオレンシアは同時に待ち伏せの男達にアートフラッシュを見舞った。
    そのまま身を低くして飛び出す。
    爆炎に見舞われた男達は、その身を焼かれながら断末魔の悲鳴を上げていた。
    その様子を横目に見てフィオレンシアは次へのルートへ走り出した。
    ヴォーダンと呼ばれた男から聞き出していた塔の構造を頭の中で描きながら次の上昇エレベーターを探してフロアの奥へ突っ走る。
    「侵入者ヲ排除セヨ」
    建物の中に警報音と異常事態を周知する機械ヴォイスが響き渡る。
    閉鎖されるゲートを潜り抜け、アートフラッシュで破壊しながら徐々に前進してゆく。
    それでも、思ったより敵に会わない。行く手を拒むように男達が出現しても圧倒的に数が少ない。
    その時だった。不意にドーンという地鳴りと共に塔が揺れる。
    流石に立位を保つことが出来ず、近くの壁に身体を寄せた。
    地鳴りは一度だけではなかった。外からなにかしらの攻撃に晒されている様だ。
    何度となく建物が揺れ、時々大きな揺れとともに天井の照明が明滅した。
    どうやら援軍が到着したようだ。この千載一遇を逃す手はない。
    タイミングよく次のフロアへのエレベーターを発見し、降りてくる男達を物陰に隠れてやり過ごした。
    監視カメラには映っているはずだが、警戒が下層に集中している。
    本来ならもっと自分に包囲が集中するはずだがいい具合に散開しているようだ。
    誰もいない空のエレベーターにフィオレンシアは飛び込んだ。
    そのまま最上階へのボタンを押す。エレベーターは音もなく上昇を始めた。
    目的地へノンストップと思われたが、上昇はすぐに終わりエレベーターはコトリと止まった。
    緊張が全身に走る。待ち伏せされたものか、それとも・・・。
    見えない誰かが行き先を先導している。行くも帰るも自分次第だがここまで来て引き下がれない。
    なんの前触れもなく強制的にドアが開いた。
    フィオレンシアの目の前に現れたのは蛍光パネルに覆われた不可思議な空間だった。
引用投稿 削除キー/
■927 / inTopicNo.19)  Re[18]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/15(Thu) 00:09:49)
    一方、アルフィンと分かれたジョウは、<ファイター1>でゲルゼンへ戻った。
    かなり荒い操縦でそのまま低空飛行で内街に砲撃をかけながら突っ込む。
    いかにクラッシャーといえどかなり無茶な飛行だ。外壁が一部破損したが、大きくは壊れない。
    仕方なくジョウは<ファイター1>を内街の屋根の上に強制着陸させた。
    衝撃を受け止めながら減速し、激突寸前になんとか機体から脱出する。
    無茶苦茶な突入だが時間も方法も選んでいる余裕はなかった。
    立ち上る炎に周囲で火災が起こり、風に煽られて内街は夕闇を染めて赤く染まってゆく。
    その混乱に乗じてジョウはハレンザ屋敷に潜入した。
    手榴弾や光子弾等を駆使して遮る相手を倒しながら進む。帰り道はタロスがいる。
    後の心配など必要がない。まずはフィオレンシアと合流することが一番だった。
    エレベーターに飛び乗り上階へ向かうジョウはクラッシュパックを背負い、手には無反動ライフルを握っていた。
    やはりこんな時は使い慣れた獲物が一番いい。
    相手が多ければアートフラッシュ、少なければ無反動ライフルで迎え撃つ準備だ。
    十階に着いたエレベーターが止まった。息を殺してタイミングを計る。
    所在は十階を指している。ドアが音もなく開いた。
    人影はない。周囲にはダンボール箱が所狭しと積み上げられている。
    どうやらここは搬入用エレベーターのようだ。
    近くに上昇用のエレベーターがないか確認したがあいにく見つけることは出来なかった。
    仕方なくジョウはその場を離れることにした。警戒をしながら別のエリアを探る。
    幾つめかのドアを通過し、別の廊下に出た時だった。
    「うっ」
    そこでジョウが眼にしたものは累々とした屍の山だった。
    血溜まりの池に黒い男達が倒れ、もがいている。まるで、血の池地獄のようだ。
    こんなに鮮やかにそれも多くの男達を屍に出来る腕を持つ者はそうはいない。
    ――― フィオレンシアだな
    引き続き警戒をしながらジョウは次の上階へのルートを探った。
    この破壊と殺戮の後を付ければ自然とフィオレンシアの元にたどり着ける。
    ジョウはそう確信した。
    時刻は十九時を回っていた。
引用投稿 削除キー/
■928 / inTopicNo.20)  Re[19]: blue queen・pink baby
□投稿者/ 璃鈴 -(2005/09/15(Thu) 00:10:16)

    夕闇迫るゲルゼンの上空五千メートル。
    タロスは<アイテール>を駆って、ほぼ内街の真上に居た。
    燃料は途中、バレリーの情報に基づいて給油した。これで帰りの心配はいらない。
    後はどれだけ最短でハレンザ屋敷へたどり着けるか。
    「待つのも待たせるのも性に合わねえな」
    操縦桿を倒して機種を下げるとエンジンが朱炎の咆哮をあげた。
    タロスの身にすさまじいGの圧力が襲い掛かる。
    すぐさま高度が四千を切った。
    バテンカイトスの陽が沈んだばかりのまだ明るい西の空。
    <アイテール>は一筋の光の矢のようにハレンザ屋敷へ向かう。
    それを迎え撃つレーザーやミサイルを神業のようなタロスの操縦桿捌きで<アイテール>はかわしていく。
    サイボーグの身とはいえ垂直降下に近い角度と砲撃の嵐に、タロスはかなり追い込まれていた。
    主翼近くを一筋のレーザーが掠める。機体がバランスを崩しそうになったがそれをなんとか耐えた。
    既に高度は二千を切りつつある。
    装備されていたミサイルを全て進行方向に向けてタロスはミサイルボタンを押した。
    加速のついたミサイルは迎撃するミサイルに当たり、<アイテール>の眼前を切り開くように爆炎の華を上げる。
    有視界飛行さらにむずかしいものになったが、相手も爆発の破片や爆炎で<アイテール>を補足しにくい状況にあった。
    機体がさらに傷ついたが、まだ十分に飛行出来た。
    ほぼ千メートルを切った所でタロスは操縦桿を引いた。腕に力を込めて機体を起こす。
    ハレンザ屋敷の地上施設に、別の角度からの攻撃が加えられた。それもニ方向から。
    速度を落としたタロスの視界が捕らえたのは、見たことがない宇宙船。味方か敵がまだ判別は難しい。
    あらん限りの爆撃を打ち込んでいるような攻撃だ。
    限度というものが分かってないような攻撃にタロスは少々困惑した。
    ――― あの中に突っ込むものの身にもなれ
    呪いのような言葉を心の中で呟きつつ少し鋭角気味だが螺旋を描いて、タロスは<アイテール>を爆炎の中に躍らせた。
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